24.光る坑道の奥に眠るもの
入り口ともう一つの坑道が崩れたため、もう一方の道を行かねばならない。
だけど、この道を進もうとすると…
「あ、こっちは…」
「行ったらダメだって!」
「あぶないって…言ってた…」
三人の女の子たちが口を揃えて言った。
山賊たちが危険だと言っていた、という事は、実際に何かあるのだろう。
女の子たちを逃さない為だったら封鎖してるはずだし…。
「でもね…」
とフローレンはユーミとレイリアのほうをちらっと見た。
入り口を爆発させて壊した誰かさんと、天井ごとぶった斬って壊した誰かさん、がいるので、残ったこの道を行くしかないのだ。
目が合うと「し~らない」といった顔でそっぽを向く二人。
外見も背丈も種族も好みも全部違うけれど、実によく似た者同士だ。
そういう訳で、残された左の坑道を進む。
先程と同じ、先頭はユーミとレイリアだ。
こちらはさっき崩れた坑道とは真逆に、次第に通路は広く、天井も高くなってきた。
それに、壁や天井の光は、先程よりもずっと、強くなってきているのだ。
入り口や先程の空間と比べると、天井からの光でかなり明るい。
「これ…石がすごく光ってるよね…?」
「まるで…夜のお空みたいに…なってきましたね…」
「きれい…」
三人の女の子は、不安も忘れたように、天井を見上げ、その光景に見とれている。
「ええ♪ 進むにつれて、石の光の質が上がってきているわね…♪
この感じだったら、奥で充分質のいい光石が採れるはずよ…♪」
アルテミシアは魔奈の流れを読んで、そう感じている。彼女の見たところでは、この奥には商用価値の見込めるくらい良質な、光石の鉱脈があるに相違なかった。
「じゃあ、それを売れば大金持ち?」
ぽっちゃりなミミアが興味を示した。
この子はやや裕福な家の子のように思える。露出した腕やお腹や脚に無駄なお肉がついているのは、充分に、いや過剰に食べるからだろう。おむねが大きくて、むちむちして可愛らしいとも言えるけど…。
「ううん、そんな簡単じゃあないけどね…♭ 光石って扱いが難しいらしいから♪」
光石の加工についてはアルテミシアは詳しくない。けれど、掘ってみたけど光っていたのは表面だけだったとか、せっかく採ったのに加工段階でそのまま光を失ってしまうも事も多い、という話は聞いたことがあった。
「うまくいかないもの、ですね…」
その話を聞いて、ほっそりなメメリが残念そうにつぶやいた。
この子は見たところ貧しい村の子のようだ。手足も細いし、多分カーデガンで隠れてるけどお腹まわりも細い。総じて充分に食べれていない感じがする。スマートで可愛らしいとも言えるけど…。ただ、おしりだけは年頃の娘らしく肉付きがとても良い。
「ま、そんなものだよ。おいしい話なんて、そうそう無いものだよ」
レイリアもそう言う通り、おいしい稼ぎになるなら、今も採掘は続いているはずだ。
「まあでも、この感じだったら、採算は充分取れる…んじゃないかな…♪?」
アルテミシアの計算では、そうなるらしい。
「価値のある石が採れそう、か… じゃあ、ここを廃坑にした理由は…?」
質の高い光石は価値も高い。採れるものを摂らないには、しかるべき理由があるはずだ。
その理由とは…?
レイリアもアルテミシアも、少し緊張した面持ちになっていた。
何か、不自然なものを感じている。
…彼女たちは忘れている。
「危険なので村の者は近づかない」と村人が言っていた事を…。
通路が急に広くなり、大きな空洞に出た。
天井はかなり高い。
そして…
「「「うわぁ…!」」」
女の子たちが感動的に天井を見上げていた。
そこには、星空が広がっていた…。
「これは…見事ね…」
「かなり上質な光石ね…♪ この明るさだったら、充分売り物になるわよ…♪」
その広い空間に足を踏み入れようとした時、
「まって!」
ユーミが皆を制した。
「「「何!?」」」
何もない。凹凸はあるが岩場が広がっているだけの空間だ。
星のような明りの下、はっきりとは見えない。
凸凹の岩場が広かっているだけ、ように見える…
けれど…
ユーミは感性が優れている。他の誰もが感じない気配を、見て、聞き、嗅ぎ、肌で感じ、そして六感で知る。
その事を知っている三人は、決してユーミの感覚を疑わない。
ユーミが何かいる、といえば、いるのだ。
岩の塊が動いた。
ように見えた…。
いや、動いている!
そして、岩の目が開いた。
そうとしか言えない情景が目の前で展開している。。
「岩獣?」
これを一体の「獣」というには、かなり大きい。|大きな一軒家《10×10×5メートル》くらいの大きさはありそうだ。
うっすら光る二つの「目」は、光石と同じ、白く輝きを放っている。
「光石を食べている岩の獣、って感じね♪」
まるで冬眠から目覚めるかのような、久々に眠りから覚めた、といった感じだ。
「ちょっとぉ…これがここの、廃鉱の原因…てワケだよなあ、どう見ても…」
レイリアが言うまでもない。こんな生き物…かどうかもわからないようなのがいたら、採掘などできようはずもない。
「でっかいねー」
ユーミはいつの間にか取り出した漆黒の大斧を、肩に担ぐようにして気楽に見据えている。
隙だらけなように見えるが、これでも彼女の構えなのだ。
「村人が“近づくな”って言ってたの、これのせいね」
その言葉を思い出したフローレンも花園の剣を抜くが、こういう硬いのはフローレンの好みじゃない。
「ま、倒さなきゃ、通れないわよね♪」
《防護盾》プロテクションシールド
三人の女の子を含む、七人全員に一瞬、光の幕のようなものが包み、そして消えた。
「危ないから、下がっててね♪」
アルテミシアに言われた三人の女の子が、うん、と頷いて心なし少し後ずさった。
何年ぶりか、いや、何十年ぶりかになる、動く者の接近を覚えた岩獣。
だが、その最初の身動きより早く…
岩獣が、いきなり、沈んだ。
《地面泥濘化》アース・マッドライズ
《上記魔法の発生範囲を拡大》
→前方の空間、縦横十米に範囲拡大
高さよりも広さを優先
足場崩し。
地面にしか使えないが、アルテミシアはこの魔法をよく使う。
石や土を柔らかくする魔法は、岩獣の足元の地面だけを、泥に変えたのだ。
巨体なので広範囲に魔法をかける必要があり、その分あまり深くはできなかったが、それでも足止めの効果はかなり強力だ。
重たい岩獣は、泥の中に自重で沈んでゆくしかない。
岩の塊がじたばた足掻いている。こちらに迫ってこれる感じではない。
だが。
動きを封じられた岩獣が、大きく息を吸うような仕草を見せた。
空気とともに、辺りの小石が吸い込まれていく。
冒険経験豊富な四に人は、次に何が来るか、この動きを見ただけで既に察している。
アルテミシアは後方に宙返りながら月船を出した。その上に着地、同時に垂直に高く舞い上がる。
ユーミは斧を振り回して逆巻く風を、レイリアは剣から燃え上がる炎を、それぞれ眼の前に発生させた。
そして、岩獣の攻撃。その口が大きく開かれた。
岩獣の口から吐き出されるのは、無数の石礫の嵐だった。
それは本来なら、無数の細かい岩石の弾丸となって襲いかかり、対するものをズタズタに切り裂き、穴だらけにするだろう。
女の子たちの前に立ったフローレンは、すでに防壁を作り上げている。
《野薔薇・茨の垣根》
召喚された茨が、地中から超高速で成長し、隙間なく絡み合って堅固な壁を形成、フローレンと女の子たちに迫る小石の弾幕を受け止める。
枯れるように固くなった茨の壁を突く礫の嵐の、その激しい衝突音の連続が、振動を伴い伝わってくる。
女の子たちは身をかがめ、頭部を抱えながら、轟音でかき消され聞こえない悲鳴を上げている。
ユーミの前の竜巻は、ツブテのアラシをあらぬ方向へと弾き飛ばす。小石ひとつたりとも他の誰のほうへは飛ばさない。
レイリアの前の炎壁は固体化し、受けた石礫を溶かすようにして張り付かせ、それが新たな石の盾を形成し、残りの礫を地面に叩き落としていた。
そして冒険に慣れた四人は知っている。
こういった吐く息の攻撃は、長くは続かない。
礫の息が止んだ。
同時に、炎壁と竜巻を突き抜けるように二人が飛びかかり、一気に岩獣との距離をつめる。
岩石は切れない。
そんな常識は、このユーミの大斧の前では、常識ではいられない。
ユーミの大斧は、金剛鉱でできている。
あらゆる鉱石はその硬さに関して道を譲らなければならないという、あの宝石の硬さを持つ金属だ。
もちろん、岩獣の堅固な身体すらも例外ではない。金剛石の硬度には敵うべくもないのだ。
それがユーミの馬鹿力で振り下ろされると、岩獣の頭部から背中にかけて、一直線の大きな亀裂が入った。
岩石は燃えない。
その常識は、レイリアの炎術の前では、やはり常識ではいられないのだ。
レイリアの手にある火色金の剣、その纏う色が変じる。
その炎は朱や赤の色ではなく、白く眩く燃え上がっていた。
通常の炎ではない。レイリアの扱う奥義、「四界の炎」の一つ、天の世界にあるという、白光の「理の炎」だ。
天の炎、聖なる炎、白き炎、裁きの炎…
多くの教義や魔法理論において、様々な呼び名で登場するこの光の焔は、天の理の中で、「燃える事から守られているもの」と定義される物以外は、容赦なく燃やすのだ。
岩獣の岩石の身体を白く輝く炎が焼き尽くしている。
アルテミシアは空中からそれを見下ろしていた。
月船に立ち、その手には紫紺の火花を散らす暗黒の球体があった。
下の二人の攻撃の動き、その次、一瞬の視線を確認した。
同時に、そして即座に、二人が岩獣の至近から飛び退いた。
頃合い、良し。
《結合解除=崩壊》 ディスインテグレーション
物質を最小レベルまで粉々にし消滅させる、大魔法。
古代の魔法文献に「分子分解」と記載された、危険さのあまり使用制限のかけられた、禁断の破壊魔法だ。
「消え去りなさい♪」
金剛の刃と天の白炎に動きを止められた岩の獣めがけ、その暗黒球体を頭上から投げつける。
月の姫の手から放たれた黒の球体は、寸分違わず、ゆっくりと眼下の目標へと向かってゆく。
そこにいる、岩の獣へと。
直撃。
そして弾け広がる黒の球状空間。
紫紺の火花は電光と化し、その球状空間を駆け回る。
暴れる岩獣の「残った」身体から、岩の破片が四方に飛び散る。
鳴り響く地響きは、岩の獣の最期の悲鳴だろうか。
だが、それもやがて小さくなり、やがて止まった。
暗黒球が消えた時、岩獣の身体の後ろ半分は、大きく丸くそこだけ削ったように消滅していた。
もちろん、もはや寸分も動いてはいない。
「お疲れ様。今回わたし、出番なしね」
と、茨の壁を解除しながらフローレン。
「いえ、その子達を守ってくれたじゃない♪ 任せておけたから、大きな魔法いけたのよ♪」
地面にゆっくりと飛び降りてきたアルテミシア。
ユーミとレイリアも集まってくる。
こういう時に、誰がどう動くか、彼女たちに相談は必要無かった。
何も言わなくても、互いの行動がわかっている。
岩の獣は完全に動かなかった。
生物かどうかは怪しいので、死亡したかどうかはともかく、いわゆる「倒した」という状態だ。
ユーミに斬られた亀裂から、明るい光が漏れている。レイリアの白い炎とも違う。
「ユーミ、ここ、斬って頂戴♪」
と、アルテミシアは、少し前まで岩「獣」だった岩のカタマリの、頭だった部分の少し横あたりを差す。
そう、ちょっと横、とユーミにわかるように指でちょんちょんと合図した。
「りょう」
ユーミは振り上げた大斧を
「かーい!」
振り下ろした。
真っ二つになった岩獣の顔に当たる部分、そこから眩い光が溢れた。
とアルテミシアは続けて、ユーミにとんとん、と合図を送る。
ユーミの金剛の斧が舞い、舞い、舞って、岩の欠片を飛ばしながら、岩獣の顔部を切り刻んだ。
そこから出てきたのは、拳の倍ほどの大きな光る石だ。
「光石ね♪ こんな強くて大きいのは珍しいわよ」
今回の冒険の、唯一の財宝、といったところだろうか。
アルテミシアが軽く呪文を唱えると、その石は、光ごと消えていた。
亜空間バッグに収納したのだ。
戦いは終わったのだが、三人の女の子は呆然の表情のまま固まっていた。
「あの…大丈夫? 怪我とかしてない?」
そのフローレンの言葉に、やっと三人は我に返ったようになった。
「すご~~い!」
「すごいです!」
「…すごい…!」
現実離れした戦いの光景の中にあって、三人娘は夢の中にいるような様子だ。ただの村娘が、このような高レベルなバトルを見せつけられれば、興奮を隠しきれないのもムリはない。
いや、正確に言えば茨の壁に守られてはっきりとは見てはいないだろうが、戦いの感覚は確実にこの子たちにも伝わっている。
~そして…この強く焼き付いた戦いの記憶は、この子たちの心に、強くなる事への憧れを、強く刻みつけることとなったのだ~
岩の獣の残骸を通り過ぎ、先に進んだ。
いくつか道が分かれていたが、ユーミが言う「外の匂いがする風」がくる方へ。
かなり長い距離を歩いた。まっすぐの距離だが、岩の地面を歩くのは身体に負担がかかる。
三人の女の子たちはけっこう限界にきている感じだ。
魔法で何とかしてあげたいが、アルテミシアもさすがに強大な魔法を撃った後なので、あまり余裕がない。一度使えば、何日かは使えない、ということがこの世界の「魔法記述」として記されているほどの、制限付き魔法なのだ。
フローレンとアルテミシアが二人の女の子に肩を貸し、小柄な子をレイリアが抱え、
感覚の鋭いユーミが警戒しながら先頭を進んでいる。
少し登り勾配のまっすぐな坑道をしばらく進むと、やっと外の明かりが見えだした。
三人の女の子は「うわぁ」と嬉しそうな表情になっていた。
坑道の出口のようだが、さっきと同様に、板で打ち付けられ、その隙間から陽の光が眩しく差している。
ユーミが大斧でぶった斬る。
…今度は、けっこう慎重だった。一応、先程の行動を反省している感じではある。
眩しい光が一気に広がる。目が慣れるまで、みんな一様に目を細めた。
やっと外に出られた。
山の斜面の途中だ。坑道の出入り口というより、外気を取り入れるための通気孔のようなものだろう。
「だいぶ東側に出たね」
レイリアは太陽を見上げながら、持ち前の方向感覚で位置を測っている。
アルテミシアが月船を浮かせて、そこの上から周囲の様子を調べている。
この月船は、飛んで行くことはできない。宙に浮かぶ事はできるが、出した位置から上下以外に動かせないという欠点があるのだ。
アルテミシアが月船を解除してゆっくりと降りてきた。
「少し歩けば街道に出るわ♪ もうちょっとだけ頑張って♪」」
どうやら、街道のすぐ西を走る山並みに出てきたようだ。
草を薙ぎながら山を下り、少し歩くと、大きな街道に出た。
フルマーシュの町から北に続く縦貫街道だ。




