3.女兵隊と海賊討伐(後)
村の至る所で、海賊が投降し縛り上げられている。
これで掃討作成は終わったようだった。
フローレンとアルテミシアにとっては、普段の冒険と比べても張り合いのない戦いだった。
あとは捕縛した賊への尋問などが行われるのであろうが、それはメルクリウ達ショコール兵士たちの仕事だ。
廃村の中の広場。そう呼べそうな開けた場所に、戦いを終えた女兵士たちが集まってきている。その広場の一角が仮設の本営、つまり将軍であるメルクリウの指揮所になっていて、そこから兵士たちに指示出ししている。
別の一角では捕らえた賊が連れてこられ、尋問が行われている様子だ。
広場の中央には、押収された物資が次々に集められてきていた。
尋問の終わった海賊に荷を運ばせている。その賊共は手足だけではなく、首に水が絡みついたようになっている。逆らったら、手足のみならず、首まで締め付けられるのだろう。
次々に運び込まれてくる物資は食料や交易品などだろうか、かなりの量になりそうだった。
フローレンとアルテミシアは、その広場から少し離れた場所へ向かった。
そこには負傷者が集められている。その治療を手伝うためだ。
このふたりは、負傷などとは無縁だ。
フローレンの花びら鎧も、アルテミシアの月光ボディスーツも、高性能の論理魔法装備なので、守りは全身に及び、しかも通常の脆弱な打撃などは全く通る事はない。しかも今回は、そもそも両名とも攻撃を受けてすらいない。
負傷した女兵士たちが、兜や胸当てを脱いで手当を行っている。軽傷でも身体に傷を受け、紺色のボディスーツを胸やお腹の下まで下げている子もいる。
矢傷、切り傷、火傷、こんな程度の戦いでも、そして最低限とは言え論理魔法装備を身に着けているのだが、それでも傷を負った兵は意外と多い。だがそれは、彼女たちが勇敢な兵士である証左であるのかもしれない。
傷を治す水術が使える兵士が数名いるようで、薬効のある光る水を発生させ、膏薬のように傷口に塗ってやっている。だが術が使える兵の数が少なく、治療を待っている子は大勢いた。傷の浅い子は布を巻く程度の処置しか受けられていない。
「手伝いましょう。癒しが追いついていないわ♭」
アルテミシアは割りと高度な治療魔法も習得している。
「そうね、傷が残るのはよくないわ。女の子だからね!」
フローレンも軽い傷ならば治すのは得意だ。
「見せてみて」
フローレンは、胸に目立つ傷を負った女兵士を診てやった。
紺のボディスーツ半脱ぎで、手で隠したふくよかな胸の上部に、小さいが深そうな傷がある。ちょうど胸当て鎧の開いてる真ん中の部分だ。
論理魔法装備のおかげか傷は浅いが、このままでは確実に傷が残るだろう。この女兵士は傷のせいで気持ちを落としている感じだ。
それを今から治す。気持ちも一緒に治してあげられるだろう。
フローレンの扱う術は、花術という。
七元素のうち“樹”の系統に包括されるであろう、花の力を召喚し、効果を呼び出す術だ。
花妖精の血を強く引くフローレンにとって、花術との相性は最高に良い。
フローレンはこの花術を剣技に乗せる攻撃を得意としているけれど、剣技とは関係なく魔法のように使用する術もいくつも習得していて、治療の術もそのうちのひとつだ。
《緑花・治療薬術》
召喚された緑色の花。正しくは花ではなく薬草の類なのだろう。
フローレンはその緑の花を、腕で押さえ隠しているふくらんだ胸上部の傷口に押し当てた。
目を閉じ、祈りを捧げるように、緑花の持つ癒やしの力を開放する。
やさしい花の癒やしは、負傷した女兵士の身体に伝わり、少しするとその子の傷は、跡形もなく消え失せていた。
「わあ…! ありがとうございますー!!!」
傷を残らない事をこの上なく喜んでいる。兵士とは言え、やはり年頃の女の子なのだ。
それを見ていた他の女兵士たちが集まってきた。
「すごい!」
「とてもお強いのに、怪我もきれいに直せるなんて…」
「尊敬しちゃいます! お姉様ぁ!」
「私も治してください! お願いします!」
「「「私もぉ!」」」
フローレンは気恥ずかしそうに、ちょっと困惑したような感じでいる。
「はい、一人ずつよ! 残りそうな傷の子から順に、ちゃんと並んで頂戴。順番によ。あと、治った子はちゃんとメルのお仕事手伝いなさいよ!」
そこに軽傷の女兵士たちの行列ができてた。
「あと…、ちょっと待ってて…」
同じ花の術は立て続けには使えない、なぜかそういう制約があるのだ。花の術以外にも、召喚系の魔法には、こういう事がよくあるらしい。
だから治療一回ごとに、少しの休憩をはさむことになる…。
ここにいる全員を治してあげるには、かなり時間がかかりそうだった。
傷の小さい子にはフローレンの治療術で十分だ。
なのでアルテミシアは、大きな傷を負った子を診ていた。
ひとり、重傷を負った子が治療を受けているのを見つけた。
紺のボディスーツをほぼ全脱ぎにして、露出した横腹部に大きな斬り傷がある。
美しい深い青色の髪にまで血が飛んでいる。
目を閉じ、苦しそうに荒い呼吸をしていた。
横について治療している子も水術使いだけど、治しきれずに焦っている様子だ。
「ちょっと重傷ね…♭ 任せて#」
ここは歌姫ではなく、魔女アルテミシアの出番だった。
《傷治療・月糸縫合》キュアウーンズ☆ムーンライトスレッド
月色の魔法陣が描かれ、そこから輝く魔法文字が収束し、月色の針と化した。
月の針には輝く細い糸がついて現れる。
その針と糸が自動で傷口を縫合してゆく。
針が入っても表情は変わらない、縫う時の痛みは全くない様子だ。
月の針糸は傷を縫うだけでない。女の子の身体の魔奈循環を有効に利用し、彼女の身体の修復能力を瞬間的に何十倍にも引き上げているのだ。
縫合終了。月色に輝く縫い糸は一際強く輝いた後、その女兵士の傷はかき消すように消えていた。
その女兵士は、安らかに寝息を立て始めている。
「ちょっと眠らせてあげて♪ 私はあっちを見てくるから」
アルテミシアは海岸のほうに戻った。さらに重傷の子が一人いるらしい、という話が耳に入ったのだ。
最初の石塀の下の日陰に当たる位置に、矢を受けた子が何人か運ばれてきていた。
脚に矢を受けて動けない子が二名、あと肩を貫かれている子が他の兵士の治療を受けている。そちらは後回しでも大丈夫そうだ。
問題の重傷の女兵士は岩壁の陰に寝かされていた。この子も腹部を負傷している。矢が深く刺さっているのだ。
胸当て鎧では覆い切れない腹部が弱点となるのは仕方がない。
そして最低限の論理魔法装備程度では、当たりどころが悪ければ当然刺さる。
そのボディスーツも治療のため切り破られ、裸の腹部に刺さった矢の傷口からは血が流れ出している。
この重傷を負った、薄青の長い髪の子には見覚えがある。
親しい友達なのだろう、横に付いている青緑の髪の女兵士が不安そうに涙まで浮かべている。
この子達は、船で会った仲良しの二人連れの子たちだった。
「大丈夫よ、私に任せて♯」
息も絶え絶えな負傷兵の傷を確認する。
内蔵に損傷を受けている可能性が高く、抜くに抜けず手の施しようが無い感じだ。
それは、通常ならば、だ。
「まだ抜かないで。私がいい、って言うまで待ってね#」
表面だけでなく、内部を治し、外も縫わなければならない。
少し手がかかりそうだ。この傷は深い。道具を使うほうが確実、とアルテミシアは判断した。
亜空間バッグから治療薬を取り出した。アルテミシアの持つ、姿なき魔法の荷物入れだ。周囲からは、突然手のひらの上に現れたように見えただろう。
さすがにここまでの傷なら治療薬を使ったほうが無難だ。
薬を流す。血の吹き出してくる矢の位置に。
流し込まれた治療薬は矢と傷の間に吸い込まれるように消え、そして吹き出してくる血が止まった。
《身体状態復元》ボディレストレーション
体の状態を元の形に戻す手段を取った。一概に治癒魔法と言っても手順は様々あるのだ。
傷を繕うのか、体の組織を再生させるのか、それとも元の形に戻すのか、最も適した方法を判断しなければならない。
軽い呪文とともに、治療系統の魔法を記した魔法陣が、刺さった矢を中心に女兵士の腹部の肌に直接描かれる。
そしてゆっくり、とてもゆくり、矢を引き抜いた。
残った治療薬が傷を埋めるように水溜まりになっている。血の色も徐々に薄まり、傷自体も徐々にうっすらと消え始め、治療薬が吸収されなくなる頃には、傷は完全に消え去っていた。
「はい、おしまい。これで大丈夫、傷も残らないわよ♪」
「あ…ありがとうございます! 良かったー…! 大事な…お友達なんです! わたし、何てお礼言ったらいいか…!」
付いていた子はとても安心した様子で、涙を流しながら感激を隠せないでいる。
「んー、まあ治ったけど、疲れてるから、しばらく寝かせてあげて♪」
傷跡はきれいに無くなっていた。外から見えない中の傷も治してある。
だが、こういった傷を治す系の治癒系呪文は、その本人の体力を利用するため、治す過程でかなり消耗するのだ。失った体力を即座に取り戻すには、またそれなりの薬や上位の魔法が必要になるが、時間をかけて良いならば休息する事だ。
「それとあなたも♪」
アルテミシアは、ふわっとした青緑の女兵士の額に、ちょん、と指を添え、諭した。
「頑張って治療しすぎ。疲労が顔に出てるわよ。ちょっと休んだほうがいいわね♪」
治療をしていた女兵士も「はい!」と言って、もう一度深々とお辞儀をすると、言われた通り看ていた子の隣で横になり、身体を重ねるように添い寝し、そしてすぐに寝息を立て始めた。
仲の良い二人が添い寝している姿は、なかなか微笑ましい。
ここが先程までの戦場であり、この子達は兵士であるということを忘れる程に。
「良かったわね♪」
そういうアルテミシアもちょっと疲労を覚えている。
さっきの魔法は治療工程も含めてかなり集中力を要したのだ。
重症の子が二人も三人もいたら、全員は直せなかったかもしれない。
残りの脚や肩を負傷した子たちの治療を終え、本営の広場に戻ってきた。
もう重傷を負った子はいなさそうだった。
軽傷の子はフローレンがまとめて面倒見ていて、まだ女の子たちの列が絶えないのが見える。
時間はかかるだろうけれど、あっちは任せておこう。
「おやすみ♪」
アルテミシアは石の柱にもたれて座り込み、軽く帽子のつばを下げると、そっと目を閉じた。
海賊の持っていた物資はかなりの量だったようだ。
大量の備蓄食料を抱えていた。魚介類を干したものも多くあり、孤島なのに意外にも穀物の備蓄も多い。島の奥に雨水を蓄えた人工池もあったらしい。かつて人が住んでいたのだから水場があっても不思議はない。多少の自給はできそうな環境だったようだ。
ここにちゃんとした防壁や砦があり籠れる環境なら、何ヶ月も籠城されたことだろう。
見つけた大量のお酒を見て、女兵士たちが嬉しそうにしている。
その様子では彼女たちにも分け当たるのだろう。
そして山のような交易品。船や村を襲って略奪したお宝だろう。
東の王国フリゼンハシュレイム特産の、香辛料や色鮮やかな布地、
南のレパイスト島か、もっと南の大陸のものと思われる、砂糖の袋や珍しい柄の毛皮、見たこともないような色の石材や香木、薬草、黄色や黒の粉末、薬瓶など、これらの品だけでも価値がありそうな品が溢れている。
そして装飾品や金銀、宝石などの財宝も。
この宝物がショコールの王室に入ることになるのか、持ち主がわかる物は返却するのか。それはフローレンやアルテミシアには関係のない世界の話だった。
女兵士たちが賊の集めた荷を船に運んでいる。
彼女たちが直接運ぶのは軽いものばかりだ。
海賊は二十人近くも捕縛されていた。手足と首に水の枷のようなものを着けられている。水術による束縛の魔法だろう、反抗したり逃げ出したりすれば、キツく絞まるのか重たくなるのか。
でもとりあえずは手足が動かせ、女の子の力では運ぶには重たい荷物を、船に運ぶ仕事をさせられていた。
海賊は降伏しても恐らく許される事はない、この後は死ぬまで強制労働の人生が待っている。
だが、女ばかりの軍隊生活で退屈しているショコールの女子たちに捕まれば、
裁かれるその前に、少しいい思いをすることもあるのだ。
二人が本営を訪れたたのは、かなり日も傾いた頃だった。
フローレンは軽い治療を続けて手が離せず、アルテミシアは重たい治療で疲れて仮眠していた。
メルクリウはずっと待っていたようだったが、特に苦言を呈すような事はしない。
「ごめん、メル。遅くなっちゃって♪」
「いい。怪我を治してもらったのだから、むしろ感謝する」
「あれ? 珍しいわね。メルにここまで感謝されるのって」
メルクリウは何も言わずただ、黄金と宝石で作られた財宝を幾つも手渡してきた。
価格を鑑定するまでもなく、今回の依頼の報酬としては、多すぎるくらいだ。
「それと」
メルクリウはあちらがわに目を遣った。
その少し離れた場所には、四人の女の子が拘束されていた。
裸に近い格好だけれど、よく見ると女兵士たちと雰囲気が似ている。
四人とも、水術ではなく荒縄で後ろ手に縛られ、跪かされている。
「捕虜…?」
フローレンはその子たちに近寄った。アルテミシアも続く。
最後に賊が逃げ込んだ建物の中で手足を縛られていた、あの四人の女の子たちだ。
「この子たち、海賊の仲間、なの?♭」
「違う。ショコールの兵士」
「?」
言葉数の少ないメルクリウの発言を、頭の中で補足すると、つまり…
王国の女兵士が、海賊と戦い捕虜になった。
そして救出されてここにいる、という事になる。
「それで? 自国の捕虜を救出した事の、何が問題なの?」
フローレンでなくても、この状況と口数の極端に少ないメルクリウの発言から来る意味を理解できないだろう。
だけど…
その子達を見ると、確かに様子がおかしかった。
救い出されたはずなのに、その表情には「助かった」という安堵感が見られない。
むしろ全員揃って怯えている。
将軍であるメルクリウがこちらに歩いてくると、その子たちがさらに怯えた。
これでは海賊側の捕虜と思われても仕方がない。
メルクリウはその子たちを一瞥し、フローレンとアルテミシアのほうに向き直る。
そして相変わらずな無表情な口調で、
「この子たち連れて行ってほしい」
と言った。
「え? どうして?」
二人はさすがにその申し出には驚きを隠せなかった。
「ショコールの軍法では、捕虜になる事は許されない。ここで斬らなければいけない。連れて帰っても同じ事になるだけ」
淡々と語られた言葉を聞いた捕虜の娘たちが「ひぃ!」と軽い悲鳴を上げた。
ショコールは女子の軍隊だが、軍法が厳しい事はわりと知られている。
身体能力で男に劣る女子兵たちが他国の軍とやり合うには、訓練や意識をより厳しく鍛える事になるのだろう。だからショコールの軍法は他の男兵士の国、ルルメラルア王国やブロスナム王国などより遥かに厳格らしい。厳しすぎる感はあれど、そういう基礎があるから、女の子とは言え強い兵士に育て上がるのだろう。
「海歌族は相手に汚されるのを嫌うから。これは、古来からの仕来たり」
メルクリウは感情の薄いその表情のまま、厳しい事を平然と言い放った。
いや、平然ではない。
僅かに顔をそむけたりしている。親しい者が見れば、彼女の本意ではないのがわかるのだ。
「そんな…王国を守るために戦ったんでしょ?」
フローレンは少し腹立たしいものを感じている。
負ければ失うものはある。時には全てを失う、そこで人生が終わる事もあるだろう。
だけど、それが国に対する罪になる、そういう考えは持ち合わせていない。
言葉少ない淡々系水使い女将軍の言い分をさらに聞き出すと、
要するに、捕虜になった者は乱暴されているのは当然であり、海賊のような部族外他者から汚される行為を、ショコールの文化では極端に忌み嫌うという。
海歌族の価値観では、女子が自分から男を選ぶ事を好しとしており、敵の男捕虜で遊ぶ事はあっても、男相手の捕虜になる事は最も恥ずべき事とされる。
過去の大きな戦いで、救出された百名以上の捕虜が全員粛清された歴史もある、とメルクリウは淡々と語った。
「ヒドい話ね…」
フローレンは嫌そうに目を閉じ、ちょっとうつむいて首を左右に振った。
だがアルテミシアは、若干冷静に明るさを取り戻していた。
そして、こう質問を返す。
「でも、だから私たちなんでしょ? これが私達を呼んだ目的、ってわけね♪」
「そう」
申し出を断れば、ショコール軍に救助された事になり、ここで斬り捨てるか、王国に連れて帰って裁きを受けざるを経ない。
だが、王国に無関係な者に救助されれば、それは捕虜や逃亡兵の扱いではなくなる、という事らしい。
「だから、私達に連れて行け、って事なのね」
「お願い」
メルクリウは、これはこの子達の分、と言わんばかりに過剰に財宝を上乗せして渡してくる。この四人をしばらく養う資金と考えれば十分すぎるだろう。
四人の捕虜の子たちは、懇願するような目で見上げてくる。
この二人の一言に、生死がかかっているのだから。
フローレンはもちろん、弱い立場の女の子を見捨てるような事はできない。
「もぅ…そういう事情だったら、連れて帰ってあげなきゃじゃない? 見捨てられないわ…。
まあ、町までは連れて行くけど…」その後の生活の保証はできない、という言葉は飲み込んだ。
その言葉を聞くと四人の表情が明るくなった。
うっすら涙とともに、安堵の息を漏らしている。
アルテミシアにも異存はない。
「そうね、その先のことはクレージュに考えてもらいましょ♪」
この子たちの扱いをどうするか、を。
酒場の女主人で商売も手掛ける彼女なら、何らかの仕事を用意して生活できるようにしてくれるだろう。お店の従業員として雇ってくれるかもしれない。
日没前には作業は終わっていた。
日が落ちてからは、海岸で熾した火を囲んで、宴会のような形となった。
酒も肴も、賊から押収したものが大量にある。
女兵士たちはお酒が入って上機嫌になっている。好きにお喋りし、笑って歌って明るく騒いでいる姿は、兵士といえどやはり年頃の女子たちだった。
ここにいるのは半数で、あと半数の女兵士は軍船に戻っている。捕虜も多数いるのだから、見張る役も必要なのだ。このあたりはさすがに若い女子とはいえ立派に兵士だった。
アルテミシアは最初に歌を披露し、そのまま女の子たちに囲まれている。
歌のことを色々聞かれている様子だ。女の子たちが交代で歌って、飲んで盛り上がっている。お酒をすすめられているけれど、彼女はもともとあまり飲む感じではない。
フローレンはメルクリウと並んで座っていた。フローレンもあまり飲んでいなかった。嫌いなのではなくて、安酒は口に合わないのだ。
「討伐完了。戦果上々。戦死者なし」
メルクリウも酔った感じはないが、フローレンから見れば機嫌が良いように感じられる。
命を落とす兵もなかった。傷を負った子は多かったけれど、軽傷の子はフローレンが、重傷の子二人はアルテミシアが治したので、結果的にいないことになる。
捕虜だった四人の子は、やっと緊張が解けた事もあってか、食事をしてすぐに、少し離れた場所で揃って寝息を立てている。
船の方から何人かの女兵士が出てきて、交代で同じ数の兵が船に戻っている。
交代の時に高らかに手を叩きあったり、勝利に意気が上がっていて、彼女たちの様子も楽しげである。酒宴を楽しんだ子たちだけでなく、船から出てくる女兵士たちにも、かなり充実した感じの様子だった。
メルクリウは思い遣りが強いのだ。
この女将軍は表情に出さないが、部下の女兵士たちが羽目を外すのを咎める様子も無かった。こんな若い歳で徴兵された女の子たちに、人生の、特に女としての楽しみの時間は必要、と考えているようだ。
フローレンとアルテミシアがいなければ、何人かは傷を負い、命を落とす兵もいただろう。
形は違えど、女兵士の犠牲を少なくする、という目的の意味では、フローレンやアルテミシアの予想は当たっていた事になる。
フローレンは、共通の知り合いの話をした。といっても、メルクリウは無口なので一方的に話しているだけ、ではあったけれど。
クレージュは念願だった自分の酒場を開いて毎日忙しそうだ、とか、
ユーミは暇があれば狩りに行って、相変わらず肉ばかり食べてる、とか、
レイリアは冒険の無い日に鍛冶場の手伝いを始めた、とか、
そしてイゾルテやペンセリ、リーランスやアマロナなど、最近会わなくなった冒険者仲間の話になり、最後にラシュナスやレメンティ、そしてロロリアやアルジェーンという新しい仲間の事を話した。
メルクリウはその全てに「そう」とだけ返事を返してくる。
それでも興味を持って聞いてはいるのだ、とフローレンにはわかっている。
随分長話になった。
メルクリウに話をしている間に、女兵士たちは一巡し全員が船の方と入れ替わった様子だった。
アルテミシアはここにいる女兵士に入れ代わり立ち代わり、結局全員から歌のことを聞かれて、時々歌いながらずっと話をし続けていた。
「捕虜になった子がいたら、またお願い」
メルクリウは最後に、やはり淡々と短くそれだけを言った。
フローレンは感じていた。
こういう戦い、兵士たちと共に戦う、あるいは自分が指揮しての戦い。
楽しさ、というより、ある種の充実感があった。
冒険者仲間と一緒に戦うのとは、また違うやりがいがある。
端的に言えば、自分に向いているのかもしれない。
そして、変わった形だけれど、部下というのか、新しい仲間ができた。
問題は、この子たちに生活の糧を与えなければならない事だ。
まあそれは帰ってから相談すればいい。
フローレンはそんな事を考えながら、星の空を眺めていた。
やがて、アルテミシアが奏でる月琴の音色が、大きな月が見守る、どこまでも澄んだ夜空に響いてきた。
そして紡がれる、静かな歌…。
彼女の透き通った歌声は、月の明かりの下でこそ、より心に染みる。
占いの予言によれば、「これが始まりになる」と。
だけど今の彼女たちにはこれが、仲間の兵士たちと共に生き、共に戦う生活の始まりになる事を、まだ予感してはいない。