46.水を頂く古代遺跡
遺跡に近い村のはずれ…
七人の女の子たちが、野草入りのお粥をいただいている中、
賊だった四人の男たちが、くたくたになりながらも、それぞれ荷を運んできた。
「ご苦労さま。さ、もう一回行くのよ!」
フローレンの言葉に「「「「えー!?」」」」という感じになる男ども、
フローレンが「文句あるの!?」と叱りつけると、
「「「「いえ!ありません!」」」」と、四人揃って直立している。
完全に力関係が出来上がっている…。
「あなた達の分もご飯作っておいてもらうから、さ、行ってきなさい!」
それを聞くと男どものやる気は一気に上がった。
クレージュの作る料理は、その匂いだけで美味しそうだとわかるので、この男たちも食べたそうにしていたのだ。
…実はクレージュは、この男連中の食事もいっしょに作ってくれていた、
のだが…、女の子の人数が三人と思っていたら、七人だったので、つまりその差の四人分は全部女の子のお腹に入ってしまった…という訳なのである。
そして今炊いている二杯目も、おそらく全部、女の子達のお腹に入るだろう…
荷物運びに勤しむ彼らの食事はまだまだ後回しだ。
フローレンとアルテミシアは、クレージュに経緯を話した。
馬が一頭手に入ったので、クレージュは上機嫌だ。
本来こういった行商や行軍には、予備の馬を連れていくのが望ましいのだ。
もし馬が動けなくなったら、馬車自体が動かなくなるからだ。
まあアルテミシアのような治癒も行える術師がいれば、その心配は少なくなるのだが…。
そして、遺跡内には物資がまだあるので、もらっていこうと思えば、ここまで運ぶ時間がかかる。
それに、気になる遺跡なので、調査したいところだ。
山賊のカシラの部屋も調べて、財貨を回収する必要がある。
「予定が盛り沢山ね…じゃあもう、今日はここで野営しかないわね…」
クレージュはすぐにそう決断した。
人の意見を尊重し、意見を押し付ける事をあまりしない。
したい事をさせてあげる、しかし意味の無い行動は嫌う…。
クレージュはそういうリーダーだ。
「明朝、払暁と共にここを出て、明日夕暮れまでに目的地のタムト村へぎりぎり着けるくらいかな…」
この事に慣れた女商人の計算では、ぎりぎりの行軍になりそう、という感じだった。
クレージュが女の子たちに野営の指示を出した。
今から彼女たちは、それに従って行動していく事になる。
さっきの広場に戻って、そこを野営地にする準備を行う。
チアノがミミア、メメリと一緒に、野営道具を積んだほうの馬車で、中央広場に戻った。
そのあとは川の水を汲みに行く。
野営地の広場の一角で、お風呂を沸かすのだ。
七人の女の子たちもお風呂に入れて、身体も髪も洗って、服を着替えさせてあげたい。
ミミア、メメリは水くみが終わったらこっちに戻ってくる。
アルテミシアは男たちに同行して遺跡のほうに戻った。
彼女の軽量化の魔法がないと、あの木箱は持って歩けない。
力仕事が超得意なユーミも一緒に行っている。
フローレンも遺跡のほうに戻っていった。
アルテミシアと一緒に、まだやり残した事を終わらせてくるはずだ。
馬車のもう一台はこの村外れに待機、
ネージェとディアンが、男たちが運んできた木箱を馬車の荷台に積んでいる。
その積荷が終わったら、彼女たちも運ぶ方にまわる。
その前に、さっき新しく連れてきた馬を、クレージュの愛馬「ローラン」と入れ替えて、荷馬車を引くように繋ぎ変えるように指示されていた。
こっちの馬車は、遺跡の荷を積み終わったら、最後に野営地の広場に戻ってくる事になる。
七人の女の子たちが食事を終えたら、中央の広場の野営地に移動してもらう。
空いたお鍋で、クレージュがあの元山賊の男たちの食事を作っておく。
ミミアとメメリは水くみが終わったら、こっちに来てもらって交代。
二人はそのままお鍋と荷物と馬車の番、それと連絡係。
…この二人には、つまみ食い禁止、と言っておく事を忘れない…。
この後、村広場の野営地に戻ったら、チアノの誘導で一人ずつお風呂に入ってもらう。
クレージュはお風呂の前と後の女の子から話を聞く…
キューチェが野営地側の荷馬車に積んでいる替えの服などを用意する…。
この全員の動きの予定を組んでいるのは、可愛いキューチェだ。
この子は可愛いだけじゃあなく、頭がいい。
パズルを組むように頭の中で全員の動きを組み立ててクレージュに提案しているのだ。
男連中が運ぶ荷物に軽量化の魔法をかけた後、アルテミシアはフローレンと一緒に遺跡を調べていた。
アルテミシアは、壁に記された古代の文字を解読していた。
「この文字をざっと見た感じ…だけど…
聖なる杯を祀った場所、みたいに書かれている感じね♪」
「聖なる…杯…を…?」
確かに、そこらの壁には杯の絵が多く描かれている。
「地図上ではこの上が湖だったでしょ♪ 天の湖、だっけ?」
「ええ。でも、本当に? こんな高地に、湖なんてあるのかな…?」
この「天まで届きそうな岩壁の上に湖がある」と言われても、なかなか信じられるものではない。
そして地図によると、この上の湖の、反対側の北の湖岸がエヴェリエ公爵領に当たる。
「エヴェリエ公爵領って、光と風と水を崇める聖地とされているでしょ♪」
エヴェリエは、その地の領主である公爵家と神官たちが統治する特別な地だ。
クレージュの店があるフルマーシュの町から、西に進んだ場所にあるのだ。
当然、フローレンもアルテミシアも何度も訪れている。
ルルメラルア王国では公爵の地位を持つ者は三名、
中でもエヴェリエ家は王家に次ぐ名家で、子息女は宮廷の衛士長だとか、女将軍だとか高い地位についているらしい。
「光と風と水…だったら、天高くにある湖、というのはありそうな感じじゃあない?」
「そうよね♪」
だが、もしそのような天の湖が本当にあるとして、公爵家や神官たちが管理しているとすれば、一般に公開はされていない、という事になる。
関係のない者が目にする機会はないだろう。
「杯って…その聖なる湖の事、って考えられない…?」
「聖なる水を支える杯…なるほどね♪」
フローレンの言いたいことは、“天の湖” を “杯の中の水”、に喩えている、という事だ。
(え…? だとしたら…この遺跡が、杯って事になるけれど…?)
第三階層のホールの奥側は、緩やかな階段になっている。
そのゆるやかな階段は、三角状に徐々に細くなり、その先に荘厳で華美な大扉が設えられていた。
「開けられる?」
「ムリね♭ かなり協力な魔法で施錠されてるわ…♭ ちょっと他では見ないレベル…♭」
フローレンも、これだけの扉が、そう簡単に開くとは考えていない。
「何か書いてあるわ…えっと…
代行者の元に…百と八の…乙女…あ、聖女かな?
…たちの…祈りを集め…この封を行う、いえ…行った…?
いえ…解除? かな…♭」
「なにそれ?」
「う~ん…♭
ここを封印する?、時に?、沢山の聖女がお祈りを捧げたとか…?
う~ん…逆かも…封印を解くのに、聖女たちの祈りが必要…?
…私でも知らない単語とかあって、よくわからないのよね…♭」
「エヴェリエ公領の神官たちの、お祈り?」
「関連はある、かもね♪」
位置的にはエヴェリエ領は、この岩山の真逆の北側にある事になる。
古代にはこちら側にも何かがあった可能性はありそうだ。
現にこの遺跡があるのだ。
「というより、この扉が、その天の湖への入り口、だとか…?」
「あ、それ、ありそう♪」
「何とかして、開かないかな…?」
フローレンは好奇心旺盛だ。
でも、魔法について詳しくないから、そう簡単に言えるのだ、とアルテミシアは思う…。
「魔法の施錠って、けっこう厄介なのよ♭
普通の錠前なら、対応する鍵の形を分析して、同じ形状のものを擬似的に作れば済むでしょ?
けれど、魔法施錠の場合、何を用いて閉じていて、何があれば開くか、その分析がまず厄介なの…♭
物理的な要素が必要な場合もあるし…それも鍵の形をしてるとは限らない、粉だったり板だったり…♭」
「板?」
「そう、板♪」
とアルテミシアは「これくらいの」って感じに、手指で四角い形を作ってみせた。
「古代にはそんな物が鍵の代わりだったのだの?」
「まあそうね。カードみたいな感じの謎のアイテムは、実は鍵って事がよくあるのよ♪
古代のカードの秘密を解いたら、金貨が振ってきた、なんてお話もあるくらい♪」
「なにそれ!」
フローレンは興味津々だ。
このへんはやはり冒険者なのだ。
「呪文だけで開く扉もあるけど、魔法学に則った単純な構成の呪文ならわりと簡単に解読できる可能性はあるけれど…♭
古代の魔法による施錠だったら、その解錠の呪文を解析するのに、多大な時間と労力を費やすわけ。
それこそ、一つの事象を一生涯かけて研究するレベルで、一つの扉を一生かけて開く、みたいな、ね♭」
「で、この扉の場合は、鍵穴もないでしょ?
だとしたら解錠に必要なのは、おそらく呪文か、特定の物あるいは人の接触、って事になるけど… それが何か、っていう分析すら、手がかりがないから困難なのよ…♭」
「それこそ、その、百と八の聖女の祈り、とか?」
「いいトコついてるわね♪」
扉の前のこの空間は、それくらいの人が入れるだけの広さは充分にある。
この扉の前の階段に、百と八人の聖なる女性が並んで、じっと祈りを捧げるような情景を思い浮かべると、意外としっくり来る…。
「でも、その聖女の定義がわからないし、そもそもこんな山の中に女性が百人も来ることが考えにくいし、そもそも何を祈ればいいかすら、今となってはわからないけどね♪ その “百八人の聖女の祈り”、が答えだとしても、ね…♭」
「ほんと、聞いてると、これを開けるのに一生を費やす可能性のあるレベルね」
「そう。一生かけても開く保証のないレベル…♭」
「横の壁をぶっ壊したほうが遥かに早いレベル?」
「いいえ… でもこのタイプの封印は…空間そのものが封鎖されている可能性があって…。だから壁を壊しても、その先には行けるとは限らないわ…♭」
「まあ、要するに、開かないわけね」
アルテミシアの長講釈を、フローレンは一言で片付けた。
「そういう事♪」
冒険者として、この扉は非常に気になるところだ。
神秘の地への到達か、あるいはかなり価値のあるお宝の匂いがする。
けど、開かないものは仕方ない。
「じゃあ、次、行こうか」
左側の通路の奥は、山賊たちの居住空間で、大した物はなかった。
さて、もう一度。
いよいよ、例のカシラの部屋だ。
確認しなければいけない事がある…。




