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花月演義 ~~花月の乱~~  作者: のわ〜るRion
第10章 狭間の山の小さな三国戦
126/138

123.静かで平和な地へ

遅くなりましたが年明け最初の投稿となります…

仕事も家庭ごとも時間取れず…正月休みなどもう何年も…

今後もしばらくこんなペース続くかもです


防衛戦の翌日。

オノアの難民村では、戦勝会が開かれていた。


西方オノア風の料理が盛大に並べられ、花月兵団が持ってきたお酒も出されている。


参加するのは、この村のオノア難民たちと、この村を防衛した花月兵団の女子たち、そして…

降伏して捕虜になった山賊の一部までが、広場の一角で飲み食いしていた。

まあ…先日戦ったばかりの元山賊な捕虜の男連中は、さすがに気まずそうな雰囲気…彼らだけで集まって、大人しくしているのだけれど…





この村の防衛戦は、オノア村民と花月兵団連合の圧勝に終わった。

女子たちは強固な三重の守りのお陰で、一人の死者も出していない。


花月兵団でも総帥のクレージュと女兵士イーオスが、矢による打撲…というあまりない負傷をしたけれど、その両名の傷…というより痛みも、先日よりはましになってきている。

他にも浅い傷を負った女子は花月兵団、村民問わず多いが、概ね数日中に完治する程度の軽傷。

オノア村人の中には重傷の男戦士も数名いるけれど、こちらもみな時間を掛けて治らない傷ではない。



一方、ブロスナム山賊軍は…壊滅。

三分の一は逃走し、三分の一は死亡、そして三分の一は降伏。


戦死者の中には、軍の中核をなしていた元ブロスナム正規兵の大半と、将の四人も含まれている。


逃げ出した者たちは、元いた南の拠点と思しき場所に向かった事だろう。

だが、山中ではぐれて森で迷って、拠点まで戻れない者も多数出るはずだ。

逃走中に傷が悪化して、獣に襲われて、あるいは飢えで、または疲労で、山中でくたばる者も多いだろう。

生きて戻れる者は、そのうちの半数もいないかもしれない。


捕虜から聞き取りしたところ、総帥はディーという名の、あの黒衣の男で間違いないようだ。

他の将も、花月兵団が戦った四人だけで、元いた拠点に留守居の者がいる様子はない。


取り逃がした将はただ一人、赤(ヒゲ)の猛者バルバロット。

フローレンに敗れ、武の誇りの象徴である愛用の戦斧(バトルアックス)も捨て、腕を負傷しながら撤退した彼が、どれほどの残党をまとめきれるか。

生き残ったのはほぼ全員、元正規兵ではない山賊連中で、しかもその数も相当に少なそうである。勢力を盛り返すのは当分無理だろう。


彼らの拠点はこの山の南側。

そして山のすぐ南にはルルメラルア王国の西方軍が駐屯しており、定期的にスィーニ山南部の調査を行っている。

旧ブロスナム王国の残党がこのスィーニ山に拠点を作っている事が分かれば、大軍をもって山に押し寄せる事もありえる。だからブロスナム残党である彼らは、あまり派手な活動は行えないはずだ。




防衛戦が終わった直後、この戦後処理でまず困ったのは…

捕虜の扱いだ。


「…この連中、どうする?」


降伏した山賊たちを威嚇しているのは、炎の巫女レイリアだ。

(ひざまず)かされた元山賊連中の前に足を組んで座り、いつぞやのように鞭形状に変えた火色金(ヒイロカネ)で、地をびしっ!と叩くと、炎を帯びた鞭で打たれた地面の土が飛び散り、その周囲の草が黒焦げになる。


「始末するんだったら、まとめて焼いちゃうけど?」


何ならその炎の鞭で、一人残らずびしばし叩いてやる、と言わんばかりだ。

七十人もいる山賊共が、この炎の「女王様」一人にビビリ震え上がる…


で、相方のユーミがその隣で

「あーしも、やるー!」

と、意味もなくそこにあった岩を金剛鉱(アダマンタイン)の大斧でマップタツに…

ユーミはここのところ、岩をブッタ斬ってウップン晴らしをしているようで、岩の斬り方が上手くなってきた。大斧を叩きつけられた岩が「砕ける」という感じではなく「斬れる」のだ。キレイに斬れるのだ。

で、その光景を目にした捕虜の男どもの血の気が一気に引いたのは言うまでもない。


「もう…ふたりとも、そんなに怖がらせたらダメでしょ!」

と、そこにやってきたフローレンがとりあえずフォローを入れる…

この肌の露出の多い花びら鎧姿の可憐で優しげな乙女から、優しい言葉でもかけてもらえるのか、と安心する捕虜男どもだったが…


「壊れた村を直すのに、今から必至に働いてもらわなきゃなんだから!」


容赦なく、さらっと重労働を宣告された。

山賊連中は、ほっとしたような、だがグダるような、そんな反応を見せる…

まあ彼らにしてみても、炎のムチや大斧でシバかれるよりはずっとマシだろうけれど。


「男手が()るのよ♪ しっかり働いてもらうからね♪」


花月兵団女子は戦闘能力はわりと高くても、やっぱり女子なので力作業は苦手だ。

そのアルテミシアの言葉に、うなずくしかない男ども…

彼女たちの戦いっぷりを見ている山賊男たちは、もはや逆らおうという意思など全く起こらないであろう…



とりあえず、その降伏した元山賊連中を使って、村の後片付けをさせる事になった。

壊れた物を除去したり、壊れた柵を補強して直したり、彼らの元お仲間である賊の屍を埋葬したり…


で、昼の食事の時間に、全員を中央広場に集めてみたところ…

作業を放りだして途中で逃げ出したのが四十人ほど…


「半分以上逃げたかなー」

「かなりへったー」


集合した捕虜の数が激減しているのを見ても、レイリアもユーミも平然としている。


「それほど監視してなかったからね♪」

と、アルテミシアも言うように…

逃げるに任せていた、という訳だ。

逃げる者は逃げればいい、という考えだ。


「この村に残るのは、マジメな人だけでいいわよ」


フローレンの言葉通り。

逃げずに残った連中は、この村で誠実に生き直そうとしている、と見ることができる。



「でも、あんな程度の連中でも、逃がしたら面倒じゃない?」

「またいっしょにおそってくるかもー!」


レイリアとユーミが気にするとおり、村人が襲われたら困る訳だけれど…


「あ、それは大丈夫♪ 多分合流できないから♪」


そう言いつつ、アルテミシアが嬉しそうにしている…

その様子に不審なものを覚えながら、フローレンが「…というと?」と、聞いてみたところ…


「最近、おクスリの調合とか研究してて~♪」


と、亜空間ポケットから取り出したビン…

中身は、光の加減によって深緑~濃紫に色を変える、見るからに毒毒しい液体だ…


「一応~、彼ら全員におクスリ、与えてあるから♪

 これ、朝ゴハンに混ぜておいたのよね♪」


…なんとなく予想された系の答えが返ってきた。

話しの流れからして、マトモなクスリじゃあないだろう…


で、何の薬かとフローレンが聞くまでもなく、


「このおクスリね~…それほど強くはないんだけど♪

 ちょっと体がシビれるか~、ちょっと気が遠くなっちゃうか~、

 ちょっと幻が見えちゃう程度なんだけどね♪」


アルテミシアは嬉しそうに語っている、のだけれど…

そんな話を聞かされている捕虜男どもの顔から血の気がみるみる引いていく…


「私の計算では、そろそろ朝のオクスリの効果が出始める頃だから♪」


確かに。居並んだ元山賊連中の中には、ちょっと手足が痺れてそうだったり、ちょっと朦朧(モウロウ)としていたり、ちょっと幻が見えて変なほうに気が行ってる者が現れ始めている。



「どれになっても、この山中だったら、命に関わるよなあ…」

「んだねー」


この山の中って、わりと危険なのだ。

動けなくなって行き倒れたり、間違えてヘンな物食べて毒にやられたり、踏み外して落下したり…逃げた連中の末路が目に浮かぶようだ。



「…呪いで懲りたと思ったら…今度はお薬なわけ?」


フローレンは…ちょっと呆れている。

以前の、南の遺跡で呪いを解除されて焦ってから、そういった怪しげな系の研究はヤメたと思ったら…


「やめるなんて、とんでもないわ!#

 ノロイだって、しばらく封印してるだけよ♪

 あれからしっかり研究してるんだから♪」


やけに自信アリ気な答えが返ってくる…

そう。アルテミシアは密かに努力している。

アングローシャの書店で呪詛に関する本を仕入れたり、薬屋で怪しげな材料を買い集めたり、自分で材料を集めに行ったり…そう、研究熱心なのだ。


「いずれお披露目するわ~♪ ノ・ロ・イ うふふっ♪」

とか、お茶目に物騒な事をつぶやきながら…

また違う液体を取り出した。

今度は薄桃~山吹色に変色するこれまた怪しげな液体なのだけど、それを捕虜たちのスープにまぜまぜした。


「あ、これ? 中和剤♪ 朝のおクスリの、ね♪」


それを服用すれば、逃げなかった者たちはこれで助かる、という事なのだけれど…


「うん♪ レシピどおりに作成した! はずだから、きっと大丈夫♪

 ちゃんと効くわよ、多分♪」


た、たぶん…!?

と、居並んだ捕虜男どもは何か言いたげ、だったが…


「未知のクスリの作成なんて、一回で成功するとは限らないわけ!#

 こういう事はね、実験と検証が必要なの!

 技術の発展のために、尊いギセイは必要なの! わかった?♪」


いや、犠牲って…と言わんばかりに、哀れな男どもは完全に血の気が引いてしまっている…

まあ、このお茶目な魔女のエゲツナイ実験につきあわされるのは決まって、こういう悪事を働いた後の連中だから…ある意味自業自得ではあるのだけれど。



元山賊連中の心配をよそに“解毒剤”はちゃんと効いたようで…

ついでに村のオノアの乙女たちがが提供する食事はとても美味しかったようで…

捕虜の元山賊男どもは元気になって、午後からの復興作業も頑張って…

夕刻までかかって、ある程度の片付けや修復はひとまず終わる事になる。


ちなみに、昼以降の逃亡者はいなかった…

恐るべき女王様や怪力ちびっ子に威嚇され、ヘンなクスリで実験され、ビビりきったかと思いきや…実は彼らを引き止めたのは、村娘たちが作ったご飯だったのかもしれない。




元山賊たちが恐れ慄きながら力仕事をさせられている中…

村では、今夜の宴会の準備が進んでいた。

朝方から村の女子たちをを中心に料理が作られ、花月兵団でも料理が得意なメンバーが手伝いに加わっている。


もちろん、戦いの昨日今日なので、村周囲の警戒も忘れない。

手の空いた花月女子たちは村の見回りを行っているし、ロロリアはじめ森妖精(ドライアード)たちは警戒態勢を維持し、管理領域の情報を集め続けている。


片付け作業と、見張りと、宴会準備、それぞれの得意分野に分かれて、花月兵団女子と村人たちとが入り混じって作業に入っている状況だ。



「完成~♪」


日がだいぶ傾いた頃、村の居住区では…

アルテミシアの監修のもと、村に露天風呂ができ上がっていた。

村の東側の花月兵団本営のほうにあるような、馬車で運んだ機材を組み立てる簡易風呂…ではなく、大穴を掘った池のような露天風呂だ。


戦いの起こる前のこと…村の女性や子供たちが、村の東側にある花月兵団の簡易風呂の存在を知って…

大勢が入りに来て、けっこう混雑していた…


「村の人たちにも、あったほうがいいでしょ♪」

「会議の時作ってたの、これの為だった訳ね…」


フローレンが思い出したのは、アルテミシアが先日の会議の合間に、小さな魔法装置に呪紋処理を施す作業をしていた事。それはつまり温水を作るための装置であって、最初からここに露天風呂を作る計画だった訳だ。


でも実は、もっと以前にこの村に来たときから温泉作成計画は始まっていて…

既に居住区に温泉用の池が掘られ、粘土と岩で固められたその池に、小川の流れを分けて水を引き込んである。


お湯が温まるのを待って、村の子供たちがさっそく浸かって遊び回っている。


「ほら♪ 作ってよかったでしょ?」


子供好きなアルテミシアが、この子たちのために作ってあげたのだ。

なので子供たちが喜ぶ姿を眺めて、とても嬉しそうだ。


温泉には、見守りを兼ねて女性も何人か入ってる…

そこに…

村の男達もやってきて…


「入っちゃダメ!」

さすがにフローレンが阻止した。

ダメと言われて、がっかり肩を落として去っていく男たち。

彼らも村の復興作業を終えて、ゆっくりしたかっただろうに…


「気の毒だから…男性用にもう一つ作ってあげたら…?」

と、フローレンは言ってあげるのだけれど、


「そーねー…考えとくー…♭」

子供たちに関係ないので、アルテミシアの返事は気が乗らない様子…。





そんなこんなで夕方になって、戦勝の宴会が始まった。


アルテミシアは先刻のお風呂の一件でもわかるとおり、この村の男性たちに対して塩対応だけど… 花月兵団の女子たちはまんざらでもない。

ほぼ全員が男性も含めた村の人たちと一緒に飲み食いして盛り上がっていた。


そもそも、花月兵団の女子の中には、わりと男好きな女子もいる訳で…

そういった女子たちは、この村に来る機会があれば、まず夜には姿が見えなく…

戦いの前夜も、宵になったらどっか行ってた…

集合をかけても、遅れてくる子がいたのは、何かしていたからだ…

「こういう時くらい一夜限りの関係が許される…」てな事を誰かが言っていた…


「まあ、若い身体を持て余してるんだから、時にはハメを外すのも良いものよ…」

と…普段は男っ気のない大樹村で我慢してることについて、総帥のクレージュが遊び系女子たちに理解を示してしまっている、ので、花月兵団では程々の夜遊びは公認なのだ。


こういう話題になっても…

フローレンは、何のことかよくわかっていない。

昼間遊ぶように夜に遊びに行く、程度の事だと思っている。


アルテミシアは「そうよね♪ たまにはいいんじゃない?」みたいな反応。

レイリアは興味なさそうにただ酒を(あお)り、

ユーミは「それより、ごはんだー」と食べまくる。


「ん~オノア料理って…食感が独特よね~! もぐもぐ…」

「味付けもなかなか…クセになりますねえ! はぐはぐ…」


ミミアとメメリは争うように料理を平らげている…

この子たちは相変わらず、色気より食い気がすべてのようだ。


ミミアの参番隊、メメリの䦉番隊の女子たちも、四人ずつ横並びになって、両隊長に倣うようにいっぱい食べている…

同じ部隊で統一感のあるのは良いことだ…きっと。


その両隊長と仲の良い活発なハンナも、小柄な割にその二人に負けずとけっこう食べている…

その隣りで相方の可愛いキューチェだけは、三人と違って小さなお口でちょっとずつ…お上品だ。





こんな感じで村人や花月女子たちは盛り上がっているのだけれど…

広場の端のほうで静かに飲み食いしている、三十名ほどの男たちがいる。

そう。逃げずに残った元山賊どもだ。

さすがに居づらそうにしていて、自分たちの方から、輪に入ってくる様子はない。


「あなたたちも、混じったら?」

さすがにフローレンが話しかけにいった。


「でもオレら…」「この村襲ったんですよ…?」

「一緒に楽しもうなんて、そんな事ぁ…」

無理もない話だけれど…連中は、さすがに謙虚…というか弱気だ。


「村の人は誰も死んでないし、全然問題ないわよ!

 誰もあなたたちを恨んでなんかいないから!」


フローレンの言う通り、幸いにも村人も花月女子も、みんな生きている。

多少の怪我人はいるけれど、まあ戦いなのだから当然だ。


「ほら見て。この村…男手が少ないでしょ?

 だから今度は、あなたたちが、助けてあげなきゃいけないのよ!」


広場の向こうでみんな盛り上がっているけれど、男の姿はほんとうに少なく見える。花月女子が混じっているから、ほんとに女子だらけに見える、というのもあるけれど。

オノアの地の戦乱で男たちが命を落とし、この地まで逃げてこれたのも多くは女性や子供お年寄りなのだ。


女子だけで自活している花月兵団の女子たちと違い、村人たちは特別な存在じゃあない。

過去の経歴を抜きにしても、男性が村に加われば心強いだろう。


「でもよぉ…」「オレみたいなダメなヤツに…」

「力になれるかなんて…」「…自身ねぇっすよ…」



「甘い事言ってるんじゃないよ!!」


いきなり弱気な男どもに雷が落ちた。

いや、雷と言うより炎だ。

いつのまにかやってきたレイリアが怒鳴りつけていた。


女王様の激しい口調に、元山賊男どもがビビリ上がった。

レイリアは生理的にこういう弱気な男を受け付けないから、どうしても言い方が荒くなる。


「過去にこだわっても意味ないだろっ!

 人生やり直すんだったら、底辺からやり直すんだよっ!

 死ぬ気で生きろっ!」


言い方が厳しいのはお酒が入っているから…ではなくいつもこんな調子だ。

普段から大人しいなんて言葉は無縁の女だから、元から高い火力が増し増しで炎上している感じだ。


だけど、その追撃のような言葉に焼き尽くされた男どもは、逆に立ち直ったようだった。


「…はいー!」「が、がんばるッス!」「オレ、やるっす!」

「人生、やりなおしてぇです!」「「です!!」」


炎に焼き尽くされ、灰の中から立ち上がろうとしているような…

どうしようもなかった元山賊男どもに、そんな気合が見え始めた。


「罪滅ぼししたいんだったら、彼女たちを守ってあげなさい!」


フローレンのその一声が元山賊どもを元気づけ勇気づけた。


これからしばらくは、村の労働力として活用される事になるだろう。

何しろこの村は男手が圧倒的に足りないのだ。


つまりは、彼らの罪滅ぼしだ。

誠実に勤勉に働き続ければ、村人たちもいずれきっと許してくれる。

彼らがここで花を咲かせる事ができるかどうかは、これからの努力次第だ。



フローレンのとり成しで、元山賊たちが、広場の輪に混じった。


最初は萎縮していた彼らも…

花月兵団の女兵士たちからお酒を注がれ、一緒に食を勧められ…

やがてオノアの村人たちとも、酒を交わし、言葉を交わすようになってきた…

遠慮がちだけれど、笑顔もで始めている。

それくらいでいい。

一緒に働き、生活するうちに、村に溶け込んでいくだろう。


逃げなかった彼らは、真面目に生き直したいと思っている。

村人たちに混じった彼らの姿を見て、フローレンはそう確信している。





宴会は進み…

広場の中心では、オノアの乙女たちが、代わる代わる踊りを披露している。

ひとつの部族が踊り終わると、次の部族の娘たちが踊り出す。

部族ごとに衣装も踊りも違う。

全員で揃った動きをする舞いもあれば、全員で一つの形を作ったりする舞いも、

衣装も、普段着のままの舞いだったり、長い帯をひらひらさせた舞いだったり、

中には…全部脱いで踊りだす娘たちもいて…まあそれも部族の伝統的な舞踊、らしい…この山中以外でやっちゃダメだろうけど。



それらが終わって拍手喝采が鳴り止むと、今度は花月兵団の側、

一番手は海歌族(セイレーン)のアジュールとセレステが、ダンスまじりの歌を始めた。


続いての曲ではそこに針子のトーニャが一緒になって三人ユニット、

フルマーシュの店にいた頃からのユニット復活、といったところだ。

その次にはそこに弐番隊の空歌族(ハルピュアイ)イーナも加わって、幻の四人ユニットも…


次は入れ替わって、壱番隊のちっちゃなアーシャと、弐番隊隊長の妹・義妹(いもうと)ふたりフィリアとランチェのカワイイ三人ユニット、

続いては、花屋のリマヴェラと、弐番隊の天翼族(アンジェ)マリエ、夜魔族(デモニア)ナーリヤの、おしとやかな女子ユニット…


オノア民族の踊りはどこか悲しげで儚げな感じだったけれど…

花月女子たちの歌と舞は、うってかわって華やかだ。



そしてその後。

機が熟したように、歌姫アルテミシアがステージに立った。


アルテミシアも、これだけ大勢の人も前で歌うのは久しぶりだろう。

大樹村に来てからは「魔女」として多忙で「歌姫」としての練習なんかはほとんど行っていないはずだ。


それでも、観客を前にした「歌姫」アルテミシアのオーラは圧倒的だ。

ステージに歩み寄るだけで、もう会場全体がその色に呑まれたようになる。


いつの間にか装備換装して、ぴっちり身体の曲線を描く歌姫ドレスに着替えた月の歌姫アルテミシア…

月の照らす下、月琴の奏でる何重もの音色を背に、彼女の歌声はとても澄み渡る…

花月女子たちも他の村人たちも、みな会話を止め、手を止める。

前の列に並ぶ子供たちが、歌の世界に入り込むように聞き入っている…


(あいかわらず…すごい人気ね)


危険なクスリとか、ノロイとか、物騒な事を言っていた魔女とは思えない…

フローレンは、尊敬しつつも…どこかあきれたような気持ちで、その歌の響く景色を眺め、そしていつしか聞き入っていた…


やがて歌は終わり、二呼吸ほどの沈黙をはさんで…

観客は、夢が解けたかのように我に返る。

そして彼女を褒め称え、喝采が鳴り止まない。


アルテミシアの絶世の歌声は、その月の音色は、人の心に何かを残していく。

歌の終わった後の宴会の場は、歌の前までの雰囲気とはあきらかに何かが違っていた。


アルテミシアが子どもたちに囲まれている。

「キレイな声!」とか「歌じょーず!」とか「もっと歌って!」とか…

子どもたちに慕われるアルテミシアは嬉しそう。




フローレンの側には、戦いの前にLV1アクセサリを渡した四人を中心に、オノアの乙女たちが集まっていた。


戦いの前、武術の腕を見せた、華麗な立ち回りを披露した事もあり…

なんか…男たちは、フローレンを尊敬しつつも、恐れ多くて近くには寄れない…

自分がそんな高嶺の花になっていることに全然気がついていない、自分の魅力に関してだけは極端に鈍感なところが…まあいつものフローレンだ。


食事の後、参番隊・䦉番隊の子たちが先日の戦い…フローレンと赤髭の猛者との一騎打ちについて熱く語っていた。この村の女子たちは広場北や西の居住区で戦っていたので、その戦いを目にしていない。ので、その戦いの様子を熱心に聞いていたようだ。

その一騎打ちの話に始まり…オノア女子たちはフローレンの話を花月兵団の女子たちに聞き回っていたらしい。

フローレンの武勇伝を聞きたがるのは、花月兵団の女子もオノア女子も変わらない


で、今度はフローレンに直接聞くために、オノア乙女たちが集まってきた。

フローレンはここでも、今までどれ程多く聞かせてきたかわからない、過去の冒険の話を聞かせる…


そんなフローレンの冒険話に目を輝かせるオノアの女子たちが、口を揃えてフローレンを絶賛する。

そして彼女を称した言葉が…



夢紅(ゆめくれない)の女神…?」



「ええ、それは…」「オノアに伝わる伝承…」

「オノアの救世主!」「そう、伝説の女勇者です!」


彼女たちが語る、“真紅の夢”…

オノアの者ならば知らぬ者のいない、伝説の女戦士…の逸話を。




その昔…


オノアの地に一柱の巨大な竜が現れた。


それは、とても邪悪な存在。


その躍動は大地を震わせ、その咆哮は雷嵐を呼び、

その憤怒は村々を焼き払い、その睥睨は全てを凍てつかせる…


この凶悪なる災禍に対し、各部族の長たちは話し合い…


各部族から交代で毎月、若い娘を一人…生きた餌として差し出す事となった。


この忌むべき習慣は、永く、幾年(いくとせ)にも及ぶ…


邪竜の巣窟の前の祭壇に、裸で縛られ捧げられた乙女の数は、千をも数えるかというほどの月日が流れた、ある日…


すべてのオノアの者たちは、同じ夢を見た。


紅の輝きを(まと)った女神の姿を。


そして…

女神は訪れた。



「その邪竜を倒したのが」

夢紅(ゆめくれない)の女神、という訳ね…」


「そうです。あなたの姿は…」

「わたしたちの伝承に残る、夢紅の女神を思い起こさせるのです」


その女神の姿はオノアの各地に、壁画として描かれ、刺繍絵として飾られ、宝飾品に刻まれたりしているらしい。

その姿は、肌もあらわな赤い鎧を纏った、赤く輝く剣を手にした女戦士なのだという。


まさに、赤い花びらのビキニ鎧姿で、赤い幻花の咲く花園の剣(シャンゼリーゼ)を手にしたフローレンの姿が重なる。


そして、フローレンは強かった。

戦のある部族の男戦士たちを、簡単に打ち負かしてしまう程に。

さらにこの戦いでも将帥として、花月兵団や村人たちを大勝に導くという成果をあげた…


だから、村の男性たち…いや、女性たちも含めて、みなフローレンに熱い視線を投げかけていたのだ。

もっとも、フローレンは男からの視線に気づいてはいない…

この花びら鎧の姿なら、街往く男性の目を引かないわけがない、のだけれど…まあつまり、この女子はとてもニブい。



「その邪竜も倒されて、今や伝説だけが残っているのですけど…」

「今でも、竜を鎮める部族の者たちだけは、儀式を執り行っているのです」


竜鎮めの儀、というらしい。

邪竜が倒された地に住む、その大きな部族は、竜鎮めの一族と呼ばれている。

ただその儀式も、かつてのように毎月行われる訳ではなく、今は四年に一度だけ。

身体と生命を捧げるのも、(くじ)で選ばれた庶民の娘ではなく、王族の血に連なる乙女一人のみ。


「竜がいないのに…それって無駄な儀式じゃあない?」


「あなたがたの…この地の感覚では、そうなりますか…」

「でも、オノアでは…」

「部族によっては、こういう風習はけっこう残っているんです…」

「私達くらいの歳の女は、その身を捧げるべき存在なのです」


彼女たちの話では、オノアはかなり前時代的な風習が残っている。

干魃が続いたり、河が氾濫したり、それ以外にも自然や魔物の災禍が訪れると、伝統的に若い娘がその責を担う事になり、捧げ物にされるという。

乙女たちは災厄を恐れつつも、それが自分たちの役割だと割り切っているところがあるようだ。オノア女子がどこか献身的で儚げな印象があるのは、こうした覚悟と関係があるのかもしれない。


このルルメラルア王国や北の旧ブロスナム王国、西の神聖王国ラナも含めた三国では、既にそういった野蛮な風習は廃れている。

ごく稀に辺境の村などで魔物が現れた時だけは、そのような対応を迫られる事もあるにはある…実際に花月兵団にもそういう子はいるのだけれど…



だがオノアでは、未だに年に一度やニ度と定期的に、または事あるごとに儀式を行う部族も多いようだ。

ㇷアン族という、オノア地域で最大勢力の戦闘部族がある。

彼らは独自の原始的な戦神を信仰し、戦いの度に何人もの乙女を捧げる風習を続けている。磔にされた一糸まとわぬ女を軍の先頭に掲げて行軍する姿は、対する敵部族にも従える部族にも怖れられている。


その捧げ物は捕虜などではなく、必ず自部族か付き従う部族から出す決まりがあるらしく、ㇷアン族に敗れ隷属した部族は、戦いの度に部族の若い娘を差し出す事を強制される…。働き手である男たちを兵としてとられ戦で失う数に比べれば、乙女の犠牲は微々たるものとは言え…あまりに残酷な話だ。


この村にいるオノア難民は、そういった野蛮な風習を持つ部族の下につくのを嫌って、先祖伝来の土地を諦め、部族ごと東に流れてきた者たちだ。




広場のあちらから、静かな音色に乗った、透き通るような歌声が響く。

子どもたちに囲まれたアルテミシアが、今度は静かな歌を歌っている。

若きも老いも男も女も加わり、他の村人たちも揃ってその歌の優しい調べに包まれていた。


静かに、平和に暮らしたい。

彼らの望みは、それだけだ。



アルテミシアの歌うそのバラードは、いつも最後に歌う曲だ。

この宴会もこれでお開き、という訳だ。

曲が終わった事を告げる拍手喝采が鳴り、そして止み、名残惜しそうな雰囲気を残して、やがて人の輪はほどけてゆく。


フローレンも、オノア女子たちも、この時間が終わる事が惜しい気がした。


「悪いヤツらはいなくなったけれど、まだしばらくは…」

「小さい子供やお年寄りも多いので…わたしたちが助けないと…」

「私達も、彼らが山を下りるまでは一緒にいます」

「でも、いつかは、あなたたちと…」


その四人とも、ここで一旦お別れだ。


「待ってるわよ!」


いつの日か、花月兵団に加わることは約束してくれている…

その日まで。





翌日、早朝。

花月兵団はラクロア大樹村へ帰還すべく出立する。


みんなあれだけ飲んで食べて騒いで…

女子によっては夜にお楽しみした翌日だけど…


朝早くから全員揃って出発の準備ができていた。

酔いを翌日に残さないのは、全員がお酒に強いから、とかではなく、

可変アクセサリについている「病毒耐性LV1」の効果、だという。

適度に酔うことができるけど、過ぎた酔いは消し去る…真にもって都合がいい。





「アイツら…さっそく喧嘩してるよ…」


レイリアが呆れたように言い捨てた。

返した親指で指した先には、村の長老たちが激しく口論している姿が映る。


平和を取り戻したオノアの人々は…

自分たちの民族自立を捨て、この山を下りてラナの民になるか…

民族自立を捨てきれず、厳しい環境での生活を選ぶのか…


さっそくまた右派と左派に分かれて、言い争いを始めた。



「まあまあ。口論できるほど平和になった、って事でもあるわよ」

馬上のクレージュは、わりと温かい目で見ていた。


クレージュが聞き取り確認したところでは、長老の一人が既にラナ南方の領主と何度も交渉を行っていて「いつでも受け入れの準備はある」というところまで取り付けているらしい。

厳しい冬を迎えるまでには、何らかの答えを出すだろう。

今はまだ暑い季節であり、山の恵みのある状況だから、急いで事を決める必要はないのだ。



そんな長老たちも、花月兵団幹部たちを前にするとさすがに口論を止め、向き直って深々とお辞儀をし、口々に感謝の意を述べた。



「脚を怪我しているから、馬上で失礼致します」


クレージュは馬を降りず挨拶する非礼を謝罪したつもり、だったのだけれど…

長老たちはその言葉に、ますます恐縮してしまったようである…


この村の七人の長老たちのうち三人は、北の高台に避難していた。

残りの四人も、居住区であまり激しい戦闘に巻き込まれた感じでもない。

そういった事情は仕方ないとしても…同盟者である花月兵団の総帥は危険な戦場に出て怪我までしている事をとても申し訳なく思い、萎縮している様子である。

クレージュはそのつもりはなかったけれど、大きな貸しができた感じになった。



アルテミシアが並んだ子供たちと順番に握手して別れを惜しんでいる。

“夢紅の女神”フローレンは、乙女たちを中心に熱狂的に見送りを受け、後ろでは男たちも熱い視線と声援を送っている。

元山賊の男たちは“女王様”なレイリアに頭が上がらない。


大樹の加護で村を守った森の聖女ロロリアも、

敵将を討ったユーミ、アルジェーンも、それぞれ沢山の尊敬と称賛の言葉を送られ、それ以外の花月女兵士たちも、大きな声援をもって送られた。



村人たちの見送りの中、出発。

崖の山道を通ってラクロア大樹村へ帰還する。





山中での問題は片付いた。

だが村に戻れば、もう一つの重要な問題について語り合わねばならない。


それは、以前から何度も口に上っていた、大きな問題だった。





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