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花月演義 ~~花月の乱~~  作者: のわ〜るRion
第3章 星空の洞窟
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20.オトメ心とあんころもち


フローレンの一行は山中を歩いている。

ずっと歩いている。

あのエルフ村からの帰路、なのだけど…



半ば草が茂り、道として機能しているかどうかが怪しい、そんな山道だ。

何年も通る者がいない感じであり、通常なら危険が伴うであろう。

尤《もっと》も、通常(ツージョー)ではないのがこの四人なのだが…。


面倒そうな草だけはユーミとレイリアが、斧と炎で薙いで払ったりしながら進んでいる。

浅い草はいちいち刈ってたらきりがないので、そのままにして踏み進む。



四人ともわりと肌の露出部分が多い。

通常、このような格好でこんな草深い場所を歩いたら、肌が傷だらけになってしまうだろう。

だけど、彼女たちには身体を守る力が働いている。


フローレンの花びら鎧、アルテミシアの月影色ボディスーツ、ユーミの極光(オーロラ)色の毛皮、それらは論理魔法装備でありその基本的記述、いわゆる「1点未満のダメージを無効」という記述の魔法効果が働き、細かい傷は“無効”になるのだ。


論理魔法装備の効果範囲は全身である。

だからフローレンのように胸や腰回りしか着ていないような格好でも問題ない。

草がどれだけ当たろうとも傷つくことはなく、細かい石や木の枝、小石なんかで肌を切ることもなければ、トゲや虫に刺される事もない。


他の三人と違って、レイリアの防具は論理魔法装備ではない。

でも彼女は独自の炎術によって、目にはみえないけれど常に炎を(まと)っていて、軽微な攻撃を無効化している。

魔法装備を身につけるのではなく、自分の技術で作り出しているようなものだ。


そんな訳で、行軍自体は問題ない。

だけど森なので当然、雨水が溜まってちょっと泥濘(ぬかる)む場所もある。


ダメージは無効化できても、ぬかるみに脚をとられる事は防げない。

なので、足元に注意しながら進む、のだけど…


ベトッ…


「え…?」


フローレンのやわらかなふとももに、醜いカエルがベッタリ張り付いていた。


「きゃあぁぁぁ!!」


それも、続けて、二匹、三匹…

花びら鎧はダメージは防げても、カエルが身体にくっつくのは無効化できない。


「いやぁ! いやあぁぁ!!」


掴むのもイヤなので振り払おうとするけれど、その醜悪な外観のイキモノは一向に離れない。

嫌がりつつ可愛らしく腰を振っているだけだ。

いくら剣士として一流でも、フローレンはやっぱり女子だった…。


「…ったく、世話が焼けるねぇ…」

レイリアが炎の指先で触れる。カエルは驚いて跳んで逃げていった。


「…何カエルなんかにビビってんの?」

炎の口元が、ちょっとクスっと笑った感じだ。


「び、びっくりしただけよぉ…」

フローレンはまだちょっと興奮気味だ。

カエルがヌメった跡を、必死に手で払うようにしている。



こんな事があったので、たまらずフローレンが口を開いた。


「ねぇ…アルテミシア?

 わたしたち、どうして山道なんて歩いてるわけ?」


この道を選んだのはアルテミシアだ。


いかに細かい傷を無効化できるといっても、獣すら嫌いそうなこんな草深い道を選ぶ必要があるのか。

大きな街道に出れば、道も均されているので歩きやすいし、草を払う必要もない。

馬車が通れば、乗せてもらったりして、もうちょっと快適な移動ができる、というものだ。



「それはね…」

アルテミシアは「よくぞ聞いてくれました♪」みたいなポーズを取ると、


「行きたい村があるからよ♪」

と、一本指を立てて乙女(オトメ)ちっくなポーズを作って、ウィンクをした。


(ああ、乙女(オトメ)になってる…これはスィーツ絡みだな…)

と、付き合いの長いフローレンもレイリアもそれだけで気づくのだ。


こうなったアルテミシアを止める(すべ)はないので、

フローレンもレイリアも、まだしばらく、その村とやらまでの山歩きを覚悟するしかなかった。


先頭を行くユーミは、他のメンバーが右と言えば右に、左と言えば左に行くだけだ。何も考えていないように見えるが、本当に全く何も考えてない。


そんな訳でそこから丸一日、山の中をひたすら進んだ。


道中、獰猛な獣が道を遮っては、ユーミの斧に両断され、レイリアの炎に焼かれ、

そしてその日の食事になったりするくらいの些細な事しかなく、

特に何の事件も起こらず、一泊の野宿の後、朝早い頃に目的地、と思われる村にたどり着くことができた。





普段使わない山道から現れたようで、村の人たちはとても驚き(おのの)いていた。


「あ、こんにちは~…いきなり、ごめんなさい~…」

フローレンは敵意の無いことを示し、穏やかに接しようとする、のだけど。


「ねえ♪ ここって、ファーギって村? であってる♪? あってる、よね♪」

そんな村人の驚きなど気にする感じでもなく、アルテミシアは楽しげに問いかけた。


「え…ええ…ファーギ、ですう…けどお…?」

「あ、あんた方は…?」


「やった~♪ ついた~♪」

アルテミシアは両手を上げて、目的地に着いた事を全身で喜び、

フローレンたちも、やっと山歩きは終了かー、とほっと肩を撫で下ろした。


最初びっくりしてオロオロしていた村人も、相手が見映え美しい女子たちで、

しかも雰囲気も明るく無害な感じなので、ちょっと気を飲まれた感じだ。


「驚かせちゃったかな…こんな山道から出てきちゃったし…」

フローレンの問いに村人たちは、


「あ、いえ、このへんも、山賊が…でやりますんでして…」

「おじょうさん方なら、でえじょうぶですがあ…」

その魅力的な格好に、目のやり場に困るような感じで、目を泳がせていた。


現れたのが小汚いごつい男どもだったら、村は山賊騒ぎで混乱(パニク)っていた事だろう。

そこはまあ、現れたのが見かけ麗しい女子たちだったので、事なきを得たようだ。



村人の案内で、村の中を進んでいく。


「ここのスィーツが、いいらしいのよ♪

 小さなお豆を、じっくり煮詰めて、独特の製法でね♪

 そしたら甘みがにじみ出て~~、

 それを、おコメのお団子にまぶして食べるのが、もう絶品って訳♪」


アルテミシアは完全に乙女(オトメ)と化している。


「んだ。あんころもちな」

「うちの村のメイブツだで」

村人がそう言っているので間違いないだろう。

乙女(オトメ)のテンションは↑↑(アゲアゲ)だ。


「このあいだの、えと…キナコモチだっけ? 似たようなものでしょ?

「! 全然違うわよ!##」 

フローレンのわかってない発言に、アルテミシアはたいへん呆れ、そしてちょっと怒り気味に、


「いい? あの村のキナコモチは、大きなマメの粉をコメのダンゴにまぶしたもの!## そして、この村のアンコロモチは、小さなマメを湯掻いたのをすり潰して、おコメのダンゴを包んだもの!## 

全っ然ん、違うわけ!## わかった?##」


「あー、わかった、わかったからぁ…(ごめん、全っ然、わからない)」

さすがのフローレンも、スィーツ女子モードのアルテミシアの迫力には敵わない。多分、誰も敵わない…。


「つまり…そのスィーツを食べるために、わざわざ街道を行かずに山歩きをしてきた訳ね」

「そう♪」


つまり三人は、スィーツ中毒(ホリック)なアルテミシアに付き合わされた形になる。


とは言え…

ここまで来たからには、フローレンたちもそのスィーツに、ぜひ頂かなければならないだろう。女子として、そこにスィーツがあれば試さずにいられまい。


「ま、いいか。美味しいものが食べられるなら、付き合う価値はあるわね」

「だねー」

「だな」

スィーツ乙女を見習って、ご当地の地酒と肉料理にありつこうとしている二人もいることだ。





とりあえず、村人の案内で、村唯一の食事処に着いた。

休憩ついでに食事を注文した。

いつものようにユーミはお肉を、レイリアはお酒を、フローレンとアルテミシアも、無難な軽い料理を頼んだ。


村の料理の味は今ひとつ、といったところ。

普段からお店でクレージュやセリーヌの一流どころの手料理を食べ慣れてると、どうも口が肥えてしまって、美味しいの基準値が上がってしまう。

なので、フローレンはお腹を満たすため、黙々と食べた。まあお腹が空いているとそれはそれで、料理の味も自然と美味しくなるものだ。


肉料理の味については、ユーミが文句を言わないので、まあ合格といったところだろう。

地酒については、レイリアの酌がすすんでいるので、そこそこいけるといったとこだ。


木の上の村の、エルフの手料理も、完熟の果実酒も、魔獣ステーキも、最高に美味しかったので、普通の村の料理では自然と格が落ちるのは仕方ない。

まあみんな、お腹と自己満足を満たすためだけに、食べて飲んだ。



さて。


「この村特産の、あれ、あるかしら~♪ あるわよね~♪

 小さなお豆を炊いてすり潰して、おコメのお団子をつつんだやつ~♪」

アルテミシアは食事も控えめにして、本来の目的のほうに取り掛かる。

そう、噂のアンコロモチ。


だが…


「いやあ、それがですねえ…」

店主はちょっと気まずそうな感じで続ける。


「先日、ここに来る予定の馬車が襲われたんですわ…。

 その中に、その…、届く予定の…、材料が揃わんくなったんで…」

言葉が上手く繋がらないが、言いたいことの理解は充分だ。


アルテミシアの表情が変わった。


「じゃあ、何? 私が食べる予定だった、その、あんころもち、っていうのね、それは…? 作れない、って言うの? ま・さ・か#」


口調も丸かったのが尖った感じに変貌した。


「しばらく、作れないとです…はい…

 あんころもちを作るのに必要なカエデの…

 すまぬ、村のヒミツじゃった…とにかくありゃせんので…」


「カエデの…って、楓蜜(メープルシロップ)の事ね? 他の物じゃあダメなの?♭」


「ああああ…バラしてしもうた…ああ…もうええか… えと、高級なのは、砂糖とかで作るンですが、あんな高ぇモン、こんなイナカのムラじゃあ買えませんて…」

「そうです…最近貴族の方からの上納の指示が厳しうて…在庫がなかとです…」

店主をかばうように、村人たちからも弁解が入る。


「お砂糖があれば作れるのね♪

 ちょうどあったんじゃない? ねえ、ねえ♪」

アルテミシアはちょっと希望が見えたみたいに、友人たちを振り返った。

けれど…


「ないよー」

「エルフ村の(キビ)は育ったけど、砂糖の精製はまだ次回だよ」


その、友人たちの心無い発言(事実なんだけど)に、乙女の気持ち(オトメゴコロ)は傷ついた。

乙女(オトメ)アルテミシアはがくっとうな垂れるようになって、動かなくなった。

下を向いているけれど、多分、気持ちと共に表情も暗くなっていると思われる。



アルテミシアが、暗いうつむき姿勢のまま、突然すっと立ち上がった。


「どこ…?#」


その黒い雰囲気のまま、身を乗り出すように村人に詰め寄った。


「は…はぁ…?」

ちょっと引き気味になる村人、アルテミシアはさらに問い詰めるように、


「その、乙女の夢、私のあんころもちをダイナシにした、シツレイな人たちがいるのは?##」

声が低い。

あの神秘的な歌姫を知る人なら、同一人物とは思わない、であろう程に…。


「ああ…盗賊の事ですね… 廃坑になった鉱山がありまして、危険なんで、ここいらの村のもんは近づかんのですが…」


「そこにユルセナイ賊さん達が巣食っている、って事、ね#」


「三つくらいあった野盗の集まりが、最近集まって大きな集団になったらしいんです」

「この村より、もちょっと南のほうですわ…はい。この村からは離れてますんで」

「まだ…別に…この村に被害がある訳ゃありませんて…はい…」


「あるでしょう!# あ・ん・こ・ろ・も・ち!##」

“乙女”の迫力に押された村人たちが「あわわわ…」とのけぞる


「ああ、その荷馬車なんですけど…」

村人がおそるおそる口をひらく。

そして驚愕の事実を述べた。


「何か、襲われた馬車に乗っとった人の話では、娘っ子が何人か捕まったって…」



「何ですって!?」

フローレンが机を叩くほどの勢いで立ち上がった。

皿やカップが揺れて音を立てる。その勢いに村人、さらに怯える。


「助けに行きま…

「片付けに行くわよ!#」

フローレンの驚きは途中でかき消される…アルテミシアの怒りのほうが(まさ)った。

スィーツをダイナシにされたあげく、弱い女の子を拐った、と効いた時点で、何かがキレたと思われる。


スィーツについてはさておき、山賊を討伐するのならフローレンにも異存はない。

放っておくといずれこの辺の村にも被害が出るだろうし、もう出ている村もあるかも知れない。

実際に荷馬車が襲われたりしている訳だ。


村人たちが山賊に脅威を感じたところで、討伐軍を出してくれるわけでもない。

村としては、なるようにしかならない、というのが現状なのだ。


「放っておくのは、良くないわね」

「だね」

「だよな」

この辺の村のためにも、スィーツ狂いしてる友人のためにも。

アルテミシアはもう先に行ってしまっている。





野党がネグラにしている古い鉱山までは、かなりの距離があった。

ので、その廃坑へと続く道の辻まで、村の荷馬車で送ってもらった…のだけど


「帰ったら、アンコロモチ、約束だからねっ!#」


というアルテミシアの言葉を、聞くか聞かないかのうちに、村人は逃げるように引き上げていった。

野盗のネグラに近いこ事を恐れたのか、のこスィーツ狂女子の迫力から逃げ出したのか…。



さびれた山道を行く。所々伸びっぱなしの草で埋もれてしまっている。

その鉱山が廃坑になったことで、この道は既に使われていないのだ。


三人はちょっと離れてついていく感じだ。


アルテミシアは先頭で、というより、一人先行して先へ進んでいく。


鉱山の前の開けた場所に出た。

朽ちた木組みや打ち捨てられた資材の散らかった中に、盗賊と思しきみすぼらしい男共が、全部で九人。


「ちょっと#」

あん? という感じに九人の山賊が一斉にそちらに振り返った。


「私のあんころもちを邪魔したお馬鹿さんは、

 貴・方・達、で・しょ・う・か?♯♯♯」


うわ、めちゃ怒り入ってる、と思いながら、あとの三人は口出しもできず見守ることになる…。



「カエデ蜜? ああ、あのハチミツの事かい?」

ハチミツとの区別もつかないアホ共である。


「食っちまった」

「ああ、全員でな!」

「甘ぇもんも、たまにはええもんだ!」

「んだんだな」


「ところでネーチャン」

アルテミシアの胸元や股間の、特にボディスーツの布地の少ない部分をじ~~っと嫌らしい目で追いながら、


「俺たちと、いいことしに来たのか~い?」

うへ、うへ、と品も気持ちも悪い笑いを浮かべるゲス男どもに対し…


「あなたたち…ハンゴロシにされたいみたいね♯♯♯」


そこまでは何とか(彼女なりに)我慢していた、乙女の怒りがついに…炸裂した。


《九属龍撃矢》 イミテイト・ナインドラゴンブレス


九人の山賊に向かって、九色の魔法が(ほとばし)る…


一般に、食い物の恨みは怖い、という。

女子に対する、スィーツの恨みは、さらに怖かろう。

アルテミシアに対する、あんころもちの恨みは、さらにいかほどの怖さか。

それは、この後の惨劇を見れば察しもつこう…。


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