55.商業都市の女兵士
南街道での輸送の行軍から半月。
フルマーシュの北に位置する商業都市アングローシャ
クレージュの率いる一行は、いまこの国内最大の商業都市を訪れている。
同行しているのは、芸人系冒険者の二人、占い師レメンティと踊り子ラシュナス、
この二人はその芸能を活かして、この大都市ではかなり稼げる事だろう。
そして商売の助手として、ミミア、メメリ、キューチェの三人娘が一緒だ。
この三人娘は、南街道での実戦を抜けた為か、目に見えて成長した感がある。
フルマーシュを出る前、レメンティに占いをしてもらった。
その結果は、
「三本の宝剣を携え、訪いし金襴の園にて、三の次を得る、その台座は彼方へ」
というものだった。
クレージュは、かねてよりキューチェから「アングローシャに行くときには、連れて行って」と頼まれていた。
ミミア、メメリ、キューチェ、
フローレンたちが山賊から救い出したこの子達は、まさに拾い物だと言える。
三人とも悧発で、自分を高める努力を惜しまない。
ミミアとメメリは先の実戦を経てから戦闘訓練での伸びが著しいとフローレンから聞いている。
キューチェは余暇の時間にアルテミシアから学術魔法を学んでいる。魔法への適性がかなり高いようで、もう既に簡単な魔法をいくつか使えるようになったらしい。
ここに来るまで、ミミアは自分の名前くらいしか書けなかったし、メメリは自分の名前も読めなかった。今は二人とも頑張って、読み書きできる言葉を増やしていっている。
ミミアは簡単な文章くらい書けるようになったし、メメリは文章を読むのと、名前といくつかの単語くらいは書けるようになっている。
そしてこの子達はクレージュの事を母親のように慕ってくれる。
(子供は、宝。そして、三の次、という事は…)
以前キューチェが泣きながら話していた、一緒に育てられた子の事だろう。
得る、という事は、見つけ出して一緒に来ることができる、という事か。
レメンティの占いはいつも曖昧だけど、結果的に間違っていた事はない。
だが、危険が伴いそうな予感がある…。
形の上では、養子縁組であったり職業斡旋であったりするけれど、
人を売り買いする業者などは、危険な勢力との繋がりがある場合が多い。
四番目の宝剣を得ることができても、何かを失う覚悟はしておいた方が良い…、という事かも知れない。
アングローシャは大都市である。
この大陸でも屈指の大都市だ。
フルマーシュとは比べ物にならないくらい華やかな町である。
町の主な通りには歩行者用の側道が完備され、色鮮やかな花の花壇で区切られている。
等間隔に並ぶ街灯は、大通りを夜の間も照らし続けるのだろう。
フルマーシュの町ではこんな街灯があるのは、町の中央広場くらいだ。
そして割と多民族な都市だ。
通常の市民だけではなく、旅行者や移民など、外部からの来訪者が目立つ。
レメンティの故郷、東の砂漠国フリゼンハシュレイムの金襴の装束を着た人々や、
その北にあるラファールの男女ともに顔まで見せない飾り気のない衣装、
西の大国オノアの遊牧民と思しき人や、中にはクレージュにも見たことのないような装束の人々もいる…。
そしてユーミのような獣人族や、小柄なドヮーフ族も男女共に見かける。
その他様々な妖精族と思しき女性も多く見かける。
水妖精、風妖精、火竜族、海歌族、空歌族、夢魔族
今では森ですら見かけない、エルフ、つまり森妖精までいるようだ。
クレージュほどの冒険者でしかも頻繁に人と関わる者ならば、だいたい見た感じで妖精族の血の強そうな人がわかるのだ。
だけどフローレンのような花妖精やアルテミシアのような月兎族はよほど珍しいのか、この大きな都市ですら見かける事がなかった。
街の規模に応じて衛兵の数も多い。
通常の男の兵士だけでなく、女の兵士の姿も見られる。
女兵士たちは、剣を腰に佩き、兜や胸当ては着けているが、特に下半身にかけて布面積の少ない兵装である。
知る人が見れば、首都オーシェの守備兵“紫微兵団”の女性兵士の衣装を模している事がわかるであろう。だけどこの町の女兵士たちはもっと露出度が高い。
丸みのあるおしりを半出しどころか、完全に食込ませて丸出しにしている…。
この街の領主が女兵士たちにこの衣装を着るように命令したとの事だが…、
下級市民や旅人には、とても評判が良い…らしい…。
女兵士は警備を行っているというよりは、旅人への道案内や、苦情の受付け、そういう雑用が仕事のようだ。
だがそれだけではなさそうだ…。
今も若い女兵士が、市民とも旅人ともつかない男性とぴったり身体をくっつけながら、傍らの建物に入っていった。
…それが彼女たちの仕事なのか、この子だけの小銭稼ぎなのかはわからないけれど…。
今回、クレージュがアングローシャを訪れた理由は、
エルフ村から持ち帰った交易品サンプルの価格を知る為だ。
アングローシャは大都市だけに、物価が高い。
ここに一日滞在する費用があれば、フルマーシュでなら軽く三日は滞在できる程だ…。
商売をしに来ているのに、逆に滞在費のほうが高くなれば、何をしに来たのかわからなくなる…。
だから、この都に滞在する期間はできるだけ短くしたい。
だが物価が高いと言うことは、価値のあるものを持ち込めば、高値で買い取ってもらえる、という事だ。
フルマーシュ~アングローシャ間の王国縦貫街道には、間に五つの村がある。
いずれも村としての規模は大きく、街道の村らしく輸送業や倉庫業に関わっている村人も多い。
そして行商人など、旅人相手の業者も多いのだ。
もちろん、宿屋も。
宿泊費用を安くするために、縦貫街道最後の村で泊まり、朝早くに出立し、午前中にアングローシャに入った。
まずは町の宿屋に立ち寄った。
クレージュがアングローシャに来る際は、いつも利用している宿だ。馬車ごと泊まることができる。
レメンティとラシュナスは、一端ここで置いていく。
この二人はここに残って、その間にそこの大広場で踊りと占いで旅費を稼ぐのがいつもの流れだった。
すぐに宿を出て真っ先に訪れたのは、クレージュが懇意にしている、食品を扱う商会、それも高級食材や、貴重な香辛料などを主に扱っている、アングローシャでも老舗の商会だ。
今回クレージュが持参したのは、あのエルフ村の特産物の数々だった。
南街道の旅からすぐ、フローレンたちはエルフ村まで行って、今度は交易品を預かってきた。
領主館への出頭、助爵位の授与があったため、間に合うように、
通常なら片道五日はかかるところを、強行軍でわずか七日で往復してきた。
エルフ村には、各種果物が実る果樹園がある。
そこの珍しい果実を、アルテミシアが冷蔵保存して持ち帰った。
また、それを用いて作られたエルフ村特産の果実酒もある。
あとは木の実や香草、薬草や染料といった森の恵みだ。
それらはすべて、採取に行く必要もなく、エルフ村の中で栽培し賄える物なのだ。
以前にレイリアがエルフ村に持ち込んだ甘い黍は、信じられない速度で成長していた。
そこから砂糖を精製する製法を知る火竜族の二人が、フローレンたちと一緒にエルフ村を訪れていた。
そして今回試しに作られた、甘い黍から精製された砂糖は、さっそく持ってきている。
「これは…!!」
その砂糖を鑑定した商会員が、驚嘆の声を上げた。
「いやー…、こんなに品質の良い砂糖は珍しい…」
他の商会員にも確認を依頼しているが、その誰もが驚いていた。
「まるで海を渡らず、近場で作られたような感じの逸品です…!」
どうも、通常の砂糖は、海を渡る間に多少の劣化が生じるらしい。
しかもその海を渡ってくるのも、かなりの冒険なのだ。
クレージュもまさか、実は近場で作ったんです、とは言えない…。
そして、それを教える必要はない。
仕入れルートは、その商人それぞれ独自のものだからだ。
商会の人間も、決して聞く事は無い。
ただし、こういう場所に持ち込む物は、違法性や人道上の不徳のない事は、まず絶対条件だ。それはその行商人と商会の信頼関係に依るところが大きい。
その辺りの事はすべて、暗黙のルールだった。
…もちろん、違法な物を扱う行商人もいて、違法な商品を取り扱う商会も、存在するのだが…。
エルフ村で作られた砂糖は、非常に質が良い、と評された。
貴族の家に納めるのにも何の遜色もない、ということで、かなりの高値で売れた。
両手で抱えるほどの大きさの袋で金貨五枚。
冷蔵保存された季節外の果実も、思った以上にいい値がついた。
胡椒や他の香辛料、香草なんかも、かなり高く買い取ってくれた。
最も高い値が付いたのは、エルフ村の果実酒で、一本あたり金貨十五枚という、ふざけた値段がついた。
それも初回なので様子見の、相手にしてみれば最低価格だ。
この商会が貴族相手に転売する事を考えれば、価値はもっと高いという事だ。
三本しか持参していなかったけれど、丁度良いくらいではある。
商品の数が多くなれば、その分レアリティは下がる。
そうなると価格も少しずつ安くなる訳だ。
「…すべてが良い品です、いやあ、この品々を貴族の方々に披露するのが、今から楽しみになってきましたよ!」
最後は、商会の会長までが出てきて、丁重な対応を受けた。
高く買い取ってくれるのは、やはり貴族だ。
クレージュも貴族の知り合いはいるし、直接販売できればもっと利益は上がる。
だが、貴族相手の直接取引は危険が伴う。
その伝手を持つ、こういった老舗の商会に任せておくに限る。
「次回からも是非、我が商会に卸してくださいますよう、お願い申し上げます…」
最後は商会員総出で見送りされた。
その後はもちろん、エルフたちの喜びそうなお土産を買うことも忘れなかった。
エルフたちのイメージに合って、しかもあの村では作れないもの…
光石を使った硝子のランプなんて、エルフたちが大喜びしそうだ…けどちょっと高い…
まあ高くても、元々は彼女たちの村で作った作物を売って得たお金だ。
輸送や販売の手間で半分を貰ったとしても、その残りでかなりいい物を買うことができる。
もちろん、今回もキレイな食器を買っていく事も忘れない…。
続けて向かったのは、武具を扱う商店だ。
「アングローシャの領主の大貴族がね、かなりの女好きなのよ。で、美女をいっぱい抱えてる訳だけど…そのお屋敷の従業員の中には、メイドさんだけじゃあなくって、女の子の兵士もいっぱいいるのね」
馬車を繰りながら、クレージュは荷台に乗っている三人娘に語りかけた。
「女の子たちに、お屋敷の警備させてる、って事~?」
ミミアが怪訝な感じでクレージュに尋ねた。
「いいえ、通常の屈強な衛兵もいるわよ。それこそ、軍の兵士よりずっと強い兵士がいっぱい、ね。だけど、それに加えて女の子の兵士も沢山いるってこと」
「その女兵士さんたちって、お強い感じなんですか?」
メメリもちょっと興味ありそうに聞いた。
「いいえ。その子達はあんまり強くないみたい。訓練もされてない感じみたいね。そういう女兵士をずらっと並べて、飾り物にしてる感じね。
…それに、お屋敷に並べておくだけじゃあなくって、女兵士だけの部隊に街中の巡回なんかもさせているわ。ほら、あんな感じに」
ちょうど前方から、女の兵士が十人ほど、二列体型で歩いてくるのが見えた。
巡回というより、おしゃべりなどしながら、町を練り歩いている感じだ。
動きに全く覇気がない。戦わせたらミミアやメメリのほうが強いだろう。
兵士というよりは、武器を持った乙女という感じだ。
肌も露わな薄い鎧姿で、この町の女性警備兵よりも、肌の露出面積が多い…。
革のような素材に、所々金属で強化されている、その鎧は覆う面積が少ないが、かなり美しい。その上、女兵士全員、綺麗に化粧などしていて、美しさはこの上ない…。
まあ要するに、公爵が自分の権力を誇示するために、抱えている美しい女兵士たちを見せびらかしている訳だ。
公爵の私兵だという事は誰もが知っているので、決して手を出したりはしない…。
「あの子たちの鎧を作ってる職人さんたちの商会と交渉して、まあ、安く譲ってもらう算段がついている、って訳よ」
と、クレージュは三人娘に説明した。
その武具の商会に到着した。
交渉などの段階ではなく、クレージュは前回に訪れたときから既に話をつけていた。
まとまったお金が手に入ったので、買い取りに来た、という訳だ。
女兵士用の鎧が大量に置かれてあった。
古くなったものや、破損したものを手直ししたものだ。
胸と腰部だけの物が多いけれど、それ以外の形状のものもある。
革だけや金属だけというのもあるけれど、大半ははその革と金属の組み合わせだ。
「これを格安で譲ってもらった、って訳よ
買い手がつかなくて困ってた、って事だから」
女性用の防具、なんてものは、基本的に需要がない。
魔法装備でなければ、こんな姿ではまず実戦には出にくい。
着ているのは公爵のお飾り兵士くらいだ。
それは、この街や首都オーシェの女性警備兵にも言える事ではあるが。
でも、今のクレージュの店の女の子たちには、こういう防具こそが良いのだ。
守りのアクセサリの防御力を、充分に発揮できる形状の鎧だ。
そして、女の子たちが防具を着ける事で、「兵士」と呼ぶにふさわしい姿になる。
貴族ではないけれど、一応「助爵」の位をもらった、フローレンやアルテミシア、クレージュに仕える女兵士たち、というような感じになる。
この子たちは、もう「兵士」と呼ぶに相応しいのだ。




