133.政商のクレージュ
商業都市アングローシャ 南西区画の大公園前
大盛況だった花月兵団のカフェも、昼食時が過ぎればお客さんの数もかなりおちつきを見せる。カフェ班がちょっと息をつく時間だ。
軽食、スィーツ、ドリンクはちょくちょく売れる。
夜のための仕込みなどの準備も、その販売の合間に少しずつ始められている。
仕事は続いているけれど、それでも交代で休憩がとれるくらいには余裕がある。
そんなまったりとした昼下がり、古代時間で言うところの14:00を過ぎた頃…
クレージュ率いる買物班のメンバーが帰ってきた。
「ただいま! みんな、お疲れ様!」
花月兵団の総帥であるクレージュは、兵団で最も多忙な女だ。
つまり、いちばん働く女である。
朝も誰よりも早い。
まだ陽の上らない時刻から動き回っていて、伯爵への謁見、商会への荷の卸し、そして買物に同行と、休みなく動き回ってさぞお疲れか… と思いきや…
一緒に買物に行った森妖精たちや、留守番組のミミア、メメリ、ハンナ、キューチェの四人に、馬車と積荷の片付けを任せると…
お店を任せていたウェーベルやキャビアンから、カフェの状況を聞き取りながら…
あっという間に、ぱっと着替えて、エプロンかけて…
気づけばもうカフェ馬車の調理場に入っていた。
クレージュは、カフェがやりたくてやりたくて、たまらない。
その様子が誰にでも、わかりやすい程わかる…
買物に出かける時にも、メチャ名残惜しそうだった…
で、今。
嬉々としてエプロンをまとって、スィーツ作りに腕を振るっている。
誰よりも早く起きて活動している、にもかかわらず…
休憩を取るとか、ちょっとゆっくりするとか、そういう気もさらさら無く動き回っている…
この人には、働き過ぎという自覚はどうやらないらしい。
そんなクレージュが楽しそうに今から作ろうとしているのが…
甘~くて冷た~い、花月兵団オリジナルスィーツだ。
偉大な魔女であり、そしてスィーツ乙女なアルテミシアが、どこからか入手した古代のレシピに基づき作られる、氷クリーム。
冷蔵などの過程が必要… なので今のところ魔法無しには作れない。
冷却以外にもややこしい工程があって… そのために必要な魔法があったりする。
意外とマイナーな魔法が必要になったりで、その魔法を探すために…
アルテミシアは半日がかりで、ここアングローシャの書店巡りをしたりしていた…
そう、スィーツ作りのために、それはもう必死で必死で必死だった…
まあ、それは前回の訪問時の話。
それからラクロア大樹村で試作を繰り返し…
アルテミシアの、他の作業を放りだしてでもゼッタイに完成させようという、強い意志力と行動力と、あと言うなれば乙女力… の甲斐もあって、すでに氷クリームは完成している。
その試作のために、途上の村で買い込んだ牛乳を全部使ってしまった事で、他に牛乳を使うレシピが一切作れなくなった、という事件はあった、のだが… まあ新しい事への挑戦には、えてして犠牲はつきものだ。
そんなアルテミシアも、先程までクレージュに付いて買物班だったのだけど…
いつの間にか珍しくエプロン姿になって、一緒に並んで作業してる…
「あいすっ、あいすっ! あまくてツメたい、あいすくりん♪」
などとオリジナル歌を口ずさみながら、とてもゴキゲン…
大好きなスィーツ作りとなると、疲れなどどっかへ行っちゃうようだ。
主材料となる牛乳は、ここへ来る途上の村でいっぱい買い込んである。
甘みに必要なお砂糖も、通常では高価なはずだけれど… 花月兵団にとって都合の良いことに、彼女たちの拠点であるラクロア大樹村で大量に栽培して精製してたりする。
この季節や土地では珍しい果物や果実まで、すべて自家製だ。
アルテミシアと、彼女の弟子たち、ウェーベル、アーシャ、ベルノたちが、みんなで分担して覚えた魔法をかけて、花月兵団特製の氷クリームが完成。
まだ夏真っ盛りな熱い季節には、こういう冷たいスィーツが最高。
まずは女子たちがひとくち…
「できた~!」「ひんやりー!」「冷たいの、いいですね」
「あ~… たまんないっ♪ あまくてツメたい、あいすくり~ん♪♪」
アルテミシアはゴキゲンだ。
もう乙女という歳でもないのに… スィーツ中の彼女は、実に乙女の表情を見せる。あっという間に食べ終え、そしてもう一匙…
食べようとして弟子たちに止められる。
「あー師匠、ダメですよー!」
「お客さんの分、なくなっちゃいます~…」
「食べ過ぎは、身体が冷えちゃいますよ…」
弟子たちは、スィーツ大好きな師匠が食べすぎないように見張っていなければならないのだった…
「おつかれー」
その楽しげで涼しげな雰囲気につられたのか…
お花屋さんのほうからフローレンもやってきた。
清楚なエプロン姿の花売り娘の姿のまま、ちょっと休憩に着たって感じで、客席側からカウンターを挟んで話しかけている。
「あ、冷たいやつ、作ったんだ」
「そうなの♪ フローレンも、おひとついかが?♪」
フローレンは冷えたハーブティーを手に、お話しながら料理の様子を眺めるだけ。
眺めるだけ、だ…
そう、彼女は料理を手伝わない。
もとい、彼女に料理を手伝わせてはいけない…
フローレンは花月兵団内でも、家事(が壊滅的に残念な事)には定評がある女なのだ…
クレージュの元でアーシャとウェーベルが中心になって、みんなでスィーツ作りしている姿は、初期のクレージュの店でもよく見られた光景だ。
あの頃は“きなこもち”や“あんころもち”を作っていたのが思い出される。
そこにちょうどネージェとディアンも休憩から戻ってきた。
金色髪のアヴェリ村四人娘がウェイトレス衣装で集まっている姿は、妙な統一感があって華やかだ。
クレージュが取り出した食材を見て、ネージェとディアンが反応した。
「あ、これこれ~!」
「これ、お客さん、お待ちかねでしたよ!」
ラクロア産の砂糖酒に漬け込んだ干し葡萄。
前回ここでお店を出した時に大人気だった、こちらも花月兵団のオリジナルスィーツだ。
これは、この葡萄の苗を故郷の村から持ってきたミミアと、その親友でぶどうパン大好きなメメリ、火竜族の糖酒作成担当のガーネッタ、森妖精の食品加工担当のプレーナたちが作ったものだ。
なんか話によると… 彼女たちが「これ、漬けてみようー!」とか、おふざけしてるうちに出来上がってしまったのだとか…
まあでも、ヒット商品が生まれるきっかけなんて案外そんなものだ、とクレージュも思っている。
その糖酒漬け干し葡萄をクレージュも絶賛して、自作スィーツによく用いるようになった。
前回、試しにここでもスィーツにつけて出してみたところ…
たちまちアングローシャ民の評判になった。
「あれ~? これだけですか~?」
「いっぱい持ってきたと思ったのですが…」
アーシャとウェーベルが不思議がっているのもムリはない。
みんなのお待ちかね食材なのだけど、思っていたより量が少ない。
「そうなのよー♭」
「あんまり残ってないでしょ…」
アルテミシアとクレージュが言うとおり…
今回は残念ながら、あまりお出しできない事となった…
その理由は…
「商会からね、あるだけ全部卸してほしいって、頼まれたの…」
商会が高値で買い占めてしまったのだ。
前回アングローシャを訪れた時、この糖酒漬け干し葡萄を、商会にも卸してみた。
その時はほんとに「試しに卸してみた」という程度だったのだけど…
何でも… このアングローシャを治める大領主が、この糖酒漬けの干しブドウをいたく気に入ったようで… 卸している商会にもかなり強力な依頼があったらしい…
クレージュは、実質的には“圧力”があった、と見ている。
昨日の夜、つまり花月兵団がアングローシャに到着した日の夜に、わざわざ商会の幹部が直々に宿を訪れてきて、全部売って欲しいと頼まれた。
そこまでしてのお願いであった。
花月兵団の町への出入りを即座に察知して即刻宿にまで訪ねてくるという、商会の持つ情報網の広さと速さにも驚かされたところではあったが… その必死さが伝わってくる。
この都市一番の… いや、この国一番のお金持ちが気に入ってしまったということで… 思わぬところで思わぬ価値がついてしまったようだ。
「大領主様は、お抱えの料理人や食の研究家に、同じものを作らせようとした、
らしいんだけど… 誰も上手く行かなかったみたいなの」
「そりゃあそうよ。ラクロア大樹での熟成は、他では真似できないもの♪」
アルテミシアの言うとおり、大樹のウロのような醸造所に入れておけば…
熟成がケタハズレに早いだけじゃなく、その深みもまた格別なのだ。
その商会でのやりとりの場では…
商会長みずから交渉の席に現れ、何度も平伏するように頼み込まれていた。
かなりお金を積まれていた。全部金貨だから、かなりの額だ。
花月兵団としては、図らずとも大儲けになった。
自分たちの商品が、かなり高いレベルで認められた事について、気持ち的にも収入的にも喜ばしい事、ではある…
あるのだけれど、手放しに喜べないところはある…
「まあそんな訳だから、お客様にはあまりお出しできなくなったの…」
クレージュが開けた袋に入っている糖酒漬け干しブドウは、形や色がイマイチで、商品から外した分だけだ。この一袋分しかない。これだって実は仲間内で食べる用に残しておいた分なのだ。
「でも、高値で売れたんだったら…」
「良かったんじゃあないの?」
ネージェやディアンはあまり頭を使うタイプじゃないのだけれど、普段から行商に関わる事が多いので、多少なりとも経済感覚が身についてきている。
今後の活動資金が増えたのだから、それはそれで良い事だとは理解できる。
「でも… あの領主に取り上げられるみたいで、なんか、気分悪いけどね…」
「そうよね…♭ 楽しみにしてた人たちに、申し訳ないわね…♭」
商品が評価され、お金は入ったけれど…
アルテミシアやフローレンも、そう言った理由で、どこか嬉しくない。
その超大金持ち… アングローシャ公は今、北の地へ赴いているらしい。
反乱軍との戦いが架橋に入った事で、自ら軍を率いて向かったとの事だ。
つまり、最後の手柄はしっかり頂こう、という… 実に利に聡く、そして浅ましい考えだ。
つまりは、すぐには食べられない状態な訳で… だったら、
「今回は卸さなくても、よかったんじゃないの!?」
と、もっともな疑問が浮かぶところだ。
「ええ、それはまあそうね。
でも… 儲ける事はもちろん大事だけど…
それ以上に、商会の顔を立てるほうが、意味としては重要だから」
クレージュの言葉に、アルテミシアもフローレンも、思わず、はっ、と気付かされる。
彼女が深いところで物事を考えている、というのがこの一言だけでもわかる。
今の儲け以上に、先の信用。
お世話になっている、そして今後も長らくお世話になるであろう商会に恩を売っておくのは、長い目で見て有益だという判断に間違いはないであろう。この事はクレージュにとって… というより、花月兵団の女子全員の生活を左右する事になる。
クレージュはそういう姿は決して見せないけれど… 他の女子たちの生活を立ち行かせるために、これまで多大な苦労をしているはずだ。
自分を安く売るようなことはしない。
それでもいざとなれば、女としての魅力を武器にすることも厭わないだろう。
だからこれまで、他の子たちを養うためなら、と、リッチモンド伯やその他の有力者や富豪に対しても、身体で支払うような事をしてきたのかもしれない…
だけどそこは、フローレンもアルテミシアも知り得ない…、立ち入れる領域じゃあなかった。
(クレージュは、何があってもクレージュ、よ)
(そうね♪ 私達の頼れるリーダーだもの、ね♪)
誰も見たことのない、彼女の裏の顔があったとしても…
クレージュに対する女子たちの信頼が揺らいだりする事はないのだ。
みんなのお姉さんで、お母さん。
クレージュがいてくれるから、フローレンもアルテミシアも、花月兵団の他の子たちを率いる立場が務まる… この二人はずっとそう思っている。
「どうかしたの? ふたりとも…?」
スィーツ作り中のクレージュが、じっと自分を見つめている二人に気づいて、手を止めた。
「あ…うん… クレージュ、いつもおつかれさま!」
「いつもありがとう♪ あ、スィーツの事だけじゃあなくってね♪」
唐突に感謝の意を述べる二人に対して…
「いいえ。貴女たちこそ、お疲れ様!」
クレージュは作りたての氷クリームを分けてくれようとしている。
「もらっていいの? ありがとうー」
「やった~♪ できたて、できたて♪」
フローレンとアルテミシアの花月の紋章が光を放って消え、かわりにその両手に収まるように、底の深いお皿が現れた。
一般のお客さんには木皿に盛って出すのだけれど…
花月兵団の女子がいただく場合、換装装備でお皿を出すのが決まりなのだ。
そして換装のお皿には、ちょうど良いサイズのスプーンまでついている…
クレージュが手にした半円型の大きなスプーンみたいな道具、氷クリームの形を整えて出すのにちょうど良いこの道具も、換装武器の中に含まれている。
この換装装備が作られたヴェルサリア時代には、こういう氷スィーツが一般的に食べられていたという事だろう。
半球形の白い氷クリームの横に、細かく切り身にしたラクロア産フルーツが、色とりどりに各種並べられる。
最後にクリームの上に、ちょん、と糖酒漬け干し葡萄を乗せて完成。
まだ時間前なのに、このスィーツの噂を聞きつけたのか… もうお客さんが並んでいる。
カップルに、女性二人、三人の親子連れ、合計七人…
クレージュの“七を引き寄せる女”は健在のようだ。
カウンターの上でできたてを堪能する二人をよそに…
クレージュはカフェ馬車から降りて、並んでいるお客様がたに丁寧に挨拶をする。
「あ、あちらは試食です。ただ今、商品の出来を確認いたしておりますので…
皆様はもう少しだけ、お待ち下さい…」
クレージュはいつも、こういう細やかな配慮を怠らない。
この気配りを見て、カフェ馬車の中で作業している、ウェーベルやアーシャたちも学んでいるのだ。クレージュの行動そのものが、人を育てているのだ。
そんなクレージュの髪が、昼下がりの陽の光を受けて虹色の輝きを見せた。
クレージュの髪色は、どちらかと言えば、紺色だ。
だけれど、光を受けた加減で、赤や緑の輝きを返す。
それはつまり、虹の色だという。
一般に虹は七色とされている。
一説によるとその七色とは、赤、橙、黄、緑、青、紺、紫、だという。
なぜか青方面に偏っていて、均等ではないのだけれど、これは古代からの通説であることが、いくつもの古い書物、主に物語りから確認されている。
魔法的な学術の説では、赤、橙、黄、緑、青、紫の均等の取れた六色に白を加えた七色としている。魔法的にはそれが主流の考え方のようで、実際にこの七色の光を携えた古代の魔法道具も多数見つかっており、虹の呼び名がつけられている物も多い。
異論はあれど、虹の色の七つの内訳などはさして重要な事ではないので、あまり論争が巻き起こる話題ではない。
ともあれ物語の説のとおりに、青系の多いその七色すべてを混ぜ合わせると、対照色同士が相殺しあって、余剰な紺色だけが残る事になる…
「というわけで、クレージュの髪色は、虹色の光を返す淡い紺色に見えるのよ♪」
と、アルテミシアは他の面々に以前から説明していた。
それでも…
太陽の光を浴びて髪を七色に輝かせるクレージュの姿は…
あまりに麗しく、物理的にも心理的にも、どこか眩しさを感じる。
クレージュは商人である。
もともとは冒険者であり、店の経営者であり、商会の長でもある。料理人であるという側面も持っている。
だがその本質は商人である。
情報集めに余念がなく、視野が広く情勢を見るに敏、そして交渉事に慣れている。
信頼を第一に置き、人望があり、多くの者に支持されている。
政商神セイラの信者ではないけれど、クレージュはその教義を実践している人物と言えるだろう。おそらく… 政治の舞台に立ったとしても、その才能を遺憾無く発揮できるはずだ。
その上、(その規格外な胸の大きさも含め)女性としての魅力にも満ち溢れている。
“七を引き寄せる”という特性もある、不思議な女性でもある。
だけれど実際は、七と言わずすべての者に、その虹の輝きは光り渡っている。
花月兵団の女子全員が、この虹の下に集っているように。
誰かが広めたのか、列ができ始めている事に気がついたのか…
お客さんの数が増え始めた。
販売は15:00から、古代にはおやつを楽しむ時間だったらしいその時刻に合わせての販売、という事にしてあるけど、それより前からかなりの人が待ち望んでいた。
暑い日差しを避けて、日陰でいただくひんやりスィーツ、
そしてたった一口だけど糖酒漬け干し葡萄の、久々のレアスィーツの味に…
アングローシャ民は大喜びだ。
女性客が多いけれど、中にはスィーツを楽しんでいる男性客の姿も少なくない。
暑い時期にこの冷たいものを食べる、というのを喜んでいるようだ。
(この感じだと… 兵隊さん相手でも、冷たいスィーツは需要がありそうね。
必要な材料の仕入れと… 効率的な制作環境… 冷蔵の管理が重要…)
ただのスィーツ売りの光景。
だけど商人クレージュの頭では、しっかりと次に至る考えがすすんでいるのだ。
今夜はこの場所で、軽くお酒を出してみる予定だ。
兵隊さん相手のため、北の地ではお酒を出す機会のほうが多くなると予想される。
その予行練習も兼ねての試みだ。
ただあまり遅い時間までは行わない。
そもそも夜中まで飲み明かしたい人たちは、南東区画の歓楽街に行く。
この町の特に歓楽街では、夜中でも乗り合い馬車が出ていて、どの地域に住んでいても帰宅できる。
酔った人が急にお泊りできるような簡易宿も夜通し開いている。
この町は商業にまつわるシステムが細部にまで行き届いておて、他の町では類を見ない。
もちろんそれなりにお代はかかるが、そこは商売だ。
ここは商業都市なのだ。
タルのまま詰めて運んできた、ラクロア産の葡萄酒。
まだ熟成がそれ程でもないので、あまり高い値はつけない。
それでも一般に出すには十分すぎる味になっている。
少しお高いけれど、北の地では糖酒も出してみる。
明日の命の保証がない傭兵は、お金を溜め込むより、一気に使ってしまう者が多い。
いいお酒もそれなりに売れるだろう。
花月兵団の酒場は早めに閉め、その後は宿の大部屋に集まった花月女子たちのミーティングタイムだ。
今日の報告、連絡、相談と、そして明日の全員の行動の確認と、細部の修正。
ここに数日間滞在する間の販売を主とした活動は、北の地へ向かう前の、全員の連携した動きの訓練の時間でもあるのだ。
それが終わったら夕食会、もとい軽い飲み会がはじまる。
女子たちは飲んで騒いで、今日一日の疲れを吹っ飛ばす。
ファリス将軍との待ち合わせには、まだ日数がある。
あと二日、ここでしっかりと予行練習を行いながら、時間をつぶすのだ。
そんなこんなでアングローシャでの滞在が続き… 四日目の夕刻。
レイリア、ユーミたちがフルマーシュから戻ってきた。
チアノたち海歌族の四人と、オノア遊牧民女子三人組が一緒だ。
「みぃんなぁ~、おひさし~!!」
そして馬車の中には、飲んだくれてる踊り子ラシュナスがいて…
その隣りにも、一緒に真っ昼間から飲んでる女がいる!
「わたしも、きちゃいました~」
「えっ? クロエ…?」
意外なことに、夜の酒場を任せているクロエが一緒だった。
「北に行くんでしょぉ~?
兵隊さんの~ お相手だったら~、 あたしに、お・ま・か・せ~」
酔って出来上がっちゃってるけど…
この熟練した酒場女将の言うこともご尤も…
クロエはもともと、ここアングローシャ歓楽街の一流酒場の売れっ子だったのだ。
その北にある軍管区からは、毎晩多くの兵隊さんが飲みに来ていたという。
ちょっと気の荒い兵隊さんなんかの、酔っ払った時の対応なんかも、お手の物だ、という話を以前から聞かされていた。
「お酒場のほうはね~ しばらく休業にしてきたからぁ~ だいじょうぶ~
クレージュが戻ってきた日だけ~、開けたらいいのよ~!
こないだのエンカイみたいに~」
と言ってクロエは、隣りにいるラシュナスからボトルを取り上げると、そのまま口をつけて飲み始めた。
飲んでも呑まれないタイプの、酔っ払いのくせに、妙に説得力のある女である。
クレージュもそこまで考えていなかったけれど、言われてみればそのとおりだ。
今のフルマーシュは、お昼を食べに来る人は多少いるけれど、
お酒を飲みに来るほど財力に余力のある人がほとんどいない。
確かに、しばらく閉めても影響はないだろう。
クロエもお客のいない現状だと、ラシュナスと二人で飲んだくれて…、ぐでんぐでんになった彼女の世話をするしかお仕事がなかっただろうし。
今後フルマーシュの店は、お昼に食事を出して、あとはクレージュたちが帰還した時に一日だけ酒場を開ける。その日だけはお客さんも集まってきて、お祭りみたいな雰囲気になるだろう。
たしかに、そんな方法もある。
(いや、それでいい…)
お客さんがいないのに開けていても仕方ないのだ。
クレージュはせっかく訪ねてくれるお客さんのために、お店だけはいつでも開けておこうと考えていたけれど… 確かに効率は良くない。
この件については、現場の人間のほうがしっかりと物事を考えていた。
フルマーシュの店専属で、しかも夜にしか出てこないクロエは…
他の女子たちとの関わりも少なく、花月兵団ではどこか影が薄い存在だったけれど…
これから行く北の地では活躍の場面がありそうだ。
自分の働くべき場所を理解していて、自分の判断でこうしてやって来たわけだ。
(仕入れや行商で私が出かけてる間でも…
みんな、正しい判断をしてくれそうね)
細部にまで気づかなかったクレージュの反省点だ。
フルマーシュからの帰還組が加わって、ミーティング後の全員食事会は昨日よりいっそう賑やかになった。
クロエもラシュナスも、早々と酒盛りを始めている。
もちろん、レイリアや森妖精たちお酒愛好会も一緒。
そこに他の子たちも巻き込まれ、宴の輪が広がっていく。
ユーミはミミアやメメリたちと一緒にまだ食べてる…
アルテミシアは弟子たちと一緒にスィーツタイムだ。
それぞれが好きなことを、気の合う面々と一緒になって楽しむ…
輪から外れる子も、誰一人いない。
この結びつきが、花月兵団の女子たちだ。
チアノたち海歌族の四人なんかは、さっさと外に“遊び”に行ってるし…
お酒も夜遊びも、過ぎないようにだけ。クレージュは禁止にする気はない。
まあ花月兵団の女子たちはみんなそのへんはわかっていて、度を過ぎる事はない。
クレージュは、今日はあまり遅くまで過ごさないようにだけ、指示をした。
なにしろ明日は早い。
そう、いよいよ明日、ここを出立する。
五日目朝…
花月兵団の馬車五両が連なって、アングローシャの北門を抜けた。
ここから北へ向かうのは、行商活動を含め、花月兵団としては初めての活動となる。
アングローシャから北に伸びる街道を進む。
途中でファリス将軍と合流し、北の軍政の地、カルミア開拓地へと向かう。
花月兵団は麗将軍ファリスとの会合予定地…
ルミナリスの丘を目指した。
なかなか北へ出発せずに申し訳ありません。。。
現状の花月兵団は、戦う集団というよりは、行商を行う女子たちなのです。。。
さて、次回はルミナリス。
ラクロア大樹からはるか真東にある、ルミナリスの丘です。




