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花月演義 ~~花月の乱~~  作者: のわ〜るRion
第10章 狭間の山の小さな三国戦
108/137

105.時計台のある魔法道具店


エヴェリエの天の湖での儀式から十日後…


花月兵団クレージュ商会の女子たちは、商業都市アングローシャを訪れた。



クレージュ、フローレン、アルテミシア、レメンティを含む十二人全員が、

お揃いの「花と月のエンブレム」を、髪飾りやブローチにして輝かせている。

花月兵団の行商時には、可変アクセサリを全員がこの形に統一するのだ。




アングローシャは相変わらず、活気に満ちた街だった。

国内すべての場所から、この町に人が集まってきているんじゃないか、というくらい賑やかだ。

フルマーシュの町の寂れ方を見た後だから、余計にそう感じてしまうのは仕方のないことだ。



「いつ来ても賑やかな町ねー!」「ほんとー!」

「まあ、フルマーシュと比べたら…」「人の数がすごいよね!」

「お土産とか、いっぱい売ってそう!」「美味しそうなお店が、いっぱ~い!」

「さすがに、王国の商売の中心地ですからねー!」「人いっぱい…こわい…」



町の活気に触れた、それぞれ妖精族の女兵士八人が、それぞれに驚きや喜びを隠せない…



今回、初期メンバーの海歌族(セイレーン)、チアノ、ラピリス、アジュール、セレステの四人が揃っている。久々に四人一緒に大樹の村へ行く事になっていた。


近頃のクレージュの店は…というよりフルマーシュの町自体が、沈み込んでいるような感じなので…来客が少ない、というより、ついに、来客ゼロの日まであった…

なので、ウェイトレスで歌姫なアジュールもセレステもすることがない…

気分転換にお店を少し離れ、海歌族(セイレーン)メンバー四人で一緒にすごし、一緒に訓練したり、あわよくば山の散策にも参加しようと思っている。


海歌族(セイレーン)リーダーのチアノは、近頃は女兵士たちの訓練“部長”というよりは、本来の業務であるクレージュの助手に戻っている感じだ。

あと一人のラピリスも、パン焼きは友人のベルノたちに任せて、チアノについてクレージュの行商の仕事を手伝う事が多くなっている。


森妖精(ドライアード)の二人、服飾職人パティットと薬師ペリットは、この国内最大の商業都市に初めて訪れるのを楽しみにしていた。

自分たちの専門である、服飾と薬の店に行くのが楽しみで仕方ない。

…わりに、お土産とか、美味しそうな店の事を言っていた気もするのだけど…


火竜族(サラマンド)陽キャラのルベラは、この憧れの大都市を久しぶりに訪れる事に興奮収まらず、もう前の晩から眠れない感じだった。

その相方、陰キャラのコーラーは、以前訪れた時に人の多さにビビっていて、今回も不安で不安で前の晩から眠れなかったようだ…。





クレージュはいつもどおり商品の卸しを終わらせた後…

懇意にしている、リッチモンド伯爵への挨拶を欠かさない。

この町の南西区画を担当している有力貴族だ。

強欲なアングローシャ公爵の直参とも言える、四伯の一人。

だけどこの人物は、欲張りな感じではなく、町の発展を心から望む人物だ。

商業だけに頼るのではなく、この町の特産品を作ろうと、織物や細工物の大きな工房を開いたりして、町の工業化にも力を入れている、珍しい人物だ。


ただクレージュは、この人物を信頼しつつも、ちょっと距離を取っている…。

その理由は…


女として魅力に満ちたクレージュのことを…

自分の(メカケ)として囲おうという意欲を見せるからだ…

わりといい年…というか、もう老齢の域にある人物なのだけれど…





フローレンとアルテミシアは、魔法物品を扱う冒険者の店を訪れた。

先日古代ダンジョンで手に入れたお宝を売り(サバ)いて、そのお金で魔法道具を買入れるのが目的だ。


アングローシャにある冒険者御用達の総合商店。

四階層の大きな建物で、その上に立っている塔は、大きな時計台になっている。


この円形時計の刻む時刻は、はるか古代に設定された、一日を二十四分割する時間概念に基づいている。この時計台は、ルルメラルア王国内でも、この古代時計を(しつら)えている、唯一の建物なのだ。


「13:30…お昼下がりのいい時間ね♪

 用事して帰ったらちょうど、スィーツの時間くらいになる、って感じ♪♪」


その円形時計を見たアルテミシアは当たり前のように、そんな事を口走ってるけれど、フローレンにはその古代の時間感覚がさっぱりわからない。


魔法使いや魔法関係の研究者は、古代時間を認識している者が多い。

魔法の文言の中には、古代の距離概念や時間概念が含まれる事が多いので、同じように古代時間にも知識を持って詳しくなる。


最近はクレージュがこの時間概念を理解した。

もちろん、あのダンジョンでプレゼントした、七色に色の変わる古代時計のブレスレッドのおかげだ。あのブレスレッドは、古代数字で六桁の数字が描かれる、この円形時計とは形が違うようだ。ちなみに今日は赤紫~淡桃色に変わっていた。


「あの円形の板の、どこに13とか30がある訳?」


長い針が“6”を指して、短い針が“1”と“2”の間にあるのに…

なにが“13”で“30”なのか、フローレンには全然わからない。


「古代時間概念では、一日を24等分してるから♪

 夜中を一日の始まりにして、そこから24で一日が終わるの♪

 時計盤は12までだから、つまり、一日に二週するの♪ 短い針のほうが、ね。

 で、長い針が一周すると、短いのがひとつ分進む、って訳♪

 長い方の針は一周が60に分割されていて…」


二周目の“1”だから“13”、“60”の半分だから“30”、

このくらいの算数なら、数字が苦手なフローレンにでもわかる。

だけど、その短い方が親で、長いほうが子、みたいなこの感覚はフローレンにはしっくりこない…。


「なんで夜中が一日の始まりなの?」


「お日様が真上にある時を12ってしてるから♪

つまり…私達には見えないけれど、お日様が真下にあるときを、一日の終わりと始まりにしている訳♪」


「??」

もちろん、フローレンにはこの概念は理解できなかった…



ヴェルサリア時代は、この時間概念が一般的で、広く庶民にも認識され使用されていた。

だが現在のルルメラルア王国やその周辺諸国においては、庶民は細かい時間概念を持たず、大まかに太陽の位置で時間を計ったりするものだ。

つまりは、フローレンのような認識が一般レベルな訳だ。

限られた知識人や統治者だけが、この時間管理を行っている。


そして、町や一部の村でも、庶民に対して朝・昼・夕を知らせるのは鐘の音だ。

正確な時間管理が行われている訳ではなく、

日の出の少し後、人々の生活が動き始める頃に、朝の鐘が鳴らされ、

だいたい日が真上に上る頃に、昼を告げる鐘が鳴らされる。

夕日が地平にかかる少し前に夕刻を告げる鐘が鳴らされるような感じだ。


割といい加減でも、それを基準に庶民の生活が動くという意味では重要な告知なのだ。特に、朝と夕の鐘は、町の開門と閉門に関係する。

夕の鐘が鳴れば、畑仕事を止めて、門が閉まる前に町に戻らなければならない。


太陽の位置を参考にしているので、曇りや雨の日は、時間が曖昧になるのも、まあこの世界では当たり前なのだ。




フローレンが理解しがたい古代時間については、さて置いて…


魔法道具の店は、この建物の中にある。


武器、防具、道具、装飾品、書物、食品や薬物…

それぞれに扱う部屋、というか店が違う。


ここに販売されているのは、低~中レベルな魔法物ばかり、レアリティの低い物ばかりだ。高価値、高威力、希少性の高い品は上の三階層で、伝説級や唯一品などはさらに高層階で厳重に管理されている。


近頃は、町中では冒険者の姿は減っているのだけれど、さすがにこの店は、冒険者の出入りが多い。

まだ駆け出しの村の若者っぽいのから、貫禄のある熟練者まで。

ベテランの中には、フローレンやアルテミシアと面識のある者もいる。

わざわざ立ち話どころか、挨拶すら交わすほどでもない者が多いけれど。


冒険者は男性ばかりで、女性冒険者の姿はほとんど見かけなかった。


魔法品や貴重品を扱う関係上、衛兵の姿も多い。軍の兵より屈強な男性ばかりだ。

逆に、職員には女性が多い。その衣装はアルテミシアのような露出度の高いボディスーツ姿だ。彼女たちはそこそこ実力のある魔法使いである。





まずは不用品の売却…


あのダンジョンで獲得した物品の鑑定を依頼する。

魔法効果も含めての価値の鑑定だ。



鑑定に少し時間がかかるので、フローレンとアルテミシアは他の道具などを見て回る。不用品を売却したお金で買うものを見繕っておくのだ。


できれば女兵士たちの戦力を上げたいのだけれど…

今持っているアクセサリの+4防御やその他の各種耐性を阻害しない条件の防具はめったにない…売られていても、とても高い…

あのアクセサリ、通称“LV1”は花月兵団の全員が持っているにもかかわらず、性能がすこぶる高いのだ…守りの力だけじゃなく、選べる換装型武器までついてるし…


だから武装強化はあきらめて、消耗品的なアイテムを中心に買うことになりそうだ。

補助系、防御系、回復系、移動系、緊急時に使用できるもの…など。


古代の回復ポーションも、各隊長を含め、できる限り多くのメンバーが持っているようにしたい。

ただし、性能の高いあのポーションは、かなり高い上に品薄だ。

あのダンジョンで二人合わせて二十本以上手に入ったのは、かなり幸運だったのだ。



それとは別に、村の生活の役に立つアイテムがあれば、買い揃えたいところだ。

貼った物の重量を軽減するシールとか、植物の鮮度を保つ箱とか、行商に役立ちそうな物もある。


そんな事を考えながらフローレンが見て回っていると…


据え付けられた水晶板に、高額なアイテムの紹介がされている。


三階の保管庫にある高額アイテムを、遠隔で紹介する装置だ。

高級なアイテムは、ここに現物はない。

水晶板に触れることで、その知りたい商品を選んで、情報が表示されるようになっている。



「これとか、どう?」


フローレンが指すのは、女性用の論理魔法装備一式だ。

迷彩柄のボディスーツとヘルメット、ブーツ、グローブ、小物を収める何本ものベルトがセットになった装備…


「論理魔法装備にしては、安くない?」


「あそれ…

 販売じゃなくって、買い取り希望、って書いてあるわよ♪」


ほら、とアルテミシアが指さした場所…“買取価格”って書いてあった。


「…安いと思った…」

高性能の論理魔法装備にしては、という意味で。


「これって、ヴェルサリア時代の女性部隊の装備よね?」


「そう♪ “鉱”系統の術で、離れた距離から高速の鉄の弾を放つ魔女部隊の制服♪

 女性だけの外征部隊で、所属する女兵士もかなり多かったみたい。

 だからこの装備も、けっこうまとまった数で発見されたりするのよね♪」


「森での隠密活動も得意だった部隊、だったわよね?

 でも…全身覆ってる感じじゃないよね…肌出してるのに隠れられるのかな…?」


肌の露出部分は迷彩柄じゃないから目立つ、という事をフローレンは言っている。


「えとね、論理魔法定義では“迷彩”柄には隠密の効果が付与されるの♪

だから、顔とか肩とか脚とかおしりとか、覆ってない部分も含めて、姿が森に溶け込むように隠れる効果があるのよ♪」


「なるほど…できればうちの子たちに、欲しいくらいよね」


フローレンはそんな感じで流して、特に気にした感じじゃあなかったけれど…


アルテミシアは、この件がちょっと気になった。

買い取り個数に上限がない…

沢山買うとかなりの金額になるし、これを着せる女性も、一人二人ではないということだ。


(どこかのオカネモチが、女子による隠密部隊でも作ろう…ってコト?)


とか、気になっていたのだけど…

アルテミシアは次の広告を見た瞬間、他の事がもう目に入らなくなってしまう。



「見て、これ♪♪」


アルテミシアが目を輝かせていた。


古代のお菓子皿…


「毎日10:00と15;00に、自動的に日替わりで…古代スィーツが召喚されてくる…なんてステキなの~~~♪♪ これこそ、オトメの憧れ~~♪♪」


ダメ魔女が、またスィーツ中毒(ホリック)乙女(オトメ)になってる…



フローレンも覗き込んで一緒に眺めるけれど…

そのお値段が…


「高すぎでしょ!」


"0”が一桁二桁多い…のは、見間違いではなさそうだ。


「う~ん…買えるかな~これ~♪ 

 足りなかったら…持ってるの全部売っちゃって…

 何とかまけてくれるように交渉して…♭

 何なら…足りない分はカラダで払っても…♭」


「ちょっと! そんな物、買わないわよ!」


「え~~?♭#」

「えーー、じゃ、ない!」


そこにちょうど、鑑定の結果が出た、と女性職員さんが知らせに来てくれた。


「さ、行くわよ!」


古代お菓子皿に後ろ髪引かれ、未練タラタラなアルテミシアを引きずっていく…


「あ゙~~# 私の、憧れの毎日古代スィーツがぁぁ~…♭」





魔法物品の鑑定は魔法使いの女性が行っている感じだけど、

骨董品としての価値を鑑定する専門家は男性鑑定士が多いようだ。


さて、先日のダンジョンのお宝の鑑定結果…



意外にも、柔らか素材の女の子像が一番高い値がついた。

ファリスが「何、このガラクタ?」と聞いてきたやつだ。


コレクションアイテムらしく、貴族の好事家が金に糸目をつけないらしい。

「いやー…このシリーズは人気ですからねー…」

「しかも、これ、かなりのレアものですよね?」

「貴族の、あの方とか、あの方とかが、是非にと欲しがってるよつですよ…」

いい年の男性職員たちが、薄着の少女像を前に盛り上がってる…



何らかの映像の入った小さな正八面体の水晶(クリスタル)も、かなり高値で売れた。

中の映像…男女のその行為の最中の映像…が目的ではなく、そこに映っている背景やちょっとした小物など、古代を研究する資料として価値が高い、らしい…

いや、なんか…その説明をしている男性職員の話し方が…ウソっぽい気もするけれど…



露出度の高い女性の絵が鮮明に描かれた書物も、同じような理由で、それなりの値がついた。

「このモデルは古代では有名な女優だ」とか、「いや、こっちの女性も、こんな若い頃の絵は珍しい」とか…男性職員が興味津々に小声で話してるのが聞こえてるんだけど…



その三点は、取引成立と同時に「三階送り」となった。

上層の三階にある、レアものの保管庫に送る、という意味らしい。

取引が成立すると、すぐに魔女らしい女性職員と衛兵らしい男性職員が数人現れ、品を厳重に運んでいった。




続いて、肖像画入りの横長四角形の紙切れの束…

これはあまり良い値がつかない。


古代の貨幣に変わるもの、と言われているらしい…

けれど現在では使い道がなく、けっこう多く見つかるので価値も低い、というものらしい。


ただ、他の冒険者の報告では、古代ダンジョンの中でこれを用いて取引できる場所があった、という情報がある。その話が流れてからは、タダ同然だったこの同一柄の紙切れにも、多少の値がつくようになった。

売っても安いので、これはアルテミシアが保管しておく。

またダンジョンに行く機会があれば、使う機会もあるかもしれない。




黒ボディスーツ女兵士召喚の、三枚の小さな楕円形の金属の板は…

高値かと思いきや、意外とそうでもなかった。


彼女たちが持つ「銃器」と呼ばれているらしいその武器は、やはり召喚されても使用はできないという話だ。

この世界法則として厳重に書き込まれた、古代の記述による規制のお陰で、古代のあらゆる武器は使えないのだ。

その銃器とやらが使用できるのは、おそらく古代ダンジョンの中だけだろうと。


この黒の女兵士召喚のアイテムは、時々発見されるという。

この女兵士たちは、近接戦でも一応はそこそこ戦えるらしい…


フローレンたちがダンジョン報酬で手に入れたこの召喚アイテムの場合…

メイン武器である“銃器”も使用不可な上、召喚が三回のみという回数制限がある…

そして、同時に十二人も召喚できるのに、効果時間が10分しかない、というところが、価格評価が思ったより低い理由らしい。

これが30分とか60分くらいだったら、戦闘員以外にも用途はあるらしい…

何しろ召喚されるのが際どいボディスーツ姿の似合う若い女性だというところだ。

召喚された女性兵士や女性給仕を、本来とは違う“業務”をさせる男はいるものだ。


(まあ、そういう用途で使うの、私は反対だけどね♭)


だから、これも売らずにアルテミシアが持っておく。

十二人の味方が10分現れる…人数的不利を覆すのに充分役に立つ。



そういう話を聞いたので、あの古代の筒状武器の弾丸も…結局、全部売り払った。

アルテミシアとしては…研究する意欲が萎えたという感じだ。




十二神の円環のような薄い金属板飾りは…

鑑定した人が何か処理すると、中央の宝石から長短二本の光の針が現れた。

で、長いのは真上の“0”の位置を、短いのは“2”の位置を指している。


「やっぱり時計だったわね、これ♪」


この建物の時計台のと同じ円形時計だ。

これは持って帰って、村に飾ることにした。



置型の永久宝飾ランプは、様々な色の光を出せるらしい。

村の宴会で使えそうだし、歌う時の曲によって光の演出を変える事ができそうだ…

持ち運べればどこで歌うときも、自分の歌のステージを盛り上げるのに役に立つ、とアルテミシアは考えている。



色の可変し続ける謎金属のチェーンは、他に用途のない、ただのアクセサリらしい。装飾品としてはとても美しいので、村に帰ってどこに飾るか考えよう。



片手で持てる薄い水晶(クリスタル)の板は…

古代にあった遊戯道具のようだ。


その水晶の板の上で、光表示される、パズルのような遊戯(ゲーム)を行うもの、らしい。

その成績上位者には、何らかの特典が与えられる、と記載されているようだ。

それが現在も効果のある特典かどうかは不明…



薄着の少女像、映像入り八面体水晶、女性の絵の書物…


結局、売却したのは、その最初の三点だけ。

残りの道具や宝飾品は、とりあえず村に持って帰ることにした。

いらなくなったら、売却は後日でも行える。


一点でも取引があれば、鑑定の費用は取られない、あるいは割引されるのがここの決まりだ。



鑑定と売却が終わって、先に選んでいた必要な魔法道具を買う作業に入る。


その三点を売った金額だけで、欲しいものは全部買うには充分だった。

というより、買うべきものがそれほど売って無かった。

北の地での討伐戦が加速していて、冒険者の多くが傭兵として稼ぎに行っているらしい。冒険者の姿を町であまり見かけないのは、そのためのようだ。

北の戦地でのほうが安定して実入りが良いため、おかげで各地のダンジョン攻略がおざなりになって、魔法の品が入ってこない…品薄が続いているようだ。


魔法効果を高めるペンダントとか、周囲の反応を感知する石だとか、

防御効果を発動させる使い切りのお守りとか、

女兵士たちにも使える、有用そうな道具や、村での生活や行商に役立ちそうなものばかり、あわせて十点、いや、気付くと二十点以上も買っていた。


もちろん、古代のスィーツ皿は買わなかった。あれは高すぎる…

持ち帰る予定の宝飾品を全部売っても買えないので、アルテミシアも…何とかあきらめた。

けど、店を出て宿に帰る道すがら…ずっとその皿の事を未練たらたら言っていた…。


「はいはい。帰りに一番いいお店でスィーツ食べて帰りましょ」


お釣りの金貨がいっぱいあるので、お腹いっぱい食べられそうだ。

時計台の長い針はいつのまにか“9”の位置まで進んでいた。

ちょうどおやつ時だ。





これまでアルテミシアはフルマーシュのクレージュの店に残していた書物や研究道具なんかを、何回かに分けてラクロアの大樹村に持ってきていたのだけれど、それも今回で完了した。

…中には、その存在を忘れていて、フルマーシュの店に置きっぱなしにしていた魔法道具もある…


たとえば、南の遺跡で手に入れた、呪いを感知し呪いを解く指輪だ。

あの薙刀(グレイブ)使いの百人隊長ダイゼルが使ってきたものだ。

指に着けるだけで、呪いが見えるようになる効果が主で、呪詛LV2までの呪いを解除する機能がある。


他にも、どんな汚れた水でも真水に変える護符や、死者との対話が可能なお守りなど、地味なアイテムも、置き忘れていた…


今回買い揃えた道具類も含め、魔法の道具で有用な物は、村で作業を行うメンバーや、隊長格の女兵士たちに持たせる事にしている。




フローレンは宵越しのお金は持たない。不要な道具も持たない。

なので、冒険で見つけた財宝はほぼ全部クレージュに渡してきたし、魔法の道具類はアルテミシアに預けている。


フローレンがいつも持ち歩いていたのは、旅の費用に二、三枚の金貨、大事な花の種だけ。

それと…身体のどこに隠して持っているのか…小さなポーションが数本…


フローレンも亜空間ポーチ持ちになったので、もうちょっと多くの金貨なんかも持てるようになった。

けれど、お店に置いてあった物で、フローレンが持ってきたのは、たったひとつだけ…

お花売りをしていた時の衣装だけだ。





フローレンとアルテミシアがいつもの宿に帰ると…

人の列ができてた。


レメンティの占いの順番待ちだ。

その人たちが…店の外まで延々と列を作っている…


「えらい人気ね…」

「レメンティの占いって、当たるからねえ♪」


一回占うだけで銀貨三枚もするのに、行列ができるほどの人気だ…


花月兵団の仲間うちで占う時は、決まって意味不明の深刻そうなお告げが出るのだけど…一般人の命運を占うのを聞いていると、わりと普通の文言でお告げを出している…。


「タンスをおもいっきり横に倒しなさい」とか、

「明日はお鍋を被って外出するように」とか、

「ウシのフンをこねて庭に塚を作るといいコトがある」とか…


うん、わりとフツーだ…


理由(ワケ)のわからない占いの結果に、人々は驚喜し、礼を言って去っていく…


「あの人たち、マトモに言われたとおりにする…のかなあ…?」

「するんじゃなあい? 喜んで帰ってるし…♭」


…そんな感じで、レメちゃんの占いは夕方までかかった…

占い料の銀貨が山のように積まれている…


ちなみに銀貨三枚と言えば、物価の高いここアングローシャでも、そこそこの宿で三食おやつお酒付きで一泊して充分におつりがくる値段だ。


この人、ここで生活したほうが儲かるんじゃあないだろうか…





商品の卸しと、必要物資の買い出しを終えた、クレージュと女兵士たちも帰ってきた。


火竜族(サラマンド)の陽キャラなルベラはアングローシャに来るのは二度目だけど、予想通り様々な事に感激しまくり…また勝手に一人でどこかに行こうとして叱られてる…

それでもルベラは、可愛くデフォルメされたトカゲのストラップを買ってもらって大喜び。

で、その相方、陰キャラなコーラーは…留守番と称し、宿屋に引きこもって一歩も外へ出なかった…

けど、お土産にもらったお揃いのトカゲストラップには、珍しく大喜びしてた…。


森妖精(ドライアード)のパティットとペリットも商業都市アングローシャでそれぞれ薬屋と服飾店を巡って…二人共、たくさんの買い物をしていた。…たくさんしていた。

それぞれの専門以外の物…微妙な物もいっぱい買い込んでいるのが見えるんだけど…

こっそり隠してた、手乗りサイズの徳利(トックリ)持ったタヌキの置物とか、異国の金貨抱えたネコの置物とか…

まあそれも「大樹の村にとって、ぜひとも必要なモノです!」

…と言い張るので、仕方ない…。


火竜族(サラマンド)と言い、森妖精(ドライアード)と言い…好みの美的センスが独特だ…。


海歌族(セイレーン)の四人は、わりと慣れたものだ。

昼間はクレージュの手伝いをして町のあちこちを周り、他の子たちの買物手伝い…

夜は四人揃って遊びに行く…若い男女が夜遊びするようなお店も、何度も来ているチアノがよく知っている…夜遊びの方でも“部長”っぷりだ…

で、四人揃って宿に戻ってくるのは夜中…大きかったとか、相性が良かったとか、早かったからニ回したとか、そんな話をしながら…四人揃って満足げだ。


今回の妖精族の女兵士たちは、八人とも大満足でアングローシャを後にする事となった。




「じゃ、またラクロアで会いましょう」


いつものように、レメンティはここで別れ、北の内乱の地を訪れる。

クレージュに情報収集を任されているのだ。


北の情勢調査を経て、旧ブロスナム領内を経由して、スィーニ山の北側からラクロア大樹に戻って来る。

レメンティは金煌(キンキラ)な派手な格好をしてると思いきや、意外にも隠密な活動も得意なのだ。

気功を用いた変装術で自在に姿を変え、殺伐とした内乱の地を平気で抜けて帰ってくる。





ちなみに…花月兵団には関係ないが、その日のアングローシャ郊外では…

空から隕石が降ってきたが、なぜか被っていた鉄ナベのおかげで命拾いした男の話や、古いタンスの下からお宝を見つけた家族の話題で盛り上がってたりする…

牛のフンに関してはわからないが。


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