63.お姉ちゃんと乱闘騒ぎ
第二班の行動。
温泉へ!
フローレンとレイリア、それに八人の女の子のうち同じ村出身の四人が一緒だ。
この四人は山賊に襲われて滅ぼされたグリア村の娘たちだ。
フローレンはユナと並んでお湯に浸かっていた。
「温泉っていいよねー」
「いいですよね…ほっとします…」
ユナはフローレンと同じ歳で、今回の八人の中では最年長になる。
自分に厳しく、責任感がとても強く、この八人のリーダー的存在である。
フローレンにとってユナは、一番優秀な弟子といった感じだ。
それは、正規に兵士や巫女としての訓練を受けた子を除く、いわゆる村娘系のすべての女の子たちの中で、という意味だが…
力だけならディアンのほうが強い。
敏捷な動きはネージェには敵わない。
でも総合力で評価するなら、このユナが最も優秀な戦士であると思える。
その上、ユナはリーダーとして他の子たちをまとめていく能力がある。
持ち前の責任感の強さがそうさせるのだろうか。
もともと、グリア村の村長の娘だ。
“部長”チアノ、“部長代理”ウェーベルとも同じ歳の、女兵士の中でも年長者という事もあって、落ち着いた雰囲気があり、整った顔立ちで、凛とした線の強そうな性格が表情にも現れている。
普段はサイドポニーテールにした明るい栗色の髪が、ちょっと大人の色気を感じさせるが、今は頭上に結い上げた髪が、また違った大人の色気を見せている。
フローレンのほうが可憐な感じで、年下っぽく見えるのだ…。
ユナは、フローレンとアルテミシアの事を、すごく尊敬している。
ユナの選んだ鎧は、上は紐ブラで下は前垂れ後ろ垂れの、セパレートの鱗片鎧だ。
フローレンの花びら鎧と形状がよく似ている。
武術より魔法の素養があれば、アルテミシアみたいなボディスーツ姿を選んでいたかもしれない。
「あの日の事が…もう…ずっと遠い昔の事のように思えます…」
村が焼かれた日…
婚約者がユナを守るために死んでいる。
彼の分も生きなければならないという想いと、年の離れた妹たちを守りたいという想いが強い。
強くなりたい気持ちが非常に強く、仕事の合間にも一人で走り込みをしたり剣を振ったり、腕の立つ先輩たちに稽古をつけてもらったり、訓練でも常に他の子より一段上の気迫がみなぎっている。
「もう…他には誰も…生きていないと思ってます…」
しっかりしたお姉さんだけあって、その瞳も凛としてある種の鋭さすら感じさせる。
あの先にあったタムト村でも、他の村人たちの消息は、結局わからなかった。
既に生きているのは、この子たち四人だけかもしれない。
「だから…あの子達を、私が守らなきゃ、って思うんです」
ユナのその視線の先には、子供みたいにお湯を掛け合いしている仲のいい二人、フィリアとランチェの姿がある。
フィリアはユナの妹で、顔立ちは姉と似ているが幼い印象が残っていて、普段はツインテールにした髪型がまたさらに幼い印象を与える。
ランチェはフィリアの幼馴染で同じ歳の親友、ふわっと遊ばせた感じの銀色ブロンド髪の、明るく優しい印象の娘だ。
今はお風呂なので二人も髪をまとめ上げているけれど、それでも可愛らしい無邪気な感じの女の子たちだ。
村が襲われた時に一緒にいたこの二人は、父や兄たちが、村の親しい人たちが、自分たちを逃がそうとして殺されたのを目の当たりにしている。
今こうやって楽しそうな笑顔を見せられるようになってきたけれど、しばらくは毎夜のようにその惨劇を思い出してうなされていたという。
ランチェの兄はユナの恋人で婚約者だった。
だから、ユナはフィリアだけじゃなく、ランチェの事も妹だと思って接している。
少し離れた場所に、もうひとりの村娘シェーヌがレイリアと一緒にいた。
シェーヌは同じ村の鍛冶屋の娘で、肩上までの外巻きにカールがかったように跳ねた赤い髪が印象的な子だ。
記憶をなくしたのか、早くに気を失ったのか、村が襲われた時の事はよく覚えていなかった。
この一ヶ月は訓練の傍ら、管理担当のカリラの下で、工具や武器の整理や修理を行うのを日課にしていた。
手先が器用で家の仕事の手伝いをしていたので、細かい修理なんかは得意らしい。
レイリアはお湯に浮かべたお盆にお酒を載せて、晩酌と洒落込んでいる。
ほろ酔って頬を火照らせ、頭の後ろで髪をまとめ上げている姿は、普段の格好いい感じとは違って、なかなかに女の艶がある…。
シェーヌはその横で静かに嬉しそうに 時々空になった盃にお酌をしている。
この子はレイリアに鍛冶工房の話など話を聞いて、彼女のために、みんなのために、役に立とうと頑張っている。
シェーヌはレイリア好き女子で、好みを同じくする同志という意味では、火竜族女子たちや、ちっちゃなアーシャと仲が良い。
宿への帰り道。
みんなでこの温泉村の貸衣装、浴衣を着て並んで歩いている。
日は完全に沈んでいるけれど、火の入った灯篭がやさしく辺りを照らしている。
「温まったね~」
「ここで温泉に入れるなんて、思わなかった~」
女子たちも大喜びだった。
振り返る男性、多数…
六人の湯上がり女子が並んで歩いているとかなり華やかで、否が応でも道行く男たちの目を引いてしまっている…。
「出発間もなくここに寄るのはホントは勿体ないのよ…
長旅の帰りにここに寄ると、疲れを癒せてすごくいいんだけどね…」
フローレンたちは、こちら周りで帰ってくる時は、ここで一泊する事が多い。
「地下水系的に考えると、おそらくフルマーシュ辺りでも温泉は出るんじゃないかな?」
レイリアがそんな話題を持ち出した。
「へー…? そうなんだ…」
「アタシの予想だけどね。多分、どこかしかからは出ると思うよ。
町の中か近郊か、それはわからないけどね」
フローレンは知っているけれど、レイリアのこういう地理的な予想はよく当たるのだ。
「だけどまあ、適当に掘って出るものじゃあないけどね…
それより…
この村のお酒は、いいね。いいお酒は、いい水から、だよ」
レイリアの関心はやっぱり、温泉よりもお酒のようだ。
「ちょっと行って買ってくる」と、レイリアはフローレンたちと別れた。
妹分のシェーヌだけはレイリアについて行く。完全に姉御と妹分だ。
フローレンたちは、ならんだ露店を見て回った。
温泉街には色々な土産物が並んでいる。
この浴衣に合いそうな、花の髪飾りが目を引いた。
「でも、髪飾りって、買わなくても…」
「換装できるものね」
ユナたち女兵士は一つだけ、守りのアクセサリの形を変えて装備できる。
フローレンはそれに加えてお花を頭に飾る事ができるけど、これは花妖精の特性だ。
彼女たちはお金を持ってきていないので、露店を見て楽しむだけ、なのだけど…
その時、ここで事件が発生した。
フィリアとランチェは、二人で土産物を見て回っていた。
可愛らしい動物の根付なんかを楽しく見て回っていた、その時…
この世間知らずそうな二人の村娘に対して、三人の男たちが絡んできた。
「君たち、カワイイねぇ~」「オレたちと、遊び行かない?」
どう見てもこの村のあぶれ者か何かロクでもない連中だ。
相手を威嚇するような奇抜な髪型に、派手な格好、そして目つきが悪い。
フィリアとランチェは怯えきって、抱き合うようにして座り込んでいた。
二人の目の色が、恐怖に満ちていた。
「おいおい、どうしたんだよぉ?」「来る、だろぉ? 当然よぉ」
「黙ってちゃわかんねぇよ? 何とか言ったr…」
言葉途中で切れたのは、その男がぶん殴られて吹っ飛んだからだ。
いきなりぶん殴ったのは、駆けつけたお姉ちゃんのユナだ。
この責任感強いお姉ちゃんは、別に乱暴という訳ではないが、妹たちに手を出すヤカラには容赦ない。
ユナは二人の妹の目を見た。
恐怖に慄いている…
二人には今、あの恐怖が、記憶に蘇っている…
男どもを見る目は、あの日の山賊を見る目だった…
「…んなにすんだよぉ! このアマぁ…!」
「って、おい! メッチャいいオンナじゃん!」
「三人、ってちょうどいいじゃん!…ぐべぁ!」
最後にヘンな声を出して叫んだのは、またユナがいきなりぶん殴ったからだ。
妹たち二人を庇うように前に出て、三人を相手に立ち回っていた。
「おいおい!」「俺たちも混ぜろや!」
男どもの仲間と思しき二人、加勢に入ろうとユナの後方から迫る。
その二人を遮ったのはフローレンだ。
「あら? 女の子相手に不意打ち?」
フローレンは右の男の腹に重たい膝蹴りを食らわせ、その一撃で男はその場に崩れ込む。
間を挿れず今度は、左の男の腕を引っ掴んで捻り、そのまま身を低くして背で転がすようにして投げ飛ばし、地に叩きつけた。
どちらも一撃だ。男二人が倒れ込むまで、呼吸にして三つ四つほどの僅かな時間しか掛かっていない。
フローレンにかかれば村のチンピラ男など、こんなものだ。
ユナも時間はかかっているけれど、この程度の男三人くらいなら一人で倒してしまう実力はある、とフローレンは思っていた。
見ているだけで手を出していないのは、そういうことだ。
武器は使っていないが、論理魔法装備のアクセサリの守りは発動している。
だから男どもの素手による攻撃など受けても、怯むことはない。
それも含めての戦い方なのだ。
加勢に来た二人を、フローレンがあっけなく倒すのを見ていた男どもは、ユナがさらに一人を殴って仰け反らせたところで、逃げ腰になった。
「お、覚えてやがれい!」
倒れている仲間を抱えながら、お約束のセリフを残して男どもは逃げ去って行った。
周囲の野次馬たちから喝采が上がっていた。
フローレンやユナのような綺麗な女の子が、素行の悪そうな男を五人も叩きのめした。
しかも二人共、湯上がりで艶のある感じなので、なおさら色っぽい。
戦いで少し乱れた甘栗色の髪を軽く掻き上げるユナの仕草に、周りの男どもはもうメロメロだ。
「おねえちゃん…!」「かっこいい~!」
怯えていたフィリアもランチェも、ユナの活躍に歓喜している…。
「スィーツ、あるわよ~♪」
宿に戻ると、アルテミシアがまんじゅうを買ってきていた。
「これはね、温泉の蒸気で蒸し上げるおまんじゅう…♪
この地独特のスィーツなのよ~♪」
アルテミシアは、その声は澄み渡った月夜のように透明で、月色の髪と相まって、とても神秘的な女性である…
が、スィーツの事になると、本当に、ただの乙女、になってしまう…。
乙女という歳はとっくに過ぎているけれど、甘味大好きな姿は、まぎれもなく乙女である…。
時に見境が無くなる、という事はままあるのだけれど…
まあ、そのスィーツ好き乙女の姿が、女の子たちにすれば、親しみやすさに繋がっているので、悪いことばかりではない…
それに、ちゃんと全員分買ってきているのが、スィーツを万人が愛すべきという、アルテミシアらしい信条であり、彼女たちに対する配慮でもあるのだ。
女子たちは温泉の後は、おまんじゅうを満喫していた…。
温泉のおかげで、みんなぐっすりと眠れたようだ。
今日だけは見張りを免除した、というより、休息する方を優先していた。
休息を取れる時に取るのも、行軍の上では重要なことなのだ。
先日の宿より構造もしっかりしているので、盗賊に侵入される心配が少ない。
それに、もし見知らぬ誰かが入ってきても、厩で寝ているフローレンとユーミが気づくので、全く問題ない。
そんなわけで、翌朝、みんな寝覚めは良かった。
昨日の夕方の時点では、二日目でやや疲れを感じている子もいたけれど、
全員、ぐっすり休んですっかり回復した感じだ。
宿の朝食も、豪勢ではなかったけれど、味はかなり良かった。
またユーミがご飯を何杯もおかわりして、レイリアは朝からお酒を何杯も飲んで…。
朝ごはんが終わったら、馬と荷を確認し、クレフ村を出た。
心なしか馬まで元気になったような気がする…。
街道はここから西は、ちょっと森の中に入る感じになる。
南の森が街道近くまで迫ってくる感じで、道の北側にも森が続いている。
森が侵食してきた、というより、もともと森だった場所に街道を通した、というのが正解だろう。
この辺りからは、北側も草原ではなく、しばらく森が続くことになるのだ。
そして…
ここで待ち伏せされていた。
「よぉ、姉ちゃん達ぃ~」
「昨日は世話になったなぁ~」
お約束のようにこの辺りに潜んでいた訳だ。
昨夜ユナとフローレンが往なした、村のあぶれ者…
どこから集めたのか、軽く二十人以上いる…
もし今朝ここを通らなかったら、どうしたのだろう…
と言った余計な疑問があるのだが…
後ろの方には三人、女の子もいた。
こいつらの仲間なのか、三人三様に奇抜な髪型をしている…。
クレフのように人の集まる場所には、様々な人が集まってくる。
その多くは、商売人であったり、温泉目当ての観光客であったり、あるいはまともな仕事を求めてやってくる労働者であったりする訳だけど…
問題は、こういうあぶれ者的な手合も集まってくる、という事だ。
旅人に因縁をつけては、金品を脅し取ったり、女の子に対しては、もっと酷い事をしたりもする。
昨日の因縁があるフィリアとランチェは、また同じように、抱き合うように震えている… その二人を守るようにお姉さんのユナが前に進み出た。これもまた、昨晩と同じように。
昨晩ぶん殴った男どもを、またぶん殴りそうな勢いだ。
「お礼参り、ってわけ? 随分と律儀なのね…?」
呆れるように言いながら、フローレンがユナの隣り、位置的には複数人を一手に受けられる位置に進んだ。
他の子たちも突然のことに驚き、戸惑い、緊張を隠せない感じだ。
この子たちは、やっぱりまだ“女の子”だ。
“女兵士”と呼べそうなのはユナくらいだ。
戦った事もないのだから、ムリもない。
守りのアクセサリの“兵士意識LV1”がなければ、恐怖で泣き出したりしていた事だろう…。
「きっていい?」
ユーミは平然だ。斬り捨てていいかどうか聞くあたり、戦闘ではなく喧嘩だという雰囲気を一応は察している。
「ダメ#」
アルテミシアも冷静だ。こういう荒事にもその対処にも慣れている感がある。
「やれやれ、だね…」
レイリアはといえば、苛立っている。
迷惑かつ面倒そうにしているのが見ていてわかる程にだ。
まあでもこれはこれで…
山賊に襲われる想定はしていた訳で、それは女の子たちも覚悟はしていたはずだ。
むしろこのチンピラどもだったら、武器を持たずにかかってきてくれる分、この子たちの初戦にはちょうど良いのかもしれない。
…この最初の戦いを越えて、この子たちにも兵士として覚醒してもらう事になるだろう。
「みんな、訓練用の武器を出して! 殺しちゃダメだけど、手を抜いてもいられないわよ!」
「「「「はい!」」」」
女の子の手に突然、光とともに武器が現れた。
武器と言っても、訓練用の木刀や棒だ。
だがそれを見て、男どもが驚き焦っている感じが見られた…。
(やっぱり、そんな程度でしかない相手よね)
この程度の事で動揺する程度の相手だと、戦うまでもなく結果は見えている…。
「や、やっちゃまえ!」
昨日ユナに殴られた男の号令と共に、ゴロツギ共が一斉にかかってきた。
アルテミシアはいつの間にか馬車の上に座っていて、足を組んで見下ろしていた。
《防護盾》プロテクションシールド
一瞬、光の薄いヴェールに包まれた女の子たちに、魔法の守りが与えられた。
アクセサリの守りに上乗せされる魔法の守りだ。
これで合わせて板金鎧並みの防御力が得られる。
それも、全身。髪の先にまで、だ。
フローレンも、剣を抜かずに対処した。
迫る一人目の雑な攻撃を、軽い動作で躱し、続けて躱し、そこに生まれた隙を突いて肘を重たく撃ち込む。
うめき声を上げ、そして白目を剥いて倒れる姿を確認するまでもなく、次。
走って棒を振り上げてくる二人目を、身をかがめて、避け際に足を引っ掛け、その足を釣り上げるように上へ蹴る。
勢い良く派手に顔から転んだ様子だけを背で聞きながら、迫ってくる三と四に、こちらから駆け寄る。
三人目、脚で首に組付き、そのまま倒れ込むように身体を回し、反動で地面に叩きつける。
立ち上がりぎわに、四人目からの拳を進みながら躱すと、その真後ろに回る形となり、首筋を手刀で打った。
あまりにも軽すぎる相手に、フローレンは戦った気すらしない。
女兵士たちはそれぞれ、華美な木刀や棒を手に構えていた。
ユナは木刀を振るって、男二人を相手に押し気味だ。
厳しい訓練を望んで、フローレンに何度も個別で稽古をつけてもらっているユナは、この八人の女兵士の中では圧倒的に強い。
露出度が高い鎧姿が、自信の表れのように感じられ、立派に女戦士に見えるだろう。立ち回り姿も様になっている。
震えていたフィリアとランチェも、
「おねえちゃん一人には任せておけない!」
と勇気を出して木刀を振り回して戦っている。
この子たちですら、村の男程度なら、一対一で押せる程度には鍛えられている。
この弱そうな二人を軽く見ていた不良男どもが、焦って下がり始めている。
あちらでは小柄で武器も構えていないユーミを見て、男どもは舐めてかかる。
何も知らない、ということは良いことである…。
ユーミの実力を知っていれば恐怖に慄いているだろう。
いや、今からすぐにそうなるのだが…
ユーミの前に立った相手は、まあ当たり前のように、吹き飛ばされる。
後ろに飛ばされるというより、上に吹き飛ぶ感じだ。
ユーミは素手でも相手を吹き飛ばすくらい容易いもので…、まあこれでもかなり手加減しまくっているのだ…。
ユーミが本気で殴ればウシでもトラでもゾウでも一撃で殴り倒されるのだ。
レイリアも素手で立ち回っているが、全く以て何の問題もない。
余裕を持って攻撃をかわし、熱炎のこもった拳で殴り倒す。
本気の炎で殴ると相手は燃え上がって命に関わるので、そこは彼女なりに手加減をしている、つもりだ。
レイリアは常時身体に炎を籠めているような状態なので、攻撃を受けてもこの炎が瞬時に硬化し身を守る事になる。
殴った男のほうが火傷を負い骨が折れる事になるのだが、この程度の男どもでは、彼女に触れる事すらできないのは、逆に幸いな事だ。
そして炎を使わなくても、その長くしなやかな脚から繰り出される蹴りを受ければ、大の男でもかなり後方まで吹っ飛ばされる。
男どもをいなすその合間に、地面に種火を投げ、女兵士たちに群がろうとする敵を食い止める。
地に撒かれた炎の種は火柱に成長し、女兵士たちに数で襲いかかろうと迫る男どもの動きを阻む。
そして炎に阻まれ狼狽した男どもに、女兵士たちが勇敢に打ち掛かっていった。
女兵士たちは一対一なら、相手を軽くいなしている。
鍛冶屋娘のシェーヌや、狩りをしてるレメッタ、空歌族の身軽なイーナのように、わりと活発な子たちならいざ知らず、内気で大人しいマリエやナーリヤですら、手にした棒で男どもを打ち倒していた。
自分が鍛えたとは言え、わずか一月足らずだ。その女の子たちが、立派に戦っている。
ただの村のあぶれ者とは言え、体格に勝る男相手に、こんな簡単に勝ってしまうのだ。
囲んできた男どもが全員地面に転がるまで、それほどの時間はかからなかった。
フローレンはちょっと信じられない思いでその光景を見ていた。
アクセサリと防護魔法をあわせた防御力があるので、大胆に攻撃に出られるところはあるだろう。
斬られる覚悟と斬る覚悟が必要な、剣を抜いた命の取り合いなら、こうはいかないところはある。
それでも自分の予想より、この子達ははるかに強くなっていた。
フローレンは、ユナと共に、最初に絡んできた男どもを見下ろしていた。
「今回は見逃してあげるけど、次に遭ったら…わかるわよね?」
フローレンはかがみ込んで、鋭い目を近づける。
男どもは殴られた悲壮な顔を、必死に何度も縦に振っている。
その怯えきった表情を見れば、関わりに来る事は二度とないだろう。
「こんな事をしてたら、身を滅ぼすわよ♪
お仕事が欲しいなら、西のタムト村か、北のブロスナム領に行くことね♪」
あっちではアルテミシアが、座り込んで服従している男たちにお説教をしていた。
「あ、私最近、呪詛の研究にハマってて~♪
人をカエルにする呪いとか、試してみたいのよね~…♪」
とか、語りだしたら、男どもは恐怖に引きつり、もう平謝りになるしかない。
周りが騒がしかった。
いつの間にかクレフ村からの旅人たちがいっぱい集まっていたのだ…。
アルテミシアは彼らの前に進み出た。
歌姫として舞台に上がった時のように、芝居がかった物腰で、
「私達はフルマーシュの助爵、フローレンとアルテミシアと申します♪
徒党を組んで難癖をつける、この男どもを成敗いたしました♪
無関係の皆様にご迷惑をおかけした事をお詫び申し上げます…♪」
と、ステージ上の歌姫の時のような、場馴れした口調で恭しく礼をした。
助爵、と聞いて、旅人たちが「おぉー!」っと驚きの声を上げる。
こんな若くて綺麗な娘さんが爵位を得た、というのは稀有な事なのだ。
旅人たちから拍手と喝采が贈られた。
助爵、と聞いて、倒れていた男どもが驚き、そして恐怖の表情に変わる。
町の有力者に喧嘩をふっかけてしまった、という事になる訳だ…
…そういう手合に絡んでしまったが故に、ひっそり闇に葬られる者もいるのだ…。
男どもは互いに支え合うようにして、しかし全速力で、逃げるように去っていった…。
後には、三人の不良娘だけが、呆然と並んで立ち尽くしていた…。
「貴女たち、早くお帰りなさい。こんな連中と関わってたらダメよ♪」




