37.換装武器のつかいかた
クレージュの店の裏庭では、新しい武器を手にした女の子たちが、イメージして武器を手にしたり、その武器を実際に扱って手になじませている。
フローレンもみんなと一緒に武器を試してみる…
花園の剣を取り出す時の感覚は熟練しているけれど、慣れない武器だとまず頭で新規にイメージする必要がある。
意識を研ぎ澄ますと、登録されている無数の武器の姿が浮かんでくる。
イメージを集中させると、さらに多くの武器が浮かんでくる。
武器の種類は豊富で、軽く百種類以上はありそうだ。
剣だけでも、長剣、短剣、細身剣、身の丈を越える大剣や、湾曲剣、東方の刀、
波打つ剣、蛇のようにしなる剣、刃を重ねたような剣…
槍も、長槍、短槍、投げ槍、先端が斧になった槍…
片刃、両刃、長柄、投げ用など各種斧…
木槌、金鎚、複雑な形の鈍器、トゲトゲ棒、ツルハシみたいなの、
弓矢のセット、投石器と球、剣と小盾のセット、身を隠すほどの大盾、
それ以外にも、複雑な形のナイフ、かぎ爪みたいなの、三つに分かれる棒、
輪っかのような刃、二つの球を縄で繋いだようなのや、星型の薄い鉄の板、
網、鞭、針、鎖、鉄球、大型の鉄板、穴の空いた筒、鉄の箱みたいなの…
他にも見たこともないような武器、どう使うのかわからないような物まである。
その上…これ、武器?という感じの物までイメージに浮かんでくる…
どの武器も無骨な感じではなく、女の子用なためか、銀とピンクを基調とした、ちょっと可愛らしいデザインや色合いになっている。
女兵士たちの装備、というのは間違いなさそうだ。
うまく意識を集中して、手に持ちたい武器のイメージを具現化させる必要がある。
これが慣れてくると、武器を思い描くこともなく、戦いになる前に自然とその手に現す事ができる。
各人、慣れた武器の一つは、瞬時に取り出せるようになっておいてほしいところだ。
フローレンの手に現れた武器が次々に姿を変える。
大型剣や長槍のような振り回すには両手が必要な武器も、実際はかなりの重量だけれど、とりあえず片手でも持っていられる…。
自分にだけ重量軽減が働く、と先程アルテミシアが言っていたとおりだ。
イメージングと武器換装はすぐに行えるようになった。
フローレンにとっては、それほど難しくはなかった。
大まかなやり方はわかった。
あとは、戦闘どころか戦技にも不慣れな女の子たちに、適正な武器を選んであげて、適切な武器の扱いを指導してあげることが、今の必要な事だ。
イメージングが苦手な子には、その手伝いをしてあげる事も必要だろう。
まず、自分の最適武器を決めて、それをすぐに出せるように練習をする。
装飾が美しすぎて違和感があるけれど、訓練用の木刀や棒も含まれている。
全員共通なのは、その棒と木刀、毎日の訓練で使う事になる。
これは時間がかかってもいいからイメージして出せるように。
あと全員に使いこなしてほしいと言えば…
一般的な長剣、防衛戦用の剣盾セット、集団戦用の揃え槍、
破砕用の鈍器、遠隔用に弓矢、…とりあえず、このくらいだろうか。
この子達がどこまで戦術についてくれるかを見極めながら、戦いを教えていけばいい。
フローレンは北のルクレチアの生まれで、子供の頃から軍神シュリュートの戦士や兵士を多く見ている。その大半は男性だけど、女戦士や女兵士も沢山いる。
戦士兵士たちの訓練風景を見て育っている、そこには集団戦の訓練も含まれている。
そういった戦いや訓練の光景はしっかり記憶のどこかに覚えているらしく、なぜか使ったことのない武器や、自分で行った事もない戦術がわかるのだ。
女の子の中では、新入りの可愛いキューチェが一番に武器換装を習得した感じだ。
手にした武器を次々に替えている。
大好きなノコギリ剣を取り出すのも一瞬でできるようになっている。
この子は誰もが認めるほどに頭がいい。しかも可愛い。
論理的思考力や、想像力、発想力、そういう何らかの物事を考える力が、“武器庫”のイメージングや武器換装に影響しているのは一目瞭然だ。
…でも、この黒髪ぱっつんな小柄な可愛い少女が、ノコギリ型の剣をメイン武器に選ぶのはよくわからない趣味だけれど…。
元ショコール兵士の四人の中でも、チアノとラピリスは、今の武器を別の武器に入れ替える、武器換装を早い段階で行えるようになった。
だけど一番得意な武器をすぐ手元に出せる事は、セレステとアジュールのほうが早かった。
多くの武器を取り出せるのと、手慣れた一つの武器をすぐに出すのは、別の技術のよだ。
先月組では、お姉さんなウェーベルやちっちゃなアーシャも、割りと早い段階で、色々な武器を試してみたりしていた。料理の段取りなどが得意な事も関係していると思われる。
ただ、アーシャの場合は、武器…と呼ぶには違うものばかり取り出していたのだけれど…。
活発な二人ネージェとディアンは、イメージングの段階で相当苦戦している様子で、武器換装が素早くこなせるようになったのは、新入りのミミアやメメリよりも後だった。
代わる代わる、女の子たちが中庭にやってくる。
仕事のちょっとした合間の時間でも、新しい武器を試してみたいようだ。
自分専用の武器を手にし、好みのアクセサリで身を守る効果を得た女の子たちは、かなり意気が上がっている。
みんな一様に空き時間を活かして、新しい武器に慣れようと練習している。
フローレンも忙しい。新しい武器を手にした女の子たちにその武器の使い方を教えたり、その子の適正に合いそうな武器を一緒にさがしてあげたり、午前中はそんな感じで時間が過ぎていく…。
お店のお昼の時間が終わると、その休憩時間に、またネージェとディアン、ミミアとメメリたちが裏庭に来て武器の練習をはじめた。
明日は買付けに出発する予定なので、今日は訓練は控えるつもりだったけれど…けっこうみんな頑張ってしまっている…。
「みんな、程々にね。特に明日出かける子は、今日疲れすぎないようにね!」
「はーい!」とみんな返事はするけれど、手を休めるつもりはなさそうだ。
武器を使いこなせるようになろうとするのはいい事だけど…。
そういうフローレンも、ちょっと休憩に入ることにする。
お腹が空いたので何か余ってるものをもらおうと厨房に入ると…
料理長のセリーヌが嬉しそうに、
「フローレン! 見て、これ! すごくいいの!」
と喜びを現していた。
セリーヌが持っているのは、麺棒と言う、両手で持ってパン生地を伸ばすやつだ。
ただの麺棒だけど、色合いや柄がやけに可愛らしい感じだ。
「えと、その棒が、何か…?」
それを使ってパン生地を伸ばしているのは、至って普通の料理の事、のように思えるのだけど…?
と、見ていると、生地を伸ばし終わった跡、その麺棒はいきなり薄い光を放った。
そして大きなスプーンの形状に変化していた。
セリーヌはそれでボウルの中の真っ赤なトマトソースをすくって生地の上に乗せて行っている。
「あの頂いた武器ね、武器だけじゃなくって、お料理用の道具も沢山入ってるのよ!」
訓練中にアーシャが見つけて、ウェーベルがここで使って見せたらしい。
今度は包丁に変わった。やけに可愛らしいので、包丁という感じがしないけれど。
「これも、よく切れるの!」
言いながら、そこにあるいろんな野菜をさくさく刻んでは、手早く器用に生地の上に乗せていった。
いつの間にかチーズを刻んでその上に振り掛けているけれど、先程の包丁とは形が変わって違うナイフに変わっている。
「しかも、いちいち洗わなくていいから、もう大助かりよ!」
今度はおたまに変えて、大鍋のシチューをかき混ぜている。
お料理の手順に応じて、次々に的確に調理道具に変えている。
この“武器”換装の速さは、女の子で一番の可愛いキューチェより上かも…。
戦闘に出ることはないから、使う事はないだろう、って言っていた料理長のセリーヌが、まさか一番最初に使いこなしているなんて…何か複雑な感じではある。
「ん~、そうねえ…調理場はある意味、戦場だから? かしらね」
セリーヌは色々上乗せしたパン生地を焼き窯に入れると、その間に次の材料を用意しては、定期的にシチューをかき混ぜ、また肉や野菜を包丁を入れ替えて刻み、そうやって複数の料理を同時進行させ、その動きにはまったく無駄がない。
料理を戦いに例えるとしたら、この女性セリーヌは間違いなく歴戦の戦士だ。
隣でウェーベルが同じことをして仕込みを手伝っているけれど、換装の速さがセリーヌに及ばない…ウェーベルも女の子の中では速いほうなのだけど…。
「なるほど…」
フローレンはなんだか納得したような気がした。
「あ、そのピッツァ、焼けたらあの子達に持って行って頂ける?
みんな休まずに頑張ってるみたいだから、ここまで食べにこないのよ…」
焼き窯の中でチーズの焼ける香ばしい匂いが漂ってくる。
フローレンも、そういえばお腹が空いていたのを思い出した。
厨房戦士セリーヌの動きは無駄なく休みない。
今度は針金棍棒みたいなクリームを泡立てるやつに変わっていた。
仕込みの作業効率が格段に上がったのが、見ていてわかる…。
お店のほうではアジュールとセレステが、お昼の来客後の軽いお掃除をしていた。
あの床を磨くモップとか、高いところ掃除する棒ハタキとかも、この魔法装備なのだろうか…なんて疑問すら浮かんでくる…。
フローレンが木の板に載せた、焼けたピッツァを裏庭に持っていくと、みんな、新しい武器を使う訓練をしている…
お昼ごはんも食べずに…
「みんなー、休憩よー! アツいうちに、食べましょうー!」
その呼びかけで、さすがに女の子たちも訓練を中断して集まってきた。
焼きたてのアツアツピッツァの匂いには勝てないのだ。
これをどうやって切り分けるか…とか考えていると、ちっちゃなアーシャが進み出て、
「あ、きりますね~~」
と、その手に見たこともない武器? を持っている…。
「何、それ?」
「あ~…多分、これ切るやつです~」
短い棒の先に円盤みたいのがくっついている。
棒でピッツァをなぞると、先っぽの円盤が回転して、それがナイフになっているようで、キレイに直線に切り分けられていく…よくわからないけれど、このピッツァを斬るために使うナイフのようだ…。
そしてこれは、アーシャが武器を換装したものなのだ。
という事は… 古代には、こういう道具があった、のだろう…
そして女の子たちは、切り分けられたアツアツなピッツァを、各自お皿に取って、手に持たず、ナイフとフォークで食べている。
「え!? なんでみんなお皿持ってるの? ナイフとフォークまで?」
「あ~、それはですねえ~…」
アーシャは例のピッツァ切るやつを…
「この中に、入ってたんです~」
お皿とナイフ&フォークのセットに換装した。
「え~…!?」
女子たちはフローレンよりも先に、装備換装を実用しているようだ。
それも、武器、と違う物を…。
このアーシャは武器のイメージングに関してはからっきしダメだった。
けれど、その代わりにこういった道具をいっぱい見つけてきたようだ。
「イメージングの仕方が、違うのかもしれないわね…」
フローレンもちょっと勉強になった感じだ。
「アーシャちゃん、すごいのよ~!」
「この子、色々見つけるの。武器じゃないやつ、いっぱいね」
鍛冶場から休憩中にわざわざ戻ってきた、火竜族の二人も絶賛している。
一度誰かが発見した“武器”は、それを見た他の子も、わりと簡単にイメージングできるようだ。それが“武器庫”の中にある、という事を認識すれば早い、という事だと思われる。
そんな訳で全員が、武器を食器セットに変えて、アツアツのピッツァをよばれていた。
ネージェとディアンだけは、ピッツァを手で持って食べている。
この二人は武器換装がまだちょっと不得意な感じ…なので、わざわざ食器に換装するのが面倒…なのだろう。
焼きたてのピッツァが熱くないか、というと、冷熱耐性のお陰で、このくらいの熱さなら大丈夫なようだ…。色々と便利なものだ。
自分には花園の剣があるから、この“武器庫”は使う予定はない、と思っていたフローレンも、こういう道具類もあると知って、興味が湧いてきている…。
それに、自分がこの子達を教える立場だと思っていたけれど、逆にこの子たちから学ぶことも、沢山あるのだ。
フローレンも、換装した食器を使って、アツアツピッツァを頂いた。
この子たちとこうして一緒にすごして、同じものを食べていることに、何だか新鮮な気持ちを感じている…。
お昼時の休憩時間が終わって、女の子たちが仕事に戻っていく。
今日から仕事がないフローレンは一人、“武器”以外のイメージングを頑張ることにした。
武器は花園の剣があるフローレンにとっては、各種武器よりも、有用な道具のほうが興味がある。使用できる道具を確認しておきたいのは、剣士ではなく冒険者としての習性みたいなものだ。
色々オプションの多い武器庫だ。
もはや、武器庫、兼、道具箱と言ったほうが良いのかもしれない…。
それはそれで用途が多いということだから、良いことではある。
セリーヌが使っていた調理用具一式、らしきものも見つけた。
ただ料理をしないフローレンには、あまり道具の使い方がわからない…。
お鍋とかもあるけど…これで煮物している時に襲われでもしたら、今日の食事を諦めなきゃいけなくなるような…
ブラシとか、鏡とか、フローレンにはあまり馴染みのない物もある。
あと…柔らかそうな毛布と、安眠できそうな枕…? 手触りはとてもいい…どちらか片方しか使えないっていうのが残念…。
カワイイぬいぐるみまで…それも十種類以上も…。並べられないのは残念…。
棒状の道具…? 樹液を固めたような物質でできている…硬さは木よりもやや柔らかくて弾力がある。長さは二の腕よりほんの少し短く、太さは手で握れるくらい片側の先っぽは少し丸みをおびている…。
それを握った手を、滑らせるように上下させてみた。妙にしっくり来る。
(何に使うんだろ…これ…?)
その見慣れない形状の謎アイテムは、よくわからないのでそこでヤメ。
他にも、実用性のありそうなものもかなり多い…
釣り竿に、バケツ…、これ、セットじゃないのは不具合でしょうか…?
音を鳴らす小型の銅鑼、鐘の付いた棒に、旗とか、
鉤つきロープ、なんとハシゴまで入っている…。
あきらかに戦場でも使えるやつだ。
わりと多くの換装装備をイメージで見た。そして出してみた。
さすがに消耗品の類いは入っていない。
けれど、野営や野外活動を行うための道具は、わりと物が揃っている…
ここにある事を覚えておけば、何かの折に役に立つだろう…。
昼下がり、また女の子たちが裏庭に集まってきた。
夕方の酒場開店までの時間を、少しでも練習に当てようとしているのだ。
この時間、ここに集まったのは、活発なネージェとディアン、新入りのミミアとメメリ、そして海歌族のチアノ“部長”だけだ。
この五人と、新入りのキューチェを含めた六人が、明日出発の輸送のお仕事に同行する予定だ。
可愛いキューチェは、アルテミシアに魔法を習っている。
飛び抜けて魔法の才能がある、らしい。
そんな彼女と一緒に、お姉さんなウェーベルとちっちゃなアーシャ、ちびっこな二人プララとレンディ、この四人もそろって、今の時間はアルテミシアの部屋で魔法のお勉強だ。
女の子たちの様子を、クレージュも一緒に見学していた。
指揮官としても、明日からの輸送のお仕事に同行する彼女たちのレベルを確認しておきたいところだろう。
クレージュもここ一年は商売やお店ばかりで実戦から離れてはいるが、もともと戦士としての腕は確かだ。フローレンほどではないにしても、そこらの男では束になっても敵わない。
「なかなか様になってるじゃない」
新しい二人の動きを見て、クレージュも微笑んでいた。
ミミアもメメリも、ここに来た頃より目に見えて体力がついてきている。
ミミアはよく体を動かすお陰で、無駄な肉が落ちてきているし、
メメリは充分食べられるお陰で、健康的な肉が付いてきている。
二人とも農村の子なので、もともと体を動かすのも苦手ではないように見える。
三人の先輩からいま仕込まれているのは、敵を倒す技よりも、まずは自分を守る技を身につける事だった。
当初、新人の三人は、今回の輸送に同行させるべきか、悩んでいた。
安全なルートの予定だったのが、危険の予想される南街道を行く事になったのだ…。それも、なるべく早い段階で… この店と、この町と、この国の、食料その他諸々の事情によって。
この子たちは次回以降にして、元ショコール兵のアジュールとセレステを同行させるべきか、または食料を運べる量は激減するけれど、馬車を二台から一台に減らすべきか…。
そういう案もでていた。
けれどそこに、アルテミシアとその知り合いのおかげで、女の子たちの武器や、身を守る問題が何とかなった。
フローレンも、それが一番不安なところだった。自分たち冒険者組は、自分で身を守れるけれど、女の子たちは守ってやらねばならない。
もし、対応できない数で襲われたら…
その懸念は常につきまとっている。
だが、良い武装が配られたことで、彼女たちの危険性がかなり減った。
それによってフローレンもかなり気が楽になった。
「さて、と」
フローレンは軽く伸びをして、ゆっくり席を立った。
「今日はもうちょっと、あの子たちの様子を見てるわ。どれくらい使いこなせるようになるか、知っておきたいしね!」
「そういう事が気になるなんて、フローレンはもう立派な指揮官様ね」
その後姿を見つめながら、クレージュはそう呟いた。
店の女子たちにとって、初の実戦になるかもしれない
出発は明日の朝だ。
次回ルーメリア編で4章終了予定…
酒場と装備の話を伸ばしすぎた感あり…興味ない方には申し訳ない…




