31.冒険しない日の冒険者たち
クレージュのお店は、夕方は酒場として開いている。
まだ日が沈んで間もないので、お客の数はまばらだ。
ここから席が埋まり、座る場所もないくらいいっぱいになる。
お花屋さんの仕事を終えて帰ってきたフローレン。
僅かに胸と腰を覆うだけの、普段の花びら鎧姿も艶やかで魅力的だけれど、花売り乙女のエプロン姿も清純で麗しく、これはこれで男性客の目を大いに惹き付けている。
この店には、お店関係の女子たちだけの専用席がある。
店の右奥の従業員用出入り口の前にある、大きな切り株をそのままテーブルにしたような席がそれだ。軽く十人掛けの大きさがある。
その大きな切り株テーブルには、ただひとり、アルテミシアが座っていた。
「あら。おかえり、フローレン♪
今日はお洋服着てるのね♪」
ちょっと悪戯っぽい口調のアルテミシア。
「もう! あなたまで、言う?」
ユーミは本気で「ふくきてる!」と言っていたけれど、アルテミシアはわかっていて言ってる。つまりフローレンの事を茶化している。
フローレンはややいじられ的なところがある女子だ。
そして照れる仕草は女の子目線で見ても可愛らしい。清楚な花売り娘が少し顔を赤らめる表情を見ながら、アルテミシアは小さくクスクスと笑う。
アルテミシアは裾の長いドレス姿だった。
ぴっちり密着していて、身体のラインがキレイに現れる。
月色の長い髪も丁寧に頭の両サイドで結んで、きれいなツインテールに流している。
足元は歩きにくそうなピンヒールだ。
冒険者スタイルではなく、歌姫スタイルのアルテミシアの姿だった。
後でお客が増えてきたら、歌を披露するつもりだろう。
アルテミシアの歌を聞くために店に来るファンもいるのだ。
アルテミシアは昨日の遅くに、十日ぶりに旅から帰ってきたばかりだった。
そして今日、久しぶりに歌姫姿のアルテミシアを見かけて、彼女のファンのお客たちも、歌うのは今か今かと待ちわびている感じだ。十個あるテーブルは、早くもステージ前のほうから順に埋まり始めている。
フローレンはアルテミシアの隣りの席に座った。
「地図?」
「地図♪」
テーブルの上に、わりと広域の地図が広げられていた。
ここフルマーシュの町も、ここから伸びる街道も、わかりやすく描かれている。
「お仕事の話かな?」
フローレンもその地図に目を落とす。
「ええ。さっきクレージュと話してて♪」
アルテミシアは湯気のたつカップを手にとって、紅茶と思われる飲物を少し口に含んだ。
「ふ~ん…クレージュと話…って事は、商売がらみかな…?」
フローレンは冷たいグラスを手にとって、果実水を口に含んだ。
「ええ♪ 買付けに行くのに、どのルートから行こうか、って話ね♪」
地図があるということは、あまり行かない場所に行くか、あまり通らないルートで行く事を考えている、とうい事になるけれど…。
まあ直接クレージュから説明があるだろう。
地図は一旦お片付けだ。
ちっちゃな二人の女の子、プララとレンディが車輪付きのカートで、女子専用席に料理を運んできた。
ころころカートの上からテーブルに、次々に料理を並べていく。プララは右から、レンディは左から。そして最後に二人が両端の取手を持って「よいしょ!」と運んだ大きなお皿は、肉料理がたっぷりに盛られた、ユーミの分だ。
プララとレンディは二人とももまだ小さな少女だが、すすんでよく手伝いをしてくれる。
まだ幼いので、接客はお昼だけで、お酒の出る夕方の時間からは、調理のお手伝いや食器を片付けるようなお手伝いや、料理を出すのも身内の女子たちの専用席だけという、内輪だけの関わりにとどめている。
クレージュはお店を開いた頃から三人の助手を雇っていて、その娘も含めて五人が住み込みで働いている。
カリラは商家の嫁だったが、行商中に賊に襲われ、夫の命と大半の家財を失った。幼い娘プララと二人だけが逃げ延び、親交のあったクレージュに拾われ、ここで商売の手伝いをしている。
セリーヌは小さな食堂で働いていたが、店じまいしたのでクレージュが料理係として雇った。
カリラはまだ乙女の歳の頃に商人に嫁ぎ、すぐにプララを産んでいる。
セリーヌは結婚はしていないが、かなり若い頃にレンディを産んでいる。
この母親同士は仲がいいし、娘同士も、同じ歳でとっても仲がよい。
そしてプララとレンディは冒険者に憧れているので、フローレンやアルテミシア、レイリアやユーミたちを尊敬している。
二人共、以前から朝練に参加して武術の手ほどきも受けているし、そしてつい先日、旅に出る前のアルテミシアから魔法を習いはじめていたはずだ。
クロエは商業都市アングローシャの夜の酒場で働いていたが、旧知のクレージュが引き抜いてきた感じだ。
酔った男客の扱いが上手く、今もカウンターの反対側の端の席で、早くも酔い潰れている客の話を聞いてやっている。
クロエはレイリアと踊り子ラシュナスとは酒好き女子三人組であり、クレージュやレメンティとは常識人三人組、といった感じに人付き合いの幅も広いのだ。
できたて料理につられるように、ちょうどユーミが入ってきた。
眼の前に既に置かれている大皿の肉料理に目をキラキラさせる。
先程のエスターという、猟師の子も一緒だ。ユーミより背が少し高い。
二人共ついでにお風呂で身体も洗ってきて、さっぱりした感じがある。
このお店にお風呂があるのは、アルテミシアが魔奈の力を転用してでお湯を沸かす装置を作ったからだ。
ちなみにユーミは、先のちびっ子プララやレンディにも負けないくらい背が低いが、女性のつくべきところに、割りと充分いい感じに肉がついていて、明らかに子供体型ではない。
普段は上から羽織っている極光色の獣皮に隠れるのでわかりにくいが、今のようにラフな格好をしていると、十分に女性としての魅力は感じられるはずだ。
で、その女としての魅力も十分な小柄な乙女は、さっそく料理と格闘を始めた。
この子は見たところ、暴れる事と食べる事が生きがいのような印象を与えるが、中身も全く以てその通りである。
その小さな身体のどこに入るのかは全くの謎だが、並んだ料理がみるみる吸い込まれていく。ちびっこ二人がユーミの為に運んできた山のような肉料理も、お皿ごと食べてしまいそうな勢いで消費されていく。
そして、食べている姿は大人の魅力を忘れさせる。つまり、子供そのものだ。
横にいる猟師少女のエスターも頑張ってけっこう食べているのだけど、ユーミの存在感に完全に隠れてしまっている。
そうしているうちに完全に日も落ちて、鍛冶場で働いているレイリアが帰ってきた。
女子専席に一番近いカウンター席が、彼女の定位置である。
そこに座ると、カウンター席のクレージュも何も聞くこともなくお酒を出した。
ここで毎日同じように見られる、決まったやり取りの光景である。
変わることと言えば、お酒の種類か、出すのがクレージュかお酒担当のクロエか、ウェイトレスの誰か、という事くらいだ。
レイリアは前開きの白いシャツを乱暴に胸の高さで結んで、抑えて、支えて、隠している。
とは言えレイリアのもかなり大きいので、その女特有の丸みはその程度では全部は隠せてはいない…。
鍛冶の時は黒い革の衣服は汗で蒸れるらしく、そういう薄い布一枚を巻いた格好でいるらしい…けれど、そのままの格好で町を歩いて帰ってくるのは如何なものだろうか…。
上を隠すのはその布切れ一枚だけ。
下はと言えば、冒険する時とあまり変わらない、太もも丸出しのショートパンツ姿だが、冒険時の物よりもさらに覆う部分が少なくなっていて、後ろが半分くらい食い込む形になっている。
このショートパンツすらも、鍛冶場にいる時は蒸れるのが嫌いで脱ぎ捨てる事もある、と彼女の妹分のガーネッタが言っていた。脱いだその“中”といえば、細いヒモみたいのしか穿いてないはず、なのだけど…。
レイリアが鍛冶場の仕事を手伝っているのは、炎熱を自在に操るからだ。
彼女の能力を以てすれば、鉄を熱くする事など児戯にも等しく、それを望みの形に仕上げることも容易い事なのだ。
もちろん直接鉄を打ち品を拵えるのは鍛冶職人たちだが、レイリア程の使い手がいればその鍛冶工程を大幅に短縮できる訳だ。
鍛冶工房の暑い中なので、作業中はこういう薄着になるのはまあ理解できる。
だとしても、この格好のまま外に出てくるあたり、彼女もかなり自身の魅力に無頓着な女子である。
縊れた細腰が惜しげもなくむき出しの格好で、その上も下も女の丸みが惜しげもなくはみ出している衣装なので、お陰でわりと男客の視線を集める結果になるのだが、そんな事にも全く興味がなさげな様子である。
背が高く腰の位置が高いレイリア。割りと色白なそれでいて健康的な肌に、熱々の鍛冶工房で流した、光る汗がまた色気を引き上げている。
男客たちもこんな「いい女」がまさか、環境が過酷な鍛冶工房などで働いているなどとは思わないだろう。
組んだ長い脚をテーブルに乗っけて 椅子を後ろに少し傾けた不安定な体勢のまま、一人でグラスを傾けている。
そのアンバランスを維持する姿が、また彼女の格好良さを引き上げている印象がある。
最初のお酒が無くなると即座に、茶髪の豊かな微ぽっちゃり系ウェイトレス、ミミアがお酌をしに来た。
この子はちょっと前の空いたディアンドル風のウェイトレス衣装から、派手に谷間が見えるくらい胸が特大に大きい。
ユーミはこんがり焼けた大きな肉の塊にかぶりつくのに夢中だ。
「ふむむももぐもぐも?」ユーミの意味不明な食べながら言葉に、
「食べてからしゃべりなさい」とレイリア。
レイリアはわりとユーミの行動に世話を焼く。この身長差女子ふたりは、お互い一番仲がいい。
レイリアは酒の肴にと、ぎりぎりの体勢で身体と手を伸ばし、ユーミの前のお肉をひとつ掴み上げた。
「もがが!もががびべぼ!ががぎんがご!」(こらー!とらないでよ!あーしのだよ!)
「何だよ、一つくらいいだろ!」
「がべー!へいみがべがが、がべべ!!」(だめー!レイリたべたら、だめー!!)
「あー、もう、肉くらいで騒ぐな! 駄々っ子かオマエは!」
だが、ユーミは騒ぐのである。駄々っ子である。
「ユーミ、ゆっくり食べたらいいわよ。また次の焼いてくるから」
「ふわーぎ!ぶぎご!ぶぎご!」(うわーい!つぎの!つぎの!)
クレージュがとりなして、肉食系少女の機嫌が収まった。
駄々っ子なユーミも、クレージュの言う事だけは素直に聞くのだ。
一回り年上のクレージュは、冒険者のみんなにとって姉のような存在である。
助け出された女の子たちにとっては、あるいは母親代わりの存在かもしれない。
面倒見が良く、店を切り盛りし、それにまつわる仕入れや商売まで手掛けている才女である。
クレージュは、誰もが認める、ここにいる女子全員のリーダーである。
彼女が世話している女冒険者は今は全部で六人。
フローレン、アルテミシア、ユーミ、レイリア…
あとの二人、ラシュナスとレメンティは、半月ほど前から北へ行っている。
旧ブロスナム王国領、つまり内乱真っ只中の地へ、だ。
その地へ物資を運ぶ商隊についていった旅芸人、といった感じだ。
実際にレメンティは占い師だし、ラシュナスは踊り子なので、旅芸人と言って違いないし、相当に稼いでくるだろうと予想される。
…それに加えて二人それぞれ、男性相手にさらに稼ぐような事をする女子たちでもある。
その上、この二人も冒険者で、かなり腕も立つ。
商隊からは護衛としての報酬も貰っているのだ。
予定ではこの二人は、明日には帰ってくる事になっている。
のだけれど…
いつも予定通りにいかないのが、このツンツンしたレメンティと、デレデレしたラシュナスのコンビなのだ…




