122.花月女子たちの山中防衛戦 玖
実生活多忙につき、久々の更新となりました…
先の展開気になってた方(もし一人でもいらっしゃれば)お待たせし申し訳ありません…
禁忌の暗黒魔術で巨大な虫に変貌したブロスナム山中勢力総帥、黒衣の男ディー。
古代の文献に語られる暴食の王か、または奈落の王か…
あるいはその名も知られぬ、また別の邪なる存在なのか…
その背丈は、軽く女子たちの倍を超え、
その身には、暗黒のオーラを纏い、
その姿は、邪悪に黒々しく、醜く禍々しい…
「わたし…虫とか、好みじゃないんだけどなあ…」
「私も…♭ お近づきになりたくないわねえ…♭」
それでも、フローレンはアルテミシアと二人、この災厄の敵、黒の巨虫と向かい合った。
フローレンは再び、花園の剣を構える。
アルテミシアも、その手に雷光を宿し、構えている。
その黒の巨虫が成長を完成させ、動き出そうとした刹那…
何の合図もなかったが、ぴったり息を合わせるように、二人同時に仕掛けた。
フローレンが距離を詰め駆け寄る。
その先が鋭い鎌のようになった虫の脚が、獲物を薙ぎ斬るように振り下ろされる。
フローレンは身を回して避けながら花園の剣を振り上げ、迫る鎌を黒光りの脚ごと斬り飛ばした。
いや…斬ったが飛ばせない。
僅かに黒い殻の表面が散った程度でしかなかった。
「! 硬っ…!」
再生された脚は、先程斬り飛ばした時よりも遥かに硬くなっている。
その脚は片側だけで四本、地についた脚を除いて、だ。
一本を斬り飛ばして避けても、すぐに次の脚が迫る。
二本目の鎌脚を、身をよじってかろうじて躱す。
それでも、鎌の先がわずかに触れた、花びら鎧下半身の前垂れの端っこが砕け、赤い花びらの光を散らし消えた。
<<雷球・月雫>> サンダーボール☆ムーンドロップ
アルテミシアは、手に収束させた雷光を球状に膨らませ…それを投げつけた。
顔の大きさほどもある雷撃の玉が飛ぶ。
漆黒の虫の体で弾けて広がり、その全身を青白い電撃が駆け回った。
けれど…
それほど怯んでいる様子ではなかった。
(やっぱり…黒いオーラは雷術でほとんど相殺されない…♭
という事は…ただの虚の存在じゃあない…)
次を考える間もなく攻撃が飛んできた。
吐き出されるように飛ばされた、白濁の液体。
その身体の全面、何と呼ぶ器官なのかわからない場所から水鉄砲状に飛ばされた体液だ。
魔法を放った後の体勢では躱す間もなく、アルテミシアの身体に纏わりついた。
「きゃ!♭ 何よこれ… キモチワルイったら…♭♭」
ネバつく液で動きを封じられたアルテミシアに、また別の“口”から吐き出された攻撃が迫る。
甲殻と同じ色、黒光りする破片が、無数に飛来する。
それは鋭い針か刃のようなものだ。
(! 躱せない…!#)
アルテミシアは粘液にまみれ、魔法のための動作も満足に取れない…!
(緊急発動…!#)
間一髪…アルテミシアの姿は、貫かれる直前、少し離れた位置に現れた。
絡みついたはずの粘液だけがその空間に残され、飛んできた黒光りの針刃がいくつも刺さり落ちた。
<<瞬間移動>> 《ブリンク》
<<条件指定>>
→装備品を除く物質は転移除外
(転移魔法、仕込んでおいて、良かった~♪)
魔法の緊急発動にはいくつか事前準備が必要となる。
アルテミシアの使用したのは魔法込めのブローチ。あのダンジョンで似たような報酬を受け取って、それはイセリナにあげたのだけど、自分の持っているアイテムを見直す切っ掛けになったのだ。
以前は高レベルな攻撃魔法を込めていたのだけれど、使う機会がなかった。それほどの強敵と出会う事がなかったので仕方がない。
で、回避・防御系魔法中心に仕込み直していたのだけど…
その見直しが早速、役に立った訳だ。
フローレンも鎌の脚を剣で往なしつつ飛び退き、アルテミシアの隣に並んだ。
再び二人が並び、再び距離を開けて魔虫と向かい合った。
「こういうのって…昔を思い出すわね!」
「懐かしいカンジよね♪」
冒険者時代…この手の難敵には、幾度となく遭遇した。
そして、打ち勝ってきた。
つい先日の、あのダンジョンで遭遇した虚獣との死闘もそう。
数々の死線をくぐり抜け、強敵たちを討ち果たしてきた。
でも…
「二人だけだと…」
「ちょっと厳しいかもね♪」
押しきれない。攻めの威力が、攻めの手数が、足りない。
隙が見えない。大技を出すための、時が稼げない。
そして体力が消耗する。このままではいずれ、躱しきれなくなる…
「それでも…引けない!」
「そうよね…引けない!#」
先程から空を灰色の雲が覆いつくし、陽光が遮られている。
この禍々しい巨虫が呼び寄せたのだろうか…
この虫の纏う闇のオーラは、なんとなく黒い空の雰囲気を連想させる…
その不吉なる虫が再び動き出そうとした。
フローレンの花園の剣に咲く幻花が、緊張の紫色に染まり…
アルテミシアがその手に、光の魔法陣を描こうとした…
その瞬間だった。
「「!」」
巨虫の右側で、炎が爆ぜた。
その黒光りする甲殻を、黒焦げになるまで焼き尽くす。
巨虫の左側に、風が奔った。
その鋭い鎌よりも、さらに鋭い刃が駆け抜け斬り飛ばす。
炎と風の双撃は…そう、あの二人だ!
「アタシ抜きで始めてるんじゃないよ!?」
「あーしも、まぜろー! まぜろったら、まぜろー!!」
燃える火色金の剣と、金剛鉱の大斧を構えた二人が、フローレンとアルテミシアの隣に降り立った。
「待ってたわよ!」
「やっぱり来てくれたわね♪」
フローレン、アルテミシア、レイリア、ユーミ…四人が並び、巨大虫と対峙する。
クレージュの店に来てからしばらくは、この四人で冒険を重ねたものだ。
花月兵団が結成されてからは、一緒に冒険に行く機会もなくなったけれど…
今日ここで再び揃って戦う事になったのは、何かの巡り合わせだろうか。
「これが敵の大将…ねぇ…?」
「かわったヒトだよねー」
レイリアとユーミは、そんな事を言い合っている。
黒衣の”男”の姿を見ていないから、その反応も仕方ないとは言え…
「えっと、最初はヒトだったんだけど…♭」
「今はもう人間辞めちゃってるよね…」
「どう見ても、魔に属す者、だよな…」
「うん、マモノだー!」
冒険歴の長いこの四人は、何度も戦い、その雰囲気だけでわかる…
つまり、魔なる存在。
古き時代には“悪魔”などと呼ばれていたという、邪なる存在。
魔虫と呼ぶに相応しい。
先程、アルテミシアの雷術が効かなかった事を鑑みるに…
この敵は九大属性で言うところの、消失の力…“虚”属性ではない。
七大元素に属する“光”に対抗する“闇”に近いが、それよりもさらに深い。
「そう… つまり、“冥の災い”に属するものよ…♭」
アルテミシアの言葉に、間違いはないであろう。
あの魔虫の禍々しい姿は、まさに冥府の使者を思わせる。
レイリアの手にある火色金の剣、そこに宿る炎が白く眩く輝きだす。
「“冥”の…だったらね。これが効く訳だ」
大技「四界の炎」の一つ、天の理の炎。
天の理に守られないものを焼き尽くすだけではない。
本来は冥なる者を焼き滅ぼす、聖なる炎なのだ。
「そういう事♪」
その聖なる炎に照らされるように、アルテミシアの手に現れた「月琴」も姿を変じる。
それは、金襴と無数の月長石で縁取られた、神獣鏡。
それは、「月鏡」
アルテミシアの伝説級運命絆装備である「月琴」の、「月船」とも「月剣」とも、また異なる姿だ。
満月型の鏡は、雲間から漏れる微かな陽光を集め、仄かな輝きを放っている。
そして論理魔法における“鏡”には、「魔祓い」の効果が付与される。
この鏡から放たれるのは、“冥”を穿つ、天の理の光。
つまり…
「“月鏡”は、私の放つ月の技に、天の理を付与するのよ♪」
アルテミシアの手から広がった魔法陣に光が灯る。
今度は雷光ではなく、純粋な天の光…聖なる光だ。
「冥府の敵だったら、こちらは天の技、よね」
フローレンも続いた。
実は「月鏡」による天の力の付与は、アルテミシア本人の技に限らない。
フローレンの繰り出す光の花の剣技にも、その力を付与する効果があるのだ。
花園の剣にも、同じ天の色…純白に輝く幻花が咲いた。
ユーミだけは変化のない、漆黒の大斧のままだけれど…
彼女は変わらず、ケタ外れの馬鹿力でぶった斬るだけだ。
フローレン、アルテミシア、レイリア、ユーミが、
爆炎と斬撃から再生し立ち直った魔虫と向かい合った。
冥のオーラに包まれた魔虫に対し、天の光を纏った聖女たちが立ち向かう。
この戦いを見守る花月兵団の女子たちの目にはきっと、そのように映っているだろう。
フローレンが光の花の技、孤高乃純白で斬りつける。
アルテミシアが放つ月光弾丸☆天空が黒の甲殻を撃ち抜く。
レイリアの白く輝く天の炎が、虫の外皮を冥のオーラごと燃やし続ける。
ユーミはただ、桁外れの破壊力をもって、斬って斬って斬りまくる。
クレージュは馬上にあって、離れた位置からこの戦いを見守っていた。
もはや他方面の戦いはすべて収束し、指揮を取る必要もなくなっていた。
残るはこの最後の戦いだけだ。
彼女の側に控える花月兵団女子たち瞳にも、全員漏れなくこの戦いが映っている。
特にミミア、メメリ、キューチェの三人は、この戦いから目を離せなかった。
あの星降る坑道での戦い…悪夢のような巨大な岩獣を、この四人は圧倒的な力と連携で葬った…
あの時の戦いの光景に魅せられたこの子たちは、彼女たちに少しでも近づけるよう、日々研鑽を積んできた。
この四人の戦いの記録にさらに武勇伝を上乗せするべく、彼女たちは白熱の瞳で戦いを見守っている。
それでも…
「これで、五分…ってところね…」
クレージュの目にはそう映っている。
「えっ…五分って…」「そんな…あんなに強いのに…?」
その言葉に、ミミア、メメリたちは動揺を隠せなかった。
「…みんな…負けないで…!」
キューチェは祈るように胸元で両手を結んだ。
相方のハンナが、不安ごと包み込むように、その手を重ね包んだ。
「心配ない」
皆の後ろから、淡々とした声がした。
その声の主は、いつの間にかそこにいた、小柄な銀色の少女?だ。
「現状互角なら…計算上、勝利は確定」
そう呟くやいなや銀鎖ドレスの少女?は、白銀黒銀の絡み合った螺旋ロールのツインテールをなびかせ駆けていった。
クレージュは馬上から、駆けていく銀色の閃光を見送った。
そして見つめる。
その向かう先で戦う、フローレン、アルテミシア、レイリア、ユーミの姿を。
フルマーシュに店を出し移り住んでからというもの、あの四人は一緒に冒険に行く事が多かった。お店の経営と商売に忙しいクレージュは一緒に行けず、ただ帰りを待つだけだった。
今は…あの頃とは大きく変わっっている。
そう。新しい仲間ができた。
ロロリア、アルジェーン、多くの花月兵団の女子たち。
ここにいないレメンティやラシュナス、大樹村にいる留守番組やフルマーシュの店のメンバーも。
この先も、花月兵団はもっともっと仲間を増やし、大きくなっていく予感がある。
そのためにも、この戦いを…
「勝たなきゃ、ね…!」
「はぁ、はぁ…さすがにしぶといわね…!」
「…ちょっと…底が見えないかも…♭」
「ったく…さっさと燃え尽きちまいなよ!」
「ガイチュウめー! くたばっちまえー!」
巨大な魔虫へ容赦なく攻撃を叩き込む。
だが、光で斬られ貫かれ燃やされても、魔虫の反撃もまた激しかった。
白濁の粘液を避け、黒光りの針刃を躱し、振り下ろされる鎌を往なす。
今は攻撃を見切っているとは言え、手数の多さは侮れず、体力の消耗とともに動きが鈍れば、いずれは捕捉される…
だからここで再生の暇を与えるわけにはいかない。
疲れを振り切って、攻め続ける!
「…いける!?」
「…いくしか!#」
「…いくよっ!」
「…いくぞー!」
四人が構え直した、
その時。
銀の閃光が四人の視界を駆け抜けた。
「アルジェーン!」
戦場に現れた銀の少女?が、無数の銀鎖を投げつける。
「捕捉」
銀鎖のそれぞれが、虫の脚を絡め捉えその動きを封じる。
だけれど、魔虫の抗う力が強い、銀鎖が激しく揺らいでいる。
拘束は長くは持ちそうにない。
その機を逃す女子たちではない!
ユーミが風のように駆け寄った。
「どりゃあぁぁーーー!」
先程よりも強烈に金剛鉱の大斧から繰り出される裂空の刃が、魔虫の甲殻に☓の字を刻んだ。
「…燃えな!」
レイリアの飛ばす白い炎、魔を払う天の炎が、その☓字の傷口を焼き輝かせる。
アルテミシアの月色の魔法陣が、そのしなやかな手に光を収束させる。
<<月色光線☆聖天>>《ムーンレイ・セイクリッド》
月鏡に清められ増幅された光が、無数の光線となって黒き魔を貫いた。
空を裂くような金切り声を上げ、魔虫が怯んでいる。
「今よ、フローレン!#」
フローレンの花園の剣に咲く純白の幻花が、神々しい光を放った。
「これで…終わりよ!
重ね奥義…」
<<月下宵妃・天向陽光斬>>
それは月と太陽、二つの花の大技の合技。
地より立ち上るのは、巨大な夜女王花の幻花。
そしてその剣に咲くのは、光り輝く向日葵の幻花。
動きを封じられ、天の炎に焼かれ貫かれる魔虫をめがけ、月色剣閃の連撃が襲う。
そして眩い陽光の一閃が、暗黒の虫を真っ二つに斬り下ろした。
~~暗黒の魔虫ですら、この高レベル冒険者女子たちの相手としては、少し役不足であっただろうか。
もっとも…それはこの呪詛の主が、ディー程度の術者であった為でもある。
これが何枚も上の術師の命を捧げた暗黒術であったなら、花月女子のほうが全滅していた可能性は否めない~~
ともあれ魔虫はこの女子冒険者たちの前に敗れ去る…
光に包まれながら、暗黒の大虫はその身体を崩壊させてゆく…
(…?)
巨大な虫の甲殻の身が砕けた事で…
黒衣の男ディーは、その意識を僅かに取り戻した。
『…何故だ…?』
その身体は魔虫と化したままだ。
羽音の共振のようなその声だけが、かろうじて人の姿をしていた。
『…何故…我が敗れる…?』
その言葉には、命まで捧げ、それで勝てないのは不条理だ、と言わんばかりの感情が聞き取れた。
アルテミシアが進み出て、答えた。
「貴方は言ったわよね? 人を動かすのは、恐怖と欲望…って?
違うわね…
人を動かすのは、大事な人を想う気持ちよ…♪」
「私達の繋がりが、あなたたちに勝った。そういう結果よ」
フローレンもそれに続ける。
「つまり、人と人の絆、でしょ?」
孤独を好むレイリアですら、その言葉を語った。
「それって、アイ、だよね?」
一番わかってなさそうなユーミでも、この程度の事は理解しているのだ。
だが…
それらの言葉が、ディーの神経を逆撫でする事となった。
『…想い? …繋がり? …絆? …そして、愛…だと…?
…くだらぬ…! 実に…!
…下らんっ!!!』
その言葉に対する不理解。苛立ち。
そして黒い感情が、この男に最後の力を開放させた。
『蟲よ…こやつらを…
この不快なる者どもを…
喰らい尽くせ…!』
崩れ残った魔虫の身体が砕けた。
その黒の甲殻は、無数の細かな蟲と化し…
そして放たれた。
「な…何!?」
身体に寄る蟲を、フローレンは斬った。
だが、それは全体の数からすると、ほんの微々たる数にすぎない。
ただの蟲じゃあない。
闇を纏った、微小なる魔虫…
この冒険者組の持つ守りなら、傷にもならない。
だけど…遥かに弱い花月女子たちや、無防備な村人たちならば…
この蟲に食い尽くされる事になりそうだ…
「まずいわね…!##」
アルテミシアも、蟲に触れることでその事を悟った。
細かくなった蟲の群れが、湧き出すように次々に現れる。
幾千幾万とも思える漆黒の蟲が、村中に飛び広がって行く。
「燃えろ!」「くたばれー!」
レイリアとユーミが燃やし斬りまくるが、蟲の勢いが収まる様子はない。
あまりに数が多すぎる。
「みんな!# 持てる限りの防護魔法…いえ、攻撃を!###」
アルテミシアは離れていた女兵士たちに向かって叫んだ。
アルテミシアですら混乱気味だ。その対処法がわからないのだ。
そう。防ぎきれない。
それを悟ったアルテミシアは冷静に戻り、そして意を決した。
そこには、激しい後悔の念がある。
この男に早々と止めを刺さなかった、自分の落ち度…
この状況を招いたのは、自分の責任…
だから…
(魔奈を使い果たして…私の身が裂けても…
みんなを…守る!##)
アルテミシアは、覚悟を決めていた。
(この男が命を賭けた術だったら…
私も、命を賭ければ、このくらい…!♭#)
それは、禁断の「大願」の魔法…
ただ一つの清らかな願いを叶える魔法…
自らの命を捧げて。
膨大な魔奈の流れが、アルテミシアの身体を駆ける…
(フローレン…みんな…後は…お願い…♭#♪)
その月色の髪が、巻き上げられたように宙に泳いだ。
「なっ…! ちょっと! アルテミシア!!」
「おいっ! 何やってんだよっ!!」
「だめーー! アルねえー! しんじゃうーー!」
(いいえ…止めないで…これは…
私のケジメだから…)
そんなアルテミシアの肩に、優しい手が触れた…
「早まらないで…アルテミシア…」
ロロリア。
この戦いの最中、ずっと加護を掛けてくれていた、優しき森の乙女。
その声までも、包み込むように優しい…
「私達の森は…あんな蟲になんて負けないわ…」
その手の温もりと声の優しさに解かれたように…
アルテミシアは、暴走するように体中に集中していた、魔奈の構えを解いた。
(…みんな…一緒に祈って…)
言葉を交わさなくても…みんなの心にロロリアの想いが伝わってくる。
フローレンの、アルテミシアの心に響く。
そしてそれは、クレージュ、レイリア、ユーミ、他のすべての花月の女子たちの心にも…
花月兵団女子たちは…見えないけれど、互いの間に光の糸のようなもの…絆の糸で繋がっている事を、ここにいる女子全員が感じずにはいられない。
それは、この場にいる者だけじゃあない…
東側に残っている者たちも…
北側の治療所にいる者たちも…
西側の岩場にいる者たちも…
花月兵団の全員が、村の各所で…
この絆の糸と、それによって強くなった森の加護を感じていた。
そして…共に、祈った。
空が、黒に覆われる…
無数の死蟲の群れが、雲間から漏れる陽光を遮っている…
ロロリアと、花月女子たちの祈りが重なった。
神々しい緑光の防御結界が、膨れ上がるように村全体を覆った…
大樹の加護の…爽やかな緑の光の粒子が、その輝きを増す…
そして…
緑の光に触れた黒き死虫たちを砕いてゆく…
魔虫の力を開放し、元の姿、人の姿に戻った黒衣の男ディーには…
もはや身を起こす力も残っていない。
このまま捧げた命が消えるのを待つだけの時間。
ただ虚しく天を見上げるだけだ。
「…馬鹿な…」
ディーは消え入りそうな声で、そう呟いた。
自らの命を捧げた死の虫の群れが、次々に浄化されてゆく。
黒き群れはかき消され、新緑の光が天を覆う。
やがてその光も薄くなり、元の曇り空が戻ってきた。
すべての色が、元の自然のままに…
そして…
自分を見下ろしている女どもに対し、もはや行える事は何もない…
(…命を捧げても…この結果か…)
すべてが虚しい。
いや、無に帰るのだ。それを悟っている。
実際に、自分の身体が、足の端から砕けていく感覚を覚えていた。
「…ディー!」
誰だ…?
自分を呼ぶ声がする…
その姿は…
姫紅鉱のビキニ鎧を纏った戦巫女…
流血止まらぬ腹部の傷を押さえ、よろめくように歩み寄ってくる…
その表情からは、血の気がひいている…
いつもの気の強い戦巫女の顔をしていなかった。
「ヴァーナか…
全て終わった…もう…お前は、行け…」
「…嫌よ!」
倒れているディーの隣で膝をつき、ヴァーナはか弱き乙女のように泣きじゃくる。
この女が、このような弱気な姿を見せた事など、今まであっただろうか…
そこにいる敵の女子たちの姿など、もはや目にも入っていない。
戦いを望んでいた相手の剣士も、自分にこの致命傷を追わせた炎巫女の姿ですら…
ヴァーナが見つめるのは、ただその男、ディーだけ…
「一人で…逝かないで…!」
ディーの身体が砕けていくをヴァーナは見て取った。
彼女の望みはただ、最期の時を彼と一緒に迎える事だけ…
ヴァーナはゆっくりと、上から、そして下と…
その着ている鎧を外した。
強力な論理魔法装備を身に着けていれば、侵食する闇に喰らわれる速度も落ちるからだ。
何も纏わぬ姿で、身体の崩れ始めたディーに抱きつくように寄り被さった。
気の強い戦巫女だったけれど…最後は、愛する男と一緒に朽ちていく事を選んだ。
ディーにとって、ヴァーナはただの扱いやすい女だった。
女の喜びを与えてやれば、自分の為に労を惜しまず働く。
ただそれだけの存在だった。
だった、はずだ。
(そうか…これが…
愛、か……)
ディーは残る最後の力で、女の何も纏わない身体を、自分の黒のローブで包んだ。
この男は…
命の果てる間際になって初めて、恐怖でも欲望でもない、その感情を知ったのだろうか…
「…お前たちに、一つだけ…言っておく事がある…」
ディーは自分を見下ろす女どもに語りかけた。
「我らブロスナムの敵は…ルルメラルア王国ではない…」
(何? 今更何を言って…?)
女たちの見せるその驚きと戸惑いの表情など、もはやこの男の瞳には映らない。
「我らが倒すべきは…ルルメラルアに巣食う…獅子身中の虫…
忘れるな…」
それがディーの最期の言葉だった。
やがて…ディーの身体を、そして肌を合わせているヴァーナの身体をも合わせて、闇が侵食していく…
二人は、一緒に闇の欠片となって砕けてゆく…
朽ちてゆく前…二人が最後に見せた表情は…
安らかなものだった…
話の流れ的に二話に分けようかと思いましたが、まあそのままいきました。
やっぱり年中にこの章書き切るのはムリでした…今年じゅうにあと一話上げられれば幸いです…




