53.助爵と公爵
あれから
今後の目処がついたところで、クレージュはフローレンを伴って、兵務局へ出頭した。
南街道の治安維持のため、その廃村の位置に駐屯兵を置き、街道の見張りに当てる、という事だ。
だが実際は、商人の通行の監視が目的のようだった。
クレージュの今回の輸送業務は、支配者側から見れば、いわば脱税行為のように受け取られても仕方がない。
南街道の治安が保たれたと知れれば、今後、真似をする商人が増えるだろう。
だから、南街道にも関を設けようという考えだ。
「今後の仕入れが難しくなっちゃったわね…」
食料の買付けには成功したけれど、女の子が八人も増えた。
この店に引っ越しを希望する町の四人も含めると、一気に十二人だ。
それでも、次の目処がついているので、クレージュは気が楽だった。
~~話は先日。
南街道から帰還した翌日、あの店内会議によって今後の事が決した、というより、アルテミシアが既に話をつけていた。
その日の午後、クレージュはフローレンを伴って兵務局へ報告に向かった。
あの山賊のカシラ…
手下たちの話が正しければ、ブロスナムの元百人隊長ダイゼル、
その討伐の報告と、愛用していた薙刀を提出する為だ。
旧ブロスナム王国の桜花の紋の入った薙刀だ。
兵務局の武官、ゴーダー兵長は叩き上げの巨漢の兵士だ。
フローレンの見たところ、あの焼け落ちる砦の剣士や、杯の遺跡で戦った山賊のカシラと同格か多少下くらいのレベル…
つまり、瞬殺できないにしても、装備と技込みだと負ける気がしない程度の強さだ。
だけど、この町の領主であるアンベール伯爵が北のへ行く際に留守を任せた、という事は守備隊の隊長として信頼に足る人物、という事になる。
「おー! 丁度良いところに来た!」
と、いきなり歓迎された。
「おヌシらがアヴェリ村の砦で討ち取った者共の事だ」
兵長が言うのは、先月というよりもう先々月くらいの話になる。
「身元が判明した。
あの刀の持ち主は、ブロスナム王国の本部参謀、ルーノ…
そして片手半剣のほうは、同じくブロスナムの百人隊長、ダリウス。
アンタが倒したんだったな、花のお嬢ちゃん!」
お嬢ちゃん、なんて見下されたような言われ方に、フローレンはちょっと、むっとしたけど…
だけどこれで、あの南街道の杯の遺跡で、二人の手下が出した名前と合致した。
「この町を守る、って任務さえ無けりゃあ、このオレが行って討ち取ってやったんだけどなあ! がははは!」
この男が行っていたら、返り討ちに合っていただろう、とフローレンは思っていたけれど、隣りのクレージュが
「ええ、そうですね」
などと上手く合わせて機嫌をとっている。
「それで、今度はこちらの、本日の用向きですけれど…」
クレージュは要点をまとめ、実に無駄もなく流暢に、南街道での出来事を説明した。
ゴーダー兵長はうんうんと頷きながら聞いている。
けれど、ちょっと頭の弱そうなこの巨漢は話が右から左に抜けていそうな印象がある。
まあ、脇にいる文官らしい男が、羊皮紙に記録を記しているので、問題はないのだろうが…。
「そして、これ、なんですけど…」
クレージュに勧められ、横で聞いていたフローレンはあの薙刀を提出した。
「その元ブロスナム兵士の山賊を尋問したところ、百人隊長ダイゼルの名が出たのよ。そして、野にいる他の武官として、先の二人の名もね」
フローレンは自らの耳で聞いた、この情報だけを伝えた。
ゴーダー兵長は「ほう」という感じに穂先の包み布を解いて|薙刀を調べる…。
やはり桜花の紋を見た時に、目の色が変わった。
「…成る程なあ…
これは、またお手柄なんじゃないかい? お嬢ちゃん?」
お嬢ちゃんは余計だ、と思いつつフローレンは黙っている。
その気持を察してか、クレージュがわかりにお愛想を振りまいている…。
「この件は、チェッダ執事に報告を入れなきゃならねえ。
おそらく、後日まとめて報奨を取らせる事になるだろう」
チェッダ卿は、領主アンベール伯爵の留守居役だ。
この街の文武両面の責任者、という事になる。
つまり、防衛責任者であるゴーダー兵長の上司に当たる人物、という事だ。
クレージュが報奨について、細かい話をそこにいる文官から聞いていた。
「報奨授与の件は、また追ってこちらから連絡するぜ。
…そういや、あんたの店、うちの兵もよく飲みに行ってるんでなあ。
オレも一回行ってみてぇんだが、領主様不在の間は、サケは飲まねえように言われてるんでなぁ!」
といって「がっはっはっは!」と高笑いを響かせる。
この兵長、多分、酒で失敗する豪傑タイプだ…。
そしてまた今日付けで、出頭要請が出ていた。
今日は兵務局ではなく、領主館の方に来るように言われている。
クレージュだけでなく、フローレンとアルテミシアが一緒だ。
フローレンとアルテミシアは、あれからまた森のエルフ村へ行き、
つい昨日強行して戻ってきたばかりだ。この呼び出しに間に合うように、だ。
往復をわずか七日で戻ってきている。
クレージュもエルフ村から持ち帰った交易のための物資をゆっくり確認したかったけれど、この謁見を優先させるために後回しにしている。
「今、ルルメラルア貴族の大物がこの町に来てるでしょ。
それで、私たちを直に紹介したいとか、そういう事らしいわ」
「「え゙ーーっ!?」」
クレージュのいきなりの説明に、さすがにフローレンもアルテミシアも驚いた。
「大物…貴族って…!」
「ちょっと…聞いてないんだけど##」
クレージュは、本日、助爵の位を賜る、という事を聞かされていた。
助爵。
ルルメラルア王国における、第9位の爵位。
名目上は、準貴族、
ではあるが、その権限は平民と変わりない。
冒険者でこの位を持つ者は、わりといる。
他にも、町の名士や村の地主などに与えられる同格の爵位がある。
助爵位授与の件は、ユーミとレイリアには既に話ししてあった。
ユーミの対応は簡潔だった。
「ジョシャク? え? なにそれ? おいしいもの?
たべものじゃないのね? じゃあいらない!」
その軍師ルーノを討ったのはおそらくユーミに間違いない。
だけれど、その勲功を得ることには全く興味がない…
一応レイリアにも打診したけど
「面倒そうだから、アタシはパス」
と、断られた。
もちろん、この二人がこういう反応を示すことを、クレージュはわかっていた。
フローレンとアルテミシアには話さなかったのは、この二人に受けてもらうためだ。
「百人隊長とか軍師とかってって大物だから、討伐したことを評価しないと、示しがつかないって事らしいわ」
古代ヴェルサリア時代には、もっと何万もの兵同士がぶつかり合うような戦いもあったという。
だが現在のルルメラルアにしてもブロスナムにしても、そこまでの規模ではない。
将軍でも千の兵を率いる程度だ。
場合によってはもっと少ない兵数を率いていても将軍位を持つ者もいる。
だから百人隊長と言えば、軍の中ではかなりの大物になる。
それに実際の戦闘ではそれ以上の兵を率いる事も多いはずだ。
だから、誰かがその報奨を受けなきゃいけなくなる。
受けることに直接的なデメリットはない。
武官位や文官位だったら、王国の組織に従い、その命に従う義務がある。
これが第8位以上の爵位だったら、王国貴族の仲間入りだから、面倒な式典に参加したり、上級の貴族を接待したり、今だと北の内乱の地への動員もかかる可能性はあるのだが。
第9位の助爵は、いわゆる名誉市民みたいなものだから、そういう出征などの面倒事の義務はない。
名が売れることで生じる厄介事は、多少あるかもしれないけれど…
フルマーシュの町はざわめき立っていた。
数日前から慌ただしく、そして昨日からは、ものすごく慌ただしい。
今回訪れた貴族の従える馬車の数も、随行する護衛の兵士の数も半端ないのだ。
その馬車団は、東から訪れた。
首都オーシェの方面からの来訪という事だ。
そしてこの街でも、残っている守備兵が総出での警護体制だ。
来訪している貴族が、かなりの大物である事を示している。
「壮観よねえ…」
「ほんとに、ね♭」
領主館までの道、左右に警備兵が立ち並ぶ。
そんな中を三人の冒険者女子はすすんでいく。
「二人とも、大丈夫…?」
クレージュはさすがに場馴れしている感じだ。
貴族相手の交渉にも何度も挑んでいるのだ。
「うん…緊張、するわね…」
「こういう状況は…慣れないからね…♭」
戦いには臆さないフローレンとアルテミシアだけど、こういう状況は慣れていない…。
この居並ぶ兵士たちと戦うとしたほうが、まだ緊張が薄そうだ…。
フルマーシュ領主のアンベール伯爵は、町の兵を率いて北の内乱の地に駐留している。
よって留守を預かる執事のチェッダという人物が、この謁見を取り仕切った。
この人物も、叔爵という第7位の貴族爵位を持っている。
普段は兵務局にいるゴーダー兵長も同席する。
この人物は爵位ではないが、第8位の武官位だ。
そのチェッダ卿より紹介が行われた。
「メディウス公爵閣下の御膳である…」
メディウス公爵。
ルルメラルア王国の三公爵の一人。
公爵は第2位の爵位。
雲の上の人物だ…。
やや小柄な感じの初老の男だ。
メディウス公は現在、北の内乱の地で軍政を行っている第一王子リチャードに変わって、国内の政治を取り仕切っている。いわば文官の長にあたる人物である。
武人の雰囲気はない。
ただし、その立ち居や物腰には、大人物独特の貫禄がある。
流石は国内有数の貴族、といったところか。
緊張して戸惑って、ここでかしこまる事もできないでいる、フローレンとアルテミシアの姿を認めると、
「ああ、そのまま、そのままでよい…」
公爵は穏やかに、畏まろうにも、作法を知らないフローレンたちを気遣う様子を見せた。
本来は側近などが言葉を発するものだろう。
だけどこの高貴な人物は、直接自身で語り、尋ねている。
「では、フローレン殿、
この二つの討伐について、貴女からお話しいただけますかな?」
フローレンは礼儀作法を知らない。
それどころか、敬語などを使う習慣がない。
ちょっと戸惑っていると、それもまた見透かしたように、公爵が言葉をかけた。
「いいや、良い良い。普段の言葉で話してください。
貴女の英雄譚をききたいだけですから」
そういうと楽しそうに高笑いをした。
その高位の貴族と思えない、気さくな姿に、フローレンもいっきに緊張が解ける。
そして、求められるまま、北のアヴェリ砦と、南の杯の遺跡での戦いの経緯を話した。
「…という事よ。ここでは彼らを倒した事は証明できないし、証拠って言っても、その武器が三つあるだけよ」
「いいえ、充分な物証ですよ…
ブロスナムは武を尊ぶ国です。
かの国の武人は、国から授与された武器を失うような事はせぬのです。
それこそ、倒されでもせぬ限り…」
ブロスナムの戦士は、自らの武器を失うことを恥とする。
剣は武人の魂、という当地の言葉があるくらいだ。
彼らの武具を取ったという事は、命を取ったに等しい、つまりそういう評価がされた事になる。
「それに、その山砦にも、遺跡にも、既に軍の調査隊が入り、報告が上がっています。その状況報告と貴女の話からして、一つも食い違いはありません」
「あなた方の功績として、間違いないでしょう」
メデイウス公はそういって微笑みかけた。実に優しい笑顔であった。
「ですが…私どもの言うことを、これだけで信じられる、と…?」
クレージュが尋ねた。尤もな質問ではある。
「いや、この武器だけではないぞ…」
公爵は穏やかに、三人を準に見据え、そして話した。
「貴殿らを見ていればわかる。その目を見れば、な」
嘘をついていない。武功を大げさに語ってもいない。
そういう事を、この大貴族は、簡単に見抜くのだ。
武の方は大した事はなくとも、人を見る目は卓越しているようだ。
流石は国の政治を取り仕切るだけの大人物である…。
クレージュも、フローレンも、アルテミシアも、ここは心から感服したところだった…。
「無位の兵士が敵の百人長以上の者を討ち取った場合、廿長の武官位が与えられます…」
廿長、つまりは二十人隊長だ。
十人隊を二つ、あるいは五人隊を四つか五つまとめる部隊長だから、正確には、二十人か二十五人を率いる兵長だ。その五人の差は、その上の百人長の下につく部隊数が四つか五つかの差だ。
「ですが、貴女方は兵士ではないので、廿長の武官位ではなく、
同じ第9位の “助爵” の位を進ずる事となります」
助爵は分類上、文官位でも武官位でもないので、便宜上、貴族爵位に含まれるが、世襲のない爵位で、それ以上の栄進は通常ありえない。
第8位の季爵以上は貴族の扱いとなり、場合によっては領土や世襲の相続権が発生するため、並みの活躍や武功では与えられないのだ。
「その…軍師ルーノを討った者が、爵位の授与を拒否しておりまして…」
当人は、背丈も中身も子供みたいな女の子で「食べものじゃないからいらない」と言ってい…、とはとてもじゃないけど、ここでは言えないだろう…
「辞退とな…ならば、貴女が受けられると良い。フルマーシュの商人クレージュ殿」
メディウス公はそういう事も頭にあったのか。
この提案に全く迷いがなく、クレージュにそう勧めた。
「私、がですか…?」
自分に武功はない、といいかけたクレージュをメディウス公は手で制し、
「貴女がたは、この国にとって大きな脅威となるかも知れない弊害を排除しました。それも二度も…。
そういった活躍をした有能な冒険者を従えるクレージュ殿が評される事に、何の問題もあるまいて…」
そう言ってメディウス公は、脇にいたチェッダ執事に
「そうですね?」と同意を求めた。
「はい。至極当然の決定かと」
伯爵の代理人にすぎないこの人物が、王国屈指の有力貴族の決定に異論を挟む余地はない。
こうして、クレージュ、フローレン、アルテミシアの三名に、助爵の地位のが授与される事になった。
「あとは…授与に付する報酬ですね…いかが致しましょう?」
爵位を授与してくれたメディウス公その人が、褒美までくれる、という事だ。
「それでしたら…ひとつ頂きたいものがございます…。
交易に関する権利です…。現在、国内の関所において、北への支援物資である事が証明できぬ物には、相応の税が徴収される決まりとなっております…
願いましては、その関税が免除となる証書などを頂きたく思います…
できますれば、ここにいる三名、共々に…」
いかにも、商売人らしい望みである。
食料や物資の仕入れに苦労しているクレージュが、今もっとも欲しいのが、そういった自由に通商を行える手形だった。
クレージュは、こういう上級貴族の発行する免税手形を持っている商人がいる事を知っている。
最初からこれを狙っていた可能性はある。相手がメディウス公爵という大物であったがゆえに、彼女にとってこれ以外の選択肢はなくなったのであろう。
「そんな物で良いのならば」
メディウス公は、傍らに控える女性文官に、手形の発行を指示した。
(書類を作成する担当の、魔術文官、ね♪)
メディウス卿自らが署名した通商手形の書類に、その女性文官がメディウス家の紋を刻印する。
そしてその書面を、特殊な液体に浸した。
魔法に詳しいアルテミシアには、状態変化を防ぐ魔法コーティングである事がすぐにわかった。
できあがった三枚の手形の書類を、三人が受け取る。
これで、三人が別々に動けば、三台の馬車で交易しても関税を気にせず動けるわけだ。
侯爵領以上では通用しない可能性がある、と言われた。
だけれど、通商を行う予定範囲では問題なさそうだ。
そして別の公爵領である商業都市アングローシャでは、税関がないので特に問題はない。
貴重な物を賜った…。
これがユーミだったら、本当に肉の塊が与えられるところだった…。
このメディウス公直々の通行書があれば、地方領主や守備隊長程度の身分の者なら、荷を検める事すら躊躇うであろう。
あとは…
助爵になれば、名字を名乗ることができるのだけど…
三人とも家名はない。そういうものには縁がない…。
とりあえず名字を名乗るのは保留、となった。
そして三人は退出する…。
思っていたよりも得たものが多い謁見であった…。
三人が退出した後の謁見の間…。
メディウス公爵は、町の留守を預かるチェッダ執事とゴーダー兵長に、あの女冒険者たちを褒め称えていた。同じ町にあのような有能な者がいるのは、貴殿たちの人徳の為せる技である、と。
二人はいたく平服し、公爵に心からの敬意を示していた…。
「お父様」
明るい、かわいらしい乙女の声がした。
メディウス公爵の後ろだ。
そこに隠れていた。
ゴシックなドレス姿の乙女だ。
ドレスと同じフリルつきの帯で、片目を隠している。
「お前が聞きたがっていた、彼女たちの武勇伝、満足か?」
公爵は、娘、に対しそう尋ねた。
「ええ。とっても! おウワサ通り、ステキな方々でしたわね」
この乙女は、物陰に隠れて見ていた。
誰もその気配に気付かなかったのだ。
フローレンや、アルテミシアさえも。
「ああ、冒険者なのに、廃れたところがない、清々しい淑女たちだ」
「ええ…」
そのメディウス公を父と呼んだゴシックドレスの乙女は、窓際に歩み寄る。
「わたくしもお話してみたかったですわ…」
その乙女は、窓の外を見つめていた。
去っていく三人の後ろ姿がそこにあった。
「花の剣士、フローレン様と
月の魔女、アルテミシア様、
そして彼女たちを束ねる、クレージュ様…
いつか、どこかで…」
爵位はオリジナルです…。お間違えなきよう…。




