30.フルマーシュの黄昏
「いらっしゃいませ~」
お客様を迎える、明るく可憐な声。
この田舎町フルマーシュの片隅にある、町でも数少ない花屋さん。
「…このお花なんて、いかがかしら? 花言葉は…」
「大事な方に、お送りするんですね? じゃあ、こちらのお花も添えて…」
お店は盛況だった。
それは今日、閉店セールを行っているからだ。
ここで働くのは今日で最後だった。
花売りの質素なエプロンドレスと、真っ白なレースのヘッドドレス。
清楚な姿の売り子の乙女…
フローレンの、町で働く時の姿だった。
花妖精の血を引くおかげで、露出度の高い花びら鎧を着ていても、可憐で清楚な印象を保つフローレン。そんな彼女が花売りの衣装なんて着ていたら…
北での内乱が続いている。
収まる気配を見せない。それどころか、戦乱は日増しに強くなっている。
北の戦地に優先的に食料や物資を持っていかれる。
兵士の多くが出払っているせいで、国内全体の治安にも悪化が見られる。
先日フローレンたちが山賊を倒したりしていたように、冒険者に依頼が来る事が多いようだ。だがその冒険者も、北の戦地へ向かうものが増え始めている。
ここフルマーシュの町は、元からそれほど活気のある町ではなかった。
往来する馬車の数が、他の町との物資のやり取りが、日毎に少なくなってきている。
この辺境の町にも、確実に不景気の波が押し寄せてきている。
そんな中でお花を買いに来る人は本当に少なくなった。
お花を育てるのは楽しかった。
フローレンは、冒険に出ている時を除いて、町にいる時はこのお店に来て、お花の手入れをしている事が多かった。
訪ねてくるお客さんに、その人や飾る場所に合ったお花を選んであげるのも、楽しかった。
「ありがとうございました~」
フローレンが大きな花束を作った最後のお客さんが帰っていった。
お店の最後の片付けを終えると、寂しさがこみ上げてきた。
お店の店主のお爺さんと、フローレン、同じ手伝いの女の子リマヴェラ、三人でお別れの挨拶をする。
「フローレンちゃん…やっぱり冒険に戻るのかい?」
この店主はフローレンが実力充分な剣士である事は知らないし、冒険者がどういったものかもあまりわかっていない。
「ええ、しばらくはそうなるわ」
もともとフローレンは冒険者だ。稼ぎの額から言えば、そちらが本業だといえる。
冒険に出かけ、また町に戻って花屋の売り子を行う生活だった。
フローレンはどちらも好きだった。どちらも自分の才能を活かせる仕事なのだ。
「フローレンちゃんがいてくれると、お花も良く育つんだよね」
「ええ、それは…」
亡き母から引き継いだ、お花を愛で、育む才能、花の術。
そして、花を扱う力は、キレイな花を育てるだけではなかった。
父から教わった剣技と母から受け継いだ花術を組み合わせる事で、独自の戦技スタイルを築いている。
「…幼い頃から、お花の育て方を、お母さんに習っていたから…」
自分が花の術を使うことも、花妖精の血を引いている事も、言わなかった。
町で生まれ町で生涯を送る、この老店主さんには、関係のない話だ。
店主に別れを告げ、ずっとこの花屋で一緒だったリマヴェラと二人、並んで道を歩く。
日は暮れ、西の空が茜色に染まり始めている。
「フローレンに売ってもらえるお花は、どこか生き生きしてる感じがするのよね」
リマヴェラはもともと孤児だった。育ての親も亡くなり、また一人になって暮らしている。
フローレンより少し年下の、清楚で優しい、おとなしい女の子だ。
家事は得意だけど、要領が良くない。
スタイルもいいし、花を愛でている姿はかなり美しい絵になる。
そんな女の子なのに、男性と接するのが苦手で、しかも消極的なので、永久就職する相手も特にいない。
お花を愛して、お花の世話をする、自分の世界に引きこもっていたいタイプの子だ。
あと数日は、店じまい後の業務を手伝うけど、その後は仕事の目処もなくて困っている。
店主ももうかなりの歳だし、こんな景気でもなければ、リマヴェラにお店を譲って、このお花屋さんは続いていたかもしれない。
「また、いつか…一緒にお花育てようね!」
「うん…いつか…また一緒に…」
今まで働いていたお店…その居場所のなくなる辛さを、共に感じている。
でも、自分にとっては半分だけだ。
フローレンには冒険があって、お店の仲間たちがいるけれど…
この子、リマヴェラには誰もいない…。
「冒険、気を付けてね…」
「うん、ありがと!」
リマヴェラと軽く抱き合った。
「リマヴェラ…! お店にも顔だしてね!」
そう声をかけた。
お酒を飲める子だったら、今からお店に連れて行って、一緒に飲み明かしたい気分なのだ。
冒険者仲間は多いし、店の女の子たちとは一緒に住んでいるし、日常の関わりもある。
でも、こういう普通の友人がいる、というのもフローレンには嬉しい事だった。
だけど…
お花屋さんがなくなったこの後…この子はひとりで生きていけるのか…
「困ったら、いつでも尋ねてきて!」
フローレンは、もう一度、念を押した。
内気で自分をうまく出せないリマヴェラの事を心配している。
「絶対、一人で悩んだりしちゃ、ダメだよ! 頼ってよ!」
いつまでも友達だから、という言葉は、ちょっと気恥ずかしくて言えなかった。
「うん…ありがとう…フローレン…」
暮れなずむ中、表情はよく見えなかった。
でも、その瞳に、輝くものが映るのが見えた。
クレージュがお金を貯めて、夢だった飲食店を開いたように、
自分も冒険者としてお金を稼いで、引退後にはお花屋さんを開きたい。
そして、娘ができて、お花の術を、今度は自分が教えて引き継がせてあげたい。
(大好きだったお母さんが、私にしてくれたように…)
(またお花屋さん、できる日がくるのかな…?)
フローレンのささやかな夢なのだ。
(その時、リマヴェラも、一緒に手伝ってくれたら、嬉しいな…)
一回だけ振り返った。
黄昏を背に、彼女はまだこっちを向いて、手を振ってくれていた。
そんな事を考えながら、その足はクレージュの店に向かっている。
仲間たちの集う、今の自分の大切な居場所なのだ。
かなり太陽が沈んできていた。
東の空は夜の帳が下りている。
「あ、フローレ!」
クレージュの店の前で、ちょうど狩りから戻ってきたユーミと会った。
小柄な少女が、自分の身体より大きな獲物を長い棒に締めて、それも三頭も、軽々と運んでくる姿に、周囲の通行人の半分はあっけにとられ見つめている。
残りの半分はもう見慣れているのだろう。
「ふく、きてるんだ?」
「そりゃあ、着るわよ!」
この子は、布面積が下着と変わらない花びら鎧姿のほうを、普段着だと思っているらしい。
ぱっと見が、花売り姿の町娘と、手に大量の獣という大荷物を抱えたの毛皮姿の蛮族の子供…。事情を知らない人にはそう見え、変わった取り合わせだと思う事だろう。
加えて、今日のユーミには連れがいた。
ユーミは最近、猟師の子と親しくなった、という話をしていた。
そのエスターという猟師の女の子が、店に肉や毛皮を卸しに来るようになっていた。
この子がそうだろう。
その猟師風の女の子は、獣皮を丸めたのを抱えている。
「エスターです。フローレさんですね、お話はかねがね、ユーミさんから聞いてます!」
なんだかユーミに似た雰囲気を感じる。
狩人仲間だから、という訳じゃあなくって…、言うならばユーミと一緒で、ちょっと猫っぽい。
フローレンは、
「ええ、よろしくね、エスター。わたし、フローレンです!」
と特に名前の語尾を強調して挨拶した後、
「ユーミ、人の名前は略して教えないようにっ!」
と釘を差した。
ユーミは「なんで?」みたいな顔をしている。
レイリアが時々ユーミにキレてる姿を見るけど、こういうところなのだ、となんかわかる…
「お話は聞いてる」って…自分の事を、ユーミがどう言ってるのか…心配になってきた…
「クサい」とか言ってないか、すっごく心配になってきた!
そこにちょうど、お店からクレージュが出てきた。
「あら、おかえり。フローレン。
いつもありがとね、ユーミ。それ、裏に運んでおいてもらって、いい?」
「いいよー!」
「じゃあお願いね。このあいだ獲ってきたお肉、焼いておくわね」
「わーい! おにくー! おにくー!」
ユーミは無邪気な少女のようだった。力がちょっと、人より強いだけの。
そう、大の男より、ほんの数倍ほど強いだけ、なのだ。
背も低く子供っぽい、カワイイ女の子だ。
「エスターも、毛皮ありがとう」
「いつもお世話になります、クレージュさん!」
「お代は後でいいかしら? とりあえずユーミと一緒に、食べていって。お代はいいから」
そのなめした獣皮のほうもクレージュが買い取り、商売に乗せようとしていた。
毛皮は商業都市アングローシャまで持っていけば高く売れるのだ。
この猟師の子は、亡き育て親から習ったとかで、皮の加工がかなり上手なようだ。
ユーミはエスターをつれて裏に回っていった。
狩った獣を抱えて店に正面からは入れないだろう。
フローレンはクレージュと一緒にお店に入っていく。
辺りはもう薄暗く、お店の明かりが通りを照らしている。
話の切りの関係で今回は短めでした。
月末月初、仕事の関係で投稿送れるor忘れるかもしれません…




