18.森妖精の乙女 と 銀妖精の少女
ようやっと第3章…
今回は新章の導入というよりは、一話独立みたいな感じですが。
アヴェリ村山砦での戦いからおよそ一月後…
フローレンたちは、森の村を訪れていた。
ただし村と言っても…
その村は、木の上に広がっていた。
頭上は無数の木の枝葉で覆われていて、充分な陽の光が差してこない。
木の幹に備え付けられた、水晶のようなランプが淡い光を放って、村を照らす助けをしていた。
そしてここは、森妖精たちの村だった。
ルルメラルア王国を含む、旧ヴェルサリアの文化圏で、一般的に妖精と言えば森妖精のことを指す。
というくらいに、かつては森妖精は人との関わりが多い種族だった。
だがそれも、古代ヴェルサリアの頃まで、と言われている。
何らかの事情があって、多くの森妖精が姿を消し、そして「エルフ」という呼び名と、美しい森の妖精のおとぎ話だけが残った。
ここは…その忘れられたはずのエルフたちが暮らしている、隠れた村なのだ。
でも…この村は…
敷地は広いけれど、閑散としすぎている。
使われていない、古い家屋も沢山ある。
それは仕方がないことだ。
この村のエルフは、全部でたったの九人しいないのだ。
その中心にいて一際目立つ乙女。
黄緑と薄青緑メッシュの豊かなウェーブの髪。
若草色の長衣に、飾りは無数の緑柱石や橄欖石。
そのエルフたちの長は、ロロリアという乙女だった。
フローレンたちにとって、彼女は友人である。
なにより以前に一度、ここを訪れている。
その時に再度、ここに来る事を約束していた。
そして、来たのだった。
時は少し前、
レイリアとユーミがもう一人と席を外す前の時間…
「ロロリア、はい、これ」
四人で揃って、彼女に贈り物を渡した。
中身は、高級な食器セットだ。ここの人数分揃っている。
ずっと優しい笑みを湛えている、森の乙女が、花開いたように嬉しさを顕わした。
「ありがとう…! これ…すごく欲しかったの…!」
この四人だけじゃなく、クレージュの店の女子全員からの贈り物だ。
以前ロロリアたちがクレージュの店に来た時、食器にとても興味を示した。
だけど飲食店なのであまり食器は手放せないので、その時にはあげられなかった。
そこで今回、クレージュが自ら商業都市アングローシャのお店を回って厳選した、絵柄の美しい食器セットを持ってきたわけだ。
割れ物のお皿やカップ&ソーサーなんかもあるけれど、アルテミシアの亜空間バッグに入れれば、安全に運んでこれる。
この村では食器は全部木製のようだ。木のお皿、木のカップ、木のスプーンや木のフォークに、なんとナイフまで木でできている…肉とか、切れるのだろうか…。
いかにも森の妖精っぽくて、それはそれで味があるのだけれど…。
他の八人の森妖精たちも、初めて見る芸術的な食器を手にとって、感動的な瞳で眺めていた。いざ手にしている姿を見ると、デザインの良い食器類は、オシャレなエルフたちには、実によく似合う。
フローレンとアルテミシアは、その光景を飽きることなく見守っていた。
「どの子も若くてキレイね!」
エルフたちの喜ぶ姿を見て、フローレンも嬉しそうだ。そして、
「ねえアルテミシア…、エルフって、長生きなんでしょ?」
と、隣のアルテミシアに確認するように質問した。
フローレンが言うように、定説では、エルフは長寿であると言われている。
だからこの、森の乙女ロロリアも、他の子たちも、外見は若いけれど、実際はもっとずっと年上の可能性もあり、おそらくそうなのであろう。
「…っていうお話だけど♪ 私だってよくは知らないわよ? 他のエルフの知り合いなんていないし…。そもそも、そういう言い伝えって…」
森妖精は鉄を嫌う、というわりと有名な言い伝えがあったのだけど…
高級食器セットに含まれる鉄製のスプーンやフォークを手にして、森妖精たちがとても喜んでいる姿を見ると…
「…けっこう間違って伝えられている事、あるからね…♪」
「みたいね…」
フローレンが気になっているのは、ロロリアの歳についてだ。
他のエルフたちはいざ知らず、ロロリアの落ち着いた物腰を見ていると、どうも小娘のそれじゃあない。
そして彼女の実力を目の当たりにした事のあるフローレンたちは、まずもって外見通りの年齢だと思うことはなかった。
そもそも、あの若さで「長」なんて不自然すぎる。
だからといって…「ほんとは何歳なの?」なんて聞けるはずもない。
従って、エルフの実年齢についての件は、永久に謎のまま、
ロロリアは乙女? という認識になりそうだ。
「でも、こうして見ると…エルフの女の子って、あんまり人間と変わらないよね」
今フローレンが言っているのは、その外見の事だった。
「そうね。あえて違いがあるとすれば、耳が長いのが特徴かな♪」
アルテミシアの言う通り、エルフたちは、少し耳が上に尖っている。
通説では「エルフは耳が長い」と言われていたけれど、ここにいる子たちは、ほんのちょっと長い程度だ。それほど違和感がない。
そして、細身だけれど、決して肉付きは貧相ではない。
むしろ、ある。 …充分にある。
「エルフは細身で身体の起伏が少ない」という通説に関しては、これもどうやら嘘のようだ。
ちょっと自分のほうが負けてそうな感じがして、アルテミシアは両手で胸を抱えてみる。アルテミシアだって月兎族という妖精の血が強く流れる身体だから、純粋な人間の女子の標準よりは大きいはず、なのだ。
(そういえばフローレンは花妖精だったわね♪)
森妖精も花妖精も、七大元素で言えば“樹”の系統に属する妖精だ。だから、どこか似ている。お胸のふくよかなところまで、似ている…気がする。
そして美しい。「女エルフは全員が美女」と言い伝えられるが、この村にいるエルフたちを見ていると、その話については真実だったのだと思った。
まあでも美貌なら自分も負けてない…。ない!
と、アルテミシアは自信を持っている…。いる!
エルフの男性については、どのようなものなのかはわからなかった。
ここには一人もいないのだ。元々エルフは男女の数が等しくはなく、
「女性のほうが圧倒的に多い」種族だとは伝えられている。
というより、女子が多かったり、女子しかいない、というのは、妖精の血の強い種族全体の傾向ではある。
突然、青い小鳥が飛んできた。
空の色に負けないような、強い青のキレイな小鳥だ。
そしてロロリアの肩に止まった。
小鳥の動きに合わせて、ロロリアの薄桃色の唇が、かすかに何かを囁いている。
森の乙女?は、小鳥と、お話をしているのだ。
「三人からよ…。アルテミシアに、来て欲しい、って…」
「私♪?」
「荷物が重たいんだって…」
ユーミたち三人は、先程、この村の下の森に行っていた。
荷物があって自分をご指名、という事は、軽量化の魔法がほしい、という事だ。
「了解~♪ ちょっと行ってくるわね♪」
とアルテミシアはすぐに月船を出して、木の上の村を下りていった。
しばらくして、
村の下の森へ行っていたユーミが帰ってきた。
相方のレイリアも一緒だ。
そしてもう一人、小柄な女の子が一緒だった。
その子は瞳を閉じている。
そう、いつも閉じている。
目を開いたところを見た事がある者は、誰もいない…。
その子が身にまとうのはすべて「銀」だった。
細かい銀の鎖を編んだ、なめらかな銀鎖のドレス。
その上に不規則に掛けられた、いくつもの太い銀の鎖。そこにはいくつもの銀の鈴が、果実のように連なっている。
光の部分と影の部分で濃淡の激しい銀色の髪は、アルテミシアの月の銀色とはまた感じが異なる銀である。頭の両側でまとめられた 白銀と黒銀の絡み合って、くるくると螺旋を描くような長いツインテールの髪。
銀色のアルジェーン
森の乙女?であるロロリアの相方の小柄な少女だ。
少女、というにはちょっと違う感じがする。
背丈がユーミと同じくらい、でも体型はユーミよりもちょっと細い。
だけど、胸部と臀部がかなり大きい。前と後ろに突き出ているような感じに、不自然に大きい。
細身な上に身体に密着した銀の衣装なので、その起伏の激しすぎる身体がよく目立つ。上下のふくらんだ部分の肌は全部隠れているけれど、形は隠れようもないのだ。
そしてこの子は、森妖精じゃあない。
「前から気になってたけど、あなたは…銀の妖精 の血統ね♪」
「そう」
アルジェーンは感情の乗らない、抑揚のない声で、ごく簡潔に答えた。
この子は、発育が良すぎる体型の事を抜きにしても、「少女」と呼ぶのが正解かどうかも、わからない。アルテミシアは、自分より歳上なのか年下なのかすら、測りかねている。
というのも、金属妖精も森妖精ほどではないけれど、わりと長寿なはずで、このアルジェーンも見かけよりずっと年嵩である可能性がある。
鉄の妖精や銅の妖精の血を引く種族は、一般にはドヮーフと呼ばれている。
だけど金や銀という貴金属の妖精は、鉄や銅のドヮーフとは見た目がちょっと異なるのだ。
そもそも、まるで貴金属のように数が少なく、お目にかかることが少ない、珍しい存在なのだ。
ユーミとレイリア、そしてアルジェーン。
低、高、低、のこの三人の並びは、妙な安定感と、妙な不安定感を感じさせる。
この三人は、先程プレゼントを渡した直後、この辺りの森を徘徊するキケンな獣が、村の麓に現れたという事で、始末しに行っていたのだ。
そのケモノとやらは、もう倒され、木の棒に括りつけられて、運んでこられて、今そこに転がっている。
冒険経験豊富なフローレンやアルテミシアも、見たことのない獣だった。
この村の麓、夜光樹の森に住む、凶悪なイキモノだという。
かなり大きい。
頭だけ見たら狼かと思う、ただし真っ直ぐ大きな一本角が生えている事を除けば。
胴体は牛…に似てる。けど? 後ろ半分は虎みたいな模様があって…? まあそれは些細な事だ。背に翼が生えている事に比べれば。
おまけに、尻尾が蛇だ。
ケモノというより、どう見てもバケモノだ。
「合成獣ね。大昔に獣の長所を掛け合わせて作られた、新たな種の動物よ♪」
アルテミシアはさらっと説明する。だけど、どういう長所を組み合わせたらこんな姿になるのか、何を目指してこうなったのか、非常に気になるところだ。
「動物? それって、魔獣じゃないの?」
フローレンが聞くまでもなく、あきらかに動物という感じじゃあない。
「魔獣だよ? 火吹いてたし」
レイリアはさらっと言った。
けれど、森の中で火を吹く生き物というのは、どうなんだろう…
森、燃えない? とかフローレンは疑問を浮かべつつ、
「大丈夫だった? て、言うか、あなたも、森、焼かなかった?」
この魔獣よりも、炎使いのレイリアが森で暴れるほうがより問題じゃないか、という気もしてきている…。まあ、森が炎上している感じでもないし、何事もなく帰ってきているから良いけれど…。
「ま、アタシは見てただけだから。この二人で一瞬だったからね」
確かに。この三者三様な余裕っぷりな表情を見たところ「戦いに行った」というよりは「狩りに行った」というほうが正解のようだ。
「だよ! あーしと、このこで、シュンサツした!」
ユーミもさらっと恐ろしいことを言っちゃった。
斬った場面を再現しようとしているのか、手をぶんぶん振り回し、その度に銅褐色のぼこっとふくらんだ雑なツインテール髪が、左右上下に揺れ動く。
嬉しそうに騒いでいる極光色の毛皮のちっちゃいのと、
対象的に目を閉じたまま身動き一つしない銀鎖と鈴のドレスの小さいのと。
ほんと、背丈は少女、身体は大人な、冗談みたいな体型の二人だけど、二人とも揃って戦闘力もデタラメっぽいのが、何とも…。
で、順番的にこっちの銀螺旋ツインテなアルジェーンもさらっと何か言うかと思ったけれど…、この子からは何の一言もなかった。
この子は無表情で、無感動で、そして無口だ。基本的に動きが少ない。
ユーミは棒に縛り付けられた魔獣を軽々と持ち上げた。
小柄なユーミが自分の体の倍はあるその魔獣を、棒に括って担いでいる姿は、なんというか、異様な光景、ではある…。軽量化の魔法が掛かっているとしても…だ。
フルマーシュの町でも、森に狩りに行ったユーミがエモノを軽々担いで帰ってくる姿は、町の人たちを慄かせていた…。
で、ユーミはそのバ獣の残骸を、調理場のほうへ運ぼうとする。
森妖精と話しているのを聞くと、どうやら焼き肉にするらしい。
「え~、そ、それ、食べれるの?」
「ええ…おいしいわよ」
ロロリアは優しい笑みを浮かべながらそう言うけれど…
フローレンにはどう見ても美味しそうには見えない…
だって…
斬ったところからドス黒い紫色の血が流れ、滴り落ちている。
いかにも毒々しい…。
ちょっと血の落ちた地面が、ジュッ、って言って、ヘンな煙上げてるし…。
「ただし毒を抜かなきゃいけないけど…」
ロロリアはさらっと言ってのけた。
(何よ! やっぱり毒、持ってんじゃない!)
「ちゃんと抜かないと…けっこう強い毒だから…」
(いやいや! そうまでして、食べるー!?)
なんか…やっぱりロロリアには敵わない雰囲気がある…落ち着いているというか、動じないと言うか…。けっこうエゲツナイ事を言いながら、笑みを絶やさないこのエルフ乙女?は、やっぱりかなり年上なんじゃないかな、とフローレンはなんとなく思った。
「にく! にく!」
魔獣の肉を、ユーミが斧を振るって捌き、レイリアが熾した炎で焼く。
「普段はね、鏡で太陽の光を集めて…そうして熾した炎で焼くの…そうすれば毒が抜けるのよ…」
ロロリアはそういうけれど、レイリアはお構いなしに薪に火を付けて焼き肉を開始した。彼女は太陽神グィニメグの巫女だから、その炎も太陽の炎だ、と主張する。
「じゃあ、問題ないわ…」
と、ロロリアは笑顔のまま簡単に言ってのけた。
本当にそれでいいのか疑わしい対応だけれど、彼女が問題ない、と言ったので、焼き肉はそのまま実行される。
本当に問題がないのか、多少の謎と命の危険の不安を残しながら、肉はどんどん焼けていく。
お肉の焼ける匂いに釣られるように、エルフ乙女たちもこっちに集まってきた。
うわぁ! と彼女たちはみんなそろって、このご馳走を嬉しそうにしている。
(本当に食べたいの、こんなアブナい色の、肉…)
中生な焼具合の魔獣ステーキが運ばれてきた。
焼いても紫色な肉は、どう見ても毒々しい。
「うま~~~~~!!!」と、やっぱり最初に食べたユーミが絶賛している。
肉にうるさいユーミが、大変ご満悦。つまり、そういう味だという事だ。
フローレンも、おそるおそる、口に運んでみた。
お口の半分ほどになるように、ナイフで切って…不安なのでさらに半分に切ってみてから。
じゅわっと溢れ出す、濃紫色の肉汁が、どうにも食欲を萎えさせる…。
けれど、ここは勇気をだして…
(あれ? 意外とイケる)
鶏とも豚とも牛とも異なる、あるいはそれらの旨味のところだけを取り出して合わせたような、独特な深い味わいのある獣肉だ。
クレージュが調合した調味料と岩塩による味付けとも、非常に相性がいい。
見かけはともかく、一度食べればクセになるような深い味わいだ。
ちょっと舌にピリッとくるのが気になるけれど。
「少し残ってるくらいが、美味しいのよ…」
フローレンの表情を見透かしたかのように、ロロリアは笑顔で突っ込んでくる。
「だ、だいじょうぶ、よね…」
明らかにちょっと毒、残ってるよね、これ…?
もう痺れなきゃいいや、ちょっとくらい! とフローレンも覚悟を決めて…
結局全部食べた。
…以外にも美味しかった。魔獣ステーキ。
この村には巨大な果樹園がある。
果物はエルフたちが栽培しているのだけれど、放って置いても勝手に実がなるのだそうだ。
誰がいつ持ち込んだのかわからないが、遥か南のアルガナス大陸でしか育たないはずの果物まで、ここにはあるそうだ。
今日のデザートは、その南方特有のフルーツだ。
トゲトゲの球体だったり、毛玉のような外観だったり、星の形をしている物もあり、形も色も変わったフルーツの数々。しかもここで育つと、甘みも旨味もぎっしり詰まった、シアワセ果実に成長するのだ。
スィーツにうるさいアルテミシアも、幸せ乙女になる、フルーツの数々だ。
レイリアが頂いているのは、その多種多様な果物で作られたお酒だ。
果実酒特有の甘みの中にも、上質なお酒だけが持つ、独特の風味が眠っている。
「いけるね!」と、酒にうるさいレイリアが、思わず褒め讃えてしまうほどのお味のようだ。
「ところでロロリア、アタシが植えた、あれ、育ってる?」
「ええ…すごく、大きくなったわよ…」
食事会の後。レイリアはロロリアに従って、その植物を見に行った。
その大きな草のような植物は、長身なレイリアが見上げるくらいに育っていた。
「ちょっと、予想以上かな…温かいレパイスト島でも、こんなには大きくならないよ…」
これは、南方で育てられる黍の一種だ。
非常に甘い液を生み出す。
「暖かいここなら育つと思ったけど、正解だったね。しかも、もうこんな大きさになって…これだったら、もう少ししたら収穫できると思うな」
「ここは特別な場所だから…植物の生育が、すごく早いの…」
「だね。成長の早さも、大きさも…、申し分ないよね…」
レイリアもこれには、かなり驚かされた。
この黍の苗は、レイリアの妹分のガーネッタとネリアンという二人の火竜族の女子が、温暖なレパイスト島から持ってきたものだ。
気候の違うこの大陸で育つはずもなく「何を考えているんだ!」と叱ったものだけど、レイリアにも予想外な事に、こうして育つ環境にめぐり逢い、今こうして十分な実りをつけようとしていた。
「これを精製したら、砂糖を作れるんだ。砂糖はこの大陸じゃ高く売れるから…」
そうしたら、それを売って、他に必要なものと交換する。
そういうことを、以前クレージュがロロリアたちに説明していた。
その交換の基準となる物として、通貨というものが存在する。
こういった人間社会の流通という概念を、最初ロロリアたちは知らなかった。
「それを作ったら…もっといっぱい、食器を、もらえる…?」
「あー、うん、買えるね、いっぱい…」
食器以外にも、いいものが沢山あるよ、とレイリアは言いたかったけど、そういう説明は苦手だった。
それにロロリアはまだ、売るとか買うとかいう概念は理解していないようだった。
今回ここを訪れた目的の一つはこれだった。
村で作る物の中で、売り物になりそうな作物や加工品を探す、あるいはどのような作物なら育つか。またエルフたちならどういう仕事が得意か。その仕事のために何を持ってくれば良いか。
このキビの大きさと成長の早さなら、思ったより多くの砂糖が作れる可能性が高い。思わぬ収益を上げる可能性がある。
そして、レイリアにとってはもうひとつ、楽しみがある。
この村には、樹の虚のような部分があり、そこに入れておくと、お酒の熟成がかなり早く進むという事だ。その出来栄えは、先程の果実酒で充分にわかっている。
だからレイリアはこの黍から作れるであろう糖酒にも期待が膨らむのだ。
今度来る時は、砂糖の精製や糖酒の醸造に詳しい火竜族の妹分も連れてこよう、とレイリアは考えていた。ちなみにその二人は、つい先日からクレージュの店に引っ越して来て一緒に生活している。
植物の発育が速いのは、この村には“樹”の恩恵があるからだという。
他にも、この季節には咲かない花が咲き、実がなっている。
こういった花や果実なども、ちゃんと保存が行なえる状態で出荷できれば、高値で売れるはずだ。
その季節に手に入りにくい商品は、値が上がるものなのだ。
森の村が日暮れてゆく。
この村からは夕日は見えない。
木の枝葉で日を遮られた、もともとの暗い感じが、急激に暗くなるような感じだ。
木の幹に設えられたランプだけでは、ちょっと薄暗い。
野宿の時だったら、みんなで火を囲んで、って感じなのだけど、今日はアルテミシアが灯した魔法の光を六人で囲んで、座っていた。
フローレン、アルテミシア、レイリア、ユーミ、そしてロロリアとアルジェーン。
先刻食べた魔獣ステーキの話になり、その魔獣狩りの話になった。
ロロリアの隣りで身を寄せるようにしている、この小柄な少女? アルジェーンは、その体格や静かな雰囲気とは似つかず、かなり強力な戦士だった。
「あーしより、つおいかも!」
ユーミは言う。あのユーミが、だ。
「サシで戦ったら、勝てる気がしないね」
とレイリアも言う。あのレイリアも、だ。
フローレンも以前に一度、一緒に戦った時に見ていた。
アルジェーンの身体に纏っている細かい銀の鎖。その無数の銀鎖が混ざって合わさり、幾筋もの大きな鎖になって、敵に襲いかかる感じだ。その先端は鋭い剣や槍に変化していた。
それでもまだ、手の内を全部見た訳じゃあない。まだ奥があるのを感じる。
もし敵として向かい合ったら、ちょっと戦い方が思い浮かばない。
まあ味方なのだから、頼もしい存在に違いないのだけれど。
いつも目を閉じているアルジェーン。
彼女はいつも、言葉が短い。
そもそも口数自体が少ない。
それは、周囲の音を聞いているからだ。
それも、選んだ音だけを。
彼女の銀糸のドレスに咲いた、無数の銀の鈴の、あの「鳴らない音」を。
アルジェーンは、光の無い世界を生きている…。
衣装についた無数の銀の鈴。音が鳴らないようで、聞こえない音が鳴っている。
「人の耳には」聞こえない音だ。
アルジェーンは、その聞こえない音の無数の反響を読む。
蝙蝠などと同じ原理だ。
そうやって相手との距離を測り、相手の動作を知り、親しい相手ならその表情まで読み取ることができる。
目で見ることのできない代わりに、彼女は耳で“見る”ことができるのだ。
そして、ロロリアも…
いつも優しい笑みを絶やさない、心優しい森妖精…。
ロロリアは、音の無い世界に生きていた…。
だけど、相手の唇の動きを見て、何を言っているのかを「聞き取る」事ができる。
彼女はある程度なら人の話を目で“聞く”ことができるのだ。
だから彼女の方を向いて、しっかりと話をしなければいけない。
そして相手の口元が読めなくなるくらい暗くなると、彼女には「聞き取れなく」なるのだ。
そして彼女は、動物の、耳目を借りる事ができる。
ただし森に住む、小さな獣や鳥だけだ。
でも夜は、動物たちも眠る時間なので、心優しいロロリアは夜に動物を使うことはめったにしない。
そして周囲はすっかり暗くなった。
この村のエルフたちは割と自由だ。
自分の家を持っていて、そこで寝る子もいれば、大きな葉っぱを被ってそのへんで寝る子もいる。
ユーミは、真上を向いて寝転がっている。この子は横になれば、眠りに落ちるまでは一瞬だ。
レイリアはいつの間にか寝そべったままあちら側を向いている。飲んでいたお酒が減ってないので、もう眠っているのかも知れない。
ロロリアは暗くなるに従って、口数が減ってゆく。
何かを問いかけても、返事が返ってこない事が多くなる。
明るい時とは別人のように、ロロリアとは会話が成り立たなくなっていく。
フローレンもアルテミシアも、暗がりではロロリアとの会話が難しい事はわかっている。
だから返答がない事を、気にしてなどいない。
ただ、話をしたかった。
だから、フローレンとアルテミシアは静かに待っていた。
そしてロロリアは、再び、一人、語り始めた。
「ここに住む森妖精の末裔も、もう、わずかになったわ…」
その玲瓏の声が、澄んだ夜の空気に染み入るようにやさしく響き渡る。
かつてはこの村にも、数百ものエルフが生活していたのだと言う。
そしてそのさらに昔は、この辺りの森一帯はエルフが治めていた。エルフの王国があった、と。
「それがどれくらい前なのかしら…それは、私にも…」
ルルメラルア王国もブロスナム王国もない、ひょっとしたら古代ヴェルサリア王国すら、まだ…。そんな、歴史の記録すら曖昧なくらい、昔むかしの事のようだ。
でも、エルフたちに何かが起こった。
それが人の関わりによるものなのか、自然の影響によるものなのか、それとももっと違う他の理由があったのか…。
確かな結果として、エルフの王国は消え去り、残されたエルフも、姿を消していく事になった…。
「ここにいた森妖精の多くは、遥か北にある妖精の王国を目指し、旅立って行ったの…」
そう言って、ロロリアは寂しげに瞳を閉じた。
暗がりの中、その瞳には、少し濡れた光が見えたようだった。
その様子を察したアルジェーンが、慰めるように身体を寄せる。
ロロリアも、銀色の少女を抱きしめた。そうすることで、寂しさに、涙に、耐えているようだった。
「そしてね…」
しばらくして再び口を開いたロロリアから、寂しさの感情は消えていた。
心が満たされた様子が、穏やかな二人の表情が、薄暗い明かりの中に、垣間見えた。
しかし、次に口を付いた言葉は、とても重たい一言だった。
その口調からは、必然を受け入れる、覚悟のような強い気持ちが感じられた。
「この村は、もうすぐ終わりを迎えるの…
…ううん、それはもう決まっている事だから…」
「えっ!?」
「それって、どういう…?♭」
思わず口を挟まずにはいられない。
聞こえなくても、薄っすらと二人の驚いた様子は見て取れただろう。
雰囲気を察したロロリアは、最後に一言だけ、こう言った。
「私達は…古い言い伝えに従っているの…」
その伝承を信じ、最後までここに残っているのが、ロロリアたち九人のエルフ、という事なのだろう。そしてきっと、アルジェーンもどこまでも一緒についていくのだ。
その言葉を最後に、ロロリアは動かなくなった。アルジェーンも。
ふたりは、後ろにもたれかかるような姿勢のまま、そのまま抱き合うようにして支え合いながら、眠ってしまったようだった。
ロロリアは暗闇が怖い。闇の中では、聞こえない上に、見えないからだ。
アルジェーンは暗闇でも「見えて」いる。夜の静寂の中で、よく聞こえるからだ。
ロロリアに抱かれているように見えるけれど、アルジェーンのほうが守っているのだ。
でもそのアルジェーンも、ロロリアの温もりの中で、満たされている。
お互いを必要とする乙女と少女の姿は、あまりにも美しく、そして心を癒やされる程に微笑ましい。
「わたしたちとは、また違う感じよね」
「そうね♪ この子たちは、二人でひとつ、って感じだもの♪」
フローレンはアルテミシアと並んで、森の村に生きる二人の姿をしばらく見守っていた。
そして、いつしか眠りに落ちていく…。
魔法の明かりが、消え残るように、この広場を薄く照らしていた。
夢現の中にあるロロリアは、消え入りそうな声、誰にも聞き取れないくらい小さな声で、こう囁いていた…。
「ずっと、あなた達を、待っていたの…」
この村からは朝日が見える。
上からは差さない光が、村の真横から差し込んでくる。
一日の始まりの光。
この村にとって、朝こそが、最も明るい時間なのだ。
そして別れの時がやってきた。
次回に持ってくるもの、彼女たちの希望や、ここにあれば良さそうな物をリストアップしてまとめてある。
欲しい物を聞くと、エルフたちは口を揃えて「食器!」と言ったけれど、まあそれは程々で…。
鉄製の道具類とか、羊毛を使った織物とか、ここで作れない物を持ち込んであげるのが良いはずだ。この村しかしらないであろうエルフたちに、新たな感動を呼び覚ませるものを、ぜひ持ってきてあげたいものだ。
主な消耗品としては、塩だ。
彼女たちの話では、近頃は山に行って岩塩を採るのが大変だという。
山に住み着く者が増えたという事だった。彼女たちの話では、戦乱から逃げてきた者たちが多数、山に住み着いた感じだと言う。なので山の探索が行いにくいのだと。
北の戦乱のおかげで、岩塩の価格が上がっている。岩塩はその戦乱の地であるブロスナム領で主に採れるからだ。だけどルルメラルアの首都オーシェの南にある海岸の町ローレライの辺りで、海水から作る技術によって塩が大量に生産されているので、そちらの塩なら手頃な値で手に入るだろう。
この村で過ごした二日間は、楽しく、そして美味しかった。
空気も澄んでいて、木々に癒やされたような錯覚すら覚え、でも実際に身体の疲労までもが消え去ったように感じる。
そして、また近いうちに訪れる予定だ。
今度は馬車で来ることになる。運んでくる荷物が多くなりそうだ。
今、お店で戦いの訓練をしている女の子たちも、何人か一緒に連れて来ることになるだろう。
そして、ここでの生産物を町まで運ぶことになるだろう。
それを売って、また色々な物を買って、ここに戻ってくる。
「またね、ロロリア、アルジェーン、みんなも!」
「また来るよ!」「おいしかったよー!」
「待ってて♪ 次は、お土産満載よ♪」
「ええ…待っているわ…楽しみにしてるから…」
「待ってる」
昨晩、ロロリアが言っていた。
「この村はもうすぐ終わる」と。
でも、次に来る時は、まだ大丈夫だろう。ロロリアの感じを見ればわかる。
あの言葉は、フローレンとアルテミシアだけが聞いた。
今はまだ秘密、にしておこう。
フローレンはアルテミシアと目を合わせ、頷いた。
夜光樹の森を南に進んだ。
この森は、高い木々の影響で、日の通らない暗黒の森だけど、光を放つ蝶が飛び交う、浮世離れした空間だ。それ以外にも、頭から尻尾まで虹色に光るヘビとか、水晶のような身体を持つシカとか、宙に浮かぶ目玉とか、そういう変なイキモノがいっぱいいる。いや、イキモノという保障はないが。
そんな秘境をかなり歩いて、やっと森を抜けた。
たぶん、普通の山に出た。
まだちょっと、おとぎの国にいるような、浮いたような感覚が残っている。
だから山中で、大型の灰色熊みたいな普通の動物に遭遇すると…
ああ、現実世界に戻ってきたんだなー、という実感があって
「ほっとするね」
「だねー」
猟師が出会った瞬間に死を覚悟するという、獰猛な灰色熊を見て安心するあたり、
彼女たちの感覚も、わりとどうかしている。
なかなか纏まらず、予定文字数を大幅超過…。読みにくくて申し訳ない…。
いつも読んで頂いている方、もしおられましたら、いつもお付き合い頂きましてありがとうございます。




