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花月演義 ~~花月の乱~~  作者: のわ〜るRion
第5章 南街道の行軍
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48.最後の涙


村の広場から少し離れた場所で、女の子たちが順番にお風呂に入っている。

お風呂といっても、(たる)みたいな野営用の簡易なやつだ。


終わったら逆さにして乾かして、荷馬車に積む時は、使わない他の道具入れになる。


お風呂の世話はチアノが行っている。


身体をきれいにした女の子たちは、予備の衣服をもらって着ていた。

さっぱりしてちゃんとした衣服を着ると、普通に可愛い女の子たちだ。


クレージュが全員のサイズを確認して、あらかじめ大きさの合う服を用意している。

ユナが薄紫、フィリアがピンク、ランチェが水色、シューヌがオレンジ、

レメッタが薄緑、マリエが白、ナーリヤがグレー、

七人が七色全員違う服を着ているのは多分、七という数をこよなく好むクレージュの趣味だ。


クレージュは、お風呂待ちと入り終わった後の子と話をしていた。彼女たちの身の上の事や、この村の事、または襲われた馬車の事などを聞き出している…。




村外れの馬車のところでは、

ディアンとネージェ、そしてユーミが馬車に荷を積み込んでいた。

男たちが運んできた荷物を、軽量化の魔法が残っている間に、荷台に積むのだ。


可愛いキューチェが、積み込みの順番や位置を提案している。

この前揃い黒髪の小柄で大人しい少女は、頭がよくパズル的な思考が得意で、効率のいい荷の積み方を考えて的確に指示を出す。

力仕事しかできず考える事が苦手な先輩たちからは、非常に頼りにされている。

そして可愛がられている。可愛いからだ。




男四人はかなり頑張って荷運びをしていた。

こういう力仕事は、やはり男性のほうが得意なのだ。

自分たちにも分前がもらえるというのと、早くあの美味しそうなお粥が食べたい、という気持ちで働いていた…。


女の子たちが、男と同じように、大きな木箱を運べるか、というと、そこは難しい。

力の強いディアンでもやっと、ネージェでもなんとか、というレベルだ。

まだ普通の女の子であるミミアやメメリは、軽量化された荷でも小さい持ちやすいものしか運べないだろう…。


論理魔法装備で攻撃と防御の性能は上がっても、力仕事が得意になるわけではないのだ。

それはフローレンやレイリアのような熟練冒険者でも同じだった。

体力や敏捷性や技は卓越しているが、力は普通の女の子より少し強い程度でしかない。

ただ、彼女たちは瞬間的になら、かなりの力を出すこともできなくはない。

そうでなけば、体格差を活かして押さえつけられれば勝てない事になる…。


…女子の中でもユーミだけは例外だった。

軽量化されたとは言え、小柄なくせに箱を五つも重ねて軽々運んでいる姿を見ると、みな一様に開いた口が塞がらないくらい驚く。

この子は力自体が強いのだ。

あの小さな身体では、どう考えても出せないはずの力を、あたりまえのように出すのだ。




すべてを差配するクレージュは、とても忙しい。

女の子たちから話を聞き終えた後は、その運ばれてきた荷物を確認しに来ていた。


荷物は三種類に分けられるようだ。


一つは、この村から奪われた物だ。

もう一つは、おそらく荷馬車を襲って鹵獲したもの、だと思われる。

どちらも主に、保存食や雑貨の(たぐ)いだ。

一応、酒などの嗜好品もあるけれど、あまり高い物ではない。


あの子たちの物だから、基本的に返してあげるべきだ。

アルテミシアが亜空間ポーチから出していった、カシラの部屋にあったという、ちょっと価値のありそうな物も含めて…。



そして…もう一つの荷物は…

その箱には、桜花の紋が刻印されていた。


(この刻印…)

北のブロスナム王国の紋だ。


この件に関しては先程、フローレンが示唆していた。


「山賊の中核は、ブロスナムの元兵士である可能性がある」と…。

それを確かめるために、今一度、山賊のカシラの部屋に行く必要がある、とも。


(北から運んだのかしら…わざわざ…遠い南の街道に…?)

ちょっと、不自然なものを感じる…。


そして、かなり重い箱だ。

多分、ユーミが運んで来たのだろう…


その中身は、武具だった。

武器や軽めの防具だ。


箱の大きさの関係で、あまり大きな物は入っていない。

短い剣や、槍の穂先、矢の束、などだ。

防具も、軽い革の胸当てや、すね当て程度だ。


まあこれは頂いておけばいい。

この軽い防具は女の子たちにも使えそうだ。

女の子たちは換装装備があるから、武器は不要だろう。

けど、高く売れる。


ただ桜花の紋だけは、焼いて消しておくほうが良さそうだ。

いらない詮索を受ける事は避けたい。





そうしているうちに、フローレンとアルテミシアも戻ってきた。

これで遺跡の捜索は終了、といった感じだった。


フローレンが大振りな薙刀(グレイブ)を持っている。


「それは…?」

「これ? 証拠品よ」


クレージュは二人から詳しい話を聞いた。


「なるほど、証拠品、ね」

フルマーシュに戻ったら、また兵務局に報告に行く必要がありそうだ。



三人で広場のほうに戻った。


荷物を運んできた四人の男たちは、少し離れた場所でお粥をもらっていた。

ミミアとメメリがお粥をよそってあげている。

…なぜか二人とも、一緒になって座って食べている気もするけれど…


「あの人たち山賊だったけど、まだ立ち直れそうね」

ミミア、メメリと談笑しながらお粥を美味そうに食べている四人の姿を見て、フローレンが言った。


「いいトコも、見せたしね♪」

アルテミシアは、彼らが山賊に戻らず、女の子たちを庇ってくれた事を話した。


「ええ。行き先のタムト村で、軍用の材木を切り出す仕事を差配している知り合いがいるんだけど、前に行った時、働き手を募集してたから、そこで働けないか聞いてみる事にするわ」

山賊であった事は言う必要はないだろう、とクレージュは思っている。





広場の馬車の荷台では、、助け出した七人のうち、レメッタ、マリエ、ナーリヤの三人が、毛布に(くる)まってお昼寝をしていた。

この三人はこの村の娘ではなくて、人買いに買われていた娘たちだ。


彼女たちの話から察すると、先日フルマーシュに着く予定だった行商隊は、人買いもしていた様子だった。

山賊に襲われ、荷を捨てて逃げたらしい。

その奪われた“荷”としてこの三人の女の子が山賊に奪われたのだ。


やましいところのある商隊だから、北のエヴェリエ領経由ではなく、裏の街道を行こうとしたのであろう。そして、それが裏目にでてしまったと思われる。


三人の女の子、レメッタは北方蛮勇の地ヴァルハガルドの獣人族のような感じの子、マリエは西北の神聖王国ラナからの移民、ナーリヤは東方の雰囲気のある娘だ。


この三人は、既に武器換装で安眠まくらを出して、使用している。

もしかしたら、素養がある、のかもしれない。




「あれ? 他の子たちは…?」


フローレンの問いに、クレージュは、村の奥のほうを、そっと目で指した。


「そっか…」

フローレンも、それで悟った。もちろん、アルテミシアも。


ここにいない四人は、この村の子たちだ。





そこは、村の奥のほうの、一番大きな家の残骸だった。

村長(むらオサ)の家だというのは、その敷地の大きさから想像がつく。


甘栗色の髪の女の子二人が(たたず)んでいる後ろ姿が見えた。

一番年嵩な子 ユナと、その妹のフィリアだ。


「ここ…私たちの家…だったんです…」

ユナが悲しみを(こら)えるように言った。

妹のフィリアは耐えられずに泣いている。


フローレンにも、アルテミシアにも、何もできない…。

ただ、一緒に悲しい気持ちになるだけだ…。


焼けてしまって、何も残っていない…。

でも、ユナとフィリアは必死に探した。

お風呂上がりなのに、また泥や(スス)で身体も衣服も汚しながら…。


その手には、焼け残っていた物が集められている。

半分焼けた木の置物や、編んだ籠、変形したお鍋、部屋か何かの鍵… 

他の人にとっては、ガラクタにすぎない。

でも、彼女たちにとっては、大切な、家族の思い出の品なのだ…。



もう一人、ふわっとした銀髪の子は、その隣りの家の跡地にいた。

その小柄な少女ランチェは、手と膝をついて、地面に涙を落としていた。

焼け跡の地面からは、もう雑草が生え伸び始めている。


同じ歳のフィリアが後ろから名を呼んだ。

同じ悲しみを抱え、抱き合う二人の幼馴染み…

お姉さんのユナが、その二人をぎゅっと抱きしめた。

ユナにとっては、フィリア同様、ランチェも妹のようなものなのだ…。


ランチェの兄は、ユナの恋人だった。

今年のうちには、婚礼を行う予定だった。


でも、あの日…

すべてが変わった…


いきなり村を訪れた山賊たちに…村人たちは抵抗する間もなく殺された。


その時…フィリアとランチェは一緒にいた。

彼女たちを守ろうとした、父親や兄弟たちが、なす術なく殺された。

それも、二人の目の前で…。



そこでしばらくの間、ランチェの家の遺品探しを手伝った。



広場への帰り道、ユナが村の鍛冶屋だった場所を教えてくれた。


もう一人の赤いカール髪のシェーヌは、広場から少し離れた建物跡にいた。

鍛冶屋の石作りの作業場だけが、燃えずに残っている。


鍛冶屋の娘だったシェーヌは、早くに気を失っていた。

その分、悲劇的な場面を目にする事がなかった事だけは、幸いだったのかもしれない…


シェーヌは燃え残った鍛冶道具を拾い集めていた。

父親は鍛冶屋だったけれど、母親が火を扱うのが得意だった、と言っている。

シェーヌ自身も、なぜか火を扱うのが好きで、よく鍛冶の仕事を手伝っていたのだ。



村が襲われた後…

四人は、遺跡の中に連れて行かれた。

閉じ込められ、毎日、酷いことをされた…。

ほんの、今日の先刻まで…。


他の村人の消息がわからない。

村の至るところで、何人もが血を流し倒れている姿…

それが、連れて行かれる彼女たちが最後に見た、この村の景色だった…。


この焼けて変わり果てた村の姿を見るのも、今日が初めてなのだ。



彼女たちの話を聞くと、このグリア村は…

百人に満たない程の、ほんとうに小さな村だった。

他の村との交流もない。

外に出るのは、作物を売りに行く時、物資を仕入れに行く時、くらいだという。

外から人が訪れることも、年に一度もない。


この村にはもともと領主もいない。

税の作物を治めるのは、今は無いあと二つの村とまとめて行っていたようだ。

それ以上の政治的な話までは、ユナでも詳しくは知らなかった。


そして、四人はこの村を出たことも無かったのだ。

この村で生まれ、この村で家庭を持ち、そしてこの村で生涯を終える…

四人とも当たり前のように、人生をそう考えていたらしい。


天を貫く岩壁の下で、森に囲まれ、時の流れから切り離されたかのような…

そんな村なのだ。


質素に、でも幸せに、暮らしていたのだ…

小さく閉鎖的であるが故に、村人はみんな家族のようなものだ。

彼女たち四人は、それを一度に失ったのだ…。





点を頂く岩壁のすぐ下にあたる場所に、この村の墓地がある。

四人が、村の人達を(とむら)っていた。


フローレン、アルテミシア、他のみんなも一緒だ。


ただ、黙祷を捧げる。

墓標も、亡骸も、遺品も、何もない…。

ただ、弔うだけだ…。

今は、それしかできない…


悲しい気持ちに包まれる。

ユナ、フィリア、ランチェ、シェーヌ、

今日だけで、何度目だろうか…

彼女たちの涙が、あふれるのは…。


レメッタ、マリエ、ナーリヤ…

新しい三人の友たちが、一緒に涙を流した。


ただ、風だけが吹いていた…。



「一緒に、行きましょう…」


フローレンは初めて声をかけた。


「タムト村にいけば、もしかしたら、生き残って逃れている人も、いるかもしれないわ♪」

アルテミシアも、ちょっと希望を感じながら、そう言った。


女の子たちは、みな一緒に頷いた。

その目には、悲しみを乗り越えようという、意志の光が垣間見える…。





翌朝。

タムト村へ向かう。

今日の日没までに着くためには、早くから行動しなければならない。


その時間に起きて見張りをするフローレンたちに、東の空の色が薄まり始めたら自分を起こすように言ってあった。

クレージュはまだ皆が寝ているうちから起きて、食事を作っていた。

一度に全員分は作れないので、三回に分けて、起こし、食べてもらう。

馬の世話や荷物のまとめをするメンバーが第一陣だ。


七人の女の子は第三陣で起こす。

慣れていないし、体力も落ちているので、少しでも長く寝かせる。





馬車には、山賊から押収した荷物も積んだので、さすがに全員は乗れない。

店の女の子たち六人は交代で歩き、

そして男どもは全員歩きだ。

別に、捕虜だからとか、男だから頑張れとか、そういう訳では…

…あるのだけれど、

それ以上に、捕まっていた七人の女の子は体力が落ちているし、

輸送のお仕事に来ている女子六人も、帰り道は歩きになるのだ。

今のうちに少しでも休ませておかたほうが良い。


「いや、いいっすよ」

「オレたち歩きます!」

「女の子たち、乗せてあげてくだせえ」

「気にしねぇでくだせぇ」


何かの巡り合わせで山賊に堕ちていたけれど、根はいい連中だ。



山賊が持っていた馬が手に入った。

なので、クレージュが愛馬にしている軍馬のローランと入れ替えた。

これまで荷馬車を引かせていたけれど、本来は人を乗せるべき良い馬だ。


もともと町に居る時、クレージュは街中で用事がある時も、よくローランに乗って出かけたりするのだ。

誰が何と言おうと、クレージュの愛馬になっている。

クレージュの決定事項には、誰も異論を挟めない。


フルマーシュの町の西門の外に良い草場があって、店の他の馬たちも含めてそこで草を喰ませる。

それは通常、チアノやネージェやディアンの仕事だけど、ローランだけはクレージュ自ら町の外まで駆けさせ、自分で草を喰ませたりする事がある。




クレージュはその愛馬に乗って先頭を行く。


夜明け前の森の中は、夜と変わらず暗いので、街道に出るまでは、アルテミシアが灯した魔法の光を掲げながら、クレージュが先導するのだ。

二台の荷馬車は、松明で照らしながら、ゆっくりとその後をついていく…。



村との別れの時が来た…。


このグリア村の四人は、馬車の後ろから、遠くなってゆく光景を見つめていた…。


泣き出したフィリアとランチェを、姉のユナが抱き(なだ)めている。

その三人を、マリエとナーリヤが、優しく見守っている。


もうひとりのシェーヌも涙を堪えている。

彼女と親しくなったレメッタが後ろから(なぐさ)めるように手を当てていた。


やがて森に入り、その村も見えなくなってゆく…。

彼女たちの涙は、しばらく止まらなかった。


これが、最後の涙だ…。





街道を進み、その日の昼前に、最後の村の跡地に着いた。

ここで昼食を取って、休息もそこそこに出発した。


そして、ぎりぎりその日の日没前に、目的のタムト村につく事ができたのだった…。



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