130.~~リルフィの夏休み 花と月 交錯する夢現(うつつ)
実は今回のルーメリア編(ラクロア空中庭園編三回)には、夢の世界?との絡みだけじゃなく、けっこう重要だったり、話の核心に絡むみたいな話を、こっそり練り込んでたりします。もっとも、もう少し先まで行かないとわからない事も多いのですが…
ラクロア空中庭園の夜。
さて…
友人たちが寝てしまったので、リルフィは予定通り、夜の庭園の散策に出る事にした。
まだ夏の最中なのに、この空中庭園の夜は、涼やかで過ごしやすい。
布地一枚の浴衣姿がちょうど心地よい良いくらいだ。
枝葉に包まれたドームの中なのに、なぜか月明かりが照らしていて、庭園の中はほのかに明るい。
さっき食事した広場の空間が遠目に映る。食事会は終わっているけれど、大人の男女がお酒を楽しむ空間になっていた。
この時間でも人の集まる場所だけは周囲よりも明るい。壁のような大樹の幹に据えられた光石ランプが、広場を明るく照らしているのだ。
同じように夜の散歩をしている人の影もちらほら…
薄明かりの下で座って語らい合っている男女の姿もある。
リルフィは庭園の南側へ歩いた。
案内図によると、そこに展望台があるらしい。
(この大樹の太い枝を、その先まで歩いて行って…
葉の合間から外の世界を見るような感じかな…?)
とリルフィは思っていたけれど、そうじゃなかった。
この庭園の南東にあったのは、壁のない家のような建物…東屋のような場所だった。
両目で覗き込むような形の装置がいくつも並んでいる。
遠望の魔法装置だ。
枝葉のドームの中にいながら、はるかな遠くの景色を拡大して映し出す装置のようだ。
南東へ向けられた望遠魔法装置を、両目で覗き込む…
そこに映るのは、今日途中で魔導列車の乗り換えを行った駅のある、エルロンド大聖堂の姿だ。
聖堂の外壁の十二の尖塔には、それぞれ色の違う光が取り巻いている…はずなのだけど、当然ながら裏側は見えないから、ここからはその約半分しか見えない。
それでも、この神聖な古代建築物の壮大さを際立たせるには十分な光だ。
東向きに据えられた装置は、かなり大きい。
その分、かなり遠くが見えるのだと思われる…
その目に映るのは、大きく横に広がる城壁と、その中心に縦に長く聳えるお城…
リルフィたちが住む、帝都ルミナリスの夜景だった。
通常なら肉眼では絶対に見えるはずのない長距離だけれども、この大げさな魔法装置を使えば、かなり遠くを映すことができるようだ。
(自分たちの住んでる町の、遠い夜の姿なんて…
なんだかフシギなカンジ…)
もちろん、初めて見る光景だ。
三つ目までの城壁が、いわゆるお城の壁で、それより外は市街を囲む壁だ。
かなり広範囲を囲っているので、遠目にはかなり横長な城の姿が映っている。
城壁上の至るところがライトアップされているのでよく見える。
ルミナリスの九重の城壁は、内に向かうにつれて、ちょっとずつ高くなっているのがわかりやすい。
(そういえば…帝都ルミナリスって、ここからほぼ真東にあるのよね)
魔導列車の路線はちょっと南に迂回する形でここまできたけれど、地図によると位置的には真東になるはずだ。
朝早くに起きれれば、お城を背にした日の出を見ることができるかもしれない。
今の時期だと日の出が早いので、かなり早起きしないと、だけど…
他にも北部の中心都市オーキッドや、ここから南に位置する大都市ザハ・トルティの夜の望遠を堪能した
リルフィは、そこからまた庭園を歩き回った。
道なりに歩みを進めると、南側のお花畑に出た。
(お花畑と… お月さま…!
なんて綺麗…)
月明かりに照らされた夜の花は、陽光に照らされたお昼間の美しさとはまた違う。
なぜか吹き付けてくる夜風が、お花たちの香りを運んでくる。
(フローレンのお花の香りは… きっとこんな感じなんだろうな…)
そして、アルテミシアの透き通った歌声、あの絶世の歌声までもが聞こえてきそうだ。
月と花、現実の色と香りと、記憶の中の歌に包まれ…
またリルフィの意識は夢を追い始めた…
…
…
…
どのくらいの時間が経ったのか…
リルフィはしばらくの間、この花と月の色と香りに浸っていた。
我に返った時には、広間の大時計は既に2230を示している。
リルフィは広場に面した魔導エレベータで、浴場のある二階層に上がっていた。
寝る前にもう一度温泉に浸かろうと思った。
この時間だとお客さんも数えるほどしかいなくて…
個浴が空いている。
夢の中の世界では、アルテミシアが色々な浴室を作っていたのを思い起こした。
彼女自身がいつも浸っていたのは、スィーツを楽しみながら入れる個浴室だ。
お湯に浸かりながら、水に濡れない魔法の本を眺めるアルテミシア。
そこに彼女の弟子のアーシャ、フィリア、ランチェ、トーニャたちが交代で
「せんせ~い!」「「アルテミシアさーん!」」「師匠ー!」
と、できたてスィーツを運んでくる。
スィーツ中毒でどこかダメ人間な月色の魔女さんは、ここのみんなから慕われ愛されていた。
リルフィが借りた個浴の浴室は…
フローレンが入っていたお花のお風呂にそっくりだ。
このお花の浴場にも、魔法装置で取り入れられた月の光が差し込んできている…
なんとも言えない絶景な個室だった。
お昼間なら陽の光が差し込んで、それもまた美しい光景だろうと思う。
月色の長い髪を頭上に結い上げる。
浴衣の帯をほどくと、緩くなった衣の布地が、肩から滑るように、はらっ、と床に落ちて広がった。
歳の割に大きすぎるお胸を支えながら、交互に片足を上げて、もう片方の手でこれまた年齢にしては大きくてまるっこいお尻を覆っている下着をゆっくりと…
何も纏わない状態になって…
無数のお花で飾られた小さな浴槽に、ゆっくりと浸かる…
「ふぅ…」
少し熱いお湯のぬくもりが心地いい。
色とりどりのお花の香りに満ちた小さな浴室に、小窓から月の光が差してくる。
お湯に浮かんでいたお花を一輪、頭に乗せる。
夢の中のフローレンは、いつも頭にお花を飾っている… 花飾りを生み出せるのは花妖精としての特性みたいだけど…
リルフィも、ちょっとマネしてみた。
お花の色と香りに満ちた浴室に、月の明かりだけが差し込んでいる。
自然と、歌が口をついて、紡がれる。
それは、夢の中でアルテミシアがいつも最後に歌う、静かな曲。
歌の歌詞は、はっきりとはわからない。
思い出せない、というか… なぜか真似ができないのだ。
それでも、その曲のリズムだけでも十分だ。
リルフィの歌声が、密閉された手狭な浴室の中に反響する。
リルフィは声も綺麗だし、歌も相当上手だ。
それでも、アルテミシアみたいな、夜空に澄み渡るような透き通った歌声、絶世の美声には及ばないけれど…
歌い終えると、再び、花の色香と月の光だけが支配する空間になった。
手の動きで起こる水面の音だけが、静かな浴室に響いた。
夢と重なる現実は、どこか夢の中にいるような感覚に陥る。
今回の旅行で、何度その感覚を味わったのか、わからないほどに…
自分だけが知っている、歴史のロマン…
…それが歴史だという証拠はどこにもないのだけれど…
いつものリルフィなら、
(わからないことは、考えない!)
となるのだけど…
そうはいかなくなってきている…
それ程に、彼女の見る夢の謎は、深まるばかりなのだ。
そして、好きだった。
フローレンが、アルテミシアが、それ以外の数多くの女子たちが、リルフィは大好きだ。
考えが巡る。
新しい考えが浮かんでは、次の考えが浮かんで、交錯し入れ替わり、また元の考えに戻って来る…
そして、考え事に浸っている自分に気づく。
(こんな調子じゃあ、今夜は眠れないかも…?)
胸ときめくような不安を抱きつつ、リルフィはそっとお湯から立ち上がった。
部屋に戻ると、酔っ払った二人が、ますます姿勢だらしなく寝ていた。
ミリエールは浴衣の上のほうがはだけて、大きなお胸がこぼれそうになってる…
メアリアンは浴衣がぴっちりした、大きなお尻を突き上げるような格好で寝てる…
「もう… しょうがないわねえ…」
暑い季節だから薄い浴衣姿で寝ていても、風邪を引く事はないだろうけど…
リルフィはそれぞれの部屋から薄布団を持ってきて、軽くかけてあげた。
現実に引き戻される気分…
でも、どこかほっとする気持ちもある。
ミリエールもメアリアンも、大事なお友達だから。
キュリエとファーナのお部屋は、戸が閉じて物音もしない。
二人仲良く、もう寝ているのだろう。
この建物は個室が四つある。
夢の中でも同じ作りで、ミミア、メメリ、キューチェ、ハンナの四人が住んでいたけれど、部屋がひとつ余っていた。
現実の世界でも、幼馴染で仲が良すぎるキューチェとハンナは、「同じ部屋でいい」と言って、同じベッドで寝てた。
だから、夢でも現実でも、部屋が一つ余っていた。
今日ここでは、現実の余ったお部屋にリルフィがお泊りする。
足りなかった何かが埋まった。
そんな感覚があった。
「ぅ~~ん… それ~ わたしの~… むにゅむにゅ…」
「…まだー… たべれますぅー… むにゃむにゃ…」
…酔った二人がそこの居間じゃなく、ちゃんと居室で寝ていたら、完璧だったんだけど。
リルフィの泊まる部屋にも、高窓から月明かりが差し込んでくる。
ほのかなお花の香りは、飾られたお花からか、それともお花のお風呂の残り香なのか…
眠れないかも…
なんて心配をよそに…
リルフィはすぐに眠りに落ちた。
身体が疲れていると、頭が働くより先に、ぐっすり眠れるものなのだ。
そして…差し込むお日様と共に、ぱっちり目が冷めた。
熟睡だ。
ゆっくりお湯に浸かったからか、いい感じに深く眠れて、目覚めの気分もいい。
居間ではミリエールとメアリアンがまだ寝ていた…
二人を起こさないように気をつけながら、朝の支度を始める。
あっちの戸が開いて、一緒の部屋で寝てたキュリエとファーナが起きてきた…
キュリエはともかく、ファーナは髪ボサで、あきらかに二日酔いっぽい…
それより…
(ふたりとも…!
なんで裸みたいな格好してるの…!?)
お揃いで下着みたいな… いや、下着姿だ…
(ファーナは浴衣のまま酔いつぶれてたし、キュリエはちゃんと着てた…のに…なんで?)
「…ぉはよう…リルフィーユ…」
「あ…リルリル…おはよーですですー…」
二人共気にした風でもない。
「おはよう!」
ので、リルフィも特にツッコまない事にする。
やがてみんなの物音で居間の二人も起きた…
けど…
「う~ん…なんか~身体おもた~い…」
「アタマ、ガンガンしますねえ…」
「ですですー…」
ミリエールも、メアリアンも、ファーナも含め…
お酒が抜けきってない様子…
「…もぅ… 慣れないお酒なんて飲むから…」
キュリエは呆れ気味だ。
昨日ほどの元気がない…
リルフィもちょっと心配。
「もうすぐ朝ご飯の時間だけど、どうしよう…?」
リルフィはこの三人がしんどそうなら、ルームサービスもありかと思っていた、のだけれど…
「あさごはん、いきますよ~!」
「あさごはん、いきましょー!」
「あさごはん、いくですです!」
どれだけしんどくても、三人とも決して「いらない」と言わないところがさすがだ。
まだ半分酔いの残ってグデってる三人を何とか支えつつ… ほぼリルフィが一人で介護しながら、フラつきながらも食堂へ…
「アツアツのカフアがのみたいですですー…」
席につく前に、ファーナがそう言い出したので、先に飲み物を取りに行く。
「あー…二日酔いねー、その子たち」
飲み物の給仕を行っていたのは、眼鏡を掛けた小柄な緑髪のツインテの女性だった。
「ここのカフアは、眠気覚ましだけじゃなくって、酔い醒ましにも効きますよー」
五人分の淹れたてカフアを出してくれた。
湯気と共にいい香りが立っている、真っ黒な飲み物だ。
小柄な給仕さんは、「それにちょっと、これを加えて」とか言いながら、二日酔いな三人のカフアにだけ、ナゾのクスリを五~六滴…
(そういえば、こういう森妖精さんも、いたなー)
リルフィの夢の中にも。
この小柄な女性は、白衣を着せれば、夢の中にいた森妖精の薬師さんにそっくりだ。何らかのクスリを入れてくれても、リルフィには違和感がなかった。
お席に運んだ五人分のカフア。
リルフィはまずお砂糖を入れて、かきまぜる。
このラクロアで育ったキビから作られた、薄褐色の結晶のようなお砂糖だ。
そしてミルクをなみなみと…
ラクロア産の大豆ミルクが出てくるかと思ったけれど、普通のミルクだ。
ミリエールとメアリアンも、ミルクで割り割り、こぼれるくらいに…
というか、リルフィが止めなきゃ、絶対こぼしてる…
そしてお砂糖をスプーンで一杯、二杯、三杯…いや、いっぱい…
グダって思考が死んでるからか、どう見ても入れ過ぎだ。
キュリエも半分はミルクっていうカフア・オーレ。
この子は学校帰りの喫茶店でも、いつも半々割りだ。
ファーナのは、真っ黒な熱々のカフアだ。
この子はいつも、お砂糖も入れないブラック・カフアだ。
本当のカフア好きは、何も混ぜずに飲むもの、らしい。
そんなファーナは
「あ、このカフア、すっごくおいしいです!」
と、何かいきなり元気になった。
その後、カフアの目覚ましの効果があったのか、酔い醒ましクスリの効果もあったのか… ミリエールとメアリアンもすっかり覚醒。
すっかり元気になった二人は…
朝食皿を持って、何度も何度も、お料理の場所と座席を往復する作業にいそがしい…
朝の食事を終えると、いよいよラクロア空中庭園を後にする。
その前に、旅行の思い出。お土産売り場だ。
ミリエールは裕福なので、買いたい物を片っ端から買い集めている。
メアリアンはお金持ちではないけれど、いっぱい買い込んでいる。
まあこの二人が買うお土産は、ほとんどが食べものだ。
ファーナが興味を示しているのは、先ほど飲んだカフアの、その豆だ。
「カフアがですよー! ここで実るとか、意外なんですよー!
だってですよ、カフアって南のアツいとこでしか採れないはずですからー!」
カフアは通常、はるか南のアルガナス大陸でしか育たない、とされているけれど…
サトウキビ同様、どうやらここでも収穫があるらしい。
つまりファーナが手に取ってじーーーっと興味深く眺め回しているのは、ここラクロア空中庭園産のカフア豆、ということになる。
リルフィの記憶では…
フローレンが何かと間違えて植えてた植物があって、それがとても苦いものだったように覚えている。はっきりとはわからないけれど、あれがカフアの豆であった可能性は高い。
その後ちゃんと焙煎してから汁を取ったかどうかはさておき…
(これが流行ったら世も末、って言ってたけど…
じゃあフローレンの言い分では、今は世の末、という事になるわよ?)
「カフアをこの大陸に広めたのは、古代ヴェルサリアの学士エルレーンと言われてましてねえ… ルーメリアにおいては、その前時代の宰相ラフティーニが広めたと言われてるです!」
ファーナが嬉しそうに蘊蓄を披露する。
ファーナは学業成績はこの五人の中でも最低クラスで、常識的な知識すらあやしいことが多い… その宰相ラフティーニは政治のみならず軍事の業績も卓越している英雄だというルーメリアの一般知識ですら、知らないかもしれない…
だけれど、好きな物の事にだけは、やけに博識なものだ。
「え~? カフアって、邪教徒が広めたって話じゃあなかった~?」
「マジン、アスタなんとか、ってアクマを崇めるんでしたっけ?」
「…魔人アスファーブル… 悪魔じゃなくて、太古の世界の、王様の一人…」
三人が話すそれも、カフアにまつわる通説の一つだ。
邪教徒たちが儀式の時に飲んでいた… とか何とか言われていたりする…
ミルクを入れない沸かしたてのカフアは、本当に地獄の飲み物のようだ。
熱くて、そして黒い… 闇のように真っ黒だ。
邪悪な魔人とやらが話に絡むのも、何だか納得してしまう…
「カフアは南のアルガナス大陸からやってきた、お豆のお茶です!
魔人アスファーブルの信者が持ってきたとか、根も葉もない噂ですよ!
この高い香りと味が、自然に、アタリマエに受け入れられたのです!
カフアは最高のノミモノなのです!」
カフア好きなファーナは否定。やけに熱が入っている。
まあでも彼女が力説するまでもなく…
カフアは現在のルーメリアでも一般的な人気の飲み物。
ミルクで割る事が多いけれど、本当のカフア好きは何も混ぜずに、その香りを楽しむものらしい。
リルフィがよく話を聞きに行く、歴史学のベルシュロット教授がいつもそうやって飲んでいる。あの教授は、豆を引くところから楽しむという、かなりの本物だ。
夏休みなのでしばらく教授に会っていないけれど…
(学園が始まったら、またお話を聞きに行こう!)
とリルフィは思った。
夢の世界を追う上で、歴史についても深く知っていきたいところだ。
リルフィは、この夏休みの大半の時間を費やして、夢の記憶の記録を書き綴っている。
この記述が、見る夢に追いついたら、次はこの国の歴史を調べるつもりなのだ。
今のリルフィの歴史知識では、夢の世界との接点が見えていない。
あの夢は、ルルメラルア王国時代… それは既にわかっている。
調べれば、いつ頃なのかも正確にわかるだろう。
第一王子がリチャードで、第二王子がエドワード…
夢の中で語られたその名前はしっかりと覚えている。
他にもガランド公爵ほか何名かの名前がわかっているので、そこから時代を特定する事ができそうだ。
カフア好きなファーナは、お小遣い全部使って…
それでは飽きたらないようで、親友のキュリエにお金を借りてまでも、ラクロア産カフア豆をいっぱい買い込んだ。
リルフィも、
(教授へのお土産にいいかも…)
と二袋購入した。
他にも… リルフィにしては珍しく、食べるものもちょっとずつ。
ご近所さんへのお土産もあるけれど、夢の中で花月女子たちが食べていたものには興味があるのだ。見覚えがありそうな物を、いくつも買った。
緑のウェーブ神の褐色肌の大人っぽい店員さんは、次から次にヘンなポーズの動物の木彫り置物を、やたらと勧めてくるけれど… とりあえずそっちは遠慮…
するつもりだったけれど、この孔雀石色の髪の店員さんが「自分で彫ったものだ」とすすめてくるので断りきれず… 小さなやつを一つだけ購入した。
あとは、虹色のお花。
ラクロアに古くから咲いているという、あのお花畑にもちょっとだけ咲いていた。
(フローレンが、昔の冒険のときに手に入れた古代のお花を、ラクロアに植えて…
それが種を残して、今このお花が咲いているとしたら…)
そんな事を考えると、リルフィはわくわくする。
しかもこのお花は、枯れても堅く固まってドライフラワーの飾りにもなるらしいのでムダがない。ずっとお部屋に飾ってられそうだ。
キュリエも一緒にその虹色花を買っていて、あとは葡萄ジュースを買っていた。
夢の中のキューチェも、いつもブドウジュースを飲んでいた気がする…
ミリエールはお土産を買いすぎだ。彼女は自分だけじゃなく、身内にもよく食べる人ばっかりなので、お土産の量も大量になるらしいのだ。
すでに持って帰れないほどのお土産を抱えている。
そこでメアリアンやファーナに、お土産の荷物持ちする代わりに、ちょっと資金を融通するみたいな交渉をしていて… 二人もかなり乗り気という… 困った友情だ。
旅行に来たのか、買い物に来たのか…
ミリエールもメアリアンも、両手に背に荷物の山。
小柄なファーナは、荷物とお土産物に隠れて、歩く姿が隠れちゃうくらい…
いつも持ってあげる相方キュリエの荷物は、リルフィが持ってあげている程だ。
魔導列車の帝都ルミナリス駅に戻ったのは夕刻。
ミリエールは父親の会社の馬車の迎えを待つようだ。
メアリアンは荷物持ちのついでにそれに便乗するつもり。
二日酔いは抜けても、身体の疲労は隠せないし、何より荷物が多すぎる。
キュリエとファーナは、乗合馬車で帰るようだ。
お土産ものが多いけど、酒酔いの疲れはあれど、体力オバケなファーナひとりなら歩いて帰ろうとするだろう… 相方のか弱いキュリエに気遣って、馬車で帰る事にしたようだ。
「じゃあ、また!」
「おつかれさま~」
リルフィだけは歩きで帰る。
大した荷物じゃないし、ぐっすり眠れたので余力は十分だ。
見回りしてる女兵士のユウナさんたちと挨拶したり、お母さんと一緒に買物帰りのアイシャちゃんがコケて泣き出して治してあげる、といった日常の光景に出会うと、現実の世界に帰ってきた、っていう実感が湧いてくる。
一日ぶりのお家も、なんだか懐かしく、
自分のお部屋の空気も、どこか懐かしい。
窓際の魔導書の虹色のメダルは、相変わらずキレイな光を返していた。
ただリルフィが不思議に思っているのは…
メダルを取り巻く十二の紋様。
五番目の紋様、神王ロエルの紋には、未だに色が灯らない。
(うーん… まだ、ねえ…?
もう五月も終わっちゃうわよ…?)
色がついているのは、四つ目の、夜の女神リシュナスの黒地に月か鎌のような紋様までだ。
まあその事にはあまり疑問も抱かず、リルフィはベッドに寝転がりながら、生徒手帳で描写記録った画像を眺めつつ、旅行の思い出に浸った。
ずっと行きたかった場所に行けた。
夢の中にいるような、そんな一泊旅行だった。
仲良しな五人で行った事も楽しかった。
そんな思い出を振り返っていても、飽きることがない…
でも、旅の疲れはやがて、この好奇心に満ちた乙女の瞳を閉じさせる…
リルフィはいつのまにか、自然と眠りに落ちていた。
ラクロアで買った虹色のお花が、木彫りのちいさなヒヨコと一緒に並んでいる。
カーテンの隙間から差し込むほのかな月明かりが、その姿をやさしく照らしていた。
これにて第10章終了です。内容的に途中で切りようがなかったので、かなり長くなりました…




