57.マムと四人の娘たち
アングローシャ編が予定外に長くなってしまったので、章を分けました
ここまで長くなる予定なかったのですが
食後。
三人娘だけが残って話を続けていた…。
「ハンナ…! ハンナ…! うぇ~~ん…どうしたら~…」
キューチェが大泣きしながら取り乱している…珍しい姿だ。
「キューチェー…そんなに泣かないでください…」
メメリも宥めることしかできない。
この子がこんなに泣いたり叫んだりした事は、メメリにも経験がない…。
「だって! だって! …マム、帰ってこないもん…!
助けに…行けないもん…うわ~~ん!!」
キューチェがいつものキューチェじゃなくなっている…。
「仕方がないわね~…
…もう~、あたしたちだけで…いっちゃう~?」
見かねたミミアが、意外に大胆なことを言いだした。
体型もややぽっちゃり太め系だけれど、わりと肝も太い。
いや…身体のほうは訓練を頑張るおかげで、近頃はふくよかグラマーって感じになってきたけれど…。
「うーん…そうですね! それも有りですかね…。
私たちだって、強くなった、と言ったら、なったんですから…」
同じく見かねているメメリが、一応は賛同するような事を言った。
この子は身体は細いけど、見た目より肝は座っている。
よく食べるのでいい肉がついてきて痩せぎすを脱して、最近はスレンダーグラマーって感じになりつつあるけど…。
フローレンやアルテミシアたちの、英雄的戦いに魅せられているこの子たちは、強くなる事に意欲があるし、実際に徐々に強くなっている。
それは周囲も認めるところだし、自らも実感しているところだろう。
でも、敏捷なネージェや腕っぷしの強いディアンといった村娘の先輩にもまだまだ勝てないし、新たに加わったグリア村のユナもかなり強くて勝てない。
正規に訓練を受けた、海歌族の元女兵士たちには到底敵わないし、グィニメグ神の巫女である火竜族の二人には全く以て敵わない。
普段の訓練で二人とも自分の程度は分かっているし、自分たちだけで何とかなる、なんて本気では言っていない。さすがにそこまで自信過剰ではない。
そして、二人が話すのを聞いて泣き止んだ、当のキューチェも、
「…ダメ! ゎたしたちだけでなんて、絶対ダメだよ…」
と、意外と冷静だ…。
だからこそ、どうしていいか判らない。
だから、また大声で泣き出した…。
「ん~…だいじょぅぶぅ?」
踊り子ラシュナスが心配して見に来た。キューチェの泣き声が大きかったのか…。
「あ、ラシュナスさ~ん」
「もう、どうしたらいいですか…?」
ミミアとメメリも泣き出しそうな顔だ。
「どうって~…
いまぁ、助けに行こぅ、ってぇ、言ってたじゃなぁぃ?」
「あ、それは~、キューチェが泣き止まないから…」
「でも私たちだけじゃあ、どうにも…」
「「って、聞いてたんですか…?」」
その問いにはラシュナスは「あははっ」と笑ってごまかして答えなかった。
ちょっと酔ってる感じがある…いつもの事だけれど…
泣き声に驚いて様子見に来た、んじゃあなさそうだ…
どうやらずっと彼女たちの話を陰で聞いていた、らしい…
「わたし達だけじゃあ、ムリよぉ~…」
「私たちだって、自分の程度は知ってますよー…」
「…ぐすん…」
「じゃぁ…ぁたしも一緒だったらぁ?」
ラシュナスの唐突の一言に、三人娘の驚きの目が集まった。
「そーゅーことはぁ、ソーダンしたらいいのよぉ…」
と、ラシュナスは自分を見つめる三人に対して、軽く言い放った。
でも…
彼女たち三人娘の“マム”であるクレージュから、待つように言われたし…
それに…
(ラシュナスさんで、大丈夫なのかな…)
という不安を、三人ともに感じずにはいられない…。
何しろフルマーシュの店では、お酒ばっかり飲んでいる人なのだ…
まあ、お店の夜時間に踊る踊りは、見る者の目と心を奪うほど美しい、のだけれど…。
「じゃ、いくゎよぉ~」
と、ラシュナスは先に飛び出して行ってしまおうとする…
「あぁ!」「ちょっと!」「…待って…」
なんだか逆に、三人娘たちがラシュナスを引き止める形になっていた。
「ぇっとぉ…ぃくんでしょぉ?」
という問いかけに、三人娘も頷くしかなくなる…
…こうなれば、否応ない。
ラシュナスは自分のペースに巻き込むのが上手い女子なのだ…。
その歓楽街のいかがわしいお店は、表向きは酒場のような感じだ。
派手に光石の照明で照らされた店の看板、
その入口には、黒っぽいい服を着た大柄な男性がいて、出入りする人をチェックしている…。
三人娘は、ちょっと大人びた感じにメイク…
髪を結い上げて、お化粧するのを、ラシュナスが手伝った。
仕上げに、可変アクセサリを大人っぽいものに変えている。
ミミアもメメリも、小柄なキューチェも、ちょっと普段とは違う、大人の雰囲気に変身した。
ラシュナスは踊り子衣装、ほどではないけれど、ひらひらの派手な衣装だ。
こういう衣装を何着か持っているのか、店を出る前に着替えてきた。
何本もの長い帯が地を擦るように、ぎりぎりで浮いている…。
そのお店から少し離れた所で、相談だ。
「えっと~、作戦とか、あるんですか~?」
「ぅん!
ショーメンから入ってぇ、ハンナちゃんを連れてぇ、外に出るのぉ!」
「「「………」」」
三人娘、固まる…。
「あの~…ラシュナスさ~ん…」
「それ、作戦って言わない…」
「…です…」
「ぇえ~…? 最初からぁ最後までぇ、カンペキじゃなぁ~い?」
「えっと~…」
「どうします、キューチェ…」
ラシュナスがこんな感じなら、頭のいいキューチェに作戦立案を求めるのは、至極当然の判断だ…
キューチェはちょっと考えるような素振りを見せる。
そして、ラシュナスと目が合うと…
「…行きましょう…」
と言って歩き出した…。
「「え~ー~ー!!」」
「さっすがキューチェちゃん! ゎかってるぅ!」
進み始めた二人を止める術は、ない…。
こっそりと店に忍び込む…
…訳ではなく、正面から堂々と、だ。
入り口にいる、黒っぽい服装の大柄な男性にラシュナスが近寄り…軽く触れて、ほっぺにキスした…。
男が中に入って、誰か連れてくる。
その男にも同じように、触れて、頬にキス…。
ラシュナスが何か仕掛けたのは間違いない…
その男が一度戻って、再度現れ、恭しくラシュナスを案内する…。
ラシュナスの着ている服の、ひらひらの帯のうち三本が、不自然に宙に浮いてついていく…
門衛の男は、そんな光景を見ても、特に不思議がる事はない。
彼はただ、幸せそうに微笑んでいるだけだ…。
店の中はやや薄暗い…。
お客の数が多い。隙間がなくなって、わりと手狭に感じる…。
派手に演奏される音楽に合わせて、みんなで軽く踊っている。
端の方にはお酒を出すカウンターがあり、そこで飲んでる人もいる。
いかにも、大人の店という雰囲気だ。
「どぉ?」
「いますよ~」「大丈夫ー」「…です」
三人娘は、ラシュナスの帯を持ってついてきている。
キューチェの覚えたての魔法で姿を消しているのだ…。
明るく静かな場所なら、誰の姿もないのに声がして、帯が浮いているのも見えてしまうだろう…
けど、ここは騒がしく薄暗いので、誰も気づきもしない。
所々に黒っぽい服装の男が立っている。
その男たちに順々に、ラシュナスが近づき、触れ、キスしていく…。
踊りのホールを一周して、見張りの無力化を完了させた。
「さぁて…」
目的は奥の通路の、その奥だ。
「じゃぁ、ぁたしにも、掛けてくれるぅ?」
<<不可視=透明化>> インビジビリティ
「ぉっけぇ~」
大衆から隠れた場所で、ラシュナスの姿が消えた。
店の奥に続く通路…
姿は見えないけれど、ラシュナスと三人娘が、いまその通路を歩いている…
先頭をラシュナスが歩いていて、三人娘はさっきと同じく、彼女のひらひらの帯を持って付いて行く…。
(え~…みんな~どこにいるんですか~)
(あれ? 痛っ! ぶ、ぶつかりましたよ…)
(! 魔法が解けちゃう…! 意識を集中して…!)
だけど、その帯まで消えてしまうと、三人はお互いの位置がわからない…
キューチェは師匠のアルテミシアみたく、「お互いの姿は見える」みたいな魔法の条件つき発動のような応用は、まだ行えないのだ…
なんとか四人そろって、通路を進んでいく…
ラシュナスは夕方に一度来ているので、進路がわかっているのだ。
一度来ているから、わざわざ衣装を変えたんだなーっと、三人は気がついた。
ラシュナスは、ぼーっとしてそうで、意外と抜け目ないのだ…。
でも…
(こんな状況だったら~、ラシュナスさんとキューチェだけでよかったような~)
(それ、いまさら言っても、仕方ないですよー…)
ミミアとメメリは何度もゲキトツしながらも、何とかついて行く…
キューチェがぶつからないのは、小柄だからか、存外器用だからか…。
(とぅちゃく~。ここよぉ)
ラシュナスがそーっと戸を開いた…。
そこは、わりと綺麗な、寝室のような部屋だった。
床にはいい敷物が敷かれ、壁も華やかに飾られ、部屋の隅には体を洗う湯船まで置かれている。
部屋の奥にあるベッドに、一人の女の子が、俯いて座っていた。
「…ハンナ!」
キューチェが語りかけた。
「!? えっ!? えっ!? キューチェの声…?」
名を呼ばれた、やや短い金髪の少女は、驚いたように顔を上げ、その碧色の目であたりを見回した。
「…ハンナ! ここよ…」
キューチェは透明化を解いて、顔を見せた。
「キューチェ…!!?」
その泣きぼくろの特徴的な少女は、いきなり現れた親友の姿に驚いた。
「キューチェだ…! キューチェ~!! うわ~~~ん!」
「ハンナー! …助けに来たよ! うぇ~~ん!」
ちっちゃな二人は、泣きながら、固く抱き合った。
「キューチェ~! うれしいよ~!!」
「ハンナー! よかった~~…!」
このまま放っておくと、永遠に抱き合っているんじゃないか、というくらい、抱き合っている…
「感動の再開中~、申し訳ないですけど~…」
「急いで出ましょう!」
ミミアとメメリが二人を促す。
そして、二人はやっと我に返った。
ラシュナスを先頭に来た道を駆け戻る。
「もうすぐ…!」
ホールに戻った…けれど…
「あれ…?」
踊って騒いでいた、お客の姿が消えていた…。
人の消えたホールは、薄暗くただっ広い…
そして音楽も止んでいる…。
「おやおや? どんなネズミかと思えば…」
「えらくカワイ子ちゃんたち、だな!」
そこで待ち伏せされていた…
ガラの悪い男どもに囲まれている…。
ガタン!
背後で、通路入り口に鉄格子が降りてきた。
カウンター席のほうにいる男が、引きレバーで動かしているのが見えた。
「ちょ…ちょっと~!」
「閉じ込められましたよー…」
「店の中で魔法、使っちゃあダメなんだぜぇ?」
「店の奥側にも装置があるんだな、これが!」
へっへっへ、と男どもが薄ら笑いを浮かべている…。
「ぁ! それって…やっちゃったカンジぃ~?」
ラシュナスが大いに叫んだ。
良い家や良い店には、魔法を感知する装置が仕掛けられている。
クレージュからそう釘を差されていたので、入り口の装置は、入る前に解除させたのだ。
だけど…店の奥にも装置がある、なんて事は、
「…考えていなかったものね…」
魔法の発動が感知される、という事だとしたら、
奥の通路に入る時に、透明化を掛け直した時か…、あるいは部屋の中で、透明化を解除した時に、感知された、という事らしい…。
キューチェも、自分の不慣れと認識の甘さが招いた事態を悔やんでいる…
「カワイイ子が、四人も増えちゃうんだな、今日からなー」
「おとなしくしなー…」
男どもが距離をつめてきた。
さっきラシュナスが魅了術で動きを止めた男たちも含まれていた。
臆せず寄ってくる、という事は…魅了術への対処がされている可能性もある…。
さすがに町中で本来の武器を振るう訳にはいかない。
ミミアは戦鎚の代わりに木の槌を、メメリは槍の代わりに木の棒を構えた。
キューチェは鋸剣…は抜かず、魔法で援護だ。
「いくわよ~!」「いきますよー!」
女の子だとナメてかかってきた男どもが…
木槌で殴り飛ばされ、木棒で突き倒された。
その後ろではいきなり眠るように倒れ込んだ。
三人の女の子たちの意外な強さに、男どもはちょっと面食らっていた。
「いてえなあ、もう…」「やるじゃん、お嬢ちゃん…」
それでもすぐに立ち上がってくる。
多少腕が立とうとも、この数の差はいかんともし難い…
「わたしが食い止めるから、あなた達は逃げて~!」
「無理ですよ! 私が食い止めますから…!」
そう言うが、ミミアもメメリも、女の子にしては少し腕が立つ程度で、こんな十人からの男の集団に太刀打ちできる、訳がない。
キューチェも、ハンナを守りながら、魔法を使おうと構えている。
冷たい汗が、女の子たちのの額を、頬を伝う…。
「は~い、そこまでぇ~」
ラシュナスが、ぱんぱんっと手を叩きながら、平然と言い放った。
そういえば…女子たちは、なぜか先程からラシュナスが戦ってもいない事に気がついた…。
ラシュナスは全く焦っていない…というより、落ち着き払っている。
その原因は、男どもの背後にあった。
「アンタ達、やめときなさいよ!」
男どもの後ろ、つまり入り口のほうから、謎の覆面女が現れた…。
…覆面をして顔を隠しているけど、誰がどう見ても、レメンティだ。
男どもが、新たな相手に向き直る。
が、相手を認識する間もなく…
謎の覆面女子が動いた…
素早い。
そして…
彼女たちが触れた男どもは、たった一撃で、次々に倒れ…
気付けば黒服男の全員が床に臥せっていた…
こっち側の数人を倒したのは、ラシュナスだ。
ラシュナスのあまりに素早い動きに、三人娘は口が塞がらなかった。
これが、普段はぐだ~っと酔い潰れている、あのラシュナスの動きなのだ…。
この二人も冒険者だ。相当に強い。
フローレンやアルテミシア、レイリア、ユーミたちのデタラメな強さをいつも目の辺りにしているこの三人だけど、レメンティもラシュナスも、常人のレベルからすれば、かなり強いのだ。
「あ、あんた達ねえ! 無茶したらダメ、って言われてなかった?」
覆面を外しながら、レメンティが三人娘を叱る。
…こんな一瞬で敵を倒すなら、わざわざ顔を隠していた意味がわからないけれど…
「ぇ~…レメちゃんが行けって、言ったくせにぃ~」
ラシュナスが空気を読まずネタバラシをする…
「「え~~!?」」
っと、ミミアとメメリは驚く…
けれど…
キューチェは平然としていた。
「こらぁ! 今それ、言わないの!
…ま、いいわ。この人たちには、今晩見たモノは、忘れてもらうから…。
あんた達の顔、とかも含めて、ね!
あまり長い記憶は消せないから、その子の事を忘れさせるのはムリだけど…」
倒れ込んだ男ども、一人ひとりの頭に、レメンティが指を当てていた。
気を操るレメンティは、様々な技を持っている。
今かけているのは、人の短期記憶を完全に消去する技だ。気を失っている相手にしか効かないのか、意識がある相手には、一撃入れて気絶させてから掛けている…。
「夕方から今くらいまでの記憶が、跡形もなく消し飛ぶはずだから!」
…となると…ますますレメンティが顔を隠していた理由がわからない…
気分、というか、演出、みたいなもの…なのだろうか…。
「急いで! ここを離れるわよ!」
入り口のほうから、また別の声が響いた。
「え~っ?」「その声は!」
いつの間に駆けつけた、クレージュだった。
「…やっぱり…マムね…」
キューチェは気づいていた様子だ。
これは、最初から全部、クレージュが仕組んでいる。
まあ、計画通り、という訳だ。
言われるままに、全員急いで入り口に集まった。
外が騒がしい。
「キューチェ、さっきのあれ、みんなに掛けて!」
クレージュが手早く指示する。
「さっきの」と、知っているという事は…
クレージュは、観客に混じって見ていた、という事だ。
キューチェが透明化をかけなおす。
ちょうどそこに、ガチャガチャといくつもの鎧の金属音が近づいていた…。
この街の兵士だ。
騒ぎを聞きつけて集まってきている…。
透明になって店を出た。
ちょうどその後に兵士たちが駆け込んでいった…。
店の周りには大量の野次馬がいたけれど、誰も彼女たちの姿を見た者はいない。




