104.~~リルフィの夏休み 夢と現のフルマーシュ
リルフィはフルマーシュの図書館をあとにする。
調べたいことは尽きないのだけれど、閉館なので、仕方無しに…
入れ代わり立ち代わり閉館を告げに来る職員さんに対して、
リルフィは「もうちょっと!」「もうちょっとだけ!」と、
愛想を振り撒いて引き伸ばし、引き伸ばし、引き延ばそうとした…
その可愛さ(と着てる限界浴衣姿の胸元)に免じて、男性職員たちは、ちょっとずつ、大目にみてくれた…けれど…
閉館時間にも限界はあるわけだ。
まあでも、リルフィが調べたかった事は、ある程度調べる事はできた。
足早に町の中心地…温泉街のほうに戻る。
薄暮の薄暗がりの中で、頭上に結い上げたリルフィの髪は月色に変じてゆく。
いつの間にか日も暮れ、暗くなった東の空には星屑が輝き、西の空にはわずかに黄昏が残っていた。
初夏という季節柄もあり、町の大通りは浴衣姿の、薄着な人が多かった。
まあそれでもリルフィの短すぎる浴衣姿はよく目立ってしまっているのだけど…
本人は調べ物に夢中で、着ている浴衣のサイズが合ってない事なんて、気にもなっていない。
図書館で調べて、生徒手帳で描写記録ったこの街の地図、
今の町の地図と、
古い町の地図…
見比べると…
旧時代の城壁の位置は変わっていない。
この町は長い歴史の中でも、幸いなことに、戦乱に巻き込まれる事が全く無かったので、防備を気にする必要がなく、よって外壁の建て替えがなかったようだ。
田舎すぎて戦乱に相手にされなかった町だ、とも言える。
そして町が活気づいてくると、人の数が増え、壁内に家を持てない人がでてくる、なのでその城壁の外に家を建てる。それが新たな住宅街となってゆく。
魔導列車のフルマーシュ駅がある位置も、旧城壁の東の外側だ。
温泉街は、旧城壁の中にある。
リルフィは、その町の中心に戻ってきた。
中央広場の位置も、古い時代から変わっていない…
現在のフルマーシュ中央広場は、噴水や花壇で彩られた華やかな円形公園だ。
円形に並んだニ十本を超える街灯が、暮れゆく町の優雅な空間を明るく照らしている。
夢で見たフルマーシュの中央広場は、もっと閑散としていて、光石の街灯も全部で八本立っているだけだった。
リルフィにはその夢で見た景色が一瞬、鮮明な幻のように重なって見えた気がした…。
男女や家族連れの人たちがベンチや噴水の縁に腰掛けくつろいでいる。
みんな浴衣姿だ。
リルフィもその中に交じるように座って、生徒手帳の画像を見て調べ物をしている訳だけど…
…同じ浴衣姿だけれど、道行く人々は、この子だけチラ見していく…
古い時代の地図…と言っても、リルフィの夢に出てくる時代よりははるかに新しいだろう。
もちろん、細かいお店の名前など書かれているはずもない。
後は、自分の記憶だけが頼りだ。
夢で見た曖昧な映像をたよりに…
その中央広場からの距離を計りながら、南方向へ歩く…
中央通りには、その左右にひしめき合うように、何階建てにもなる大きな建物が立ち並んでいる。
そのいくつかは旅館であり、旅館でない建物もその一階部分は、飲食店や土産物屋さんとして軒を連ねている。
浴衣姿の人も、そうでない人たちも、次々に建物に吸い込まれていく。
またそこから出てくる人の数も、とどまるところを知らない。
人の流れがつきない。所狭し、といった感じの賑やかさがある。
リルフィは…時々振り返って中央広場との距離を測ったりしながら、人の中を歩いてゆく…
きょろきょろしてて不思議そうな目で見られたり…
人とぶつかりそうになって「ごめんなさい!」しながら、ゆっくりと歩を進める…
リルフィは目の前の景色に重ねるように、時折、古い時代の幻を見ていた…
鮮明な夢の記憶…あの寂れたフルマーシュの町の姿を…
大通りの…南に向かって、右手側…
(クレージュのお店があったのは、この辺りかしら…?)
振り返って、遠目に小さく見える中央広場の街灯の距離からすれば、この辺りだろう、と思う…
でも、そこにあったのは…
特に、他と変わらない高層の建築だった。
旅館ですらなく、一階部分をお店にもしていない…しかも…閉まってる…。
リルフィは…ちょっと気が抜けたような面持ちで立ち尽くす…
(まあ…そうよね)
夢で見るクレージュの店が、今の時代も残っていて…
なんてことを、わずかにでも期待してしまっていた…
そもそも夢に見ているのも、たまたま地名や地理が一緒なだけで、本当に過去にあった事だとも限らないのに…
リルフィは立ちつきしたまま、しばらく…
夢と歴史のロマンの…
その想いに浸った…
…
…
ここは、かつて…
あのフローレンやアルテミシアが歩いた…かもしれない、道…
でも、今は…
人であふれる、賑やかな温泉街フルマーシュ…
その田舎町だったフルマーシュの面影は全く無い…
ある種の高揚感と、ある種の虚無感が、同時にこみ上げてくる…
胸に両の手を当て、その想いを、ぎゅっと強く抱きながら…
リルフィはまた歩き始めた。
一軒一軒、お店を外から眺めて回る。
(何か…関わりのあるものはないかな…?)
そう、何か。
花月兵団に関わる、何か。
それらしい名前のお店がないか、とか、
図書館で調べた、例の女商人の商会のロゴみたく、花と月が描かれたものがないか、とか、
そういうものを探して、北から南に、一軒一軒。
旧南門のところまで調べて歩いて、今度は通りの反対側のお店を、北に向かって、一軒一軒…
この時刻…飲食のお店からは、とてもいい匂いが流れてくる。
(あ、ご飯たべなきゃ…)
と、現実に帰る。
夢と歴史に思いを馳せても…
やっぱりお腹は空くのだ…。
旅館を出る時みんなに「ご飯はいらない」と言ってきたので、外で食べて帰らなきゃいけない。
どこか適当なお店に入ろう…と、思いつつ、お店を眺めて歩いていた矢先…
一つの飲食のお店が、リルフィの目を引いた。
それは、木造の質素な感じの飲食店だ。
そう。
夢の中で見た、クレージュの店の、質素な木造の外観を思い出す…
よく見ると、その形も、作りも、まったく違うものなのだけど…
木造のお店がこの通りでは珍しいから目に止まった、それもあるかもしれない。
だけれど、さらにリルフィの目を引いたのは…
お店の看板には「グランシャール」という店名と共に、七つ星の星座が描かれていたのだ。天の百八星座のひとつ、“斗星”と号される星座だ。
(七つ星…やっぱり、クレージュに関係が…?)
いや…全く関係のない、その可能性のほうが高いのだろう。
でも、関係があろうと、なかろうと、構うことはない。
ちょうどお腹も空いている。
リルフィの、空腹の本能と、夢を想う思考は…共に、そのお店の扉を開かせた。
お店の中の景色が視界に入る。
(これって…! この雰囲気って…!)
ほっとした気持ちになった。
何となくだけど…夢で見た、あのクレージュの店に似ている気がする…
大きな光石を使ったランプが、天井の中央からあまり広くはない店内を、くまなく優しく照らしている。
所々に飾られた可愛らしい小物が、柔らかいお店の雰囲気を演出している。
お店の柔らかな雰囲気通り、お客は家族連れやカップル、または女性だけのグループばかりのようだ。
そして…
「あれ?」
「「あ…! リルフィ!」~!」
四人がけの木製の円形テーブルに、浴衣姿のメアリアンとミリエールの姿が見えた。
「きてくれた~! よかった~! やっぱリルフィがいないと寂しいよ~」
「そうですよ! あなたがいないと、何かが欠けたような感じなのですー」
「…リルフィーユ…!」
テーブルのこちら側で静かに食べていたキュリエも、気がついて振り返った。
「…みんないっしょ、うれしい…!」
と言って立ち上がって、ぎゅっと抱きつくみたいな感じになった。
リルフィは不思議に思ったのだけど…キュリエは何故か…だぶだぶな浴衣を着ている…
「あ! リルリルー! 来たですかー!」
お手洗いか何かで席を外していたファーナがちょうど戻ってきた。
この子だけが遅れて四人が揃う形になったのが、なんだか夢の再現のような感じがする…。
ファーナはとにかく動きが速くて早い。
席につくまでもなく、すぐに走って店員さんを呼んできて、一人増えた事を話している。
と思ったら…すぐに、隣の席の三人家族に断りを入れて、余っていたイスを一つ持ってきた。
「リルリルはこっち!、リルリルはあたしたちの真ん中にいなきゃダメなのです!」
リルフィは招かれるように、ミリエールとキュリエの間に運ばれたイスに座った。
ここでは円形のテーブルだから真ん中も何もないのだけれど、いつも教室でもこの順番で並んでいる。
なんかいつも、そういう感じはある。
リルフィが真ん中にいて、他の子たちが周りにいる。
いつも、自然とこういう並びになってしまう。
他の四人も、それが自然、といった感じで、リルフィが端にいると落ち着かないようなのだ…。
これは、そう…子供の頃…幼年学校や中等学校に通っている時からそうだった。
いつも学級の係とかやっていたし、発表会でも演劇でも推薦されていつも中心、
それどころか教室の席替えでも、その九年間を通じて、端っこの席にあたった記憶がない。
まあ、リルフィはそんな事は気にせず、自然とどんな事でも断らず、こなしていたのだけれど。
「ほらぁ~また考え事してる~!」
「ほら! お料理たのむですよ~」
ぼーっとしてると、左側に並んだメアリアンとミリエールに叱られた…
「あ…!
そうね…何にしようかな…
…
じゃあ、これ!」
リルフィが注文したのは、ピリ辛の魚料理だ。
この三人にそっくりな、ミミア、メメリ、キューチェが山賊に救い出されて、初めてお店にやってきた時に、クレージュが挑戦した料理だと覚えている。
自分たちの分を食べ終えたミリエールとメアリアンは、リルフィと一緒にまた別の料理を注文した。この二人は本当によく食べる。
ファーナはキュリエと一緒に頼んだ分を一緒に食べてる。
可愛いキュリエは上品なお口でちょっとずつしか食べれないから、一人分を頼むとどうしても余ってしまう…ので、仲良しな二人で一緒に頼んで一緒に食べるのだ。…つまり、ファーナも小柄な割にけっこう食べる。
「それにしても…リルリル、どこ行ってたですかー?」
「そうですよ! いきなり走って行っちゃうんですから!」
向こう側のメアリアンとファーナから揃って責められた…。
「まあまあ~、いいじゃない~。遅れてでも来てくれたんだし~。
…でも、リルフィ~、ここがよくわかったわね~?」
ミリエールの疑問ももっともなのだけど…
でもまあ、テキトーに歩いてて入ったら、偶然みんながいた、とは言いにくい…。
「そりゃあ、そうでしょう!
ここって、ほら! 本にも載ってる注目のお店、ですからねー」
そう言ったメアリアンの手元にあるのは、ルーメリア帝国各地の、おいしいお店を特集したガイドブックだ。この四人は、それで調べてこのお店を選んだのだろう。
ちなみにミリエールも全く同じ本を持っている。列車の中で見てた。
二人の食い気女子が旅行について考える時…同じ答えに至った訳だ。
(えっと…フルマーシュのレストラント…グランシャール…
開店は…昨年の末…?)
その本の情報によれば、かなり新しいお店みたいだ。
確かに、店内の様相は、まだ新しい感じがする。
クレージュのお店が、場を変え姿を変え、ずっと続いている…
なんて事を、リルフィはまたどこかで期待してるけど…
さすがにそれはなさそうだ…。
やがて注文の料理が運ばれてきた。
リルフィの頼んだ魚料理だけじゃあなく、ミリエールとメアリアンが注文した料理も、どこか見覚えがあるような気がする…
「このお店のお料理~、美味しいよね~! なんか他にはない味、って感じ~!」
「そう! おいしいだけじゃなくって、おふくろの味、って感じですよねー!」
毎日実家でご飯食べてるのに、メアリアンのその表現は違和感あるけれど…
でも、なんとなく言いたいことは、わかるような気がする。
リルフィには「懐かしい」という感覚はなかったけれど…
それでも料理の味は「ただ美味しい」って感じじゃあない。
心温まるような気持ちになるのは、唐辛子のピリ辛味付けだからじゃない。
フルマーシュ、木造のお店、看板の七つ星、夢で見たのと同じ料理…
そういう偶然が重なっているから、リルフィにはそう感じてしまうのも、無理もないもしれないけれど…だけど…
「このお店…なんだか…あたたかい…」
「うん。初めて来たって感じ、しないですよ!」
「子供の頃っていうか~、いつか来たっていうか~」
「懐かしい感じ、しますよねー!」
他の四人がこんな風に、何か特別なものを感じているのが…リルフィにはちょっと気になる…
このお店には、訪れる人をみんな、ほっとさせるような雰囲気がある、って事かもしれないのだけれど…。
リルフィがこのお店に来たのは、街歩きをしていて、たまたまだ。
この四人がこのお店を選んだのは、美味しいお店のガイドブックに載ってたからだ。
でもリルフィには…自分も、この四人の友人たちも…
まるで、何かに導かれてここに来たような…そんな気分がどうしても拭えない…
「リルフィ~! な~にまた神妙な顔してるのよ~!」
「ほら! スィーツきましたよ! うわ! めちゃ美味しそうです!」
「…頂きましょう…リルフィーユ…」
「ですよー! 難しい顔してたら、おいしくないですよー!」
(…考えすぎ、よね…さすがに…)
お約束の、食後のスィーツの時間だ。
これまた夢に出てきた…
アヴェリ村のきなこもちと、
ファーギ村のあんころもち、
それにエヴェリエ銘菓、三色団子だ。
キナコとアンコのお団子は、スィーツ好きのアルテミシアが追い求めていたスィーツだけれど、今この時代では、フルマーシュのスィーツとして有名になっている。
「このあんころもちって~
元はもっと北の山間部の村発祥のスィーツだったらしいのよね~
うちの遠い親戚が農場やってる町の近くって聞いたわ~」
そう言ったミリエールが、そのあんころもちを串でちぎってお口に運ぶ。
そのお味に「う~~ん!おぃちぃ♪」と、シアワセ乙女の表情になる。
「それって…イアーズ村の事?」
思わずリルフィは尋ねていた。
「! さすがリルフィ~、よく知ってるわね~! もぐもぐ…
まあ、村じゃなくって、町だけどね~」
(あ、そっか…時代とともに発展して、今は町になってるのね…)
あんころもち発祥のファーギ村に近いイアーズ村は、ミリエールとそっくりな、ミミアの故郷だ。
ミミアが村に里帰りして大量のブドウを持ち出してた、あの村だ。
やっぱりこのミリエールと、夢の中のミミアは、何か関係ありそうだ…
血のつながったご先祖様、か何かだろうか…?
よく食べるのも遺伝かもしれない…
「? なんでしょう? アイーズ村…?」
それとなく聞いてみたけれど、メアリアンはその村、メメリの故郷の村の事を知らないらしい。
でもメアリアンも、そっくりな夢の中のメメリと関係はあると思う。
だって…
「いやー、やっぱり、お団子スィーツはいいですねえ…もぐもぐ…」
「ほんと、別腹って言うの~? いくつでも入っちゃうよね~…むぐむぐ…」
「おかわり、いっちゃいます?」
「いけそうね~… すいませ~ん! お団子スィ~ツセット、もう二皿~」
夢と現実、どっちの二人も、よく食べるし…
「…リルフィーユ…たのしくない…?」
突然のその声に、リルフィは、意表をつかれたように我に返った。
キュリエの円なまっすぐな瞳が、心配そうに見つめてくる。
「あ、いえ…
ごめん、ちょっと考え事…」
キュリエに心配掛けるほど、リルフィは自分の世界に入ってしまっていたようだ。
「またですかー? リルリル今日、考え事多いですねー」
ファーナの言う通り、リルフィは今日の朝からずっと、考え事ばっかりしている…。
「…リルフィーユ…いっしょに…食べよぅょ…?」
キュリエはあんまり食べられない、ので、余るお団子を食べてほしい、という意思表示だ。
「うん、そうね! じゃあ、こうやって…」
リルフィは、キュリエのお皿の三色お団子、三つに取り分けた。
「えっ!? リルリル、何してるですかーー?」
「…おだんご…わけてるの…?」
三色団子を分けて、キュリエにピンクのを、ファーナに緑のをあげて、リルフィは白いのを食べた。
「えとね、エヴェリエの仲のいい子たちは、こうやって…三色のお団子を分けて食べるのよ!」
夢の中で、フローレンとファリスとアルテミシアがやっていた、あれだ。
(正確には、何か事をなす時…だったかな?
でも、仲良し、って事は変わりないから、問題ナシ!)
「へー…そうなんだ…」「…おもしろい…」
その説明に納得して、キュリエもファーナも、同時に分けられたお団子を口にした。
三人で一つを共有したような気分になって…
なんだか…今まで以上に仲良くなった…気がした!
次はこっちの二人にも、とリルフィ注文分のお皿から三色団子を取り出し…
ミリエールにピンクのを、メアリアンに緑のを…そして、白は、リルフィが食べる!
「へ~…スィーツにまつわる、色々な習慣があるのね~」
「お菓子で仲良し、ですか! おもしろいですね!」
分けたお団子を一緒に食べたミリエールとメアリアンは…
今度は自分たちで勝手にルールを作って、アンコロとキナコのを半分こしながら分け合って食べてる。
そこにキュリエとファーナも加わって、リルフィにもおすそ分けがくる…
最後には、あんころ、きなこ、三色のピンク、白、緑…
それらをこの五人に見立てて、友情を誓いあって同時に食べる…みたいな事につきあわされた…
食べ物で遊ぶのはどうか…って気もするけれど…
全部残さず食べるし、みんな仲良く楽しそうだから、まあいいか…。
過去と現在、夢と現実の狭間と融合…、
リルフィの頭の中を、色々な想いが巡り続けている…
でも…
(そうよね。いま、この時間を楽しまなきゃ!)
気になることがいっぱいあるけれど…
今は、この大好きなお友達と一緒に過ごせるシアワセな時間を…。
「おいしかったですよ!」
「…たのしかった…」
「いいお店だったね~」
「ぜったい、また来ましょう!」
「そうね…! ぜひ…」
リルフィの夢に出てくる、ミミア、メメリ、キューチェ、ハンナ、仲良しな四人。
その中にリルフィはいない…考えてみれば、ちょっと寂しい気もする…
(でも…)
今日という日の、このフルマーシュでの食事会…
それも、クレージュのお店によく似たお店で五人揃って過ごせたのは、
ステキな夢にも負けないくらいの、思い出になるかもしれない。
「…また、来ましょう…五人そろって、ね!」
デタラメスィーツ仲良し儀式のおかげで、五人の親近感がより上がった気がする。
旅館までの帰り道に、お土産物売り場に立ち寄った。
リルフィは…別にお土産を買う相手もいない…忙しくてあまり家に帰ってこない両親も、仕事でこの町を訪れることもあるはずだし…
そもそも帝都からそれほど離れてもいないので、旅行という感じでもない…
家の裏の、あの毎朝手を振る孤児院のひよこちゃんに、何か買っていってあげようか、とも思ったけれど…
考えてみれば、他にも何人もいる中で、あの子にだけ、って訳にもいかない…。
それにまた近々、お家の会社からの孤児院への寄付品を持って行くことになるので、ここでお土産を買う必要もない。
そんな感じなので、自分へのお土産を探して、店内を見て回ったりしてた…
そう。
花月兵団や、図書館で見たあの女商人さんにまつわる物がないか…探し回っている…。
花と月…、七つの星…、そういうものがないか、探し廻っている。
(あ…これ、いいかも…)
リルフィの目を引いたのは…小さな銀のヘアピンだ。
三日月の上に乗った七色の花の飾りの、小さな銀のヘアピンだ。
青い朝顔、紫の桔梗、白い百合、桃色の蓮、黄色の向日葵、橙の天竺牡丹、
そして中央には真っ赤な薔薇…全部、今の季節に咲く花ばかり…
樹脂で作られた七種の花の飾りが、銀色の三日月の内側に座っているデザインの、銀のヘアピンだ。
(お花と、お月さまと、そして…七)
リルフィが買ったのは、その七花と三日月のヘアピンひとつだけだ。
けっこうお高かった…
でも、そんな花月条件満ち満ちなアクセサリなんて見つけたら…
今のリルフィに、買わずにはいられまい!
キュリエとファーナは、お揃いで何か買おうとしてる…
フルマーシュシャツとか、フルマーシュタオルとか、確かめるように二人一緒に手にとってる…
ファーナが、フルマーシュふんど…何とかっていう布切れを楽しそうに勧めているけれど…キュリエは顔を真っ赤にして目を覆っている…
そんな物、お揃いで着て、どうするんだろ…?
他人に見せびらかす事もないだろうに……ないよね?
ミリエールとメアリアンは、フルマーシュチーズケーキとか、フルマーシュクッキーとか、いっぱい買い込んでる。
この二人の場合、誰かへのお土産じゃあなくって…自分用、の可能性も否めない…
それより…さっきあれだけ食べて、まだ食い気があるところがさすがだ…
この五人が揃っての次の旅行は、ちょっと先になる。
次は来月に、リルフィの行きたい“あの場所”へみんなで行く予定だ。
なかなか予約が取れなかったけれど、一泊だけ何とかなった。
ミリエールはこの夏休みの間に、家の会社のデザインの仕事を頑張るつもりだ。
メアリアンは休暇の間に稼ぎまくって、ファッションモデルの仕事も頑張るつもりだ。
キュリエはゲームの大会に出るため、体力をつけたり、人前に出る練習をしている…らしい。
ファーナは部活、それに加えて企業の招待選手としてアマチュア試合に参加したりするらしい。
この四人の友人は、自分の目標に向かって努力している。
リルフィは、ちょっとうらやましかった。
リルフィにも、そういう物がほしかった。
でも、リルフィも自分の行うべき事を見つけた。
そう、今日の朝、偶然にも、気がついた。
この夏休みの空き時間はすべて、その活動に費やされることになるだろう。
翌朝。
女子五人は温泉も食事も満足。
親近感も上がってより仲良くなった感じ。
一方、男子たちはガッカリ…女子たちと温泉に入る目的もハズレ、夕食すら置いてかれて別々…
ほんと、このオトコ共は、何しにフルマーシュに来たのかわからない…
そんな男女で気分差のある学生一行は、フルマーシュをあとにした。
フルマーシュ駅からは東西に乗り換えの列車が出ている。
西行きの列車に乗れば、そこにはつい最近、リルフィの夢に出てきた、エヴェリエ公爵領がある。
リルフィは、ほんとはエヴェリエにも行ってみたい…
けれど、もうすぐ第五の月である、神王ロエルの月に当たる。
エヴェリエはロエル神信仰の最たる地であり、古くからその祭事が行われている聖地だ。
だから今の時期は人も多く混み合うので、ロエル神の祭事に参加しない者は、わざわざ今行く必要はない。
リルフィは、やるべきことを見つけた。
それが終わったら…
花月兵団の足跡を辿りたい。
その前に歴史を調べ、その足跡を訪れる。
ついでに、近場でできる事はやっておく。
なので、帝都への帰り…
アングローシャで下車。
この町もまた、夢によく出てくる場所…花月兵団の足跡の一つだ。
ルルメラルア最大の商業都市として。
そう、あの時代には…
リルフィはひとりで見学するつもりだったのだけど、四人の女子友人も、男子生徒たちも、みんなついてきた…。
まあ、ここから帝都はすぐ北なので、ここで一度下りて昼食時間から昼下がりを町歩きして過ごしても、今日中に帝都ルミナリスに帰る事も時間的に余裕がある。
工業の町アングローシャ。
帝国の製造業を担う地域ではあるが、観光などで訪れる人は少ない。
商業の活気はなく、どちらかと言えば地味な地域である。
歓楽地であるフルマーシュの盛況を見た後だから、余計に人の少なさを強く感じる。
どうしても淋しげな感じが否めない…
「地味な町だなー…」「マジで…なぁ…」
「まあフルマーシュと比べたら…」「落差はあるわなあ…」
「土産とか、売ってんの? ここ?」「食べるトコはあるだろ…さすがに…」
「あー、でも、昔は、ここが帝国の商売の中心地だった、って言うぜ」
男子たちがそんな事を言い合っている。
正確に言えば…ここアングローシャが商業の中心だったのは、ルルメラルア王国時代だ。
首都をルミナリスに遷都した後、そちらに商業の中心が移ったのだから。
駅からは、町のやや南にある、大きな時計台が見えた。
リルフィには、夢の中で見覚えがある。
古くルルメラルア時代に、この国に初めて作られた大時計だという。
駅の周辺には女兵士さんがいっぱいいた。
アングローシャは古くから、女性兵士の多い町だ。
この町の女兵士さんは旅人の案内とかも重要なお仕事だから、駅に大勢いるのは当然だ。
まあ実はこの町の女兵士さんたちはお小遣い稼ぎのために、そのまま夜のお相手とかを探してたりするんだけど…
リルフィたちはそんな事情は知る由もない。
この町の女兵士さんたちは…
帝都ルミナリスや昨日まで遊びに行っていたラト・ショコールの女性兵士の衣装と同じ、兜と軽装鎧にボディスーツ系衣装だ。
なのだけど、お尻の布面積がほとんど無いくらいに食込みが激しい…かなり丸出しな感じだ…それも全員そろって…
帝都ルミナリスの女兵士は露出度高めだけれど、毅然としている感じがする。
海のショコールの女兵士たちは、ほとんどがまだ十代で可愛らしい雰囲気だった。
それに比べると、このアングローシャの女性兵士さんたちは、どこか妖艶な感じ…。
頭の中単純な男子たちは、女兵士さんたちの兵士衣装に大喜びだ。
魔奈ネットワークの繋がる駅の周辺で、また撮影会を行っている…
断りもなく他の人を撮ったらダメだって…わかってなさそうだ…
アングローシャの女兵士さんのおしり丸出しの衣装は、もう何百年も前からの伝統的衣装だという。
それを決めたのは、ルルメラルア時代の権力者であるアングローシャの領主で、王国の経済を左右するほどの資産家であったと伝えられる。
その有り余る財産で、公私ともに多くの女性兵士を抱えていたという。
今もこの町に女性兵士が多いのは、彼女たちを支援する社会システムを作った為だという。
その権力者が残した基金のお陰で、現在まで続くその社会保証が作られ、女性兵士たちは子供ができても、産み育てる休みの間の保証を含め、仕事を続けられるようになっている。
実は帝都ルミナリスの女性兵士たちを支える社会保障も、元々はこのアングローシャの制度が導入されているのだ。
その権力者の邸宅跡は…現在では大きな公園になっていた。
ルルメラルア王国期に大火事があって邸宅が焼けて、その時にその権力者も命を落としたという。
だからその跡形もなく、ここはただ広い公園だ。
その中央に、英雄の像が立っている。
立っている銅像のその人物は、その権力者のものではない。
その権力者とやらは、民衆からの受けはあまり良くなかったのだろうか…
銅像の英雄は…
長衣姿で、失った左腕を隠している。
はるか昔…ルルメラルア時代に、この国を救った、隻腕の英雄だ。
その権力者と同時代の人物かもしれない。
リルフィはその像の人物が…何となく、見覚えのあるような気がした…
夢の中で、どこかで出てきた人、だろうか…?
けれど、年代物の像は劣化が見られ、もうその表情なんかもわかり辛い。
駅近くに戻ると、男子たちがまた描写記録撮ってる…
女兵士さんたちもわりとノリノリで、セクシィなポォズをとってくれたりして、男子たちは大喜びだ。
帝国学園の生徒、と言えば…まあ一般の認識ではエリートだから…将来どんな大物になるかもわからず…女兵士さんたちも「心象を良くしておこう」みたいな打算的な考えはあるのだろう…。
このダメ男子たちには、そんな気遣いは無用だとは思われるが…。
「いやー、ここに寄ってよかったよー」
男子連中は、昨日フルマーシュで悪巧みが上手くいかなかった事の鬱憤を晴らしているかのように撮りまくっていた…。
リルフィが帰宅したのは、その日の夕方だった。
予定になかったフルマーシュに泊まったので、一日遅れの帰宅だ。
翌朝。
始める。
いままで夢で見たことを、書き留めていくのだ。
見る夢は、過去と関連がありそうだから、歴史についても調べなければならない。
そして、花月兵団の足跡をたどって、各地を巡ってみたい。
でも、まずは記憶があるうちに、夢の内容を文章と絵でしっかりと残すのだ。
リルフィの夏休みは、今日から…
遊びに出かける以外、ほとんどこの作業にかかりっきりになる…
孤児院のひよこちゃんは、今日も元気に手を振ってくれた。
窓際の魔導書は、今日も虹色に輝いている。
まだ五番目の紋様、ロエル神の紋には色は灯っていない。
おそらく灯る色が青なのは、なんとなく予想がついている。
長くなりましたが、やっと第9章終了です。
家庭&仕事の諸事情で更新遅れています…
次章も、続けて更新遅くなるかも…




