45.制裁と救済
とりあえず、カシラの部屋に戻った。
この連中の始末をつけなければならない。
七人の女の子を連れている。
「この子たちの着るものと、靴、あるわよね? どこ?」
カシラは強情だった。
睨みつけるだけで、何も口を開かない。
フローレンの技で切り刻まれ、身体じゅう痛みもあるだろうし、今の危機的状況は覆しようもない。
それでも強情に態度を崩さない。
落ちぶれる前は、名のある勇士だったのかもしれない。
「クツだけは燃やしたんだ」
「ハダシじゃあ、この森から逃げれないからなぁ」
横から、クモ糸に絡められた手下どもが、動かせる口だけで嘲笑っていた。
「こ、こいつら…」
フローレンは花園の剣を手に現す。
怒りの色である、橙色の幻花が燃えている…。
「コロすのは待って♪」
アルテミシアが止めた。
二人の手下は、へっ! て感じでまた嘲笑っていた。
「この人たちには…ただシなせるより、厳しい罰が必要だから♪」
アルテミシアは明るい口調でエゲツナイ事を言う。
それを耳にした手下二人の顔から、薄ら笑いが消えた…。
「賛成。容赦なく、やっちゃって」
フローレンもとりあえず、花園の剣を片付けた。
「ま、それは後で♪」
先にこの部屋を調べることにする。
他の部屋は、四人の男たちに探しに行かせていた。
山賊のカシラたちが持っていた財宝の類いは、それ程の物でもない。
カシラが金貨を何枚か持っていたくらいで、金目の物はほとんどなかった。
その中にあの村の物や、襲われた馬車の物があれば、彼女たちに返してあげるべきだ。
女の子たちにも、見て確かめてもらっている。
三人の女の子は、服がボロボロにされている。
先に囚われていた四人の衣服は、もうボロ布みたいな感じだ…。
この子たちにも、ちゃんとした服を着せてあげなければならない。
「馬車に戻れば、替えの衣類があったはずよ♪」
「でも、どうやって行く? 靴がないと歩くのも…」
この遺跡を出るまでも、石の床は冷たく、けっこうな負担だ…。
その上で土の地面、そして森を歩かなければならない…。
「で、私、思ったんだけど…
あれ、あげちゃおうか♪」
「いいの? わたしもそれ、考えてたんだけど…あげていいんだったら」
二人の共通する考え、あれ、とは、あの論理魔法装備の指輪の事だ。
こんなボロ布切れや、破られた衣服しか着ていない状態だと、今の季節、外に出ればちょっと肌寒い。
だけど指輪の守りである、“冷熱耐性” があれば、身体を冷やして体調を崩すこともないだろうし、“一点未満のダメージ無効” の効果があれば、裸足で森を歩いても何とかなりそうだ。
「でも、こんな普通の女の子にあげてしまっても良いもの…なの?」
「ええ♪ いいと思うわ♪
仲良くできそうな女性に出会ったら、あげていい、って言ってたし♪」
アルテミシアの知り合いが、言っていた、ということだろう。
「じゃあ、決まりね!」
「ええ♪
…はい、みんな♪ これ、一つずつ着けてね…♪」
アルテミシアは例の論理魔法のアクセサリ、
“ヴェルサリア女子兵装備LV1” を女の子たちに渡した。
女の子たちはその指輪の美しさに感激している。
庶民の娘が、こんな宝石つきの指輪など、めったに手にする事はないだろうから。
だけど肝心なのは、その美しさではなく、各種守りの効果のほうだ。
「はい。これで暖かくなるし、裸足でもある程度大丈夫だからね」
「そうそう、そのアクセサリ、別の物に置き換えとかできるんだけど…
とりあえず、色々なものが見えても、手を出さないようにね♪」
村に戻ったら説明が必要だろう。
アクセサリはいいとして、そこに武器までついているのは、普通の女の子にとっては、ジャマになりかねないのが難点だ…。お道具箱としては優秀だけど…。
さて…村に戻る前に、後片付けが残っている。
この山賊どもの後始末だ。
「いい? 私がヤっちゃっうけど…」
アルテミシアは、後ろにいる、七人の女の子たちに問いかけた。
七人全員が凌辱されている。
復讐したい子も多いだろう。
特に、村を滅ぼされた四人の女の子の恨みは、如何程のものだろうか…。
「いえ、ありがとうございます…私達の分まで…!」
一番年嵩な女の子、ユナが代表するようにそう言った。
そして、カシラと手下を、侮蔑するような目で見下した。
他の子たちも同じ気持ちなのは、その瞳を見ればわかる…。
アルテミシアもフローレンも、できればこの子たちの手を、復讐なんかで汚させたくはない。
その役目は、自分たちが担えばいい、と思っている。
冒険者であり、戦士である、自分たちの役割だ。
残念ながら、冒険者の自分たちは、殺すことに慣れてしまっている…。
で、フローレンには…
先程、「わたしがやる♪」と言っていたこの相方が、今からどんなムチャな事をするのか…
ほんの僅かな興味と、多大なる不安があった…
「まさか…また呪いかけるの…?」
「う~ん…そうね~…呪いはちょっと、さっきのでちょっと懲りた感じ?♪
だから、呪いがダメなら…毒♪ 毒で行くから♪」
アルテミシアは軽いノリでまた物騒な事を言いだした。
「ど、どくって…呪いと、毒って…あまり変わっていないような…」
フローレンはちょっと呆れた。
「いいえ♪ 毒は呪詛とは違うわ♪
呪詛は一般的に独立した系統で、学術魔法の分野に含まれない、
まあいわば“禁呪”みたいな扱いのなのね♪
毒は、七元素の“樹”や“鉱”に大半が属する、ちゃんとした学術魔法だから♪」
とか専門用語を持ち出して説明しているけれど、フローレンにはどこがどう違うのか、わからない…
「でもね、フローレン♪
貴女の花術も“樹”系統の秘術だし、中には毒を扱うものもあるはずよ♪」
「まあ、そうだけど…」
確かに、フローレンの知る限り、いくつも毒の術はある。
薬の術があるなら、毒の術もある。
毒と薬は表裏一体、というより用途によるだけで、同一の物という見方もある。
アルテミシアが、制裁の術を施行した…。
「貴男たちは村を滅ぼしたり、荷馬車を襲ったり…罪のない人を多く殺めた…。
この純粋な女の子たちへの酷い行いも含めて、その報いは受けるべきなのよ…#」
<<与毒接触>> ポイズン・トウチ
<<効果を指定>>
全身に麻痺、全身に苦痛、失神気絶からの回復、一日後に絶命
三人分
上記効果を相当する毒を調合中…
アルテミシアの右第二指の爪先が、怪しい緑と紫に輝く。
その指で、床に伏せて動けないカシラの頭に触れ、
続けてクモの糸で動けない手下二人の頭に順々に触れた。
三人の賊が、うめき声を上げる…。
「丸一日は苦しんで頂戴♪ 運が良ければそれで死ねるから♪」
気を失うことすら許されず、苦しみ死ぬ事になる…。
罪のない人々を殺め、女の子たちを凌辱した、当然の報いなのだ…。
今のアルテミシアは、あの神秘的な絶世の歌姫とは、まるで別人だ…。
熱狂的に彼女の歌の世界に魅せられている、店のお客さんたちに、今のアルテミシアの姿を見せたら、何というだろう…
フローレンはちょっと、そういう余計な事を想像していた…けど…
だめだ…。
「オレもアルテミシアちゃんの毒に、やられてみてぇ~~」
とか言いそうな人、多い…
本当に、考えるだけダメだった…。
…もう考えない事にしよう…。
アルテミシアは、善人に対してはとことん優しく、悪人に対しては徹底的に容赦ないなのだ。
常識感覚がちょっとズレてるのは…まあ、魔法使いは基本的にそういう変わった人が多い…。
まあそういう一面は自分にもある事を、フローレンも自覚している。
悪人を斬る事に躊躇いはない。
そういう姿を、花を買いに来てくれたお客さんに、もし見られたとしたら…、
やっぱり別人のように見える事だろう…。
ここでこの連中を始末することには、フローレンも異存はなかった。
以前は、お尋ね者を町の兵務局に連れていけば、賞金がもらえたものだ。
治安の良い頃なら、賊の数も少なく、その者たちの特徴が各所に貼り出されていた。
捕らえて引き渡したり、討伐した事を証明できたなら、良い報酬が支払われたものだ。
だけど今は、北の内乱のせいで兵務局も人手不足、そういった事に手が回らないのだ。
つまり、報酬も貰えないので、わざわざここから連れて行くような手間をかける必要はない。
その代わり、山賊の持つ財貨は、基本的にもらっていっても良い、という事になっている。
「さ、戻りましょう♪」
呻いている山賊どもを残し、女の子たちを連れて部屋を出た。
「一応、施錠しておくわ♪」
<<厳重施錠>> ストリクトリー・ロック
カシラの部屋に、魔法で厳重な鍵をかけた。
もしここの鍵を持っていても、もうその鍵では開けられない。
この子達をクレージュに任せたら、またあとで探索に来るつもりだった。
この部屋だけじゃあなく、この遺跡は少し調べてみたいところがある。
他の部屋を探しに行った四人の男たちは、役立ちそうなものを何も持ってこなかった。
山賊の下っ端の住処じゃあ、元々大したものが無いのだろうから仕方がない。
この四人は、許して開放してやっても問題ないだろう、とフローレンは考えている。
ただその前に、ひと仕事してもらわなければならない。
ここの入り口、一階部分に物資の木箱や袋が置かれている。
彼らにはそれを村の荷馬車まで運んでもらわなければならない。
「あー、あなたたち」
四人の男たちに、フローレンが命令していた。
「ここの荷物、頑張って村まで運んで頂戴」
男どもは顔を見合わせている。
けっこう重い箱や袋を、森の中を通って運べとか、けっこうムチャな命令ではあるのだ…。
でも、躊躇っていると…
「マトモに服着てない女の子に荷物運びさせる訳!?」
フローレンの強い口調に、男どもは「はい!わかりましたあ!」と、急いで荷物運びの作業に入った。
「あなた達にも分けてあげるから、頑張りなさいよ!」
「「「「了解です! アネさん!」」」」
呪いがかかっているとかいないとか、そんな事は問題ではなく、この男どもはもはや頭が上がらないのだ…。
まあでも、山賊から気質に戻ろうと、必死に頑張っている姿だとも言える…。
《軽量化》ディクリーズ・ウェイト
アルテミシアが軽量化の魔法をかける。
これで男性の力なら、何とか一人で木箱ひとつくらい持っていけそうだ。
女の子にはムリをさせない。
でも、七人とも、持てるだけの物は持とうとして頑張っていた。
遺跡の外に出た。
太陽は既に中天を越えている。
ちょっと離れた場所に、馬が一頭、繋がれているのが見えた。
先程は中のことしか頭になく、気にかけなかったけれど。
簡易な作りの柵から出してやる。
飼い主もいなくなったので、一緒につれていくべきだろう。
「馬はいいわね。クレージュが喜ぶわよ♪」
「けっこういい馬よ。軍馬、ではないみたいだけど」
あの焼け落ちる砦で手に入れた馬、おそらく軍馬、は「ローラン」と名前づけられ、クレージュが気に入ってよく乗っている。
あれほどではないけれど、この馬も大きくていい馬だ。
フローレンとアルテミシアは、重い木箱を運ぶ男たちより先に、七人の女の子をつれて村に戻った。
新しい馬も一緒だ。
森を抜け、村が見えた、ところで…
ユナ達四人が、歩みを止めた。
持っていた荷物を地に落とし、呆然と立ちつくしていた。
眼の前に広がるのは、自分たちが生まれ育った村の、燃やされ、荒らされた風景…
この子達の気持ちは、察するに余るところがある…
四人は、崩れるようにその場に膝をつき、涙を流している…
フローレンにも、アルテミシアにも、掛ける言葉が見つからない…。
ただそっと、側にいてあげる事しかできなかった…
「おーーーい!」
ユーミの声がする。
目のいいユーミには、フローレンたちが村に戻ってきたをが見えたのだろう。
「クレージュに言って、こっちに移動してもらうわ♪」
アルテミシアが広場のほうへ向かって言った。
フローレンも、それがいいだろうと思った。
運んでくる荷物のこともある。
二台の荷馬車が、村外れに移動してきた。
ちょうどお昼時で、炊きかけのお鍋ごと持って移動してきた感じだ。
ネージェとディアンが石を並べて、チアノが薪を置いて、
ミミアとメメリが、お粥の入ったお鍋を運んで、
キューチェが魔法で熾した火で、また温め直す。
そのとなりではユーミが鉄アミに乗せたお肉を焼いていた。
村にいたメンバーは、もう先に食べてしまっている。
野菜と穀物のお粥を炊いていて、いい匂いと湯気が立っている。
泣き崩れていた女の子たちも、さすがに空腹を思い出したようだった。
「七人もいるとは思わなかったわね… 三人って聞いてたから…」
クレージュの口調は、助けられてよかった、という感じだ。
人数が多いと養えないかもしれないけれど、そんな気持ちは全く見せない。
みすぼらしい格好のまま火を囲んで、それぞれ穀物の粥を受け取っている女の子たち。
かなりお腹がすいている様子だ。
囚われていてあまり良いものを食べていなかったのだろう。
実はあのアクセサリの効果“生理耐性”のお陰で、少し我慢できているのだけれど、それでもこのクレージュが作るお粥の、食をそそる匂いには抗えない。
その哀れな姿と、安心した様子を見ていると、何とか助けてあげたい、という気持ちになる。
けれど、七人全員を養うのが難しい事は、クレージュが一番良く知っている。
「私が引き寄せた…のかな?」
「ん…? ああ、七人だから?」
クレージュは七という数字に何かと縁がある女性なので、この人数も自分が引き寄せたものではないかと真剣に考えている。
「考えすぎよ」
フローレンもお粥を受け取りながら、そう笑いかけた。
女の子たちは一杯目だけを食べて、そこで動きが止まっていた。
彼女たちは、まだおなかが空いているだろう。
けれどお粥の一杯だけで、我慢しているように感じられた。
「いいのよ、遠慮しなくて」
と、クレージュは、彼女たちのお椀を取って、一人ひとりに注いで回る。
七人目の子に分けたところで、ちょうどお鍋が空になる。配分にも抜かりがない。
「いっぱいお食べなさい。まだまだ沢山作るからね」
優しいその言葉を聞いて、女の子たちは安心した様子で、新たに注がれたお粥に口をつけ始めた。
幸せそうな笑顔も見えて、本当に美味しそうに大事に食べている。
火にかかっているお鍋に、水を注いだ。
それをアルテミシアが一瞬で、煮立ったお湯に変えた。
クレージュはそこにコメを大量に注ぎ込んだ。
そのコメの量を見て、女の子たちの表情がほころんだ。
沢山作るから、沢山食べていい、と見せられたようなものだ。
コメが煮立った頃に、刻んだ野草を投入する。
この時期に食すと滋養に良いとされる、七種類の野草が刻んで入れられているのだ。
食糧事情は今でも厳しいし、より厳しくなるだろう。
けれど、なんとかする、なんとかできる、と、覚悟の中にまだ余裕が垣間見える。
この先のタムト村に着けば、この子達も、身内を見つけたりして、そこに残るかもしれない。
先のことより今はとにかく、沢山食べさせて、元気にしてあげる事だ。
女の子たちの名を聞いておいた。
一番年嵩な村の娘、しっかりした甘栗色の髪の子が、ユナ
その妹で幼い感じの子が、フィリア
その幼馴染でふわっとした銀髪の小柄な子が、ランチェ
外巻きカールな赤髪の子が、村の鍛冶屋の娘、シェーヌ
襲われた馬車に乗っていた三人、
ちょっと子犬っぽい、焦茶色のぼさぼさ髪の子が、レメッタ
長い金髪の、真面目で大人しそうな子が、マリエ
長い黒髪の、暗い雰囲気の静かな子が、ナーリヤ
七人ともまだ、乙女という年頃の娘たちだ。




