118.花月女子たちの山中防衛戦 伍
大幅には進みませんでした。残念…
一万字くらいのところで切ったはず、なのに…書いてるうちに二千字程増えているのは謎です…
~~村の中央広場 やや東寄りの空間~~
アルテミシアの雷撃が、男の被っていた黒のフードを飛ばし剥がした。
その男の素顔があらわになる。
「へぇ…♪ ちょっぴりイケメンじゃん♪」
アルテミシアより一回りか二回り年上っぽくて、割と端正な顔立ちにちょっぴり伸ばしたおヒゲがセクシー♪
その雰囲気と口調から根暗そうな雰囲気を想像してたアルテミシアには、ちょっと意外ではあった。
アルテミシアは…花月兵団の他の冒険者組女子と比べれば…
世間一般の女子並み…よりちょっと下くらいには、いいオトコに興味がある。
冒険者組でも例外的に、踊り子ラシュナスは異常に男好きだ。ラシュナスは女子ばっかりの大樹村よりフルマーシュの店に残る事を希望している。
その相方の占い師レメンティもわりと男性に興味ありだ。レメンティも大樹村にいない事が多く…わざわざ北回りで旅なんかして…一体何をしに行ってるんだか…。
けれどアルテミシアはその二人ほど男好きなわけでもないので、相手がイケメン♪であったとしても、それで攻撃の手を緩める事もない。
もし目の前の相手が伝説級スィーツを作るパティシエだったら…攻撃できないこと間違いなし! だろうけれど…
「やるな…女…」
その黒衣の微イケメンは、フードを剥がされ、あらわになった鋭い目を向けてきた。
相手も雷の対抗属性である虚の防護術を張っていたおかげで、傷を受けている様子は全くみられない。
(私とやり合えるなんて…オトコなのに、ただならない魔道士ね♪)
さすがのアルテミシアも、正面にいるその男に対して、目が離せない状態だ。容姿の良し悪しとは関係なく…敵として、だ。
それに加えて、ザコの山賊兵どもがアルテミシアの魔法の隙を伺ってうろついている…
ちなみにこいつらの外見については…イケメンという言葉とは永久に縁がないような、残念極まりないレベル…容姿においても、ザコ…
「もう…邪魔ねぇ…!♭#」
<<稲妻鞭☆月光>> ライトニング・ウィップ☆ムーンライト
まだ手元に残っていた雷光を、ザコ連中に向けて放った。
激しい光の塊が伸びに伸び、長い長い稲妻の鞭と化して、月の姫の周囲を旋回するようにしなる。
隙を伺っていた三人の山賊兵は逃れる間もなく、長い電撃の縄にまとめて絡まれ、もがき、痺れ、倒れ、全く動かなくなった。
(でも…コイツら…シツコいわね…♭)
この弱小ザコとも言える、敵の山賊兵のことだ。
倒されても倒されても、起き上がって向かってこようとする。
ただの山賊なら、味方が何人も倒された時点で、命惜しさに逃げ出すはずだ。
「おかしいのよね…♭ このザコたち、引かないのよ…♪
ねえ…? これって…
貴方が彼らに、何らかの精神干渉を施したんでしょ?♪」
魔法感覚に優れたアルテミシアは…この戦いのはじめから、敵の山賊兵たちに異質な雰囲気を感じていた。その異様さは、眼の前のこの男の雰囲気と、なぜか同じ色をしているように感じるのだ。
「…そこに気付くか…鋭いな…」
男は、その推論を肯定した。
「精神干渉…そうとも言えるか…
だが…それ程の事をするまでもない…
人というものは本来、根源的な感情で動くもの…
私は彼らのその感情を増幅してやったに過ぎぬ…」
「人の…根源的な…感情…?♪」
この男が首領だとするなら…人を統率するうえで、何を基としているのか…
それはこのブロスナム山中軍を治める上での、いわば統治思想、という事にほかならない。
アルテミシアはちょっと興味を持って身を乗り出した。
「そうだ… 人を動かすもの…それは…
欲望と恐怖だ…」
「へ…?。。♭?。」
あまりにもツマラナイ答えに、アルテミシアは…
がっかりした。
(う~ん…なんて言うのか…哲学のカケラもない答えね…♭♭)
女を襲いたい“欲望”と、この男に逆らう事への“恐怖”…
山賊どもの根本的な感情とは、そんな程度のところだろう。
ダメな連中のどうしようもない感情を焚き付け、村を襲わせている訳だ…
魔法じゃなくても、ただの凌辱公認と恐怖政治にすぎない…
(あ~ザンネン…ダメな山賊どもの欲求認めてる時点で同類以下…
コイツ…ツラはいいのに…中身は山賊以下のクソコテ男子だわ…♭)
所詮、山賊のカシラは、山賊にしかなれない、のだろう。
山賊共に高尚な思想を植え付ける事ができたなら…それはそれで困難な敵が生まれることになりかねない、のだけれど…
「…お前も…我が力の前に恐怖し…生き残らんと欲し跪くが良い…」
男の手に、虚属性特有の、濃紫の電撃火花を纏う、闇の渦のようなものが現れる。
(あーー…聞くんじゃなかった~♭♭)
暗黒の塊は、男の右手第二指に集結されてゆく…
迫りくる残念男子の虚魔法への対抗防御を展開しつつ、アルテミシアは考える。
(もっと大事な欲求ってあるでしょ!# そう、例えば…)
男の指から放たれた暗黒光線を、条件反射的に雷の盾で相殺しながら、考える。
(美味しいスィーツを毎日食べたい、とか!♪
柔らかいお布団で朝までグッスリ寝たい、とか!♪
みんなの前でココロ赴くままに歌いたい、とか!♪
…あ、というか…これ全部、ヨクボー…かしら…?♪)
暗黒光線を相殺した後の雷の盾を、両手の中に握るようにして、雷球へと変える…
(ううん…それに…もっと大事なもの…あるでしょ!#)
手の中でさらに増幅した電気を、身体の周囲に撒き散らすように展開…
<<円状雷撃☆月色>> ライトニングサークル☆ムーンレイ
雷撃を周囲に円状に放ち、寄ろうとする山賊兵どもを倒しつつ、
(いうならば… 愛…とか!?♪
う~~ん…皆まで言うのは、ちょっと…)
ちょっと小恥ずかしい。口にするのは躊躇われる…
その照れ隠し、ではないけれど…
詠唱の完成した魔法を、クソコテイケメンに向けて放つ。
<<雷球☆月色>> ライトニングボール☆ムーンレイ
<<鋼刃弾>> ブレードバレット
→2つの術を重ねて発動
アルテミシアの手から、三つの雷球が打ち出された。
「またか…」という感じに、男は虚の盾で雷球を防いだ。
だが…その雷球の核にあるのは、鋼の刃だ。
雷球自体は虚の盾で防がれたが…
そこに隠されていた三枚の鋼の刃が、男の黒ローブを切り裂いて、後方へと飛び去った。
(さぁて…物理防御はどれほどかしら?♪)
裂かれたローブの箇所は、上肢と下肢…
それと額から多少の血が滴っている。
その三箇所に傷を与えたことは確かだ。
だが男は、姿勢も崩さず、表情も変えなかった。
軽く斬られた額の流血を手で拭っただけだ。
「味な真似を…」
声の調子も変えず、そう吐き捨てる。
「虚の力を纏って、防御効果を構築ってところね…
やるわね♪」
軽い傷しか与えていないようだけれど、アルテミシアにしても、この男が物理攻撃にもいくらかの耐性を持っているのは、予想の範疇だ。
それでも、急所を貫通すれば即死するほど威力のある鋼刃を逸らして、軽症で済ませる程には高い防御効果を有している事はわかった。
(なかなかの魔道士ね♪)
乱戦になっても、低レベルのひ弱な魔術師のように、ちょっとした武器で倒されることはない、という事だ。さすがに山中勢力を束ねるだけの事はある…
「…では…お返しだ」
男は腕を前に伸ばし、黒ローブの先の手を広げた。
ぬぐった血の乾かぬままの手の先から発されたのは…
無数の、暗く青白い気のようなもの…
勢いをつけて迫ってくるそれは、近づくに連れはっきりと…人の顔のように見えた。
苦悶の表情をした、死人のような気味の悪い、叫びの顔だ。
アルテミシアは、迫る青白の叫び顔を、軽く手の先で払いのけた。
(怨みの感情…? つまり、怨念…)
もちろん魔法的に守られているが、その手先に微かに伝わってきたのは、負の感情だった。
(ただの虚魔法じゃあない… これって、まさか…
呪い?)
男の手から放たれた無数の青白い怨念の顔は、いくつにも分かれ、前方三方に一斉に散って飛んでいる。
そのアルテミシアの右後方では…
隙を伺っていた二人の山賊兵がいたのだが、青白いそれが不運にも直撃…
その怨念の叫びのような昏い魂に取り憑かれたその二人の山賊兵は…
いきなり倒れ、苦しそうにもがき始め…泡を吹いて気絶した…
顔を青くしたままだ。このまま絶命する、絶命した、可能性も否めない。
そして左後方では…
その怨念のような青白の顔は、防戦している女兵士たちのほうにも飛んでいった。
そこにいたのは、アルテミシアの弟子の、マルティナとディヴィだ。
怨念の顔を受けた二人は、膝を付くようにして、苦しみの表情を見せた。
だけど、倒れた山賊兵たちほどではない…守りの力がある程度は軽減するからだ。
それでも、幾ばくかの怨念の恐怖と苦痛が襲ってきている様子だ。
けれど…
その後方にいた可愛いキューチェが、即座に何が起こったのかを理解。
そして素早く呪いを解いた。
マルティナとディヴィはすぐに立ち直って、迫る敵に備え盾を構えた。
南の杯の遺跡で手に入れたあの解呪の指輪…アルテミシアが呪いを解かれたあの指輪は、一番弟子のキューチェに渡してあったのだ。
「何…だと…!?」
黒衣の男は、女兵士たちが呪いの効果を破った事に、驚きをあらわにする。
この魔女以外にも、呪いに即座に対応できる者がいる…と考えているだろう。
この女軍団の底知れなさを知った様子であった。
「残念ね…♪ こんな程度のノロイ…私達には効かないのよね~♪」
頭がよくて機転の効く、そして可愛いキューチェにあの指輪を渡しておいて正解だった。まあ半分は偶然だったけれど…
結果的にそれで功を奏したのだから、良し、だろう。
その刹那…
二人の魔道士が向かい合う場所と、少し離れた乱戦になっている中央広場、
その間を白銀の閃光が駆け抜けていった。
~~村の西側~~
戦神シュリュートと、太陽神グィニメグ、
それに仕える二人の上級巫女が、剣と炎で激しく打ち合っている。
レイリアは火色金を剣に、鞭に、槍にと次々に変形しながら、赤いビキニ鎧の女と打ち合っている。
だが相手はさすがに軍神の巫女だ。
武器を変えても、即座に反応する。
あらゆる武器に対し、戦い慣れている。
こちらの攻めが途切れた、その一呼吸の間に、反撃が来る。
赤い剣の突きが来る。それも、何度も、連続で…
単純な剣勝負では、相手のほうが上。
剣で処しきれない、そう見切った時は、火色金を、盾にして防ぐ。
打ち合い、離れる。
その隙に、持ち前の炎を撃ち出す。
(喰らいな…!)
撃てても、一発か…多くても二発…
それほどの隙を与えてくれるほど、生易しい相手じゃあない。
そして、大した火傷を与えている訳じゃあない。
姫紅鉱のビキニ鎧は、板金鎧並の防御力を見せると言うが…炎熱に対する防御効果もを有している。
ある程度以上アツい炎じゃなければ、軽減されて無傷にされるだけ…無駄打ちになってしまう。
「そろそろ…観念したらぁ!? ねぇ…効かない炎のぉお嬢ちゃぁん!」
炎を撃った後の隙に…鋭い横斬りが来た。
咄嗟に、後ろに躱す。
続いて、追ってきながらの、返す剣の、横斬りがまた…
これも後ろに躱す。
そして、また…今度はやや斜め上からの斬り払い下ろしだ。
レイリアは火色金を変形させる。
両手に籠手のようにつける、長い鉤爪の形状に変形して…二つ交差させるように重ねて受け止めた。そのまま両手の力で押し、弾き返す。
戦巫女ヴァーナは、押されて体勢を崩すこともなく、次の剣を振り下ろしてきた。
その赤の剣を…
爪と爪の間に挟み込んで受け止める!
相手の剣を鈎爪で掴み込んだまま…
火色金を溶かすように変形…
「な…!」
赤の剣を捉えたまま、そのまま火色金を硬化させ…
両手の力を振って、戦巫女の手から、赤の剣を引き剥がした。
(取ったか…?)
火色金を変形しつつ…奪った赤の剣を、そのまま思いっきり後方に飛ばした。
はるか後ろ上方、村の中に生えている林のほう…その木の幹にでも刺さるだろう。
(さて…これで…!)
武器さえ奪えば、相手にもならないだろう。
だが…その考えは甘すぎた。
「ふぅ…乱暴な上に、手癖まで悪い嬢ちゃんだこと…」
血色の輝きとともに、赤の剣は女の手に戻っていた。
確認するまでもなく、刺さった木からは姿を消しているだろう。
(絆武器か…厄介だねえ…)
運命絆武器を持つものは、自分たち花月兵団の者だけじゃあないのだ。
そもそも論理魔法装備とも違うから、女性限定というわけでもない。
再び、向かい合う形となった。
この距離では…炎を撃てば、その隙に一気に距離を詰められる。
だから、下手に動けない。
対処に困る。
(酒が…切れてきたねぇ…)
レイリアは疲れを覚えている。
ザコの相手をしすぎた。
その消耗さえなければ、レイリアはこの戦巫女に対し、ここまで苦戦を強いられる事もなかっただろう…
むしろ単純な一対一なら、レイリアのほうが総合力で上回るはずだ。
その戦巫女ヴァーナも、軽く呼吸を乱している。
軽減されてはいるが、与えた幾つもの火傷の苦痛が、少し効いてはいる感じだ。
大樹の加護がある分、レイリアが受けた傷は浅いし、それも高速に再生しつつある。
今のところは、それで互角…
だけれど…敵はザコ山賊兵が多く群がってくる。
その数は、底が知れない…
このままだと、不利に転じる可能性がある。敵の兵の数が多すぎる…
レイリアに迫る山賊は何体も斬っているし、焼いている。
そのままそのへんに転がっている者もいるし、まだ息のある者もいる。
「ヴァーナ…さまぁ…」
レイリアに倒された、そんな山賊兵のひとりが、うつ伏せのまま顔と手だけを上げ、戦巫女に助けを求める様子を見せた。
「あらぁ? 乱暴な嬢ちゃんにヤられたのねぇ…かわいそうにぃ~…」
言葉とは裏腹。
ヴァーナはその山賊兵に、憐れみのカケラもない、冷酷な目を注ぐ。
「すぐにラクにしたげるわぁ~」
と、その瞳をさらに冷たく、冷酷な色のまま、赤の剣を向け…
その部下である山賊兵を斬った。
「ぐぎゃあ!」という悲鳴とともに、赤い血が大量に吹き出す。
「ちょっとは役に立たせてたげるぅ~…」
ヴァーナの構える赤の剣…
その噴き出す血が、その赤の剣に吸われてゆく。
赤の剣はその剣身に、血管脈のような赤黒い線の模様を、禍々しく描きあげる…
そして血を吸い終わると、忌まわしくも強い赤、血の色に輝き出した。
(これは…血術? 厄介な真似を…!)
レイリアは後ずさる。
あまり詳しくはないが、血を使った術や技が存在する事は聞いたことがある。
この女の「鮮血のヴァーナ」という名乗りは、その技あってのものだろう…
「次はぁ~アンタの赤を…咲かせてあげるわぁ~」
ヴァーナが血のような赤い剣をやや高く、斜めに構えた。
剣の柄から手に滴り伝ってきた鮮血を、ヴァーナは軽く妖艶な仕草で、唇と舌でなめた。
レイリアはさらに距離を開く。
敵は前だけじゃあない。
時々、隙を突くように、山賊どもが襲いかかってくる。
仲間が戦巫女に斬られるサマを見ても…それでも…斬り掛かってきた!
(こいつら…フツーじゃあ、ないねぇ…!)
右の一人を咄嗟に、火色金の剣で斬った。
そして左からもう一人…
強敵と向かい合う中だ。
火力の調整などしていられない…
戦巫女に放つ予定だった高熱の炎を、そのままぶつけた。
レイリアの不意を突こうとした山賊共は、返り討ちに激しい炎を食らって一瞬で炎上だ。
手下を囮にヴァーナが隙を突きにくる。
血色の剣閃に、火色金の盾への換装が間に合わない…
溜めた炎を硬化させ、防護に回す…それでも、受け止める“火力”が足りない…
「くっ…!」
痛みと共に、レイリアの左の腕から血が吹いた。
一対一なのに卑怯な! …とはレイリアは思わない。
逆の立場だったら、自分もそうする。
配下を含め、有利にすすめるために、周囲の状況を利用する。
一騎打ちなんて、名を上げたい武人だけがやっていればいいのだから。
傷は浅い。
しかし…
浅いはずなのに…
(重い…?)
斬られた左の腕から手先にかけて、感覚が鈍くなっている…
動きにはあまり問題はないけれど、操炎には支障をきたす…
傷口から侵入してきた“血”に干渉されているような…そんな身体が重くなる感覚が襲ってくる…
大樹の加護、守りのアクセサリ、自身が纏う炎…その重なった守りで斬撃は軽減できても、血を毒のように扱うこの技を、完全に無効化する事はできていない…
(成程…あの血術…こういう技か…!)
戦巫女は、余裕の表情で、こちらを見下すように剣を構え直した。
(次と…その次…くらいを貰ったら、危なそう…だね…
ここは、なんとか…時間を稼ぎたい…けれど…)
大樹加護の高速治癒での再生を待つか…
それとも…味方の援護を期待するのか…
だが、戦巫女の剣はその暇を与えてはくれない。
火色金を剣にした。
迎え撃つ。
こういう状況で守りに入らず、あくまで攻めに出るのが、この炎の巫女レイリアだ。
盾ではなく剣を選んだのを見て、ヴァーナはちょっと意外そうに、そして小さく口元で笑った。
レイリアは、剣先でひとつ、高圧縮した炎を繰り出した。
戦巫女は、その炎を躱すことなく受けた。
(相打ち狙い…? こいつ…!)
ヴァーナは躊躇いなく、血の剣を突き出してきた。
(くっ…!)
また傷をもらった。先ほどの傷と同じ、左…今度は肩の辺りだ。
そして、今度のほうが深い。
炎を攻めに使ったのだから、身を守る炎は薄くなっているのだ…
(左の感覚が、重たく、鈍く…自由が効かない…!)
毒が二回分、重なった影響か…
こちらも、いくらか高熱の炎を浴びせている。
その姫紅鉱のビキニ鎧の防護を超えるほどの高熱の炎を。
相手も火傷を受け、苦痛の表情を見せ、後ろに引いた。
レイリアの炎を避けずに受けたのは、強い守りがあるとは言え、さすがに無謀だ。
だけれど…今の一撃を含め、身体の各所に火傷を負いながらも、戦巫女にはまだ余裕がある。
計算としては…こちらのダメージのほうが大きそうだ。
苦痛から立ち直ったヴァーナが、見下すようにして寄ってきた。
「あたいの目的はぁ、アンタじゃないの~。
あたいに似た鎧着たぁ、小生意気な小娘がいるんでしょ~? どこ~?」
この女戦士は、血に染まった剣を手元で回して見せるような余裕を見せながら、左肩の傷を押さえているレイリアを見下すように言い放った。
この女は…なぜかフローレンを探しているようだ。
「無駄だね。
アタシに手こずってるようじゃあ、フローレンには勝てないねぇ」
レイリアは、前髪で隠れていない方の、炎の勢い衰えないその瞳で睨みつた。
「手こずる…? 遊んであげてるだけでしょぉ~?
ま…そう言うなら、そろそろ仕留めてあげるわよぉ!!」
この戦巫女ヴァーナは、相当に気が強そうだ。
かなり炎を食らって、息もかなり上がっている様子なのだけど、強い口調を緩めることがない。
周囲のザコは、今のところ追い払った。
ただ、敵の増援がまた来る可能性は高い。
それに、この戦巫女がもう一段上の手を隠している可能性もある。
総合すると、不利に転じる要素のほうが多いのだ。
逆に味方が助けに来れば有利になるのだけれど…
戦局がわからない以上、その可能性は高いとは言えず、そこは賭けになる。
(こんな安い女相手に、賭けはしたくないねぇ…)
レイリアは意を決した。
面倒だけれど、大技を使うしかなさそうだ。
だけど…
(あの技…使うの嫌なんだよな…)
レイリアには「四界の炎」という奥義があるけれど、それではない。
四界の炎は、あの光る坑道で岩の獣を燃やした「天の理の炎」ような、法則または環境を覆す性質の技であり、この戦巫女に対して有効になるものはない。
今から使おうという大技は、奥義である四界の炎と比べれば、習得難易度は一段下なのだけれど…
その大技を使うと…数日は寝込んでしまうほどに疲れる…
すると…
(酒…飲めなくなるからなぁ…)
レイリアにとっては…それが何よりも苦痛だ。
酒の飲めない生活なんて、耐え難い苦痛なのだ…
(けど…言ってられないか…)
意を決し、大技の構えに入る…
レイリアの赤いセミロングの髪が、少し浮くように舞い上がり、その両の炎の瞳が、戦と血の巫女を睥睨する。
「アタシを怒らせたこと…灰になって悔やむんだね…!」
身体じゅうの熱が、逆立つように…空気を歪ませながら巻き上がる…
周囲では温度が上昇している事だろう…
戦巫女がその熱と異様な雰囲気を感じ、一歩身を引く様が見えた…
そして次には、身体を燃え上がる炎が包み込む…
はずなのだけれど…
その時…
レイリアの後方から、何かが飛んできた。
~~村の南側の森の中~~
銀色の光が森を駆ける。
薄暗い木々の中を駆ける銀が時折、木漏れ日を映して激しく輝くのだ。
人の走る速度よりはるかに速く、弧を描くように乱立する木々を、右に左に避けつつ…白銀と黒銀ツインテールの髪をなびかせながら、銀妖精アルジェーンは、滑るように森の中を突き進む…
…時は少し前、
…古代時間で言うところの「数分前」…中央広場にて…
「…クレージュから援軍要請…
森の中からの狙撃されてるみたい…」
不意にロロリアが告げた。
フローレンは敵の赤髭の豪傑と一騎打ち、
アルジェーンも敵の魔法使いらしい黒衣の男と対峙している…
近くにいる連絡係の森妖精スヴェンも、参番隊・䦉番隊の援護に手一杯で、その二人に状況を伝える事ができそうにない。
何しろ中央広場は、倍の敵に囲まれている状況なのだ。
ロロリアは指揮官ではない。
フローレンやアルテミシアが敵将と向かい合っているいる現状、指示を仰げる相手もいない。
ロロリアは西でも大きな気と気がぶつかっているのを捉えている…
レイリアとユーミも、敵将と対峙しているのだ。
五人の敵将を、冒険者組のうち五人が受け持つ。
それは花月兵団側の迎撃姿勢としては、予定通りの展開だった。
ただ…東側の敵将、その弓使いが問題だった。
有効距離が合わない。
花月兵団の冒険者組の中にも、弓などの遠隔武器を得意とする者はいないのだ。
森妖精の弓使いマラーカが勝負を挑んだが上手く行かなかった。
そして…
「…クレージュが負傷したみたい…」
そのロロリアの言葉に、三人のオノア女子が一様に表情を変えた。
「そ…そんな!」「クレージュさんは!?」「無事なんですか!?」
身寄りのないこの三人のオノア女子…ベルチェ、アルセ、ナールにとっても、クレージュは母のように接してくれる、大事な人なのだ。
「…射たれたのは脚…治療を受けているから大丈夫…
でも…しばらくは自由に動かせないみたい…」
ロロリアから、怪我も痛みだけで命に別状はない事を伝えられ、三人娘はとりあえずほっとしたようだ。
「…でも…東の状況を何とかしないと…このままじゃあ…」
「助けが必要…!」
強い口調で言ったのは、アルジェーンだった。
「「「!?」」」
アルジェーンが、これ程に感情をあらわにすることは珍しい…
少なくとも三人のオノア女子は、目耳にするのは初めてで、かなり驚いている。
「吾が行く!」
アルジェーンは滅多にない強い口調のまま、そう続けた。
アルジェーンにとって…最も大切な存在はロロリアだ。それは疑いない。
この二人の絆については、他の誰も知らない、入り込めないところがある。
そして…
この感情の薄そうな銀妖精の少女?ではあるけれど…
何かと自分の事を気にかけ世話を焼いてくれる花月兵団の者たちは、好ましい存在…そして守るべき存在、大切な存在だと認識している…
クレージュがその全員にとって、中心的な存在であることも理解している。
そして…自身の感情に疎いアルジェーン自身も…クレージュの優しさに包まれている、と感じる瞬間があるようだ…
「…行ってくれるのね? アルジェーン…」
アルジェーンはロロリアに対して軽く頷くと、今度は三人のオノア女子に向き直った。
「わ、わかりました!」「ロロリアさんは!」「私達が命に変えても…」
「「「守り抜きます!!」」」
先ほど倒した一団が物言わぬ姿となり地に倒れている。
アルジェーンの銀で貫かれるか斬られるかした、傷一つだけの屍が十体。
あまりに凄まじい戦いを見た敵は、ここを避け逃げるように北へ向かって行った。
それ以降、ロロリアたちに向かってくる敵はいないけれど、状況が進めば、また攻められる恐れはある。
この三人には、守り抜いてもらわなければいけない。
そのオノア女子三人の覚悟と気迫は、“見えない”アルジェーンにも伝わったようだ…
あまり時間をかけたくない。
そう考えているアルジェーン、否応なしにその動きは限界まで速くなる…
(方位…南東微東…一二四度…
距離…三五七米…)
「その位置」は既にロロリアから伝えられ、正確に割り出している。
そう、その弓使いの潜んでいる位置だ。
ロロリアの耳目となる動物にも補足されているので、実は潜めてはいないのだけど。
「…発見」
その弓使いは、大きな木の上にいた。
ロロリアによって霊樹化された木ではないけれど、かなりの大木だ。
その枝の上に、帽子を被った細い男が座っていて、大振りな弓を手に、村の中を狙うように構えている。
伸ばされた銀の鎖が上方に襲いかかった。
鎖の先が鎌のような刃になって、その男のいる場所を狙って…
太い枝ごと切り落とした。
「ぅ゙わ゙っ!」
弓を構えていた男が落ちた。
が、その細身男は器用に、身軽に宙を返って地に降り立った。
そこに銀の少女?が歩み寄る。
「な…なんだよ~オマエ~…!
よ…寄るなぁ~~!」
眼の前に現れた銀色の少女の、その無表情に恐れを覚えた狙撃手ア゙ーヴェンは浮足立つ。
「よ、寄るなってぇ~!
そ、それ以上近づいたら~…う、射つぞ~!?」
この陰惨な細身男ア゙ーヴェンは、小心者である。
臆病であるが故に、敵の攻撃の届かない位置からの狙撃…などという、戦闘スタイルを取るのだ。
「射てば…?」
アルジェーンはゆっくり歩み寄りながら、持ち前の無表情な声で呟いた。
その感情の乗らない口調が、小心者の狙撃手をさらに恐れさせる…
ア゙ーヴェンは、慌てたように森を後方に駆け、銀色の少女との距離を取った。
「な…なん、なんなんだぁぁぁ! コイツぅ…!」
恐れて引きつつも…そこはやはりブロスナムの元百人隊長格の狙撃手だ。
正確に少女の、銀色のドレスの腹部に狙いをつけ…矢を放った。
それ程の距離でもない…にも関わらず…放たれた矢は、暗い森の中、風を纏い、枯れ葉を巻き上げ、唸りを上げ襲いかかる…!
矢はアルジェーンの腹部に当たった…
「あ、当たった…よ、なぁ…? おいぃ…」
当たった。
確かに、当たった。
だが、当たった矢は、銀色のドレスを貫くことも能わず、弾かれたように彼女の足元に転がった。
「え゙…ウソ…だろ~…?」
呆気にとられるア゙ーヴェン。
隈の多い陰惨な目が驚きと恐怖に引きつり、なかなかに情けなオモシロい表情だ…
「…こんな程度…?」
銀色の少女は、何事もなかったかのように、銀を伸ばしてその矢を拾い上げた。
「ひ…ひぃぃ…!」
ア゙ーヴェンは恐怖に駆られ…そして脱兎の如く逃げ出した。
逃げ足が速い。
枝から枝へ、枝から地へ、地を駆けまた枝へ…その細身の男は、飛び跳ねるように速く逃げ遠ざかる。
接敵された時のこの逃げ足も、百人隊長にまで登りつめる者の実力の一つだろう。
だけど…
「…逃さない」
アルジェーンは、もっと速い。
駆けているのか…木々の間を滑っているかのような速さだ。
靴底を、縦長な銀の刃のように変じ、高スピードで地面をスケートするアルジェーン、木漏れ日を受けるその足元にも、刀身のような銀が光った。
地面は木の根が張り出していて平坦ではないけれど、それでも滑走速度はかわらない。
通常なら木々の陰で薄暗く視野は悪いはずだけれど、見えないアルジェーンには何の問題もないのだ。
逃げる敵との距離が、一気に縮まる。
「…捕捉」
アルジェーンの銀鎖のドレスが下の方からほどける…
それが変じた銀の鎖が伸び迫る…
四本の銀鎖が、先にある木の大枝を回り込んで…
逃げる男の手を、続いて足を、そしてもう一方の手足を絡め取った。
「お゙い~…な、なんだよぉ…これ~…」
貧相な細身男は…
両側の木に銀鎖で四肢拘束状態の宙吊り磔にされていた。
「処刑…執行」
アルジェーンの銀のドレスがさらに短くなり、不自然に大きな臀部が半分の高さまで露出するが…
そんな事は露ほども気にせず…アルジェーンは巨大な弓に変じた銀を構え、狙いを定めた。
その矢は、先ほどこの少女?の腹部を貫けなかった矢だ。
「おいおい~~! ひでぇコト、するなよぉおぉ~~~~!!!」
引き絞られた銀の弦から放たれた。
この男が放つよりも更に風を強く纏った矢が、木陰の葉を散らしながら、森の暗がりを駆けた。
「ぅ゙ぐごへぇ~~!!」
矢が罪人を貫いた。
命中の反動で四本の銀鎖が枝ごと激しく揺れたが、直ぐに元の磔の形に戻った。
女の腹を撃ち抜くのを至上の喜びとする悪趣味変質小心狙撃男ア゙ーヴェンは…
最後は腹を貫かれ、絶命した。
それも自分の矢で。
「…自業自得」
銀鎖と銀弓が銀糸に戻って、ギリギリアウトなミニスカートになっていたアルジェーンのドレスに紡がれ戻っていく。
銀のサンダルは、先程のようにスケート形状に変じ…
男の足を縛った銀鎖だけはそのままの形で…
東にいる味方の陣まで引きずっていって…
「…片付けた」
営舎の陰にいたクレージュたちの前に放りだした。
「アルジェーン!? ありがとう…助かったわ!」
こうなればザコの山賊どもなど、物の数ではない。
交戦していた山賊どもも、いきなり現れた将の屍を目に…戦意を喪失する。
「掃討に移って!」
クレージュの指示が飛び、それを待っていたかのように、女兵士たちが物陰を飛び出した。
アーシャが泥濘化の魔法で足止めし、ネージェとディアンが逃げる賊を斬り捨てる。
ウェーベルも風の刃で追い打ちを掛け、マラーカが弓で仕留めて回る。
ただし深追いは不要…
ヘーメルとリマヴェラは負傷したイーオスとクレージュを守るように残っているし、チアノたち五人もここを離れ北側の援護に行って不在なのだ。
「帰還する」
「ええ、ロロリアをお願い」
僅かに頷いたがすぐに背を向け、言葉少なくアルジェーンは滑るように中央のほうに戻っていった。
彼女の本来の役割は、ロロリアの護衛だ。
感情には表さないけれど、ロロリアの側を離れる事は、心中穏やかではないはずだ。
東は何とか片付きました。
あとは、西と、中央と、忘れられてそうな北側です。




