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花月演義 ~~花月の乱~~  作者: のわ〜るRion
第11章 北へ
137/139

134.光の丘 ルミナリス



広大な草原にただ一筋、街道だけが走っている。

そんな景色の中を五両の馬車が、連なり駆け抜けて行く。


商業都市アングローシャより北へ向かう道、王国縦貫道と呼ばれる街道だ。


大樹村からアングローシャまで、ユーミと妹分のエスターが乗って先導していたニ頭の馬が、カフェ馬車一両増えた分を引っ張ってる。ので、先導するユーミが乗っているのは、クレージュの愛馬ローランだ。

ローランは大きな馬なので、乗っている小柄なユーミは、いつもよりさらに小さく見えてしまう。


このローランは、もともと軍馬だ。

賢い馬でクレージュに懐いているけれど、彼女以外にもフローレンやユーミが乗る事もある。特に獣人族のユーミは、動物と心が通じやすいという特技があり、相性はいいようだ。

もともと焼け落ちる砦でフローレンたちが手に入れた戦利品で、ブロスナムの軍師ルーノ愛馬だったらしい。…その軍師ルーノを、そうとも知らず斬り捨てたユーミが乗りこなしている、事になる…


アルテミシアはじめ彼女の弟子たちが、馬車に風を纏う魔法をかけ、かなりの速さで北へ向かっている。道がしっかりしている上に幅も広く、その上行き交う馬車はまばらなので、かなり早足で馬車を走らせる事ができた。

一応、先導するユーミが、対向する人や馬車を発見すれば、馬車の速度を落とす事になっている。前の車両に何かあっても、すぐに止まれる距離を保ちながら、五両の馬車は街道を駆けている。


「これでも、北への交易路だから… 以前はもっと馬車が行き交っていたのよ」


クレージュが話すのは、ルルメラルアとブロスナムの戦争以前の話だ。

立派に整備された広々とした街道なのだけど… 現在は北の軍政地へ物資を運ぶのが主な役割… ほとんどその為の道になってしまっている。


行商人であるクレージュは、北のブロスナムはもちろん、その北東方面にある獣人族の地ヴァルハガルドや、さらに北方にあるドヮーフ王国を訪れたこともある。


現在、それらの地域との交易路は、ここよりはるか東、王都オーシェ方面から北上するルートが取られているが…

ただしそちらのルートは、王国最北東の町エクレールを過ぎた辺りから、魔物や亜人種との遭遇率が高い… やや危険度の高い交易となるのだ。





ちょうど日が真上にくる頃、前方になだらかな丘が見え始めた。

街道を少し外れ、脇にある広場に一旦集合する。

そこだけ草地ではなく土の地面があらわになった、五両の馬車を留めるには十分な広場だ。


花月兵団一行、みんなそろって、その丘… 

ルミナリス丘陵を見上げた。


光あふれる、風光明媚の地。


遠目に見ると…

まるで、この丘にだけ、太陽の光が満ちあふれている… 

天に近いような… そんな錯覚を受ける情景だ。


「うわー…」「これは…!」

「すごい…」「きれい~!」


海歌族(セイレーン)森妖精(ドライアード)をはじめ、多くの花月女子たちは…

初めて訪れるこの地のこの景色… 

なだらかな丘にやわらかな光が降り注ぐ絵に、ただただ魅入っていた。


「いつ見ても… 陽の光が降り注いでいるかのような景色、だね…」


レイリアが珍しく、この絶景に酔いしれている…

朝っぱらからお酒を飲みすぎた… 訳ではなく、いや、いっぱい飲んではいたのは事実だけれど…酒に酔ってはいない。

この酒にしか興味がなさそうな姉御様でも、光景に見惚れる事もある、のだ…


炎竜族(サラマンド)であるレイリアの妹分、ガーネッタ、ネリアン、ルベラ、コーラーの四人も、一緒に並んでこの陽光の景色に見とれていた。

炎竜族(サラマンド)は南のレパイスト島が故郷だから、北の地には馴染みがない。レイリアの姉御は冒険者時代に何度も訪れているが、妹分の四人には初めての景色となる。

彼女たち五人は、太陽神グィニメグに仕える巫女である。

陽の光満ちる神々しき景色に感動を覚えるのは、当然といえば当然なのだ。


「久しぶりだけど… やっぱりキレイ…」

「おひさま、いっぱいだー!」

「いいわね~♪」


フローレンは北の地、この先訪れるブロスナム領の育ちだし、

ユーミはそこよりやや東方面、蛮勇の地ヴァルハガルド出身だ。

アルテミシアも冒険者としてこの辺りを何度も訪れている。

久々だけれどやはり、この風景には心を奪われるやすらぎを覚えるのだ。




ここからは馬足を落として進む。

五両の馬車が連なって行く感じだ。


「目的地は、あの丘の上…

 そこに村があるらしいの」


クレージュの言うその村が、麗将軍ファリスが指定した合流地だった。



「北の乱が収まって情勢が安定したら、ここらに首都を置くほうがいいんじゃないかな?」


丘へ上がる道すがら、レイリアが唐突にそんな事を言い出した。

彼女は太陽神の巫女であるから、光注ぐこの土地を過大評価してる向きはある…

とは言え…


「確かに。それは言えてるわね。オーシェでは東すぎるものね」


政治的視野の広いクレージュも、その意見には賛同した。

北の旧ブロスナム領を併合した現在、ルルメラルアの領土は広大になっている。

ルルメラルア王国の王都オーシェは、王国領全土の南東の端に位置するような感じになってしまっている。


王都オーシェの位置が東にありすぎる事は… 

北の地を併合する以前から、問題であったはずだ。

王国西端の町トルティまでの距離は、かなりのものになる…。

これは、ルルメラルア王国の前身であるオーシェ王国が、西へ西へと領土を広げていった結果だ。 …というよりは、旧ヴェルサリア王国領内という同じ文化圏の小国や都市国家がこぞってルルメラルアに帰順してきた、というのが正しいのだが… 


そのルルメラルアの西の果ての町トルティのさらに西に、前時代この一帯を治めていた魔法王国ヴェルサリアの首都ベルセリがある。

こちらは逆に、支配領域の割に王都が西に寄りすぎていた…

だが、東にオーシェという大都市がある事で、東方面の統治や活動の中心となっていた。


ヴェルサリア王国崩壊後、群雄割拠の中でルルメラルア王国が台頭してきたのは、もともとヴェルサリア時代からの有力な諸侯であり、副都のような位置づけにある大都市を治めていた事が大きい。


通常、支配領域が広くなればなるほど、遠い場所への統治は難しいものとなる。

北の旧ブロスナム領を統治しきれずに反乱を招いた原因は、そうした地理的な理由もあると考えられている。

だとすれば、北を含めた現ルルメラルア王国領土の中心にほど近い、このルミナリスあたりに首都を移せば、北の地の統治は今より安定するのは間違いないだろう。


「ここに都…か… いいわね…

 すぐ南に巨大な商業都市もあるし、意外と発展するかも!」


フローレンも、この地に都を置く、という案には、なんとなく賛成だ。


「いや、もし仮にここに王都ができれば、アングローシャは衰退すると思うよ。

 首都には人が集まるし、それに伴って物も集まるようになるからね。

 普通、大きな都市は二つも並ばないよ」


レイリアの場合、この地の光に魅せられていても… その意見は現実的だ。


「なるほどね… そんなものかぁー…

 でも、こんなに光に満ち満ちた場所に、活発な都があるなんて…

 考えるだけでステキな景色じゃあない?」


政治や地理などの感覚にウトいフローレンの場合…

単にキレイだからとか、華やかだからとか… そういう理由である…


「それはそうね♪ 悠久の、光のミヤコ… いいかも♪ でも…

 実際こんな、な~んにも無いところに、イチから都をつくる、ってなると…

 途方もないおカネとか、モノとか、ヒトのチカラが必要でしょうけどね♪」


アルテミシアも歌姫らしく、やっぱりロマンチスト…

だけどその意見は、知的な識者らしく、これまた現実的だった…





そんなお話をしながら、街道を北へ進むと…

やがて、街道の脇に、大きな立て札が一枚。


西向き(ヤジルシ)が大きく描かれ、その横に「ルミナリスの村」と書かれていた。


ついでに、その立て札の下のほうには…

「王家の直轄地につき、許可なく訪問することを禁ず… ね♪」


そう。誰も訪れた事がない、という理由がそれだった。

その文言に、一同「大丈夫かな…」とちょっと引いちゃってる感じになる…

けれど、

「まあ、私たちはファリス将軍から許可を頂いているから、ね。

 さ、行きましょう!」


と、クレージュはさすがに臆する事もなく、村の方へと馬車をすすめる。



「その村にはね、光の妖精(ルミーナ)の末裔が住んでいるそうよ♪」


この街道を通る事はあっても、その村を訪れたことはない。

クレージュやフローレンはじめ、花月兵団の誰一人として知らない。

アルテミシアですら、光の妖精(ルミーナ)の村がある、と噂に聞くだけだ。


光の妖精(ルミーナ)の集う地… ルミナリス… って感じ?」

「そう!♪ そんな感じ♪」




少し街道から離れた、さらに小高い場所に、その村はあった。


降り注ぐ光の下にあるその村の外観は… 

ごく普通の村である、はずなのだけど… 

光のおかげで、どこか物語の中にあるような、特別な景色にすら感じられる…



一行はさらに馬足をゆるめ、ゆっくりと村へ近づいて行く。

村はわりと高い壁で囲まれている。

入口門は開け放てれているけれど、その両側には、物々しい衛兵が立っていた。



「あの兵隊さんたちが、光妖精(ルミーナ)?」

「え~… 違うと思う~…♭」

「王都から派遣された兵隊さんよ。ここは、王家の直轄地なんだから」


クレージュは馬車を停めさせ、フローレンとアルテミシアだけを伴って、門扉に近づいた。


とても村の門兵などとは思えない… 実に屈強な衛兵。

その板金鎧(プレートメイル)も、かなり質の良いものだ。

その鎧の肩当て部分には、重なる剣のような紋章が、刻印されている。


つまり…

(ルルメラルア王家の紋章… 「継承されし剣(セクエンス)」ね)

(マチガイなく、王家直属の兵士って事ね♪)

クレージュやアルテミシアは、すぐにその事を確認する事となる。


そしてフローレンも、

(この兵隊さんたち、かなり強いわ…)

相手の力量を計り、精鋭の兵士であることを見抜いていた。


王家の兵士と向き合う…

ちょっと緊張する場面ではある…


だけれど、村へ入るための交渉をするまでもなく…

二人の衛兵より、少し装飾の派手な鎧を着た兵士が、村の中から駆けてきた。


「花月兵団の方々、ですね? お待ちしておりました」


その隊長と思しき人物から、歓迎された。


「皆様のことは、麗将軍ファリス様より仰せつかっております。

 どうぞ、お通り下さい。ええ、もちろん、馬車の方も、全員…」


通常なら、王家の直轄地にこれほど多数の者を入らせる事はない。

せいぜい代表者の数人程度… 集団での入場が認められているのは、信頼関係の築かれた商人くらいだろう。


それが、ファリスの依頼一つで、花月兵団の全員が村へ通された…

エヴェリエ公女であり王国の将軍でもあるファリスの影響力は、かなりのもののようだ。





「皆様、お久しぶりです」


そう言って村の入口で花月兵団を迎えたのは、くるくる巻きの長い銀髪のメイド姿の長身女性。賓客をもてなすような態度で、深々とお辞儀をしている。


ファリスの侍女の長身なほう、雷竜族(ブリッツニュート)のルドラだ。


「あ、ルドラさん。 えと… ファリス将軍は…?」


「申し訳ございません。ファリス様はまだ到着されておりません。

 本日中には来られる予定なのですが…」


クレージュはこのファリスの侍女にうやうやしく礼を返した。

が、ルドラの方も相手を下にも置かない対応を崩さない。


このルドラは仮にもエヴェリエ公国の貴族令嬢なのだ。

身分が高い相手なので、クレージュのように礼儀をつくすのは当然なのだ…

なのだけど…


「いいわよ。わたしたちのほうが、たまたま先についただけだし!」

「のーぷろぶれむっ♪ 出発は明日の朝だしね♪」


フローレンもアルテミシアも、アタリマエのようにタメ口を()いている…


まあルドラとしても…

フローレンとアルテミシアは主君のファリスとタメで話す二人…

つまり主君の友人、という認識なので… 気にした様子は全くない。

どころか、逆に敬意を尽くす応対だ。

身分や爵位などには(こだわ)りもせず、主君との関係だけを基準に相手に敬意を払う…

容姿も端麗で言葉遣いも礼儀作法も申し分なく、完璧すぎる侍女だ。



村の長に一泊の滞在許可を求める… 

までもなく、ほとんどルドラが手続きをすませてくれていた。

クレージュが行ったのは、挨拶(アイサツ)以外では、花月兵団の正確な人数や馬車の数を告げる程度だった。

ファリスの二人の侍女は、戦う方だけでなく、こうした事務能力にも長けている。




予定では、ファリス将軍と合流した後、出発は明日の朝。

花月兵団はこの村で一泊する事になる。


案内されたのは、村の中央広場から少し離れた、いくつもの宿舎建物の並んだ場所だ。内装は良質な宿屋くらいしっかりしていて、中でも中央の宿舎は、外観からして高級宿レベルだ。


(うまや)も完備され、荷台ごと宿舎施設に収納できる。

花月兵団御一行、三十五人という多人数が寝泊まりしても、まだまだ余裕がありそうだ。


「なんだか…至れり尽くせり、って感じね♪」

「この村御用達の商人のための宿泊施設、っていうところね」


クレージュはこの建物の様相から、施設としての意味を理解していた。


ルルメラルア王国の紋章のタペストリが飾られた高級宿舎もある。

商人以外にも、王都の役人や貴族たちが訪れる事もあるようだ。

ファリスたちが泊まるのは、そちらの宿舎だろう。


…まあ、ファリスはそこに泊まらず、フローレンやアルテミシアと一緒に一晩語り明かす気がする…

フルマーシュの店に来たときも、三人揃ってフローレンの部屋で夜遅くまで語り明かしていた… 事をクレージュは知っている。





村人たちも、この女子だけの華やかな集団を、歓迎してくれていた。

それ以外にも、ウワサの麗将軍が村を訪れる、ということで、盛り上がりはハンパない。

今日の夕方は、ちょっとした宴会になりそうだ。


晩餐の料理は、村人たちが用意してくれている。

けれど、花月兵団も歓迎を受けるだけでは飽き足らず…


花月兵団は一休みした後、自分たちの出し物… 

歌や踊りや軽食にスィーツ、などの準備を各々が始めている。


とりあえずカフェ馬車を村の広場に動かし、料理班が昨日までアングローシャで行っていたような仕込みの作業に入る。

歌や踊りの演劇班は、宿舎で練習中だ。





フローレンとアルテミシアは一緒に、この光あふれる村を散策した。


「歌とか踊り、見てあげなくてよかったの?」


今夜の演目の事を、フローレンは気に掛けるけれど、アルテミシアは構うことはないようだ。


「大丈夫よ♪ あの子達、振り付けとか演出とか、

 自分たちでちゃんと考えてるし♪」


花月女子たちの歌や踊りのときの演奏曲は、アルテミシアが奏でるのだけど…

月琴に収録している曲を自動で流すだけだ。

アルテミシアがいない時は、あらかじめ録音した音を奏でる装置で代用しているし、今も練習で使っている。

アルテミシアが今から教える事も手伝うことも、何もないのだ。



「でも、この村って…

 空気や水まで、輝いているような感じね!」


そよ風すら、やわらかな光に包まれているような、心地よい感覚。

月並みな言い方をすれば、空気がおいしい。

村を流れる小川すら… その水までが陽の輝きを宿しているように思える。

各所で仕事をしている、村人たちの金色の髪も、光を受けて眩しい。


村の人、みんなが、輝くような金色の髪をしているのだ。


「みんなそろって見事な金色の髪…♪

 光の妖精の末裔、ってのも… ウソじゃなさそうね♪」


「ルミナリス… 光の丘…

 その名のとおり… すべてが、輝いて見えるわね」




そんな光に包まれながら… 村の広場までやってきた。


たくさんの村人たちが晩餐の準備をしている。

それに混じって、花月兵団の女子たちも、カフェ馬車を中心に動き回っていた。



何気なくその様子を眺めていた二人の元を、村の子供たちが見つけて指差す。


「あっ! マジョさまだ!」

「ほんとだ! すご~い!」

「「「マジョさま~!!」」」


子供たちの言葉からすると… どうやらアルテミシアのほうが目的のようだ。

黒系のボディスーツに、同じ色の山高帽… 

わかりやすいほどわかりやすい魔女衣装だし。


その声をききつけたのか、子供たちがたくさん駆け寄ってきた。

見事にみんな金髪で、なんかちょっと眩しいくらい…


「おうた、うたって!」

「うたって! うたって!」

「マジョさまのおうた、ききたい!」

「「「おうた! おうた!」」」


「え…? え、ええ♪」


子供の数は軽く十人を超え、まだ集まってきている。

その唐突な子どもたちの勢いにちょっと戸惑いを覚えるアルテミシア…


アルテミシアは子供が好きだ。

そして子供から好かれやすい。

ラクロア大樹村にも今、小さな子が八人いるけれど、みんなアルテミシアの教え子だ。


一度フルマーシュに里帰りした小さなふたりプララとレンディは、再び親元を離れて大樹村に戻っている。

お店にいても手伝える事は少ない。ラクロアの村でこそ、この子達の役割があるのだ。

別れる時だけは、ぎゅっと抱きしめ合って涙を流していたけど、プララもレンディも、その母親カリラとセリーヌの二人も、その事を理解している。

大樹村の終わりが近づいている事で、近々また親子で暮らす日が訪れるだろう。


山で拾った孤児のルッチャとファラガは、弐番隊のマリエとナーリヤが養母のようになって面倒を見ている。弐番隊は今後、第二陣で北に合流する予定だけど、この両名だけは村に残る予定なのは、この子達と一緒にいてあげたいのかもしれない。


料理人キャビアンの娘フォアは、母と姉が北へ来ているから一人お留守番だ。

それでも村に残ってしっかりと自分の仕事、料理のお手伝いに勤しんでいる。

姉のトリュールより精神的にしっかりしてるような… そんな感じがある。


フルマーシュ孤児院にいたミウとブルーベリも、孤児院の先輩四人は北へ同行している。

お手伝いで手慣れた服飾やパン焼きの仕事を、姉たちに変わって頑張っている。


フェスパは、子供たちの保母さんであるニュクスの娘だ。

貴族令嬢だからか何でもこなせるし、一番年少なのに性格もしっかりしている。

彼女の姉と叔母であるヘーメルとイーオスも今回はラクロアに残る。

彼女たち一家は旧ブロスナムの地方領主とその一族だから、今回の北行きには参加させていない。


八人の小さな子たちも、ラクロア村の生活を担う貴重な戦力だ。

おまけに自分たちで訓練も行っていて、小さな女の子のわりに強くなっている。

そういった子どもたちも、アルテミシアの居室…兼、工房にみんなで押しかけてきて、色々な話をしてあげたり、魔法を見せてあげたり、こっそり隠していたお菓子をあげたりしていたものだ。


八人が三日月型に並んだその前で、歌をうたってあげる事もよくあった…


アルテミシアは、眼の前に集まった村の子どもたちの姿に…

村に残してきた子どもたちの事を思い出しながら、歌の準備に入っている。




光に包まれ換装で歌姫ドレスに着替えると、村の子どもたちの間から「お~~!」と声が上がる。


鼠径部がちょっと露出したお色気は隠れたけれど、身体の線がくっきり浮かぶこのぴちぴち歌姫ドレスも… 露出度は全くないけれど、見方によってはなかなかに色っぽい…

衣装換装時に自動的に結われたツインテールの髪を、軽く手で後ろに払い流す仕草は、男ならメロメロになる演出だ。

まあ、ここには男の子もいるけれど、彼らにはまだ五年か十年は早いらしい。



アルテミシアは、ちょうど座るに良い感じの大きな石に腰掛ける。

細く麗しい指先が弦を弾き、月琴が複音を奏で始める…

その音色に乗せ、その絶世の歌声が響き渡った。


澄み渡った月色の歌声は、輝く風に乗るように… 村じゅうに広がってゆく。


歌の世界にいる子どもたちは… まるで魔法をかけられたように… 夢の時間にひたりきっている…


その歌が終わり、次の、また次の歌の頃には…

村の広場には、歌に惹かれたように、大勢の大人も集まってきていた。



歌が終わる。

しばし訪れる、静寂… 少しの空白な時間…

やがて現実世界に気が付いたかのように… 我に返る人々。

そして巻き起こる、歓声と拍手の嵐…


アルテミシアの歌を聞いていた人たちが見せる、いつもの反応だ。


「続きは、またあとでね♪」


今夜の晩餐の時にまた披露する、という意味でアルテミシアは言ったのだけど…


子どもたちは「え~~~?」っていうお約束の反応を見せ、子供特有のだだをこねる…

けれど「魔女様を困らせちゃダメでしょ!」と村の大人たちから、これまたお約束のお叱りを受け、そして子どもたちは渋々引き下がる… お約束すぎる風景だ。



アルテミシアは子供たちに、


「他のマジョさんを見かけても、歌を期待しちゃあ、ダメよ♪

 フツーのマジョは、歌ったりしないから♪」


と諭す。

そう。

普通、魔女は歌わない。

魔女で歌姫でもある、アルテミシアが特別なのだ。


こどもたちは「はーい!」と元気に返事しながらも、

「じゃあマジョ様、もう一曲、歌って!」とか、

「おやくそくするから、一曲だけ!」とか食い下がる…

そのへんの抜け目ない図々しさは、子供だから許されるところだ。


「ダ~メ♪

 次は、夕方の食事会のあとのオタノシミ、ね♪」

だが、アルテミシアの子供のあしらい方も、慣れたもの。


「はーい!」「わかったぁ!」

「ヤクソクだよ! マジョさま!」


金色髪の輝きと笑顔を残して、子どもたちは駆け去っていった。




「魔女様。ありがとうございます」

「とても素敵なお歌でございました…」

「子どもたちがあんなに喜んどるの見るの、久々ですじゃ」


この村の長らしいご老人や、主だった感じの村人たちが、代表して感謝を述べた。


「いいえ♪ 構いませんよ♪

 歌も、子供も、大好きなので♪

 でも…?」


アルテミシアは、抱えていた疑問を投げかけた。


「あの子たちどうして… 私の魔女の格好を見て、

 歌をうたってほしい、って言ったのかしら?♪」


山高帽にボディスーツ、どう見ても魔女だ。

普通の感覚では、魔女が歌をうたう、なんて思わないはずだ。


「ああ、それは、ですね…」


村長たちがゆっくりと説明を始めた。


「この村には、言い伝えが残されておりまして…」

「遠い昔、ここに住んどったとされる、お美しい魔女様が…」

「とても澄んだ歌声をしておられ、それはそれはお歌の上手な方だったと、伝えられておりますのじゃ」


(なるほどね… そんな逸話が残っているから、

 「魔女様」の姿を見て「歌って!」ってなるわけね…)


その話を聞きながら、フローレンは理解した。

彼女もちょっと、その事が不自然だと思っていたのだ。


「う~ん♪ 美人で歌が上手な魔女サマ、ね~♪」


(私みたいなっ♪)

とか思いつつも、それは言わないけれど。

アルテミシアはゴキゲンだ。


だけれど… つづく村人たちの言葉は… そんな彼女の上機嫌に水を差す…


「あー… 魔女様は、とても美人なのですが…」

「ええ、その、とてもぐうたらで… 領主の御婦人様の家に居候(イソウロウ)してたとかで…」

「その上、普段から散らかしっぱなしで、意味のわからない研究ばっかりして…」

「おまけにお金を稼いでは、やたら高い甘いモンを食べに使ってしまうので…

 いつも借金だらけだったとか言われとります…」


「ちょっとぉ! 何よそれ~!#」

それを聞いたアルテミシアはちょいオコ。だけれど、


「あははは!! まさにアルテミシアじゃない!」

そのオチは、そこにいたフローレンには大受けだ。


そう。アルテミシアは片付けが苦手だったり、生活リズムが乱れていたり、スィーツ中心に偏食してたり、わりとだらしない…

クレージュという生活の面倒を見てくれる姉貴分に出会わない人生だったら…

その伝説の魔女さんとやらみたく、やりたい放題の生活で、借金とか作ってそうなダメっぷりではある…



「あ、ですが…」


言葉を続ける村長の表情がちょっと固くなった。


「その魔女様が、北の小国のお姫様や、女性の傭兵の方たちや、女行商人の一行と協力して、村を外敵から守って下さったと伝えられております」

「そうです、この西に広がっとったとされる、デュンケルヘイト魔王国の事です」

「この村では、幼子でも知っとる物語でございます…」


彼らの口調は、先ほどまでとは異なり、ちょっと重たくなっていた。


デュンケルヘイト魔王国とは、ここからアングローシャあたりの西方にあったと言われる古い国で、とっくの昔に滅んでいる。

だがその廃墟からは時折、魔王国時代の遺物や蘇った魔物などが現れ、フローレンもアルテミシアも冒険者として対処した事が何度もあった。


その魔王国との戦いの様相が、語り話としてこの村に残っている、という事だった。


「そう、今の貴女がたの一行を見ていますと…」

「まるで、この村に伝わる物語が、形になって現れたように感じますのじゃ…」


他の村人たちの続く言葉に、フローレンとアルテミシアもちょっと緊張気味になる。


(それって… まるで…)

(今の… 私たち…に… 似てる?♭)


たしかに、マジョ様も、行商人も、そして傭兵じゃあないけれど剣士も他の戦える女子たちもいる。まあ、さすがにお姫様はいないけど…


先程の子どもたちのはしゃぎ様は尋常じゃなかった。

きっと、その物語から飛び出したような女子たちが、突然村を訪れた… そんな風に感じたのかもしれない。


「それは、まあ… 偶然…ってやつ?♪ かしら…?♪」

「たまたま似てる、って事は、あるかもだけど…?」


と、軽く流した二人。

だが、


「いえいえ、その物語りには続きがありまして…

 その… ここからは“予言”というんでしょうかー…」


村長をはじめ、村人たちの表情がさらに真剣なものになった。


「魔女様やそのお仲間の女傭兵さんの一行が…」

「再びこの村を訪れなさる時…」

「それは… 世が乱れる時であると…」


「そして、その女性たちは…

 この世をも救ってくださる、と伝えられておりますじゃ」


伝説を語る村人たちの雰囲気は、とても重たくなっている。


(世が乱れる…か… 北の戦乱はあるけど…?

 だったらもう、乱れちゃってるよね…?)

(村を救う、ってくらいだったらいいけど…♭

 世界を救う、とか、ちょっオオゲサすぎない?♪)


アルテミシアも、フローレンも…

さすがにこの予言に関しては、懐疑的であった。


「うーん… 世界、とか言われても… ちょっとね」

「まあ、言い伝えなんて… 色々尾びれがつくものだから♪」


「ですじゃ。聞き流してくだされ」


村オサも他の大人たちも、まあそんな感じの反応。



「わたしどもは、あなたがたのような女性が訪ねてきてくれて、嬉しいのです!」

「子供たちも大喜びですじゃ、ありがとうごぜえます!」


その魔女様はじめ、女の戦士や行商人たちがこの村を訪れてくれた、子どもたちに夢をくれた事には、感謝されている。

この村長たちも、子供時の時分に花月兵団が訪れていたら、きっと夢ワクワクしてた事だろう。



書いてるうちに長くなったので…一旦終了

ストーリーにあまり関係ない話とかあるのですが、どこかで書きたくて、つい残してしまいます…

この先の話に絡んでくる話のもあるので… 取捨選択が難しかったりします…

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