117.花月女子たちの山中防衛戦 䦉
~~村の中央広場~~
フローレンは先程から、赤髭の豪傑と激しく打ち合っている。
この男も得物もかなりの大斧だ。
まあでも…ユーミの金剛鉱の大斧を見慣れているから…それほどの物とは思えないのが残念…だけれど、怪力で振り回される、戦斧の重たい一撃には変わりない。
だが、重たいだけに、見切れば躱すのは難しくない。
冒険者であるフローレンは、人間より力の強い魔物との戦闘に慣れているのだ。
“防ぐ”より“躱す”事のほうが基本、という戦いに慣れている、ということだ。
それに、このあいだは一撃をもらって花びら鎧が少し砕けたけれど、今回はロロリアの大樹の加護がある分、防御にも余裕があった。
大斧の大振りな隙を突く。
剣先でわずかに斬る…けれど、浅い。
そして、この男は、多少斬られたくらいでは、全くものともしない…底しれぬ耐久力を持っている。
そうやって軽い傷はいくつも負わせているのに、まったく動きが落ちる感じがない。
それどころか、斬った手応えのわりに噴き出す血の量すら通常よりずっと少ない。この男…脳にまで筋肉が張ってそうだけれど…血管まで筋肉に守られてるんじゃないか、って思ってしまう。
大斧の途切れた頃合い…横から山賊兵がかかってくる。
それを横目で斬り捨てる。この程度のザコの攻撃は問題はない。
ただ、そのザコへの対応で、主たる的である赤髭の大斧に対して、わずかな間ができてしまうのだ。
赤髭は、その隙をうまく突こうとしてくる。
再び近接…初撃は、フローレンが躱す形になる。
片刃ではなく両刃の戦斧だけに、振り切った後からの斬り返しが来やすい。
返る勢いの大斧の刃を、続けて躱す。
そして、大ぶりになった直後の、体勢の隙を突く。
花園の剣を両手に構え、低く駆け抜けながら、すれ違いざま、引っ張るように斬った。
「ぐおっ!?」
負傷自体は与えていない。
そのかわりに革鎧の上から補強された、金属板片が三つほど剥がれて飛んだ。
「…やるじゃねぇか…嬢ちゃん…!」
赤髭の豪傑は、ほころんだ鎧の横腹の箇所に少し目を落としたが、その目をすぐにフローレンに向け、大斧の刃を地に預けるような姿勢のまま、斜めに構え直した。
フローレンも、左の手にした花園の剣を地に下ろすように構え、いつでも動けるよう足に力を込めたまま、相手の動きか隙を待つ…
同時に、周囲の状況を伺った。
前の時は「軍神シュリュートの名のもとに一騎打ちを」とか息巻いていたけれど…
彼にとって数的有利のある今回は、そんな提案はない。
名誉とかじゃあなくて、所詮は自分都合なだけだったのだろう。
前回は、魔獣鷲馬との連携を相手に…
今回は、周囲の山賊どもを警戒しながらの戦い…
はじめは一対一で打ち合っていても…純粋な一騎打ちにはならない。
周りのザコ山賊が邪魔だけれど…フローレンが受け持ってやる必要がありそうだ。
眼の前の猛者と打ち合う中でも、フローレンは周囲の状況を目端で捉えている…
参番隊と䦉番隊は新兵だから、特に気になるのだ。
味方の陣が、やや乱れている。
参番隊と䦉番隊が混じり合うような形になっている。
敵の数が増え、乱戦の様相になってきたからだ。
ミミアとメメリの両隊長は味方の弱いところをカバーし、ハンナは魔法使い二人の前に立って守っている。
その二人の魔法使い…可愛いキューチェと、果樹園の森妖精スヴェン、
花月兵団最高峰の美少女二人が、その後方から持ち前の魔法で支援する。
突然後方の敵が倒れたり、何もないところから現れた蔦にからまれたりするのは、この二人の仕業だ。
一度は倒した山賊兵も、また立ち上がっては襲いかかってくる。
倒れたまま二度と動かない者や、負傷が大きく立ち上がれない者もいるが、
半数以上は傷を負いつつも立ち上がって、また戦線に加わってくる。
フローレンのほうにも、時々隙を突こうと、山賊兵が飛びかかってくる。
そんな状況の中…またも敵のほうが先に動いた。
突き進んできた大柄赤髭男の大斧の大振りを…
フローレンは後方に宙返って回避。
降り立ったところに山賊兵が掴みかかってきた。
男性の力で掴つかまれれば厄介だ。
フローレンも女子だから、単純な力勝負ではザコ山賊にも敵わない場合もある。
掴みから逃れる術は多く持っているけれど、逃れるために赤髭への注意力が途切れる。その僅わずかでも隙を作りたくはない。
前からも赤髭が追って突進してくる。
ここで掴まれれば、次の大斧は躱せないかもしれない。
フローレンはさらに後ろへ、素早く地を転がるように身体を倒して掴み攻撃を躱した。
自分のいた場所で体勢を崩した山賊を、両手を地面につく体勢のまま、伸ばした両足でおもいきり蹴り飛ばした。大斧を振るう赤髭のほうに向かって…
赤髭は…突然眼の前に来た“物体”に対し、反射的に大斧を走らせた。
「ぐぎゃぁ!?」
その軽率な山賊は、戦士の本能で振られた大斧でぶった切られた。
ザコの血の飛沫を散らしながら、大斧が襲ってくる。
今度は上から。
フローレンが左に転がるように躱した大斧が地を斬り、土が舞い上がる。
土を削るように斜めに入った大斧のその逆刃が、折れ曲がる鋭角軌道を描くように、土煙を上げながらフローレンを追った。
フローレンはその動きを読んでいる。
転がりからの瞬時の立ち姿勢、そのまま先ほどのように駆け抜けさま、花園の剣で引き斬る。
金属片を失った革鎧の部分が斬り裂かれた。
でも手応えはない。身まで斬った感覚はなかった。
赤髭がこちらに向き直り、また戦斧を振り下ろした。
わずかに残った血の跡の、土で洗われ曇った刃に、鈍く陽光が映る。
フローレンが難なく躱したその刃が、また土に刺さった。
今度は深い。すぐには引き抜けないだろう。
躱したフローレンは、その隙を突くように、花園の剣を振り上げた。
だが…
「おっとぉ! あぶねぇなあ!」
太く硬い筋肉の腕が伸びてきた。
フローレンは、花園の剣を持つ左腕を掴まれた。
「きゃ!」
振り解ほどこうとしても、巨体の男に対しては、力勝負では到底かなわない…
これは…花月兵団のすべての…もとい、ユーミを除くすべての女子の弱点ではあるはずだ。
赤髭が戦斧を地に刺し立てたまま、左の手もフローレンの身体に寄せてきた。
ちょうど、フローレンの花びら鎧に守られた女特有の部分に、無礼なゴツい手が触れる形になる…。
だけどフローレンは、こういう時の対処を心得ている。
そうでなければ、女の子が冒険者なんてやってられない。
考えるよりも速く、身体のほうが先に動く。
「どこ触ってんの…よっ!!」
花園の剣を手放し、素早く身体を回すようにして、瞬時に相手の後ろ側に位置を取った。
フローレンの手首を掴んだままの筋肉腕が、半回転ほど拗られる形になった。
いかに怪力の男でも、腕をねじるような位置に回られれば、手を離さざるをえない。
フローレンは、力の弱まった腕を振り払い、拘束を逃れそのまま距離を取った。
「おうおう、柔らけぇなあ!! いい身体した嬢ちゃん!
剣のほうはスゲェが…そっちのほうは、初心だなぁ!? がっはっはっ!!」
この男なりの挑発なのか…
安い挑発に乗る気はないけれど…でもそれはそれで…
乙女の柔らかいところを触られた事も含めて…
さすがのフローレンも、ちょっと頭にきた。
「下品なのは…おヒゲだけにして頂戴!」
赤髭はゆっくりと、戦斧を地面から引き抜こうとする。
自分が優位に立ったと思っているのか、動きに余裕があった。
フローレンが手放した花園の剣は、今、彼の足に踏まれているのだ。
だけれど…
そんな油断をしている赤髭に対し、フローレンは花術を行使する…
<<野薔薇・茨拘束>>
トゲのある茨で拘束する花術。
地に残された花園の剣が赤白ピンクの薔薇の幻を輝かせ…
幻花の咲く剣身から伸びた鋭いトゲトゲの茨が、次々に赤髭の身体に上るようにして巻き付いた。
「うぬ!??」
薔薇の茨は伸び、纏わり、赤髭の身体を、腕や脚もまとめて縛る。
「あら? 身体の方は、かなりおカタくなっちゃったようだけど?」
身体を触ったお返し、といったところだ。
花園の剣を瞬時に手元に引き寄せしながら、今度はフローレンのほうがゆったりと近づいた。
そして容赦なく、剣を構えなおす。
手足の動かないこの状況、さすがに首を斬りつければ、筋肉でふさがれる事もないだろう。
だが…
「舐めんなよぉ! 小娘ぇ! この程度で俺様が!
……ぬん!!」
赤髭が力を込める…顔を真っ赤にたぎらせ、全身の筋肉をたぎらせる…
イバラのトゲを身に食い込ませながらも、その筋肉が膨れ上がるようにして…
ついにはそれを、怪力で引きちぎった。
召喚された薔薇の茨は破られ、溶けるように消えてゆく…
この男のデタラメな体力は、物理的に術を破ってきた。
腕や脚に細かい傷を負いながらも、ほとんど血も流していない。
赤髭は再び大斧を構え、フローレンに向き直った。
(あーあ…体力だけは凄そうね…面倒…)
フローレンも再び左手の剣を構え直す。
眼の前の男も厄介だけれど…
周りの戦闘の様子も気になる…
そして、他の戦場の状況も…
全体の状況を把握したくても、ロロリアはおろか、すぐ近くにいる森妖精スヴェンとも話している余裕がない。
フローレンは司令官にもかかわらず、眼の前のこの赤髭の猛者から離れられない状況が続く。
その森妖精のスヴェンは相変わらず、可愛いキューチェと一緒に後方から支援している。ふたりともかなり可愛い。そしてかなりの魔法使いだ。
ハンナは鎖鎌を振り回し、右の左の敵を往なしていくけれど…それでも一人では魔法使い二人を完璧には守りきれない。
だけれど問題はない。
森妖精スヴェンは身の丈を超える長い杖、というか大樹の枝のような棒を振り回して敵を退ける。棒術も得意なようで、近接戦に持ち込まれても、わりと軽く山賊兵どもを往なしていたりする…
キューチェは体格が小さいこともあって、近接戦闘はそれ程得意ではない…
花月兵団でも下から数えたほうが早いくらいだけれど、それでもノコギリ剣で斬って、迫る山賊を追い払う。
魔法についてはアルテミシアがその潜在能力を大評価している一番弟子だけど、みんなと一緒に訓練にも参加しているので、戦えないわけじゃあないのだ。
そしてその師匠であるアルテミシアは先程から…
中央の戦場の反対側に新たに現れた、得体の知れない敵…
黒衣の男と向き合っている…
~~村の東側~~
クレージュたちは敵を往なしつつ、少し後方の孤立していたリマヴェラ、ヘーメル、負傷したイーオスと合流した。
北側のほう、つまり狙撃手から遠い方の営舎の陰だ。
正確には営舎というより、木材で組んだ簡易な建築物であって、この中で全員が寝泊まりできるかと言えば、到底そんな大きさはない。せいぜい二、三人くらい、その程度の木造建物だ。
だけどこの陰に入れば、片側が壁のようになるので、狙撃手からも見えないし、とりあえず攻撃はしのぎやすい。
その両端に当たる場所をネージェとディアンが盾を構えたまま守り、他の面々が迫る敵に対応する。
腹部を射たれたイーオスは、その分厚い木材の壁を背にもたれて座り込んでいる。
クレージュは駆け寄ると、膝をついて彼女を見舞った。
「イーオス、どう? 大丈夫?」
その声掛けに、なぜか姪のヘーメルが答えた。
「ああ、叔母さんの怪我ね、大丈夫だよ!」
「なんであなたが答えるの!? あと…またオバって言ったな!」
「元気そうね!」
イーオスは少し苦痛で顔をしかめる。いちいち怒るから腹部に力が入って痛みがくるのだろうけど…
でもクレージュも、二人のそのいつもの遣り取りを見て、安心を覚えた。
リマヴェラがまたビキニアーマー姿のイーオスの露出した横腹に手を当てた。
それで痛みが引いたようでイーオスの表情がちょっと楽になった。
「苦痛をやわらげる花術、ね?」
「はい。芥子のお花の術なんですけど…まだ慣れてなくて…
分量が難しいんです…強すぎると感覚がなくなってしまって危険らしくて…」
リマヴェラは、フローレン直伝の花術で味方を支えている。
細身の剣を使い始めてから、武芸の方もかなりの腕になった。
正直クレージュは、この清楚な子がこんな立派な戦士になるなんて思ってもいなかった。他の孤児の三人と一緒にお店に来た時の、あの内気で大人しい姿からは想像もできない。
でもそれは他の子たちも同じだ。
今そこで戦っているウェーベル、ネージェ、ディアン、アーシャの四人も、フローレンたちに救出されて最初にお店に来たときは、まだ村娘って感じだった。
それが今では四人とも、山賊くらいは軽くあしらう程の実力をつけて戦っている。
営舎の陰で守りを固められ、攻めにくいと思ったのか、敵が少し離れた。
立て直して攻めてくるだろうけれど、それまで多少の間、こちらも息がつけそうだ。
「窮屈だね…」
森妖精のなかでも好戦的なマラーカは、自由に暴れられない事が不満なようだ。
「あの狙撃手をなんとかしない事にはね…」
クレージュも、この東方面の敵将は、自分が受け持つつもりでいた。
だけども相性が悪い。遠距離武器を使う敵では、近寄ることもできない。
「あたしらが盾を構えて…森に向かって前進、する?」
ネージェは話し合いに参加しながらも、気を抜くことなく盾を構える姿勢を崩さない。
「その後ろから…姉ちゃんとアーシャが魔法撃つとか?」
ディアンもしっかり構えた盾の向こうに敵影が現れないか、絶えず目を走らせている。
「無理ね…私たちの魔法じゃあ、森までは届かないわ…それに…」
ウェーベルもおっとり話しながらも、営舎の上から襲われることも警戒している。
「近づくまでに、逃げちゃうよね…」
アーシャも辺りをきょろきょろ見張りながらの会話だ。
「私達で倒すのは難しいわね…
でも、倒せないにしても…この場に繋ぎ止める戦いをするほうがいいかもね…」
「「「「?」」」」
四人の目が、そう言ったクレージュに集まる。
会話に入ってなかった残りの三人もそろって顔を見上げた。
その言葉の意味について、クレージュが説明する。
「一番困るのは、あの狙撃手がここを離れて、他の戦場へ行っちゃう事なのよ…
つまりね…」
別の戦場に現れれば、あの狙撃手の存在を知らない他の場所のみんなは、矢で不意打ちに襲われる事になる。
中央も西側も、かなりの乱戦になっているとの情報だから、森の中にまで気を配ってなどいられないからだ。
下手に追い込むと、こちらの戦場から離れるだろう。
営舎の陰に隠れたまま、完全に無視しても、だ。
「適当に隙を作ってやって…それでも矢を受けないように立ち回る…か…」
暴れまわるような戦いがしたいマラーカは、理解しつつも不満そうだ。
「…って…来たわよ!」
ネージェが守る側、営舎の陰の左手側から、山賊どもがまとまって迫ってきた。
ディアンも大盾を手に、そちら側に移った。
ウェーベルが全員に、防護盾の魔法をかけなおした。
ヘーメルは一歳歳上の叔母イーオスを見守りながら、敵の来ない反対側も警戒している。
それ以外のメンバーが、迫る敵との戦いを再開する。
山賊兵は、互いの間を開けるようにして迫ってきている。
おかげでアーシャお得意の地面泥濘化で一気に捉える事ができない…
対魔法戦術として範囲魔法に一気にかからないよう広がるように、隊長格の兵士が指示を出したのだろう。
ウェーベルが全体を見渡し、魔法で支援…いつもの壱番隊の戦い方だ。
クレージュとリマヴェラは盾の後ろ側に回り込んできた敵を処理。
負傷し壁を背に座り込んでいるイーオスを狙って、三人もの山賊兵が襲いかかってきた。
「叔母さんを、狙わないで!」
ヘーメルが卓越した剣技で敵を斬り捨てる。立て続けに二人…
余った一人が雑に太い鉈を手にイーオスを襲う。
イーオスは座り込みながらも剣を換装し、山賊兵の振り下ろしを受け止めた。
無理に動いて負傷した横腹を動かしたためか…イーオスは苦痛に表情をゆがめる。
だが、次のナタの一撃は来なかった。
駆けつけた流星鋼の虹色反射する剣が、横合いからその山賊を刎ねていた。
一瞬の救援に来たクレージュはまた素早く駆け、リマヴェラと向き合っている山賊兵たちの処理に戻る…
ネージェとディアンの守る大盾の後ろで、森妖精マラーカは槍を振るっていた。
大盾の守りの後ろから伸ばした槍で突き、突き倒し、逃げ出した敵を槍の穂にかける。
そして、敵を追い打ちする際に、盾の守りの範囲から少し横に出た。
その時、森の中でかすかに光った。
(来たな…矢の気配…!)
だがこの歴戦の武闘派褐色エルフは動じない。
そこから位置を少し動かし、槍で剣を交えた山賊を間にはさみ矢の軌道を防いだ。
「これで射てないだろ…って! えっ!?」
マラーカの策に反し…
森の中の狙撃手はそれでも撃ってきた…!
「ぐへぇ!」と声を上げながら、間にいた山賊の胸部に、血と共に矢の先が生えてくる。
その身体が矢の勢いで飛ばされてきた。
大柄な山賊の身体が寄りかかる形で、マラーカの露出度の高い身体にかぶさった。
「味方ごと射つなんて…ひどい事を…」
駆け寄ったリマヴェラの手助けを得て、マラーカは被さってきた大柄な山賊の身体をどけた。
貫通した矢が、身体に当たっていたけれど、LV1、森の加護、防護盾の、三重の魔法の守りのお陰で微かな傷でしかない。
通常だったら串刺しにされていたかもしれないが、守りの力の強力さがわかる。
マラーカは立ち上がると、森の方を睨みつけた。
「あの野郎…ふざけやがって…!」
この武闘派な微褐色エルフは、相当頭にきたようだ。
マラーカの槍が光り、弓に姿を変えた。
「あたしが仕留めてやるよ!」
森妖精の中でも武闘派なマラーカは、弓の扱いも随一。
冒険者組で弓使いがいない花月兵団にあっては、獣人族猟師のエスターと並んで弓の二強だ。
好戦的なマラーカは、弓勝負を挑む気になった。
(あの辺り…あの一段高い、大木の枝の上…か!)
剛弓から矢が放たれる…
マラーカは集中してそれを見極め…迫る瞬間、わずかに身体を動かして、躱す。
褐色森妖精の横を、凄まじい風が抜け、緑の髪に飾られた孔雀の羽飾りが激しく揺らされた。
マラーカは素早く弓を構えた。
換装武器の矢は弓とセットなので、射つ意思をもって弓を構えると、瞬時に手に現れる。
その矢の出所に向かって…一矢放った。
森の暗がりで敵の姿が見えないから、命中の成否がわからない…
敵の狙撃手は大型の矢を扱う分、次が遅いと予想できる。
換装武器とでは、矢を番える速度が段違いだ。
向こうからの矢の気配がまだ見えない…僅かな矢の反射光も見逃さない…
マラーカはためらうことなく、二本目を構え、放った。
そのニ射目の直後だった。
射撃後の隙…そこを狙って…お返しに矢が飛んできた…
矢を放った直後…自分の矢の軌道に隠れるようになって、敵の矢を視認するのが遅れたのだ…
(しまった…!)
躱せない!
武闘派森妖精は、死を覚悟する…
イーオスの例を見ても、実際には負傷では済むだろうが、戦士としての直感は、死を感じずにはいられない…
「あぶない!」
横合いから飛び出したのは…
盾を手にしたクレージュだった。
かろうじて、マラーカの身体を庇い、その盾で矢を弾く…
だけれど…
盾の大きさが足りなかった。
クレージュの盾は、他の女兵士たちの大盾よりはるかに小さい…
そして…
逸らしきれなかった…!
その風をまとった矢は、クレージュの盾をかすめる…
軌道は変わった。だが、それは、僅かに、だ。
矢は、クレージュのその左の脚を撃っていた…
「ああぁぁ!」
クレージュが倒れ込む。
「「マム!!!」」
ネージェとディアンが素早く盾を構え、倒れ込んだクレージュの前に立ちはだかった。
そこにまた唸るような矢が飛んできた。
ということは…マラーカの矢は二本とも外れたのか躱されたのか…
あの狙撃手には当たらなかったという事だ。
前衛二人が矢を塞いでるうちに、マラーカとリマヴェラが引きずるようにして、クレージュの身体を営舎の陰に運んだ。
クレージュが、苦痛で表情を歪めている…
逸らしきれなかった矢が、脚を撃った。
イーオスが射たれた時と同じ…三重の守りのお陰で貫通はしないが、その分、強力な打撲を受けたに等しい。
「あ~~ん! マムぅ~~!」
アーシャが慌てておろおろして…何故か関係ないのに転んだ…
「クレージュさん! しっかり…!」
リマヴェラが、クレージュの左脚の“打撲”部分に、花の術で治癒を施す。
流血は無い。骨が折れている様子もない。
大樹の加護やアクセサリ、防護魔法の守りがなければ、脚だけが飛んでいたかも知れない…
その守りのお陰で外傷はない、ように見える…
けれど打撲による苦痛はある…それもかなりの痛みで、しかもしばらく引きずりそうだ…
クレージュとイーオス、怪我人が二人並んで座り込む…
二人とも、仲間を庇っての名誉の負傷だ。
敵が少し引いた瞬間を見て、マラーカがクレージュに駆け寄った。
「ごめん、クレージュ…あたしのせいで…!」
強気な色黒エルフの目に、あまり馴染まない涙が浮かんでいる。
「貴女に怪我が無いなら、良かったわ…」
クレージュは穏やかに答えた。見上げるその瞳は、優しさに満ちている。
「そんな…あなたは花月兵団の総帥なんだよ? あたしなんか守って…」
「マラーカ…今の貴女は大事な連絡係よ…自重なさい!
この戦いでの、この場所での…貴女の役割を…考えて…
貴女が倒れたら、ここのみんなは孤立するんだから…
危険は侵さないで…」
クレージュは花月兵団の総帥でありながら、この戦いでは、総司令官フローレンの下の、東方面の指揮官を買って出ていた。そして、自分などより、連絡役である森妖精マラーカが負傷するほうが戦局を不利にする…という事を誰よりも理解していた。
再度、横合いから敵の一団が現れた。
人数を整えながら、またかかってきた様子だ。
ウェーベルが“風”系統で強化した飛針を投げつける。
アーシャも足止めではなく、“鉱”系統の鉄鍼の魔法で敵を刺す。
怒りのマラーカも、そのザコの二人までを弓で仕留め、近寄られると換装した槍で突き倒した。
リマヴェラから痛み止めの花術を受け、クレージュは何とか立ち上がった。
痛みは緩和されたけれど…撃たれた左脚に力が入らない…
それでもクレージュは、ほとんど片足立ちの姿勢で流星鋼の剣を振るった。
彼女も元々冒険者だし、片足だけで戦う状況も経験済みだ。
無理すれば、立つことはできる。
しばらくは、ここの物陰でザコを相手に立ち回る事くらいはできる。
だけれど…
この身体の動きでは、全体を見渡しての指揮は難しい事を、クレージュは悟った。
半数が打撃を受け、あるいは倒された時点で、敵は大きく後方に引いた。
立て直したらまた数を増やして襲ってくるだろう。
先程から敵が増えてきているのは、柵のところの最初の罠にかかって動けなかった者たちが、味方の助けを受けて復帰してきている様子だ。
クレージュは、余裕があればこの東側からよそに援軍を送る…そんな事を考えていた。
いや、北には援軍を送ったのだから、その目的は達している、とも言える。
そして、これ以上敵を北に抜けさせる訳にはいかないのだ。
これ以上行かせれば…今度は送り出したチアノたちが挟み撃ちにされる危険がある。
幸い今のところ、敵は北に抜けようとはせず、物陰のクレージュたちを襲いに来る。
加えて…あの狙撃手を、他の戦場に向かわせる訳にはいかない。
他を危険に晒させない。そのために、ここで自分たちが狙撃手の動きを止めている事に、意味はあるのだ。
だけれど戦局が膠着すると、あの狙撃手が今の状況に飽きて、他に行かないとも限らない…
そうなる前に手を打つべきだが、もはや東側単独であの狙撃手を何とかするのは限界だ、とクレージュは考えた。
「マラーカ、ロロリアに連絡を…」
クレージュは壁を背に座位に戻りつつ、マラーカに指示を出した。
無理ならば早めに、今のうちに手を打つのが望ましい…
~~村の中央広場 やや東寄りの空間~~
二人の魔道士が、射ち合っている。
つまりは攻撃魔法の飛ばし合いだ。
「男性の魔法使いなんて…珍しいわね♪」
アルテミシアと対峙するのは、黒ローブの男…
動物たちの目耳を通したロロリアの情報によると、この男が敵の総大将である可能性が高い。
男の魔道士。
珍しいが、いないわけではない。
現在は少ないが、ヴェルサリア時代には大勢いたらしい。
通常、男性の場合、体の成長と共に、身体の魔奈回路が失われていく。
男性のほうが体格に勝れ、身体能力に優れる分、その成長と共に魔法の能力は薄れ、失われてゆく…
女性はそれに比べると身体は華奢なものだけれど、身体の成長と共に魔奈回路も成長していく…
特に「妙齢の女子は、全員が魔法使い候補」と言われるほどだ。
これは女性だけが命を産む力、命を育む力を擁している事と関係があると言われている。
男子でも、幼少の頃より魔法に馴染めば、女子たちのように魔奈回路を維持したまま成長を遂げることもできるのだ。ただしその分、魔法男子は筋力や身長などはあまり発達しないし、女子のように産む力が芽生えるわけではないのだが…。
もう一つは、学術魔法ではない、技として魔法を習得する方法だ。
つまり女子でなければ使用の難しい学術魔法ではなく、言うなれば剣士や拳士が技を身体で身につけていくように、技として体得した魔法を発動させる魔道士たちだ。
この方法だと、女性魔法使いのように、体内に魔奈回路を持つ必要がない。
各地にある神を信仰する団体では、そうした術使いを多く育てている。
眼の前の男魔道士は、後者のほう…技系魔法の体得魔道士と予想される。
それも、虚系統の魔法に特化されている魔道士だ。
「滅せよ」
その黒衣の男の手から…真っ黒な球体、としか言えないような“物”が飛んできた…
それもいくつも…
<<雷光防幕☆月影>> サンダーバリア☆ムーンシャドゥ
アルテミシアは咄嗟に雷の防護幕を張り、その暗黒球体を相殺する。
「…ほう…これも防ぐか…」
あまり感情の乗らないような、その術属性と同じ、虚な印象の声だ。
「最近たまたま“虚”属性の相手との戦いの機会があったのよね♪
だから防ぎ方も、既に学習済って感じ♪」
通常ではこういった虚無系統の魔法を用いる者は少ない。
あのダンジョンでの戦いから…アルテミシアも防御術を鍛え練習していたのだ。
それが意外なところで役に立った。
「じゃあ、お返し♪」
《月色雷撃》ライトニングボルト☆ムーンレイ
日中の空に浮かぶ、薄白い月によって僅かに増幅された、月色の電光がほとばしる。
この男は"虚”属性の攻撃魔法を放ってくる…
という事は、逆もまた真であり、対称属性である“雷”を防ぐ術を持っている事になる。
つまり、防がれるとわかっている。
わかっていてわざわざその術を放つのは、相手の力量を図るためだ。
予想通り、黒衣の男は、虚属性の盾を張り、アルテミシアの電撃魔法を相殺した。
それでもアルテミシアの起こす雷撃の起こす風圧は凄まじい。
男のフードが風で剥がされ、素顔を晒し出した。
例によってもう少し先まで書きたかったのですが、一万字越えたのでここまでです。
次回、戦局が大幅に進む、か…?




