34.LV1
その“朝”が来た。
フローレンの指示で、今朝の朝練は走り込みと素振りだけにしておいた。
ここに来た当初は、このメニューだけでも、みんな音を上げそうになっていたものだ。
けれど、新入りの三人も、ここに来てまだ半月かそこらだけれど、少し慣れてきているように見える。
毎朝真面目に走り込んで、訓練も頑張るお陰で、ミミアはちょっとムダな肉が落ちてきた。
十分な食事のお陰で健康的になり、メメリはわりと女らしい肉がついてきている。
キューチェは小柄な体格で変わらないけれど、ほかの二人と同様に、体力は確実に向上している感がある。
その先月組の場合、
活発なネージェとディアンは農作業で鍛えられていて、元々体力があったので、わりと早い段階からついてこれた。
けれど家庭的な未亡人お姉さんのウェーベルは、剣技はさることながら体力はそれほどでもなく、最初は苦しそうだった。
ちっちゃなアーシャには、この毎朝の訓練はもっと大変そうだった。しかもバランスが悪くてよくコケていた…。
でもこの子たちも今では体力も作られて、走り込みも素振りも楽々とこなしている。アーシャもあまり転ばなくなった…。
元ショコール兵の四人は、さすがに元兵士ということもあり、このくらいの訓練は軽いようだ。
日頃からもっと激しい武器訓練などを、自主的に行っている姿を見かける。
まだ小さいプララとレンディはこの中ではいちばん年下だけれど、朝練についてこれる体力と剣技は既に出来上がっている。
同じ年の男の子と喧嘩になっても、多分、余裕でボコボコにするだろう…。
朝練の後は、いつものようにクレージュと料理長のセリーヌが、全員分の朝ごはんを作って待っていた。
その後に、仕事に掛かるまでのちょっとした時間、女子たちは揃っておしゃべりを楽しみ、絆を深め合う。
みんな、仲良しだ。
みんなで、助け合って暮らしている。
みんなが、みんなを、必要としている。
この毎朝の時間は、彼女たちにとって、一日の中で、一番楽しい時間かもしれない…。
でも、今日はちょっと違って、従業員用の食堂兼の広間ではなく、お店のほうに集まって全員揃っての朝食だった。
店にいる女子全員が集合する。
月に一度くらい、こうやって全員で集まる日があるのだ。
料理も、クレージュとセリーヌが腕によりをかけて作る。
女子たちの大好きな、食後のデザートまで、ついているのだ。
前回から5人増えた。
初めて参加する子もいるけれど、女子たちにとって、この月一の全員女子会は、いつもよりもっと楽しい時間になるのだ。
朝練を終えた女子たちは、ゆったりな白い半袖シャツとぴっちりな短い青いパンツ姿のまま、朝食の席につく。
全員集合のこの日は、席分けは決まっている。
それぞれの班に別れて三つのテーブルに、ショコール女兵士4人、アヴェリ村の4人、ファーギ村近隣廃坑で加わった3人、レパイスト島の2人。
ちびっこのプララとレンディはそれぞれの母親たちと一緒に4人席だ。
フローレンとユーミは、他の子たちと同じ運動着姿だけど、ぴっちりパンツの色だけ赤色、と違っている。
一番真ん中の、アルテミシアと同じテーブルについた。
クレージュもいれて4人席だ。
こういう全員が集まる日だけは、夜遅くまで飲んでて遅起きなレイリアと踊り子のラシュナス、酒場担当のクロエの夜更かし女子たちも頑張って起きてくる。
ただまあ…この生活にだらしない酒好き女子どもは、早起きしても朝ごはんよりも先に、同じテーブルで3人揃ってお酒を嗜んでいたりするのだが…。
こうしてクレージュの店の女子25人全員が一堂に会した。
「さて、ご注目~♪」
みんなが朝ごはんを食べ終え、スィーツも楽しんだ後、ちょっとゆっくりした頃合いに、アルテミシアがこの場を仕切って呼びかけた。
「これを今から全員に配ります♪」
その手の上には箱、に見える物体が乗っていた。
「何? それ?」
アルテミシアの手のひらに乗るサイズの、立方体だ。
金属とも石ともつかないような素材はよくわからないが、縦横高さが同じ長さの箱だった。
その全面に、彫り込まれたような太い線が、幾つも直角に曲がりながら絡み合うような模様を描いている。
いかにも魔法的な物体という感じだ。
アルテミシアを中心に、周りに女子全員が集まってきた。
近くの女子は椅子をそちら向きに、遠くの席の女子は近づいてきて立ち見で。
「あ、それが知り合いにもらってきたやつ?」
フローレンはアルテミシアの手のひらの上のそれを、軽くつつくように指さした。
「そう♪ 古くからの友人にね、頂いたの。ここの事を話したら、必要になるでしょう、ってね♪」
「へえ…?」
「さ、行くわよー♪」
アルテミシアは目を閉じて、小声で何かを呟きはじめた。
魔法を使う時の言葉に似ている。
つまりは、呪文だ。
歌姫であるアルテミシアの詠唱姿は、それだけで絵になる。
目を閉じた横顔と相まって、とても神秘的な様相だ。
<<圧縮型アーティファクト 解凍を開始>>
ここにいるメンバーのうちでは、おそらくアルテミシアにしかわからない、古代言葉のアナウンスが発せられた。
アルテミシアの手の上の、その箱に変化が起こり始めた。
箱に刻まれた線、というより溝と言える部分に、ゆるやかに光が灯り、やがて激しく、刻まれた線上を走り始めた。
青、赤、緑、と色を変えながら、魔法的な光が、幾つもの刻まれた線上を、外から内へ、内から外へ、何度も現れては消えている…
光の数が増え、混じり合う青と赤は紫に、赤と緑は黄色に、さらにその中間色を産みながら、輝きを増し、白に近づいててゆく…
その色々の光が、アルテミシアの銀色の髪に代わる代わる反射し、目を閉じ呪文を唱え続ける、その綺麗な横顔とあいまって、幻想的な雰囲気に包まれていた…
女の子たちは感動的な表情で、その幻想的な光景に見とれている…。
混じり合った光は、やがて白一色になって、ひときわ強く輝く…
その後、ゆっくりと光が消えていった…
「あれ? 消えた…?」
消えたのは光だけではなかった。
箱自体がその空間から、消えて無くなっていたのだ…。
沈黙が訪れる…
これで、終わり…といった感じだろうか…。
「えーと…贈り物、って…いまの光の演出だったって事…?」
ちょっと呆気に取られた感じの雰囲気を代表して、フローレンが訪ねた。
「とってもキレイだったよ!」
「うん、カンドーした!」
一番前で見ていたレンディとプララの言葉に、うんうん、と他の子たちも頷いている。
ただの見せ物だった…としても、女の子たちはあまりに美しい演出に感激している様子ではあった。
確かに、こんな綺麗な光の演出は、他では見ることはできないだろう…。
「う~ん… そんなはずは…ないんだけどなぁ…♭」
アルテミシアも、拍子が抜けたような感じだ…
これで終わりだったら、聞いていた話とはかなり違う…。
「おしまい、でいいのかな…」「えっと…解散?」
女の子たちがその場を離れようとした。
その時、
「あ、待って!
…来た♪」
<<圧縮型アーティファクト 解凍を完了 “女子兵用 武装倉庫 Lv1”を獲得>>
「え? 武装倉庫…♭? レベル…1…?」
音声とは別に、空間に光の文字列が描かれた。
古代文字と思われる、文字列だ。
虹色に輝いている…。
その美しさに、女の子たちがまた、感激の声をあげている。
「えっと…これは……エルサ…?、姫からの贈り物…?
兵となる…愛しき乙女たちに…武器と、守りの力を…
あんみつは… いえ、防具のことかしら…? は、お預け…?
正式な女兵士の武装を獲得するまで有効…?♭」
「えと…? 何言ってるの?」
「あ、いえ、ね… 最後に上位ヴェルサリア文字で一瞬説明が現れたんだけど
…所々かすれて消えてるから、はっきりとは読めなかったの…♭
なんか、古代のお姫様が、自分の兵士になった女の子たちにプレゼントした物…って感じね♪ それも、正規の兵士じゃなくって、まだ訓練を始めるばかりの、新しい兵士の乙女たちに…」
フローレンは小声で「あんみつ、って言ってたよね?」と隣のユーミに問う。
「いってた」とユーミも小声で返す。
アルテミシアは目を閉じたまま、空間に手をやって何かを探るようにその手を動かしている。
「大丈夫? 何か探してる?」
フローレンが問いかける。
いっしょに冒険しているフローレンたちにはわかる。
亜空間バッグから物を取りす時の動きだ。
普段の冒険を知らない他の子たちは、なにもない所を探っているアルテミシアの姿を、ただ不思議そうに見つめている…。
「ええ…待ってね…亜空間に入ってるみたいなのよ♪」
アルテミシアは亜空間バッグを持っている。冒険の間、かさばる荷物は全員分、そこに入れているのだ。
でも、いつもその中から物を取り出す時とは、手の動き、探り方が違う。
「あ、バッグじゃないわ…ケース…のような感じ…
まるで、そう…これは…宝石箱みたいな…♪」
「その亜空間のケースが “武装倉庫LV1” って事なのかな…?
私にも、まだよくわからないんだけど…
ちょっと待ってね…
初めて触れる亜空間だから、空間認識から始めなきゃなの…♭
あ、あったわ♪」
「なにこれ?」
「えっ…これがあんみつ…いえ、武器…?」
アルテミシアが「取り出した」のは、どう見ても指輪だった。
それは、蔦の絡むような形状の、銀色に輝く指輪だった。
花が咲くようにハート型のピンクの宝石がついている。
「わー…」
「きれい…」
「いいな! いいな!」
女の子たちが、その指輪の美しさに声を上げている。
「これと同じ物が、たくさん入ってるの♪
…五十個…いや、もっとあるわね…百個以上はありそう…」
100個もある、と聞いて、女の子たちは、喜びの声を上げた。
ここの人数よりずっと沢山あるのだからから、全員に行き渡る、ということだ。
女の子たちが、はしゃぎ始めた。
女の子たちはもう、このキレイな指輪をもらえるだけでも充分満足、って感じだ。
「みんな、まってね…♪ ちゃんと調べてからじゃないと…」
アルテミシアはその指輪を、そっと左の中指にはめてみた。
ちょっと大きい、と思ったその指輪は、銀色の蔦が絡むようにやさしく縮んで指との隙間を埋めた。
指に馴染んで、完了、という感じに、ちょっとピンク色が光った。
「フリーサイズね。その人に合わせてくれるみたい♪」
羨ましそうな女の子たちの視点は、アルテミシアの掲げた手の指輪に釘付けだ。
「配るのはもうちょっと…今、解析してるから…♪」
女の子たちは興奮気味に、はやく、はやく、と欲しがっている。
けれど、まずはよく調べてからだ。事によっては危険があるかもしれない。
「えと…、絆装備? になるのね…♪」
「絆…?」「装備…?」
聞き慣れない言葉を復唱したのは、ちっちゃなアーシャと、お姉さんなウェーベルだ。当然、他の子たちも、聞いたことのない言葉であろう…。
「そう♪ “運命の絆装備”って言うんだけどね。
そのアイテムと持ち主との間に運命の絆が結ばれるの♪
絆が結ばれれば、落とした奪われたりして手や身体から離れても、思い描けば一瞬で戻ってくるのよ♪ もし自分から捨てたり売ろうとしたら、拒否されて装備が消えちゃったりするんだけど…」
「持ち主が決まったら、もうその人にしか使えない、って事よ」
アルテミシアの説明では理解できなかった女子たちに、フローレンが解説した。
フローレンの花園の剣も、花びら鎧も、絆装備だ。
ただ彼女の剣と鎧は、母親の生前から受け継がれている。
血縁や絆の強い者への継承は行われる事があるのも、絆装備の特徴だ。
「まあ、それはいいとして… あと、このアクセサリは、形状可変型ね…」
「形状…」「可変…」「型…?」
三人並んできょとんとしているのは、ここで一番新しいミミア、メメリ、キューチェだ。
この三人だけでなく、ここにいるほぼ全員にとって当然、馴染みのない言葉だ。
「そう、つまり、この指輪はたくさんある姿のうちの一つで、
持ち主の好きな形のアクセサリに変えて身につける事ができのよ♪
デフォルト設定がその銀蔦ピンクハート宝石の指輪なんだけど、
持ち主の希望する色も形も違うアクセサリに…
たとえば…」
アルテミシアの手からその指輪が消えた。
入れ替わるように、ダイヤモンドのような月型のネックレスが首元に輝いている。
それが消えたかと思えば、今度は深い青紫色のしずく型のイアリングが左の耳に輝いていた。
「うわ~!!!」と女の子たちの歓喜の声が、それを見てさらに大きくなった。
乙女たちの欲しいオーラが強くなり、はやくっ!! はやくっ!! と、
待ちきれない興奮度が店内の温度を高くしている。
「指輪だけでもデザイン違いがたくさんあるみたいね♪
どの指にでも合うようにできて…
宝石の色は自由に選べる…っぽいわね…銀色部分も色変え可能…
そして指輪だけじゃなくって、イアリング、ネックレス、チョーカー、
ブローチ、ブレスレット、アンクレット、髪飾りも各種…
アクセサリの種類は何百…いえ何千…万かも…♪ 」
アルテミシアが、次々にアクセサリの色と形と装備箇所を変えているのを見て、
女の子たちは興奮というか、もはや狂喜乱舞してる雰囲気で、
「もう待ちきれないっ!」という感じになっていた。
「じゃ、実際にやってみようか♪」
ここにいる待ちきれない女子たち全員に、ひとつづつ順番に、指輪を配る。
「どの指につけたら…」って迷っている子もいるけれど、
「どの指でもいいわよ♪ あとで付け替える事ができるから、問題無し♪」
と、説明を受け、25人の女子全員が、指にお揃いの指輪を身につけた。
「頭にアクセサリのイメージが浮かぶかしら… そう、いっぱいあるでしょ♪
その中から自分の身につけたいものを選んで…宝石と銀色部分の色も好きに
…いいえ、色による差はないみたいだから、そのへんは自由に…♪」
女の子たちのアクセサリがどんどん入れ替わっている。
アクセサリを変える時に少し光るので、あちこちで光っては消えまた光っている…
異様な光景だ…。
店の外を通った人は、窓から見える何度もの光に、きっと驚いていることだろう。
「えと…他にも説明があるんだけど…♭
えーと、大事なことだから聞いてほしいんだけど…♭♭♭」
女の子たちは新しいアクセサリに夢中になっていて、アルテミシアの声が届いていない感じだ。
それを見たクレージュが「はい、みんな、聞きなさい!」って感じで手を二度打ち鳴らす。
すると、一瞬で女子全員が手を止めた。
さすがね、とクレージュに感謝しながら、アルテミシアは説明を続ける。
「とりあえず…、アクセサリ以外の物が見えても、今は触らないこと#
特に武器、ね。とりあえずそれだけ約束して♪」
何故アルテミシアがそんな事を言うかというと…
武器もここに含まれているようなのだ。
人が密集しているので、いきなり剣とか出てきたら、当然危ないからだ。
はーい、という感じに女の子たちは理解を示した。
必要事項だけ告げると、アルテミシアはさらに装備の解析をすすめる。
女子たちは再び、アクセサリ選びに熱中している。
習得の早い子は、もうアクセサリの形状を変えて身につけていた。
まだ最初の指輪のままの子もいる。形状変更の習得には個人差が見られる。
魔法に関する理解なのか、オシャレに対する意欲なのか、あるいはもっと別の女子力なのか、とりあえずそういった何かの差が影響するのだろう。
フローレンは銀の部分を緑銀色にした紅玉の薔薇の指輪に、
クレージュは虹色宝石の虹色銀のかんざしを髪に挿していた。
ユーミは何にしたのか見えない、指輪は消えているので、別の場所に変えているのは確かだ。
「えっとね、キレイなだけじゃあないのよ♪
このアクセサリ、かなり高性能ね…♪
それも、防御力だけじゃあなくって、他にも色々ある感じ…♪」
アルテミシアは付与された魔法の論理構造を読み解き、発生する効果を調べている。
女の子たちはアクセサリに夢中だけど、冒険者組はこの指輪の解析の結果が気になっている様子だった。
女子兵たちの装備話が、もうちょっと続きそうです…。
なかなか町から出発できないので、章のタイトル変更しました…




