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花月演義 ~~花月の乱~~  作者: のわ〜るRion
第6章 商業都市アングローシャ
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56.魅惑のラシュナス


武具の商会で女の子用の鎧を購入したクレージュたちは、一端宿屋に戻った。

とっくにお昼時を過ぎている。

三人娘は、かなり我慢しているだろう。


ミミアとメメリはお昼ご飯を。

そしてキューチェは、この都市に来る事を希望した、その理由を…。



商会の交渉に同行していミミアとメメリはかなり緊張していたようだ。

でもキューチェはわりと平然としていた。


この子はあまり感情を表さない。

普段からそうだ。

嬉しい感情がある時は、小声でちょっと囁く程度には自分を表現する。


そんな普段からあまり自分を表さないキューチェが、必死に泣いて訴えるのが、

一緒に育てられた、とても仲の良かった子の事だった。


(そういう子がいる…って、お店に最初に来た時に言ってたものね…)



一応この町での今回の、商売の目的は果たした事になる。

ここからは、もうひとつの目的…


「食べ終わったら、行くわよ。お待たせ、ね」

クレージュはキューチェのほうを見て、優しく声をかけた。


「あ…」

キューチェが手にしていた(スプーン)を置いた。

「お…お願いします!」

見つめてくるその可愛い瞳には、涙をいっぱい溜めている…。


「あ、ぁたしも、行ってあげる~」

ラシュナスは踊りで充分稼いだので、午後から同行するつもりにしている。

今もお酒もあまり飲んでいない。ちょっと酔っている程度だ。

ラシュナスはいい加減そうに見えて、後輩の女の子たちには優しいのだ。


「あ…あたしはお留守番…」

逆にレメンティが不参加を言いだした。


「えぇ~レメちゃん、なんでぇ~?」

「いやぁね…昼から占いの約束をしてて…」

「そんなのぉ、すぐ終わらせてきたらぁ、いぃじゃな~ぃ?」


「いや、それがね…あと二十人ほど来るのよ…午前中で受付終了、したんだけどね…」


占い料金は銀貨三枚、けっこう高いけれど、レメンティの占いには行列ができているらしい…。

実はレメンティの占いが、意味はわかりにくいけど、けっこう当たる事を知っている人はかなりいるのだ。何度もアングローシャに来ているので、馴染みのお客がついている。


「え~レメちゃんったらぁ、キューチェちゃんに、つめた~い…

 一緒に行ってあげたら、いいのにぃ…」


「あ、あたしは占いで人助けしてるのっ! 困ってるヒト、見捨てられると思う!?

それに…キューチェちゃんには、クレージュがついてるから、あたしなんて、いてもいなくても一緒!

ついでに、アナタもねっ!」


レメンティの言う通り、確かに、クレージュがいれば一人で全部片付けてしまうだろう…。

交渉事なら、特にそうだ。

交渉のスキルが他のメンバーとは段違いなのだ。


「え~…ぁたし、役に立つよぉ…」

ラシュナスは不満そうだ。

子供みたいに、足をばたばたさせている…。


「まあまあ…じゃあ、ラシュナスはついてきて。

 レメンティにはお留守番お願いするわね」

この店で占いを受けてくれるなら、積荷を見張っていてくれるだろう。

重たい荷物は宿に置いていくから、クレージュとしても、誰か残ってくれたほうが安心なのだ。

エルフ村に送る絵皿などの食器やガラス製品なんかは結構いい値がする…。



キューチェの“家”まで、荷を下ろして軽くなった馬車に乗って向かう。

アングローシャの町は広いので、徒歩で歩いてなんて行ってられないのだ。

町中なのでそれ程の速度は出せないけれど、歩くよりは遥かに速い。


クレージュは御者台に乗って、隣でキューチェが道案内をしている。

胸の大きなクレージュと、歳より小柄なキューチェ。

こうして並んでいると、ギリギリで母娘のように見える、かもしれない…。




「次に売られるのは、その子、って訳ね」


そのハンナという子の話だ。


二人は、アングローシャの富豪の家で貰われ、育てられた。

養子ではなく、丁稚奉公のような感じだ。


ハンナは活発でよく働き、キューチェは動きも遅くて、よく叱られていた。

ハンナの半分も仕事ができない。だから事務的な仕事ばかりさせられていた。

と、キューチェは言う…。


キューチェは「だから自分のほうがいらない子だった」という話をする。

けれど、それは逆だろう、とクレージュは思う。


頭が良くて読み書き計算までできて、家事も得意、そして見映えがよい、しかもまだ若い女の子なんて、需要のない場所がない。

事務に向いている子なんて、そんなにいないものだ。


キューチェは、わりと高いお金で里子に出されたと思われる。

買い手は村の領主あたりで侍女にするつもりだったんじゃないか、とクレージュは勝手に想像している。


「一度、偉い人が見に来て、その子と一緒に、文章を読んだり書いたり、計算をさせられたり、身体の動かし方を確認された」とキューチェは言っていた。あきらかに人を選ぶための面接だ。


そしてキューチェは可愛いので、美貌のほうは問題ない…

というより、その可愛らしさだけでも価値がありそうだ…。


(もっと)も、体型は年の割に子供っぽい。

最近やっと女の子らしく膨みが目立つようになってきた程度だ。

でも…世の中には「ないほうがいい」という男性もいるのだ…。


クレージュにとって、キューチェは優秀な助手だ。

荷物の整理を任せておくと、翌日の荷の積み出しから、

三回後くらいまでの荷の出し入れを計算して配置している。

何度も場所を動かしたり積み替えたりする手間がなくなっているので、輸送隊の先輩であるチアノも、ディアンやネージェも、キューチェの知力に頼るところが大きい。


それに、お店の裏の予定、洗濯や掃除の当番や、一番もめそうなお風呂の順番なんかを、キューチェが管理して決めている。

三十人を超える女子たちがいて、混乱がなく誰からも苦情がでないのは、そのシフト管理が完璧だからだ。


そして、クレージュにとって、キューチェは可愛い“娘”だ。

ミミア、メメリ、キューチェの三人は、クレージュの事を「マム」と呼ぶ。

お店の女の子の中で、この三人だけが、そう呼ぶ。


この三人は、一緒に助けられたけれど、元々は何の繋がりもない、他人だったはず…

それが今では、三人姉妹のようになっていて、とても仲がいい。


ミミアもメメリも、親身になって“妹”キューチェの事を心配している。


ならば自分も“母”として、“娘”の一生に一度の願いを叶えてやらねばならない。


すべての不幸な女の子に関われる訳では無い。

でも、関わった子は、面倒をみてあげたい。

それが冒険者でも商人でも店主でもなく、一個人クレージュとしての意志だった。





可愛いキューチェの案内でたどり着いたのは、やや郊外にある邸宅だった。


「貴女は隠れてて」

クレージュに(さと)されると、キューチェは(うなず)いた。

身売りされたはずの子がここに戻ってくるのは、さすがに問題がある…。

ちょこちょこっと、物陰に隠れた。その仕草も可愛い。


かなり大きな邸宅だが、外壁のいたるところが傷んだままだ。

それに草も生え、伸びている。

ここの家主の近頃の羽振りの悪さが見て取れる。



門扉(もんぴ)を見張る者もいないので、そのまま邸宅の玄関まで近づき、戸を叩いた。


「カネならないよ! 帰りな!」

扉の中から怒鳴り散らす声が響いてきた。


「おかねもち、って聞いていたのですけど…」

「何か違う感じがするわね~…?」

ミミアもメメリも、疑問符を浮かべている。


それでも何度も戸を叩いて、叩いて叩いていると…


「な、何なんだ!アンタらは!」

怒声と共に扉が開く。

苛立つ大声の主は、小太りな、壮年の男だ。

着るものも廃れた感じで、疲れ果てた、本当に没落した金持ち、という感じだ…。


「私はフルマーシュの商人です…実はお宅に…」

「カネなら無い! 帰ってくれ!」

クレージュの営業スマイルを初手から無視して、怒鳴り散らす。

疲れるか、大声を出すか、しかなさそうな、情けない男だ。


キューチェは長年、こんな男の元で使われていたのかと思うと…気の毒な気がする…


「こちらに、いい子がいらっしゃると伺いまして、ぜひ私共で身請けさせて頂けたら、と…もちろん、育ての親御様にも、融資をさせていただきたいと…」

「もう一人もいないよ! 帰んな!」


遅かった。

ハンナはもう、身売りされた後だ…。

じゃあ、その身売り先を聞き出すか、とクレージュが身を乗り出した時…


「もう、メンドウねぇ…」

ラシュナスが進み出て、その(しな)やかな指先で、貧相な富豪の額に触れた。


すると…

その男の目尻がとろーっと、下がった。


続いてラシュナスは、その艶めかしい唇を、そっと男の頬に触れる…

すると男は、今度は逆に元気になり、喜びの表情に変わっていた…。


「はぁい~、じゃあ、ぁたしのシツモンに答えてくれるぅ?」


「はい! 何でも…! 答えさせてください! 麗しの…姫~!」


これがラシュナスの力だ。


踊りを見た男は、魅せられ、目が離せなくなる。

声を聞いた男は、魅せられ、気分が高揚する。

触れられた男は、魅せられ、恍惚(こうこつ)とする…。

口づけされた男は、魅せられ、恋慕して…言いなりになる…。

豊満な胸に触れた男は、魅せられ、歓喜のあまり…そして…?

妖艶な身体を抱いた男は、魅せられ、幸福に満ち…そして…?


夢魔族(サキュバス)の血が強いラシュナスの技は、そのすべてが魅惑。

いわゆる、魅了術(チャーム)


見ても魅惑。

聞いても魅惑。

触れても魅惑。

ヤっても…魅惑、…だ。


本来ラシュナスのこの魅了術(チャーム)があれば、支配も蓄財も思うがままだ…。

だけど以前色々あって、ラシュナスはなるべくこの力を、派手には使わないようにしている。


もちろん弱点がない訳じゃあない。

…彼女はクレージュとアルテミシアに負けたから、今ここにいるのだ…。

そしてこの二人を慕っていて、頭があがらないのだ。


まあ、そんな訳で…

魅惑の姫ラシュナスにかかれば、町のちょっとした金持ち程度の男なら、触れられるだけで簡単にかかってしまう訳だ。この男の心は、既に彼女のものだ…。


そのキューチェの親友、ハンナという子の情報は、すべて“好意的に”、話してもらった。





「さっきの、不用意に使っちゃダメよ」

帰りの馬車の上で、クレージュが諭す。


「えぇ~? どぅしてぇ? ぁたしぃ、役にたったでしょぉ~…?」

ラシュナスはちょっと不満げだ。


「この町のお金持ちの屋敷とか、高級なお店にはね…大抵魔法を感知する装置とか、そういうものがあるのよ」

先程の家は落ち目の商人だから、そういう高級なセキュリティはなかったのだろう。


「そして、不用意に魔法や術を使ったら…」

捕まって、二度と出てこれなくなるかもしれない。


「あ~こわい、それ、すっごく、こわ~い!」

ラシュナスは聞いているのかいないのか…。全然怖そうでもないが…。


そして、三人娘も、聞いているのか、いないのか…。

これは、結構重要な話だったのだ。




アングローシャの歓楽街。

夜に始まり、夜中や朝に終わる、眠らない(マチ)…。

日は落ち始めているので、この辺りの店はそろそろ開店するはずだ。


これから行く先は、ちょっと手強そうな感じだ。

この店を経営している親元は、このアングローシャでもちょっと大きな商会だ。

それも、この街の“裏”を仕切る団体のひとつ…ややすれば危険な連中なのだ…。


「ここに身売りされて…?」


店は、その入口から既にいかがわしい雰囲気が漂っている。

町の裏の勢力とも繋がっていそうな雰囲気がひしひし伝わってくる。


(さて…)

「どうしたものかしらね…」

クレージュもちょっと警戒している…。


「アナタたちはぁ、先にレメちゃんのとこに、戻っててぇ」

ラシュナスが一人、馬車を降りた。


「こういうお店はぁ、オコサマは入れないのよぉ」

そういうラシュナスも、この子達とそれほど歳は変わらないはずだけど…

ラシュナスが言うと、なぜか妙に説得力がある…。


「…それもそうね」

クレージュもラシュナスに一任した。

言うなれば、蛇の道は蛇、だ。


「ぁたしが、行ってくるね~」


ラシュナスは一見、エロい事しか考えてなくて、いい加減そうに見えて、真っ昼間から酒ばかり飲んでる、生活にダラシがない、胸ばっかり大きな、がっかり美女のように見える…


全く(もっ)てその通りなのだが、実は心優しい性格で、仲間思いであり、弱い立場の者、特に困っている女の子を助ける事には迷いはない。




もうすっかり日が落ちてしまっている。

泊まっている宿屋、

三人娘が、占い屋さんの終わったレメンティとテーブルを囲んでいた。


クレージュは商談か何か、急な用事があるらしく、外出してしまって、まだ戻ってきていない…。


テーブルの上には、規則性のないごちそうの山が並んでいる…。

様々なジャンルの、様々な地域の料理が、所狭しと並んでいる。


ミミアは相変わらず、よく食べる。

アングローシャという多民族が集う大都市には、珍しい料理がたくさんある。来るたびに知らない料理に挑戦するのが彼女の楽しみなのだ…。味は今ひとつ、だけれど…必死に食べている…。


メメリも相変わらず、よく食べる。

田舎育ちの彼女は、この大都市に始めて来て、世界には知らない料理がたくさんある事を知った。まあ、味はクレージュやセリーヌの料理のほうがずっと上、だけれど…必死に食べている…。


キューチェはあまり食がすすまない。

ハンナの事が気がかりで、食事が喉を通らないのだ。


レメンティは占いで気力を使いきったのか、ちょっと伏せるようにして休んでいた。

他人の命運を真剣に占うには、気力を消耗するのだ…。

レメンティはへばっているように見えて、実は休憩しながら気を練って取り戻しているのだ。




「ただいまぁ~」

そうしていると、ラシュナスが戻ってきた。


「「おかえりなさ…」」

「…どうでしたか!?」

ミミアとメメリを遮るように、キューチェが身を乗り出して、尋ねた。


「えとねぇ、それらしぃ子が、いたよぉ…

 背がキューチェちゃんと同じくらいでぇ、」

うんうん、とキューチェが頷く。


「短いボサボサの金髪でぇ」

うんうんうん、とキューチェの頷きが強くなる。


「瞳の色は碧色のぉ、

 右目の下のぉ、このへんにぃ、泣きぼくろがあるのぉ」


「…その子です!」

キューチェが、ばん、と席を叩いて立ち上がった。

ミミアとメメリは食べながら、びっくりした。


「ハナ、という呼びかけに少し反応したから~」

「…間違いない…です…!」

キューチェは落ち着きをなくしてた。

黒髪ぱっつんな可愛くて大人しい、いつものキューチェじゃない…。



「あ~でもね~…」

ラシュナスはお酒の栓を抜きながら、話を続ける…


「ぁたしがオトコの人に“優しく”聞いたところぉ…

 その子、今夜中に、どこかに移動させられるらしいわよぉ~」



「「「え~~~~~!!!!」」」

三人娘が驚きの声を上げた。


「…とりあえず、クレージュが戻るまで、待ちなさい!」

うつ伏せのまま話を聞いていた、レメンティが釘を差した。

うつ伏せのままだ。


「え~…でも~」

「待ってたら…」

ハンナが、行ってしまうかもしれない。


キューチェはじっと(うつむ)いている…。

瞳を(うる)ませながら…。


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