20.オトメ心とあんころもち
フローレンの一行は山中を歩いている。
ずっと歩いている。
あのエルフ村からの帰路、なのだけど…
半ば草が茂り、道として機能しているかどうかが怪しい、そんな山道だ。
何年も通る者がいない感じであり、通常なら危険が伴うであろう。
尤《もっと》も、通常ではないのがこの四人なのだが…。
面倒そうな草だけはユーミとレイリアが、斧と炎で薙いで払ったりしながら進んでいる。
浅い草はいちいち刈ってたらきりがないので、そのままにして踏み進む。
四人ともわりと肌の露出部分が多い。
通常、このような格好でこんな草深い場所を歩いたら、肌が傷だらけになってしまうだろう。
だけど、彼女たちには身体を守る力が働いている。
フローレンの花びら鎧、アルテミシアの月影色ボディスーツ、ユーミの極光色の毛皮、それらは論理魔法装備でありその基本的記述、いわゆる「1点未満のダメージを無効」という記述の魔法効果が働き、細かい傷は“無効”になるのだ。
論理魔法装備の効果範囲は全身である。
だからフローレンのように胸や腰回りしか着ていないような格好でも問題ない。
草がどれだけ当たろうとも傷つくことはなく、細かい石や木の枝、小石なんかで肌を切ることもなければ、トゲや虫に刺される事もない。
他の三人と違って、レイリアの防具は論理魔法装備ではない。
でも彼女は独自の炎術によって、目にはみえないけれど常に炎を纏っていて、軽微な攻撃を無効化している。
魔法装備を身につけるのではなく、自分の技術で作り出しているようなものだ。
そんな訳で、行軍自体は問題ない。
だけど森なので当然、雨水が溜まってちょっと泥濘む場所もある。
ダメージは無効化できても、ぬかるみに脚をとられる事は防げない。
なので、足元に注意しながら進む、のだけど…
ベトッ…
「え…?」
フローレンのやわらかなふとももに、醜いカエルがベッタリ張り付いていた。
「きゃあぁぁぁ!!」
それも、続けて、二匹、三匹…
花びら鎧はダメージは防げても、カエルが身体にくっつくのは無効化できない。
「いやぁ! いやあぁぁ!!」
掴むのもイヤなので振り払おうとするけれど、その醜悪な外観のイキモノは一向に離れない。
嫌がりつつ可愛らしく腰を振っているだけだ。
いくら剣士として一流でも、フローレンはやっぱり女子だった…。
「…ったく、世話が焼けるねぇ…」
レイリアが炎の指先で触れる。カエルは驚いて跳んで逃げていった。
「…何カエルなんかにビビってんの?」
炎の口元が、ちょっとクスっと笑った感じだ。
「び、びっくりしただけよぉ…」
フローレンはまだちょっと興奮気味だ。
カエルがヌメった跡を、必死に手で払うようにしている。
こんな事があったので、たまらずフローレンが口を開いた。
「ねぇ…アルテミシア?
わたしたち、どうして山道なんて歩いてるわけ?」
この道を選んだのはアルテミシアだ。
いかに細かい傷を無効化できるといっても、獣すら嫌いそうなこんな草深い道を選ぶ必要があるのか。
大きな街道に出れば、道も均されているので歩きやすいし、草を払う必要もない。
馬車が通れば、乗せてもらったりして、もうちょっと快適な移動ができる、というものだ。
「それはね…」
アルテミシアは「よくぞ聞いてくれました♪」みたいなポーズを取ると、
「行きたい村があるからよ♪」
と、一本指を立てて乙女ちっくなポーズを作って、ウィンクをした。
(ああ、乙女になってる…これはスィーツ絡みだな…)
と、付き合いの長いフローレンもレイリアもそれだけで気づくのだ。
こうなったアルテミシアを止める術はないので、
フローレンもレイリアも、まだしばらく、その村とやらまでの山歩きを覚悟するしかなかった。
先頭を行くユーミは、他のメンバーが右と言えば右に、左と言えば左に行くだけだ。何も考えていないように見えるが、本当に全く何も考えてない。
そんな訳でそこから丸一日、山の中をひたすら進んだ。
道中、獰猛な獣が道を遮っては、ユーミの斧に両断され、レイリアの炎に焼かれ、
そしてその日の食事になったりするくらいの些細な事しかなく、
特に何の事件も起こらず、一泊の野宿の後、朝早い頃に目的地、と思われる村にたどり着くことができた。
普段使わない山道から現れたようで、村の人たちはとても驚き慄いていた。
「あ、こんにちは~…いきなり、ごめんなさい~…」
フローレンは敵意の無いことを示し、穏やかに接しようとする、のだけど。
「ねえ♪ ここって、ファーギって村? であってる♪? あってる、よね♪」
そんな村人の驚きなど気にする感じでもなく、アルテミシアは楽しげに問いかけた。
「え…ええ…ファーギ、ですう…けどお…?」
「あ、あんた方は…?」
「やった~♪ ついた~♪」
アルテミシアは両手を上げて、目的地に着いた事を全身で喜び、
フローレンたちも、やっと山歩きは終了かー、とほっと肩を撫で下ろした。
最初びっくりしてオロオロしていた村人も、相手が見映え美しい女子たちで、
しかも雰囲気も明るく無害な感じなので、ちょっと気を飲まれた感じだ。
「驚かせちゃったかな…こんな山道から出てきちゃったし…」
フローレンの問いに村人たちは、
「あ、いえ、このへんも、山賊が…でやりますんでして…」
「おじょうさん方なら、でえじょうぶですがあ…」
その魅力的な格好に、目のやり場に困るような感じで、目を泳がせていた。
現れたのが小汚いごつい男どもだったら、村は山賊騒ぎで混乱っていた事だろう。
そこはまあ、現れたのが見かけ麗しい女子たちだったので、事なきを得たようだ。
村人の案内で、村の中を進んでいく。
「ここのスィーツが、いいらしいのよ♪
小さなお豆を、じっくり煮詰めて、独特の製法でね♪
そしたら甘みがにじみ出て~~、
それを、おコメのお団子にまぶして食べるのが、もう絶品って訳♪」
アルテミシアは完全に乙女と化している。
「んだ。あんころもちな」
「うちの村のメイブツだで」
村人がそう言っているので間違いないだろう。
乙女のテンションは↑↑だ。
「このあいだの、えと…キナコモチだっけ? 似たようなものでしょ?
「! 全然違うわよ!##」
フローレンのわかってない発言に、アルテミシアはたいへん呆れ、そしてちょっと怒り気味に、
「いい? あの村のキナコモチは、大きなマメの粉をコメのダンゴにまぶしたもの!## そして、この村のアンコロモチは、小さなマメを湯掻いたのをすり潰して、おコメのダンゴを包んだもの!##
全っ然ん、違うわけ!## わかった?##」
「あー、わかった、わかったからぁ…(ごめん、全っ然、わからない)」
さすがのフローレンも、スィーツ女子モードのアルテミシアの迫力には敵わない。多分、誰も敵わない…。
「つまり…そのスィーツを食べるために、わざわざ街道を行かずに山歩きをしてきた訳ね」
「そう♪」
つまり三人は、スィーツ中毒なアルテミシアに付き合わされた形になる。
とは言え…
ここまで来たからには、フローレンたちもそのスィーツに、ぜひ頂かなければならないだろう。女子として、そこにスィーツがあれば試さずにいられまい。
「ま、いいか。美味しいものが食べられるなら、付き合う価値はあるわね」
「だねー」
「だな」
スィーツ乙女を見習って、ご当地の地酒と肉料理にありつこうとしている二人もいることだ。
とりあえず、村人の案内で、村唯一の食事処に着いた。
休憩ついでに食事を注文した。
いつものようにユーミはお肉を、レイリアはお酒を、フローレンとアルテミシアも、無難な軽い料理を頼んだ。
村の料理の味は今ひとつ、といったところ。
普段からお店でクレージュやセリーヌの一流どころの手料理を食べ慣れてると、どうも口が肥えてしまって、美味しいの基準値が上がってしまう。
なので、フローレンはお腹を満たすため、黙々と食べた。まあお腹が空いているとそれはそれで、料理の味も自然と美味しくなるものだ。
肉料理の味については、ユーミが文句を言わないので、まあ合格といったところだろう。
地酒については、レイリアの酌がすすんでいるので、そこそこいけるといったとこだ。
木の上の村の、エルフの手料理も、完熟の果実酒も、魔獣ステーキも、最高に美味しかったので、普通の村の料理では自然と格が落ちるのは仕方ない。
まあみんな、お腹と自己満足を満たすためだけに、食べて飲んだ。
さて。
「この村特産の、あれ、あるかしら~♪ あるわよね~♪
小さなお豆を炊いてすり潰して、おコメのお団子をつつんだやつ~♪」
アルテミシアは食事も控えめにして、本来の目的のほうに取り掛かる。
そう、噂のアンコロモチ。
だが…
「いやあ、それがですねえ…」
店主はちょっと気まずそうな感じで続ける。
「先日、ここに来る予定の馬車が襲われたんですわ…。
その中に、その…、届く予定の…、材料が揃わんくなったんで…」
言葉が上手く繋がらないが、言いたいことの理解は充分だ。
アルテミシアの表情が変わった。
「じゃあ、何? 私が食べる予定だった、その、あんころもち、っていうのね、それは…? 作れない、って言うの? ま・さ・か#」
口調も丸かったのが尖った感じに変貌した。
「しばらく、作れないとです…はい…
あんころもちを作るのに必要なカエデの…
すまぬ、村のヒミツじゃった…とにかくありゃせんので…」
「カエデの…って、楓蜜の事ね? 他の物じゃあダメなの?♭」
「ああああ…バラしてしもうた…ああ…もうええか… えと、高級なのは、砂糖とかで作るンですが、あんな高ぇモン、こんなイナカのムラじゃあ買えませんて…」
「そうです…最近貴族の方からの上納の指示が厳しうて…在庫がなかとです…」
店主をかばうように、村人たちからも弁解が入る。
「お砂糖があれば作れるのね♪
ちょうどあったんじゃない? ねえ、ねえ♪」
アルテミシアはちょっと希望が見えたみたいに、友人たちを振り返った。
けれど…
「ないよー」
「エルフ村の黍は育ったけど、砂糖の精製はまだ次回だよ」
その、友人たちの心無い発言(事実なんだけど)に、乙女の気持ちは傷ついた。
乙女アルテミシアはがくっとうな垂れるようになって、動かなくなった。
下を向いているけれど、多分、気持ちと共に表情も暗くなっていると思われる。
アルテミシアが、暗いうつむき姿勢のまま、突然すっと立ち上がった。
「どこ…?#」
その黒い雰囲気のまま、身を乗り出すように村人に詰め寄った。
「は…はぁ…?」
ちょっと引き気味になる村人、アルテミシアはさらに問い詰めるように、
「その、乙女の夢、私のあんころもちをダイナシにした、シツレイな人たちがいるのは?##」
声が低い。
あの神秘的な歌姫を知る人なら、同一人物とは思わない、であろう程に…。
「ああ…盗賊の事ですね… 廃坑になった鉱山がありまして、危険なんで、ここいらの村の者は近づかんのですが…」
「そこにユルセナイ賊さん達が巣食っている、って事、ね#」
「三つくらいあった野盗の集まりが、最近集まって大きな集団になったらしいんです」
「この村より、もちょっと南のほうですわ…はい。この村からは離れてますんで」
「まだ…別に…この村に被害がある訳ゃありませんて…はい…」
「あるでしょう!# あ・ん・こ・ろ・も・ち!##」
“乙女”の迫力に押された村人たちが「あわわわ…」とのけぞる
「ああ、その荷馬車なんですけど…」
村人がおそるおそる口をひらく。
そして驚愕の事実を述べた。
「何か、襲われた馬車に乗っとった人の話では、娘っ子が何人か捕まったって…」
「何ですって!?」
フローレンが机を叩くほどの勢いで立ち上がった。
皿やカップが揺れて音を立てる。その勢いに村人、さらに怯える。
「助けに行きま…
「片付けに行くわよ!#」
フローレンの驚きは途中でかき消される…アルテミシアの怒りのほうが勝った。
スィーツをダイナシにされたあげく、弱い女の子を拐った、と効いた時点で、何かがキレたと思われる。
スィーツについてはさておき、山賊を討伐するのならフローレンにも異存はない。
放っておくといずれこの辺の村にも被害が出るだろうし、もう出ている村もあるかも知れない。
実際に荷馬車が襲われたりしている訳だ。
村人たちが山賊に脅威を感じたところで、討伐軍を出してくれるわけでもない。
村としては、なるようにしかならない、というのが現状なのだ。
「放っておくのは、良くないわね」
「だね」
「だよな」
この辺の村のためにも、スィーツ狂いしてる友人のためにも。
アルテミシアはもう先に行ってしまっている。
野党がネグラにしている古い鉱山までは、かなりの距離があった。
ので、その廃坑へと続く道の辻まで、村の荷馬車で送ってもらった…のだけど
「帰ったら、アンコロモチ、約束だからねっ!#」
というアルテミシアの言葉を、聞くか聞かないかのうちに、村人は逃げるように引き上げていった。
野盗のネグラに近いこ事を恐れたのか、のこスィーツ狂女子の迫力から逃げ出したのか…。
さびれた山道を行く。所々伸びっぱなしの草で埋もれてしまっている。
その鉱山が廃坑になったことで、この道は既に使われていないのだ。
三人はちょっと離れてついていく感じだ。
アルテミシアは先頭で、というより、一人先行して先へ進んでいく。
鉱山の前の開けた場所に出た。
朽ちた木組みや打ち捨てられた資材の散らかった中に、盗賊と思しきみすぼらしい男共が、全部で九人。
「ちょっと#」
あん? という感じに九人の山賊が一斉にそちらに振り返った。
「私のあんころもちを邪魔したお馬鹿さんは、
貴・方・達、で・しょ・う・か?♯♯♯」
うわ、めちゃ怒り入ってる、と思いながら、あとの三人は口出しもできず見守ることになる…。
「カエデ蜜? ああ、あのハチミツの事かい?」
ハチミツとの区別もつかないアホ共である。
「食っちまった」
「ああ、全員でな!」
「甘ぇもんも、たまにはええもんだ!」
「んだんだな」
「ところでネーチャン」
アルテミシアの胸元や股間の、特にボディスーツの布地の少ない部分をじ~~っと嫌らしい目で追いながら、
「俺たちと、いいことしに来たのか~い?」
うへ、うへ、と品も気持ちも悪い笑いを浮かべるゲス男どもに対し…
「あなたたち…ハンゴロシにされたいみたいね♯♯♯」
そこまでは何とか(彼女なりに)我慢していた、乙女の怒りがついに…炸裂した。
《九属龍撃矢》 イミテイト・ナインドラゴンブレス
九人の山賊に向かって、九色の魔法が迸る…
一般に、食い物の恨みは怖い、という。
女子に対する、スィーツの恨みは、さらに怖かろう。
アルテミシアに対する、あんころもちの恨みは、さらにいかほどの怖さか。
それは、この後の惨劇を見れば察しもつこう…。




