42.七を引き寄せる女
アルテミシアの泥濘化の魔法で、山賊の半数が足止めされた。
これで荷馬車の女の子たちに向かってくる山賊は、とりあえずは七人。
だけど、その中央にいる隻眼長身の男と、その横にいる髪を逆立たせた派手な出で立ちの男、この二人は割と腕が立つ感じがした。
クレージュが前に進み出る。
一番強そうな隻眼男と向かい合った。
その男は、穂先の両側が斧と鈎になった長槍を構えている。
矛槍とよばれる、主に兵士が使う、熟練を要する武器のはずだ。
対するクレージュの剣は一見、普通の長剣に見える。
七種の宝石で彩られた、装飾が華美な剣ではある。
その刀身が僅かに虹色に輝くのは、流星鋼を含む鋼鉄だからだ。
その目立つトサカ頭の派手な山賊と向き合ったのは、チアノだ。
帽子からこぼれる、流れる水のような長い髪を美しくなびかせている。
その派手男が、これまた派手に湾曲した曲刀を、大げさなくらい派手に振り回しはじめた。
自分の相手が下半身部防備な髪のキレイな女の子だと見て、狂喜して、変な笑い声を上げている…。
対するチアノは兵士時代からの得意武器の、やや小振りな片刃の舶刀を構える。
腰から下はおしり半出し脚丸見せの色っぽい姿だけど、元兵士だけあって構えに隙がない。
イカれてるっぽい相手と対するのが、ちょっとイヤみたいだけど…。
他の女の子たちは、ひとりにひとりと向き合う形になる。
初めての実戦を迎える三人をはじめ、流石に緊張気味に構えている…。
「大丈夫よ。援護はまかせて♪」
アルテミシアが女の子たちに声援と魔法を送った。
さらに向かってくる敵が、突然そこで倒れた。
泥濘のさらに後ろでだ。
クレージュは軽々と剣を舞う。
長柄武器である相手の矛槍のほうが、当然だが間合いが長い。
だけれど、全く怯む事はない。大振りの後の隙をついて、距離をつめる。
打ち合って、また離れ、そして襲ってくる矛槍の薙ぎを、払いを、また剣で軽く受け流す。
この隻眼の猛者は、どこかの国の兵士崩れのような印象だった。
この子たちでは敵わないだろう。
以前フローレンが山賊の砦で手練に出会ったと言っていた。
そういう手合が山賊の中にたまに紛れ込んでいるのだろう。
クレージュはそんな事を思い出しつつ、続けて迫る鋭い突きを、華麗に片足立ちの姿勢で受け止める。
だとしても、この男程度だったら、自分と戦うには、全く役不足だ。
横に大きく切れ込みの入った異国のドレスから生の脚をのぞかせながら、
軽やかに、受けて、止めて、流すこと、七回。
そこで宙返りながら後ろに跳んだ。
相手との間合いを開いて、着地。
ドレスに押し込まれた豊満すぎる胸が、大きく縦揺れに躍動した。
隻眼の猛者はそこに突きかかろうと、槍を構えて突進してきた。
一度も攻撃を仕掛けてこれない女剣士を、甘く見たような感じだ。
「そこまでよ」
片足を曲げて腰まで上げた姿勢のクレージュ、
その剣は頭上に構えている。
隻眼の猛者は、気づいていなかった。
あるいは片目であるから、よく認識できなかったのか…。
先程攻撃を受け流した場所に、受け流した時の剣の残像が残っている事に…
全部で七つ。虹色に輝く刃の幻影が。
「終わりにしましょう」
クレージュは、頭上の剣を、円軌道を描くように動かし、前に突き出した。
《虹刃柒支斬》 プリズミック・セブンブランチ
虹色に輝く七つの幻刃が、迫りくる隻眼の猛者に一斉に襲いかかった。
気づいた時には手遅れだ。
突進姿勢の男に、躱す術はない。受ける術もだ。
「ぐわぁぁぁ!」
隻眼男は虹光の刃に切り刻まれる…。
大きく斬られた身体の七ヶ所から大量の血を吹き上げ…
そして地に伏せ倒れた…。
今は半ば引退してるけれど、クレージュも敏腕の冒険者だ。
そこそこ強い程度の男など、相手にもならない。
だが、技の後の隙と見たのか、そこに三人の賊が襲いかかった。
その後ろにも四人が続いてくる。合わせて“七”人…
やっと泥濘を抜けてきた連中だ。
クレージュは、ドレスを翻しながら、脚を舞わせる。
先頭の一人をそのまま蹴り倒し、身体を回して二人目を蹴り飛ばす。
高く上げたかかとを、三人目の賊の頭上に落とす。
脳天にカカトの直撃を食らい、変な悲鳴を上げ倒れる賊。
最後に見た光景が美女のドレスの中、というだけ他の賊どもに比べシアワセかもしれない…
クレージュは、“7”という数字に、異常なほど縁のある女性だ。
そして彼女の技にはすべて、“七”に絡む要素が含まれている。
そして彼女には“七”という数字が引き寄せられてくるのだ…。
でも七人の賊が襲ってくるのは…
(面倒ね…)
と思いつつも、他の子のところに行かせる訳にはいかない。
他の子たちが善戦しているのは、戦いながら確認している。
今の感じでは、同数を維持できれば、こちらの女の子のほうが強いのだ。
だから…
「行かせない…!」
剣を構え直した。
男どもが一瞬ひるんで立ち止まった。
残りの山賊たちは、この異常な胸の大きさと、異常にな強さの女性に気で押されている…。
手早く片付けないと、もっと面倒な事になる。
またこちらに増援が来ている。蹴り飛ばした者も、立ち上がってくる。
「仕方ないわね…」
クレージュは剣を眼前、横一直線に構えると、左の指二本で七度、刀身に触れた。
《昴宿・光孔弾》 プレイアデス・ブライトホール
星天百八星座の第六十二番、その七つ星の光が剣に宿り、それが眩い光弾と化す…。
七つの光が、迫りくる七人の賊に向かって放たれた…。
その後ろ、荷馬車の方では、女の子たちが一人で一体の敵と向かい合っていた。
ネージェは、素早さを生かした戦いをする。
武器は細身の剣を選んでいた。
体格差をもって迫ってくる敵を身軽に対処し、素早さで先手を取る感じだ。
タンクトップに包まれた胸と、腰のベルトとを揺らしながら、機敏に軽快に立ち回る。
敵の攻撃は、躱し、避け、その隙を見て、一気に鋭い突きを入れる。
ディアンは、女の子にしては力が強い。
片手・両手、両用の、大振りな片手半剣を使っている。
大柄な山賊の攻撃を受け、止める。魔法武器自体の性能も上乗せされ、屈強な男にも力負けしていない。
タイトなショートパンツに包まれたおしりを振るわせながら、力強く攻撃を受け、構えている。
そして競り合いから相手をつき飛ばし、体勢の崩れたところに重たい一撃を食らわせた。
この二人はまだ余裕があった。
倒した後は、すぐ次の敵を受け持てるだけの力量がある。
時々、後方から迫る敵が、いきなり吹っ飛んだり、いきなり倒れたりしている。
アルテミシアが魔法で援護しているのだ、とみんな理解していた。
敵の数のほうが多くなって、味方が不利な状況を作らないように、強弱の魔法を使い分けながら、的確に支援している。
クレージュならはザコ複数を受けられるけれど、他の子たちでは一対一でないと難しそうだからだ。
チアノは派手な山賊と斬り結んでいる。
髪型も服装も派手なイカレ気味なこの男は、曲刀の使い手で、意外と腕が立つ。
だが、相手の男からしても、この流れ髪の美しい下半身無防備な女戦士は意外な強さだ、と感じている事だろう…。
チアノの舶刀よりも、敵の曲刀のほうが僅かに長い。
間合い負けのせいで、何回も斬りつけられている。
それでも防護のお陰で、すべて軽傷で住んでいる。
出血もほんの僅かだ。
逆にチアノが与えたのは、たったの二撃のみだ。
相手が着ている、金属補強の鎧を貫けない事もある。
それでもその二回の斬りが効いている。
派手男の腕と脚からは絶えず血が吹き、あきらかに動きが落ちてきていた。
実力は伯仲、魔法装備性能込みで、の話だ。
だがやはり戦い続けていると、守りのアクセサリと守りの魔法の効果で、その差がでてきた。
振りの鈍くなった曲刀を躱す。
チアノはそこに、激しく動いてボディスーツが完全に食込んだ下半身のむき出しの長い脚を華麗に回し、容赦ない蹴りを食らわせた。
続けて、開いている左の手を伸ばす。その手から激しく多量の水が吹き出した。
簡単な水術だ。何のダメージも与えてはいないだろう。
ただ水をぶっかけただけだ。
だけど、その派手な男は顔面にかかる水飛沫で、一瞬視界を失った。
戦いの中では、その一瞬が命取りだ。
派手男が、血を吹いて倒れた。
チアノの舶刀の一刀は、怯んだ派手男の首の急所を斬っていた。
この頭が少しイカれてそうな男は、水に濡れて派手な髪が萎びたようになりながら、髪の美しい美女に斬られた事を、どこか嬉しそうな表情を見せ、そのままくたばってゆく…。
坂の下側では…
ユーミは最初から、敵の一番集まっている場所へ飛び込んでいった。
金剛鉱の巨大な斧を手に、暴れまわっている。
小柄なユーミが軽々と、身の丈の倍もある金剛の大斧を振るたびに、激しい風が巻き起こる。
辺りの木の葉はもちろん、小石まで舞い上げるその風圧ですら、並の人間には驚異だ。
賊が次々に吹き飛ばされる光景が生まれていた。それでも斧の直撃を受けていないだけ幸いだ。
直撃だと確実に身体が二つになるが、飛ばされれば当たりどころ次第では命があるだろう。
…今のところは全員動かなくなっているけれど…
フローレンもユーミとは逆側で無双状態だ。
ただ、ユーミはただ暴れ回っているだけだが、フローレンはここの戦いを手取り早く片付けたい。
荷馬車の方の、女の子たちの戦いが気になるのだ。
花の技で、まとめて斬る…
「繚乱、連なり咲き誇れ…」
《栄光の朝》 モーニング・グローリー
召喚された朝顔の幻花…
咲き始める…それぞれの賊の位置に居並ぶように…
その花の蔓を辿るように、青や紫の同じ花を咲かせた花園の剣が、居並ぶ山賊たちを蹂躙する。
(あなた達にはもう、朝は来ないけどね…)
朝顔の幻花が消える頃には、そこに居並んだ賊全員が、成す術なく崩れ地に伏している。
前面の賊を手っ取り早く一掃したフローレンは、残る敵を蹴散らしつつ、坂を駆け上がる。
まだ何人もの敵が立ち向かってくる。
(もう…邪魔ねえ…)
はやく女の子たちの救援に回りたい…のだけど…
だが、戦いながらでも、あちらの様子は窺い知る事はできた。
あちら側では、クレージュとチアノが、それぞれ強敵を片付けていた。
ネージェとディアンも、一対一でも優位に立ち回っている。
そして、三人娘が、同数の賊を相手に優位に立ち回っているのが見えた。
ちょうど、目の前の敵が一人、倒されるのが見えた。
(あれ? 意外とやるじゃない)
一人で一人に対するのではなく、三人で合わせてバラバラの三人に対している形だ。
それをおそらく、アルテミシアが魔法で援護している。
ミミアもメメリもキューチェも、訓練で教えた通りの武器の振りで賊を焦らせ、逆に追い返しているのだ。
三人で、二人に減った敵に対している。
ミミアが戦鎚を振ったあとの隙を、メメリが槍でカバーして牽制し、キューチェが鋸剣を構えつつ、もう一人からの攻撃に備えている、連携の形ができていた。
今度はキューチェが攻撃を受け止めた敵を、メメリが横から槍をいれ、それを躱した場所にいたミミアが思いっきり戦鎚で殴ってふっとばした。
敵が一人になった。
だけど減ったところに、また二人が加わり、また三対三の形になる。
三人娘の表情に余裕はない…
まだ不慣れなこの子たちには、連戦は厳しいようだ。
「はい、お疲れ様」
その三人が対していた賊たちが、崩れて倒れた。
いつの間にか駆けつけたフローレンに、背後から斬り捨てられている。
すでに大勢は決した。
賊はほぼ壊滅状態だ。
女子たちは無傷か、ごく僅かな軽傷だけだ。
残った山賊が三人、まとめて逃げ出そうとしている。
最初からあまりやる気のなかった山賊が何人かいた。こいつらがそうだ。
「アルテミシア!」
「わかってる! さっき、女の子三人捕まえた、って言ってたわよね♯」
山賊の隠れ家を聞き出さなければならない。
そして、拐われた女の子たちを救い出さなければならない。
<<地面泥濘化>> アース・マッドライズ
アルテミシアお得意の魔法だ。
賊の足元が泥となって、山賊が三人とも、足を取られ倒れ込んだ。
「はい、逃げちゃダメよ♪」
降伏した三人が手を上げる。
おまけにユーミが気を失っている賊を一人、引きずってきた。
まだ戦いは終わらない…
この四人に隠れ家の場所を聞き、捕まったらしい三人の女の子を救出しなければ…




