111. 夢紅(ゆめくれない)の女神
会議はそこで中断、全員村の中央広場に集合。
そこに呼ばれたのは六人の男たちだ。
それぞれ格好が違う。
それぞれが、村の六人の長に呼ばれた、それぞれの部族で一番強い戦士、という事なのだろう…
だけど、フローレンが見たところ…六人とも大した腕はない…
フローレンは、相手の立ち居や振る舞いから、ある程度の強さを計ることができるのだけど…
この程度の相手なら…花月兵団の同数の女兵士でも、互角といったところだ。
この男の戦士たちを相手に、花月兵団の実力を見せる…
フローレンが立ち会う理由は…ユーミは力の加減が苦手だし、レイリアはイラついているので、やりすぎる危険性があるからだ…。
一応アルテミシアが、ファリスからもらった例の魔法で結界を作ってくれる…
ので、勢い余って怪我をさせることはないだろう。
この練習結界があるなら、ユーミやレイリアにやらせてもいいかな…
とちょっとフローレンは考えた、のだけど…
でもなんか、乱暴なあの二人は、完膚なきまでボコボコにして、彼らの心まで折ってしまいそうなので…任せるのはちょっと気が引ける…
ので、やっぱりフローレンが受けて立つ事にした…。
村中から人が集まってきている…
花月兵団からの見学者は少数…ミミア、メメリ、キューチェ、ハンナ、仲良し四人組の姿だけが見える。
他の子たちは作業や見回り中で忙しいのだ。
まあ、こんな程度の試合は、わざわざみんなに見せるほどでもない。
オノアの人たちは、周囲に円を作って興味深そうに眺めている…
その後ろでは…
ユーミが「あーしもやりたい! やりたいー!」とか騒いでいて、
「オマエはその辺の岩でも斬ってろ!」と、相方のレイリアにあしらわれている…
村人の円の中に進み出るフローレン、
向かって構えるのは、六人のオノアの男戦士…
曲刀を構えた者が三人…うち一人は双刀だ。
残りの二人は竿状武器…もう一人は長い斧。
見てくれの異なるオノア戦士たちが、花びら鎧の女剣士を囲む…
油断なく…という感じではない…
この可愛らしく裸みたいな格好した女剣士に対して…
怪我でもさせたらどうしよう…とそっちの心配をしている感じだ…
フローレンにしてみれば、全くもって無用の心配…
というより…(自分たちの心配をなさいよ…!)と思わずにいられない…
フローレンの見たところ、全員戦士としての鍛錬は積んでいる、けれど…
六人が倒れるまでに、それほどの時間はかからなかった。
まあそれでもフローレンは、戦いの中で相手の技量を一度は見てから倒している。
お花の技も使っていないし、まあいうなれば手加減してるみたいなものである…
(やっぱり…この程度の戦士しかいない…)
と、フローレンは思う…
オノアの地は、戦乱も多いと噂される。
そのような地であれば、屈強な戦士が必ず育つはずなのだ。
オノア出身のかつての冒険者仲間…
寡黙な剣士ヴァールの曲刀捌きは…それは凄まじいものだった。
おそらく…一対一の斬り合いなら、金門兵団のあの四人の中で最も強いだろう。
フローレンといえど、彼には楽に勝てるつもりはない。
彼のような凄腕の戦士も大勢いたのだ、きっと…
そう…戦いの中で、有力な戦士はほとんどが果てていったのだ…
森妖精ロロリアが進み出て、倒れて気を失っている男どもに森の癒やしをかける。
彼女の用いる森の加護、守りや癒やしの力は、実は男性に対しては効きにくい…
でも練習結界の内なので外傷は全く無い、気絶状態からの活入れ程度の軽い治療で済む。
ロロリアに導かれた神々しい緑の光が木々から集まり、気絶した男たちの身体に集結する。花月兵団にとって見慣れたこの聖なる緑光舞う風景にすら、集まった村人たちは驚愕を覚え…
六人が一様に気づき立ち直る姿に、村人たちは感激の声を上げている…。
癒やされた男たちは、ちょっと信じられない、といった感じ…
夢の中にいるかのような面持ちでフローレンを見上げていた…
ムリもない。こんな裸みたいな格好をした女の子に、成す術なくあしらわれたのだから…夢か幻かと思うことだろう…
フローレンのエロさ…もとい外見の麗しさ…だけでなく、戦士としての実力も知った男どもは…
六人そろって、この麗しの女剣士を、崇めるような様子を見せた。
フローレンは、ちょっと大げさな感じを受けつつも…
座り込んだ男たちに手を差し伸べた。
「戦いましょう…一緒に!」
つい先程、凄まじい剣を振るっていたとは思えない、乙女の繊細で麗しい手だ。
フローレンは、自分の花びらビキニ鎧姿が、男性の目にどのように映っているのか…困ったことに、まったく自覚がない…
ちょっと前かがみになって強調された、花びら鎧に支えられたそのふっくらした胸元に、フツーの男性なら、思わず目がいってしまうところだ…
だけど…この戦士たちは、なぜかそんな目で見る感じではなく…
膝をついた男たちは、なにか尊いものに引き寄せられるかのように、ゆっくりと立ち上がった。
この時…
成す術なく倒されていたオノアの戦士たちには…
陽光を背にした、薄着の可憐で妖艶なる戦乙女…
この花の女戦士の姿が、とても神々しいものに感じられていた…
…当のフローレンはそんな事は知る由もないけれど…
だけれど…彼ら六人だけじゃなくて…
村中の男たちの…フローレンを見つめる目が…
なんだか尊いものを見るような感じになってきている…
手合わせした感想としては…
これから戦う山賊程度が相手なら、この戦士たちでも充分だ。それにおそらく、他の男性たちも含め、オノア男子のほうが並の山賊よりはまだ強い、とフローレンは予測する。
同数なら、負けないだろう。同数なら…
けれど…ざっと見渡したところ…
戦士の数が、戦えそうな男性の数が少ない。数で負ける。
(彼らにも頑張ってもらうのと…
まずは、数的不利を覆す必要があるわね…)
フローレンは、オノア男子たちからの熱い視線を感じながらも、先の戦いのことを考え始めている。
と、その時…
いきなり響くような轟音が地を震わせる。
そして、背後で歓声が上がった。
振り返ると、そこには…
背丈よりちょっと高いくらいの岩があったのだけど…
縦斬り真っ二つになっていた。
岩でも斬っとけ、と相方に言われ、ユーミがウサバラシに斧を走らせたところだ。
キレイに真ん中で真っ直ぐに真っ二つになった岩の、欠けた片方の側が轟音と共に横倒しに…
残ったもう片方のは、実に平面な断面を保っているのだった…
何事か、と集まってきた村人たちは…
このアリエナイ光景に開いた口が塞がらない…
一刀…もとい一斧の元に、岩をマップタツにしたユーミは…
「まだアバれたりないっ!」って感じに、背丈を超える金剛鉱の漆黒の大斧をぶん!ぶん!回してる…
村人たちはおののき、長たちも…驚きに口が塞がらなくなっている…
こっちのほうが、より“説得力”はあったのではないだろうか…
その恐るべき斧使いユーミに「やりすぎだろ!」と叱りつけているレイリア、
「なによ!」と反論したユーミに、レイリアも「やるかっ?」と炎を手に現す…
一撃触発なこの二人を「そこまで」という感じに、無表情で割って入る小柄な銀妖精のアルジェーン…
そういう花月兵団ではわりと見慣れた風景すらも、ここの村人たちには…
あーなんか、この人たち強いから頼りになりそうだー
…みたいな雰囲気が蔓延りだしている…
すごい女子たちだ…と村人たちの理解も得られたようでなによりだ。
そこから昼食を挟んで、午後からの活動に入る。
この村の防備を固める。
打ち合わせに基づいて、防衛戦の準備だ。
男性たちは、村を囲むように防備を整えるのに勤しんでいる。
主に敵の拠点のある南側方面だ。
地面を掘ったり柵を建てたりして、段差を上手く活用しつつ、防衛戦を敷く。
こういった力仕事なんかは、戦闘力抜きにして、力の強い男性のほうが得意だ。
女子集団である花月兵団の弱いところである。
オノア男性たちは民族を問わず、フローレンが通りかかると、羨望の眼差しで見つめてくる…
中にはひれ伏して祈るような姿をとる者も…
(なんか、大げさね…)
面映い思いを、軽く手を振ったり会釈して往なす。
フローレンは村を散策しているようで、村の全容を見て回っている。
そして村人たちの戦力を数え計っている。
若年から壮年の男性はそれほど多くはないが、全員が戦えるようだ。
それでも戦士の数は足りない…
そこで…
この森に与えられる、大樹の加護についての説明が必要になる。
その森の加護について…
ロロリアは以前から、南方面の索敵を行うと同時に、大樹の管理領域をどんどん南に伸ばしている。
この難民村をはるかに越えて、もっと南に至るまでだ。
そして、この事はオノアの人々には説明してない。
まあロロリアにしてみれば…この山を含めここら一帯はもともと森妖精が住んでいた場所なのであって…
大樹の支配領域を広げるのに、後から来た人の許可を取る必要があるなんて、欠片ほども思ってもいないだろう…。ロロリアは大人しそうに見えて、そういうところがある。
まあ花月兵団と協力関係にある限り、この難民村の人たちも害を被る事はないし、領域内では何もせずとも、多少 村の女性や子供たちも、病傷から守られたりしている…恩恵しかないので、特に問題はないはずだ。
で、その説明に当たって、その加護を与える役のロロリアは、昼食の後もうちょっと先の南方面に領域を伸ばしに出かけているので不在だ。
なのでかわりにクレージュが、村人たちに説明を行っている。
花月兵団が住んでいる大樹の事はうまくはぐらかし、あくまで花月兵団のメンバーである森妖精による加護だ、と説明している…
森妖精の長であるロロリアが大樹の祈りを発動すれば…その管理領域の森にいる親しき者たちには、多大な防御と治癒の加護が付与される。
先ほど戦士たちを治療した神聖な緑光の舞いは、ほぼすべての村人たちが目にしていた。
ただし…この新緑の加護は、概ね成人年齢以上の男性には効きにくい。
男性は魔奈回路を持たないため、学術魔法を習得できない事と同じ原理だと考えられる。まだ未成熟な子供たちなら、男の子でもある程度は守られるのだけど…
逆に、妙齢の女子には最も効果が高い。
注目すべきところは、ここだ。
加護の範囲内で戦う限り、この村の男性よりもむしろ、女性たちのほうが防衛戦力になる可能性まである。
オノアの民は男性はもちろん、女性もある程度戦える者が多い。
多民族の入り乱れるオノアは、いつ戦いに巻き込まれるかわからない、緊張した地域である。
だから女性でも身を守る程度の武芸は身につけたりするのだ。
すでに花月兵団に加わっている三人のオノア乙女も、弓矢、曲刀、戦扇とそれぞれそこそこの腕は持っている。
フローレンは、女性たちにもこの村の防衛に参加してもらうべく、呼びかけを行った。
女性は部族を問わず、若い世代の姿がかなり目立つ。全体の人数の中でも比率的に多い。
戦いに敗れた部族では…まず最優先に若い女性たちを逃がす…敵に捕まれば、最もひどい目にあわされるのが彼女たちだからだ…
そして彼女たちは、部族を未来につなぐ重要な役割を担っている…。
だから、小さな子供のいる女性もいれば、赤子を抱いている女性も多く、いま身重な女性もいる。
そういった女性には、戦いも作業も、決してムリはさせない。
そういった事情のない村にいる半数以上の若い女性たちが、フローレンの呼びかけに応じた。
歳の頃は花月兵団の女兵士たちと同じ、二十歳前の乙女たちが多い。
もうちょっと年上…二十代くらいの女性から、クレージュより年上…三十をまわったくらいの女性までいるが、年齢層が上がるにつれ少なくはなる。
でも、そうした女子たちからも…
(なんだか…すごく…視線を感じるんだけど…?)
男性たちだけでなく村の女性たちまで、フローレンに熱い視線を向けてくる…そんな雰囲気がある…
先ほどの立合いは、それほど強い印象を与えたのだろうか…?
オノア女子たちは防衛戦にかなり意欲的だ。
虐げられた生い立ちの中にあり、自分たちを守ろうという意識が高い。
花月兵団の女子たちにどこか似ているものがある。
その上…守るだけじゃなく、その後の敵の拠点攻めにも参加したいとかいい出す、好戦的な乙女たちもいる…
この大陸のはるか北方には、戦に強い女性の戦闘民族もいるのだけど、オノアにもそういう女性も戦う部族もあるのか、と思わせる…
だけれど敵の拠点は森の加護が届かない範囲になる事が予想されるので…そこまでムリさせるのは危険だ…
彼女たちは花月兵団の女兵士たちのように、守りのアクセサリを持っているわけではなし、防護の魔法を使える者もいないのだ…
森の加護がなければ、簡単に負傷して簡単に倒されてしまうだろう…躱しきれなかった一撃や、流れ矢の一本すら命取りになる。
手の空いている女性が、それぞれの部族ごとに違う武器を手にしている。
流浪の民だけど、オノアからの道中、危険なレスタト荒野を越えてきているので、護身用に武器などは持っているようだ。
曲刀を持ってる子が多くその形状は様々、あちらでは集まって弓の練習をしている。鉄の輪っかや複雑な形の手投剣のような、見慣れない武器を使っている子もいる。
得意武器も部族によって様々、なのだろう。
フローレンの見立てたところ、彼女たちの実力は…素の状態だと、並の山賊と同程度…やはり大樹の加護の範囲内で戦うことが前提になりそうだ。
LV1アクセサリの守りと換装武器込みなら、花月兵団にいるオノア三人娘のように、並の山賊程度なら圧倒できそうだ。あの三人娘は山中の戦いでそれぞれ不意を突いて、並の山賊より腕のたつ、ブロスナムの兵士崩れの敵すら倒している。
武芸に関して見どころのある女子の四人組がいた。
おそらく部族はバラバラ…髪色も濃い黒と薄い黒、肌の色も違ってちょっと浅黒い子も混じっている、着ている衣装もバラバラで布面積も差が大きい…
手にした武器もそれぞれ違う…けれど、なぜか一緒にいるこの女子たちは、四人でまとまっている感じがする。
そしてフローレンが見たところ、それぞれがかなりの戦士だ。
統一感がない、ということは…この大きな村の住人、つまり部族の中で一人だけ生き残ったり逸れたりした娘たち、という事になる。
身寄りのない四人が仲良く集まっていて武芸の腕も磨いていた、といったところだろうか。
「わたしたち、もともとあなたがたに憧れてて…」
「いつかお仲間に加えて頂けるように…」
「日々精進してます!」
「一緒に戦えて、光栄です!」
この四人娘も、やっぱりフローレンに対して、憧れるような感じに接してくる。
嬉しいような、恥ずかしいような…
ここの女子たちがかなり戦えそうな事がわかった。
フローレンはこの件について、クレージュとアルテミシアに相談する。
たしか、あの指輪、通称LV1がまだ幾つか残っているはずだ。
「そう、防備のアクセサリについて、ね。わたしとしては、この村の女子に一人でも多く持ってもらいたい…と思ってるんだけれど…」
フローレンはこの村の女性たちがかなり戦えそうな事を説明した。
「花月兵団に加わる事を、約束してくれる女性に限定…といったところかしら?」
そう答えるクレージュの定める基準は、さすがに甘くはない。
そもそも、花月兵団の女兵士たちは当たり前のように使っているけれど、この指輪自体かなりレアリティの高い魔法アイテムである。
まず、換装アクセサリというだけでも、かなりの価値が見込める。
それに加え、守りの効果まである…しかも各種武器から便利な道具までがいっぱい使える…
冒険者から貴族女性まで、欲しがる女性は数多だろう…
価値換算すると、少なく見積もっても金貨数十枚…需要次第では百枚超えまで予想される…
そう考えると「はいどうぞ」と気安くあげる訳にもいかないのも当然だ。
まあフローレンはそんな事をあんまり考えずに、持たせてあげたい、と考えるのだけれど…。
「そうね♪ 私もその意見に賛成…
指輪もけっこう少なくなってきちゃったからね♪」
いっぱいあった例の指輪もとっくに半分を切って 残りが五十個ほどになっている。
そしてアルテミシアは、レメンティからある忠告を受けていた。
彼女の占いによると…
どうも今後訪れる地で、多くの女子が花月兵団に加わる、ような気がする…かもしれない…と思われる…可能性がある…そうだ。
レメンティの占いは、聞いたときには意味不明だけど…
後で考えると、必ずその意味が当たっている。
だからアルテミシアも「思う」とか「気がする」とか曖昧な事を言われつつも、彼女の忠告は素直に受け入れている。
そもそも村の女性たちに関しては、大樹の加護に加えて学術魔法による防御の魔法が加われば、ほぼ傷を負う事はない、と計算できている。だから彼女たちが戦うのを、この村だけに限定した場合、例のアクセサリを配る意味は薄いのだ。
それはフローレンもわかってはいる…ので、このアクセサリの件に関してはこれ以上は言わない。
逆に言えば、それでも村を守りきれないような事があれば、言うまでもなく敗北である。
花月兵団を含めての、負け、という意味である。
巻き込んだ難民村の人たちが大勢犠牲になることなど、花月兵団のものとしては誰一人受け入れられることではない。だから敗北なのだ。
クレージュは長たちを通じて、村人たちの意思を確認した。
フローレンの華麗な戦いの姿を見たからか…花月兵団に憧れを抱くオノア乙女は実に数多くなっていた…だけれど、やはり同じ部族で集まっている女子たちは、その血族から離れる決心はつかないようだ。
花月兵団に加わる意志のある女子は、結局その最初の四人だけだった。
先日救出した三人もそうだけど、身寄りのない部族の女子を花月兵団が受け入れる形となる。
ただこの四人も、すぐに花月兵団に加わる訳ではない。
今この村で一緒に暮らしている子供やお年寄りたちを見捨てられない、と彼女たちは言う。ちょっと残念な気持ちはあるけれど、むしろそういう心根の優しい子たちで好感が持てる。
この村の人たちが山を下りる決断をした時に、彼等と一緒には行かず花月兵団に合流する、という約束になった。
その約束で四人にLV1の指輪を渡す。
しばらくはオノア戦士たちの中心となってこの村を守るのが、彼女たち四人の役目だ。
そして、その日の夜…
村に緊張が走った。
夕食も終わり、一日の営みを終えようとする頃…
「人の集団が、管理範囲に入ったわ…」
ロロリアが皆に告げた。




