64.光、風、水の公国エヴェリエ
喧嘩を仕掛けてきた男どもは、恐れ慄きながら逃げていった。
あとには三人の不良娘たちだけが残された。
着てるものが派手で品がない。
そして髪型も、頭上に毛を纏めた奇抜な編み込みだったり、二本ツノのような編み上げだったり、ギザギザツンツンの逆毛だったり、三者三様に毳毳しい…
「スイマセンでした!」「「でした!」」
三人がそろって頭を下げた。
「あたいたちも、連れて行って、ほしいっす!」
「あなたたちみたいに、なりたいっす!」
「自分たちの居場所がほしいっす!」
三人揃って同行を申し出てきた。
「どうか、お願いしやす!」「「シャス…!」」
挨拶の仕方もなってない、ちょっとスレた感じの、いかにも村の不良娘といった子たちだ。
「だめよ」
フローレンは彼女たちを一人ずつ順番に、ちらっと見ただけでそう簡単に答えた。
「あなたたちでは、危険だわ」
体力がない。この子達では行軍についてこれない。
武芸の心得がない。戦いになれば、もっとついてこれない。
あのアクセサリを渡したとしても、だ。
こちらの女兵士の中で最弱なマリエやナーリヤでも、一人でこの三人に負けることはない。その程度のレベルだ。
仲間に加えるなら、まずはクレージュの店で基礎からしっかり鍛える必要がある。
「とりあえず…
あなたたちは村に戻りなさい」
三人の不良娘は、そんなぁ~~…という感じにがっかり残念悲しい顔になった、
が…
「帰りにまたクレフ村を通るから、その時にまたお話を聞いてあげるわ。
それまでに、村では必ず何か良い行いをしておく事!」
とフローレンの出す条件に、
「うっしゃあ!」「あざっす!」「やす!」
と、変な方向に気合の入った、男っぽい返事をしたので…
「はい! まずはその女の子っぽくない返事、改めること!」
と、フローレンはすかさず叱りつけられた。
「それと…その髪型!# もっと女の子らしくする事っ!#」
アルテミシアが横から追加で叱りつけた。
「この子たちみたいに、すっきりカワイくするの!#」
後ろに居並ぶ八人の女兵士たちを手で示した。
ユナは甘栗色のサイドポニーテール、フィリアは同じ甘栗色のツインテール
ランチェは銀ブロンドのふわっとセミロング、シェーヌは赤毛の外巻きカール髪
レメッタは焦茶色のロングシャギー、マリエは金ブロンドのストレート
ナーリヤはブルネットのロングウェーブ、イーナは薄紫のさらふわロングヘア
八人ともすっきりした髪型で、着ているのは軽装の鎧姿だけど、清純でカワイイ感じでそこに居並んでいる。わりと絵になる風景だ…。
「…はい」「わ、わかりましたー」「…がんばります」
この不良三人娘も、女兵士たちの姿を見て、何かキラキラしたものを感じ取ったようだ。
クレージュの店の女の子たちは、毎朝の走り込みや戦闘の訓練で体力が作られている。
特に女の子の数が増えたので、お店や商売の仕事に人的余裕ができてきたので、ここ一ヶ月は、女の子たちの体力づくりや訓練に、特に力を入れてきていた。
まだまだ非力だろうけど、フローレンは兵士を鍛えるようなつもりで訓練を施している。
この八人の子たちもみんな、立ち上がれないくらいになるまで訓練を行ったのも、一度や二度じゃあない。
マリエやナーリヤのような、家事向きの大人しそうな子でも、フィリアやランチェみたいに小柄な子でも、この一ヶ月足らずの鍛錬でかなり鍛えられているのだ。
そして音を上げる子は誰もいなかった。
みんな、強くなりたいのだ。
意気消沈しつつも、何とか頑張ろうという気を見せつつ、不良三人娘は村に帰っていった。
心を入れ替えていれば、帰りに寄った時に拾ってあげてもいい。
あの子達がどう変貌しているかは楽しみではある…。
森の中の街道をさらに西に進む。
途中の村で一泊。
女の子たちも、村の安宿の馬小屋など、慣れない環境の割によく休めていたようだ。
そういえば、イーナ以外は山賊に捕まっていて、もっと劣悪な環境での寝泊まりをさせられていた事もあったはずだ。
そして、エヴェリエ領に入って村でまた一泊。
ルルメラルア王国でも有数の貴族である、エヴェリエ公爵家の領土に当たる。
古くは独立した公国であったが、当時のオーシェ王国…つまり現在のルルメラルア王国と姻戚関係となり、エヴェリエも王国の公領となった。
そういう経緯もあって、ルルメラルア王国内でも特殊な地域に当たるのが、このエヴェリエ公領だ。
街道を西へ進む事、五日目の昼下がり。
街道が少し南に下がったせいか、遥か南方向に高い岩壁が見え始めた。
南街道で見上げた時とかなり印象が違うのは、上空に雲がかかっていないのと、南からの陽光を遮って北側は陰になるためだろうか。
だが、その南北どちらの景色も、壮大過ぎてただ圧巻されるだけだ…。
岩壁が南側にあるのでその麓には、陽の光を遮る巨大な影の部分ができることになる。
そのちょうど岩壁の陰に入らないくらい、岸壁から離れた場所に町が作られている。
高台に登って見下ろしてみると、やや南北に長いような形状の町だ。
その南の端に、城が聳えているのが見える。
青と白を基調とした背の高いお城が、白灰色の高い岩壁を背にしている姿は、かなり壮観だ。
縦長い町の西北門から町に入る。
城門での検問も、メディウス公より賜った助爵の証書を提示すると、それだけで何の問題もなく通された。
女兵士ばかりの商隊、ということで、ちょっと不思議そうな顔はされたが。
それでも公国兵たちはフローレンとアルテミシアに対し、敬礼をしていた。
町の建物すべてが、白と青と、その中間色で彩られている。
そして、整然と立ち並ぶ印象がある。
古めかしい町並みだが、フルマーシュよりは遥かに活気が感じられる。
「きれいな町~」「うん、すごくキレイ…」
町並みの美しさに、女兵士たちが感動している。
初めて訪れる人はみな、この青と白の調和の町並みに感動を覚えるのだ。
青い屋根と白い壁ばかりが立ち並んでいる町並み。
その白い壁に囲まれた町は、陽光に照らされて眩しく感じられる。
町往く人々の衣装も、ほとんどが青と白とその中間色の組み合わせだ。
それ以外の衣装を着ているのは、旅人や行商人、つまり外部の人、というわけだ。
馬車の前を並んで歩くフローレンの赤い花びら鎧と、アルテミシアの黒っぽい月影色のボディスーツ、白と青が大半の町の中で、この鮮やかな赤と黒の組み合わせは、彼女たちだけが別空間にいるようで、たいへん目立っていた。
兵士の装束も、白と空色と青の三色を基調としている。
公国兵の立ち姿には、気がみなぎっていた。
「この公国の兵士たち…かなり腕が立つわね」
フローレンの見たところ、かなり鍛えられた兵士たちだ。
フルマーシュの、ただ武器を持って立っているだけの兵とは格が違う。
「まあ、エヴェリエ周辺の治安がいいのも、強力な公国軍を従えて睨みを効かせているから、って事だものね♪」
アルテミシアが語るまでもなく、エヴェリエの軍が強い事は、割と知られている。
さすがに王国の精鋭四兵団には敵わないだろうけど、首都オーシェ守備隊の紫微兵団よりも精強であると言われてる。
「しかも…その精強な軍を率いるのは、領主の娘だって話よ♪」
「へえ?」
フローレンは、その話題に興味を示した。
「王国でも数少ない将軍位を持つご令嬢で、“麗将軍”と呼ばれているらしいわ♪」
「麗…将軍…」
フローレンは強い女性の武人が好きだ。
親近感を感じるのだ。
アルテミシアやレイリア、ユーミに対して友情を感じているように。
かつてはもっと大勢の女性冒険者の知り合いがいた。
今はどこに言ったのか行方知れず、消息も聞かなくなったけれど…。
当然、その令嬢将軍の事も、気になる。
~~その麗将軍 ファリスが、彼女たちの運命を大きく変える存在となる事を…
今のフローレンにも、アルテミシアにも、知る由はない… ~~
「エヴェリエは天を崇める聖地だという事よ。
神王ロエルを祀る聖廟があって、光と風と水を司る神官がいる、って話よ♪」
この大陸で信仰される十二神の主神とされているのが、神王ロエルである。
王者の守り神でもあり、天空の支配者とも呼ばれる大神だ。
「そして、あの岩壁の遥か上に、天の湖がある、ってお話、よね♪」
水と風と光に守られた神聖の地…というのは、この南のしかも壁のような岩の崖上に、天の杯とも呼ばれる広大な湖に臨んでいる、と言われている為だ。
「本当にそんな大きな湖があるのかしら?」
「さあ♪ そればっかりは実際に見ないと、何とも…ね♪
あ、そういえばここって、この子たちの村の、ちょうど北側くらいになるはず、よね?♪」
エヴェリエ公領と、あの遺跡は、地図で見ても、直線では非常に短い距離になるはずだ。
ただしその間には、広大かつ高い岩山が東西に長く立ちふさがっている。
「この子たちを救出した、あの遺跡のところね」
結局あの遺跡は謎のままだった。
山賊の拠点だったので、あの後ルルメラルア軍が入っているはずだ。
調査が行われているかもしれないが、この王国は魔法や古代の研究に関しては後進国だ。
だから調査しても何も進展はなさそうだ、という気はする。
大通りを西に真っすぐ進んで、町の中央広場にたどり着いた。
中央…と言っても、この町は縦に長い形なので、やや北のほうにあるのだが…。
ここから西に進んでこの町を抜ければ、先日南街道から訪れたタムト村に行き着く。
だが、その途中に軍の拠点が設けられ、北への物資供給の名目で、かなりの通行税を取られるという事だった。
それでも北から来るより、西から来る荷馬車のほうが多いようだ。
今回の目的地はここより北なので関係ない。
中央広場を北側に折れて進み、北門に近い場所までやって来た。
クレージュ一行がこの町でいつも馴染みにしている宿屋はそこにあるのだ。
「あれ…? このへん、じゃなかった…?」
「んー…近くに大きな薬屋さんなかったかな…♪」
「あれ…? 迷った…?」
「かも…♭」
フローレンやアルテミシアたちも数えるほどしか来たことがない…。
その上、町がほぼ青と白とその中間色しかないので、地理が覚えにくいのだ…。
「こっちだよ。北大通との交差点から二本目を右に曲がって、次の左手の横道を曲がったところ。ほら、薬屋の看板、見えてきただろ?」
一回来ただけのレイリアのほうがよく覚えていた…。
建築に詳しい彼女は、町の地理なんかもすぐ頭に入っているようだ…。
クレージュやその料理長のセリーヌは、とても料理が上手い。
普段からその料理を食べ慣れていると、他所で同じような料理を食べても美味しいと感じることが無いのだ…。
なのでフローレンは、旅先ではつい珍しい料理を選んでしまう。
それで後悔する事も多々あるのだけど…今回頼んだ三色パスタは、まあまあだった。
赤い部分が辛味だと知っていれば、コクのある黒の部分とクリーミーな白の部分を先に全部食べてしまう事はなかった、という失敗はしたけれど…。
レイリアが飲んでいるのは、梅と杏と桃のお酒らしい。
彼女もしばらくまともなお酒を飲んでいなかったからか、けっこうペースが早い…。
女の子たちも二班に分かれて食事を採る。
色々な料理を頼んでは、楽しそうにみんなで味の比べっこをしている。
ユーミが頼んでいたのは、豚肉と牛肉と羊肉を、それぞれ独特の味付けで焼いたセット料理だ。
よほど気に入ったのか、それともしばらくまともに肉料理を食べていなかったからか…ユーミひとりで五人前もたいらげていた…。
「たっだいま~♪」
どこかに出かけていたアルテミシアが持って帰ってきたのは…
大量のダンゴだった。
「エヴェリエのスィーツと言えば、これな訳~♪」
桃色と、白と、緑の、三色のダンゴだ。
その三つを串に差したものが大量に、ここにいる全員分以上にある。
女の子たちも食後のデザートのサプライズを喜んでいる。
「はい♪」
フローレンの口に押し込んでくる。
スィーツな不意打ちだ。
ほのかな甘さと、花の香りがお口に広がる。
桃色の部分は、食用のピンクの花で着色してある。
たしか、月読草とかいう可愛らしい花のはずだ。
白の部分は混じり物なしで、緑の部分はヨモギの若芽を混ぜ込んでいる。
お花に詳しいフローレンには、味だけでどの草花なのか、だいたいわかるのだ。
「エヴェリエでは “3” が特別な意味を持つ数字みたいね♪
多分だけど、光と風と水に守られた地、って事と関係があると思う♪」
アルテミシアは自分用に沢山買ったダンゴをまだ食べながら、そんな事を話していた。
確かに。
この街中にあるエヴェリエ公国の旗は、三段階調の青の三色旗だ。
町中の至るところで見られるエヴェリエの紋章も、三色に分けられた天空の光と、空を舞う風と、波打つ水の模様の組み合わせだ。
先程の料理のメニューにも「三種類の」というのが並んでいた。
町中でも、“3”に関わるものが、多くあったように思える。
今夜も部屋は女の子たちに譲って、フローレンは厩で眠るつもりだった。
こういう生活は冒険者である自分たちのほうがはるかに慣れている。
既にユーミも、藁に包まって寝ていた。
エヴェリエを出れば、ここから北のエルロンドまではまた村の宿に泊まる事が多くなる。
その後はエルフ村まで、野宿が多くなる。
温泉のクレフの時と同様、慣れない女兵士たちは、今のうちに安ませておく…。
軽く朝食を済ませると、エヴェリエ領を北に抜ける。
この地域は、ルルメラルア王国の西の果てに当たるような地域だ。
だが、西の国境線という感じではない。
ここより西は、いわば無国籍地帯だ。
ルルメラルア軍が何箇所か拠点を築いて駐留している。
その拠点へ物資を共有しているのが、王国最南西にあるタムト村だった。
先日南街道を通って買付けにいった、あの村だ。
王国の最西街道を北上する。
エヴェリエ公国と、大聖堂のあるエルロンド、二つの聖地を繋ぐ街道だから、人通りも少なくない。
西も東も草原が続き、遠くには山が見える。
どちらにも何も無い、単調な風景だ。
だけど、西と東ではそのむこう側が違う。
東の彼方には山間に多数の村があるはずだけど、西には人の営みはないはずなのだ。
このさらに西には、巨大な廃墟、ベルセリ遺跡があるのだ。
何百年も前に滅んだヴェルサリア王国の首都であった、都の跡地だ。
西の大国オノアは、その廃都ベルセリのさらに遥か西方に当たる。
六日目の夜はまた村の安宿だ。
「まあ宿屋にありつけるだけでも有り難いわよ」
「そうよね♪ 天気もいいし、行軍は順調ってとこ♪」
これで雨でも降れば、行軍はここで足止めになる。
雨自体は守りのアクセサリやアルテミシアの魔法で防げても、道が泥濘むのは如何ともし難いのだ…。
村の安酒で満足できないレイリアはエヴェリエで購入したお酒を大事そうに飲んでいる。
まだいくらかは買い込んで、荷物に潜ませていることだろう…。
肉料理にありつけないユーミはかなり不満だ…暴れたら困るので、保存用の干し肉で我慢させている…。
山間に入れば、自分で肉を狩りに行くのだけど…。




