13.月下に舞う花
第二章もやっと大詰めにまいりました。書き足しているうちにかなり(ダラダラ)長くなってしまいました…はい。次からはキヲツケる事に致しましょう…
砦内の生き残りの山賊がこの場に集結してきている。
隠れ潜んでいた者も、数が集まった事で戦意を取り戻し、姿を現しはじめている。
視野に入るだけで、十数人。まだまだ集まってくる可能性はある。
だが、所詮は残敵という感じだ。
「つよそうなの、いないね」
「ま、数だけ集まってもな…」
ユーミもレイリアも、すでに武器を手に、軽く構えている。
「…待って!」
フローレンは何かを感じた。
ただならぬ気配。
いや、気配、というよりは、視線が刺さってくる感じだ。
他の三人も感じ取った様子だ。
「どこ…?」
見渡した周囲にあるのは、寄せ集めのような賊どもの姿だけだ。
「あそこね♪」
アルテミシアが、夜空を指した。
月に照らされた細く綺麗な指先が示すのは、あの女の子たちの隠れている水場のはるか上。
砦の南側の城壁の上だった。
十人足らずの人影が見えた。月を浴びた黒い影だけが映る。
その中にひときわ大きな男の影が見えた。
「あのおっきいのが、噂に聞く賊のおカシラ、って訳ね♪」
「そうね。あれを討たなきゃね!」
だが、城壁の上だ。
「どうする? 待つ?♪」
ここに下りてくるのを、という意味だ。
だが、フローレンは即決した。
「いえ。こちらから、行きましょう!」
カシラの一団は、南西側へ移動している。
下りてきて戦うのではなく、このまま何らかの手段で、脱出を考えている可能性も否めない。
逃がせばまたどこか違う村で、別の厄介の種になる。
だから、この戦いで、
「殲滅する!」
真っ白な花の咲く花園の剣を、城壁上の影に向けて掲げた。
花は、すぐ一瞬にして、強く赤く染まる。平常の“白”から闘志の“赤”へ。剣の赤い幻花は、フローレンの闘志の現れの色だ。
フローレンは、女子を拐かすような悪を蔓延らせる事は許容できない。
剣の花はほんの一時、燃え上がるような“朱”に染まった。朱そして橙は、フローレンの怒りの色なのだ。
あの一団は、南東の端から城壁上に出てきた様子だった。だがフローレンたちは、わざわざ一度内部に入って駆け上がるような手間も、他に屋上通路に出る方法を探す時間も、かけるつもりはない。
「あそこへ!」
フローレンが指し示す先、砦の南西の側に、山賊たちの住居と思しき粗末な小屋が並んでいる。位置的にはちょうど、カシラの一団が目指す場所の真下辺りになる。その辺りの城壁は崩れている箇所が多く、崩れた城壁の上部分には木の橋を架けているような作りになっていた。
そして階下から城壁上まで、櫓のように縦に組まれた木材がそれを支えている。
フローレンは、そこを上って行こうというのだ。
アルテミシアもその意図を理解した。
ユーミもレイリアも。
四人は一斉に駆け出した。
他の方面の敵は捨て置き、まっすぐに南西方面を目指し突き進む。
壁すら無い粗末な小屋、今頃になって中から現れる山賊もいる。
行く手を阻む山賊は小屋ごと、ユーミが大斧でぶった斬り、レイリアが炎を投げ込んで焼き尽くす。
「下は任せたわよ!」
フローレンは小屋の屋根に飛び上がるとその細い屋根柱の上を駆け、一番端の屋根を目指して次々に飛び移る。
二人が上を攻め、二人が下で援護する。話し合うまでもなく、自然とそういう配置になる事を、全員が認識している。レイリアとユーミは、ここで残敵を掃討するのは自分たちの役割だとわかっている。
「まかせな!」「しっかりねー!」
その声を背に、フローレンは外壁を支える木組みに飛び移った。
組まれた材木の柱は櫓のように上方に伸びていて、城壁上に渡された木板の橋をしっかりと支えているように見える。頑丈な丸太を主軸に、加工した木材を縄で固く組んで足場を作ってある。
そうそう崩れることはない…、
と思うのだけれど…
もし仮に…ユーミがぶった斬ったり、レイリアが放った炎が回れば…その限りではないだろう。そしてあの二人は見境がないので、そうなる可能性は低いとはお世辞にも言えないところだ…。
(やっぱり「壊さないでよ!」って念押ししといたほうが良かったかな…?)
と、気になりながらも、考えるのはそこでやめた。
ここまで来たら、もう前に進むしか無いのだ。二人を信じよう。
考えても仕方ない事は悔やまない。フローレンはそういう性格の女子である。
フローレンは軽快に横長な木の足場に跳び乗ると、そこから軽く真上に跳躍、頭上の柱に両手を掛けてぶら下がった。
そのまま前後に身体を揺らすと、勢いをつけて前に回り、その反動で足先から逆上がりに上の柱へ乗っかる。柱の上に立ち上がると、また同じ動作を一連、さらに上の足場に上った。
その度に、花びらの腰当てが翻り、健康的な生脚が、その根本から顕になる。
だけど、どれだけ際どく翻っても、中は決して見えない。乙女の秘密はいつも見えそうでギリギリ見えないものなのだ。
次の足場に降り立つやいなや、さらに上を掴み、跳んで、上へ上へと上がって行く。木組みの形にあわせて、縦の柱を登ったり、逆上がりからそのまま上を掴んだり、臨機応変に上を目指してゆく。
アルテミシアはその砦壁をよじ登っていくフローレンの姿を確認しつつ、月船を出現させ、空中に浮かんだその三日月に腰掛けている。月船はゆっくりと垂直に、上に向かって浮かび上がってゆく。
「きゃ!?♭」
月船が一度、縦に揺れ沈んだ。
アルテミシアは急いで月船の上昇を緊急停止する。
「あ、ゴメン!」
頭上から声がした。
揺れたのは、フローレンが跳び乗って、月船の上部分に降り立っていたからだ。
「もう!# ビックリするじゃない…♭」
そう言った時には、フローレンはもう木組み櫓に跳び移り、上へ向かって行ってしまっていた。
「言ってくれたら、乗せてあげるのに…♪」
言いつつアルテミシアは、全身を使って木組みを上っていくフローレンのその流れるような動きを目で追っていた。その妖艶な身体の曲げ方伸ばし方、回り跳び上がる大胆な動きは、とても華麗で目を引くものがある。
乗せてあげるよりも、フローレンはああやって上るほうがずっと楽しそうだ。
砦壁上の西側は、所々が崩れ、残った石の床と、組まれた木の橋が入り乱れるような形になっている。
石壁の上通路なら、横は二人は並んで通れる。
だが、組まれた木の橋の上なら、二人が並ぶのは難しいだろう。
ざっと下までは背丈七、八個分は軽く超えそうだ。落下すれば即死しかねない高さだ。
山賊のカシラとその取り巻きは、砦南西側の角に達していた。
砦の四隅に当たる、見張り台のような場所だ。
通路とちがい、三人四人は横に並べるほど広くなっている。
「どこへ行くのかしら?」
山賊共の少し前方、跳び上がってきたフローレンが宙を返るようにして、つま先から降り立つ。
アルテミシアも月船から跳び、ゆっくり降り立つようにして、その隣に並んだ。
「私達から逃げられるとでも?♪」
いきなり現れた二人の魅力的な女子の姿に、呆気にとられる山賊たち。
だが、彼女たちが、この騒動の主であり、彼らにとってキケンな存在であることは明白なのだ。
見とれていた山賊たちが、我に返り身構えるように一歩後ずさった。
後ろにいたその巨大な男は、気弱な手下どもを押しのけるように前に出てきた。
「逃げるだどぉぉ? ごのぉ小娘がぁぁあ!」
村人の話に聞いていたとおり、カシラは超大柄な男だった。
その大声も、この乾いた夜の空気の中、よく響き渡っている。
横幅はフローレンとアルテミシアが並んだくらいにあり、背丈は彼女たちより頭三つ分ほども高い。そのでっぷりと贅な肉のついた胸が、フローレンとアルテミシアのおおよそ目の前にある。
村人たちが牛もコロせそうだ、と言っていたのは間違いではない。
手にした狼牙棒、即ちトゲトゲの大金棒でブン殴れば、確かに牛くらいなら軽々と仕留めそうだ。
だが、それだけだ。
戦士としては大した事はない。
巨体に任せた怪力だが、動きはいかにも緩慢で、ただ大降りに振り回すだけだろう。
つまり、当たらなければ、どうという事はない。
それより、問題はその後ろにあった。
カシラの後ろで腕組みしている、剣士風の細身の男。
静かに成り行きを見守っている。
(かなりの使い手、ね…)
フローレンには、それが一目でわかる。相手の佇まいだけで、ある程度の力量は測れる。
そして相手も、目の前に現れた女剣士の力量を捉えたのだろう。
目の鋭い細身の男はフローレンと視線を合わせながら、ゆっくりと腕組みを解き、背の剣を即座に抜ける構えに入った。
その立ち居だけで、歴戦の様相がある。
「雑魚は任してもいい?」
花園の剣を手に現しながらそう言ったフローレンも、決してその男から視線を逸らすことはない。
相手の剣を抜く動きに合わせるように、花園の剣を斜めに構えた。
互いに遣り合う相手と定めた、そういうところだ。
「いいわよ♪ ザコは引き受けたわ♪」
ちなみに二人の共通認識では、ザコの中には巨漢のカシラも含まれている。
真円を描く月が冷たく照らす。冷たい夜風がひりつくように肌をさす。
フローレンは花びら鎧の影響で、外気の温度に寒さを感じることはない。
この肌を刺すような感覚は、油断ならない相手と浮き合う、緊張から来るものだ。
久しく味わう事のなかった、忘れかけた感覚だった。
フローレンと向き合う、細身の剣士。
その目は鋭くまっすぐにこちらに向けられている。
間違いなく、腕が立つ。その剣の抜き方、構え方、足の運びだけでそれが読める。片時も目を離さず見張っているが、動きには何一つ無駄がなかった。
向かい合っていた時間は、ほんの短い間だった。
動いた。
その男が、跳ぶように踏み込み、一気に距離を詰めてきた。
速い。
両手剣の重たい一撃を、フローレンは片手で受け流しつつ、相手の勢いを殺すように後方に跳んだ。
そこに再び、大振りな二撃目、三撃目が、風と共に追うように襲いかかってくる。
かなり大きさのある剣だが、両手で自在に振るい、相手を追い込もうと突き進んでくる。
自然と、フローレンは受け流しながら後方へ跳んだ。
角の見張り台から壁上通路に入る。
半ば崩れた西側の城壁の上、崩れ残った石床と木橋が混じり合う、不安定な空間だ。
飛び退いた先に足場が無い可能性がある。木橋の部分は石床の部分より通路が細くなるからだ。
だがフローレンは後ろを見ることもなく、器用に跳び移りながら、次の足場を確保していく。
また迫る大剣、今度は身を低くして躱す。
躱し際に相手の足を払った、男は前に駆けながら軽く跳躍することで、その一撃を避けた。
互いの位置が入れ替わる。
互いに剣を構え直した。
互いが相手の様子を伺っている。
月だけが二人を照らし、その戦いを見守っているような、そんな情景の中にある…。
「おでを、ざこ呼ばわりしおっでぇ!」
怒りのカシラが、棘だらけの金棒を振りかざして襲ってくる。
だが思った通り、ただ力任せに、その狼牙棒を振り回すだけだ。
空を切った狼牙棒の鉄の塊が、石の床を砕き、破片を飛び散らせる。
アルテミシアは左に跳んで躱していた。
山賊どもが、驚きの声を上げた。
なぜなら、そこは石床がない。
その月色の魔女は、足場のない空中に向かって跳んだのだから。
だけど、アルテミシアが落ちる寸前、その足元には、月船が足場として現れる。
月船の上部を足場に蹴って、あっけに取られた山賊たちの背後、つまり逆側の石の通路に大きく跳んで移った。南の岩山側の城壁通路の上だ。
山の岩壁に沿った南側は崩れている箇所がなく、砦壁上も横に二人並ぶ事ができる。その巨漢のカシラだけは図体の大きさから、一人で横二人分は軽く占領してしまいそうだけど。
山賊どもが振り返り、そして一斉に襲ってくる。
アルテミシアはさらに後ろに下がって跳んでいる。
フローレンほどではなくても、彼女も宙を返るように、身軽に跳ね回る。
月ウサギの妖精族は、動きも軽快で俊敏なのだ。
後ろに宙返ること二回、山賊どもとは充分な距離が開いていた。
山賊たちは、無理に横に並ばず、ほぼ一列になるような形で迫ってくる。
「いい形ね♪」
魔法を構える。
アルテミシアの右手に月色の魔法陣が描かれ、それは呪文の進行と共に、やがて弾けるような音を立てながら、眩い光を放ち、その輝きが右の手に宿ってゆく。
頃よく、それを前方に突き出した。
《月色雷撃》ライトニングボルト☆ムーンレイ
満月の元にあって、いつもより遥かに眩い月色の電撃光線がほとばしる。
月の照る、しかも満月の元では、日中に放つ電撃とは比較にならないほど輝き、そして威力も別格だ。
居並んだ敵を殲滅するには、光線やまっすぐに走る電撃の魔法が効率が良い。
アルテミシアの計算通りの隊形になった賊たちが、まとめて電撃を喰らい、痺れ、倒れ、そのまま動かなくなった。
「ぐぉぉぉぉーー!」
配下を全滅させられたカシラが襲いかかってくる。
鋼鉄の狼牙棒を頭上に振り上げる。
「その武器、キケンだから、ダメ♪」
アルテミシアの右手には、まだ月色の電光が残っている。
手を上に掲げる。
圧縮された電光が球状にまとめられ、右掌の上に浮かんだ。
《月色雷球》ライトニングボール☆ムーンレイ
その電光の球を投げつける。
狙った先は巨漢のカシラ、その本体ではない。
電光が弾けたのは、その手に持つ狼牙棒だった。
「うぉっ!?」
カシラが驚いたように狼牙棒を離した。
全金属製の武器に、強力な雷を帯電させたのだ。
持っていられない、どころか、かなり手が痺れた事だろう。
手を離れた狼牙棒は砦壁から下に落ち、壁に当たる音が一度聞こえ、やがて地を打つ音が響いてきた。
アルテミシアが言うキケンというのは、床を砕くのが危険という事だ。
床を叩かれれば、足場がどのような崩れ方をするか、わかったものではない。
手が痺れ、その痛みに踞っている巨漢のカシラ。
アルテミシアは距離をつめるように前方に跳び、
「失礼♪」
と、その頭を踏みつけ、そのまま前方に宙を舞った。
まだ後ろ向きに踞るカシラの背後に、降り立ち、さらに跳ねて距離を取る。
《魔的月光誘導弾》マジックミサイル☆ムーンライト
《上記魔法弾の作成を自動化、術者手指の爪を弾倉に指定》
→月の光により自動生成された弾丸は、手の爪に装填
弾丸は術者の任意により発生
アルテミシアの爪が、時を置いて順々に、月光色に輝きだす。
「こっちよ♪ いらっしゃいな♪」
やっとの事で振り返ったカシラに呼びかける。
アルテミシアは誘うように後ろに跳びながら、両手の爪から一本ずつの月光の矢を、誂うようにその大男に射掛けた。




