25.おかえりなさい そして いらっしゃい
やっと抜けた坑道の裏出口から、山を降りて東に歩く。
商業都市アングローシャから田舎町フルマーシュへ伸びる縦貫街道に出た。
通りかかる荷馬車を呼び止め、フルマーシュの町まで乗せてくれるように交渉した。
あまり荷物のない荷馬車だったので、荷台に女子七人が乗っても大丈夫そうだ。
三人の女の子たちも、ついてくる事を希望している。詳しい事情はお店でゆっくりしながら聞くことにしよう。
「この分だったら夜までに帰れそうね」
ユーミとレイリアは荷台の箱にもたれて、ちょっとまどろんでいる。
この二人の頭には、既に肉と酒のことしかないようだ。
三人の女の子はさすがに疲労困憊の様子で、荷台にある一枚の大きな布で三人一緒に身体を包んで、馬車に揺られながら仲良く並んで居眠りしていた。
フローレンはその姿を微笑ましく眺めていた。
「あ゙ぁーーーー!##」
「何!? 何!? ど、どうしたの…!?」
突然のアルテミシアの大声に、隣りにいたフローレンはもとより、ユーミとレイリアもまどろみが吹っ飛ばされ、女の子たちもうっすら目を覚ましていた。
馬車の主も驚いて振り向いたくらいだ。
「結局食べそこねた…♭ あんころもち…♭♭♭」
今ここで忘れた頃に、アルテミシアの「オトメ」が出てきた…。
「楓蜜が取り返せなかったんだから、結局作れないでしょ…」
「だねー。また今度、いこー」
レイリアとユーミは「なんだいつものことか」と言った感じに傾眠に戻る。
「森の村でお砂糖が作れたら、いくらでも食べられるわよ」
フローレンもそう諭すけれど…、
「やだやだやだやだ!# 今日食べたいの!# 今日がいいのー!#」
アルテミシアはいつになく、乙女を通り越して、駄々っ子のようになっている…。この中でいちばん歳上なのに…。大きな魔法を使ったらお腹(スィーツ腹)がすく、というような理由でもあるのかもしれない…。
「はい、もう駄々っ子言わないの! わたしたちも、町につくまで寝るわよ!」
フローレンも、呆れたように突き放し、横を向いて目を閉じた。
女の子たちはうっすら開いた瞳を、また閉じた。
三人とも、ちょっと微笑んでいたようにも感じられる…。
スィーツ乙女はまだしばらく何か言っていたが、そのうち疲れに負けて静かになる…。
フルマーシュの町に帰還した頃には、もう日が落ちかかっていた。
女子七人、クレージュのお店の前で馬車を降りた。
「馬車の人、えらく親切だったね」
フローレンの言う通り。乗合馬車は町の入口などではなく、クレージュの店の真ん前まで運んでくれたのだ。
「ええ。金貨渡したからね♪」
アルテミシアはさらっと言ったが、
「えー?」「そんなに払って大丈夫…?」
と当然、フローレンとレイリアには当然のように驚かれ心配される。
あの程度の乗り合いだと、破格の支払いだろう。金貨一枚出せば、御者つきで馬車ごと数日借りて、荷物いっぱい積んで往復してもまだお釣りが来そうだ。
貨幣の価値を理解していないユーミは当然ぽけ~っとしてる。彼女の支払いはいつも仲間任せだ。決してひとりで旅をさせてはいけない。
三人娘のうち、金褐色髪ほっそりのメメリは「?」と、よくわかってない。
赤茶髪ぽっちゃりのミミアは「へ? 金貨?」って感じでちょっと意外っぽく、
黒髪姫カットのキューチェは「え~~? 金貨!?」ってかなり驚きの反応だ。
こういう遣り取りで、その子の経済感覚なんかが意外と見えたりするものだった。
「それだけ払えば、気を良くして、わざわざ店の前まで運んでくれた訳だ…」
レイリアはちょっと呆れた感じだった。
「いいのよ♪ 思わぬお宝が手に入ったからね♪」
振り返り際にアルテミシアはウィンクしながら、亜空間バッグから“光”を取り出した。岩獣から取り出した、あの巨大な光石だ。かなりの価値なのだろう。
それに山賊のアジトにあった宝飾品も回収しているので、実入りは充分だ。
「ただいま~」
店にはまだお客はいない。
そろそろ夕方の客入りが始まろうという頃だけど、ちょうどいい時間に帰ってこれた。フローレンの衣服を分け合って、あられもしない格好をした女の子たちは、今の格好じゃあ男性客に見られるのは、ちょっと恥ずかしいだろう。開店前だったから人目を気にして裏口に周る必要もなく、普通に正面から入れそうだ。
「あ~!! おかえりなさ~い!!」
ちょうど開店準備をしていたちっちゃなアーシャが、嬉しそうに駆けながら出迎えてくれた。
そして、ばたっと転んだ。お約束の行動だ。
「あ! おかえり~!」「おかえりなさい!」
アジュールとセレステ、海歌族の二人も気づいて出迎えてくれる。
二人とも、胸の大きく空いたディアンドルっぽいウェイトレス衣装が板についてきている。夜の酒場の時は、この格好でエール酒を両手にいっぱいお客さんに持っていくのだ。
騒ぎをききつけて、店主のクレージュが厨房から出迎えにきた。
「あら? おかえりなさい! おつかれさま!」
クレージュはいつも、まず何よりも先に、必ず全員の無事を目で確認する。
笑顔で迎えながら、一瞬で全体を見て確認して、どんな細かいことも見逃さないし、変化があれば気にかける。
その笑顔をそのままに、後ろにいる女の子たちに声をかけた。
「そして…いらっしゃい!」
新しく来た三人の女の子に、優しくゆっくりと声をかける。
始めて来る子たちはいつも、彼女のこの最初の声かけと笑顔でまず安心に包まれるのだ。
クレージュは雰囲気を作って相手を自分のペースに持ってくるのが上手い。
店の接客者としても商人としても、一流のスキルだ。
三人の女の子のことをクレージュに事情を話し、とりあえず任せる。
とりあえず先に、さっぱりして、着替えて、そしてご飯だ。
お店の奥からウェーベルとチアノもやってきた。
お姉さんなこの二人は、新しい女の子が来たのを嬉しそうに歓迎している。
家庭的なウェーベルは最近、厨房にいることが多い。料理長セリーヌの助手のような感じだ。
女の子たちに果実水を出している。喉ごしのよい冷たく甘い水分は、旅の疲れを癒やすのにちょうどよいだろう。
この後、お風呂にお案内したり、着るものを用意するのはチアノ“部長”の役目だ。
フローレンたち四人は、いつもの冒険者女子専用の店奥テーブルについた。
彼女たちが掛けているこの十人がけの席は、女子冒険者と店関係者の専用席になっている。
ちょうど酒場がオープンする時間になって、他のお客の姿も見え始めている。
プララとレンディのちびっこ二人が、果実水とオードブルを運んできた。
この子たちはまだ子供なので、夕方からの接客はさせていない。
行うのは内輪のメンバーに対してや、お店の中のことだけだ。
ユーミは雑に羽織っていた極光色の毛皮を脱いで、これまた雑に衣装掛けに投げて掛けた。
あのバカでかい毛皮を脱ぐと、その中は原始的な皮の下着みたいなものしか着けていない。わりと…いや、かなり起伏の激しい女らしい身体がそこにある。
今から見せる、肉を食べている姿はただの子供にしか見えないのだけど…
レイリアも割りと無頓着だ。
店の中にも関わらず、いきなり上衣を全部脱いで、一枚の両開きのシャツを 胸の高さで前結びにした。
一応、一番奥の席で後ろ向きになって着替えてはいるのだが、他の男客共の視線は、背中の両横から見えるその、女の丸みの揺れる姿に釘付けになっていた。
レイリアの着衣は、上はそんな感じで乱暴なシャツ結び、下はかなり肌に密着したショートパンツで、しかも腰からの位置がかなり低い。なので姿勢によっては上から少し見えてしまって、側を通る男性は視線を奪われてしまう…のだが、本人は男共の視線など、全く持って気にしている風はない。
フローレンは花びら鎧から着替える必要はないし、その姿のままいつもの席についていた。
本人は覚えているのか忘れているか…今、花びら鎧の換装を解けば…何も着ていない状態、だ。
アルテミシアも月影色の魔女衣装のまま。後で歌を披露すとすれば、身体に密着したぴちぴちの歌姫ドレス姿に着替える事になる。
…のだけれど、食べられなかったおダンゴ系スィーツの事でヘコんでいるので、今日は歌の披露はなさそうである…
ラシュナスとレメンティの姿はない。二人は今、北に行っている。
北では内乱が起こり、政情が不安定だった。昨年滅ぼされたブロスナム王国の残党が各地で蜂起してるのだが、二人はその北の情勢を探りに行っている。
行商の一行に、踊り子と占い師として同行しているのだ。
旅芸人、なのだが実際は護衛も兼ねている。この二人も相当強い。
先月、フローレンたちが救出した四人の村娘たちは、この店で働いている。
そのうちの二人、ネージェとディアンが女子専席に次々に出来上がった料理を運んでくる。この二人は昼間はクレージュの商売関係の荷物運びなどをして、店の忙しい時間はウェイトレスとして働いている。ふたりとも活発で気が強い性格なので、動きもきびきびしていて無駄がない。お客にも人気がある感じだ。
しばらくすると、チアノ部長に連れられて、新しい三人の子が一緒に戻ってきた。
お風呂に入って、さっぱりした感じになっていた。
薄汚れていた身体をしっかりと洗って、髪もきれいにまとめて、町の娘たちが着るような可愛らしい感じの服を着ていると、つい今日先刻まで山賊に捕まっていたとは思えない。
食卓に招くと、三人とも「もう待ちきれない!」といった感じで、一気に食べ始めた。
「おいし~! ここのごはん、すっごくおいしいね!」
ぽっちゃり系のミミアは、かなりよく食べる。身体中に栄養が行き届いていて、もともとよく食べる感じだ。赤茶色の髪もふわふわで豊かな印象で、話し方もふんわり天然な感じがする。全体的にすべてがやわらかい印象の女の子だ。
「おいしいです! いいんですか? こんなにいっぱい食べちゃって…」
金褐色お下げ髪のほっそり女子メメリも、負けないくらいよく食べていた。村ではあまり満足に食べられなかったから痩せている、という感じがする。ここでは食べれるから食べる。
言葉遣いは丁寧で相手を下に置かない。そしてしっかり者な印象だ、
「…おいしい…」
小柄なキューチェは黙々と丁寧に食べている。
ぱっつん、とキレイに揃った黒髪の前髪は、ややすれば上品な感じすらある。
口数少なく動きも少ないけれど、かなり利発な感じがする。
この三人は、たまたま同じ乗合馬車で一緒になっただけで、出身は別々だと言っていた。その馬車が襲われ同じ捕らわれの境遇だったこともあり、三人とても仲が良くなったようだ。
だが、身の上の話を聞く時、三人の表情は暗くなった。
ミミアは裕福な農家の娘だった。
小麦や葡萄を多く生産する、アングローシャ近郊の農村だ。
その日は外出する父親について来ていた。多分作物を売る商談の帰りだったという。
そして… 山賊に襲われた時、父親は彼女を見捨てて逃げた。
ミミアは妾の子で、父の正妻との関係が悪く、母の死後は父親からも少し敬遠されていた感があった。それに十人近くもいる娘の一人くらい、と思われたのかも知れない。
話し終えると、捨てられた実感が沸いてきたのか、わっ、とミミアは泣き出した。
メメリは貧しい村の娘だ。
全員が十分に食べていくのに難しい、そんな村で一緒に暮らしていた母が病気で亡くなった。病気に罹ったのではなくて、十分に食べれなかったのが原因かもしれない。
一人になって村に居づらくなったので、王都オーシェにいる遠い親戚を頼ろうとしていたが、そもそもそこで受け入れてくれる保証はなかった。やっぱり思い直して村に帰ろう、と乗った馬車が襲われたのだ。
メメリも、食べる物のなかった母親の事を思い出したのか、涙をこらえきれなかった。
キューチェは語ろうとすると泣き出して、なかなか話が進まなかった。
少しづつ話を聞くと、元々生みの親は不明、つまり孤児で、アングローシャの小さな商家に引き取られ育てられたらしい。だけど家の事情があって、身売りに出されたようで、その人買いに連れて行かれる途中、襲われたという事だ。
一緒に育てられた、とても仲の良かった子の事を心配していて、また泣き出した。
帰り辛い、帰れない、帰るところがない、それぞれ不幸な事情のある上に、さらに山賊に拐かされるという、重ねた不幸に巻き込まれた三人娘。
「ずっと、ここにいてもいいのよ」
泣いている女の子たちに、クレージュがやさしく声をかける。
フローレンも、アルテミシアも、ユーミまで頷いている。
レイリアも、どこか優しい笑みを浮かべていた。
「「あ…「ありがとうございます!」」…ます…」
三人の声が重なる。
そんなわけで、この子たちも、今日からここで暮らす事が決まった。
「しっかり食べて、今日は休んで。明日からは、しっかり働いてもらうわよ」
「はい!」と三人が頷いた。
一通り泣き終わると、今度は空腹のほうが勝ってきたのか、また一斉に食べだした。
もう、おちついた笑顔に戻っている。
今、ここにある新しい幸せを、おなかいっぱい食べている。




