132.花月兵団のカフェ屋台
ルルメラルア王国最大の商業都市、アングローシャ。
王国内のやや中心に近い立地により、年々都市としての成長を続けた結果、王都オーシェにも匹敵する規模の大都市となり、総資産と滞在人口はおそらく王都のそれを凌いでいる。
このアングローシャという都市は、広大すぎる。
なので五つの区画に分けられ、四方の区はそれぞれ伯爵位を持つ貴族が治めている。
一つの都市…というよりは、公爵の治める中心都市に、各伯爵が治める衛星的な町が四つ隣接しているようなものだ。尤も、その区と区を隔てる明確な壁のようなものはなく、あくまで一つの大都市ではある。
四人の伯爵も独立勢力ではなく、あくまでアングローシャ公に従う立場にある。
公爵が直接治めるのが中央区、ここには主要な施設や高級な商店街などが立ち並んでいる。フローレンたちが訪れる、冒険者御用達の魔法用品店、あの時計台のある建物もここにある。
他の四区の財を合算しても、この中央区の富裕ぶりにはかなわない。ある意味この国の富の頂点だ。
他の区画もそうだが、当然普通に様々な店もあるし、多くの人も住んでいて、この中央区は他よりも圧倒的に富裕層が多い。
南東区はリースという女伯爵が治める歓楽街…
怪しげな店も多く、裏社会の者も多いという… リース女伯はその裏社会のまとめ役であると噂される。
花月兵団としては… ハンナ救出の際に人知れず悶着を起こした場所でもある…
北西区はラーケンという若い伯爵が治めている。
都市内を流れる川と細かな運河を利用した水運が盛んで、立ち並ぶ倉庫群には国中の物資が集まってくる… つまりは国じゅうの物資の集積地だ。
ちなみにラーケン伯爵自身も、お宝の収集家で有名… 特に古代ダンジョンで見つかるお宝、その中でも女性像の収集には、金に糸目をつけない事で有名…
北東区は軍関係の施設や、武器防具の工房が多く集まっている。
ここを治めるアマト伯爵家は、代々アングローシャの治安を担当している。
当代のアマト伯爵も屈強な武人であり、公爵の指揮の元、アングローシャの五色の軍を統括する将軍位を持つ人物である。
そして、今回の花月兵団の活動の場である南西区画を担当するのが、リッチモンドという初老の伯爵だ。
クレージュが懇意にしている有力貴族…
というより、歳の割に旺盛なジイ様で… 二十以上も歳の離れたクレージュの事を「妾に囲いたい」と思っているようである…
まあそれでも五十過ぎとは思えないほど色気も貫禄もある人物で、並の女性なら妾に誘われれば簡単に靡いてしまいそうな、まだまだ異性を惹きつける魅力を失わない人物である。
そして統治者としては、かなり有能な人物。
商業の盛んなアングローシャにあって、商売のみにたよらず、絹織物をはじめとする様々な工房を立て、町の工業化にも積極的に力を入れている。
アングローシャ到着の翌朝。
クレージュは、そのリッチモンド伯に謁見した。
葡萄酒一樽をはじめ、砂糖、糖酒、ほかラクロア産の手土産たっぷり。
数々の贈り物に大満足の伯爵… からの… お誘いを…
クレージュは実に丁寧に、かつ妖艶に躱して、伯爵邸を後にした。
花月兵団総帥であるクレージュは多忙だ。
この後は商会で商品を卸し、続いて買物班のメンバーを連れて、必要な物資の買い出しに行く。
率いている馬車には、伯爵への献上品がなくなっても、商会へ卸す商品がまだ多く積み込まれていた。
そのまま買い出しに行くので、帰りにはまた物資が積まれていく事だろう。
彼女に同行する買物班は、アルテミシアとその歌と魔法の弟子で針子のトーニャ。
そして森妖精の四人、薬師ペリット、服飾担当パティット、物作り担当マラーカ、畑担当クリスヴェリン。
森妖精たちは森の中で生活していたおかげで金銭感覚に疎いので、必要物資の買物にも同行する必要がある。彼女たちだけに任せていたら、驚くほど高価なものを平気で買いかねない。
あと… ヘンな動物像を買ってこないよう、注意が必要…
彼女たちが町に行くたびに、こっそり買ってきたヘンなポーズの動物像が、大樹村の広場に並んでいるのだけど… 放って置くとどんどんアヤシゲなやつが増えて並ぶ事になる… ある意味、気味が悪いのだけど…森妖精たちは喜んで並べているのだ… 美的感覚の違いというやつだ…
…そんな彼女たちから、あまり楽しみを奪ってしまってもカワイそうなので、ひとり一つまでは許可…
大樹村から運んできた荷物の仕分けは、アングローシャに到着した昨日の夕刻のうちに終わらせている。
花月女子たちの活動のための道具や物資を除けば、伯爵への上納分と、商会に卸す分と、ここでの飲食店に出す分と、あとは北の地で提供する予定の分だ。
荷物運びのような力仕事は、女子の集まりである花月兵団の弱いところだ。
攻撃や防御はヴェルサリア女兵装備LV1でなんとかなっても、力仕事が得意になるわけではない…
そこで、女子行商団にとって欠かせないものになっているのが、軽量化魔法だ。
荷の木箱くらいの“普通に重い程度の物”は、魔法でなんとかする。
アルテミシアの厳しい指導のもと… 花月女子たちが軽量化の魔法を必死に練習した…
彼女の弟子の中で、軽量化の魔法を最初に使いこなせるようになったのは、実に意外な事に、針子のトーニャだった。重い荷物とは何の関係もない、服を縫うのが仕事だ。
今ではそれ以外にも、行商に関わるメンバーの多くが、実用レベルで使えるようにはなっている。
トーニャは、服飾担当のひとりだけど、今日は軽量化魔法要員として買物に同行だ。
今回の荷物の中では、大きなタルで持ってきたぶどう酒が強敵だった。
花月兵団ではこれまでタルのまま持ち出す事はなかったので、タルを転がして運んだりする事には誰も慣れていない。
どうしようもない重たい物を運ぶのは、馬鹿力なユーミに任せるしかない。
ので、重たい物の積替え作業だけは、昨晩、ユーミがひとりで終わらせている… お肉をたらふく食べて眠たくなる前に…。
そのユーミは朝からいない。
今朝早く相方のレイリアたちと共に、ここから南にあるフルマーシュの拠点に向かって出発した。フルマーシュの店に待機しているメンバーを迎えに行くためだ。
ニ両の馬車を温泉村不良三人娘、グラニータ、チョコラ、パルフェが御者を実践練習し、それを先導する二騎の騎馬は、ユーミとその獣人族の妹分の猟師エスターだ。
ラクロア大樹村からアングローシャへの道すがらと同じ形だ。
この三人娘はフルマーシュに残る。今あちらにいる海歌族の四人、ならびにオノア遊牧民娘の三人と交代だ。
フルマーシュは閑散としているので、飲食店業務や、商売業務の助手としては、この三人がいてくれるくらいがちょうどバランスが良い、というクレージュの判断だ。その分、人手を北の開拓地に連れて行く事ができる。
花月兵団はリッチモンド伯爵から許可をもらって、日が中天に上がりきる前には南西区の大公園の前で店を開いていた。飲食を提供する屋台店だ。
花月兵団は以前にも一度、ここで店を出した事がある。
スィーツをある程度作り置きしておいて、隣に泊めてある馬車の荷台から商品を取ってくる。
以前は調理場が用意できないからそうするしかなかった。
そこで今回、花月兵団が購入したのが、カフェ馬車だ。
昨日の晩のうちに、この宿に届くように手配してあった。
カフェ馬車の荷台は調理場になっていて、ラクロア大樹村でアルテミシアたちが作った調理設備が積み込まれている。
それのおかげで、作りたての軽食やスィーツを提供できるようになった。
軽い生活レベルの魔法で火を熾したり逆に冷やしたりするのは、花月兵団の女子たちにはお手の物だ。
花月兵団では以前から、こちらもアルテミシアが作った冷蔵保存の装置を利用している。最初はフルマーシュの店に食材用の冷蔵倉庫を作って、ラクロア大樹村にも大きな冷蔵設備を作った。それの小さいやつ、馬車に乗せられる用の冷蔵の箱も作って、おかげで大樹村でも魚料理が楽しめるようになった。
食材をすぐに取りに行けるように、カフェ馬車の隣りに食材いっぱいの冷蔵箱を積んだ荷台を並べて…
荷台を外したお馬さんたちはお宿の宿舎に戻して…
お昼の書き入れ時には調理が間に合わないので、早い時間から仕込みをしておいて…
温めのほうが必要なものには、魔法を使える子たちが温暖の魔法をかけて保存しておく…
カフェの準備、おっけーだ。
ここアングローシャほどの都市となると、こうしたカフェ屋台を展開して、公園などで軽食やスィーツを販売する姿も時々見かけるものである。
だがどうしても調理設備の管理が必要になり採算が合わないようで、あまり頻繁に見かけるものではない。
だけど、魔法で調理を行うことができる、魔法素質を持つ女子の多い花月兵団にはうってつけだ。
「じゃあ、よろしくね」
クレージュは料理人ママで年長者のキャビアンにカフェを任せると、自身は愛馬「ローラン」に飛び乗って、荷馬車をつれて商会と商店街のある中央区へ向かった。
時刻はちょうどお昼時…
ウェイトレス姿の花月女子たちが走り回っている。
「おまちー! 女子に人気の、ショコール遠洋産、触手パスタでーす!
ヌメっとツルっとしてるので、お気をつけー!」
「コカトリ鶏の目玉焼きトースト、お届けー! 固くならないうちにどうぞ!
あ、はーい! そちらも注文ですね? すぐ行きまーす!」
いちばん活発に動き回っているのが、ネージェとディアン。この二人は最初に山砦から救出された後、しばらくはクレージュの店でこういう接客仕事もしていた。
それ以降は行商の仕事の担当になったので、ウェイトレス業務は久々だけれど… その動きはとても良い。あれ以来、日々の訓練で足腰も動作も鍛えられて、動きが良くなっているのだ。
短いスカートが風に舞って中が見えそうになるのもおかまいなし、お客の間を走り回って次々に注文を満たしてゆく。
カフェ馬車の片側が横に開くように展開し、カフェの注文カウンターのようになっている。
その前の石畳の広場には、折りたたみ式の机と椅子がいくつも並べられ、広場の一角がちょっとした野外カフェのようになっていた。
既に何組ものお客さんが座って軽食やスィーツを楽しんでいる。
「アーシャ、そちらのお届け、お願いできる?」
「は~い! ちゃんとコロばないように、きをつけて…運びます~」
ウェーベルとアーシャは、カフェ屋台の中で軽い調理を行うかたわら、自分でメニューを持って客席に届けに行く。ネージェ、ディアンと共に、アヴェリ村四人娘そろってのウェイトレス業務は久々だ。壱番隊として一緒に戦う機会は多いのだけど…。
彼女たち四人の、おそろいの豊かな金色の髪が、真夏の日差しを受けて輝かしい。
「トリュール、お料理、できてるわよ! はやくお届けしなさい!」
「あわわ… い、い、いてきまーす…」
小柄な料理人ママのキャビアンが、娘のトリュールを叱りつけている。
母の目から見ても、アヴェリ村の四人と比べて、トリュールは動きが劣る。
ウェイトレス衣装だけにしておけばいいのに… 短いスカート衣装の上から、彼女の個性的衣装である丈長なエプロンだけはしっかりと… エプロンがスカートよりかなり長すぎ、なんかちぐはぐな感じ…
トリュールは普段からビキニ形鎧の上からエプロンをかけるくらい、長いエプロンにこだわりがあるのだけど… ファッションセンスはわりとオワってるレベル…
戦士としての実力は壱番隊の中でも最低クラスだった、この料理人娘のトリュールも…
あの山中での戦い以来、小柄なのに超強くて厳しいお母さんに毎日扱かれ…
全員での訓練の前や後にも、個別指導で容赦なく技を叩き込まれ…
ここまでの行軍中も、朝も夜も休むことない指導を受け…
割と強くなった、と思われる… 本人はすっかり疲れ果ててフラフラだけど…
で、モタモタしてるとまた母親に叱らちゃうから、あわてて料理を運んで…
「あわっ!」
っと転びそうになった… ところを、親友のアーシャに救われ…
「あ、ありがとー、アーシャ~…」
「大丈夫~? あわてちゃ、ダメだよ~!
アーシャみたいに、転んじゃうよ~!」
いつもコケるのはアーシャの担当なのに… 普段とは逆の展開だ…
カフェ馬車の注文カウンターは、持ち帰り注文待ちのお客が列を作っている。
そこにある座席の数が限られるので、持ち帰りのお客さんが多くなる。
すぐそこの大公園には、腰掛けられる場所もたくさんあるのだ。
料理を包むのに用いられるクルーム樹の葉にくるんだ焼きサンドイッチや、焼き立てクレープなどの持ち帰りメニューは、出来上がると積み重ねられる暇もなく、次々に売れてゆく。
かつて花月兵団が南街道のムス村で食べた、チーズをふんだんに使ったサンドイッチ… それを真似した花月兵団のオリジナルバーガーが一番人気の軽食だ。
小柄なお母さん料理人キャビアンは、並べられた材料を、下のパンから燻製肉、チーズ、野菜と順番にしゅしゅっ!と手早く重ねていって… 瞬く間にサンドの完成だ。
この料理人ママの裏の顔… 闇の剣技のように、敵をばさばさ切り刻むような手つきで… 実に手際がよい。
薄焼きの燻製肉にだけ温熱魔法がかけられていて、その上に重なるチーズがちょうどとろける… それをさっさっと葉に包んで、アツアツなうちにお出しするのだ。
「チーズの厚焼きサンド、あがりました-! お熱いうちに、どうぞ!」
売り子はもちろん別の子。今回はウェーベルが料理のかたわら行っている。
料理人ママはカワイイ系なのだけど、あまりにも無口で接客には向かない人だから… 料理専門だ。…夜の顔はもっと、妖艶で色っぽい、ということをみんな知っているのだけれど…
「あ、おコメのにぎり団子ですね~? ありがとうございますぅ~
こっちがワラビのツクダニで~、こっちが焼いたおサカナが入ってます~」
そのとなりアーシャがお客にすすめているのは、彼女たちのアヴェリ村でよく作られるコメ団子だ。コメの生産が盛んな山間部では一般的なお弁当メニューで、持ち運びやすいため花月兵団も野外活動する時の糧食として用いている。
コメを丸めて平たく固めたものに、焼いた魚肉や昆布、山菜、野菜の漬物などを詰めてある。
これも売りに出してみたところ…
見慣れないメニューに初日には半信半疑で買っていったお客たちだったが…、
翌日にはこれを求めて買いに来る人も現れ、三日目にはすっかり人気メニューになる事に…
…実は花月兵団は知る由もないが… 今後この地域からも、このメニューを真似して売り出す店が続々現れる事になる…
アングローシャは清掃も行き届いており、ゴミを回収するスライムボックスも町のいたるところに設置されているから、持ち帰りを食べ終わった人は包み葉を簡単に処理できるようになっている。とても衛生的で、美しい町なのだ。
「お茶、入りまーす! 紅茶と緑茶ひとつづつ! どっちも冷たいやつで!」
「こっちは冷や麦茶、ふたつねー!」
「はいよー!」
カウンターの中で飲みものを担当しているのは、パン焼き衣装を着たベルノだ。
フルマーシュのパン屋で働いていた彼女だけど… なぜか冷やす系の魔法が得意な事に気づいてからは、焼くほうの魔法よりも、冷やす方の魔法を主に使うようになってきた。今のように真夏の季節では、冷たいほうが需要が多いという事情もあり。
茶葉のお茶だけじゃなく、加熱乾燥させた豆や麦やキノコのお茶もある。
花月兵団では森妖精や各地の出身者の意見もあって、料理もお茶も色々なメニューが作られるようになってきた。
クルームの包み葉をカップ状にして、硬化の魔法で処理した使い捨てカップにお茶を注いで完成。
「はーい! おまたせー!」
「さんきゅー!」「いてくるー!」
ネージェとディアンが注文をもらって、駆けていった。
「あああ~… アツーいキノコテイー、ひとつお願い~…」
今度はトリュールからの注文だ… なんか疲れてヘロヘロになってる。
「まかせてー! あなたの好物、ホットキノコの注文だねー!」
もちろんベルノは、パンを焼く容量で温めの方もできる。
ちょっ、と魔法をかければ、あっという間にアツアツだ。
「ありがと~… ごく、ごく、ごく… ぷは~! いきかえる~!」
「って! あんたが飲むんかーい!」
「許せ~ベルノ~… 回復薬は必要なんだよ~…
こうでもしないと、わたし、もう限界~…」
トリュールは厳しい母親からの厳しい訓練で疲れ果ててる様子…
まあ毎日こんなふうに「もう限界!」って感じを繰り返しては、ナゾの茸茶で体力を小回復して、なんとか底辺で保ってるカンジ… トリュールはキノコを味・形ともにこよなく愛するキノコ系女子だ。
「いてくる~ あ、注文忘れてた! これと、これと… あ、これも!」
何とかヘロヘロになりながらも、ウェイトレス業務に戻ろうとするところは、さすが料理人の娘。ただ… 注文と称して追加で持っていったのが、キノコ佃煮のコメ団子… 本当に注文なのかは不明だ…
あちらにも疲れて…いる訳じゃあないけど、なんか限界っぽいウェイトレスがひとり… こっちは体力的に、じゃなくって、精神的に限界っぽさが見える。
花月兵団一の陰キャラ… 炎竜族のコーラーちゃん…
彼女はいかにも引き籠もり女子らしく… 荷物番、つまり留守番を志願してた。
が、彼女たちの姉御であるレイリアに…
「オマエは売り子でもして人付き合いに慣れろっ!」
と命令されてしまったので、しかたなくメイド衣装に着替えて人生初の接客に挑戦するハメに…
とは言え… なぜか引き籠もり女子のくせに、このコーラーちゃんの衣装はいつも露出過多…
メイド衣装というより、メイドビキニ、それもかなりヒモ形状のギリギリビキニ…
相方の陽キャラなルベラはかなり低露出なのに… ヘンなところまで対象的だ…
「…あ… あの…」
腰掛けた男性客ふたりを相手に、コーラーちゃんはメチャオドオドした物腰で… そっとメニュー表を差し出す感じ…
男性客たちはその違和感ありありな接客態度に戸惑いはするが…
赤毛ツインテで小柄でカワイイ系なのに、その上も下もギリギリ衣装からはみ出そうな… しかも上下共にかなりボリュームがある… のが目の保養になって…
何と言うか「まあ“あり”かな」みたいな雰囲気… 足し引きでは、好感度 良、な感じでよかった。何とかウェイトレス業務をこなしているようだ。
「いらっしゃいませ~~~!!」
その炎竜族の相方、超陽キャラなルベラは… ウェイトレス業務にもノリノリだ。
準備のときも、腰の部分だけわずかに開いたセパレートなメイド衣装に着替えて、楽しげに身体のあちこちを動かし見回しながら「よーし!完璧~」とか言いながら、やる気満々、服装の確認をしていた。
「はいっ! ご注文、ありがとうございます!」
相方と違って、言葉遣いも良く、はきはきと明るい。
ルベラは明るすぎて指導的で超積極的で… 誰が言い出したのか最近では、"委員長"なんていう、意味不明なあだ名がつけられている…
「ついでに、こちらのメニューもどうですか?
セットだとぉ、と~ってもおいしい~と思いますけどぉ!
あ、こっちのメニューもおすすめっ! なにしろ、これはですねえ~…」
販促声掛け、いきすぎ。まあ微妙にウルさい程度か…
すこーしお客様が引き気味になっている…
という空気も読めない系女子だから、かまわずおすすめは続く…
という事で、こちらも足し引きは、まあ及第点、といったところ…
まあこの二人はウェイトレス業務はここだけ。
北の地では他の仕事をする予定なので、それほど慣れなくても問題はない…はず。
まあそんなこんなで大盛況な花月カフェ。
その屋台のとなりでは、けっこう静かに…
花を売る二人の乙女の姿があった。
こちらには、フローレンと親友のリマヴェラ。
二人揃って清楚な花売り娘のエプロン姿だ。
色とりどりのお花が、道行く人の目を引く。
ラクロア産のお花は大樹の影響を受けて育つおかげで、そのへんの花より美しく、そして長持ちするのだ。
カップルや女性だけのお客さんが、まずお花を見に来る。
その後でカフェで食事したり、持ち帰りを買った後に訪れる人が多かった。
馬車で運ぶため箱詰めにするけれど、鮮度維持の魔法をかけ、丁寧に包装して運ぶ…
お宿や野営のたびに、毎晩毎朝鮮度を確認して… 水をやって、魔法をかけなおして…
お花は手間がかかる。その割に儲けは多くないのがザンネンなところ…
それでも久しぶりに花売り衣装を着て、お花を売るのは楽しい。
フローレンは、冒険に行くときとはまた違った感じで、生き生きしてる。
女性客は右手にスィーツを、左手に気に入ったお花を持って、心軽やかに帰っていく。
カップルだと、女性のほうが好きなお花を選んで、男性のほうが買ってプレゼントする。
清楚なリマヴェラが、愛の花言葉と共に、花束を女性の手に渡す。
そのたびにフローレンが花の術で、女性たちやカップルの周りに幻の花を咲かせ、そして輝きながら消える… まるで幻想のような演出がまた人気。
「あ、そのお花ですね!
古代ダンジョンで見つけた種から育てた、虹色花です!
すっごくキレイでしょ?」
以前に一度ここでお花を売った時にも大人気だったのが、この虹色花だ。
フローレンが古代ダンジョンの報酬としてずっと温存していたお花の種を、ラクロア大樹の村でリマヴェラたちと一緒に育てたものだ。
花一輪に金貨一枚とか、非常識な値段だけど、それでもあっという間に品切れだ。
なにしろ、これを贈られた女性は、もうメロメロ…
前にこの虹色花を買った男性客が、妻となった女性を連れて、わざわざお礼を言いに来た。虹色花のおかげで、プロポーズ一発オッケーだったという…
この古代種の虹色花は、枯れた後も縮んで固くなって色も失わず、香りの良いドライフラワーの飾りになるので無駄がない。たかが花なのに、それ自体が魔法物品なのだ。つまり栽培可能な魔法物品だ。
花月兵団のウリの商品のひとつになる…かもしれない。
「ありがとうございました~~!」
お買物を終えたお客様に対して、大人しくて控えめのリマヴェラが小さくお辞儀をする隣で… 満開のお花のようなフローレンの明るい声が響き渡る。
この元気な花売りの乙女が、まさか普段はビキニアーマー姿で、凄腕の剣士…
だなんて事… 買物客たちは思いもしないだろう。
「お花を買ってくれた人の、シアワセそうにしてる姿を見送るのって…
すっごくキモチいいのよね!」
「ええ… そうね…」
リマヴェラはそういう仲の良いカップルの姿に、少し憧れがある様子だけれど…
フローレン自身は色恋事には全く関心もないようだ…
ちょっと形は違うけれど、フルマーシュの花屋さんが閉店した時にリマヴェラと約束した「一緒にお花屋さんをする」という夢は、意外と早く実現した。
そしてフローレンは…
(いずれフルマーシュでお花屋さんを出したら…
リマヴェラが店長さんで、わたしは従業員ね!)
とか考えていた。
広場でお店をしている女子たちの様子を、宿屋の窓から広場の様子をこっそり伺っている、留守番組…
宿で荷物番をしているのは、ミミア、メメリ、キューチェ、ハンナの仲良し四人組だ。
「あ~… お留守番、つまんないよね~」
「ですねえー… 私も久しぶりに、ウェイトレスやりたかったです…」
この仲良し四人組がそろってお留守番なのは… ここで救出されたハンナはもとより、その救出騒動の時に、他の三人も顔を見られている可能性があるからだ。
この四人はあの事件以来、アングローシャには来させないようにしていた。
ハンナが囚われていたいかがわしい店のある歓楽街は町の南東区域、リース女伯爵の治める区域なので、離れたここ南西区画ではそこまで警戒する必要はないだろうが… クレージュはこういうところ非常に用心深い。
今フルマーシュにいる踊り子のラシュナスも、念の為あれ以来アングローシャでは活動させていない。
その相方のレメンティは「あたしは、カンペキに変装してたから、大丈夫よ!」と言って、今日も占い屋さんをしに出かけているのだが…
「…ゎたしたちは、ハンナの件があるから… 仕方ないよぉ…」
「ごめんなさいですー… あたしのせいですー…」
「きにしないでいいよ~! ここで食べれなくてもいいんだから~!」
「そうですよ! 北に行ってから、思いっきり食べて暴れましょう!」
なんか勘違いしてるっぽい発言はあるけれど…
まあミミアとメメリの思いは届いたようだ…
荷物の番をしつつ、みんなのお仕事のサポートするのが、この四人のアングローシャ滞在中の役目だ。
宿の中での荷物整理や、時間があればクルーム樹の葉っぱでお皿やカップ作りとかの内職など…
他にも、文書を扱うようなお仕事もあるのだけど… 頭の良いキューチェだけじゃなく、他の三人もその手伝いをこなしていた。
ここにいるミミアやメメリを中心に、花月兵団全体の識字率がかなり上がってきている。
それ以外の花月女子たちも、この二人に引きずられるように学びに参加して、今では簡単な計算や、書くことまではできなくても、ある程度なら読むことができるようになっている。
この時間買物に行ってる森妖精たちは最初、ルルメラルア文化圏の文字が読めなかったけれど、彼女たちのように自分の担当する仕事を極めようとする子たちは、書物から学ぶために頑張って文字を覚えた。
本から専門知識を得たので色々と買いたいものが出てきて、物の揃っているここアングローシャで四人とも買い出しに行っているのだ。




