22.ザコの末路はオーバーキル
何も着ていない三人の女の子をフローレンがなだめている。
相変わらず、赤茶色髪のふくよかな子と金褐色髪のほっそりな子の二人は抱き合って、ぱっつん黒髪の小さな子は前を押さえて俯いている…。
こんな格好では身動きすらままならない状態だ。
《冷熱抵抗》レジスト・ヒート&コールド
彼女たちの身体を柔からな光の膜が包み、消えてゆく。
アルテミシアが掛けたのはある程度の暑さと寒さから身体を守る魔法だ。
この魔法は効果が弱い初歩の魔法だけに持続時間が約半日と、とても長い。
やや空気の冷たい、と思われる坑道の中でもしばらくは大丈夫だろう。
だけどやっぱり気温から守られるのと、服を着ていない事は別なのだ。
女の子たちは相変わらず揃って座り込み動けないでいる。
「これ、どうする?」
情けない表情のまま動きの固まったカシラどもを、しゃがみ姿勢になって指先でつっつきながら、ユーミが尋ねた。
「放っておきなさい。その魔法、しばらく解けないから♪
それより、この子たちの着るものとか、探してあげて頂戴♪」
「まほーで、ふくとかつくれないの?」
「それはムリね…まずは物質を作り出すのが難しいのよ…♭」
ユーミは、魔法でなんでもできる、みたいに簡単に思ってるけれど、魔法は万能じゃあない。
そのへんにある物質から布地を作る事自体がまず難しい。そして、その布地を衣服に仕立てるには、学術魔法だけじゃなく、服飾の知識まで必要になる。
古代には「魔法服飾職人」とか「魔法料理人」みたいな人がいた、という話は聞くけれど、魔法使いが魔法で服や料理を作るのではなく、ものづくりの技術者が魔法によって技術の上乗せする、というほうが正しい。
物質変換や造形変化系の魔法は、それ自体が一つの専従系統となるくらい奥が深いのだ。
そしてアルテミシアはその系統は、全くと言っていいほど未習熟だ。なんでもできる訳じゃあないのだ。
そんな訳で、女の子たちの服を探す作業に戻る。
誰か一人は女の子たちに付いて見守っている感じで、他の三人で探索を行う。
まず、その子たちがいた簡易な木造建物を探る。
全部で三つあるが、寝心地の悪そうな木の板が敷かれているだけだ。
鉱山の、つまり洞窟の中なのだから、大した寝床は用意できなかったのだろう。
多少は価値のありそうな宝飾品の類はあるが、この女の子たちの着るものがどこにも無い。
「困ったわねえ…ちょっとあっち側、探してくるね」
とフローレンは、この広い空間を探索しに行った。
この空間は広い。だだっ広いが、何もない。山賊の手下どもの寝所と、カシラ三人の木の建物以外には何も無さげには見える。奥に続く古い坑道が二本、伸びているのが見えるが、そちらには寝床などもなく、この山賊たちが使っている様子が見られない。
わりと高い天井からの仄かな光が、うっすらとこの空間の全容を浮かび上がらせている。
みんなで探した。
だが、どれだけ探せど、衣類どころか、布切れ一枚見当たらなかった。
「もう、こいつらに聞くしかないんじゃない?」
とレイリアは気に入らない様子だけど、返した手の親指で三人のザコカシラどもを指した。
「仕方ないわね、解除するわ…♭」
アルテミシアは、渋々って感じに束縛の魔法を解除する。
どれか一人で良かったのに、面倒なのか一度に三人とも解除してしまった。
完全にザコ認定しているから、それでも問題ない、という判断だろう。
三人とも縛りもしないままだ。
つまり、このカシラたちはそんな程度の実力しか無い。
情報化するなら、「一般の山賊+1」くらいの強さしかない。
女の子たちとは距離をとって離してある。武器も取り上げてある。
それにユーミが大斧を手に見張っているので、カシラどもは動けないだろう。
「さあ~話しなさいな♯」
「この子たちの衣類は、どこ?」
アルテミシアとレイリアが詰め寄る。
座り込ませたカシラどもを、上から見下ろす感じにだ。
「ぜ~んぶ燃やしただよ。がへへ…」
「逃げれねぇように、な。ぐへへ…」
「んだ、一日中ハダカだ。げへへ…」
「…サイアクだね、こいつら…」
レイリアが嫌悪感丸出しで、ついでにカシラ(太)の腹を蹴った。
物言いに腹がたったから、というのは見ていてわかる。
「がヘっがへっ! おいおい…蹴るかぁ…?(いい女なのに…)」
突然、ユーミがその真似してカシラ(長)を蹴り飛ばした。
特に意味のない暴力だ。
レイリアがやったから、自分もやっていいと判断したっぽい。
「ぐへっ! ヒドい連中だよなぁ…?(カワイイのに…)」
「ヒドいとか、あなた達が言う!?###」
アルテミシアは激怒だ。
コイツらの仕打ちを許す気はない。 女の子たちの事も! スィーツの事も!!
だけど、ここで魔法を放たなかったのは冷静だ。今の彼女にヤツアタリされたら、太低長のどれか一人以上は即あの世に行っていたであろう。
「同じ目に遭わせてやれば?##」
「そうだね。アンタらの着てるもの、もらうしかないわねえ」
レイリアが睨みつけるように見下ろす。
観念したようにカシラ(太)とカシラ(長)が言われたとおりに装備を外そうとした。
その時。
見張っていたユーミが一瞬、目を離した。…ように見えた、
二人のカシラは、その隙を見逃さなかった。
さすがにカシラをしてただけの事はあり、多少は目ざとい。
だが…実はその隙に気づかないほうが良かった事は、すぐに身をもって知ることとなる。
小柄な女の子を押さえつけようと、二人の手が伸びる。
小さいから押さえられるとでも思ったのか。というか…先程、この小柄な子が大斧をぶんぶん振り回して多数の手下を斬りコロしていたのを忘れたのか…。
そして、ユーミの手が反射的に動いた。
「がへェ…!」
「あ? きっちゃった」
カシラ(太)ががっつり斬られた。ざっくり斧が入って、首と、肩つきの片腕がばっさり胴体からお別れ、一撃で真っ三つになってすぱっとあの世行きだ。
いや、胴から下もお別れしてしてる。一瞬で二撃食わわせていた訳だ。
まだユーミに触れる位置にいなかったカシラ(長)は、かろうじて斬られずに済んだというべきか。恐れおののき、また座り込んでしまう。
「…ったく、何してんだよ! そこ斬るかぁ? 普通?」
呆れたようにそう言ったレイリアは、血を吹いて倒れている賊のカシラ(太)の残骸を、邪魔そうに蹴飛ばす。
「だってぇ! いきなりかかってきたら、キるでしょ!? フツー!」
ユーミの言い分は間違っていない。なぜか腹いせに、斬り捨てたカシラ(太)を蹴飛ばした。
「手ぇ出せないようにすればいいだけだろ? 斬る場所選べって事!」
レイリアも相当物騒な事を言っている。で、また蹴飛ばす。
「うるさいなあぁ! きっちゃったものは、しょうがないでしょ!」
とユーミも反論。そして何故かまたケリを入れる。
で、ユーミは仕方がないので、カシラ(太)が羽織っている小汚い外衣をひきはがした。
「はい、これ、きれるよ!」
とユーミは投げてよこす。
だが…普通に考えて、小汚いカシラ(太)が着ていた、ニオいそうな小汚い衣服など、裸の女の子が直接肌に着たいかというと…
いや、それ以前に、着れるのか。斬ったので切れてしまってる上に、血がベットリ付いている。
そんなものを見せでもしたら、女の子たちは悲鳴を上げて倒れかねない。
「血ぃ! 血ぃついてる! それに、ほとんど切れてるじゃない! こんなもん、着れる訳ないだろ!」
で、「だから腕とか足だけにしとけ」みたいなブッソーな事を言い放つレイリア。
三人の女の子たちが今の言葉を聞いていたら、さらに怯えてしまうところだろう。
幸い、むこうでアルテミシアが話をしていて、聞こえていないようだ。
「だいたい、オマエはガサツなんだよ! もうちょっと慎重に行動しろって、いつも言ってるだろ!」
「なによぉ! レイリだって、たいがいザッパじゃないの!」
レイリアとユーミのいつもの掛け合いがはじまった。
そこに、隙のようなものが生まれた…ように見えた。そう、素人目には。
この二人が言い合いしているのを好機と見たのか、
カシラ(長)が突然走り出した。
三人の女の子に向き合っている、アルテミシアのほうに、だ。
そして…後ろを向いて無防備なアルテミシアに、飛びかかった!
この女は魔法使いだから、近接戦に弱い…と、普通なら思うだろう。
しかし…その考えは全く以て浅はかだった、という事をすぐに思い知る事になるのだ…。その身をもって…。
アルテミシア程の魔道士なら、近接戦に対処して魔法を使う訓練は、当然行っている。それに彼女は月兎賊なのだ。ウサギは素早いものだ。
アルテミシアは襲ってくるカシラ(長)を、事もなく簡単に躱した。
避け際に長い脚を回して蹴りをお見舞する。
魔道士に近接戦を仕掛けたカシラ(長)は、無様にも蹴られて地面にぶっ倒れた。
起き上がって殴りかかろうとしたカシラ(長)の胸部が、ちょうどアルテミシアの手が触れる位置だった。
《炭化接触》 カーボナイズ・トウチ
「ぐへ…?」
その触られた位置が、着ている物ごと、黒く変色していく。
カシラ(長)はそのまま意識か魂が飛んだ感じで、ばたっと地面に倒れた。
その身体は黒い石への変化が、胸部の一点から全身に広がるようになって…、
そして全身が黒く脆い石のようになって崩れ去った。
炭化が止まって残されたのは、サンダルを履いたそいつの両足の部分だけだ。
長距離で高威力を放てる魔道士が、近接で威力のある技を使えないはずがないのだ。
カシラ(長)の動きをユーミが駆けて追っていた。だけどアルテミシアが自分で対処するのを見てとどまる。探索に行っていたフローレンも駆けつけたが、アルテミシアの様子を見て、手を出さなかった。
「大人しくしてればよかったのに♪」
アルテミシアにとっても、この程度、何のことはない対処だったわけだ。
だが、その隙にもう一つの事件が起こった。
「ひぇげぇぇぇーー!」
突然、一人生き残ったカシラ(低)が、隙をついて、入り口めがけて走り出したのだった。
この常識外れた女どもに関わっていると、命が危険だと判断したのだろう。
その判断は間違っていない。
間違っているのは、逃げ切れるという判断のほうだ。
この状況で唯一動けたのは、側にいたレイリアだ。
レイリアは火色金の武器を短筒状に変形して構えた。
短い筒状の武器で、引き金を引く手順で、固形化した炎を、鏃のように打ち出すのだ。その形状は、古代に存在したという遠隔武器だという。
遠距離に対し攻撃できるが、ただし正確に狙いを定める必要があり、単発でしか打てない欠点がある。レイリアが普段からこの遠隔技をあまり使わないのは…
(遠隔…苦手なんだよな…)
狙いを定めたり、火力を調整するのが、かなり難しいらしい。
暗がりの中でレイリアの髪が、増幅される炎を映し、赤黒い中に炎が揺らめいた。
レイリアは柄にもなく緊張している感じだ。
しっかり狙いを定め…
そして、引き絞った。
火色金の短筒が、文字通り、火を吹く。
出口から差し込む光、カシラ(低)にとっての希望の光が、その人生の最後に見たものになった。
炎の弾丸が迫り、そして…
爆発した。
眩しい爆炎、そして響く轟音、
続けて入り口付近の天井が砕け、木材と岩石が次々に落ちてくる。
崩落によって入り口が完全に防がれ、差し込む光のその隙間すらなくなった。
「あ…」
四人と三人の、呆然とする女子たち。
その七人全員が「出口が…」と心のなかで口走っていた…。




