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花月演義 ~~花月の乱~~  作者: のわ〜るRion
第10章 狭間の山の小さな三国戦
130/138

127.新たなる地へ


クレージュの店での宴会の翌朝。


全員が持つアクセサリの病毒耐性LV1のおかげで、お酒の残ってる女子もなく…

女兵士たちがみんな元気に、いつもの朝練を行う。

三人のオノア女子と、森妖精(ドライアード)の四人が、初参加だ。


そして、急な来客であった麗将軍ファリスも…


「花月兵団の朝の訓練? ぜひ参加してみたいわ!」


と張り切っていた、のだけど…


「こ…この衣装は… 私には、ちょっと…」


おそろいの体操着に着替える時点で挫折…


「え~? やっぱり、赤じゃなくって、青のほうが良かった…?」


他の女子はみんな青パンツ姿だけど、フローレンとユーミは赤パンツだ。

つまり冒険者組は赤と決めているので、ファリスにも当然、赤いパンツを用意したのだけど…


(ファリスの色といえば、青、だから… やっぱり抵抗あり…?)

とか、フローレンは考えた…


「いえ、色の問題じゃなくって、その…

 …面積が少なすぎて、私には… ちょっと…」


ファリスは心なしか、ちょっと顔を赤らめているように見える…。

さすがにお尻のぴっちりした布面積の少ない短いパンツ姿は、このご令嬢には抵抗があったようだ…


「?? うん、まあムリに着替えなくてもいいけど…」


普段から花びらビキニアーマーで、おしりの半分以上は出してるような…

今もおしりギリギリかちょっとアウトな赤パンツ姿のフローレンには…

残念ながら、ご令嬢のその心情が理解できていないようだ。



という訳で…

ファリスだけは普段着そのままの格好で参加。

麗将軍のぴっちりパンツ姿を眼にする機会は、残念ながら訪れなかった…


でも、ファリスの二人の侍女は、一緒に朝練に参加する気満々で…

この子たちもエヴェリエの名家女子なのに、その短い青パンツの運動着に着替えていた…

みんなで同じ格好すれば恥ずかしくない、というか…

このへんは花月兵団の女子たちと仲良くなった影響、だと思われる…




運動着姿の女子たちが、町の区画を十週。

これだけ大人数の女子の走り込みが見られる光景は久々だ。


で、走り終えた女子たちの様子は…


不良三人娘と、ちいさなプララとレンディは寝転がるようになって激しい息をしている。

小さな二人は体力的に仕方ないとして…

三人娘はしばらくこの店にいたのに、走り込みサボっていたのがバレバレだ…


体力的にはそれより少しマシな遊牧民なオノア三人娘と可愛いキューチェは、膝をついて座り込んで肩で息をしている。

仲良し四人組のキューチェ以外の三人、ミミア、メメリ、ハンナは、呼吸は荒いけれど、まだ余裕な様子。


ここの初期メンバーで元ショコール王国兵士の海歌族(セイレーン)のうちアジュール、セレステ、ラピリスの三人も、走り終わった直後はさすがに呼吸は荒かった。

海歌族(セイレーン)リーダーのチアノだけはちょっと余裕あり…さすがは朝練“部長”だ。


森妖精(ドライアード)の中では、小柄な副長メラルダが体力的にも余裕で、肉食仲間でちっちゃい仲間のユーミと並んで最後まで楽々完走。

残りの三人は少し息を荒げている程度。

森妖精(ドライアード)は綺麗な外見のわりに、どの子も意外と体力はあるのだ。


ファリスの二人の侍女、レーナとルドラは少し息を弾ませる程度…

鍛え込まれてる花月兵団の女子より体力があるのがわかる。

エヴェリエの貴族令嬢で、公女の侍女に選ばれるくらいのエリートだけあって、幼少の頃からかなり厳しく鍛えられているのだ。


その公女様であるファリスは、あれだけ走って少しの呼吸も乱していない。

汗は流しているけれど全然物足りない感じで、同じく表情の変わらないフローレンと並んで話している。


「何か物足りないわね…一勝負、いっとく?」

「いいわね! 受けて立つわよ!」


いつかエヴェリエの城のバルコニーで立ち会った時みたく…

フローレンがファリスを立ち会い訓練に誘っている。


「ファリス様ぁぁぁ! 今日はダメですよぉ!」

「もう、これから大事なお話がある、でしょ?」


「あ…」「そうだったわね…」


剣士なフローレンはもとより、将軍なファリスもかなり戦技研鑽に意欲的…

悪く言えば(イクサ)バカだ。

ファリスの侍女たちが止めなければ、この二人…体力の限界まで打ち合いかねない。


そう、今日はこれから大事な話があるので、軽~く体を動かしたら朝練終了だ。




お店のほうでは朝の食事の準備が整えられていた。


花月兵団の女子たちが、各自朝ご飯を受け取って、思い思いに席につく。

もと村娘に、小さな子に、海歌族(セイレーン)森妖精(ドライアード)、オノア遊牧民女子、ファリスの侍女たちも混じって…

まだ着替えてないので、みんなそろってゆったり白シャツとぴっちり青パンツ姿。

兵装じゃないけれど、衣装が統一されている事で、兵団らしい様相を見せている。



ここでの朝ご飯は、基本的に昨晩の残り物が中心だけど、クレージュとセリーヌという一流料理人の作ったものだから、味はかなりのもの。


このお店で焼いた自家製パンと、焼いた燻製肉に乗った卵料理、

青々した葉野菜のサラダに、いろいろな野菜を煮込んだスープ…


(庶民的な味、っていうのも、いいものね…)


料理の味だけじゃなく、朝の日が差し込むお店の雰囲気も含めて…

ファリスにとっては、昨日の宴会とはまた違う、珍しい楽しさがあるようだ。





その食後…


いよいよ、麗将軍ファリスの、今回の訪問の目的…

花月兵団への依頼が話される。



ファリスとクレージュが、向き合うように中央のテーブル席につく。、

ファリスの両隣りには侍女のレーナとルドラが、

クレージュの両側にはフローレンとアルテミシアが、それぞれ席についている。


ファリスたち三人はそろって、白、薄青、濃青の三段階調の衣装に着替えてきている。

いかにもエヴェリエの官吏が着るような、かしこまった衣装だ。


クレージュは、いつもの大きくスリットの開いた東方ドレス姿。

何着か持っているうちの、商談用のフォーマルな感じのものを着ている。

規格外に大きすぎる胸が窮屈そうに閉じ込められている感じの衣装なのは… 

商談なので両腕で胸を抱えるようなポーズが取りにくいから、だ。


レイリアやユーミを含むそれ以外の花月女子たちは、周囲の席や立ち見で対話を見守っている状況だ。

レイリア、ラシュナス、そしてこのお店の従業員である、商売担当カリラと料理長セリーヌ、酒場女将カリラたちは、普段の衣装のまま…

朝練の後でユーミを含む花月兵団女子たちは運動着のままだ。


フローレンだけは、運動着から装備換装で花びらビキニ鎧に着替えていた。

彼女の場合…これが正装だと思っている…ようである…。


アルテミシアもいつもの月影の黒ボディスーツ魔女衣装。

彼女もまた、これが正装だと思っているようだ…ステージで歌う時以外は。



見守る花月女子は全員、緊張した空気の中にいた。

重要な話し合いになる事は誰もが感じているのだ。





会談の前に、席に座っていた六人が立ち上がる。

ファリスは居住まいを正すと、侍女たちと一緒に、示し合わせたように同じ角度で、改めて一礼をした。

クレージュとそれに続いてアルテミシア、ちょっと遅れてフローレンも同様にお辞儀をした。


そして、いよいよ…ファリスの口から、その依頼が語られた。





「花月兵団の皆様に、北の地での後方支援をお願いできないでしょうか?」





ファリスは前置きも何もなく、単刀直入に要件から告げた。

剣で真っすぐに斬り込むような話の入り方が、いかにも武人であるファリスらしい。


ほとんどの花月女子たちは世情には疎いけれど…

今の北の状況を少なからず理解しているキューチェやチアノたち数人の女子から、驚きの声が上がった。



「北の地、という事は… 

 旧ブロスナム領、リブナ地方のこと、で間違いないでしょうか?」


クレージュはやや緊張した面持ちのまま、冷静な口調で確認をいれる。

彼女が構えるのも仕方ない…

なにしろ、リブナ地方とは、すなわち… 


一年前の戦争でルルメラルア王国に敗れた、旧ブロスナム王国の領土のことだ。


ルルメラルア側は占領した当地の事を、はるか昔にあったリブナ王国の名を冠して呼んでいるが、この呼び名は一般にはあまり定着しておらず、未だに旧ブロスナムと呼ばれる事が多い。


そのリブナ地方の東端…つまりルルメラルア王国に近い地域は、住民も鎮撫され治安も安定している。

加えてルルメラルア王国からの開拓者も広く募集され、このフルマーシュの町からも多くの民が移住していった。中にはレイリアが働いていた鍛冶の店のような、職能集団も多く移住している。


だが、治安が安定しているのは、ほんのルルメラルアからの入口部分だけ。限られた地域だけにすぎない。


リブナ地方の奥、つまり西方へ向かうにつれ、ルルメラルアの統治も行き届かず、旧ブロスナム王国の空気が濃厚に残っている。


そして、ブロスナム王国の残党が反乱を起こして以降、いくつもの村がその反乱軍に制圧され、または協力する形で、ルルメラルアの統治から離れている。

軍政を行っていたルルメラルア軍も細かい拠点を守りきれず、その結果、辺境の村の多くを放棄し、町などの規模の大きい拠点に軍を集め、防衛する構えになっている。


キューチェたち世情に明るい子たちが驚いたのは、“北”はそうした内乱が起こっている事を知っているからであり、

クレージュも、自分たちが誘われているのは、そんな戦いの情勢にある旧ブロスナム領のことか、という事をが確認したのだ。




「ええ。その内乱の地、旧ブロスナム領、リブナ地方の事で間違いありません」


ファリスも否定はせず、クレージュの言い方をわざわざ復唱した。


当然、クレージュは難色を示している。

今の話だと、戦乱の地へ誘っている事になるのだから、当然の反応だ…


ファリスは、その反応が予想通り、という感じだ。

そしてさらに言葉を続けた。


「今、北の情勢は動きつつあるわ。

 ブロスナムの反乱軍が、我々の拠点に大規模な攻勢をかけてくる動きがあるの。

 ルルメラルアの駐留軍も、兵力を集結させて、それを迎え撃つ構えよ」



ファリスが語った北の情勢について。

これは、花月兵団の持つ情報…実際に北の地を見て回ってきた、占い師レメンティの話と一致する。


ちなみに…そのレメンティは今回の行商には参加していない。

久々にラクロア大樹村でゆっくり過ごしている。

気の技の習得を望む女兵士ネージェ、ディアンたちを弟子にして、気功の修行をつける、という目的もあるようだ。

レメンティは何事もなく大樹村に帰ってくるようでも、北の戦乱の地を巡ってくる、という事は、実は心身ともにかなり疲労しているはずだ。



クレージュ自身、北の情勢に関しては、幾ばくかの情報を持っている。

商業都市アングローシャを訪れるたびに、情報屋から話を聞き取っているのだ。


多くの商人が、北の地へ赴いている事を、クレージュは知っている。

有力な貴族お抱えの酒保商人は当然、北に遠征する貴族についていっているだろう。それ以外の商人についても、北へ向かっている者が多い、という事だ。


自分たちにも、そういう話がまわってきた。

いまのところ、クレージュの認識はそんなところだ。

他の商人たちが活動できているという事は、自分たちにも可能なのかもしれない…

だが、まだ情報が少ない。



ここで侍女レーナが地図を取り出し、ファリスはそれをテーブルの上に広げた。

もう一人の侍女ルドラが、先っぽに光を灯した羽根ペンをファリスに手渡した。

よく見ると作り物の羽根、光で書き込みをする魔法道具だ。


卓上に広げられたのは、リブナ地方の地図。正確には旧ブロスナム王国時代の地図だ。

ファリスは羽根ペンを手に、リブナ地方の地図に、光のインクで円を描き込んでゆく。地図上に並んだいくつかの光の円が、ルルメラルア軍が守る拠点だ… という事は説明の必要もない。


「拠点への攻撃や、輸送中の軍への奇襲…

 実際に何度か武力衝突はあったみたい。

 今のところ守り抜いてはいるけれど、負傷者はかなり出ているみたいね。

 それに、物資の消耗も激しいみたい」


ファリスはその光ペンを、クレージュたちのほうへ…地図の方向で言えば南東のほうへ動かした。


「でも、その後方にあるのが、この支援拠点、カルミア開拓地…」


並んだ円の、防衛拠点のはるか後方、地図の端のほうにある空白地…

もとい、道沿いの小さな村のような場所をペン先で指し、そこにその地名を描き込んだ。

ファリスから見れば上下が逆だったのだが、見事に達筆な文字が書かれている。相手に正位置になるように記入できる、この魔法ペンの持つ能力だろうか。


「ルルメラルア駐留軍の後方支援地よ。

 先の戦争の折に廃れた村だけど、今ではかなりの規模の開拓地になっていて、

 前線への武器や食料、その他の物資の補給も、ここを中心に行われているわ」


ファリスはその地名を四角で囲うようにペンを走らせる。

途中で使い切ったようにペンの光が消え、銀髪侍女のルドラがインクを補充するように、ペン先の光を灯したた。

実はこの二人の侍女、長身なルドラのほうが魔法に長けていて、小柄なレーナのほうが近接戦闘は得意なのだ。二人の見かけから受ける印象とは逆だ。



「花月兵団にお願いしたいのは、このカルミア開拓地、

 つまり、後方拠点での支援活動です」


ファリスはその地名を囲うように四角を大きく描き直し…

三重に描き終えると、ペン先で四角形の端を、とん、と突いた。



カルミア開拓地。

ここにある全員の瞳が、重厚な四角に囲まれたその地名に集まっている。



「…私達の役割は、後方の拠点における支援のみ…

 戦闘行為を要求される事は無い…

 という認識でよろしいでしょうか?」


クレージュの声色は低く、そして今までにない強い口調だ。

確認を押すような、あからさまな問い詰めるようなものであった。

それは彼女が、花月兵団の女子たちの命を預かる責任から出ているものだ。


クレージュの緊張感は、隣に座っているフローレンやアルテミシア、周囲で見守る花月女子たちにも当然伝わっている。

場の空気が固くなっている。


「ええ、もちろん。貴女方にお願いしたいのは、あくまで後方支援です。

 私共の命令で戦闘行為をして頂く事はありません」


それに対してファリスは、どこか(なだ)めるような、穏やかな口調で答えた。

花月兵団の女子たちを危険に遭わせる事だけは、絶対に受け入れない。

そのクレージュの意図を、当然理解しているからだ。


「カルミアは防衛線の後方に位置するので、攻め込まれる心配も薄い場所ですし、

 王国の直属軍、集まった地方軍、傭兵も含めて通常の拠点以上に多くの兵士が

 駐留しています。ただ、戦いに巻き込まれる可能性が全く無い訳ではないので、

 いざという時に自らの身を守る事ができる女性のほうが望ましいのは確かです」


ファリスはしっかりとクレージュの目を見つめながら、真摯な態度で話を続けた。


もちろん、ルルメラルア側が戦いに敗れれば、花月兵団も戦いに巻き込まれる危険はある。

思わぬ奇襲がある可能性もあるし、そういったリスクへの対応は、常に講じられる必要はありそうだ。

ファリスはその件については、包み隠さず話した。

リスクまで含めて正直に話すほうが、逆に相手の安心を買うものだ。



「成る程…状況は理解しました」


クレージュは、少し表情を緩めてそう言った。

彼女を中心に、場の緊張すら和らいだ感じだった。



その柔らかくなった空気を読むように、ファリスもここで話題を切り替えた。


「それにカルミアの開拓地は、様々な施設も作られていて、

 軍の駐留地というよりは、新しい町のような様相があります」


「新しい…」「町…?♪」


ファリスの説明に、フローレンやアルテミシアも興味を示す。


「戦場後方の、新しい町、ですか…

 詳しくお聞かせいただけますか?

 たとえば、どのような人たちが集っているのかしら?」


新しい町は、様々な機会に満ちている。

無一文から自分の土地を持つ者もいれば、一代で財を築く者も現れるほどだ。

商人であるクレージュとしても、関心を持たずにはいられない。


「王国の直属軍の他に、地方貴族の私兵も、傭兵も大勢います。

 前線での負傷者も、可能な限りこの安全な後方に運ばれ、療養されます。

 兵士以外にも、集ってくるのは様々… 商人、職人、芸人、冒険者も。

 中には飲食や雑貨の店を開く者もおります。

 そして、商隊や傭兵団お抱えの女性も、沢山いらっしゃいます」


クレージュは話を聞きながら、ある程度頭の中で情景を描いている。


町の開拓に力を貸しつつ、駐留軍を支援する形だとしたら…

軍組織に組み込まれ、軍のもとで働くという感じではないようだ。

その情景の中に、自分たち花月兵団を加え、どのような役割を担っているのか…

それを想像する…


…軍の駐留地というよりは、ファリスが言うように幼い“町”だ。

おそらく通常の町と違うのは、まだしっかりした外壁がなく、建物の数が少なく、そして兵士の数が多い。

そこに様々な職能を持つ人が集まり、物を扱う商人が訪れ、それ以外の人々も集まり、その“町”は活性化してゆく。

その中には、雑用を行う女性や、男たちの相手をする女性も多数いるだろう、と予想される。



「私達はその“町”で、兵隊さんの食事を作り、洗濯をして、怪我人の看護をする…

 私達に求められるのは、女酒保商人団(ヴィヴァンデェール)のような役割なのかしら…?

 ただ、花月兵団はお金を積まれても、“売り”は致しませんが…」


“売り”とは言うまでもなく、女性が男性に提供する行為のことだ。


とは言ったものの、花月兵団では男遊び自体は禁止してはいない。

町に行く度に夜遊びするような男好きな子もわりといるので…

まあそこは“売り”ではなく、本人たちの同意に基づく…としか言えない。

相手に選ばれる以上に、相手を選ぶ事になるだろう。

ただモメ事だけは絶対に厳禁。それだけは絶対だ。



「ええ… 貴女方にその役割は不要、かと…

 …他の商人たちが抱える、その…専門の女性が、多数いますので…」


ファリスは先ほどまでの話しぶりと違って、ここだけ言葉がたどたどしい…

目を閉じて少し横を向き、口元を押さえる感じで…ちょっと頬も赤らめてる…

ちょっと苦手分野を話している感じがバレバレだ。


才色兼備文武両道完璧令嬢の、なんかカワイい一面だ。



「で、ですけど…

 貴女がたの歌や踊りなどの演劇は、きっと評判になると思います!」


ファリスは、自分の苦手話題を繕うように、あわてて話題を変えた。


昨晩のここでの宴会で、女子たちが代わる代わる披露した、音楽や踊りの舞台の事を言っている。


実際、貴族世界の楽曲や演劇を知るファリスからしても…

ラシュナスの舞やアルテミシアの歌は、そういった一流世界の芸能と比較しても何の遜色もない。


そして、他の花月女子たちの演出に関しても…

店にいる者たちが一体となって盛り上がる、あの熱狂的な雰囲気…

庶民世界独特な楽しさを、この令嬢も初めて体験したところである。

それこそが、かの開拓地にいる者たちの需要に一致するものだ、とファリスは確信していた。



クレージュにしても、彼女の話の内容ももちろんだが、

まずは、ファリスの人物を今一度しっかりと観るところから始めている。


ファリスは、まだ数えるほどの関わりしかない上でも、花月兵団の特性を正確に見極めている。

物資の調達能力、家事雑用に長けている事。

そして人を楽しませる行楽を提供できることも。

何より、女子たちの武装はあくまで自己防衛のためであり、戦いを目的とした集団ではない事を十二分に理解している。

クレージュが花月兵団の女子たちのことを、妹や娘のように大切に思っている事も含めて。


商人にとって、商売の内容はもちろん大切だ。

だがそれは、相手との信頼関係の上に成り立っていなければならない…

というのがクレージュの商売における信条だ。


目の前にいる人物…麗将軍ファリスは、ますます信頼に値する相手だ、とクレージュは認めざるをえない。特に、歌と舞の達人であるアルテミシアとラシュナスはもとより、それ以外の女子たちの演出がそのような価値ある評価をされるという事は、クレージュも全く考えていなかった。


「私達に期待される役割は、概ね理解しました。

 私達の能力に対する貴女の判断も、正しいと思います」


概ね、ファリスの依頼を受ける方向で話が進んでいるのは、誰の目にも明らかだ。



ファリスとしても、ここで更にクレージュの安心を上書きし、

そして話し残した事のないように、話題を進めてゆく。


「戦いを強制する事が無いという件については、

 私が自ら司令官に掛け合い、確約を取り付けます。

 ただ…

 フローレン、アルテミシア、

 貴女達には、冒険者として探索を依頼をされる事はあると思います」


「探索の依頼?♪ 私達にも?」


アルテミシアは意外そうに尋ねる。

先程の話だと、冒険者もたくさんいるのに? という疑問からだ。


「ああ…あの地には“妖魔”が出るから…ね?」


納得したのはフローレン。

もともと幼少時代を北で過ごした彼女のほうが、北の事情に詳しいのは当然だ。



フローレンの言う“妖魔”とは…

女の姿をした魔物である。

だが、妖精(エルフ)のように人間に近い存在ではない。

妖魔は、あからさまに魔物に属する存在とされている。


基本的に美しい女性の外見をしている。

それも、極端な薄着であったり、何も着ていなかったり… みな妖艶な外見をしており、類に漏れず人間の男性を(たぶら)かす能力がある。


この能力がかなり厄介なのだ。

村人や旅人など普通の人間には抗う術がない。

わりと戦い慣れた男の冒険者でも、精神を守りつつ逃げることを選ぶ。


だがこの能力は、男性には滅法強いが、女性には全く効果がない。

森妖精(ドライアード)海歌族(セイレーン)空歌族(ハルピュアイ)など、女性が多い妖精族の住まう地で妖魔を見かける事はまずないのだ。

もともと北の地に女性の戦士兵士が多いのも、この地に多い妖魔を討伐するため、という歴史がある。


だが、ルルメラルア軍には、女性の兵士がほとんどいない…

首都防衛や後宮の女性兵士を前線に出すのは無理があるし…

あとは貴人に仕える侍女兵、衛生兵などだが、戦い向きではない…

一部の精鋭兵団には女性部隊があるが、それもほんの少人数…


つまり、そのような妖魔が現れた場合…


「私達に片付けてほしい、ってコトね…納得♪」


男性冒険者では、相当高レベルの者でないと手に負えない…

つまりフローレンやアルテミシアのような女性冒険者の出番となる訳だ。



「妖魔討伐も、私達に依頼を持ってきた理由…ってワケね♪」


「ええ。支援に長けた集団と、有力な女性冒険者…

 司令官からそのどちらも紹介して欲しいって、依頼されているからね」


花月兵団なら、その両方を備えている。

おまけにこの麗将軍ファリスとも親しい。

これ以上の適役はいないだろう。


「そういう冒険のお話なら、わたしは構わないわよ」


喜んでそう答えながらも…

フローレンはちょっと腑に落ちないところがある…


(でも… 冒険者の女子って、他にいないのかな…?)


フローレンが思い出していたのは、アングローシャで冒険していた頃の仲間…


ペンセリ、プレディア、フェリオリ、アマロナ、イゾルテ…

自分たちと比肩する…あるいはそれ以上の女性冒険者たちの事だ。

長らく消息は聞かないけれど、そちらに参戦しているような事はないのだろうか…?




そこから再度、商売の話に戻った。


花月兵団なら、その場で必要とされる支援を見極め、状況に応じて提供することができる… とファリスは考えている。


軍の指示で動くのではなく、正規兵や傭兵相手に、自由に商売や支援活動を行う…

クレージュとしても、そのやりかたに異論はない。


だがそれだけなら、わざわざ北の地にまで行かずとも、アングローシャのような大きな町で商売をするほうが効率は良い。


「もちろん報酬もお支払い致します。

 あと、必要な経費や物資、建築に関しては提供がありますのでご心配なく」


そのあたりはさすがに遺漏はなかった。

他の商人にしても、得がなければ動かないのは当然だから、報酬が取り決められているのも当然だ。


「報酬…経費… 如何ほど頂けるのでしょうか…?」


クレージュはさすがに商人だ。

金回りの事は、はっきりとさせておく。

決して、お金にうるさい訳では無い。

彼女が抱えるみんなの生活と、今後の商売に向けて、お金は不可欠なのだ。


「日払いで… このくらいの額は保証します。

 人数分の食事や生活物資、その他の経費はある程度までこちら持ちで…」


「かなりの好条件ね…」


ファリスの提示額は、クレージュの期待値をかなり上回る。


大樹村での行商品の作成に終りが見えている現状、他の稼ぐ手段は重要である。

稼げる時に稼ぐのは、商売の基本のようなものだ。


資金はいくらあってもいい。

商人であるクレージュとしては、稼ぎどころを逃す手はないのだ。


「現状、当開拓地においては商業の税は取りません。

 物資の調達に必要な通行証や許可証の(たぐい)は、司令官自ら発行するように

 私から依頼します」


細々なところで抜かりがない。

これまでも王国としては、多くの商人に協力を仰いでいて、ルールが出来上がっているのだとクレージュには理解できた。


クレージュは再び、ファリスが書き込んだ「カルミア開拓地」に目をやった。

その文字にある種の迫力を感じるのは、光文字だから、というわけではなく、その文字までもが毅然としたファリスの筆跡によるものだろう。


地図を見る限り、カルミア開拓地は、防衛戦の後方に位置している。

ファリスの言葉には偽りはなく、戦いに巻き込まれる可能性は低いだろう。



だが、これはファリスとの会話で得ただけの情報にすぎない。


現場を見てみれば、来てみれば、聞いていた話と違う…という事はよくあることだ。

後方支援という話で現地に行ってみて、前線に行かされたり、望まない「商売」をさせられたり、という恐れ… 花月兵団の女子たちが被害に遭う危険は、本当に無いのか…?

クレージュはもともと慎重な性格だけど、事が事だけに、今回は念に念を押している。


「現場を見せて頂いて、責任者の方のお話をお伺いしてから…

 という事でも、よろしいかしら?」


「ええ。それで結構よ。

 私が直接、駐留軍の司令官に紹介します。

 貴方達が不利益を被るような条件にはしません。

 戦いに駆り出されるような事も、絶対にないように…

 それはエヴェリエの名と、私の命にかけ、責任を持って約束致します!」


なんか大げさだけど…ファリスの意気込みは十分すぎるほど伝わった。


それが最後の質問と応答だった。




…ここでファリスからの依頼を聞くより前、あの宴会の前に既に…

実は、クレージュは事前にフローレンから内容を聞いていた。


一晩考える時間はあった。


この閑散としたフルマーシュの町並み…

店の大半が看板を下ろし、街往く人影もまばらな風景を見ていると…


(ここで今、商売を始めるなんて…ムリね…)


という答えしかでない。


結局のところ、北の内乱が収まらなければ、事態は何も好転しない。


だから最初から、この話は受けるべきだ、という考えがあった。



(ラクロアの大樹村も終わりが近づいている…

 この先の収益を上げる方法を、考えなければいけない…


 ここで…交易の利益とは別に、開拓地支援の報酬も頂ければ…

 このフルマーシュで商店街を開く資金にまわせる…

 いえ、もしかしたら… その開拓地も今後の私達の活動拠点の一つとして…)



もはや断る理由がなかった。


クレージュは最後に、みなの目を見てまわる。

決定権は総帥たる自分にあるが、反対意見があるなら決して(ないがし)ろにはしない。



力強く、うん、と(うなず)くフローレンには、最初から異存はない。

友人であるファリスから助けを求められているのだから、行くのが当然だと思っている。戦いに巻き込まれる事もなく、女子たちを危険な目に合わせる事もないなら、納得だろう。


アルテミシアも同じ目をして(うなず)いた。


レイリアはただお酒のグラスを傾けるだけ。

意見を言わないという事はつまり、決定に従う、という意思表示だ。


深く物事を考える事のないユーミとラシュナスは、クレージュの決めた事にそのまま従うだけ。

他の花月女子たちも、クレージュを信頼し、その決定についていくだけだ。


ここにはいないけれど、ロロリアやレメンティも、クレージュの決定に反対はしないだろう。

アルジェーンは、そのロロリアに従うだけだ。




ここに、花月兵団の総意は決定した。



花月兵団の行う支援が、どれほど北の情勢に影響を与えるのかは、わからない。

でも、大きな流れを作るのは、小さな流れの集まりだ。


一日でも早く、北の戦乱が終結する事が望ましい。


それはある意味、大樹村の時限を迎える花月兵団にとっても、大いに関係のある事だった。

支援に際する費用や全員に給金も出るなら、何の問題もない。




「カルミア開拓地での支援の件… お受け致します」




麗将軍ファリスと、花月兵団総帥クレージュの間で、合意がなされた。


女子たちの間から歓声が上がった。

そこには、新たなる地への旅立ちに際する、彼女たちの想いが込められている。



一度、ラクロアに帰還した後、

花月兵団は、ルルメラルア軍の後方支援のため、軍政地リブナ地方へ向かう。





~~いよいよ花月兵団は、その運命の地、「北」へ向かう事になる…~~




次回、久々のルーメリア編で、やっと第十章終了です…

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