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花月演義 ~~花月の乱~~  作者: のわ〜るRion
第10章 狭間の山の小さな三国戦
124/139

121.花月女子たちの山中防衛戦 捌


~~村の東側から中央に抜ける居住区~~



フンメルと名乗ったその三段ダルマのような姿の滑稽な男は、ユーミが軽く振るう大斧を片手半剣で受け、流してくる。


この久々に出会った強敵との戦いを…


(めっちゃ、たのしーー!)


ユーミはとても楽しんでいた!

これほどの敵とはそうそう遭えるものではない。

しばらく張り合いのある戦いがなかったユーミにとって、久しく身体を熱くさせる運動なのだ。



そんな「楽しい」戦いに水が差される。

いや、差されたのは、水ではなくて、火だ。



「おぉ!??」


滑稽な男剣士の横合いに炎が弾けた。


「あ…」


男が体勢を崩した隙をつくように・・

ユーミの金剛鉱(アダマンタイン)の大斧が薙いだ。



ユーミの斬撃は、大いに手応えあり…

フンメルの身体は真っ二つに、腰から上が吹っ飛んだ。



「レイリ! じゃますんな! せっかくあそんでたのに!」

オモチャを取り上げられた子どものように、ユーミは空いてる方の手を振り回して、駄々をこねる。


「遊びすぎだろ! そんなザコに時間かけんな!!」


だいたい、ユーミがこんなところで時間を食っているおかげで…

大量のザコどもの相手を引き受けさせられ、使いたくない大技を使うか否か…

というとこまで追い込まれたレイリアは、ユーミよりもっと怒っている。


「みんなまだ戦ってんだよ! オマエ一人が楽しんでんじゃないよ!!」


レイリアはそう言ったが、この西側の居住区には他の敵はいない。

この剣士フンメル一人に倒されたオノアの女子戦士たちも、いつのまにか立ち直って、この二人の戦場に似つかないやり取りを見て、呆気にとられている。


「こっち! まだ大量にいるんだから、さっさと片付けるよ!」

言い捨ててレイリアは東の方へ駆けていった。

戦いがまだ続いているという、村の中央のほうだ。


ユーミも「それもそっか!」といった感じに、その後を追っかけた。

手応えのある敵将との“遊び”を終え、ザコを斬りまくる“作業”に戻る。


「あー…ひさびさに、ホンキだしたかったなー…」

とか言いながら去っていく、ユーミの小柄な影。


腰から上の頭胸腹と三段ダルマな部分だけで、虚しく取り残されたフンメル。

(ザこ…? 私…ざコでスか…?)

とでも言いたそうな顔で、先程まで斬り結んでいた小柄な影を見送っていた…





~~村の北側 療養所~~


「貴女たち、ここで治療を手伝って頂戴」


森妖精(ドライアード)の薬師ペリットが、海歌族(セイレーン)の四人に手伝いを要請した。


ペリットは戦闘用の衣装ではなく、白衣を羽織っている。

小鬼(ゴブリン)と戦った時のように、戦闘では毒をまとった弓矢を使う。その時は黄緑色のダブルツインテール髪をなびかせ、活発な少女のような印象なのだけれど…

今は同じ小柄ツインテ姿なのに、なぜか大人っぽい雰囲気なのは、そのおちついた白衣装のおかげだろうか。



この療養所には、負傷したオノアの男戦士たちがいる。

村中央は敵の数が多く、居住区まで攻め込まれ、そこでオノアの男女が戦って止めているのだ。


オノアの女子たちは大樹の加護で徐々に傷が癒えるが、男性には加護の効果が微弱なので、物理的な治療、または他の魔法的な治療が必要になるのだ。


男たちは、主に腕や肩を負傷している。

戦場になっている中央広場の居住区からは少し離れているので、ここにいるのはそこから自分で歩いて来れる者がほとんどだ。脚を怪我している者は、誰かに付き添われてここまで来たはずだ。

ここは本来は見張所であり、ついでの療養所だから、主戦場から離れているのは仕方がない。


女医、もとい薬師のペリットは、薬治療、魔法治療ともに得意で、森妖精(ドリアード)の中でも最も治療に長けている。

だけど彼女一人だけでは、ここにいる男性全員に対して治療が追いつかない。

ここにいる村の女性たちが対応しているけれど、それは応急処置でしかない。


だけれど、海歌族(セイレーン)の四人は、水術による治癒が行えるのだ。

一人で手が回らなかったペリットにしてみれば、いいところに来てくれた、といった感じだろう。


「あ、でも…東の方も大変だったんだけど…」

「そ、戻らなきゃ、クレージュさんたち、苦戦してると思う…」


アジュールとセレステの言い分は(もっとも)もだ。

けれど…

白衣姿のペリットは負傷した男性に包帯布を巻きながら、ごく自然体な物言いで、


「もう必要ないわよ。

 東側は弓使いの将を倒したから、敵が逃げ出してるって」


と、東側の戦局を気にする四人に対して、思念伝達で来た情報を教える。


「「「「えーー??」」」」


予想外な答えに、驚きが四つ重なった。


「じゃ、じゃあ…あの狙撃手はやっつけたの…?」

「そうよ、森の中にいるのに…どうやって…?」


「弓使いを倒したのはアルジェーンだそうよ」

女医ペリットは男性の腕に巻き終わった包帯をきゅっと締め、装備換装したハサミで切りながら、また抑揚のない口調で言った。


「えー! やるじゃん、あの子~」

「やっぱ…めっちゃ強いからなーあの子…」


「東側はもう戦いは終わってるから、はい、手伝って、手伝って!」


ペリットはロロリアに思念で状況確認を行うついでに、ここに着た海歌族(セイレーン)の四人を治療兵として借りることを要請して了承されているのだ。


どちらかと言えば、訓練“部長”兼クレージュの行商助手である海歌族(セイレーン)チアノのほうが、森妖精(ドライアード)の薬師ペリットより花月兵団の組織中地位は高そうなのだけれど…

彼女の女医のような雰囲気で言われれば、治療の手伝いを断れそうもない…


まあこのチアノだけじゃなく花月兵団のメンバーは、誰が上とか下とか、そんな事を気にする感じでもない。

ペリットも必要だから手伝いを要請しているだけだ。


「わかったわ、じゃあ任せて…」


海歌族(セイレーン)リーダーのチアノが、順番を待っている男性に水術による治療術を施す… 身体を寄せて…というか、身体をぴったりくっつけて…


ラピリス、アジュール、セレステもそれに続いた。

白い胸当て軽装鎧を外して、紺色ボディスーツだけの身軽姿になって、治療を始める。


諸肌脱いだオノア男戦士のたくましい身体に惚れ惚れ…している場合ではないのだけれど…

鎧を外した海歌族(セイレーン)乙女たちの、紺ボディスーツに包まれたふくよかな胸や、むき出しの太ももが、男性の身体に当たったりするのも御愛嬌。

海歌族(セイレーン)女子はみんな揃って男性好きなので、ここで男の人の治療をするのも楽しいのだった。


療養所の外では、針子のトーニャとパン焼きのベルノ、料理人母娘キャビアンとトリュールが見張っていた… トリュールは母キャビアンから鍛える事を宣告されて、なんかもう心身ともに疲れ果てている感じはするけれど…。

まあでも、もし敵が攻め寄せれば、すぐに知らせにくるだろう。

傷の治ったオノア男戦士たちも戦えるので、ここの防衛は十分だ。





~~村の東側~~


クレージュたちの眼の前には、腹部を貫かれた、貧相な男が転がっている。

この弓使いの指揮官が倒された姿を目にして、こちらの戦線の敵は撤退した。


ウェーベルたち壱番隊のメンバーが、降伏したり倒れている敵兵を次々に、自動束縛の魔法がかかったロープで拘束していく。

わざわざしゃがみこんで縛る必要もない。

彼女たちの手を離れたロープが、投降兵の手首足首を自動的に固く縛ってゆく。

魔法を仕える子たちが事前に作っておいた、身動きできない相手を瞬時に手足を拘束するロープだ。



「チアノたちは無事、北の治療場に到着…

 そっちに向かってた敵は全滅…味方被害なし…

 トリュールはトーニャ、ベルノたちと防衛に残って、

 海歌族(セイレーン)四人はそのまま治療を手伝う、だって」


「良かったわね…北は無事…」

森妖精(ドライアード)マラーカの報告を受け、クレージュは安堵の息をついた。

人質に取られるような状況も回避され、友軍に被害もない。


(オサ)の索敵によると、こちら…東方面の敵は壊滅、全員逃げ出したみたいだね」


「ええ。そのようね。

 …マラーカ、他の戦況は、わかる?」


「えとね、西側も敵は壊滅、レイリアが敵将に勝ったみたい。

 火竜族(サラマンド)とユナたちが残敵を片付けてるようだね」


「もう戦いは終わり、って感じなの?」


「いや…それはまだ…

 中央はちょっと混乱気味みたいだね」


()されてるの?」


「うん、残りの敵が中央に集まってきてるんだけど…

 フローレンもアルテミシアも、まだ敵将と交戦中。

 だから指揮を取れる人がいないんだって」


「そういう事になってるのね…

 わかったわ…」


クレージュはそこまで話して、座り姿勢から腰を上げようとする。


「私も中央に行くわ。ロロリアに伝えて」


そう言って、負傷していないほうの脚を膝立ちに、立ち上がろうとした。


「…っつ!」

射たれた足が痛む。

リマヴェラが苦痛緩和の花術をくれたけれど、それでも力を入れる度に痛みが走り、立ち姿勢がゆらぐ。

眼の前に転がっている、この弓の男に射たれたせいだ。


「別にクレージュが行かなくても…」

マラーカがその身を気遣う。

クレージュが負傷したのは、自分のせいでもある。


「いえ…できれば、見届けたいのよ…」


この戦いではフローレンに総司令を任せたとは言え、やはりクレージュは花月兵団の長なのだ。


「なるほど…だよね」

総長としてのクレージュの意見に、マラーカも異論を挟む余地はない。



「マム、しっかり!」

花月兵団女兵士の中で一番力の強いディアンが駆け寄って肩を貸してくれた。

支えられながら、ゆっくり立ち上がりる。


「マム、おまたせ!」

その相方の機敏なネージェが、(うまや)まで走ってクレージュの愛馬を連れてきた。



クレージュの愛馬「ローラン」は毅然とした振る舞いで、(あるじ)であるクレージュを迎えた。もともと軍馬だから、まだ戦闘の続いている中央の戦場の雰囲気に怯むこともないだろう。


「ネージェ! そのままマムの護衛を」

「わかった、ディアン! まかせて!」


普段ならクレージュだけで問題ないだろうけれど…

脚を負傷しているので、一人で行かせるのは不安があるのだ。


女性の体重だったら、二人乗りくらいはできる。

…とは言え、二人も乗ったらさすがに負担はかかる、ので…

ディアンは、自分より体重がはるかに軽いネージェを同行に推した。

そういう遣り取りが、何の相談もなく行えるほど、ネージェとディアンは親密なのだ。


「ウェーベル、あとはお願い」

「わかりました、ここの指揮を取ります」


クレージュに呼ばれた、壱番隊隊長ウェーベルが(うなず)いた。

敵は逃げ去ったが、まだ警戒は必要だ。

北に続くこの場所を空白にする訳にはいかない。


「こっちは大丈夫だよ! あたしもいるからね!」

当然、連絡係のマラーカも残る。

何か異変があれば、中央か北からすぐに駆けつけられるだろう。


残りの壱番隊メンバー、ちっちゃなアーシャ、花屋のリマヴェラも、このままここに待機。

負傷しているイーオスを、姪のヘーメルと力の強いディアンが一緒に肩を貸して、営舎の中の休める場所まで運んだ。


その途中でイーオスは、その倒れて既に息絶えている弓の男を…

「よくもっ! おなか、射ってくれたわねっ!」と、思いっきり蹴飛ばした。

その力を込めた蹴り動作のせいで「いたたた…」と、射たれたお腹の痛みが襲ってきたりするのだけど…この気の強さを保ってられるなら、大丈夫そうだ。




クレージュは、ネージェとふたり、愛馬ローランの背に乗り、中央へ向かった。

途中で敵に遭うような感じはなかったが、この東側から村の中央までは地形の高低差が何段もあるので、慎重に、時に回り道をしながら進む…





~~村の中央広場~~


花園の剣(シャンゼリーゼ)戦斧(バトルアックス)と打ち合い、赤い幻花の花びらが舞う。

フローレンはずっと、赤(ヒゲ)の猛者と打ち合っていた。


いくら斬りつけても、怯む様子がない…

それくらい体力馬鹿な相手である。

相手の戦斧は当たらない。微かに食らったとしても、重ね掛かった防御効果が無効化してくれる。

だけどさすがにフローレンも、多くのザコを往なしながらの長い時間の戦いには、幾ばくかの疲労を感じずにはいられない。


それでも…やっと、群がってくる山賊兵がいなくなった。

あれだけいた山賊兵も、やっと数が尽きた、という感じだ。


この赤髭の猛者とは、ザコの妨害込みで互角、という感じだった。

それがなくなり、やっとフローレンが押し始めた。


「いくわよ!」

フローレンは花術の構えを取る。

一気に勝負を決めにかかる時が来たのだ。



 <<桜花旋風>> チェリー・ストーム



旋風(つむじかぜ)に舞う桜吹雪が、フローレンの姿をかき消した…



「うぬっ…どこだぁ…!」


赤髭の猛者は花の剣士を見失った。

重量のある戦斧(バトルアックス)を闇雲に振り回す。

もちろん、当たる事はない。

桜吹雪が、風圧を受けて舞いの形を歪ませるだけだ。


何度目かの戦斧が大振りに横走った直後…

その隙を突くように、赤い輝きが桜舞の中から踊り出した。

フローレンが駆け寄り、距離を詰める。


桜吹雪の中から、剣に咲いた赤の幻花が()いだ。


赤髭のバルバロットは、さすがに歴戦の猛者だ。

大振りの後の不意を突かれても、体勢を立て直しつつ、その剣撃をかろうじて(かわ)した。


駆け寄る勢いそのままに、フローレンはそのまま跳んだ。



「ぬっ…!!

 この…小娘がぁぁぁ!!」



フローレンの両の足…草花の編みサンダルが、男の両の肩を踏んでいる。

その肩は大柄なので、フローレンの卓越したバランス感覚なら、しっかり踏んで立つことは容易い。


そして…

このままだと、フローレンの花園の剣(シャンゼリーゼ)が振り降ろされ、そのまま刎ねる事になる。


(さて…どう対処してくるかしら…?)


身体を揺らしてバランスを崩そうとするのか…

戦斧を振り上げてくるのか…


「ぅぬわぁーー!」


そのどちらでもなかった。

バルバロットは両の腕で、フローレンの足を掴みにきた。


(一番対応しやすい形が、きたわね!)


戦斧は地に刺したままだ。

その手から大きく離れている。


足首を掴まれる刹那、(かわ)す。

フローレンは素早く宙返る。

男の後方に、だ。

赤髭は、その姿を確かめるために、後ろを向く…そのために次の一手が遅れた。


(いくわよっ!)


フローレンは俊敏に着地し、足を付くのも一瞬、そのまま地を蹴った。

身を低くした姿勢で、一気に飛びかかる。

対応の遅れた相手が、地に刺さった戦斧を引き抜くより速く。


「ぐわっぅ!!!」


フローレンの剣に咲いた、真紅の幻花。

そこから爆ぜるように、血の花が咲き広がった。


鎧のない、肩の部分を斬った。

おそらくこの男の利き手であるほうの、右の肩だ。


(まだまだ…!)


連続で斬りつける。

本能的に防御しようと構えた、筋張った右の腕も、続けて。


フローレンの剣技であれば、通常なら腕が宙に飛ぶほどの威力はあるだろう…

だが、斬り落としてはいない。

この男のあまりに硬い筋肉が、刃を最後までは通さない。

だけれど…大きく斬られた肩や腕からは、激しく血が流れ続けている。


「もうあきらめたら…?

 その傷じゃあ、両手でオノを持てないでしょ?」


フローレンは剣を軽く振った。

花びらのカケラのように、剣身に(まと)っていた血が散った。

さらに一撃を叩き込むべく、花園の剣(シャンゼリーゼ)を構え直した。


「小娘がぁぁ……! なめるなぁぁぁ!!!」


赤髭は振り回してきた。

重厚な戦斧を、片手で、だ。

だけれど…

柄を短く持って、不器用に振り回すだけだ。

もはやそんな攻撃では、当たることはない。


「あきらめ…悪いわ、ねっ!」


不安定に大振りに外したところを、さらに斬る。

もはや技を使う必要もない。


残る左の腕からも血が吹いた。

フローレンは手を休めず、更に追撃の剣を繰り出した。


「ち…畜生がぁぁ!!」


赤髭は、後ろへ飛んで(かわ)した。

重たい戦斧を地に投げ捨て、だ。

生き延びるための戦士の本能、といったところだ。

斧を捨てなければ、今度は頭から血を吹いていたところだろう。



「バルバロット隊長!」「逃げて下せえ!」


参番隊・䦉番隊と戦っていた二人の兵士が、そちらを捨ててフローレンの前に立ちはだかった。


この二人も、かなり手強かった。

ブロスナムの元正規兵、バルバロットと呼んでいた、この赤髭の直属の部下だろうか。



フローレンは思い出す…

あの燃え崩れる山砦での戦いの時…

元ブロスナム正規兵と思われる六人と戦った。

レイリアやユーミでも、片付けるのに少し時間がかかった。

今思えばあの六人の兵士は、百人隊長ダリウスか軍師ルーノ直属の精鋭兵士だったと思われる。

今の花月兵団の女兵士では、強い子でも対等、といったくらいだ。


おそらく今剣を交えているのも、そういった精鋭の兵だろう。

フローレン程の腕があっても、容易には斬り捨てられない。


だけれど、(かな)わない敵ではない。

一人が片付くと、もう一人を片付けるのは容易かった。


そして、その二人を片付けている間に…

赤髭の猛者は、他の山賊兵に紛れるように、消えていた。

自らの得物、戦斧(バトルアックス)も捨てて。


「逃げ足だけは、速いわねぇ…」


あの男は、魔獣鷲馬(ヒポグリフ)を討たれた後の逃げ足を、ここでもまた披露した。


両腕共に傷を与え、斧を振るう力を、戦闘力を完全に削いだ。

でも、倒しきれなかった。


(とんでもないタフさね…)



この中央広場からも、生き残った山賊兵たちが逃げ出している。

倒れている仲間を連れて…などという余裕もなく、置き捨てたままだ。


逃げ遅れたり、負傷して逃げられない山賊兵が投降している。

戦意を喪失した山賊兵は、地に伏せ、腕を後ろに回し、それを参番隊・䦉番隊の子たちが次々に魔法ロープで拘束していく。


そうして敵兵は全員、倒れるか、逃げるか、降伏した状況となって…

この戦場に残る敵はただ一人…


アルテミシアが対峙している黒衣の男だけとなった。





~~村の中央 やや東寄りの空間~~


この山中ブロスナム勢力を統率する黒衣の男、ディーは…

激しい後悔に(さいな)まされる…


女を甘く見ていた事について、だ。


当初…

村の西側で女どもと遭遇したと報告を受けた時…正直、幸運だと思った。

ここでオノアの者共とまとめて屈服させる事ができる、そう思ったからだ。


だが続いて、中央にも女どもがいて、迎え撃たれた。東側もだ。

それでも、女の数が多い事に、少し違和感を覚えていた程度だ。


しかし、あちらこちらで女どもに迎撃され、質の悪い山賊共は次々に数を減らしていく…


村の戦えない女子供や年寄がいると予想された村の北側を攻めるために、森の活動が得意な者たちを選抜した部隊を繰り出した。

だが、そちらも成功した様子はない。



この状況を鑑みるに…


つまりは、待ち伏せされていた。

女どもは、こちらが村に攻め込むことを、待っていたのだ。


女どもは、予想外に強かった。

小娘の集まりと思いきや、かなり鍛えられている。

連携も良く、武器の扱いも山賊などよりずっと上、こちらの元一般兵と同格かそれ以上。


何より、装備が良い。

統一感のある華美な武具は、魔法物品であると見るだけでわかる。


そして、魔法を使える者もいる。というより、半数以上が魔法使いのようだ。

攻撃魔法から妨害、守りの魔法まで。


最大の問題は、傷を受けている様子がない事だ。

いや、軽い傷を受けても、高速で再生しているような印象がある。

こちらは数で押したにもかかわらず、誰一人被害を出していないように見える。



先のブロスナムとルルメラルアの戦争の以前より…

この黒衣の男ディーはブロスナム情報局にあって、ルルメラルアの将の情報のみならず、有力な冒険者の情報も収集していた。

情報局の副局長だったディーは、国内外の冒険者に関して、百名にも及ぶ知識を持っていた。

ただそれは、男の冒険者についてだ。


女の冒険者など、たかが知れている…ディーはそう思っていた。

だから情報も他者に任せていた。

そう考えていた事を今、後悔させられている…


眼の前の魔女は、こちらの手をすべて破り、単独で自分を圧倒しているのだ。



(女冒険者ども…

 あの山砦を落とされた時からでも、情報を集めていれば…)


ブロスナム情報機関で、女冒険者の情報を担当していたのは、見た目派手な女の局員だった。

ディーは、お宝に目のないその女局員の事も、どこか軽く見ていた。

その女は今、ルルメラルアの軍に入り込んでいるはずだ。

結果的に今後、自分より高い成果を上げることになるのだろう…


長年、ルルメラルアの諜報や工作を担当していたディーは、その地の風習や思想にまで精通している。

その地の文化…言語発音の癖や、人前での身振り、庶民の食文化や遊戯のルールに至るまで…その地の者の風習に習って行動し、考える習慣がついている。


だが、それがいきすぎた。

ルルメラルアの風潮…女を軽く見るところまで、いつの間にか染み付いてしまったようだ。


 



「クレージュ!」

村の東側から愛馬ローランに乗って駆けつけたクレージュ。

フローレンは、彼女が負傷しているのを聞いて見て驚いていた。


「もう…無茶しないでよ!

 あなたになにかあったら…花月兵団はおしまいなのよ!」


「いいえ…。前に言ったでしょ?

 私に何かあれば、あなたが上に立ちなさい、って」


フローレンにはその器がある。

クレージュが戦いの司令をフローレンに任せたのも、それを知っているからだ。


でもフローレンは、自分が頂点に立つ…なんて事は、受け入れられない。

今後そうなる事があるとしても、今はまだまだ考えたくはない。


「それより…

 あれが…敵の総帥みたいね」


で、その話題をそらした、つもりだった。

クレージュの様子を伺おうと、目を向けたフローレンが見たのは…

クレージュと一緒に来たネージェの、怯えたような表情だった。


「ネージェ…? どうしたの!?」

ネージェは、驚きの形相でその男を見つめていたのだ。



「マム…! フローレン…! この男…!

 こいつだよ! あの砦であたしが見た、怖い感じの男…!」


ネージェが、囚われていた山砦で、部屋から抜け出した時…

軍師ルーノと百人隊長ダリウスと思われる二人が、見知らぬ不気味な男と話しているのを目撃し、怖くなった…

山砦から助け出され、初めてクレージュの店に来た時、ネージェがそう言っていたのを、クレージュもフローレンも思い出した。



「と、いう事は…」

「アヴェリ村の山砦と…この山の拠点…南の遺跡も、かしら…?

 この男こそが、ルルメラルア国内暗躍の大元…って事かしらね?」


ちょうどその黒衣の男、ディーの目も、この戦場に現れたクレージュのほうに向いていた。

というよりは…

その乗っている馬に対して。


「! その馬はルーノの…!

 そうか…あの砦を襲った女冒険者というのは…貴様らだったか…!」



フローレンが前に進み出た。

アルテミシアの隣に並んで、(ひざまず)いて恨めしそうに見上げている黒衣の男…ルルメラルア国内暗躍の主を見下ろす。


「ええ。ダリウスは、私が討ち取ったわ。…かなりの強敵だったわよ!」

「ついでに、南の遺跡にいたダイゼルもね♪ そっちは弱かったけど♪」


ここにいるフローレン、アルテミシア、クレージュは、その三名のブロスナム士官を討った功績で、助爵の地位を賜ったのだ。

もっとも…クレージュはこの女冒険者たちを束ねる存在である事が評価されたのであって、おそらく軍師ルーノを(それとも知らず)斬ったのは、ここにいないユーミだけれど。



「…! 貴様ら…!」


ディーは…心の底から湧き上がる、黒い感情に我を忘れた。


それは…

ある種の絶望であろう、そして同時に恐怖かもしれず、また激しい怒りだったのかもしれない…


その怒りは、この女どもに対する怒り…のみならず、自らに対する怒りでもあったろう… そう、女を軽く見ていた自分の甘さに対する怒りだ。


(この…ルクレチア巫女と似た鎧姿の女剣士…

 この女と遣り合っていたバルバロットの姿がない…

 倒された感じはない…つまり、得意の“逃げ”だろう。

 そして…

 ルーノの馬に乗った女が、東から現れた、という事は…東も壊滅。

 西の様子は不明だが…この様子だと、(かんば)しくはないだろう…

 この女どもは、離れていても情報を伝える術を持っている事は間違いない…

 つまり…)


ディーは(うつむ)き、口から流れる血と共に、大きく重たい息を吐いた。


(完全な敗北…)


自分たちの軍も、計画も、任務も、今日ここで潰えることになる。

自分の命も、だ。


(だが… それならそれで…)


構わない。


死ぬ覚悟など…いつしたかも忘れるほど過去に、すでにできている。



ディーは、忌むべき女どもを見上げ、睨みつけながら吐き捨てた。


「…貴様らも道連れだ…!」


血と共に吐き出される、忌まわしき言葉…

それは、強力な暗黒魔術…

自らの命を捧げる、最後の術だ。


その先に何が起こるのか…それは術者本人にも知る術がない。


ただ一つ言えるのは…

ここに呼び出されるのは、大いなる災い…

それは破壊の力であり、病かもしれず、あるいは呪い、はたまた…死か。


人の命を、その生ける存在を触媒とした禁忌の術…

暗黒教団の高位の者が、それを用いた形跡が、過去の文献に記される。


それは英雄譚の中にもしばし現れ、そしてその多くは勇者の元に葬られる事になっている。

だが…

勝利を得るにしても、その禁忌の術がもたらす災禍は図り知れず、被った犠牲は無数に存在するのだ…



(しまった…!#)


アルテミシアは、判断を誤った事を悔やむ。

これを使わせる前に、早々と止めを刺しておくべきだった。



黒衣の男の姿が、禍々しく変じてゆく…


(ウツロ)色の瘴気をまとい、その身が膨れ上がる…

その表面は、黒く硬い、昆虫の外骨格のように…



 <<稲妻鞭・月光>> ライトニングウィップ☆ムーンライト



「消えちゃいなさいよ!#」


アルテミシアは電光の鞭を叩きつける、何度も、何度も。

雷撃を受けた部分が弾けて飛び、黒い外骨格のカケラが宙に舞った。


フローレンも続けて斬りかかった。

伸びてきた黒く硬い脚のようなものを斬り飛ばす。

一本、そしてまた一本…


それでも、闇の膨らむ勢いは止まらない。

削られた部位を瞬時に再生させ、徐々に膨れ上がり、その姿を完成させてゆく。


「この姿は…巨大な、虫…?」 


フローレンたちの倍ほどの背丈に膨れ上がった、醜悪な巨大虫の姿…

その禍々しい体には、多大な(ウツロ)の力を(まと)っている。


「虫の大魔…?♭

 暴食の王(ベルゼブル)…? いえ…奈落の王(アバドン)…?♭」


それは、アルテミシアにも、正確にはわからない…

古い文献に記された名を、知っている名を、呼んでみるだけだ。



魔性の巨大虫と化した黒衣の男。

巨大な闇の渦のような瘴気を(まと)う姿は、あまりに禍々しく、そして圧倒的な威圧感を放っている…!


「クレージュ! 指揮を頼むわ! みんなをお願い!」


フローレンは、総指揮権をクレージュに返した。

ここでの戦いは重要だけれど、村の他の場所の状況も、まだ放ってはおけない。



「みんな! 下がって!#」


アルテミシアは手で制すように、集まってきた参番隊・䦉番隊の兵士たちを遠ざけた。

この禍々しい姿は、女兵士たちにはあまりにも難敵だ。



そして、フローレンとアルテミシアはふたり…

魔虫と化した黒衣の男に立ち向かう。



山中防衛戦、いよいよ次回で終了…多分。

12月は研修とかで執筆に時間取れそうにないので…年内にこの10章を終われるかどうか、というところです…

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