47.南の遺跡と北の脅威
フローレンはアルテミシアと共に、カシラの部屋に戻ってきた。
三人の山賊が、床に転がっている。
両腕両脚をフローレンに斬りつけられ、身動きできない山賊のカシラと、
蜘蛛糸の束縛はすでに消えて、床に倒れた手下二人。
カシラは必死に毒に耐えているが、手下二人は毒の苦痛にのた打ち回っている。
蜘蛛の糸の魔法が切れたので、柱や机にくっついていたカシラの振るっていた薙刀も、床に転がっていた。
フローレンは、その薙刀を拾い上げ、持ち手の部分や刃の部分を念入りに調べてた。
(やっぱり…)
そこには、桜花の紋があった。
あの焼け落ちる砦で倒した、手練の男の片手半剣と全く同じ…。
(このおかしらも、ブロスナムの武人で間違いないわね…)
「さて… 知ってること、話してもらえるかしら?」
フローレンは、のたうっている三人の山賊を下目に言い放った。
「有益な情報だったら、ちょっとだけ、イタミを軽くしてあげるわよ♪
…こんな感じに♪」
と、アルテミシアが三人に魔法をかける。
<<苦痛緩和>> リリーフ・ペイン
<<効果時間を設定:三十秒、時間経過後即座に効果を解除>>
術が効くと、三人の表情は一気に楽になった。
だが、その救済は、あくまでほんの一時的。
そして少しすると、また苦痛が戻ったようで、喚き、藻掻き出す…
「ほとんど拷問ね…」
フローレンは、呆れたように言い放つ。
ちょっと嫌な気分はある。
けれども、気の毒だとは思っていない。
先程…ユナ達四人が、生まれ育った村の、変わり果てた村を見て、崩れ落ちるようにして泣いていた…
あの子達のあんな姿を見た後だから、なおさら同情できない。
こいつらは許されるべきではないのだ。
おこなった悪行、奪った命は戻ることはないのだから…。
「どう? 私たちと、お話、する?♪」
それでもカシラは流石だ。気丈に拒否を続けてた。
大粒の汗を流しながらも、「誰が…!」という感じで抵抗している。
そのあたり、手下の二人は簡単だった。
すぐに「楽にしてくれ」と涙目で訴え、首を何度も振っていた。
アルテミシアが先程の、苦痛緩和の魔法を、通常の効果時間でかけ直す。
「じゃあ、お話しましょうか♪」
アルテミシアは机の上に腰掛けると、太腿あらわな脚をゆっくりと組んで、床に転がる二人の男を見下ろした。
この遺跡については、この二人にはほとんどわからないようだ。
ホールの階段状になった先に気になる扉があるけれど、誰も開けない。
天の湖との関連どころか、この遥か上に湖があるかもしれない、なんて事すらこの二人は知らなかった。
ヴェルサリア時代に作られた魔法の道具は、この遺跡で見つけたものらしい。
アルテミシアが、先程カシラが使っていた解呪の指輪を鑑定したところ、どうやら持ち主は着用するだけで、その効果が頭に浮かぶようにわかるようだ。
カシラが即座に使ってきたのもそのためだ。
丁度それを持っていたのは、たまたま、だろうけれど…
おそらく、この部屋で見つけた他のアイテムに関しても同様だろう。
時間のある時にゆっくり調べてみよう。
こういった魔法の道具は、論理魔法装備と違って、魔法の力を持たない普通の人間、男性にだって使用することができる。
というより、一般にはそういうアイテムのほうが多い。
実のところ、ほぼ女子専用である論理魔法装備のほうが珍しいのだ。
物資に関して、貴重品は全部この部屋に集めてある、との事だ。
先程女の子たちに、村や襲われた馬車のものが含まれていないか確認してもらった。今はもう運び出してここにはない。
かさばる物資は全部、遺跡入り口の横長広間に置きっぱなし。
階段を持って上がるのが手間だから、という理由だ。
その物資は軽量化をかけて、四人の男たちが村に運んでいる。
そして、いよいよ踏み込んだ内容に入る。
「このカシラについて、教えて頂戴♪」
「ブロスナムの兵士だ、って事はもうわかってるからね!」
フローレンは、柱に身体を預けるような姿勢で、軽く腕を組んで見下ろしている。
倒れている男たちから見上げれば、その花びらの腰当ての中が見えるキケンがありそうだけど、当の花の乙女は、そんな事を気にする感じでもない。
薙刀に刻まれていた、ブロスナム王国の紋章、桜花。
この紋の入った武器を持つこの男も、北の旧ブロスナム王国の軍人なのだろう。
「そこのおカシラは、ダイゼル隊長」
「ブロスナムの百人隊長で、オレたちはその部下だ」
手下どもは簡単に話した。
やはりこのカシラは、ブロスナムの士官だった。
「ブロスナムの兵士が、こんな所で何を?」
「この遺跡を拠点に活動するよう言われている…」
「ああ…目的はわからない…」
と、二人は倒れながらも、カシラのほうに少し目を遣った。
ここにいる目的は、その山賊のカシラ、
いや、元ブロスナム王国軍百人隊長ダイゼル、にしかわからないのだろう…。
そして、その元隊長は、苦痛の緩和を受ける事も拒否し、強情に口を割りそうになかった。
「単純に考えれば、ルルメラルア国内に拠点を作って、中から混乱させる
…ってとこかしらね?」
フローレンのその問いに、答えはなかった。
戦略まではわからない、ということだろう。
ただの一兵卒なのだから、それは仕方がない…。
「この外にあった村を滅ぼした理由は何?」
この山賊連中が行った悪行の中で、最も許し難いのがそれだ。
この答えについては、しっかり聞かなければならない…。
ただの蛮行なのか、それとも…?
「よくはわからない…が、多分、ここを拠点にするのに、近くの村が邪魔だったんだ、と思う…」
「ああ、まずはこの遺跡を確保しろって事だったからなあ…
で、隊長がそこいらの山賊を集めて、村を襲わせた、って訳だ」
「そんな身勝手な理由で…!!」
どれだけ罪のない人を殺し、生活を奪い、不幸に陥れたのか!
思わず、フローレンは怒りに声を荒らげていた。
柱にあずけた身体を起こして、身を乗り出している。
だけどアルテミシアが声を上げたのは、別の内容についてだった。
「ちょっと、ちょっと待って!?
ここに、こんな遺跡がある、って事を、貴男達、知ってた…って事?#」
「いや…オレたちは命令に従っていただけだからな…」
「ああ……そういえば…、隊長に指示を出してたのは…あの女だ」
「女…?♭」
「ああ、超、いいオンナだ…」
「見覚えがあるぜ…。あれは…殿下の側近の女だ…」
「殿下!? …今 “殿下” って言った!?」
今、旧ブロスナムで “殿下” と呼ばれる人物は、たった一人しかいない。
「まさか…##」
ブロスナム第一王女 グェン・グレイス
先の戦いで戦死した国王リュイン、その唯一の後継者である。
「戦姫」と称される、ルクレチア神軍最強の女戦士であり、赤鎧の精鋭巫女兵をはじめ、多くのシュリュート神の巫女兵たちの頂点に君臨する、生粋の武人。
武人としての評価は父王以上で、大陸最強といわれる“美髭公”ランウェー将軍に次ぎ、次席である“雷王”ディオス将軍にも引けを取らない姫将軍としても名を馳せている。
現在北の旧ブロスナム王国領を騒がせている内乱。
将軍たちを従え、その反乱軍の中心にいるのが、亡国の王女、グェン・グレイス、その人だ。
「そう、その姫様に仕えてる女だ」
「アンタと同じ、並外れた美人だから、見間違うはずがねぇ」
意外な名が現れた。
亡国の王女の側近、その女からの指示ともなれば、この連中の活動は、北の反乱軍の活動の一端、と見て間違いはないはずだ。
それも、こんな南の果てで…?
アルテミシアも机から立ち上がり、二人に詰め寄るようにして問いかけていた。
「この遺跡、って指示があったのね?#
他の遺跡とかじゃあなくって、この遺跡、なのね?#」
「ああ…地図で明確に、ここ、って記してあったぜ」
「オレも見た。まちがいねえ…」
男どもはその気迫に押されながらも、じっと上を見上げて答えた。
それはそれとして、ボディスーツの食込んだ美女の鼠径部の、下からの眺めは、この二人にとって人生最後の目の保養となる事だろうから…
(この遺跡、という指示があった…、
南のどこでも良い、という訳じゃなくて…?
という事は…反乱目的じゃあなくって…
つまり…この遺跡自体が目的……?♭)
「じゃあ…この遺跡には、一体何が…?♭」
アルテミシアのその問いに答えはない。
二人の男は、ただ見上げてくるだけだ。
この山を通る南街道は、王国からも半ば捨てられたような場所だ。
だが、この南の山間に拠点を作られると、それはそれで戦略的に大きな布石となりうる。
尤も、北とは距離がありすぎるので、動きを連動させるのは難しいだろう。だがこうした拠点が王国の各地に作られ、日を決めて一斉に挙兵することになれば、混乱の程は計り知れない…。
ただ、討伐のためにまとまった兵が動くだけでも、意味はあるのだ。
「この南街道は孤立しているようで、実は多くの抜け道があるんだ」
それは意外な話だった。
でも、ありえない話ではない。
その気になれば、海側から馬鹿高い岩壁を上ってくる事も考えられる。
過去にはそうやって海賊が襲来した事もあったようだ。
実のところは拠点作成が目的なのか、本当にそうでないのか…
この遺跡には何があり、それは何をもたらすのか…
現在の内乱と、古代の謎…
計り知れないブロスナム残党の戦略と、
自分たちが知り得ないこの遺跡の事を知っている、グェン・グレイス王女の一派…
その全容は、今の情報だけでは決して推し量り、読み切れるものではない…
フローレンがアルテミシアの肩に手を置いた。
「考えても仕方ないわよ」
アルテミシアは、ちょっと入り込んでいた思考の世界から、引き戻される…。
(確かに…ここで考えてわかる事でもないわね…♪)
ただ、この事はしっかり記憶に留めておく。
「それより…」
フローレンが話題を変えた。
「こういう人物に心当たりないかしら? 細身で目つきが鋭くて、片手半剣の使い手、多分ルクレチア地方の剣士…」
フローレンは、あの砦で戦い、倒した手練の剣士の事を聞き出そうとしていた。
「片手半剣使いで腕が立つヤツ、か…、そういう人物なら多いからなあ…」
「ダリウス隊長かフンメル隊長、コー兄弟あたりか…百人隊長レベルなら、な」
はっきりとは判らないようだ。
確かに、武を尊ぶブロスナムには手練の剣士など、多数いることだろう。
片手でも両手でも扱える、片手半剣を好む剣士は多い。
フローレンは、ただ一応、いま耳にした名前だけは記憶しておく。
「あと、体格が大きくて…筋肉質で、反り身の刀を使う戦士と…」
そのもう一人のほうは、フローレンも直接見ていないので情報が少ない。
ユーミが斬り捨てていて、その特徴を少し聞いただけだ。
「それは多分ルーノさんだな。軍師の」
「ああ。ガタイが良くて反り身の刀なんて珍しいモン持ち歩いてりゃ間違いねえ…
頭はキレるんだが、人妻好きでよくやらかすって、有名だったけどなあ…」
(ああ…それは、間違いないわね…)
ウェーベルが「その男につきまとわれてた」って言っていた…。あの子はフローレンと同じ歳なのに、家庭的で未亡人だからか、妙に人妻っぽい色気がある…。
「ブロスナムの…軍師ルーノ…ね」
まさかこちらのほうが分かるとは思わなかった。
話はここまでだった。
元兵士の二人の賊は、毒の周りがあって、かなり体力を消耗している。
もはや立つことはおろか、這う事もできないだろう。
話すのも力を消費するのだ。
悪人だとは言え、約束は守らなければならない、とフローレンは考えている。
知る限りの情報は話したのだ。
そしてそれは有益な情報たりうるものだった。
《鎮痛・芥子花》 ペインキラー・ポピィ
痛覚を鈍らせ、苦痛から開放する、花の術。
過去には、大きな傷を負った兵士を痛みから開放するために、この芥子の花から作られた薬が使用されていたという。
だがその薬は、身体を蝕む毒であるともされ、一般の普及は今でも禁止されている。
賊二人はわずかな呻きもやめた。
眠っているようにも見える。
それでもこの連中の罪は許されるものではない。
ここで果てさせる予定を変える事は、決してありえないのだ…。
このまま明日中には命を失う事になるだろう…。
その元百人隊長のカシラだけは、必死に苦痛に耐えている。
最期まで耐えることが、名のある武人としての矜持、なのだろうか…。
フローレンとアルテミシアは、静かに部屋を後にした。




