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花月演義 ~~花月の乱~~  作者: のわ〜るRion
第7章 樹を目指す旅
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66.スィーニ山の行軍


フルマーシュの町を出て十日目の朝。

払暁と共に行動を開始する。


隠された古い街道の、二本木の広場。

夜間の見張りを全員交代で行わせた。

が、結局、小さな獣の接近すら無く、結果的に静かな夜だった。

村の宿では同じように交代で起きる癖をつけていた為か、女兵士たちにそんなに疲れた様子はない。

朝食に野草のお粥と焼肉を食べれば、一気に元気が湧いてきたようだ。


日が昇り切る前に、隠された道を抜け、山道にたどり着いた。


「スィーニ山の山道よ♪ このお山、昨日遠くから見えていたでしょ?」

「そう。そして、目的地はこのすぐ先よ。頑張って今日中に着きましょう」


それを聞いて女兵士たちも「おー!」「やったー!」「がんばろー!」と士気を高めている。

そこに混じって「にくー!」とか聞こえたようないないような…。



これは、既に放棄された山道だ。

古い時代、ブロスナム方面に抜けるために使われていた山道だ。

北に向かう蛇行した山道で、右手側は崖、左手側は山壁、といった感じの道である…。


この時代、北へ向かう道は、ここより西、このスィーニ山の西の麓に南北を繋ぐ道が設けられている。

平地にしっかりした道があるので、素性の知れない山道をわざわざ上って行く必要はどこにもなくなったので、この山道は廃れたわけだ…。


もっとも…

その道が機能していたのは、かつて神聖王国ラナとの交易が盛んだった頃の話で、ルルメラルアがブロスナムと戦争を始めた後、その道も使われなくなったはずだ。

ブロスナムとラナは相互依存関係にある同盟国だ。

だからルルメラルアはラナとも敵対している。

それ以来、ラナとの交易は禁止され、その道も廃れる事になった。


この山道は、ルルメラルア軍も一応は警戒している。

ただし、もっと南側で、だ。


このスィーニ山には、今通っている断崖の山道以外にも、南方面に抜ける獣道が山中に大量にある。

つまり、北のブロスナム方面から、人が入ってくるルートがある、という事だ。

ただこの事は、ルルメラルアの西方防衛軍は把握している。


だからルルメラルア軍、ひいてはドボシュー侯爵以下、最西の町トルティ管轄の防衛軍は、各所に拠点を築き、駐留軍を配置して、監視している。


ただしその拠点は、ここより南側にしかない、ということだ。


フローレンたちが抜けた失われた道については、軍にも知られていない。



そもそも、古い伝承によると…

森は人を選ぶ、という…。


森の妖精(ドライアード)に気に入られた者は、秘密の道を通って彼女たちの元へ導かれ、

気に入られなかった者は、森で惑わされ、追い出される…

あるいは、森を抜けられず、そこで果てることになるという…


森の妖精(ドライアード)の長であるロロリアに認められたのは、クレージュやフローレンたち、ごく限られた者たちだけなのだ…

だとしたら…彼女たちの一行以外には、この森の隠された道を抜けられる者はいない、のではなかろうか…?





断崖絶壁の山道を馬車は進む。

既に人々に忘れ去られた山道だ。

往来の人影はない。


道の右手側は急斜面になっている。

切り立った崖になっている場所もある…。

どちらにしても、落ちれば戻ってくることはできないし、そもそも命がないだろう。

だが、かなり道幅は広いので、危険な断崖側をわざわざ歩く必要はない。


左手側は、壁のような岩であったり、その斜面を登れそうな緩やかな場所もあり、木々が茂っている場所もある。


概ね馬車が二台並んで通るのに十分な道幅はあるのだが、道幅には場所によって差があり、かなり細くなる場所もある。

もちろん右手側は断崖絶壁なので、両側から荷馬車が来るような事があれば、すれ違うのに多少注意がいりそうだ。


曲がる部分で馬車が鉢合わせしたら、進むも引くも難しく、最悪、崖下に転落なんて大事故に繋がりかねない…。


だから、先が見えにくい曲がり道では、誰かが先に行って対向馬車が来ないか確認するものだ。

その役目はユーミが、女兵士のレメッタを連れておこなっていた。

二人とも獣人族で目耳が良いので適任だ。





「あれ、なあに?」

右手側の遠くに、“それ”は見え始めた。

まだ遠く霞んでいるので、よくは見えていない。

この山から離れた、崖下から伸びるように、“それ”は立っている。


「何だと思う?」

フローレンは“それ”、が何なのか知っている。


「近づけばわかるわよ♪」

もちろん、アルテミシアも。



距離を詰めるにつれ、その遠く霞んでいる姿が、徐々に明らかになっていく…


「塔?」「じゃないみたい…」「え、まさか…?」

「木?」「うそ…」「どんな大きさなの…?」


初めて見る女兵士たちが、驚きを隠せない…

見えてきたその姿は、紛れもなく “木” だった。


「そう、あれが、ラクロアの大樹」

「あまりの大きさから、世界樹、とか呼ばれる事もあるわね♪」


(もっと)も…“世界樹”とは、この地よりはるか北にあるという、伝説上の大樹の事だ。

その木の上に九つもの国が存在する…という、桁外れの大樹の事だ。

九つの国の集まりを、ひとつの世界と見立て、世界樹と呼ばれる。


今見えている大樹は、その伝説の木ほどの大きさではないであろう…

だけど、その伝説から呼び名を取って「ラクロアの世界樹」と呼ばれる事もある。


「あの木は大きさだけじゃあないのよ♪ なんたってあそこには…」


「あ、待って」

フローレンが話を(さえぎ)った。


「道、こっちよー!」

フローレンの声掛けに、先に行っていたユーミとレメッタが駆け戻ってきた。


蛇行した断崖の道は先に続いている。

けれど、そちらではなく、フローレンの言う“道”は、左手のほうにあった。


山中に続く横道のような感じだ。

木立の間の、なんとか馬車が通れそうな道が、奥の森のほうに続いている。


「この先に、小さな村があるのよ」

「西のオノアから来た人たちだと思うわ♪」


アルテミシアが女兵士たちに解説する。


遥か西のオノアは百を超える民族の集う地である。

が、現在、部族間の戦いが激化していて、強い部族が弱い部族を従え、統一戦争のような体を見せているらしい。


戦いに敗れても、従属を良しとせず、東に逃れてくる人々もいる。

レスタト荒野を抜け、廃墟ベルセリを抜け、そしてこのスィーニ山にたどり着いた…

ここはそういった国を追われた人たちの村、

つまり、難民の村、なのだ。


このスゥーニ山はわりと自然の恵みが豊かなのだ。

もう少し山中に入れば、食べられる木の実や果実、キノコや山菜が採れる。

それに、元々狩猟を行う民族の彼らは、獣を狩るのも得意なようだった。


ただこの山の寒さでは、冬を越すのは難しい。

なので、今のうちに得物を狩り、山の恵みを蓄え、冬までには山を下っていくのだ。


前回訪れた時、偶然遭遇したのだ。

町から持ってきた穀物を、山の恵みと物々交換した。

お互いに利のある交渉だった。で、親しくなった。


言うなれば、ご近所さんへのあいさつ、といったところだ。

またよければ物々交換を提示して、ちょうどお昼時なので一緒に食事でもしよう、

と村に寄ろうとした…のだけれど…



「あれ…?」


その山中の村は、閑散としていた。

ちょっと荒らされている感じだった。


「誰もいない…?」

「待ってね♪」


 <<反応感知>> センス・リアクション


アルテミシアの感知の魔法だ…


「人の反応があるわ…

 そっち、その小さな反応が二つ…♭」


そこは、木と(ワラ)でできた、半分壊された家の中だ…

アルテミシアが入っていく。


「この中、だけれど…?♭」


「誰かいるー?」「出ておいで…大丈夫だから…」



ついてきたマリエとナーリヤが声をかけた。

アルテミシア担当の女兵士はこの二人だ。二人とも魔法の弟子でもある。


「あ、そこね!」「みつけた…」


優しそうなお姉さんたちの姿を見て、隠れていた二人の子供が出てきた。

薄汚れてはいるけれど、可愛らしい女の子だ。

金髪の子と、黒褐色髪の子だ。

まだ十歳にも満たないくらいだろうか、クレージュの店のプララやレンディより歳下っぽい。


「村の子…じゃない感じね? …えっと、村の人達は?♭」

アルテミシアが、かがみ込んで背を合わせて、尋ねた。


「みんなにげていった!」

「ドロボーがきたの…いっぱい…」


「泥棒が来て、村の人達が逃げた…?♭」

その言葉の通り、なのだろう…。としたら、この子たちは…?


「おいていかれた!」

「このムラの子じゃないから…」

と言って二人は「「ぅわ~ん!」」と泣き出した…。


「と、とりあえず、ご飯にしましょ♪ おなか空いてるでしょ?」

アルテミシアの声掛けに、二人の女の子が泣き止んだ。




マリエとナーリヤが、それぞれ手を繋いで広場に連れてきた。

マリエは同じ金髪の子に、ナーリヤも同じ黒褐色髪の子に、

それぞれが自分の換装武器を食器にして、食べさせてあげている。


温かいお粥を食べながらお話を聞く。

ちっちゃい子なのに、結構食べた…お腹が空いていたのだろう…



で、この子たちの断片的な話を纏めると…


経緯はわからないけれど、この子たちは孤児だった。

はぐれていた所を、この村で拾われた。

この村に山賊が襲ってきた。

村にあまり人が残っていない時だった。

村人たちは、どこかへ逃げた。

多分、西の方、山の下の方へ。

二人は置いていかれた。

親たちは自分の子の事で精一杯で、この子たちは誰も構う間もなかったのだろう…

山賊共は、この村の食べものを持っていった。

全部、持っていった。

二人は、山賊が立ち去るまで、じっと隠れていた。

それが二日前だという。

誰も戻ってこない。


話し終えると、二人の女の子は、また泣き出した。


マリエとナーリヤが、それぞれ同じ髪色の子を、抱きしめるようにしてあやしている。

この二人も、自分たちの境遇と似た、この幼い子たちに親近感を感じているのだ…。


「え~ん! ママー!」

「お母さーん…わーん…」


ママじゃあないけれど、二人のお姉さんは、優しく抱きしめている。

泣き止むまで少しかかった。


「あなたたち、お名前は?」


「ルッチェ!」金髪の子が答えた。

「ファラガ…」黒褐色髪の子はそう名のった。


この村の人たちも、もう戻ってくる事はないかもしれない…。

戻ってこないという事は、山賊を怖れて、どこかに移動した可能性もある。


なんか…マリエとナーリヤは、もうこの子達を離すつもりはなさそうだ。

子どもたちも、この短時間ですっかり優しいお姉さんに懐いてしまったようだ。


身寄りもなさそうだし、この子達もエルフ村に連れていく事になった。





村人たちの消息も気になるけれど、先を急がなければならない。

二人の子供は馬車の荷台に乗せた。


森を引き返して、さっきの山道に戻った。



蛇行した断崖の道を進む。

左手はまた岩壁のようになって、山中へ進める様子も無くなった。

道幅はやや広く、右手側の崖に近づく必要はない。

その彼方には、例のラクロアの大樹が、だんだんとその影を大きくしている。


相変わらず、蛇行が激しく先が見えない場所は、念のためユーミとレメッタが先に様子を見に行く。

もちろん、対向で来る馬車などないけれど、これも行軍訓練の一環なのだ。



「あ、待って…ここ、ちょっと注意」

フローレンが皆を呼び止めた。


このスィーニ山の難所のひとつ、といった場所に差し掛かった。


前方の山道が狭まっている。馬車二台は並べない。

左手側は、ほぼ切り立った崖壁のようになっている。

そして右側は何もない、つまり断崖絶壁という、通るだけでも危険な範囲だ。


道は細いけれど、慎重に進めば、なんということはないはずだった。



ただ、問題はそこではなかった…。



左手側の岩の壁に、崩落の跡がある。

以前通りかかった時にはなかった。


それも、何か不自然な崩落の跡なのだ…。


「気を引き締めて、周囲を警戒!」

フローレンの声掛けに、女兵士たちに緊張が走った。


先を歩いていたユーミとレメッタがこちらに戻ってきた。

感の鋭い獣人族の二人は、何かに気がついた。


それは、フローレンも同じだ。

何かある…というのを、戦士の鋭い(カン)が告げている…


アルテミシアも魔法の体勢に入った。

検知の魔法を使うのだろう。



と、その時…



突然、地が響いた。



馬車の道を防ぐように眼の前に、巨大な物が降ってきた。


それは…

大木の幹だ…!

続けて、後ろにも…!


轟音とともに、前後を防がれる形になった。

道が狭くなっている分、大木の幹は道を塞ぎきっていた。


「えっ!」「な、なに!?」「「きゃー!」」


突然の事に、女兵士たちは動揺していた。

フィリアとランチェは抱き合うように身をかがめ、

荷台の上の二人の子は泣き出して、マリエとナーリヤがあやしている。


馬が驚いたように前足を上げ、(いなな)きを上げた。


この状況では、混乱した馬が勝手に動くのが最も不味い。

荷が重いので、駆けるのはムリなようだけど、それでも暴れて横転して怪我をしたり、振りほどいて荷を置いて駆け去ってしまう恐れはある…


幸い、馬を御していたユナが、上手に(なだ)めていた。

他の女兵士たちが動揺する中、リーダーのユナは冷静に行動している。



この待望は、自然な落ち木ではない。

あきらかに何者かの攻撃だ。


「危険よ! 集まって!」

女兵士たちを、荷馬車の場所に集結させる。


フローレンは、大木の落ちてきた左の岩壁、その上方を警戒した。


問題は、次が来るかどうか、だ。

つまり、自分たちをめがけて、落としてくるかどうか…。


アルテミシアも、レイリアも、ユーミも、その可能性に対して備えていた…。

まあ、この四人だったら、たとえ落石が来ようと、どうにでも対処できる。


女兵士たちは、荷馬車と、二人の子供と、二頭の馬と、積み荷を、合わせて固まった。

通常ならば、一斉にやられないように、分散させるところだ。

けれど、こちらは全員を守る技も魔法もある。

ので、固まっているほうが都合が良いのだ。



上方に、落下物の準備はないように見えた。

つまり、自分たちを押しつぶそうという訳ではなさそうだ。



そして…

左手の高台の岩陰から、山賊どもが一斉に姿を現した…。


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