106.大樹村の大宴会
商業都市アングローシャでの行商から、さらに三日後の昼ごろ…
花月兵団クレージュ一行は、ラクロアに帰還した。
宴会。
今夜は宴会だ。
女子たちが大好きな宴会だ。
行商組が帰ってきた日か、時間的に間に合わなければその翌日は、決まって村をあげての宴会だ。
ラクロア大樹には、約半月ぶりの帰還となった。
今回の行商はちょっと遠く、海岸の町ローレライにまで買付けに行った。
海塩や海産物をいっぱい買って持ち帰ってきた。
海の町まで、クレージュの買付けに同行したのは、海歌族の四人だ。
ローレライはルルメラルア王国の辺境で、この四人の故郷であるショコール王国に一番近い町だ。四人とも久しぶりに海を訪れて、晴れ晴れ生き生き、昼も夜も楽しく激しく過ごしていた…。
で、今回…その海歌族は四人そろってこの大樹の村にやってきた。
四人のうち、クレージュの行商助手、兼、訓練担当“部長”のチアノは、町とこの村を行き来している。パン焼き担当だったラピリスも、近頃は行商のほうが主になりつつある。
けれど、フルマーシュのウェイトレス歌姫であるアジュールとセレステは、この村に来るのは久しぶりだ。それなのに、以前一度会っただけの、森妖精たちとは、まるで旧知のように親しげだった。
村の広場では、海岸の町ローレライで買い付けた大量の海産物が荷下ろしされた。
森妖精たちは、初めて見る海の幸に興味津々だ。
魔法装置つきの大箱が開かれる…
この箱には、新鮮な海の幸がいっぱい詰まっている。
アルテミシアが冷蔵保存できる大きな箱を作ったので、生に近い状態の魚も持ってこれるのだ。
今回は運良く、外洋でしか獲れない美味で有名な大型魚まで、新鮮な状態で手に入れた。大きな保存箱からかつぎ出されたのは、かなり大きな魚の半分切身だ。
「うわ! おっきい~!」
「身長の倍くらいあるよね!」
「でも、海のおサカナって…川のおサカナと違って…」
「半分に切ったような格好をしてるのね~」
その三枚に下ろされた大型魚を見て、森妖精たちがそんな話をしていて…
「いやいや…これ、半分だし! どう見ても!」
「こんな姿で泳いでるわけ、ないでしょ!」
海歌族のアジュールとセレステがツッコミ入れてる…
まあ、海のものを見るのは初めてらしいので…様々な思い違いもあるだろう…
にしても、切り身な生物を想像するあたり…森妖精の感性は、実に、独特だ…
続いて取り出されたイカ足を見て…
「何これ~…?」「触手だけのイキモノ…?」「海ってこんなのいるんだ~」
山積みのウニを見て…
「海にも木があるのね~」「海の木って、トゲトゲな実がなるのね~」
大量の閉じたニ枚貝や巻き貝を見て…
「この中に実が~?」「海の石ころって、食べれるのね~」
…もうツっこむのも疲れてきたのか、アジュールとセレステも途中からは、
「はいはい…」「そーよねー…」てな感じで、生返事を返している…
…かくして、ラクロアの森妖精たちは、
海には触手だけのイキモノがいて、トゲトゲの実が成る木が生えていて、海の石ころは割って食べられる…と認識してしまったようであった…。
今回は新鮮な海産物がいっぱいだ。
いつのまにかクレージュが自ら包丁を持って、その巨大なサカナを捌いている。
この人…今日の昼に帰ってきたばかりで、
大浴場に浸かりながら、留守中の報告を聞いて、次々指示を出して…
その後、村じゅうの畑とか工房とかを余す所なく見て回って…
で…今、料理までしようとしている…
休みなく動き回りすぎだ。
今からサバかれるこの巨大魚は、泳ぐのをやめると死んでしまう、という外洋のサカナなのだけれど…
このヒトは、働くのをやめるとシんでしまうのではないだろうか…
というくらいよく働く…
花月兵団リーダーのクレージュは、こういう人物なのだ。
荷物の中には森妖精が大ハマリしてるチーズも各種、
これは、アングローシャ近郊の酪農を行っている村で、大量に仕入れてきた。
「うわ! チーズだ!」「チーズだよ~!」
「いっぱいだ~! シアワセ~…」「チーズ! チーズ!」
そんなにチーズ好きか、というくらい…森妖精のすごい盛り上がりようだ…
そして、もう一つの木箱。海で仕入れたやつだけど、保存機能はない普通の箱。
「これ、アタシが頼んだやつだね?」
と、レイリアが火色金を短剣にして木箱をこじ開ける。
そこにいっぱいに詰められてるのは…魚介類の干物。要するにお酒のアテだ。
「うわ! もっとチーズだ!」「見たことないチーズだ!」
「はじめてだ! たのしみ~…」「チーズ! チーズ!」
森妖精の子たちは、酒飲み仲間のレイリアが勧める珍しい食べ物は…
とりあえずなんでもチーズと呼んでいるようだ…
この件は、面倒がってちゃんと説明しないレイリアが悪い。
「それ、チーズじゃないし!」
「スルメとか、オサカナのヒモノだし!」
また海歌族の二人からそろってツッコミを受けてる…
ついでに、鶏卵とか牛乳も、もう一つある小型の冷蔵保管箱に入る限り買ってきた。といっても、ここの人数だと一両日で食べ尽くしてしまう程度の量しかないけれど。
「卵の半分は、今日の料理に使いましょう」
と、巨大なサカナを解体し、小さく刻んだ生の切り身を並べながら、クレージュは言った。
今日は宴会なので、貴重な卵も料理に出そう、という訳だ。
ここの子はタマゴ料理を、町に行く時以外はめったに食べられないから、食べさせてあげたいのだ。
ちなみに、卵の残りの半分は、プリンやケーキに、つまりスィーツの材料だ。
この村では、鶏卵や牛乳は貴重だ。
外から持ってくるしかないからだ。
以前からここラクロアでも、鶏や豚や牛を飼う意見もあったのだけど…
ミミアのアイーズ村の子たち、メメリのイアーズ村の子たち、農村出身の子たちが揃って反対した。
「なんでって? 知らないの? すっごくクサいんだよ!」
「動物って、カワイイんだけど…いっぱいいると、匂いがね…」
「ホント、酪農やってる人って、尊敬できるレベル!」
「ここで飼うの、お馬さんだけにして!」
この件に関しては、元からここの住人の森妖精である、村長ロロリアと、副長のメラルダも否定的だ。
「…ずっと以前にね…飼ってみた事はあったんだけど…」
「この村って、外気が入ってきにくいから、換気がね~…」
以前、挑戦した酪農の失敗談(主にニオイについて…)を聞かされる…
動物とその糞のニオイが、しばらく抜けずに困った、らしい…
ラクロア大樹の村は、作物を植えるにはいいけれど、酪農には向かないのだった。
この大樹は、植物の実りは良いのだけれど、動物には影響しないので卵や牛乳の量は増えないから、効率が悪い…
山に行けば野鳥の卵が採れる事があるし、お肉はいつも狩りに行っている。
ちょっと異なるけれど、牛乳は大豆ミルクという代用品が作れるようになった。
そんな訳で、この村で酪農を行うのはあきらめ…
鶏卵や牛乳は行商の帰りの村で買ってくる、と決まったのだった。
料理とともに、宴会の準備もすすめられている。
今、フルマーシュに残っているのは…
温泉村クレフの元不良三人娘、グラニータ、チョコラ、パルフェ、
管理担当のカリラ、料理長のセリーヌ、酒場担当のクロエ、
そして踊り子のラシュナスも、今回海沿いの町ローレライまでは一緒に行ったけれど…やっぱり店に残留だ。
アングローシャで別れた占い師のレメンティは、今頃は北部軍政地あたりを旅してるだろう。
その8人以外の全員…
冒険者組7人、多種族多出身地な女兵士が53人、2人の大人と8人の小さな子、
みんな総出で宴会の準備に大忙しだ。
クレージュは見慣れない海産物料理にかかりっきりだ。
海歌族の四人が「魚料理なら得意」って感じで手伝っている。
その横で多人数料理の指揮を取っているのは、料理人母娘の小柄なママ、
地味な白エプロンに白頭巾姿の、給食担当のキャビアンだ。
ここにいる妖精族を除いた女性の中では最年長、三十すぎのお母さんだけど、とにかく小柄。最近では背の伸びてきた長女のトリュールに身長で抜かれ、ますます小さく可愛いお母さんって感じ…
だけど…
着痩せする、というか…エプロンを脱ぐと、薄着のシャツに押さえつけられた、かなり大きなお胸(爆+)が、ぼぃんと顕になる感じだ。
身長では伸び盛りな娘に負けているけれど、胸の大きさではまだまだ娘には負けそうもない…小柄でもさすがはママの貫禄ってとこだ。
それに、料理用頭巾を外して、まとめた髪をほどくと…その長い髪は黒光りする宝石のように輝かしい。
キャビアンはフルマーシュにいる頃は、かなりのモテ女だった。ママなのに。
かなり男性の誘いが多くて、酒代を自分で払った事がない…
で、そのあとの夜のお相手には、不自由したことがないとか…
料理してる時は小柄で地味な可愛いお母さん、って感じなのに…
夜は酒場のモテモテ女王様だった訳だ。ママなのに。
その長女のトリュールも、そういうところは母親を見習って育ったというか…
まだ年若いくせにそっちの経験はもうかなりのもの…らしい…
髪色は母ほどの輝きはないけれど、香り立つような黒褐色のキノコ髪が可愛らしい。キノコ好きを自称しているけれど、それはそのままの意味であってほしい…
次女のフォアちゃんは…さすがにまだ小さい、ので、そっちのほうは大丈夫だろう。髪の色も母や姉とは違い、豊かな感じの金褐色…なんとなく母や姉とは雰囲気が違う。
ただ、身体の方は女性らしい成長が始まっていて…このへんは母親譲りな感じが予想される…。
そのフォアが中心になって、小さな子が八人、お皿を並べたり、小さな料理を運んだり、といったお手伝いをしている。
この子達は、昼と夕の食事の準備は必ずお手伝いするし、後片付けもする。
正確にはお手伝いというより、この小さな子たちのこの村での仕事だ。
八人の小さな子たちは、得意なお手伝いがそれぞれ違う。
フォアは母キャビアンと姉トリュールを手伝って食卓の準備と後片付け、
金髪のルッチャは母親代わりのマリエにならってお洗濯のお手伝いを、
黒褐色髪のファラガも母親代わりのナーリヤの得意なお掃除のお手伝い、
孤児院で生活していた二人は、四人のお姉さんたちに従って、ミウは服飾小屋の、ブルーベリはパン焼き工房とお花畑の手伝いをしている。
フルマーシュの店からお手伝いに慣れてるプララとレンディはその八人の小さな子たちの中心的な存在だ。
他の子たちを、それぞれの得意な家事担当に振り分ける事を提案したのもこの二人た。その家事を手伝う時は得意な子がリーダーになる。
担当の決まっていない仕事は、プララとレンディのどちらかがリーダーになる感じだ。
二人ともまだ小さいのに、親元を離れても立派にここでの仕事を頑張っている。
ここでお仕事の戦力になっている。フローレンの読み通りだ。
ちなみにプララとレンディは、次回の行商で一度フルマーシュに帰る事になっている。
小さな子の最後の一人、フェスパは書庫の管理の手伝いが主だ。
この子は一応ブロスナムの下級貴族の令嬢だから、お手伝いごとはした事がなくて不慣れだった。けれど、やれば割と何でもやりこなす。応用力が高そうだ。
そのフェスパのお母さん、もう一人の最年長女子のニュクスが、八人の小さな子たちの保母さんのような存在だ。
子どもたちは、そのおっとりしていつも微笑んでいるようなニュクスお母さんのところで、毎日読み書き計算などお勉強を行い、魔法も学んだりしている。
ニュクスはアルテミシアから治癒魔法や生活魔法を習っている。
覚えが早くて既にいくつもの魔法が使えるようになって、今度はそれを子どもたちに教える側になっているのだ。
そのニュクスは、子どもたちをやさしく見守りながら、並べられた料理に温めや冷やしの魔法をかけて回って、宴会の準備を手伝っている。
手の空いた他の女子たちも、次々に集まってきて、宴会の準備に駆け回っている。
その中心で動いているのは二人の小隊長ミミアとメメリで、その指示を出しているのは可愛いキューチェ、それを伝えて回っているのは相方のハンナだ。
大人数が動いているにもかかわらず、混乱なく作業が進んでゆくのは、軸になっているこの四人の働きが大きいのだ。
宴会用の大量のお料理が次々に出来上がり、広場にならんだ縦割り丸太のテーブルに運ばれる。
料理を運んで回ってるのは、
ミミアの参番隊のメンバー、メローナ、ヴェル、プラマ、チェイリー、
そして䦉番隊のアーディ、サブトゥレ、ディヴィ、マルティナたち、
ここでは割と新しい八人だ。
ちなみに…彼女たちの隊長であるミミアとメメリは、料理を運ばせてもらえない。
理由は言うまでもなく…この二人に任せれば、つまみ食いするからだ…。
弐番隊隊長のユナと、その妹・義妹のフィリアとランチェが、夕食作りの手伝いの担当だ。
それに壱番隊のウェーベルとアーシャ、キャヴィアンの長女トリュールを合わせた六人は、普段から食事作りの助手をしている。
この六人全員が温度保存などの簡単な生活魔法を使うことができるようになって、料理の鮮度や温度が損なわれる事が少なくなった。
料理も出来上がり、それを並べる段階になると、他の女子たちも手伝いに来る。
それは今日の宴会でも、普段の食事作りでもかわらない。
最後は総力戦なのだ。
大きなお鍋に、特性シチューができあがった。
キャビアンとトリュール母娘特性の、海産物とレアキノコのシチューだ。
食をそそる、実に豊かな香りが流れてくる。
七十人全員に一杯ずつ行き当たるくらいの量がある。
だからけっこう重たい。
これをテーブルに運ぶのだ。
こういう時は壱番隊のふたり、ネージェとディアンの出番だ。
ディアンは女兵士の中では一番力が強い。
ネージェも機敏さが目立つけれど、力も弱くない。
二人とも、行商用の荷物の整理がここでの主な仕事だ。
「ディアンー! そっち持ってー!」
「おっけー! せーのっ…!」
シチューの大きなお鍋を、二人がかりで料理台から広場の給食カウンターに運んだ。女子たちから「やったー!」と歓声が上がっていた。
なんかもうお祭りの雰囲気が始まっている…。
離れた場所では、ユーミとアルジェーンが“下”で狩ってきた、魔獣ラキアの肉を捌いている。
ちょっとピリっとするのがクセになる、このヤバい肉色の魔獣ステーキは、女子全員が大好きなラクロア特産グルメ。
太陽神巫女のレイリアが熾した、太陽の炎で焼いて毒を軽くするのだ。
「生肉を食べたら即死よ」と森妖精たちから聞かされ、それ以降、実によく焼くようにしている…焼いてもどこか毒毒しいのだけれど…
そんな感じでみんなが宴会準備に大忙しの中…
多分、村に今いるメンバーの中で、一番ヒマなのがフローレンだ。
ごはん作りとなると…フローレンはやることがない。
戦いでは最も頼りになる最強女子である彼女は…
壊滅的な家事能力も併せ持つ、ガッカリ女子でもあった…
特に、食事作りにおいては、まったくの戦力外…
まあ、その自覚があるだけマシだ。
邪魔しても悪いので、久々に帰ってきた村の中をぶらぶら歩いて回っている。
宴会場になる森の広場に面した大きな柱に、アルテミシアが何かの魔法をかけていた。
「ん? それ、あの時計…?」
柱の上部には、かなり大きくなった円形時計が輝いている。
あのダンジョン報酬でもらった円形時計だ。
この大きさなら、広場のどこからでもよく見えそうだ。
「あ、えとね♪ これは離れた場所の映像を映す装置♪」
あの時計は手のひらサイズだ。
だから、映像を大きくして映す装置がついている。
でも実は、時計の本体は、アルテミシアの研究室にある。
魔法装置で映像を大きくした上で飛ばしている、という訳だ。
「村のどこにいても、古代時間がわかるようにしようかと思って♪」
フローレンも、古代時間の概念を習って、時計が読めるようになった。
今は長い針が“8”短いのが“6”の少し前あたりを指しているけれど、
夕方の時間を現している事が、フローレンにもわかるようになった。
アルテミシアは、花月兵団のみんなに、古代時間の概念を教えようとしていた。
この時間感覚を覚えておくと、魔法を使う時に役に立つらしい。
効果時間などは、魔法を受ける側も知っておく必要があるだろう。
小さな子たちが、料理のお皿とは別にお皿を並べている。
食器は女子全員が装備換装で出すことができる。だけど、一種類しか出せないので、飲み物のカップやグラス、二枚目のお皿なんかは必要になるのだ。
森妖精たちの席だけは、町で仕入れた綺麗な食器が並んでいる。
彼女たちはキレイな食器が好きだ。大好きだ。
その森妖精たちも、花月兵団が来てから、ここでの生活が大きく変わった。
森妖精の料理人、翡翠色の編み込んだ髪の落ち着いた感じのジェディーが、食後のスィーツ作りをしている。
この子は少しの間クレージュの店にいて、そこで料理長のセリーヌから、料理…というよりスィーツ作りを学んだ。
果物を使ったスィーツ作りにハマっていて、果樹園担当のスヴェンを巻き込んで、毎日新作スィーツのお披露目だ。
その料理場には、いつの間にかしっかりした道具棚が作られていた。
森妖精の物作り担当、深緑と浅緑の絡むウェーブヘアのマラーカが作った。
この子も短い期間だけどフルマーシュにいて、管理担当のカリラから物の管理や整理なんかを学んでいた。
作業用の道具も町で買って、いっぱい持って帰ってきている。
森妖精が町に来て学ぶことで、この村の生活レベルが目に見えて向上している。
今回町に行った薬師のペリットと服飾職人パティットも、きっと成果を見せてくれるだろう。
その二人と言えば…
アングローシャで(こっそり)買ってきた、
異国の金貨を抱えて手招きするようなポーズのネコの像と…
徳利を持ったお腹のぽちゃっとしたタヌキの像が…
いつのまにか、広場の目立つ場所に並べて置かれている…
それを見て他の森妖精たちが、めっちゃ興奮ぎみに歓喜してた…
森妖精の美的感覚については…ちょっと理解しづらい物がありそうだ…
調理場では火竜族のガーネッタとネリアンが、調理場の火力調整を手伝っている。
二人とも、デフォルメされたトカゲのストラップを、大事そうに腰のベルトやポーチに取り付けていた。
先ほど…この火竜族の先輩二人が、後輩コーラーの持ってるトカゲのストラップを見て、めっちゃ欲しそうにしてて…
そこにあと一人の火竜族の後輩、陽キャラなルベラがやってきて…
隠してた先輩たちの分も取り出して…
火竜族女子四人がお揃いのトカゲを手に盛り上がっていた…
やっぱり妖精族の興味感覚は独特だ…
ちなみにルベラはレイリアの分も買ってきたのだけど…
姉御は火竜族のくせに、興味を示さなかった…このヒト、酒以外は興味ないのだろうか。
ちなみにこのトカゲは…正確に言うと、トカゲじゃあなくってサンショウウオと言うらしい。
さて。
広場に新たに設えられた、円形時計の短い針が"6”を指した頃…
いよいよ宴会が始まる…
宴会前に、クレージュが軽くあいさつだけ行った。
こういう時、クレージュは長いスピーチなど行わない。
みんな早く食べたい…楽しみたい…その空気が読めないリーダーではない。
クレージュは、乾杯の声掛け担当だけ決めた。
フルマーシュの店にいる時は、毎朝日替わりで誰かが声掛けを行ってから仕事を初めていた事が思い出される。
「「かんぱ~い!」」
声掛けを行ったのは、ここに久しぶりに来た、海歌族のアジュールとセレステだ。
「かんぱーい!」と、七十人からの女子たちの声が重なった。
席の近い子たちと、それぞれのカップを合わせる音を奏でる。
外洋の巨大魚のサシミを初めて口にする森妖精たちは、今日また一つ、外界の美味を知ることになった。
他にも、焼いたサザエや、タコのサシミ、海藻サラダ…
海産物と希少茸の香り高いシチューも絶品だ。
久々の玉子焼きに、お待ちかねの魔獣ステーキ…
この村特産の野菜が色を添える。
お米も、お芋も、お豆も、おかわり自由なくらい豊富。
朝には果実や木の実や惣菜の入った焼き立てパンが楽しめる。
豊かな食卓だ。
この村での生産があって、それによる行商の利益がある。
そのお金で外の物資の買付け、ここの生活レベルもかなり上がった。
先日加わってきたオノア難民の三人、ベルチェ、アルセ、ナールも、すっかり他の子たちに溶け込んでいる。
花月兵団には、町の孤児もいれば、貧しい村の子も、地方貴族の令嬢までいるわけだ。
妖精の血の強い地域の女子も多い。
ショコールの海歌族、レパイストの火竜族、ラクロアの森妖精…みんな別け隔て無く、ひとつにまとまっている。
お酒が入ると、だいぶ雰囲気がくだけてきた。
女兵士の中にはお酒を嗜む子もいれば、全く飲まない子もいる。
ちっちゃなアーシャや、同じ歳のフィリアやランチェは、葡萄酒の代わりにぶどうジュースだ。
この子たちと同じ歳でも、料理人長女トリュールはかなり飲めるみたいだ。
可愛いキューチェは飲めないけど、相方のハンナはけっこうよく飲む。
妖精族の子はみんなよく飲む。
フローレンの周りに、女子たちが集まってきた。
宴会では、いつものことだ。
宴会の時は、他の子たちに冒険譚を語るのがお約束になっている。
語って聞かせたら、今度はまた違う子たちに同じ話をする。
話の合間、フローレンもグラスを傾ける。
芳醇な葡萄酒の香りと味が広がる…
それほどの期間熟成されたわけでもないのに、並の葡萄酒よりもずっと良い。
この村では大量の葡萄酒を消費するので、常に作り続けている。
今飲んでいるくらいの葡萄酒なら、僅かな期間で作ることができるようだ。
もっと時間をかけた、熟成の深い葡萄酒は商品用だ。
砂糖酒と共に、ここの主力商品になるかもしれない、とクレージュは言っていた。
遠い南の大陸でしか手に入らない事になっている砂糖酒と、
長い時間の熟成が必要な事になっている葡萄酒…
空間と時間を無視したところに、莫大な利益が生まれる事になるのだ。
クレージュはみんなの席を声掛けして回って、じっとしていない。
何事につけてもよく動くリーダーだ。
逆にロロリアは代わる代わる挨拶を受けている。
微笑んでただ頷くだけ…薄暗いので唇の動きがよく見えない様子だ…。
その横で銀色のアルジェーンが黙々と食べて飲んでいる…小柄な割にけっこう食べる…
その隣でお肉と格闘しているユーミと比べても遜色ない…
あちらではレイリアが女の子たちに囲まれ、次々にお酌されている。
歓声が上がった。
海歌族のアジュールとセレステがステージに立っていた。
そのステージには、色の変わる永久宝飾ランプが設えられている。
今は短い針が“8”の位置を指しているあの時計と同じく、このランプも先日のダンジョンの報酬だ。
二人が歌うのは、いつもフルマーシュの酒場で披露していた歌だ。
ふたりの歌と踊りに合わせるように、ランプが色を変えながら光を放って演出している。
声を拡大するキラキラの短杖を手に歌う二人、
その歌に合わせて、後ろでアルテミシアが月琴を奏でている。
そのアルテミシアも後で一曲歌うだろう。
彼女の歌が始まれば、みんな一斉に話すのを止めて聞き入るのだ…。
歌をうたう子は次々にステージに立つ。
次は針子のトーニャが準備していて、続いてフローレンの花売り友達のリマヴェラも歌うらしい。小さな子たちも、八人そろって何かやるみたいだ。
楽しいひととき…
今夜は、この雰囲気に浸っていたい…とフローレンは思った…
明日からはちょっと忙しくなる…
実は…
フローレンたちが不在の間に…
隣りのスィーニ山で、ちょっとした事件が起きていた…




