44.山賊と女子と善と悪
天を貫く岩壁の真下、
その天然の岩壁に作られたかのような、壮大な遺跡の入り口にいる…
《反応感知》センス・リアクション
「んー…うまく行かない感じ…♭
魔法が、遺跡の外壁に阻害されちゃう感じなのよね…」
いつものように感知魔法を用いるアルテミシアが、珍しく不調を訴えた。
遺跡内の生命反応を窺おうとしたのだけど、上手く行かない…
「だいじょうぶ? 疲れてる? 半月を越えたから…?」
フローレンが気にするのは、空の月のことだ。
月兎族のアルテミシアは、月が満月に近づくと、能力が強くなる。
それは逆もまた真で、新月に近づくに連れ、ちょうど下り調子になっていくのだ…。
「いいえ、そっちじゃないの。
お月様も、だいたい三日月まではあまり影響ないしね♪
それより、この遺跡…何か魔法的な力が強いみたい…
この壁、かしら…? 魔法がかかっているみたいな感じ…♭」
アルテミシアの使う感知魔法は一般的に、生命反応の数や大きさや距離を調べるのに使用する。
だけどこの魔法は、魔法の影響力も感知されてしまうのだ。
そしてこの遺跡は魔法的な力が強い。
なので、今、アルテミシアの感知魔法に返ってくる反応は…
「あちこちが光る」感じだ。
「じゃあ、仕方ないわね」
調べられないものは仕方ない。
入ろうか、とフローレンは指し示し、アルテミシアもそれに頷いた。
その入口の通路は短いトンネルになっていた。
天井が高く、横幅も人が三人は並んで歩ける。
すぐに抜けたその先は、神殿か何かを思わせるような、壮大な作りの空間が広がっていた…。
今いるそのエントランス部分は横に長い空間、
正面の壁は背丈三つ四つ分ほど高くなっていた。
細長い部屋、といった感じでで、木箱や袋が雑に並べられ散らかっている。
持って上がるのが面倒な物資を、ここに置きっぱなしているのだろう。
二階層に上がる階段は、ここから左右の端にある。
そして二階層から三階層へ、また同じように階段を上がっていく造りになっている。
元山賊の男たちが、先導するように端の階段を上っていく。
階段を二度上りきったその三階層目は、広いホールになっていた。
神殿を思わせるような、おごそかな作りの、広い空間だ。
そして、かなり明るい。
かなり高い位置にある天井から、やわらかな光が投げかけられているのだ。
「ヴェルサリア時代の…永久照明ね…♪」
よく見ると、天井が一定の間隔を置いて光っているのが見える。
光石とも異なる。古代の魔法技術の産物である。
その魔法の照明が至るところに、おそらくこの天井全体に付けられている…。
「すごいわね…これほどの遺跡は…」
「ええ、めったに無いわね♪」
上級の女冒険者たちの会話に、元山賊の男どもは「そうなのかー」と、滅多にないような場所で生活していた事に軽い驚きを感じていそうだ。
だだっ広いホール。
その正面側はその広さのまま、緩やかな登り階段になっている。
ざっと見て五十段ほど、上がるにつれて徐々に狭まり、その先には扉のようなものが見える。
「こっちでさあ」
ホールの端から左右に通路がある。
元山賊が先導するのは、左側の通路だ。
壁には古代の装飾が刻まれている。
特に「杯」のような模様が多く描かれていた。
「ここって…何の遺跡…?」
「さあ…♭」
冒険者としては気になる所だ。とても、気になるところだ…。
けれど今は、山賊のカシラを片付け、拐われた女の子たちを助けるのが先だ。
横通路がある。
そちらにも扉が見えた。
そちらには向かわず、まっすぐに通路の一番奥の部屋へ進んでいる。
「カシラの部屋でさあ」
元山賊の男が扉を叩いた。
中からよく響く声の返事が返ってくる。
カシラの声だろう。
扉を開いた。
元仲間だった男どもを先に入らせる。
部屋の手前のテーブルに、酒を片手に男が二人座っていた。
そして、向こうにある大きな長椅子…そこにもう一人、デカい男が座っている…
あれがカシラだろう。
そして…そのカシラの周りには…
何も着ていない女の子が、三人…ぐったりとしていた…
酷い事をされた事後なのかもしれない。
眠っているわけではなく、気力を失っている感じだ。
少し顔を上げたり、目をこちらに向けて、様子を窺っている。
二人の手下が立ち上がり、こっちに来た。
「ん…? 何だ…オマエらか…? 他のやつはどうした…って、おい!
えらいキレーな女連れてきたなあ、おい!」
「おお! たまんねえ、ぉっぱいしてんな! おい!
今からオレと、いいコトしようぜ、おい!」
フローレンは、思わずため息が出る…。
手下Aと手下Bが、また鬱陶しい事を言っている…。
こういう男が嫌いなのだ。大嫌いなのだ…。
だけれどその目はしっかりと、相手を観察している…。
足の運び、目線、位置取り、雰囲気…そのわずかな動作から実力を読む…
フローレンは何故か、相手の能力を読む能力に長けていた。
そして、これまで読み違えた事は、一度もない。
(この二人、おそらく、どこかの兵士崩れね…)
正規の訓練を受けた者の動きと見た。
少しは腕は立つ…けど、気にする程じゃあない。
この位置からなら、不意を付けばすぐに斬り捨てる事も難しくない。
でもまだ軽率には動かない。
まずは女の子たちの安全を確保する事だ。
その下衆い事を言っている二人を無視し、フローレンは長椅子のほうに目を遣った。
カシラの能力を測るために、目と六感を研ぎ澄まし、相手の僅かな情報も見逃さない…。
その体格のいいカシラは、寝そべっている女の子の胸やお尻に乗せた手を上げ、股に乗せている子の顔を上げさせた。
「よく来たな…歓迎するぜ…」
それほど野蛮な感じはない男だ。手下どもよりも毅然としている。
カシラはゆっくりと穿き物を身に着け、立ち上がった。
今、下は穿いたけど、上はもともと革製の鎧を着たままだ。
そして、こちらに歩を進めた後、意外な事を口走った。
「お? 何だオマエら? 呪われてんなぁ」
この発言には、ちょっと驚いた。
こちらの動揺を見透かしたかのように、カシラは壁際まで歩いた。
その動きには、余裕があり、隙がない。
立てかけてある、大振りな薙刀をすぐに掴める体勢だ。
「いいか、ネーチャンたち…
ここは、聖なる遺跡な訳だ…」
こいつも兵士崩れだ。
しかも、かなりの腕がある。
あの焼け落ちる砦で戦った、あの細身の剣士と、同じくらいか…。
通常なら、勝てる…だろう。
だけど…
呪いを見破った目、動じない雰囲気…
この状況だと逆に、こちらが少し気圧されるような感じになっている…。
身を起こしていた女の子たちが、その合間を見るように、こちらに走ってきた。
着る暇もなく、側にあった布切れや敗れた衣服を抱えて…。
元山賊の四人が、三人の女の子を庇って、保護するような形になった。
「この聖なる場所をよぉ…呪いなんかで汚しちゃぁ…」
カシラがこちらに手を掲げる…
「…いけない訳だぁ!」
その指から、青い光が放たれた。
正確にはその中指にあった、青い宝石の指輪から、だ。
こちら側の四人の男たちが、青い宝石の光を受ける…
その光の当たる先は…
首元だ。
四人のその首から“枷”が砕けるようにして消えた。
(えっ!? ウソ…?♭♭♭)
「テメーらぁ! 女どもを、押さえろぉ!」
カシラが間一髪入れず、声を荒らげて怒鳴った。
その鋭い目と響く声は、元山賊の四人に向けられている。
その男たちも、いつの間にか武器を手にしていた。
呪いを解かれた。
呪いが解除される事は想定していなかった。
アルテミシアは動揺していた。
囲まれている。そして、女の子たちを、人質に取られている…。
「さあ、形成逆転だな? どうする、ネーチャンたち…?」
歯向かえば、女の子たちを…という状況だ…。
このカシラと、二人と、四人、倒すことは難しくない。
ただし…
(この子たちの命を顧みなければ…だけど♭)
でも、こういう状況は今までにもあった。
そう、つい最近にも…
(だけど…待って…人質ごと、まとめて固めてしまえば…♭)
対人拘束の魔法だ。
唱える…
いや、その前に…
動いた。
その四人の男たちが。
女の子たちに武器を当てるのではなく、彼女たちを庇って後ろに隠れさせた。
「誰が、テメェになんか従うかよ!」
「無理やり仲間に入れやがって!」
「この子たちにも、ひでぇ事しやがって!」
「オレたちゃもう、悪ぃ事すんの、イヤなんだよ!」
呪いで拘束しなくても、関係なかった。
この男たちは、真っ当になりたかったのだ。
「「「「姉さん! やっちゃってくだせぇ!」」」」
アルテミシアはちょっと焦っていた。
だけど、フローレンはこの一連の経過について、最初から落ち着き払っていた。
彼らの善性を疑っていなかったのだ。
「くっ…!」
カシラが薙刀を構える。
その立ち居には歴戦の様相がある。
離れて立っている手下二人も、剣を抜いていた。
こいつらも、間違いなくどこかの兵士崩れだ。
その構えだけで、並みの山賊以上の腕はあるのは見て取れた。
何となく、その連携を感じる。
山賊になる前から、隊長とその部下の兵士という感じなのだろう。
カシラがフローレンと向かい合い、その手下は剣を構えながら、アルテミシアのほうに駆けてくる。
しかし、二人の手下が走り寄るより早く、アルテミシアの魔法が完成した。
<<蜘蛛糸召喚>> スパイダー・スレッド
<<召喚される蜘蛛糸の形状を指定>>
→蜘蛛の巣の網状に作成、粘液あり
その手から呼び出されたクモの糸、
クモの巣のような網状に広がり、手下二人を包み込む。
粘着性のある蜘蛛糸に絡まれた二人の手下は、抜け出そうと必死だった。
けれど、もがけばもがくほど糸が絡み、抜け出すどころか、動くことすらままなくなるのだ。
フローレンがカシラと斬り結ぶ。
薙刀の振り下ろしを躱す。
フローレンは武器の長さの差の、間合いの不利を物ともしていない。
躱しながら、身体を回転させ、一気に距離をつめる。
回った勢いで、一気に花園の剣を突き出す。
カシラはその一撃を下がって回避した。
しかし、紙一重、といったところだ。
「痛ぇ!」
カシラは後ろにあった柱で背を打ち、机で脚を打った。
その隙を見せたカシラに、その次はなかった。
アルテミシアの手から再び、蜘蛛の糸が放たれる。
カシラはそれを咄嗟に出した薙刀で受けた。
防御した、つもりだったのだろう…。
でも、アルテミシアが狙って絡め取ったのは、その薙刀だった。
長柄の得物が、そこいらの机や、柱、それらと一緒に絡まっている。
「何、だ、この…!」
カシラは薙刀を振って、糸を引きちぎろうとした。
だが、糸は絡まる一方だ。
蜘蛛の糸は一般に鋼鉄よりも強度が上とされる事を、この男は知る由もない…。
《雷斬・菖蒲八橋》 ブルーアイリス・ライトニング
花園の剣が青く輝く。
咲いた幻花は、菖蒲の花…
その青い花の幻に包まれたカシラの身体を、雷撃を帯びた、稲妻状の斬り下ろしが走った。
右腕を斬った。手を離れた大ぶりな薙刀が、糸に支えられ柱にもたれる。
右脚を斬った。それでもカシラは踏ん張り立っている。
「終わりよ!」
もう一撃、八折の形の稲妻斬りが走る。
今度は左の腕と脚に青い稲妻が走り、カシラは体勢を崩す。
そして大音を立て、地面に倒れこんだ。
やや大物そうに見えたこの男も、アルテミシアの援護を受けたフローレンの相手を務めるには全くの役不足だった。
「二人がかりだと簡単ね」
「そうね♪」
蜘蛛の糸に絡まれ、身動き一つできなくなった手下二人に、
四肢を斬りつけられ、倒れて動けなくなったカシラ…。
三人の女の子は無事だった。
戦闘の間、元山賊だった四人の男たちが、前に出て庇うようにしていた。
「貴男たち、ごめんね♪」
彼らは呪詛魔法があってもなくても、逃げる事も裏切ることもしなかった、という事だ。
「そうよ。呪いなんて掛けちゃって…」
フローレンにはわかっていたのだろう。この男たちの善性が。
「でも、その呪いって、本当にかかってた?」
「かかってたわよ♭ …たぶん」
…アルテミシアは、ちょっと自信がない。
不慣れな術だったのはたしかだ。
アルテミシアは、倒れているカシラに歩み寄った。
カシラは、かろうじて動く顔だけを向け、うらめしそうに睨み見上げてくる。
アルテミシアは意にも介さず、その動かなくなった手から、青い宝石の指輪を取り上げた。
「解呪の力があるみたいね…これをどこで…って、
あ、この紋章、いっぱい見るわね♪」
指輪には、この遺跡の壁に無数に描かれる、“杯”の記号が刻まれていた。
「あなたには、呪いなんて魔法、似合わない、って事よ」
「…かもね♪」
たまたま、解呪の指輪なんてものを持つ相手に遭った。
そういう巡り合わせだった事は、何となく嫌な気分を引きずるものだ…。
「この呪詛魔法はしばらく封印ね♪」
この指輪は杯の紋章からして、この遺跡にあった物だろう。
このカシラがどうしてこの指輪の使い方を知っていたかは不思議だけど、あり得ないことじゃあない。
アルテミシアは、反応感知の魔法で見つけた、この部屋にあった魔法の品をいくつか回収した。
全部この遺跡の内部で見つけたもののようだ。
その造りに共通性が見られる。
「これは多少は価値があるかも、ね♪」
ヴェルサリア時代に作られた魔法の道具のたぐいは、下手な財宝よりも価値がつく可能性がある。
あとでゆっくり鑑定してみる必要がありそうだ。
三人の女の子に、とりあえず服を着せる。
ボロボロにされているけれど、一応は身体を隠せている。
ただ靴がなく裸足なのが困ったところだ…。
森の中を歩いて村まで帰る必要があるからだ…。
「どうしよ…替えの靴なんて、あったかな…?」
フローレンの“中”に履いている靴をあげるにも、一足しかない。
一人ずつ交代で行って戻るを繰り返すしかない…。
「あの…姉さんがた…」
「ん? どこかに靴があるか、知ってるの?」
「いや、そうじゃなくて…その…」
元山賊の男たちは、また驚くような事を口走る。
「まだいるんですわ…」
「そうです、捕まってる女の子たちが…」
「「えっ!?」」
「三人だけ、って言ってたわよね!?」
「あ、いえ…副長が言ってたのは、この三人は昨日捕らえたって事で…」
「他にもいるんです…」
「ああ、オレ達が来るずっと前から…」
「多分、あの焼かれた村の子たちです…」
通路途中の横道、その先の部屋の扉を開く。
施錠されていたけれど、カシラの部屋の机の上にあった鍵で開いた。
部屋は薄暗い…。
この部屋だけは古代の照明魔法が働いていないのだろうか…。
その暗がりの中、女の子たちが床に縮こまっていた。
身を寄せ合ってすっかり怯えている様子だった。
「だいじょうぶ…? 助けに来たわよ…!」
フローレンの呼びかけに、女の子たちが沈んでいた顔を上げた。
歳は全員、フローレンより少し下くらいか。
一人だけ同じくらいの歳の子がいる。
その子はただ一人、他の子たちを庇うように前にいて、力強い瞳でじっとこちらを見てつめいる。
その年嵩の子からは、年下の子たちを守ろうという、強い意思が感じられた。
「ユナさ~ん…!」
フローレンの後ろにいた三人の女の子たちが駆け寄った。
その四人の子たちと、七人合わせて抱き合うようになった。
このユナという年長の子は、昨日囚われたばかりのこの三人にも、きっと優しく接していたのだろう。
フローレンは、その、ユナと呼ばれた年嵩の子に手を差し伸べた。
「安心して。みんな、帰れるから」
その強い瞳の子、ユナは、しっかりとフローレンの手を握りしめた。
女の子たちは衣服の残骸と呼べるよな、粗末な布切れを纏っているだけだった。
女の子たちは山賊どもに酷い目に合わされていたけれど、
この四人の男たちの中で、酷い事をした者はいなかった。
いたとしたら、アルテミシアの“呪い”じゃなく、フローレンが自ら制裁していたところだ…。




