4.~~悠久の都の女学生~~
春を告げる暖かな風。
ルーメリア帝国の一年は、麗かな新春の色に彩られた、この季節から始まる。
帝国樹立よりもはるかに古い暦の上では、一年の始まりのこの月は、商売や政治を司るセイラ神の月であるとされている。
暖かな気候に導かれるように、人の活動も多くなり、経済活動も盛んになる季節。
つまりは始まりの季節である。
戦乱が絶えて久しい悠久都市、帝都ルミナリスは今、輝かんばかりの陽気の中にあった。
都の中心に聳え立つイルミナ宮帝城、そこから南に伸びる中央大通り、
両側に居並ぶ街路樹は競うように桜色の花を満開に咲き誇らせている。
その緩やかな登り坂を、その春の色に彩られた並木道を、その乙女は軽やかに駆け上がる。
類稀な麗しさが行き交う人の群れに際立つ。
その完璧な顔立ちは、絶世の美女、と呼ぶにはまだ少し幼いだろうか。
新春の風に舞う、香り立つようなやさしいピンク色の髪。
澄んだ星空のような瞳を、僅かにかかる前髪が、深く鮮やかに引き立てる。
その瞳は情熱的で、それでいて意志の強さをはっきりと示している。
その上、全身から溢れ出す涼やかな気品は、隠す術もないようだ。
乙女は、春の陽気に打たれたのか、あるいは小走りで身体が暖まりすぎたのか、少し風を感じるような仕草を見せた。
そして、羽織っていた半透明の長いブラウスを脱ぎ、それを腰に巻きつけた。
露わになる純白のキャミソールと、空色のフレアなミニスカートの淡い色合いが、桜色の花の街路によく映える。プリズムのカチューシャが、ピンクの花園より上った天虹のように、陽に煌めいた。
ノンスリーブの肩先と大きく開いた胸元、幼さの残る顔立ちに似合わない充分大きすぎる胸が、乙女のステップに合わせて躍動する。
膝上からかなりの高みにあるフレアなミニは、乙女の健康的な生脚を隠すつもりもないように、ひらひらと舞い揺れている。
可愛らしい少女の顔立ちからは対照的に、身体は大人の女を主張し、春の日差しに眩しいほど柔らかな肌の白さを輝かせる。
春先に訪れた妖精。
春のやわらかな陽光と、満開の桜花の中に舞う、清楚な中に艶やかさが見え隠れするその姿は、そう呼ぶに相応しかった。
ひときわ強い風が襲った。
背に流したピンクの長い髪が風に舞い、腰に結んだ薄色の上着が、半透明の羽根のように翻った。
まるで物語の中のような、浮世離れしたその情景の美しさに、行き交う男性はみな振り返る。
だけど、当の本人は気にもしていない。いや、周囲の事には気付いてすらいないようだ。
ひとり楽しそうに、空を翔るような軽い足取りで、坂道を駆け上がる。
帝国学園
その門前の広場が、彼女たちの待ち合わせ場所だった。
春の妖精は仲間を見つけた。
色とりどりの“蝶の群れ”に混じってゆく。
「みんな、おはよー!」
薄桃色の上品な唇から溢れる、宝玉の輝きのような声。
「あ! リルフィーだー!」
「リルフィったら、朝からすごい格好ですね!」
「…おはよう…リルフィーユ」
「おひさしーですよ! リルリル!」
彼女の友人である、私服姿の女学生たちがその名を呼んだ。
それに答えた優しい微笑みもまた、春の日差しの中の妖精そのものだった。
「リルフィったら、すごく楽しそうですね?」
「何かいいコト、あったぁ?」
「…おしえて…」
「ひとりで、ずるいですよ~!」
友人たちも、この乙女が好きで好きで仕方ない。
興味津々、根掘り葉掘り、容赦なく質問を浴びせてくる。
リルフィは、心に裏も表もなく、言葉はいつも率直だ。
「うん、だってね、とってもステキな夢を見たから!」
そう。
それはとても素敵な夢だった。
自分たちと同じくらいの歳の女の子の兵士たちを率いて、悪いヤツらをばったばったと片付ける、
麗しの花の剣士と、神秘的な月の歌姫。
まだそのステキな夢の余韻が残って、気分が高揚しているのだ。
帝国学園の学生たちに支給される生徒手帳は、ただの手帳ではない。身分証であるのは言うまでもないが、そういう事ではなく、それぞれが小型の魔導書でもあるのだ。
遠隔からでも学園機関公表の情報を閲覧したり、登録された生徒間でなら連絡も取り合える。
彼女たちも春休みの間、仲間内で連絡を取り合い、忙しい子を除いてだけど、たまに集まっては遊びに行ったりしている。だから新学期と言っても、今日が久々といった感じではないのだ。
リルフィの見た夢は、昨日~今朝にかけてだ。だからまだ誰にも言っていない、というより言う間もなかった。
でも、伝えようとしても、この感じは上手く伝えられない。
だからリルフィは一人で悦楽している。
そんな様子を友人たちも見守る以外にはないのだった…。
「リルフィー! はやく~行こう~!」
「始業式、始まっちゃいますよ~」
「…遅れちゃう…」
「まにあわないですよ~~!」
自分の世界に入ってしまって遅れて歩くリルフィに、友人たちが呼びかける。
それでもちょっと上の空。
どうやらこの妖精さんは、まだ半分夢の世界にいるようだ。
式が終わり、今日は授業もないので、お昼ごろには下校になる。
ちょうどお昼時なので、仲良しな五人揃って、行き付けのお店へ。
喫茶ローレライ
焼きたてのパンがおいしいこのお店が、最も彼女たちが揃って訪れることの多い場所だった。週に何度かは学園のお昼休みに、濃青髪の店員のお姉さんが焼きたてのパンを売りに来るのだ。
リルフィたちの5人席に、綺麗な空色のストレートヘアのウェイトレスが、「おひさしぶり」という感じにオーダーを受けに来る。
ここの店の従業員は全員がラト・ショコール地方出身の女性たちで、流れる水のような髪の店主はじめ何人かは、あの地方で兵士をしていた女性たちだ。
帝都ルミナリスのはるか南東にあるラト・ショコール地方が、まだショコール王国だった時代、何らかの罪で処断される予定だった百人以上の女兵士たちを、敵国であるルルメラルア、つまりこの国に秘密裏に逃した、英雄的女将軍がいた。
この救命行為が明かされたのは、ショコール王国がルーメリア帝国に併合された後で、むしろラト・ショコール地方ではそれ程知られていない話だそうだ。
この店の名前は、その女将軍の名をとって付けられているのだ。
注文を運んできたのは、明るいグレーのカーリーヘアのウェイトレスだった。リルフィたちの事はやっぱりよく知っているので「お久しぶり」という感じに挨拶をする感じに注文の品を並べていく。
「? リルフィー、ぼーっとしてる?」
「おなか、すいてないですかー?」
「…それとも…まだ上の空…?」
「もしかして…注文間違えたですか!」
「うん、なんかね、ちょっと…?」
リルフィはこのお店に来るのは久しぶりだけど、
オーナーさんや二人のウェイトレスさん、パン売のお姉さんを、最近どこかで見たような気がしていた…。
ちょっと印象が薄くて思い出せないけれど…。
(やっぱり夢の中で、かな…?)
リルフィはあの夢をこの一日、ずーっと引きずっている感じだった。