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花月演義 ~~花月の乱~~  作者: のわ〜るRion
第2章 焼け崩れる山砦
17/138

16.帰還 そして、女子会 きなこもち


八人の女子を乗せた馬車は無事にフルマーシュの町に帰還。

まだ日が高い時間にクレージュの店に戻ることができた。


「みんな、おつかれさま」

冒険の帰りはいつも突然だけど、クレージュはいつもすぐに出迎えてくれる。


「そして、いらっしゃい!」

見知らぬ女の子たちにも、この女店主は丁寧に接客する。


今回の冒険の成果とこの村娘たちの事情を、かいつまんで説明した。

(もっと)もこの子たちの境遇については、その身なりや一緒にここに来たという事実だけで、説明するまでもなくクレージュにはなんとなく予想がついている。


「まずはお風呂に入って、それからご飯にしましょう。ゆっくりしてね」

村から見捨てられ、行き場のない四人の女の子を、この女店主は快く受け入れた。

頼りがいのありそうな落ち着いた大人の女性の、丁寧な物腰と優しい声掛けに、四人の女の子たちは一気に安心し、一様に笑みがあふれる。


「でも、その前に」とクレージュは、

「この荷物運びと、片付けまでは手伝ってね」と四人に告げた。

やるべき事だけは、ちゃんとやらせる。このへんクレージュは優しいけれど甘くはない。


「「はい!」」「「もちろん!」です!」

四人の女の子も、自分たちの仕事だと言わんばかりに元気に答えた。


アルテミシアが軽量化の魔法をかける、けれど満月が照っていた昨晩ほどの効きはない。

それでも女の子たちは荷運びを頑張った。馬車の中で仮眠して元気も戻っていて、これが終わったらお風呂とご飯だから、もうひと頑張り、と四人とも張り切っている。


彼女たちに指示を出しているのは、髪を結い上げた知的な印象の年上の女性、クレージュの助手をしているカリラだ。三人いる助手の中では、商売や管理担当の助手だけど、ここでは洗濯掃除後片付けなどの家事が苦手な冒険者女子たちの世話を焼く、お母さんのような存在である。歳はクレージュと同年、とまだ若いのでお姉さんと呼べそうなのだけど、しっかり者な上、十歳にもなる娘がいる事もあって、どうしてもお母さんというような印象になる。


それと、流れる水のような綺麗な髪の女の子が、荷運びの作業を一緒に手伝っている。

先月からここに来たショコール女兵士組リーダーのチアノ。普段はカリラの下で、クレージュの商売や物資管理の仕事を手伝っている。新しい四人の後輩たちに、しっとりと落ち着いた感じの物腰で、優しく丁寧に接していた。


嵩張る雑貨類は離れの倉庫に、食料類は厨房の倉庫に、価値のある品物はカリラが直接預かって帳簿につけている、あとでクレージュが金庫にしまうのだ。

そして、馬、だ。


「馬は嬉しい戦利品ね」

店の裏手にある(うまや)に繋がれた新しい二頭の馬を見て、クレージュはかなり上機嫌だった。

彼女の行う商売は、荷運びが重要なのだ。一気に馬の数が倍になったので、輸送力は格段に増す。

もちろん、馬を世話する手間暇も費用もかかるけれど、軽くそれ以上の収益が見込める事になる。


新しい二頭の仲間(・・)にさっそくユーミが飼葉を与えている。

ユーミが見かけによらず馬の扱いが上手なのは、獣人族だから、という事も関係あるのだ。


「こっちのは荷駄馬だけど…この馬って…」

「軍馬だね」

フローレンが問うまでもなく、レイリアも気づいていた。

馬は元来臆病な生き物で、ふつうは戦いの喧騒の中では、怯えてしまう。

もう一頭の荷駄馬は完全に怯えていたが、それが通常の馬の反応だ。

軍馬とはそういう状況の中でひるまない訓練を受けた馬、ということだ。


フローレンは昨晩倒した手練の剣士を思い出していた。

なんとなくの感だけれど、あの男の乗馬だったように思える。

軍馬に乗っていたとしたら、ルクレチアの剣術を使うあの男は、旧ブロスナム軍の武官だったのだろう。

だとしたら、そんな武官崩れが、何故あんな山賊の中に混じっていたのか。


あの山賊の中にも、明らかに元兵士らしい数人がいたのを思い出す。国を追われた兵士が賊に身を落とす事はよくあるのだ。

だけどあの剣士は、賊というにはちょっと違う感じがした。


フローレンはこの事がずっと頭に残っている。

不自然な感じが抜けない。というよりは、何か嫌な予感めいたものを覚える。



女の子たちは荷物の片付けを終え、四人揃ってお風呂に入りに行った。

フローレンたち冒険者女子四人は先に食事のテーブルについた。


「クレージュ、これ見てほしいんだけど…」

店奥の十人がけのテーブルの上に、フローレンは荷から取り出した剣を出した。

フローレンが倒した、あの男が持っていた剣だ。

そしてウェーベルが持ってきた、同じ桜花の紋章がある刀も。

いつもの店奥の席、あの十人がけのテーブルの上に並べた。


カシラの他に目立つ男が二人いる、「細身の男」と「ガタイのいい男」だ、と村人たちは言っていた。

その片方「細身の男」とはフローレンが倒した、あの手練の剣士の事だろう。

桜花の刻印のある刀のほうを、ユーミが片付けた男が持っていた、という事は、

その男がもう一人のガタイの良い男、のほうで間違いなさそうだ。ユーミも「まっちょだった!」と言っていたとおりだ。

フローレンはその経緯も知る限りクレージュに話した。


「ブロスナム王国の紋章ね」

二つの武器を手にし、その紋章をしっかりと確認した上で、クレージュは即答した。

商売を行う以上、各地の情勢に詳しく、政治的な知識も多く持ち合わせている。


そして、その表情は少し険しい感じになっている。いつの間にか、テーブルに乗せていた豊満すぎて重たい胸を上げていた。胸を机に乗せて楽をしない時のクレージュは、決まって真面目な、重要な内容の世界にいる。


「この武器は兵務局に提出するわ。…もしかしたら、すごいお手柄だったかもよ」

「?」

「これは私の推測混じりのお話だけど…」

クレージュは胸の下で支えるように両腕を組みなおすと、ブロスナム領の現在の情勢を、軽くまとめて説明した。


北のブロスナム王国は昨年の敗戦で滅亡し、ルルメラルア王国軍の軍政下にある。

ただしその残存勢力は野に下っていた。そして、今年になって各地で反乱の火を上げている。

庶民の援助のみならず、同盟国であった西の神聖王国ラナからの援助もあると思われる。


滅ぼされたとは言え、旧ブロスナムの有力な将軍が何人も健在である。

先の戦いでブロスナム国王リュイン三世は戦死したが、その後継者であるグェン・グレイス王女が生き延びている。

ルクレチアの軍神に仕える女戦士女兵士を多数従え、その戦人(いくさびと)としては父王以上と(たた)えられる優れた王女を旗頭に、雷王と呼ばれる名将ディオスを筆頭に何人かの将軍が健在だ。


中でも、大陸随一の名将と称される、美髭候ランウェー将軍の存在が大きかった。

「朱の軍神」とまで渾名(あだな)され、軍略もさる事ながら、先の戦いでもルルメラルアの右将軍を一騎打ちで討ち取ったという武術の腕も当代随一、大陸最強の男と敬われ怖れられる英雄だ。


ルルメラルアからは二人の王子と、精鋭の四兵団を中心に、ブロスナム領へ多数の兵を送っている。

白の王子と讃えられる第一王子リチャードが現在ブロスナム領にて軍政を担当しており、

黒の王子と恐れられる第二王子エドワードはブロスナム領の西端に駐屯、隣国のラナを牽制し、ブロスナム反乱軍への支援を絶ち、あわよくば侵攻の備えまで見せていた。


こんな情勢なので、国内の兵士の多くが北へ行ってしまっている。このフルーマシュという田舎町ですらその影響を受け、ただでさえ少ない兵隊さんが北の地へ出払ってしまっている。

今回の山賊討伐も、兵力不足で手に負えないこの町の兵務局から、冒険者の世話役であるクレージュにまわってきた依頼だった訳だ。


簡単に言えば、ルルメラルア国内の防備と治安が、全般的に手薄になっている状況なのだ。


「そういう情勢の中で、これをどう見るかしら?」

クレージュは腕組みを解き、二振りの刀剣の、桜花の紋章を順に指差しながら、問いかけた。


「「「!!」#」まさか…」

並べられた前菜と格闘しているユーミを除く三人の表情が、一気に固くなった。

そのユーミも、場の空気の変化を読んで、一瞬食べるのを止めた。


つまり、

ブロスナムの息のかかった者、元兵士や元士官が、ルルメラルア本土の至る所に入り込み、山賊などの無法組織を形成する、または資金や物資などの援助を行い組織の中核に入り込む。

国内を無秩序に荒らされるだけでも、兵の手薄な現状では、対応に手を焼くことになる。

それらが互いに連携し大規模に暴れたりすれば、鎮圧しきれず、放置すれば国内に拠点を築かれる事にもなりかねない。


いや、それどころか、ブロスナム本土の反乱軍に呼応する形で、一斉に蜂起する事も考えられる。

そうなれば、駐留軍との連絡が分断され、補給も絶たれる危険性がある。

駐留軍が壊滅すれば、ブロスナムの反乱軍は、その勢いのままルルメラルア国内に流れ込んでくるだろう。国内に出来上がった山賊の勢力と合流されれば、最悪、一気に情勢が逆転する可能性すら考えられる。首都オーシェの陥落ですら、ありえない話ではない。


「なるほど、ね…」

フローレンは、ずっと感じていた気味の悪い違和感の正体がわかった気がした。


「そう。だからこの事に早くに気づけたのは、良かったと言う事よ。

 もし考えすぎだとしても、警戒するに越した事はないからね」


クレージュの言うように、楽観的に考えれば、そうなる。

今後、そういった賊徒は見つけ次第、壊滅させていけばいいのだ。


ルルメラルアと旧ブロスナム、この二国の間は高い山脈や深い森で隔てられており、その中には危険な生物が潜んでいる未開の地もある。森亜人(オーク)族の大集落があるという噂があり、恐るべき樹龍(グリーンドラゴン)の目撃報告もあるくらいだ。


南北を抜ける公式な道は限られている。

西のほうにある山越えの古い街道は現在、黒の王子エドワードと前将軍アウザーの軍に押さえられ閉鎖されていると思われる。

なのでブロスナム領からルルメラルア王国領に抜けるには、現実的には縦貫街道を商業都市アングローシャから更に北、ルミナリス丘陵を越えるルートほぼ一本に絞られる事になる。


だが逆の見方をすれば、立地的に街道以外の国境線は無いに等しく、監視の目が行き届く訳ではない。

そういった危険な森や山の間には、比較的安全な抜け道もかなり多く存在するとされ、その道さえ知っていれば、少数の者が国境を越えてくるのは、実は容易い状態なのだ。


だから今後は、そうした北の旧ブロスナム領から流れてくる敗残兵には、特に気をつける必要があるだろう。そういう連中が山賊の中核になれば、手強い集団になる危険性がある。

正規の兵として訓練を受けている以上、通常の山賊よりずっと手強くなるはずだ。


あの剣士のような手練もいた。

今後はたかが山賊と言えど、甘く見るべきではない、とフローレンは思い直している。


「一応、あの子たちにも聞き取りをしましょう」

クレージュはずっと腕組みをして、大きすぎて重たすぎる胸を支える姿勢を取っている。真剣な話が続いているという事だ。



例の漬け肉がこんがりと焼かれ、油の弾ける音を立てながら、いい匂いと一緒に運ばれてきた。

ユーミが、待ちきれない「はよ!はよ!」という感じで落ち着きを無くしている。


コメを発酵させた村の銘酒も、栓を開けられた。

レイリアもあからさまに嬉しそうに、口元を(ほころ)ばせた。



そうしている間に、流水色の髪のチアノに連れられて、四人の女の子がお風呂から戻ってきた。

店の右奥にある店舗関係者専用口から出てきて、すぐそこにフローレンたちが座っている、十人掛けの女子専用席がある。四人はそこに並んで座る形となった。


「あんないいお風呂あるんだ~」

「気持ちよかった~いいところだ~」

「お先に失礼しました…」

「お湯につかるの、ひさしぶりです~」


さっぱりして、新しい服に着替えた女の子たち。

全員が同じ色の金髪で、それぞれハイポニテ、ローポニテ、シニオン、三つ編み、ときれいにまとめられて、こうやって四人並べてみても、なかなかに魅力のある女の子たちだ。

やっぱり四姉妹みたいな一体感さえ感じさせる。

同じ村の住人だった訳だから、遠い親戚などに当たる可能性が高いので、似ている事は別におかしな事じゃあない。けど、妙に雰囲気に一体感があるのだ。


先に宴会を始めていて、秘伝の漬け肉と絶品の地酒のお陰で上機嫌な二人をさておき、ちょっと遅めの昼食会が開かれた。

いや、時間的には、早い夕食という方が正しいかもしれない。


元ショコール兵士のウェイトレス、この子達の先輩に当たる空色髪のアジュールと雲のような銀髪のセレステが、次々に出来上がった料理を運んでくる。

大体が昼の残りであったりするのだが、クレージュと料理長のセリーヌが作る料理自体の味が良いので、ご馳走と呼んでも全く問題はない。


「食べながらでいいから、色々聞かせて頂戴」

あまり思い出したくない事もあるだろうが、聞いておく必要がある、とクレージュは判断している。



話を聞くと、この子達はほとんど部屋に閉じ込められていていたという。

カシラやあの細身の剣士は女の子と接触した事もないようだった。


アーシャは小柄なのに胸はかなり大きいので、とにかくよく賊どもに構われ、自分でも覚えていないくらい、多数の相手をさせられたようだ。

あまり聞くと嫌なことを思いさせて泣いてしまいそうなので、程々で止めておいた。


ウェーベルはまだ若いけれど未亡人で、亡き夫は剣士だった。

彼は若い妻にいい生活がさせたくて、稼ぐために傭兵として北に行った。

が、ブロスナムの内乱に巻き込まれて戦死、ウェーベルは結婚早々未亡人になってしまっている。今でもずっと亡き夫を慕っている。剣の技も、夫から教わったものだったようだ。

なのにウェーベルはあの砦で、ガタイのいい男に毎日のように相手をさせられ、嫌な思いをしていたらしい。

クレージュはウェーベルに配慮して、その男がブロスナムの元士官かもしれない事などは、絶対に言わないように強く配慮した。

ウェーベルはフローレンと同じ歳なのに、シニオンの髪型が落ち着いた雰囲気を底上げし、人妻のような(つや)を見せているが、そういう波乱の人生を送っているからかもしれない。


ディアンは抵抗して男を蹴ったり殴ったりする程度で、大人しくしていた、という。

おとなしく、という言葉の基準に疑問はあるが、本人としては大人しくしていた…のだろう。殴って蹴って気絶させたことは二、三回しかない、と自信を持って言っていた。


ネージェは一度逃げ出そうとしたけれど、砦の中で迷って捕まった事があった。

逃げ出せば他の子が無事でいられない、と脅され、それからは静かに耐えていた。

その時、細身男とガタイ男が、見たこともない男と話をしているところを目撃していた。

危険な雰囲気を感じたので、ネージェはすぐにその場を離れた、と言った。

それがどんな男だったかはよく見えなかったらしいが、只者ではない印象の人物ではあったようだ。

「そういえば…その時だけど…私達、どこかに連れて行く、とか言われてたわ…南か、北か、どっちが先か、って」

「…? どういう事…?」

「さあ…それ以上は…」

クレージュの問いかけにも、ネージェの記憶からはそれ以上の情報は現れなかった。


「そういえば、私も…」

ウェーベルが何か思い出したようだ。

「その…、その男が……自分の妻になれ、と……

 そうじゃないと、他の子と一緒に、何かをしに、どこかへ行かされる、って…」

思い出しくない事だった感じで、ウェーベルは目を伏せてうつむいた。


「そう…話してくれてありがとう。…嫌なこと思い出させて、ごめんね」

クレージュは、それ以上の情報はないと判断し、ここで打ち切った。


「さ、食べましょう♪ もう辛い事とはお別れよ♪」

アルテミシアが空気を読んだように話を切った。

「たべよー!」

実によく食べる、美味しそうに食べるこの子が言うと、食事が楽しくなるような雰囲気がある。

女の子たちも、忘れていた空腹を思い出したように、止まっていた食事を再開する。



女の子たちがちゃんと食事を採り始めたのを見計らうかのように、クレージュが立ち上がった。

「兵務局に報告してくるわ」

早い方が良い、という事だろう。フローレンとアルテミシアに目配せする。

ついてきて、という事だ。


「ゆっくりしてね。おかわりあるから、いっぱい食べていいわよ。

 食べ終わったら、今日はもう休んでいて。明日からはお仕事を教えるから」

クレージュは女の子たちに優しく声掛けをしてから、席を立っていった。

四人の女の子たちの安心した表情がそこにあった。


フローレンとアルテミシアも続いて席を離れた。町の兵務局へ同行する。

報告自体はクレージュに任せる。

現場の様子の、聞かれた事にだけ答えればいい。


クレージュにとって、この類の交渉事はお手の物だ。

話す内容は慎重に選び、話さない事は絶対に話さなかった。

あのいい馬のことなどは、絶対に言うつもりはないだろう。話題にしてしまって、証拠品として出すことになるには惜しい、クレージュはこのへんしっかりしている。

もちろん、女の子たちの事も隠しはせず、あの子達に類が及ばないように、上手く話していた。


二振りの刀剣は証拠として提出したけれど、代価としてちゃっかり金貨を受け取っている。相当な業物で値も張るであろう武器だからタダで渡す言われはない。このへん商人上がりのクレージュは上手くやる女なのだ。

フローレンもアルテミシアも、砦の様子や、倒した主な山賊の特徴などを、そのまま話すだけだった。特に、アルテミシアが片付けた山賊のカシラの事よりも、フローレンが戦った細身の目の鋭い剣士の事は、かなり執拗に特徴を聞き取りされた。


兵務局のやり取りを終え、戻ってくる頃にはすっかり日も暮れ、店はお客でいっぱいだった。

この店も口コミでお客が増えてきているようで、割と早い時間から席が埋まってゆく。店主も美人だし、働く女子たちも華がある。料理も美味い。踊りも歌もある。一日の仕事を終えた男たちは舌で目で、そして耳でも癒やされる店なのだ。


繁盛しているおかげで、セリーヌ一人では料理が追いつかない事もままあるので、クレージュは早くお店の業務に戻りたかったようだ。


お見せはいつも以上に活気があった。

予想以上に料理がはやく回っていて、お客たちは談笑し盛り上がっている。


見慣れないウェイトレスがいる、と思ったら、ネージェとディアンだった。

てきぱきと注文を聞いては料理を運んでいる。

動きがきびきびしていていい感じだ。


厨房からちっちゃなアーシャが料理を運んできている。

ちょっとあわてて走ったりしているのが気になるところだけれど…

…やっぱり転んだ。

料理のお盆が宙に浮く…

それを、ネージェとディアンがそれぞれ、頭上と足元でナイスキャッチした。

お客から喝采の声が上がる。この二人は運動神経が良く、そして見せ場の華がある。


厨房ではウェーベルが一緒に料理を手伝っていた。

要領が良く、料理長のセリーヌの動きに合わせて、次の材料を用意したり、火にかけたりしていた。

その合間に自分で料理を客席まで運んだりしている。


クレージュは、初日だからあまりムリをさせず、と思っていたけれど、

この子達全員が、何かしてないと落ち着かない、という感じではあった。

今日から世話になろうというのだから、役に立ちたい、という気持ちが四人共に出ている。

「いい子たちね」

クレージュは微笑ましく、フローレンと顔を見合わせた。


「さ、私も歌っちゃおうかな♪」

アルテミシアがステージに立つ準備をする。ここにいる時は、一日に一曲は披露する事にしているのだ。彼女の歌を楽しみにしているお客も多いのだ。


先輩の二人、アジュールとセレステも、後輩に負けてられない!と張り切っている。

四人の女の子の加入によって、この店には新たな活気に花が咲いていた。





翌朝。

まだ開店前のお店の厨房。

アルテミシアの熱い要望により、アヴェリ村スィーツ「きなこもち」作成が行われていた。


村娘四人のうち、お姉さんなウェーベルが中心になって指示を出している。

ちっちゃなアーシャもレシピは知っているようで、横で手伝うように作業をしている。

ネージェとディアンは料理などはあまり得意ではないので、二人の指示を受けながら、マメの粉を混ぜたり、蒸した米をついて潰したりしている。


店主のクレージュと、料理長のセリーヌも一緒に、興味津々に見守っている。


「本来はもちっとした種類のおコメを使うんですけど、無い時はこの根っこの粉を混ぜて…あ、お砂糖は不要です。普通のお豆の粉だったら甘みは入れなきゃいけないんですけど、アヴェリ村で採れる大きなお豆は、乾燥させると独自の甘みが出るので…」

ウェーベルが説明するレシピを、セリーヌは寸分漏らさず、自分の料理帳に書きとめている。


料理長のセリーヌはクレージュの旧知で助手のひとり。

歳も同じくらい、だから他のみんなより一回り上になる。

働いていた食堂が閉店となった時に、一人娘を連れてこの店にやってきた。


その娘のレンディは十歳くらいの子供だけれど、同じ年のプララと一緒に、よくこの店の手伝いをしてくれている。プララはクレージュの商売方面の助手であるカリラの娘だ。母親同士も娘同士も親友という感じだ。


その幼いレンディとプララがふたり並んで楽しそうに、おコメの団子を丸めている。この二人はお店が忙しい時間には接客以外の、料理の手伝いや片付けなど、裏の作業を手伝ってくれている。

二人共ここの大人たちにもよくなついていて、そして冒険者に憧れているので、フローレンやアルテミシアたちを慕っている。


アルテミシアも作成の手順を見ながら、一通りの作業を手伝った。

アルテミシアは他の家事は全然ダメだけど、料理に関してだけは多少の心得がある。まあ、料理と言ってもスィーツに関してだけ、のような感じだけど…。


フローレンは慣れない感じで、苦戦しながら一緒に大きな豆の粉をまぶしたりしている。が、どうにも上手く行かない。剣技は天才的で外見も魅力的な女子だけど、料理の腕はからっきしだ。

ユーミは食べる専門、という感じに応援するだけだ。でも野外で肉料理を作ったりする程度には心得がある。料理についてはフローレンよりは多少マシだ。

レイリアはまだ寝ている。彼女の家事女子力はフローレンと並び称されるほど壊滅的で、もちろん料理なんてしたこともない。


こうしてめでたくアヴェリ村スィーツきなこもちが完成。

この店に関わる女子が全員一同に集まり、女子会となった。


近くのパン屋でアルバイトをしている元ショコール兵士のラピリスも、今日はこのために一度仕事から帰ってきている。チアノ、アジュール、セレステとショコール組で集まって楽しんでいる。


いつもは朝から町の中央で占い屋をしているレメンティも、自分占いの結果、今日は「たまたま」お休みする事にしていた、と自分で言っていた。


一緒に出されたお茶も紅茶かと思いきや、やや緑色の強いあまり見ないお茶だった。全く発酵させない茶葉を使うと、こういう若草色の茶になるらしい。村の荷物の中にあったものを、ウェーベルとアーシャが丁寧に時間を測って沸かして、全員のカップに注いでいた。


「おコメのダンゴには、紅茶よりこっちのほうが合うのよ♪」

「さすがはアルテミシアさん! お詳しいですね!」

「これも、アヴェリ村で採れたお茶なんだよ!」

アルテミシアも女子たちとすっかり仲良くなっている。


「ぉぃちぃ~」

踊り子のラシュナスはいつも昼過ぎまで寝ているが、今日はスィーツに誘われるように、ちょうど起きてきた。肌が見え見えする布面積の少ない寝巻き姿のままのだらしない感じの格好で、何気なく食べているのはお隣のお皿からだ。


「ちょ、ちょっと! あんたねえ! どこの取ってるのよ! あたしの分よ、それ! かえしなさいよぉ!」

占い師のレメンティは、長い黒髪でヴェールをかぶった、けっこう謎めいた雰囲気の女子なのだが、喋りで素が出ると、こんな感じのがっかりツンツン女子であることが判明してしまう。

そして、ラシュナスに(からか)われる事が多く、つまりこの二人が一緒にいるといつもツンツンデレデレ会話が展開されることになる。


「え~…いぃじゃなぁい? ひとつくらいぃ~」

「自分とこにもあるでしょ! それ、食べなさいよ!」

レメンティがおダンゴを取り返そうとすると、ひょい、っとお皿を持って避け、そして自分の口に、あむっ、と含む。ラシュナスはいつもお酒に酔ってぐでっとしているようで、実はけっこう機敏なのだ。

レメンティもかなり機敏なはずなのだが、なぜかいつもこのラシュナスに関わると、彼女のペースに押されてしまう。


「まだいっぱいありますよ~」

「ぁりがとぉ~」

ちっちゃなアーシャが持ってきたおダンゴを、レメンティより先に取って口に入れるラシュナス。


いつのまにか起きてきたレイリアも例の地酒を飲みながら、アーシャが持ってきたダンゴを口にしている。

今一人のクレージュの助手、酒場担当のクロエも珍しく早く起きてきた。クレージュより少し年下だけど、いかにも夜の女という感じの、色っぽい酒場の女将(ママ)という感じの貫禄がある女性だ。酒好きで朝が遅いという共通点があり、レイリア、ラシュナスとは気が合う。


作る方は全然でちょっとヘコんでいたフローレンも、ユーミや他の子たちに引っ張られて、一緒にこのきなこもち祭りを楽しんでいた。


お店の女子、二十人全員揃っての、仲のいい時間が流れていた。

スィーツは女子をひとつにする! というアルテミシアの持論は、あながち間違ってはいないのだ。





ネージェとディアンの二人は、日中は主に商売関係の仕事をすることになった。女の子にしては力が強いし、畑仕事をしていたので体力もある。荷物を扱う力仕事が向いている。

でもこの二人も、店が特に忙しい夜の時間にはウェイトレスとして店を手伝う。


ウェーベルとアーシャは、料理が得意なので、開店前には仕込みを行い、店を開けるお昼と夜には厨房係兼ウェイトレスとして働く。


先月から住んでいる元兵士の四人娘も、ここの生活にかなり馴染んでいる。

アジュールとセレステは、ウェイトレスとして店の専属で働いていて、開店時間前は掃除や準備を怠らずに毎日こなしている。

ラピリスは近くのパン屋さんの手伝いに行っている。兵士になる前の家業であったという事だ。

チアノは家が雑貨屋だったとかで、その経験もあってここの物品などの管理の仕事を手伝っている。この子はしっかりしていて、元ショコール女兵士四人の中ではリーダー格である。…というより他の三人が無責任な自由人すぎるのだけど。


この四人は、いかにも海歌族(セイレーン)の女子らしく、時々仕事が終わると揃って夜のに町に遊びに行ったりしている。

海歌族の女子は男好きだ。しかも不特定の男性を相手にするような習慣があるという。



今日はスィーツ作りでお休みにしたけれど、明日からは合同の朝練も行う。

もともとフローレンが一人で行っていたところに、女の子たちの先輩に当たるショコールの元女兵士たちが一緒に始め、ユーミも加わり、それにまだ小さなレンディとプララも加わるようになった。

明日からはネージェ、ディアン、ウェーベル、アーシャの四人も一緒に行う事になる。


町の区画を何周も走ったり、武器の素振りを行ったりするのだ。

毎朝の習慣となっている。

ほどよく汗を流したところで、クレージュとセリーヌが朝ごはんを用意して待っている。

それから各自、仕事に入るのだ。

冒険がなくここにいる時には日課のようになっていた。



「みんなで食べると、超おいしいよね~♪ やっぱりスィーツ最高~♪」

ご満悦なアルテミシアは今、歌姫であることも魔女であることも忘れさせるほど、満足感に包まれた乙女(オトメ)そのものだった。


「でも、明日からまた忙しくなるわ」

フローレンは、この子たちを鍛えてあげなきゃいけない。

それでもどこか楽しそうな、充実した感じだった。


二人とも、ここでの生活が大好きだった。

そしてまた、新しい仲間が増えた。



アヴェリ村~山砦掃討戦はこれで終了です。第2章は次話まで。

女子軍メンバーは増えてきてますが、物語の核心にはまだまだ遠い…

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