17.~~夢醒めの乙女~~
ルーメリア編
第2章最終話というより、2.5章のような位置づけですが…
朝を告げる音楽が鳴っている。
まだ暗がりのお部屋の中。
水晶でできた時計。その平らな表面の空中に“0700”の数字が、光として浮かび上がっている。静かだけど力強いその音楽も、この水晶時計から奏でられている。
その浮き上がる光の表示が“0701”と、ひとつ進んだ頃、
ネグリジェ姿のリルフィは、軽く寝返りを打つように、
そして、ゆっくりと目を覚ます。
上体を起こし、まだうっすら重たい瞼のまま、枕元の水晶時計に軽く触れると、
そこから流れる目覚めの音楽が止んだ。
両手を頭上に伸ばして、軽く伸ばす。
とても爽快な朝。
そして、
またあのステキな夢の続きだった。
リルフィがステキな夢を見るのは、これが初めてじゃない。
もっと以前にも、立て続けに夢を見た事がある。
お城の中を元気に駆け回るお姫様
仲間とともに国中を冒険するお姫様
幾千もの軍隊に号令するお姫様
高い塔に囚われたお姫様
そのお姫様が、邪悪な龍を倒すお手伝いをした事もあった。
そう、全部、夢の中で。
そういう、わくわくするような夢。冒険の夢。
久しく見なかった夢を、最近また見るようになった。
今回は、お姫様は出てこないけれど、ステキなお姉さんたちが登場する。
花の剣士 フローレン
月の歌姫 アルテミシア
その仲間のレイリアとユーミ、店主のクレージュ、
そして多くの女性たちと、助け出される女の子たち。
(でも…その女の人たちが…私の知ってる人、なのよね…?)
そう、実際の世界で…。
ちょっとヘンな感じはするけれど…
(まあそれは…夢だから、って事で!)
わからない事は、考えない!
淡く輝く縦長な水晶柱をそのまま照明にした魔法ランプが、優しい光で淡く部屋を照らしている。
リルフィの長い髪がその光を映す。
まるで月明かりのような微かな銀色の輝きを返していた。
芸術が好きな親しい友人からは「ムーンライトシルバー」の髪と称されている。
その子が言っているだけで、本当にそんな色が存在するのかどうかなんて知らない。まあでもきっと、的確な表現なんだろうな、とは思う。
リルフィはベッドから立ち上がった。
ネグリジェ姿のまま、窓のほうへ向かう。
南向きの窓の二重のカーテンを開けると、新しい一日の光が差し込んでくる。
陽の光を浴び、リルフィの髪は淡いピンク色に変わった。
例の友人からは「チェリーブロッサムピンク」の髪とか言われている。
リルフィの髪は、暗がりや月の下では月の銀色になり、太陽やそれに近い光の下では春の花のような淡いピンクに染まるのだ。
珍しい髪色と言われる。自分ではあまり気にはならないけれど。
ピンク色のリルフィは、その朝の明るさに手をかざし、一瞬軽く片目を閉じた。
窓の横の机の上に、魔導書のような古めかしい書物が立てかけてある。
いかほどの年代を経たのか、かなり古いもののように見える。けれど古くなって劣化した感じはない。表紙の材質もしっかりしていて、崩れ落ちたりしていない。
目立つのは表紙に描かれた、時計板の数字のように並んだ、十二の円の並びと、その中央にはめ込まれたメダル。
その十二の円の内部にもそれぞれ紋らしきものが描かれたいたり、表紙のそれ以外の部分にも、複雑な意味ありげな模様が多数描かれ、その合間にびっしり細かく書かれているのは、読めない古い文字だ。
この書物は、アンティークな飾り物としても、実にいい雰囲気を出している。
でも、この本を本棚ではなく、この窓際に置いてある理由はただひとつ。
キレイだからだ。
本の表紙の中央にはめ込まれたメダル。
くすんだ灰色の金属製のメダルに見えるけれど、鉄とか銀とか、そういうありふれた物質ではないような気がする。
お星さまの欠片と言われる流星鋼とか、妖精の銀と言われる真成銀とかなのか、でもそれともちょっと違う気がする。
表紙だけでなく、このメダルにも複雑に刻まれた無数の模様や古文字の凹凸が、陽の光を複雑に反射して、実に多彩な色に輝くのだ。それは並び合って混ざり合って、キレイな虹色の輝きを作り出す。
それがあまりにキレイだから、わざと南側の窓際、朝日を浴びる位置に置いてあるのだ。毎朝この色の輝きを見るのがリルフィの日課なのだ。
リルフィはそっと窓を開けた。リルフィの部屋は二階にある。
家の裏は、隣接する孤児院の敷地だ。
ここでリルフィは毎朝、小さなお友達にあいさつをする。
孤児院の一室に見えるのは、黄色い髪が印象的な小さな女の子だ。
起きる時間が近いのか、いつも朝の挨拶をするのだ。
「おはよー!」
大きく手を振る。
声は多分、その子にまで届かないだろう。むこうの窓は閉まっている。
でも、向こうからも、大きな手振りが返ってきた。
その黄色の子、“ひよこちゃん”とリルフィは渾名をつけている女の子に別れの手を振ると、リルフィは窓を閉め、階下に向かった。
リルフィはひとり、朝ごはんの準備をする。
買い置きのパンと、作り置きのスープ、熟れ頃フルーツを選んで刻んで、
はい出来上がり。
朝なので時間をかけず、食事もお手軽に。
そして、ひとりで、それを頂く。
両親はあまり家に帰ってこない。
リルフィの家は小さな商会を経営している。
その仕事が忙しくて、両親ともいつも遅くまで働いている。
近頃はそのまま会社で寝泊まりしている事のほうが多いのだ。
お泊まりで何日も他の町に出かけることも少なくない。
だからリルフィはいつも一人だ。
でも寂しくない。
両親はリルフィを育て、学園に通わせてくれている、そのために忙しく働いている事を知っている。
それに、周りには親しい人がいっぱいいる。
近所の人たち、学園のお友達、行き付けのカフェの店員さん、町の衛兵さんたち、
そして小さなひよこちゃん。
一人だけど、独りだと思った事は一度もなかった。
手早く軽い朝食を済ませると、部屋に戻って学園に通う準備をはじめる。
色の変わる珍しい髪がリルフィの特徴だけれど、それ以外にも年頃の女の子としての魅力が満載だ。
リルフィはお年頃の女の子。なのに、お化粧をしたことがない。
面倒だから、ではなくて、どうやらその必要がないらしい。
この娘は、人の目を引く。とにかく目立つ。
絶世? 傾城? 傾国? 超別嬪? 超絶美?
様々な言い方はあるであろうが、百人に問えば百人ともが美人と言うであろう、綺麗な乙女であることは間違いない。
惜しむべくは…あまり本人にその自覚がない、というところである…。
リルフィは着替えを始めた。
窓のカーテンは全開だ…。リルフィはこういう事に驚くほど無頓着なのだ…。
羞恥心がない、訳では無い。どちらかと言えば欠けているのは警戒心のほうかも。
ネグリジェを脱ぎ捨てる。
纏うもの一枚だけになった下着も脱いで、外行きのに換える。
そして上のも着ける。けど…
…なんかサイズがきつい。
太った感じじゃあない。
という事は…また少し大きくなった気がする。
今でさえかなり大きいのに…
(いやねぇ…このあいだ買い替えたばっかりなのに…)
そして、最近は下の方も成長が著しい。けっこうぴっちり食い込んでいる…。
リルフィは育ちざかりのお年頃なのだ。特に女性としての部分が。とっても。
背はあまり伸びないのに。
でも身長は、もともと平均より少し高いくらいなので、あまり問題とは思っていないけれど。
(学園の帰り、お買い物に行った時に、下着も忘れないように買わなきゃ)
今日の上着はキラキラの黒、スカートはひらひらの赤、その組み合わせに決めた。
夢で見た、花の女剣士と月の魔女の色の衣装の色だ。
あの二人みたいな格好をしてみたいけれど、レオタードとかビキニスタイルで歩き回るのは、さすがに街中でも学園でも浮きそうな気がする、ので諦める。
天然系乙女リルフィにもその程度の常識は、さすがにあるのだ。
(そうだわ! 武闘祭のイベントがあるから… その時に衣装遊びしてみよう!)
武闘祭はまだ来月なのに、考えると今からワクワクしてきた。
ファッションに合わせて、アクセサリを選ぶ。
今日は、赤い薔薇飾りのついたカチューシャと、月形の月長石のイアリング。
やっぱり夢で見た、ステキなあの二人を意識している。
髪を結うのは、運動科目がある時とか、何らかの行事の時くらい。
普段はストレートのまま流している。今日もこのままだ。
姿見鏡で最終確認。
ピンクの髪に上着の黒い天鵞絨のような生地はよく映える。
上から下、黒から赤へ至るコーデもいい感じ。
軽く回ってみる。かなり短いスカートは赤い花びらのようにひらっと舞う。
花びらの合間からちらっと僅かに映る“白”、ヒザ下までのソックスも白。
頭の片側に飾られた薔薇も、耳元で輝く月石も、演出はすべて、完璧。
今日のリルフィ、完成~
着替えが終わって支度ができた。
これから学校に通うので、夕方まで戻らない。
カーテンを閉めようと窓に近づいた。
あの黄色の髪の子は、もうそこにはいなかった。
あの子も朝ごはんを食べている頃かもしれない。
(あれ?)
リルフィが気になったのは、例の不思議な古書だった。
その書物の表紙に異変がある事に気がついた。
いつのまにか、紋のひとつに色が点っている。メダルを囲むように十二個、円形に並んだ紋のひとつ、真上の右にある位置の紋だ。
朝の光が眩しくて、そして虹色の輝きに見とれて、さっきは気が付かなかったのだと思う。
けれど、光が遮られると、その紋が黄金色に輝いている事に気づいたのだ。
中央の大きなメダルがはめ込まれている凸になっている感じとは違う。
色のない他の十一の紋と同様、刻まれたように凹んでいる感じだ、その色の付いた紋の部分だけが金属化しているような感じになっている。
(…あれ…? この紋様は…? セイラ神の…?)
よく見ると、それは、商政神セイラの紋様だった。
ルーメリア帝国で信仰されている、十二の神の一柱。
ルーメリアの一年は十二ヶ月と何日かの中間日で構成されていて、その十二の月にそれぞれ十二の神の名が当てられている。
暦の上でも、年の初め、初春に当たる今月は、商売や策略、政治を司るセイラ神の月に当たる。だから今月は、町の至るところでこのセイラ神の紋様が飾られていて、日常よく目にしているのだ。
(でも…この色…いつからだろう…? 昨日の晩、カーテンを閉める時にはなかった…気がするけど…?)
この本に現れた変化は興味深いところだけど、今はあまり考える時ではない。
学園に行かなきゃ。
リルフィはその本を元の場所に戻すと、残りのカーテンを閉め、そして部屋を出ていった。
帝都ルミナリス 第5城郭 第26地区 区名:デュヴィエファン地区
リルフィの住んでいるこの地域は、そう呼ばれている。
細かい住所となると、そこからまた小さな通りの名前がついたり、細かい番地とか振られたりするのだ。
帝都ルミナリスには9つの城壁があり、第5城郭というのは、4番目と5番目の城壁に囲まれた場所、という事になる。
第4城郭は貴族民
第5城郭は上級市民
第6城郭は下級市民
居住については一概にそういう認識があるけれど、必ずしもそうではない。
第4城郭も北側は貴族邸宅が多いけれど、南側や東西は高級商店街や国家機関などが並んでいる。リルフィの通う帝国学園もそこにある。
ちなみにその内側、第3城郭より内部は、いわゆる「お城」に当たり、有力な貴族はそこに邸宅を構えていたりする。
この第5城郭は、お城の北側は主に軍管区で、東側、西側ならび南側は主に居住区だ。多くの住宅が並び、それに伴う商店街や公共施設や行政機関の分署などが含まれている。
昔はここに住むものは「上級市民」と呼ばれていたそうだけど、住宅は大きな家から小さな家まで様々あり、今の時代にはそぐわない言い方という気がする。
ただ、貴賤問わず先祖代々の帝都民が多い感じで、ここより外部の住民や移民が希望しても第5城郭に居を構えることはかなり難しい。そういう意味での敷居の高さはたしかにある。
リルフィの家はこの第5城郭の南側部にある。
都の中央大通りから、東への小通りを一本中に入ったすぐの場所だ。
リルフィは家の敷地を出た。
なぜかリルフィ宅は、お庭がやたらと広い。家から門のところまでが遠いのだ。
「リルフィおねーちゃーーん!」
家の門扉を出たところで、リルフィを呼ぶ幼い声がした。
向こうから小さな女の子が駆けてくる。
アイシャちゃんだ。
四件隣りに住んでいる、リルフィより数歳年下の、ちっちゃくて可愛い女の子。
おとなり、と言っても、この通りでリルフィの家だけは大きくてお庭の敷地がかなり広いので、お隣りの家までは少し離れている形になる。
で、むこうから走ってくる。
ぱたぱた走ってくる。
そんなに慌てて走らなくても…と思っていたら…
ばたーーーん!
コケた。
「あ~~~~~ん!」
アイシャちゃんはまだ十歳にもならないけれど…、それでもより幼い印象がある。
同年代の子と比べてもかなり小柄な女の子だ。
なのに…お胸だけはかなり大きい。同年代の子とは比べ物にならないくらい、大きい。大人並におっきい。
そしてよくこける。
「あーあ…、よしよし…」
頭をなでなで
「お姉ちゃんが治してあげるからねー」
リルフィの口からは、普段の言葉とは違う、言の葉が紡がれる。
治癒の魔法を唱えているのだ。
リルフィの通う帝国学園は、様々な事を学ぶ場所である。
学術体系に基づく魔法も、その一つである。
もちろん、魔法が苦手で使えない子も少なくない。
そもそも男子などは、幼少から学んでいなければなかなか魔法を使えるものではないのだ。
だけどリルフィにとって、魔法は得意分野だ。
治癒魔法と、一口に言っても、ひとつだけではない。
再生能力を高める魔法、
存在を元の状態に戻し傷の存在自体を無い状態にする魔法、
薬のような癒やしの効果を召喚する魔法、
など、修復方法も様々だ。
その上、学術的にに分類される、九大属性や七大元素、天や冥に基づく力、など、その基本要素や原理もまた、面倒なくらい様々である。
魔法を理解し、習得する事も大切だし、状況に応じて使い分ける事も大切なのだ。
今アイシャちゃんに使用したのは、軽く気の力を流し込んで、再生力を高める治癒魔法だ。
“気”の系統は魔法学で分類される九大属性のひとつで、万人が身体に宿しているので使いやすい。
擦り傷くらいならこれで十分だ。
「もう痛くない?」
「いたくない! ありがとー! リルフィおねえちゃん!」
大好き! って感じに、ちっちゃなアイシャちゃんは、飛びつくようにしてリルフィの首に抱きついた。発育のいいリルフィの柔らかさに ちょうど背伸びしたアイシャちゃんのお顔が包まれる感じになる。
だけどこのアイシャちゃんも、まだ十歳かそこらだけど、もうお胸がかなりおっきいのだ。身長は同じ歳の子よりもかなり低いのに…。
だから身体のバランスが悪くて、走るとよくコケるのだ、という気がする。
よく見るとお尻もおっきい感じがする。母親譲りなのだろう。
「あら? リルフィちゃん。ありがとう」
「あ、ウェンディさん、おはようございます!」
そのお母さんがやってきた。
ウェンディさんは、リルフィの倍以上年上だけれど、近所の小母さんというよりはまだ、きれいなお姉さん、って感じの女性だ。アイシャちゃんの体系は「お母さんに似た」と言えば絶対納得できるほど、柔らかでふくよかな大人の女性の色気に満ちあふれている。
「いつもゴメンね、リルフィちゃん。この子ったら、またいきなり駆け出しちゃって…リルフィちゃんの事大好きだから…」
で、走って、転んで、え~~ん! という訳だ。ほぼ毎朝同じことをしている…。
ウェンディさんは落ち着いている、というよりおっとりしていて、優しい雰囲気がまず全面に出る感じの女性だった。
そうしていると、さらに二人の女性が駆けてきた。
アイシャちゃんの双子のお姉さん、レーゼルさんとフィアナさん。
ふたりともリルフィより少し年上のお姉さんたちだ。
「おっは! リルフィちゃん!」
「リルフィちゃん、おさきー!」
言いながら二人は駆け去っていく。今から仕事に行くところなのだ。
「あ、おはようございます! いってらっしゃーい!」
リルフィもすれ違いざまに挨拶するけれど、
二人は「仕事、遅れる~」「遅刻~、遅刻~」とか言いながら、風のように駆け去っていく。
アイシャちゃんもウェンディさんも「いってらっしゃーい」と手を振っている。
妹のアイシャちゃんと違って、二人のお姉さんは足も速くて運動達者な感じの女子だ。走って行ってしまって、もう小さく見えなくなっていた。
アイシャちゃんは幼年学校に通っている。
リルフィたちが住んでいる、この第5城郭には、地区ごとに定められた幼年学校があって、6歳から12歳までの子供は全員が通学する義務があるとされている。
幼年期の子たちは近所の子がまとまって、学校まで一緒に歩いて行くことになっていて、その集合場所が、通りの角の位置、つまりリルフィの家の横の公園広場、ということなのだ。
このご近所の母娘さんたちが…
リルフィの夢の中では、親子でも姉妹でもなく、同じ村の歳の近い四人の村娘として…しかも山賊に拐われる役で現れた…
なんて事はリルフィは、とてもじゃあないけれど言えない。
アイシャちゃんがよくこけたりするところも、夢の中のアーシャちゃんはそっくりだった。もっとも、あっちはもうちょっと歳上で、子供という感じではなかったけれど…。
そして夢の中のウェーベルさんは未亡人だけど、三人の娘とあまり変らない年頃のお姉さんのように登場した。同じ村の娘として。
こっちのウェンディさんは三人のお母さんだけど、実際の歳よりずっと若く見えるし可愛らしい感じなので、四人で並んで「姉妹」と言っても通用しそうな気がする。
旦那さんは軍人さんだったけれど既に亡くなっていて、母娘四人で暮らしている、という事はリルフィも知っている。
現実世界のこの母と娘の姿を眺めながら、リルフィは朝まで見ていた夢の事をまた思い出していた。
そこにまた二組の母娘がやってきた。
「アイシャちゃ~ん!」「おはよ~」
お隣りのカリナさんと、娘のプラタちゃん、
二件隣のシェリーヌさんと、娘のフェンリちゃん、
ウェンディさんの一家と同じく、リルフィにとっても親しいご近所さんだ。
カリナさんはこの地域の委員さんで、困りごとがあればいつでも相談できるし、
シェリーヌさんは「いっぱい作ったから」とお料理を持ってきてくれたりする。
リルフィの両親があまり家にいない事も知っていて、よく気にかけ世話をやいてくれるのだ。
夢の中ではそれぞれ、商売と料理の担当をしていた、母と娘だけの家族として登場したけれど、現実ではお二人とも主婦で、ご主人もちゃんといらっしゃる。
「おはよ~~~!」
と、その子たちに駆け寄ろうとしたアイシャちゃん。
ばたっ!
またこけた。
この子は実によくこけるのだ。
「今朝もコケちゃった…」
「アイシャちゃん、だいじょうぶ…?」
プラタちゃんとフェンリちゃんが、しゃがんで心配そうに覗き込む。
「あ~~ん…!」
アイシャちゃんは歳下の子たちに心配されている。
「リルフィお姉ちゃん!」「お願い、治してあげて!」
この二人のしっかりした感じを見ていると、どっちが年上かわからない。
「ほらほら、泣いちゃダメよ」
また治癒魔法をかけた。それですぐに泣き止む。
なんだかもう慣れた毎日の光景だ。そりゃあ、夢でも見るのも無理はない…。
この子のおかげでリルフィの治癒魔法の実践経験値が上がって、だんだん魔法が上手くなっている気までするほど…。
他の登校班の子たちが集まるまでの間、子供どうし、母親どうしでお話が始まる。
「じゃあ、私もそろそろ、行くね!」
リルフィの通う帝国学園は、第4城郭にある。
ここからは歩いて少し遠いのだ。
「「「いってらっしゃーい!」」」
親子三組、みんなが手を降ってくれていた。
リルフィはこういう何気ない日常、人の関わりが好きだった。
少し夢の余韻を引きずっているような感じだったけれど、大通りを歩きながら、毎朝の変わらない風景を眺めていると、しばし夢の世界の事は忘れ、しだいに現実に引き戻される自分がいた。
第4城郭と第5城郭を隔てる城壁。
その下のちょっと薄暗い、短いトンネルを抜けた。
戻ってきた日の光と共に、桜並木の登り坂が伸びる、いつもの見慣れた景色が広がっている。
もう学園は目に映る場所にある。
今日もお友達と会える。新しいことを学べる。放課後のお買い物も楽しみだ。
すぐに日常的な楽しみを思い出して心躍らせる。
リルフィは、軽く駆け出した。
悠久の帝都ルミナリスは今日も麗らかな春の陽気に包まれていた。
これにて第2章終了です…やっと。予定以上に長くなりました。




