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花月演義 ~~花月の乱~~  作者: のわ〜るRion
第10章 狭間の山の小さな三国戦
132/138

129.~~リルフィの夏休み ゲームと夢の女神と女傑


リルフィたちの学園夏休み最後の旅行。


ラクロア空中庭園の夜は()けてゆく。


木の葉に囲まれているはずのドーム空間が薄ら明るいのは、光石によるランプが淡く照らしているからだ。このへんはリルフィの夢の中の大樹村と一緒だ。


それに加えて…

リルフィの髪は、月に照らされたように、月色(ムーンライトシルバー)に輝いていた。


天井が枝葉に遮られているはずなのに、なぜか月のような光までが差してくる。

リルフィの夢の中の大樹村とは違って、何らかの魔法装置で日や月の光を取り入れているようだ。

でも、それも含めて…


(夜の雰囲気も…最高~…!)


一泊だけで明日帰る予定だから、ここでの夜は唯一、今夜だけだ。

リルフィは、夜の庭園散歩なんてしてみたかった。

だけど…

夕食を終えると、四人がそろってお部屋に帰ろうとしているので…

とりあえず一緒に旅館の部屋に戻った。


(お散歩はあとで一人でもできるからね!)


リルフィは好奇心が人一倍… いや、軽く五倍くらいは強い。

好奇心で生きているような女の子だ。

それに加えて、このラクロア大樹は特別な、夢との接点…

押さえきれるはずもない!

みんなが寝たあとで、ひとりでも散策する気満々だ。





部屋に戻ってからは、旅行の夜のお約束、カードゲーム大会だ。


「さあ~ 勝負するわよ~!」


メアリアンが取り出したのは「十二神カード」

ルーメリアの伝統的かつ一般的な遊戯用カードだ。


カードの内訳は…

十二の女神のカードが1枚ずつ、

その女神ごとの大きな祭器の絵のカードがそれぞれ1枚、

そして小さな祭器だけのカードがそれぞれ2枚。


つまり、一人の女神ごとに4枚。

それが十二神それぞれにあるので、48枚。


それに加えて、十三番目の中立神とその祭器のカードが1枚ずつの、合計50枚が一つのカードセット。


またカードセットも亜種が様々… 一部の女神にだけ大きな祭器が2つあるカードセットや、中立神のも4枚揃っている合計52枚のセット、なんと十四番目の女神カードまで登場するセットなど…、様々だ…


カードの制作者によって絵柄は多少は異なるけれど、各カードにそれぞれの女神や神器に対応した紋章が必ず描かれている事は共通だ。


「十二神カード」と呼ばれているのに、実は十三神だったりするのだけど、そこを気にする人はいない。

そもそもここルーメリア帝国において、十二神の概念は“信仰”を超えて、人々の生活に根付いている。言う慣れば“文化”だ。


古くはヴェルサリア王国時代から、十二神は(こよみ)に密接に関係している。

十二神は各月の名前になっている事が、庶民にも馴染みの深い要因である。


ルーメリアの一年は商政神セイラの月に始まり、二月が軍神シュリュート、三月が太陽神グィニメグと続き… 十二番目の海神イーファの月を経て、また一月に戻る。

それぞれの月にそれぞれの神を祀るようなイベントもあるので、ある意味国民全員が十二の神々の信仰者だとも言える。


ルーメリア暦において、一つの月は三十の日から成る。

それに加え、十二の月に属さない日もある。

四つの季節のそれぞれ分岐の一日ずつ、そして年に一度の中庸を司る特別な一日、計五日が定められている。その五つの日には、十三番目の神であるユキフォスの紋が用いられるのだ。


このように、暦には十三番目の神も登場するので、一般に十二神と言っても十三神いる事も、ルーメリア国民には自然に受け入れられているのだ。




さて、このカードの一般的な遊び方は…

最初に各人に数枚のカードが配られ、場にも数枚のカードが公開される。

各人が順番に、二枚のカードを合わせて取ってゆくという簡単なルールだ。


この遊び方の起源とされるのは、遥か東方だという。

その地では神と祭器ではなく、毎月の草花や自然を描いたカードが用いられ、ほぼ同様の遊戯を行なうらしい。

特別なカードの組み合わせもあって、いわゆる「役」ができると高得点。

加えて今月は神王ロエルの月だから、そのカードを獲得した人の点数が高くなる、というルールだ。



「またリルフィ~の勝ち~? どうしてそんなに強いのよ~!」

「で、またキュリエが二位… イカサマ… じゃあないですよね…」


ここまで三戦して、ミリエールとメアリアンはまったく勝ててない。


「…単純に記憶力と予想力の問題…」


キュリエの言う通り。一位二位の彼女たちは別に変わった事をしている訳ではない。

自分の手札と場札は、各人誰でも見えている。

それ以外のものを、見ようとしているか否かだ。

細かいけど単純な、記憶と予想の問題だ。


自分に成立可能な役を狙いつつ、相手の狙う役を阻止できれば、勝率は上がるのだ。

手札を出す時に迷ったり、他人の手に驚いたり、そういう行動が、ちょっとしたヒントを与える。

ミリエールもメアリアンも裏表ない… 考えが表情にでやすい、ので読まれやすいのだ。


「あとは、運、ですよ!」


そういうハンナは、一回だけ二位だった。

ハンナはその二人とはちがって、まったく何も考えていないので、逆に読みにくいところがあるのだった…


もっとも… このカードゲームの性質上、手札が配られた時点で、勝敗が決している場合もある。

ハンナの言うとおり、それはもはや運命だ。

そういうケースは稀であり、通常は勝つ確率を上げる事は可能なのだ。


今回のゲームでも最後に決め手になった神王ロエルのカードが、リルフィの前に置かれていた。

今はロエルの月だから点数が高く、このゲームの勝敗を大きく決する事になるカードだ。


壮麗な青空色の鎧を着込み、神々しい水色の大盾を構え、青白く光り輝く剣を掲げた、獅子のように気高い、女神の絵。


『運命は自分で開くもの』

神王ロエルの教義、その中にある有名な言葉だった。


ロエルの教義では第一に、運命を切り開くため(たゆ)まぬ努力を説いている。

戦いに勝つために、成功を得るために、難関を越えるために、

知識をつけ、技術を磨き、身体や頭脳や精神までもを鍛え、己を高める。

そして多くの者と関わり、彼らとの実践の中で、競い、助け合い、また学びながら、互いを高めてゆく…


ロエルは王者の守り神とされるが、その教義は生ける者すべてに共通する、生涯学習の哲学に他ならない。王者、権力者、指導者となる者… つまり他の者たちを統べ、その者たちに対して責を負う物は、その者たちより多くの自己研鑽を積むべき、という考え方。


このカードゲームについても、勝つためには観察や予測、駆け引きの努力が求められると言える。




さて、三戦したところで小休止。


「さ~ まだまた、これからよ~」


ミリエールが、さっき買ってきたおやつを開放した。


「おおー! まってましたー!」


メアリアンは所持金の関係上、あまり多く買えない… ので、いつも親友のオゴりに甘えている。

こういう場面では、家の裕福なミリエールがみんなのおやつを用意するのが、ほぼ仲間内で決まっている…

というか、多分ミリエールがおやつを買ってこなければ、誰もわざわざおやつを食べる事はない…


「それとね~…

 じゃ~ん! 実はこれも~、買ってきちゃったの~」


ミリエールが隠すように持っていた、液体の満たされた二本の瓶を取り出した。


「何ですか…? そ、それ って!」

「お、お酒ですよー!」


そう。その二本はお酒のビンだったのだ。


「こっちが~、ここのおブドウで作ったワインで~

 そっちが~、ここのサトウキビで作ったラム酒、だって~」


サトウキビなんて、気候的に温暖な南のアルガナス大陸や、ルーメリア帝国圏ではせいぜいレパイスト島でしか育たないとされているのに… このラクロア国立公園では信じられないくらい育っているのだ。

どちらも、昼間見て回った畑にいっぱい実っていた。

以前からこの庭園に生息していた、と資料には書かれている。


(そうよね。サトウキビも、ブドウも、育てていたものね)


リルフィはその移植された経緯まで、夢で見て知っているので驚かない。

そもそも… ここラクロアにブドウの苗を持ってきたのは、このミリエールにそっくりなミミアだった、という事も… 当人が知らないところがなんだか面白い巡り合わせだ。


夢の記憶と、歴史資料に書かれた記録…

つながりが認められて、リルフィは、なんだかわくわくしてきた。


「あ、リルフィもうれしそう~」

「リルフィーも、一緒に飲みますかー?」


「あ、えと、そうじゃない、んだけど…」


リルフィは「わたし、お仕事してないから」という事を理由に、飲酒は断った…

リルフィはまだお酒を知らない。彼女たちの歳なら当然、というか、そっちのほうが普通だ。


ルーメリア帝国内では、お酒に関する決まりが厳しい地域もあるが、帝都ルミナリスではやや曖昧だ。

法律ではなく一般的な習慣として“成人”は飲酒しても良い、と考えられている。


リルフィたちくらいの年齢、十代後半の若年者は、”成人”であるか否かの境目にある。

帝都ルミナリスにおいては、そのくらいの年齢層の者は「仕事に就いている者を成人とみなす」という習慣がある。女性の場合就業していなくとも、結婚しているか、あるいは子がいれば成人扱いだ。


その習慣に基づくと… 例えば、帝国学園の学生であるリルフィは未成人だけど、26区の女兵士であるフィリーちゃんとランゼちゃんは、兵隊のお仕事をしているので、リルフィより歳下だけど成人という扱いになる。


「…お酒なんて…ダメじゃないの…?

 …ゎたしたち、まだ学生だし…」


可愛いキュリエが常識的な事を言った。

カシコい彼女の言う通り、ここにいる五人は学生である。

普通に考えれば、学生なのだから、堂々とお酒は飲めない、という事になるのだけれど…


「わたし、お仕事、してるし~! お家の会社だけど~」

「私もしてますよー! お洋服のアルバイトですけど!」


ミリエールは親の会社のデザインの仕事をしている…

メアリアンは服飾店で働いているし、ファッションモデルも始めた…


どちらもちゃんとした収入がある、という意味では、この二人はお仕事をしているとも言える… ルーメリアでは、このへんが曖昧なのだ。


「なので~、飲んでもおっけ~」

「ですね! 私もご一緒します!」


二人共…臆することなく、酒瓶を開けてお酒をグラスに注ぎ始めた。

まあこの二人の言い分は一理あり、お酒を飲む資格がある、ともとれる…

だけど…


「ミリミリ! メリメリ! あたしも! ほしいですー!」


部活漬けでアルバイトすらした事ないファーナが一緒になって飲んでるのはどうなのか…

メアリアンは何も言わずファーナにグラスを手渡してるし、ミリエールも当たり前のようになみなみ注いじゃってるし…


「だいじょーぶです! あたし、プロ選手のタマゴですから~」

とファーナは何の遠慮もせず、「うまうまです~!」と、砂糖(ラム)酒を飲んでいた…


(どう大丈夫なのかな…?)


リルフィは、ちょっと首を傾げてキュリエに同意を求める。

キュリエも、(…さあ…?)と、同じような表情を返してきた。


ファーナはグレイスボールというルーメリアで人気の女子球技の有望選手だ。

卒業後はプロの選手になる事はほぼ確定だろうけど、今はまだ学生であり、学生でしかない。


キュリエに言わせれば、ファーナは子供の頃から時々こういう意味不明な暴走をする子で…

この親友からさえ、何を言っても聞き入れない時がある…

ここで何を言ってもムダなようだ。




「さあ~、ノってきたところでェ~」

「もうヒト勝負、イきますよー!」

「ですデすー~!」


お酒の入った三人は、ちょっと出来上がりはじめている…

んで、ゲームが進むごとに、酔がほどよく回ってきて… 


「やたァ~~! 20テん札、げっト~~!」

「ちょっと! それ! 絵柄揃ってないし!」


「イキますよー! そりャぁー!」

「…あの…次、ゎたしの手番なんだけど…」


「こレで~ あたしの~ ヒとリ勝ちデス~!!」

「カードが裏向きのままよ!」「…しかもそこ、場札じゃないし…」


すっかり出来上がってしまっている…


三人がこの調子なので、この後のゲームはますますゲームは混沌と…


紋章が揃っていようといまいと取っていくし… 手番もテキトー… 表か裏すらメチャクチャ… しまいには、カードも持ってないのに「げっと~!」とか叫んで… もはやゲームになってない。

悪酔い残り二人も「お~~!」「やったー!」とか、意味不明に盛り上がる始末…


理性的な判断が崩壊している、にもかかわらず…


「イける~? みンあ、まだイけるゥ~?」

「イケますおー! なんばいデもー! まダまダコレからー!」

「あたシもー! こんどはそっちの、ほシイデス~!」


って具合に、さらにお酒が進んで… 

今度はカードの女神の絵を話題に盛り上がりはじめた。


「こノぉ~カ~ど~、なんかぁ~リるフィ~~に似てなァい~~?」

「リルフぃれすよねー、これー、めがみリルフいーい!」

「いエ~い! りるりル、めガミっちゃったんデスか~!?」


「はい! 三人共飲みすぎ! こんな酔っ払っちゃって!」


リルフィはその自分に似てるとかいう、三人が勝手に盛り上がっちゃってる、女神のカードを取り上げた。

十三番目の神、ユキフォスのカードだ。


「リるフぃ~ のんでるゥ~?」

「リルふぃー、れんれんノンれまセンよお?」

「リルリルも~、飲みまショウ~~?」


「わたしは飲まないわよ! もう!」


キュリエはなんかもうあきらめて… 端っこのほうで一人、水晶石板(タブレット)型装置でゲームしてる…

リルフィも三人の酔っぱらいは放っておいて、水晶板をさわさわしてるキュリエのほうに…逃げた!


残された三人は… またグラスを手に、実にどうでもいいような… 実にクダラない話題で盛り上がっっちゃってる… 典型的なヨッパライだ…



水晶板のパズルゲームといえば…

キュリエはつい先週、帝都で行われたそのゲームの大会に出場し…

なんと、準決勝まで勝ち上がった。

そこで激しい戦いの末、僅差で敗れた。


キュリエに勝ったのは、いかにもなインテリ系男子、だったのだけど… 彼は勝ったことを称賛される…ことはなかった。逆に千人からの観客からメチャ責められていた。

カワイイ女の子を負かしたのだから、攻撃されて当然ではある。


勝ったのに不条理に責められまくったその男子は… 

その後、決勝では難なく勝って優勝してた。

どう見ても準決勝で当たったキュリエのほうが強かった。

優勝者に準決勝で戦った選手が自動的に三位になるシステムだから、キュリエは大会三位の成績という事になった。



この大会に際し…キュリエはこういう場に慣れないので、友人四人でアシストした。


大会出場のためにみんなで用意した、キュリエの舞台衣装は…


「「「「カワイイ~~!」」」です~!」


ピンクと黒のゴシックロリータファッション。


メアリアンが働いてるお店のお洋服の中から、リルフィが厳選して、ミリエールが細かいデザインをコーディネートした。


「…いや……ちょっと……恥ずかしい…」


と、キュリエが一人で着るのは恥ずかしがるから…


「ほら! おそろいですよ!」


と、ファーナが黄緑と白の色違いのやつを一緒に着てあげて慣らしていた。


このゴスロリ衣装の可愛らしさが、キュリエのカワイらしさを引き上げまくったのは間違いなく… キュリエは一回戦の登場時から、それはもう大人気だった。

一回戦勝利の時の観客の盛り上がりようは、優勝決定戦のそれよりも明らかに上だった…。


リルフィの見たところ…

可愛くてゲームでも活躍したキュリエには、多くのファンがついたように見えた。



キュリエは、冬の大会にも出場する気になっていて、暇さえあればまたゲームの特訓だ。たぶん、今回の旅行の時間以外は、ずっと家に籠もって水晶板と向かい合う日々だろう。



で、キュリエがやってるこのパズルゲーム、

オフラインでも遊べるけれど、ゲーム内報酬を受け取ったり、戦績を記録するには、帝国の魔導ネットワークに接続が必要らしい。

魔導ネットワークは帝都ルミナリスを中心に、主に魔導列車の線路に沿って展開されている。

ここラクロアの空中庭園も、大樹の真下に魔導列車の駅があり、木の上まで魔奈(マナ)ネットワークがつながっているので問題ないようだ。



キュリエは水晶板の上で指を器用に滑らせ、画面内の紋章をきれいに並べていく。


このゲームについて、リルフィも細かいルールは知らないけれど…

十二神の紋章を並べて、その数や並べ方に応じて、紋章に対応するキャラクターが相手を攻撃したり、味方への支援を展開する、というルールみたいだ。


それぞれの神の紋章ごとに担当キャラクターを決めて、その十二人のうち六人を並べて勝負する。使用しない六人のキャラにも、スキルでサポートしたり、出番交代などの役割があるらしい。


高度に洗練されたゲームであるが故に、ルールの理解に手間暇かかる。こういうゲームを本格的にやるには、かなりの時間と労力を費やす事になる。

だからリルフィはやらない。

リルフィはただでさえやりたい事が多くて時間が足りないタイプの女子なのだ。



「ふ~ん… いっぱいいるのね…」


キュリエが操作しているのは、勝負が終わった後の、登場するキャラクターを管理する画面のようだ。


四角く縁取られたキャラクターが五列に並んでいる。

キャラの右下には、十二神の紋章がそれぞれ小さく描かれていた。

先程のカードゲームに描かれた十二神の紋章と同じものだ。


リルフィは、自分の部屋の窓辺に立てかけてある魔導書(グリモワール)を思い出した。

あの表紙にはめ込まれた、虹色メダルを取り巻く十二の紋章とも基本的な形は同じだ。

ただあの魔導書(グリモワール)は古風な書物であるから、その紋章もルーメリアで使われている物と比べて前時代的な感じがする。



水晶板の中に、数多く並ぶキャラ。

その中でも一つだけ、そのキャラの周囲だけ、ひときわ派手に輝いているのがある。


「これ、光ってるの、なあに?」

「…レアリティが高いのは、こういう特別な光り方になるの…」


リルフィが興味を持ったのを見て、キュリエが詳細を出して見せてくれた。


「朱の軍神ランウェー…」


(あ、なんか聞いた事ある名前だわ…)


たしか、リルフィの夢の世界の時代にいるらしい、ブロスナムの大将軍の名前だった。

その絵は、朱の鎧に包まれ、大薙刀を構えた、長い黒髭の…すごく強そうな武将。

右下についた紋章は、軍神シュリュートのものだ。


「…あ、それ… 大会の景品でもらったの…

 …今一番強いキャラなんだけど…

 ゎたし、男の人の使うの…なんだか苦手だから…」


そう言ってキュリエが見せてくれた編成チームには、女の子のキャラばっかり並んでいる。


「チームを組むときは、色々考えなきゃいけないの。

 キャラクター同士の相性とかあるから…

 あと…」


強いキャラばかりだと編成コストがオーバーする、とか…

同じ陣営や同じ時代の人物で組むと強い、とか…

キュリエは詳しく説明してくれるけど、ゲームをしないリルフィにはあまりピンとこない…


でも、キャラクターには興味がある。


だって、今キュリエが選択してる、豊穣神スィーラティガの担当キャラなんて…


(夢に出てくる、森の乙女ロロリアに、ちょっと似てるかも…)


ここラクロア大樹の管理人だった、森妖精(ドライアード)のロロリアに。


しかもキャラ名も、どこかで聞き覚えのあるような…

「大樹の聖母ロローラ」って…


(これって…なんか、接点ありありでしょ!)


リルフィは、なんかわくわくしてきた!


「ねえ、キューチェ。そのキャラって、」

「え、あ、うん… キューチェでもいいけど…」


大会に出る時「本名は恥ずかしい」って言ったので、リルフィがつけた大会での登録名が「キューチェ」だ。もちろん、夢の中にでてくる、カワイイキュリエにそっくりな可愛いキューチェから名を取ってる。


「ごめ、キュリエ。

 そのキャラって、モデルとかいるの?」


肝心な事を尋ねた。

キュリエも、丁寧に説明してくれる。

リルフィが自分の趣味に興味を持ってくれるのが嬉しいようだ。


「…オリジナルのキャラも多いんだけど、

 中には歴史上の人物を参考にしてるキャラも多いんだって…」


ただし、ルーメリア史上の皇族や、政治や軍事で貢献したような偉人や、現存している貴族の祖先に当たるような人物は使われないようだ。そういった人物の名を勝手に使った場合、皇室や帝国に対する不敬罪と取られる事がある為だという。

帝政の国家においては、そういう配慮は必要である。

場合によっては歴史の仮説を立てる事すら、重罪となりかねないのだ。



「強いキャラを引き当てるのは、運なんだけど…」


毎日遊んでるともらえる権利のようなものがあって、引ける回数が決まっている、らしい。

お金をかければ権利を買うことができるらしいけれど、

まだ学生のキュリエは、お金のかからない方法でちょっとずつ頑張っているらしい。

それでお金をかけられる社会人たち相手に準決勝まで行くんだから、キュリエはほんとに実力があるって事だろう。



「ねえ、リルフィーユ…。ちょっと、引いてみる…?」


キュリエは、水晶板の画面をリルフィのほうに向けた。


「え? それって、頑張って毎日ためた、大事な権利なんでしょ?

 自分で引かなくていいの…?」


「…うん。これは大会の特別賞でもらった分… 10回連続で引けるやつ…

 …もったいなくて、まだ引いてなかったんだけど…

 …リルフィーユが引いてくれたら、いいキャラがきそうな気がするから…」


キュリエは大会三位の成績だけじゃなく、特別賞も受賞している。

それも審査員満場一致、観客たちも大絶賛の中での受賞だった。


理由は簡単。

カワイイからだ。

その可愛さは、大会でも注目度が絶大に高かった。


準決勝で負けたときも、相手の選手に対する批難の声が響いていた…

理由は簡単。

カワイイからだ。

可愛いが負けたから、勝った相手が不条理なことに批難されるのだ。

そりゃあ観客はこぞって、カワイイ女の子に優勝してほしいと願うものだ。


そんな可愛すぎさが評価され、大会三位に加え特別賞の賞品をもらったのだ。

で、水晶板をリルフィのほうに向けて、その運をリルフィに(ゆだ)ねている。


リルフィは(なんか、これ引くのって、責任重大じゃない…?)

とか思いながらも、引いてみたい好奇心と、自分に運命を任せてくれる事に大いに喜びを感じ…


「じゃあ、引かせてもらうわね! …ええいっ!

 って… なんか光ってる…!?」


十枚引いたカードのうち二枚が、大げさなくらい虹色にピカピカ光ってる。


「わ! すごいのきた…

 黒猫の魔女、アナスタシア…!」


「え…!?」


キュリエは激レアを引き当てた事に、興奮気味に驚いているけれど…

リルフィもまた別の意味で… 非常に驚いた。


(どう見てもアルテミシアだわ…! これって…?)


よく似ている… 

黒いボディスーツの魔女衣装、長い月色の髪。そして名前まで…

夢の中の、歌姫魔女アルテミシアに。


キャラの絵の横に数行だけ、キャラの解説が書かれている。


「えっと…ヴェルサリア聖王女の戦友…幾多の魔法を使いこなす、月色の魔女…!?」


そして…

もう一枚は…


「赤薔薇将軍ロザモンド…!」


(こっちも…!?)


その全身絵はあのフローレンにそっくり…


「青雪姫フェリシアと双璧とされる、ヴェルサリアの女将軍… ルクレチア軍を率いる女傑…」


(でも… ルクレチアの女将軍なら、赤ビキニ鎧が制服みたいなものだし…

 まあ、フローレンの格好に似ているのも当然、かもね…)


と興奮を押さえたリルフィーユだったけれど…

そのキャラ解説の続きを読んで、また驚きに引き戻される事になる。


「…百に及ぶ花の技を繰り出す、ヴェルサリア最強の女戦士…」


(お花の技…って!? やっぱりフローレンと関係が…?

 あ…でも顔立ちは毅然としていて、フローレンより大人っぽい感じ…)


夢の中のフローレンは、多分リルフィよりちょっと年上… 可憐な感じだけれど、この水晶板の中の女戦士はもっと歳上…描かれている顔立ちも毅然とした美人さん、といった感じに異なる。着ているのもおそらく姫紅(エレミア)鉱のビキニ鎧で、フローレンのような花びらビキニじゃあないように見える。


でも…

リルフィはしばらくの間、そのキラキラ光っている“二人”の姿に見惚れた。



「すごい! リルフィーユ! すごい引きの強さだわ!」


キュリエが、聞いたこともないような大きな声を上げている。


「ヴェルサリアカードって、一番でにくいのに… 二枚も出しちゃうなんて…

 ありがとう! すっごく、嬉しいよ! 

 …やっぱり、リルフィーユって…すごい…」


声がメチャ弾んでる。

こんなに興奮してるキュリエは珍しい。


つまり、この二人はどうやら古代ヴェルサリア時代の人物、らしい。


夢に出てくるフローレンやアルテミシアは、ヴェルサリアよりは後のルルメラルア王国時代の人物と思われるので、つまり似ているが別人という事になる。


それでも…この月色の魔女や赤薔薇の将軍も、先程の森の聖母にしても、あまりにリルフィの夢に出てくる人物に似ている…

どこかでその姿を、その名を、耳目にした事があるように錯覚するのは、あまりにも夢の登場人物に似ているからだろうか…


だけれど冷静に考えると、これはただの絵である。

このゲームのキャラは過去の人物たちであって、そんな過去の人物の肖像画が残っているとも考えにくいし、いわば完全な創作であるはずだ…


(でも…?)

ただの偶然と言ってしまうには、あまりにリルフィの心に引っかかる…



「ねえ、キュリエ。他に、女性のキャラも、見せてもらってもいい?」


「…いいよ! いくらでも見て!」


興奮覚めやらないキュリエは、水晶板をリルフィに手渡して自分は横から覗き込んでいた。


水晶板の中のキャラたちは… 

似ているキャラも多少はいるけれど、大半は似ていなかったりする。

(まあ、当然よね…)

先に見た赤薔薇将軍と、黒猫の魔女と、大樹の聖母の姿が、夢の見覚えと似ていた…だけなのかもしれない。


他にも、太陽神グィニメグ神の巫女で、レイリアに似たキャラがいた。

でも考えてみれば、夢の中のレイリアも、同じグィニメグ神の巫女なのだから、ある程度イメージが似ているのは当然、かもしれない。


「これで全部…かな? なんだか(かたよ)ってる気がするけど…」


紋章ごとに並んでいるキャラの数に差がある事にリルフィは気付いた。


「あ、わたしも…全部のキャラ持ってるわけじゃないから…」

「あ、そういう事ね」


リルフィは理解した。持ってないキャラがいくつもあるから、紋章ごとにキャラが多かったり少なかったりする訳だ。

キャラを揃えるには、お金も運も必要…という事らしい。




そうやってしばらく、キュリエと一緒に水晶板をさわさわして過ごしていると…

やがて、あちらのほうが静かになっていた。


三人だけでカード遊びをしていた、と思いきや…

三人ともぐったりして寝そべっている。

三人で合わせて、葡萄酒(ワイン)砂糖酒(ラム)の二本を空にしていた…


「もう、みんな飲みすぎよ!」

「…成人と言えるかどうかアヤシいのに、こんなに飲んじゃって…」


ルーメリアの法では飲酒に関しては明確ではない、

別にお酒を飲んでいたところで、咎められる事もない。

とは言え…

酔って人に絡んだりすれば、学園のほうからきつーーいお叱りがあるだろう…


良い子はマネしちゃダメ、って事だ。



「…ファーナ! …こんなところで寝ちゃダメ…!」

「ミリエール! メアリアン! もう…! 全然起きないわよ!」


女子会はお流れ。

いくら呼んでも揺っても眠っているミリエールとメアリアンは、ソファの上や横でそのまま居眠りにまかせ… つまり、放っておいて、

キュリエはファーナを部屋まで連れて行こうと頑張っていた…

けれど、力の弱いキュリエ一人では重たくてムリ…

なので、リルフィも肩を貸し手伝った… 

というか、ほとんどリルフィが支えてる感じだ。


キュリとファーナ。仲良しな二人は部屋に入ると、そのままベッドに倒れ込むようにして… そのまま一緒のベッドで寝てる。

ファーナは酔い寝ぼけてて、キュリエのヘンなとこを触ろうとして…

いや、実際に触って、キュリエが「…きゃ!」っとカワイイ悲鳴を上げたり…

リルフィは仲良しな二人はそのままに、扉を閉じて居間に戻った。


おやつの余った分を一箇所に集めて封しておいたり、食べこぼしの欠片とかを軽くお掃除したりした。

最後に、無秩序に散らばりまくったカードを片付ける。


(そういえば… 十二神って、昔は全員女神じゃなかったのよね…)


お片付けしながら、歴史の授業で習ったそんな事を思い出した。


古い時代の十二神は、男神女神の半々に分かれている。

ある時代を境に、全員が女神として描かれるようになったのだ。

帝国各地の聖堂でも、十二の女神像が並んでいれば、そこは新しい聖堂だとわかるのだ。


世界滅亡の危機であったとも言われる、サンクトレンス事変。

そして、それに立ち向かったという、十二聖女。

もはや歴史ではなく、伝説か物語の世界のようにも語られる、その聖女たち…

詳しいことはリルフィにもわからないけれど、彼女たちの華々しい活躍と尊い犠牲のあった後の時代から、ルーメリアでは神々の姿もすべて女神として描かれるようになったという。



リルフィはカードセットの中から、女神のカードだけ十三枚、取り出して眺めていた。


(そういえば…)

カードゲームしてるときには、気にもかけなかったけれど…

キュリエのゲームのキャラを見た後だからか、この女神のカードについても、様々な考えが浮かんでくる。


叡智神ジュリアークは、食い込み激しい黒のボディスーツ姿の、一般的な魔女。

軍神シュリュートは、赤のビキニアーマーに近い格好の、ルクレチアの女戦士風。

神王ロエルは、それとは対象的に、隙のない青い板金鎧(プレートアーマー)を着込んだ女騎士のようなデザイン。


(似てるかも…

 アルテミシアに… フローレンに… そしてファリスに…)


一枚一枚だと、さして気にもしていなかったけれど…

こうして三枚を並べてみると、夢の中で見たあの三人の姿と重ならない事もない。


(でも、シュリュート神の巫女さんは赤ビキニ鎧を着るものだし… 

 単なる空似(そらに)かな…? ちょっと考えすぎかも?)


武術大会の時に見かけた凄腕の女戦士さんも、この絵のような赤ビキニ鎧姿だったし、リルフィの持っている赤ビキニ鎧も古いルクレチア時代のものだとエロ…イェーロ教授は言っていたし、それ程珍しいものでもないようだ。



次は、対なる昼と夜の女神を並べてみる。

やっぱり雰囲気が似ているのだ。


太陽神グィニメグは、レイリアに。

夜の女神リシュナスは、ユーミに。


(さっきのゲームのキャラもそうだけど…

 レイリアはグィニメグ神の巫女、だから雰囲気が似てるのは当然…

 だけど、ユーミがリシュナス神に似てるのは…?

 名前だけだったら、ラシュナスのほうが似てるんだけど…)


“ラシュナス”は東のラファール国の、伝説的なお姫様の名前だ。

リシュナス神の信仰が強いラファール国ではけっこうありふれた名前だから、その事自体には特に違和感はない。

でも… その踊り子ラシュナスが似てるのは、ちょっと妖艶な雰囲気の、芸術神スィーラティガなのだ。



リルフィは続けて、眼の前のカードの女神たちと、夢の中の登場人物と重ねてみる…


豊穣神スィーラティガは、優しい微笑みがロロリアに似てる。

海と空の神イーファは、銀色のアルジェーンと…背丈は違うけど、目を閉じてる雰囲気が似てるかも。


褐色肌じゃあないけど、命運神オギュリーヴは、占い師レメンティに

花月兵団リーダーのクレージュは、政商神セイラと、着ているドレスも含めて雰囲気が似ている。


(残りの、法神アーヴィルと、自由神オイフェルークスは…?

 白い方…アーヴィル神は、ファリスの侍女だったイセリナ…かな…?)


アーヴィル神の聖なる雰囲気は、あのイセリナと重なる。だけれど…

徳と罪とを測る天秤と、裁定の槌を携えた、厳格な白の女神の姿は…

あの「あわわわ…」とテンパってたイセリナとは、ちょっと程遠い…

もうちょっと大人っぽかったら、法神アーヴィルの絵のようになるのかもしれないけれど…


その対になる黒い方、オイフェルークス神の絵は、革帯を巻き付けたような衣装の少女…


(どこかで見た気がするのだけれど…?)


ちょっと思い出せない。



そして最後に残ったのが、十三番目の神、ユキフォスだ。


十字剣を胸元に据えた、厳かな女神。

女神の肌の色以外はほとんど|白と黒とその中間色だけ《モノクローム》だ。。

ユキフォスは静止と無を司る神でもあるから、このカードだけわざと色少なく描けれているのだ。


帝都ルミナリスでも中庸の日には、街中が灰色を基調とした、静かな雰囲気にする習慣がある。

城壁に掲げる旗や女兵士さんのレオタードの色も、白と黒とその中間色だけ。街じゅうが静かな色合いになる。


この女神を見て、“酔っ払いたち”が、リルフィに似ているとか言ってた。


(わたしに似てる… そうかな…?)


自分では、あんまり似ている気がしない。

誰それに似てる、とかいうのは、自分では気付きにくいものなのだ。



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