112.宵闇の擬装
お盆前後、公私ともに多忙を極め、更新が大変遅くなっております…
あまり閲覧もない作品だとは思いますが、もしお待ち頂いている方がいらっしゃれば、大変申し訳ございませんです。
花月兵団が難民村に入ったその夜…
この周辺の森を見守る森妖精のロロリアが、大樹の管理領域に人の集団の侵入を確認した。
フローレンたち花月兵団幹部七名と、オノアの七つの集落の長が集まったのは、難民村南中央広場に面した、この村で一番立派な建物だ。
…まあ、立派といっても、大した建物ではなく…一般的な農村にある離れの小屋みたいなもので…
難民村のほとんどの家は藁葺屋根だし…柱だけで壁すら無い家もあったりするので…
こんな山中だから、マトモな木材の壁と屋根がある建物はここだけなのだ。
このボロ小屋…もとい山中の立派な板張り建築物が、今回のブロスナム山賊掃討戦の指揮所となる…
つまり本営である。
昼間会議をした岩場の集会場ほどの広さはない。
七人と七人が全員が入る事もできず…
実際はすぐ外の中央広場での屋外会議みたいになっていた。
「人数は二十人ほど…全員が男性…」
目を閉じたままロロリアは告げる。
森妖精の長である彼女にだけ認識できる、大樹の管理領域の状況…
「この村の南…まだかなり南の森の中…」
南側から…ということは、敵の一団に間違いない。
敵の、ブロスナム軍の拠点は遥か南にある事はわかっている。
「他に特徴は…? 武装は、わかる?」
思わずフローレンは問いただした…けれども返事はない。
それはそう。
音のない世界に生きているロロリアには、フローレンの声が聞こえていない。
森の様子を探るのに集中して目を閉じているから、いつものように唇を読む事もできない。
そもそも、日が暮れて周囲は薄暗いので、設えられた篝火の灯りだけでは、ロロリアは目を開けていても他人の“言葉”を拾いにくいはずだ。
普段ならフローレンも、ロロリアが目を開くまで待っていたであろう。
フローレンがその配慮を忘れるほど、この状況は寝耳に水だったということだ。
この状況の噛み合わなさを埋めるように…
ロロリアの隣りにいた銀色のアルジェーンが、その小柄な身体をぴったりくっつけた。
顔をかなり近づける…ほぼ触れてるんじゃないか、ってくらい近く…
で、その桃銀色の小さな唇がかすかに動く…絶対触れてるよ、ってくらい近い…
「…ごめんなさい、細かいことまではわからないわ…」
その謎行動を受けた後、ロロリアはフローレンに向けてそう答えた。
どうやら…相手の詳細に関するフローレンの質問を、アルジェーンが何らかの伝達方法でロロリアに届けたようだ。
森妖精の乙女?と銀妖精の少女?…この二人は、女と女の関係であるのか疑わしいところも含め…この二人にしかわからない事が多い…実に多い…
その不審者集団の詳細が気になるけれど…
ロロリアの管理領域の情報探知では、そこまで詳しくは区別できないようだ。
ロロリアが霊樹を通して意識の中に“見えて”いるのは…
彼女の意識の中にある森の地図の中を、二十ほどの点が移動している、といった感じだ。
体格や男女の違いなどの情報が大雑把に「見える」だけである。
花月兵団の仲間内のような、彼女と親しい人なら識別できるのだけど、見知らぬ者たちの事はそこまでの情報がない。
そこで他の手段を用いる。
「…調べてみるわね」
と言って、ロロリアは横にいる鳥に囁きかけた。
いつの間に、という感じで驚かされるけれど、アルジェーンがあたりまえのように、やや大きな鳥を手元に留まらせている。
ロロリアは大樹の管理者であるが、もう一つ別の特技として、鳥や小動物の耳目を通して情報を得ることができる、動物使いの能力がある。
日中なら“耳”代わりに、小鳥を侍らせている事もある。
ロロリアが小鳥たちに囲まれている光景は、ラクロア大樹村でよく見かけるが…実に神々しく、まさに清楚な森の乙女と呼ぶのに相応しい…
今は夜だから、小さな生き物にあまり負担をかけないように、ムリに起こすようなは事はしない。
そこで、アルジェーンが持つ銀製の止まり木に留まっているのは、夜行性の鳥、梟だ。
森の女王の指示を得た夜の斥候が、闇を南に飛び去ってゆく。
対象に近づいて監視することで、詳細な情報を得るだろう。
ロロリアは意識を集中するように、ずっと目を閉じ続けている。
「距離はまだ遠いわ…でも…
このままだと…今夜のうちにここまで来そう…」
連中は、まだそれほど近くにいる訳ではない。
この村にたどり着くとしても、対応を話し合う時間は充分にある。
だが…
オノア難民の長の何人かは…ものすごく慌てた感じにワサワサしはじめた…
特に、昼間の会議で「逃げよう」と言っていた三人は…
「ロロリア、敵の数に変わりはない? 後続の隊とかは、他にない?」
フローレンは状況を尋ねつつ…途中で気がついたように、ぴったりくっついているアルジェーンのほうに目を向けた。彼女に伝達を頼むしかないのだ。
アルジェーンはその質問をまた、ロロリアの耳のそばで呟くようにして伝えている…
もうフローレンはもう“敵”と決めつけている…
もうこの状況では、敵であることはほぼ間違いなく、全員がそう考えている。
「確認できるのは、その一団だけ…
南側全方向について、他に反応…なし…」
という事は、一小隊による偵察…あるいは食料収拾などの行動だと予想される。
「はい! おちついて! 敵はたかだか二十かそこらよ!」
「あーしがシュンサツするから、あわてるなー!」
フローレンの叱責まじりの声に、そしてユーミの元気な大声に…オロオロしていた難民長たちが落ち着きを取り戻した…
冷静に考えれば、二十やそこらでは、大した脅威ではないのはわかるだろう。
まずは、この長たちの逃げ癖を何とかするのが先決のような…
「その少数じゃあ、攻めてきた、って感じじゃあないわね♪」
「この周辺を探りに来た一小隊、ってとこだね」
アルテミシアもレイリアも、落ち着いたものだ。
アルジェーンはロロリアにくっついて目を閉じたまま無言…いつもどおりだ…。
なんか、ユーミだけは…腕を振り回したりして、すごくやる気になってる…
敵が来て嬉しそうな感じで…勝手に戦いを始めないように注意が必要だ。
“敵”はどうやら少数のようだ。
だけれど、この村まで来る可能性がある以上、何らかの対応が必要だ。
フローレンは、クレージュと目を合わせた。
花月兵団の総帥はクレージュだけど、戦闘指揮を取るのは兵団長のフローレンだ。
そういう取り決めがなされている事は、花月兵団の全員が知り、その全員が認めている。
そのクレージュが、軽くうなづく。
「とりあえず、警戒体制に入るわ!
クレージュ、村の人たちに説明を、お願い」
「わかったわ。まかせて」
指揮を委ねた以上、クレージュ自身も、フローレンの指示で動くつもりにしている。
オノア難民の人々は、戦うことを花月兵団に依存しているけれど、従属している訳では無い。
いうなれば同盟者だから、命令するのではなく、協力を求めることになる。
村の長たちに説明するのは、総帥であるクレージュの役割だ。
「あなたたちは、他の子たちに伝えて回って」
フローレンは、ミミア、メメリ、キューチェ、ハンナを呼んで指示を出した。
この四人は女兵士たちの中心的存在だ。
今もこの本営広場で、会議の行われる側で待機していた。
「「「「了解」!」~」です…」
司令官フローレンの指示を受けた四人が駆け出して行く。
「レイリア、今一度、防備の確認をお願い!
補修が必要なところは、ユーミ、手伝ってあげて!」
「わかった」「いいよー!」
本来なら敵が来てから修繕するのは遅すぎる。まあ戦いになるとは限らないし、気休め程度だけれど見回りを行うことで何かに気付く事もある。
フローレンは矢継早に指示を下す。
戦士としての決断はいつも早い。
そして迷うことがない。
それは軍の指揮においても同様だ。
花月兵団が警戒態勢に入った。
村内の防衛配備については、すでに打ち合わせてある。
全員、決められたとおりに動くだけだ。
「警戒態勢! 敵接近の可能性あり!」
この指示が伝わると、女兵士たちは…
…ゆっくりご飯を食べていた子も、急いで食べて片付けて…
…のんびりお風呂に入ってた子も、急いであがって拭いて服を着て…
…つかれて居眠っていた子も、跳ねるようにとび起きて…
…男と遊ぼうとしてた子も…「あ、今夜はダメ!」と相手を残して駆け出す…
みんな即座に動きだし、そして短い時間で準備を終える。
こういう臨時集合の訓練も、大樹村では何度も行っている。
その訓練の甲斐もあり…わずかな時間で女兵士たちが各持ち場に散らばった。
壱番隊は東の端、花月兵団の営舎がある場所。
花月兵団が馬車で到着し、調理場や簡易な営舎、携帯型露天風呂を開いている付近だ。
警戒態勢に入りつつも、ちっちゃなアーシャと料理人長女トリュールが調理場の後片付けを手伝っている。非戦闘員のはずの料理人母キャビアンも、わりと余裕な感じで片づけをしていたりする…意外と。
クレージュもこの東の営舎に移動し、壱番隊と海歌族四人組、その他の者たちと共にいる。
弐番隊の持ち場は村の一番西の奥、岩壁の側の村入口付近…
花月兵団の食事場や仮設露天風呂からは最も離れているので、弐番隊や火竜族の面々は、先に食事や準備を済ませている子が多かった。
弐番隊では…空歌族イーナだけ、ちょっと遅れて集合した…ちょっと着衣が乱れてて…ちょっと満足げな様子が…
ユーミとレイリアも、見回りの後で、そちらへ合流する。
弐番隊に加え火竜族の四人と獣人族猟師エスターも一緒、村の一端を守る戦力としては充分だ。
村の子供やお年寄り、戦いの苦手な女性…といった武器を持たない村人たちは、万が一戦闘になっても巻き込まれないように、村長たちの先導で、村の北側の高台に連なる小屋に避難している。
戦えるオノアの男女は武器を手に、住居の小屋にて待機…
難民とは言え、さすがに戦いを経てきている人々だ。この状況に大きな混乱もない。
それに比べると花月兵団でも、まだまともに実戦経験のない参番隊と䦉番隊の八人はかなり緊張気味…
それでも可変アクセサリの“兵士意識LV1”効果のお陰で、何とか勇気を出して戦えそう、って感じではある…
フローレンの見たところ、この両隊はやや集合にも遅れがあり、まだ不慣れな感じが現れている。
初々しい新兵なので仕方ないけれど、次は少しでも早く動けるように意識してほしいところだ。
参番隊と䦉番隊は、村の南中央広場付近が持ち場。本営の付近だ。
その本営の“立派な小屋”に、指揮官のフローレンとアルテミシアが陣取る。
参番隊隊長ミミアと䦉番隊隊長メメリ、その二人と仲の良い可愛いキューチェとその相方のハンナ、いつもの隊長格女兵士四人が一緒だ。
そして森妖精のロロリアも、村全域に大樹の加護を行う関係上、その中心に位置するこの広場にいる必要がある。もちろん彼女を守る銀色のアルジェーンも。
この村はいかにも山の中らしく、地形が平坦ではない、かなりの高低差がある。
それでも端から端まではそれほどの距離ではなく、中央からは東西両側の端を視野に入れる事ができる。
が、さすがに声が届く距離ではない。
そこで、ロロリアに従う森妖精の四人が分かれ、村の東・西の部隊と、北側の避難所にそれぞれついている。
この村全体が大樹の管理範囲に入っているので、森妖精たちは大樹の管理者であるロロリアと離れていても交信できるのだ。
あまり離れると聞き取りづらくなったり、ヘンな音が混じったりして交信は難しくなるが、この程度の距離なら連絡に問題はない。
ロロリアの得た情報は森妖精たちを通じて、離れた三ヶ所に即座に伝える事ができる。
逆に、フローレンが本営から出した指示を、ロロリアから森妖精を通して、他の隊に伝達する事もできるのだ。
「…対象を確認したわ…」
ロロリアの放った梟が、やっと“敵”…謎の一団のところに達した。
さっそく、その夜の目で見た情報が伝えられる。
彼女の言葉はこの本営内のみならず、各森妖精に伝わり、東西の部隊と北の避難民にも伝えられる。
「…見たところ…ただの山賊みたい…
まともな鎧を着てるのは…ひとりふたり…」
このへんは予想どおりだ。
山賊、という事は、敵で間違いない。
「人数は…二十と…五、六…
…武器は…剣、木こり斧、棍棒…短い得物ばかりね…」
武装の統一感がないようだ。
つまり、兵士崩れが隊長と副隊長を務める、あぶれ者の集団といった感じだ。
先日レイリアたちが全滅させた二十人ほどの部隊と同じような構成のようだ。
こういった二十人ほどの部隊が、ブロスナム勢力の基本的な部隊編成だと予想される。
それ以外の目立つ道具や、弓など飛び道具の準備もないようだ。
攻めのための準備をした部隊ではない。
ロロリアにはさらに詳しく観察し、情報を得てもらう…
連中は、松明を手に周囲を見回しながら進軍しているらしい。
「周囲を探りながらの進軍…やっぱり捜索隊、ってところね」
フローレンは腕組み脚組み姿勢で背を壁に預けながら、ロロリアの話を聞いている。
敵はもちろん、この村がある事を知っている感じではない。
ただ北へ、北へと進んできている。少しずつ、少しずつ…。
「でも~、こんな夜更けまで、探索なんてするものなのね~?」
そんな疑問を呈したのは、参番隊隊長ミミアだ。
夜食に、と食材置き場から勝手に持ってきたパンと野菜と燻製肉で作った自家製サンドにかじりつきながら…
その隣では、彼女の食い意地仲間…もとい親友の、䦉番隊隊長のメメリが同じ自家製サンドに同じようにかじりついている…
もうひとり、活発なハンナも一緒にだ…
彼女もこの二人につられて、最近食い気が増してきた気がする…
三人そろって…また、食べながら…とかフローレンは思ったけれど…
まあ彼女たちの部下に当たる、参番隊・䦉番隊の子たちみたく緊張しまくっているよりは、これくらい余裕があるほうが好ましくはある…
それにこの子たちも…光る石の坑道やいかがわしい店から助け出した時に比べれば…かなりの戦士に育ったものだ。
それに、ミミアが何気なく言ったその疑問は尤もである。
通常なら、行動しやすい日中で探索は打ち切るだろう。
「オノアの集落を探しに来てる可能性が高いわね…♪
村の灯りが見えやすい夜のほうが気づきやすいものよ♪」
アルテミシアが自分なりの見解を述べた。
遠くから村の灯りが見えれば、松明を消して近づくのだ。
そして相手のほうが弱そうなら、容赦なく夜襲をかけるのだ。
そういうアルテミシアも、どこから持ってきたのか…
串ダンゴらしきスィーツを手にご満悦だ。
この子達に緊迫感がないのは、こういう先輩を見習っての事なのだ、きっと…
でも四人のうちでも、可愛いキューチェだけは食い意地もなく…
いーや…
アルテミシアから串ダンゴをわけてもらって…
実に美味しそうに、その上品で小さなお口で召し上がってる…
やっぱりこの子も乙女だ…
ロロリアはずっと目を閉じて祈るような姿勢だし、アルジェーンもその隣りで、こちらはいつもどおり、目を閉じたまま身動き一つない。
四人娘とアルテミシアは、口を動かしながら、合間に口を動かしている。
なんだか…フローレンはひとりだけ、ちょっと雰囲気から浮いちゃってるのを感じていたり…
「でも、夜の森って、アブナいですよー! 地面はガタガタですしー、伸びてる枝にも気づきにくいですしー、ヘビさんとかいますからねー」
農村育ちのメメリが言うように、夜間の森は、足元も草木も生き物も…何かと危険が多いものだ。
「いやー…森に木の実を採りにいって、帰るのが遅くなった日には、けっこう酷い目にあいましたからー」とか仲良しの三人に語っているけれど…メメリが欲張っていっぱい採って、そのせいで帰るのが遅くなった事は、なんとなく誰もが予想できる…
「でも、夜になっても捜索するなんて、ご苦労な事ですね」
先に食べ終わったハンナが 、まだ食べたりなさそうに見回しながら言った。
キューチェが「はい」と差し出したお団子に笑顔でかぶりつく。
「その人たち~ごはんがなくって~、食べるもの探し回ってたりして~」
そういって一番最後に特性サンドを食べきったミミア。
食べるのが遅かったんじゃなくって、彼女のサンドが一番大きかっただけだ。
「きっとそうですよー! 夜にわざわざ歩き回る理由なんて、お腹すいてるくらいしか考えられないですよー!」
言ってメメリも、物欲しそうな目でキューチェのお団子を見つめているのだけど…残念ながらこちらにはお恵みはない…。
いかにも食べることを行動の基本に考えていそうな、この二人…いや、三人らしい意見なのだけど…
(おなかが…すいてる…? もしかして…?)
フローレンは、意外なところに気付かされた。
オノア軍は、山賊組織を取り込んで、急速に膨れ上がっている。
なので、兵を集めすぎて、食料が不足している可能性がある。
この界隈…山賊になるような連中は、基本的にダメなヤツらだ。
マジメに働く事も、計画的に蓄財する事も、勇気を持って危険に立ち向かう事もしない。
だから山賊たちはオノアの難民たちのように、採取や狩猟に一生懸命になる訳では無く、足りなくなったら弱い者から奪うことをまず考えるのだ。
だとしたら…
それほどに食料の蓄えを持っている訳では無い山賊組織を一気に糾合したブロスナム軍は…その人数を食わせるだけの備蓄を持っていないのでは…?
既に食料が不足している可能性も考えられる。
だとしたら、何としてもオノアの集落を探して、食料を奪おうとするだろう。
そこでこの探索隊…夜も探索を続ける必要がある、という事なのかも…?
敵のブロスナム残党勢力にしても、オノア難民の集落が北方面にある事は、当然わかっている。
そしておそらく…ここに来るまでに、森の中にある他のオノア集落を発見し、無人であることを確認しているはず…
それを見て…オノア難民は既に逃亡したと見ているか…
それとも、どこかに集結していると予想しているか…
食料が足りていない、という仮説が通るとすれば、何としても集落を探そうとするだろうから…
このまま北方向に探索を進めてくるだろう。
そうなると、この村にたどり着くのはほぼ確実だ。
しかし…
それはある意味、望むところではある。
連中に、この村を発見させる。
そう…
花月兵団が描く、この戦いの基本戦略は…
まずは「敵の総力でこの村を攻めさせる」事にあるのだ。
攻略戦は、攻める側が圧倒的に不利な戦いである。
相手の有利な地形に、準備されている場所に、罠や仕掛けなど様子のわからない陣地に、攻め込むのだから。
だから攻める側は、相手を上回る兵数、または装備や技術が必要、という事になる。
装備や技術はまだ未知数なところはあるけれど、こちらの七人…特にロロリアやアルテミシアの技や術を超えるものを持っているとは思えない。
兵力に関しては、ブロスナム勢力は確実にこちらを上回ってくるだろう。
だけれどレイリアの話では、先日、花月兵団の女兵士たちは大樹の加護のない範囲でも軽傷のみで敵部隊を全滅させている。
それに加えて、ここにはオノアの難民たちもいる。
村人の、特に女性たちには、大樹の加護が大きくはたらく。そこに学術魔法による防御術が加われば、この村で戦う限り、倒されるどころか、大きな傷を負うことすら稀だろう。
武器を取るオノア女子の数を計算に入れれば、防衛戦力としてかなり期待できる。
だから、敵の大多数の兵を集めさせ、この村を攻めさせなければならない。
ここで二十人程度の敵を殲滅することで警戒されては逆効果なのだ。
山賊やブロスナム勢力は、オノア難民をカモにしている。
弱い相手に容赦のない、卑怯な連中だ。
その事を逆に利用する。「この村にいるのはオノア難民だけだ」と思い込ませれば、大挙して略奪に来るだろう。
逆に、敵側は“謎の女子集団”にかなりの警戒心を持っているはずだ。
フローレンたちがあの魔獣のいた砦を落とした事は、その生き残りが伝えているはずだし、先日レイリアたちが小隊を全滅させた折に、逃がした敵がいて伝えている可能性もある。
だからもし…敵が村に入ってきたなら…あるいは花月兵団の姿を見られたなら…倒してしまったほうが良いだろう。
しかもその場合は、全滅させる必要がある。
敵が生き残って戻って報告されると、村に対して警戒心を持ってしまう。
ここを攻めてこなくなるかもしれない。
「つまり、この村にいるのは…弱い難民だけと思い込ませて…引かせるのが…
…上策、って訳ね♪」
アルテミシアが、フローレンの考えていたことを見透かしていたかのように言った。
「そうね…それが叶わない時は、全滅させるしかないわ…
…下策ってとこになるのかな」
「まあ、全滅させるのは次善の策ってとこね♪
一人でも取り逃す事になるのが、下策かも♪」
この村が発見された時、連中が村の中に入ってくるか否か…そこが問題になる。
村に入らせないためには…?
そして村にいるのが難民だけという情報を与えるには、どうする…?
「…あの…」
口を開いたのは、可愛いキューチェだ。
もらった串のお団子をまだ食べきっていない…仲良しな三人とは大違いだ…
「…こういう作戦は…どうでしょう…?」
そのお上品な小さなお口から、策が語られる…
「………」
「…成程♪ 私の魔法で、ね♪」
「いいわね、キューチェ! それでいきましょう!」
褒められたキューチェは、ちょっと恥ずかしそうに…にぎった手を口に当てて顔を赤らめ…実に可愛い。
ちなみに彼女が持っていたお団子は、ミミアとメリアが睨み合って狙っているうちに、相方のハンナのお口に消えていったらしい…。
「警戒態勢に入って!
相手が攻めてくれば、迎撃!
ただの偵察なら、絶対に手を出さない事!
…あと、言うまでもないけど…みんなの安全が最優先!」
ロロリアが他三ヶ所にいる森妖精たちにフローレンの指示を伝えた。
村の各所で篝火を焚いている。
日中よりもむしろ夜間のほうが、その明かりのおかげで、遠くからでも発見されやすいだろう。。
大きな篝火を焚くのは、わざわざ場所を教えてやるようなものだ。
けれど、それでいい…
あえて、村を発見させるのだ。
可愛いキューチェの策は、あくまで中央広場に敵を引き付けた上での策だ。
もし東や西で戦いが起こってしまったら、殲滅に移るしかない。
フローレンは、いっぱい食べて元気なハンナを伝令に走らせ、花月兵団に所属する三人のオノア娘を呼んだ。
そして、ミミアの参番隊とメメリの䦉番隊も全員集合。
もうひとり。森妖精の長であるロロリアについている、果樹園担当のスヴェンだ。
森妖精は全員が七大元素“樹”系統の術使いだけれど、この揺らめく黄緑の炎のような髪の妖精美少女スヴェンは、八人の森妖精の中でも一番の術士だ。
フローレンはアルテミシア、そして策を立てた可愛いキューチェと共に、彼女たちに指示を与えた。
接近の時を待つ。
フローレンたちは、本営の小屋の中で、じっとロロリアの報告を待っていた。
本営の小屋に面した広場は村の南の端にあり、すぐ南側に柵が張られ、今は閉ざされている南門がある。
そこからは他の集落に続く獣道が伸びているのだ。
つまり…
敵が獣道に沿って北上してくれば、この広場に行き当たる事になる…
篝火で明るいその広場では、先程からオノアの若者たちが語らい合っていた。
「来たわよ…松明を消して、近づいてる…」
ロロリアが唐突に告げた。
いよいよだ。
村の篝火を視認できる距離に入ったようだ。
既に配置は終わっている。
九人のオノア難民の若者が、篝火の照らす広場で、ゆったりと語らっている…
その様子を、密偵に見せつけている訳だ。
「…オノアのやつらだ…まちがいない…
こんなところにあつまってやがったのか…
…かなりおおきなむらだな…」
ロロリアが片言で話す…
鳥が拾う、奴らの声を伝えてくれるのだ。
「…おんなだ…
ちきしょう…むらむらしやがるぜ…」
…とりあえずロロリアは、意味のわからない事は、聞いたままを伝えてくれるようだ…
(ごめん…ヘンなコト言わせちゃって…)
まあロロリアは、多分、意味がわかっていない…そう、たぶん…
「むらのきぼをさぐれ…
かるがるしくしかけるな…
……敵は人数を割いて東西に広がったわ…東西に五名ずつ…」
五名程度なら、村に入ってくる事はなさそうだ。
「各所に伝えて。こちらも身を潜めて待機!」
ロロリアにお願いしつつ、フローレンはちょっと申し訳ない気持ちになる…
梟の耳目を借りて、様子見して言葉を伝えてくれるのはロロリア、
大樹の加護範囲で敵の様子を見張ってるのもロロリア、
離れた仲間の森妖精に連絡を送るのもロロリア…
…そのいずれも彼女にしかできないのだから仕方がないのだけれど…ロロリアひとりに働かせすぎている…
敵は森の中で散開した…
中央に残った半数以上が村の様子を伺っているようだ…
万一、このまま村に攻めてくるようであれば…
待機している女兵士たちが速やかに不意をついて迎撃を行う。
けれど…襲ってくる感じではなさそうだ…
村の規模を測りかねているのだろう…
様子がわからなければ、入り込んで来ることはないはずだけど…
「…おんな…いいよなあ…たまんねえぜ…
…ちょっとしかけてみるか…みたところぶきももっていないしな…
いや…もうちょっとようすをみよう…」
中央の本隊の連中が、まずいことを言いだした…
実は、今広場にいるオノア男子六人は…
アルテミシアの魔法で幻の外見に包まれた、森妖精のスヴェンとメメリたち䦉番隊の女子たちだ。
あまり近くに寄られると…動きの不自然さが露呈してしまう。女子特有の歩き方や仕草などだ。けれどこの距離なら、遠目にはオノアの一般男性のように見えているはず。
女子の三人は幻影魔法をかけていない、花月兵団のオノア女子ベルチェ、アルセ、ナールの三人だ。
実は九人全員花月兵団の女兵士だから、このまま戦いになっても問題なく勝てる。
だけど戦う事は一段下の策だ。
相手が色気を出して侵入してくる危険を感じたフローレンは…
ここでミミアの参番隊メンバーにも、アルテミシアの幻影魔法を纏わせて広場に出した。
大柄な男性が五人、小屋から出てきて広場の輪に加わる…ように見えたはず…
本当は全員、女子なのだけど。
「いやまて…おおぜいでてきたぞ…
ああ…ほかにもいそうだ…このにんずうではふりだな」
フローレンはもう一押し。
「スヴェンに伝えて。南の方を見て指さして、仲間に何かを教える仕草をとって」
ロロリアが本営のすぐ外にいる森妖精スヴェンに指示を送る。
「…きづかれたか…まずい…
…ひくぞ…
ほんたいとごうりゅうする…」
敵は、潜んでいるのを悟られた、と感じたはずだ。
そして撤退を指示している。
「そうりょくでせめれば…このきぼなら…かんたんにおとせるな…
…ああ…なんみんどもなど…ちょろいもんだ…
…あすはたらふくくって…やりまくってやろうぜ…」
また清楚な森の乙女?にヘンな言葉を言わせたのを心のなかで謝りつつ…
敵が撤退していくのをフローレンはじっと待った。
敵は引き上げていった。
ここをオノア難民だけの村、と思い込ませる事もできたようだ。
そして、この村の位置が知れたことで、人数を揃えて襲いに来る事だろう…
だけれど…
花月兵団とオノア難民連合は、それを待っている。
この村に敵を引き込み、殲滅する。
それが当初の計画だ。
敵が遠ざかるのを確認し、しばらく待った後、警戒体制を解いた。
参番隊・䦉番隊の新兵八人なんかは、どっと疲れたようになっている。
それ以外の子たちは、それほどでもない。
女兵士たちの熟練度がわかるというものだ。
やがて、大樹の管理範囲外に出た、とロロリアから報告が入った。
「さて・・・
明日…って言ってたわね」
「本隊もすぐ南にいる、って事ね♪」
彼等の会話内容のとおりなら…
戦いは明日。




