59.突然の祝宴
話は数日前…
南街道の行商から戻って翌々日、フローレンたちは、今度はエルフ村まで行って、交易品を預かってきた。
領主館にてメディウス公爵から、助爵の地位をもらう直前の、強行軍での往復だった。
その時に同行したのはアルテミシアと、レイリア、ユーミ、
このいつもの四人に、輸送隊の海歌族チアノと、活発なネージェとディアン、
そして、鍛冶屋での仕事を辞めた火竜族のガーネッタとネリアン、
この五人が同行していた。
フローレンたち冒険者組四人は、フルマーシュへ帰ってきたけれど、その五人はエルフ村に残っている。
チアノ、ネージェ、ディアンは輸送隊の中心メンバーだ。
チアノが、エルフ村の特産品の中から、販売用の物資を見定める。
販売価値の高そうな商品を選別するのだ。
ネージェとディアンは、その指示を受けて荷造りや箱詰めなどを行う。
レイリアがエルフ村に持ち込んだ甘い黍の栽培はエルフたちが行っている。
砂糖の精製方法はネリアンが、砂糖酒の作り方はガーネッタが知っているとの事で、この二人にまず優先的にエルフ村に行ってもらったのだ。
そもそも、その黍を南から持ってきたのはこの二人である。
レイリアが言うには、同じ甘いキビから作られる砂糖酒はもっと高値で売れる、との事だ。
通常なら熟成に何年もかかるのだけど、エルフ村には僅かな時間で熟成が進む、酒の作成に都合の良い場所があるのだ。
その火竜族の二人…
ガーネッタは深い赤黒色のストレート髪の美人タイプで、とにかくお尻が大きくて、とにかくモテる。
尻が重い割に尻の軽い女で、鍛冶場の男ほぼ全員と、ヤる事をヤった感じで、それが元で野郎どもの間に諍いが起き、それで居づらくなったとか…。
ネリアンは焔色のゆるウェーブ髪のおっとりタイプで、とにかく胸が大きくて、とにかくモテる。
鍛冶場の特定の男と付き合っていたが、他の男からの誘いも多すぎて、しかも断れない性格で、それでモメて、いやモまれたのが原因で、男たちの間に争い事が起こり、結局その彼氏とも別れたとか…。
二人共もう男には懲りた感じで、レイリアより先に鍛冶屋を辞めた。
あの鍛冶屋の現場は、レイリアくらい男に無関心で拒否的じゃないと、務まらなかったのかもしれない。
この二人と入れ替わるように、レパイスト島からグィニメグ神巫女の後輩が二人、クレージュの店にやってきていた。
金橙色ポニテのルベラは、情熱的でしっかりした性格の優等生タイプ。
見聞を広める気満々で大陸にやって来て、輸送の仕事にも興味を示している。
とにかく好奇心が強くて、まず何でもやってみたがる。
火竜族にしては珍しく、炎より光の術が得意らしい。
赤毛のミニツインテールのコーラーは、可憐な天然系女子…。
だけれど、大陸に憧れてやってきた割に、不特定多数の人の中にいるのが苦手な人見知りがすぎる性格で、この店の女子との関わりには何とか慣れてきているけれど、フルマーシュのような田舎町でも、外を歩くのを嫌がる…。
つまりは引き籠もり系女子だ。
建築学が得意なところも、なんとなく引き籠もりっぽい…。
極端な陽キャラと陰キャラだ…
どうも火竜族はレイリアを含め、極端な性格の人が多いようだ…。
他にも数日前に、クレージュの知り合いだった、料理屋に住み込みで働いていた三人がここに移ってきていた。
見た感じは、三姉妹のようにしか見えない。
けれど、母親と娘二人なのだ。
母親のキャヴィアンはやや小柄で可愛らしい感じだけど、実はクレージュより少し年上で、沢山作るのが得意な感じの大食堂や施設向きの料理人だ。
ここの先輩料理人のセリーヌに味付けなどを学びながら、量だけではなく、質の向上にも務めている。
二人の娘のうち、姉のトリュールは母譲りで小柄だけど活発で真面目な子で、料理の傍ら、フローレンの訓練にも参加し武器の扱いの練習や体力づくりにも性を出していた。
妹のフォアはまだ幼く、プララやレンディとすぐにお友達になって、毎日一緒に行動している。朝練ではまだまだだけど、食堂の手伝いはこの二人よりも上である。
彼女たち一家が来てから、店に出す料理だけではなく、ここの女子たちの食事づくりに時間を取られていた、セリーヌやウェーベル、アーシャたちの負担が大幅に減る事になった。
ウェーベルやアーシャは、アルテミシアからの魔法修行にも、フローレンの武術訓練にも、どちらにも余裕を持って参加できるようになった。
…というように、
クレージュの店は、今月に入って、動きが慌ただしい。
そして今…
商業都市アングローシャを発った翌日の夕刻…
クレージュたちはフルマーシュの町に帰還した。
大都市を訪れた後だからか、ますますこの街の寂れた感じが目についてしまう…。
実際に馬車で大通りを進んでいても、早い時間から閉めたり、もう営業を止めてしまっている店がまた増えてしまったようだ。
クレージュの店は、店主が不在の間も、何の問題もなく営業を続けている。
ただ、出発前の夕刻よりもお客の入りが減っている感じはした。
ただ、クレージュの店は、お客は少なくても、活気はある様子が外まで伝わってくる。
その前を通り過ぎ、店の裏へ馬車を向かわせた。
夕刻だと言うのに、裏庭ではユナたちがまだ訓練に励んでいた。
「あ、おかえり!」
それを指導しているフローレンが、まずこちらに気づいた。
「あ!」「クレージュさーん!」「おかえりなさ~い!」「ご無事でー!」
続いてすぐに八人も周りに集まってきた。口々に無事な帰還を喜んでくれている。
そのあとでちゃんと先輩に当たるミミア、メメリ、キューチェにも挨拶する。
先日南街道で加わった、この八人の女の子たちは、お店の接客の方には出してない。
体力づくりや武器の扱いを優先させている。
アルテミシアから魔法を学んでいる子もいたはずだ。
今も八人揃って、遅くまで真面目に訓練に明け暮れていた。
「訓練で疲れているところ、悪いけど、荷物運びを手伝ってくれる?」
「「はい!」」「「わかりましたー!」」
クレージュの呼びかけに、元気な返答が返ってくる。
そしてすぐに武器を手から消して、行動に移った。
みんな実直で勤勉な子たちだ。
馬から荷車を外す。先輩であるミミアとメメリの指示を受けながら、八人はその作業を手分けして行っている。
「おかえりなさーい♪」
ややするとアルテミシアが手伝いに出てきた。
先に店に入ったレメンティとラシュナスが声をかけたのだ。この二人もすべき事は分かっている。
今のところ軽量化の魔法はまだアルテミシアにしか使えない。
クレージュとしては、多くの女の子たちに覚えてほしいところだ。
行商を続ける限り、重い荷運びはかならずついてまわる…。
男性と比べて非力な女の子たちなので、軽量化魔法の習得は、優先度の高い項目なのだ。
アルテミシアの弟子の中で誰が最初に覚えるか、興味深いところではある。
フローレンは、ミミア、メメリと一緒に、荷馬車を外した後の馬の世話をしている。こちらは生き物相手だし、簡単に魔法で、という訳にはいかない。
しっかり身体を洗ってやって、しっかり秣を与えて休ませるのだ。
ユナたち八人は、アルテミシアの軽量化魔法を受けた荷物を、次々に店の中に運び込んでいる。
エルフ村へのお土産や貴重品は、クレージュの指示のもと事務所へ。
それ以外の荷物は可愛いキューチェの指示の元、一旦、厨房裏の大部屋へ。
その中で、新しくやってきたハンナは、代わる代わる挨拶を受けていた。
こういう状況が苦手な感じはない。
親友のキューチェと違って、あまり人見知りしないタイプのようだった。
いつの間にか八人と一緒に荷運びに混ざっている…
荷運びまで終わらせて、やっとクレージュはお店の方に顔を見せた。
「あ! クレージュさーん!」「おかえりなさ~い!」
お店はいつものように、カウンターにクロエがいて、セリーヌとウェーベルとアーシャが料理を作り、アジュールとセレステが料理やお酒を運んでいる。
それ以外では、火竜族のうち陽キャラのルベラと、料理人家族の長女トリュールがウェイトレス衣服を着て、一緒に手伝っている。
先日からここに来ている新人だ。
二人とも興味を持って、仕事を手伝いたい、という感じだ。
クレージュは、ウェイトレスのアジュールとセレステを呼んで、指示を与えた。
「明日は、常連さんのみ、無料で営業する、ってお客さんたちに伝えて回って」
「え~~~!」
「いいんですか~!?」
二人は、無料、という言葉に驚いたようだ。
「ええ。ずっとお世話になってるお客様たちと、明日はお祭り、ってとこね」
今回の交易でかなり儲かった、という事もある。
エルフ村に還す分を差し引いても、だ。
こういう時には、普段からお世話になっているお客さんに還元するのだ。
それに、このお店の今後の方針も、お客さんにも伝えておきたい。
その為には集まってもらうほうが都合がいい。
そして翌日。
常連さん無料の噂を聞きつけ、店には大勢集まってきた。
かなりの人が、北に行ってしまった。
お別れを言って去っていったお客さんも、たくさんいた。
でも、まだフルマーシュにはお客さんが残っている。
今回の無料サービスは、どれくらいの常連客が町に残っているか、それを調べる意味もあったのだ。
クレージュから集まったお客様がたに挨拶があった。
「えー、今日は無料です!
だけど、食べ物、飲み物は、絶対に残さない事!」
「出すものが無くなったら、終了です」
「で、明日は休業します」
「じゃあ、みなさん、楽しんでいってください!」
明日休業なのは、今日料理を出し切ると翌日の仕込みが間に合わない、というだけだ。
そもそも大型イベントの翌日はお客の入りも望めないし、店休日にしても問題ないだろう。
あと、徐々にこの店も規模縮小を行う事も伝えた。
店員の何人かは、別の場所へ行くという話もした。
大好きなウェイトレスの子たちがいなくなる、と聞いて、驚き叫ぶお客達…
あとで酒が入ったら号泣するお客も出るだろう…
十もあるテーブルに次々に料理を運ぶ。
店担当の女の子総出だ。
新しい子たちも、今日は料理を運ぶのを手伝っている。
料理はあらかじめある程度作り置いて、温かさや冷たさを保つ魔法をかけてある。
かけたのはアルテミシアじゃなかった。
アーシャやウェーベルが覚えて使って見せた魔法だった。
お客たちは、お祭り騒ぎだ。
ウサを晴らすように飲んで、食べて、騒いでいた。
クレージュがお酌して回っていると、常連客の一人が語りかけてきた。
このお店を始めた頃からの、常連中の常連客だ。
「そういや、クレージュさん!
爵位、もらったそうじゃねぇですか?」
「マジっすか!?」「おめでとうっす!」「いや、スゲー!」
同じ席の仲間たちからも、口々にお祝いを述べられた。
すると、あるお客が良いことに気づいた。
「あ、どうせなら…今からみんなでお祝い、したらいいんじゃね?」
「「「おーーー!」」」「「それだー!!」」
その意見に、お客たちが一斉に盛り上がる…。
その盛り上がりが、店中に連鎖的に広がって…
拍手と喝采の波に飲まれると、さすがにクレージュも、嫌とは言えない状況になった…
無料開放の飲食祭りが、クレージュの助爵位授与の祝賀会に変わりそうだ。
「あ、恥ずかしいから、私はパス♪」
「わたしも」
女子専席ではアルテミシアとフローレンが、手と首を横に振って、祝賀を拒否した。
ここの男性客たちにとって、アルテミシアはお店の歌姫であり、フローレンは花屋の売り子だ。その程度の認識しかない。
まあ、多少の事情通なら、冒険者であることくらいは知っている…
それでもせいぜいその程度だ。
だからそんな女の子たちが爵位を持つ、というのは不可解だろうし、この二人の授爵についてはわざわざ伝える必要もない。
第一、ここにいる男たちは、クレージュがどういう経緯で授爵したのかも、わかってもいない。
まあ、最下位の助爵程度だったら、町の名士に与えられる事が多いので、行商人で顔の広いクレージュが授爵しても、そのこと事態は不自然ではないのだけど…。
さて…
思わぬサプライズに、お店は大盛り上がりとなった。
飲食店の業務に関係ない女子たちもみんな店に出てきて、女子総出でカウンターの中に並んでいる。
ステージに上がったクレージュがお客さんたちに挨拶を行った。
このお店を開いた頃からの常連客も多数…
男性客の中には、彼女の美しさに惹かれながらも…
胸の大きさに「一度は触れてみたい」と憧れを持っていながらも…
自分みたいな男とは到底釣り合わないから…
と、見て話をするだけで満足していながらも…
そして…そんな彼女が助爵位を得たことで、ますます手の届かない女性になってしまった事を…
みんな揃って喜んでいる!
「クレージュさーん!」「爵位おめー!」
「やったー!」「あいしてるぜー!!」「女王様~~!!」
中には「領主追い出して、町治めちゃってくだせえ~」
とか、聞き捨てならない事言ってるのもいる…
店内に飛び交う歓声…
乾杯をしなおす人々…
号泣する者も多数…まあそういう人は、完全に酔っているのだが…
代わる代わる、お祝いの言葉をかけてもらい、冷静なクレージュも珍しく、目頭が熱くなるのを感じている…。
クレージュにすれば、授爵自体はそれほど嬉しい事でもなかった。
こうやって、みんなが祝ってくれるのが、嬉しいのだ…。
ちょっと興奮が収まりかけた頃に、
海歌族ウェイトレスのアジュールとセレステに針子のトーニャを加えた三人のユニットが歌い、
入れ替わりにラシュナスが妖艶に踊り…
最後はやっぱりアルテミシアが神秘的に歌を披露した…




