103.~~リルフィの夏休み フルマーシュ温泉街
リルフィには何があったのか、全く心当たりはないのだけれど…
男子たちは温泉に対して、ものすごいこだわりを見せている…。
リルフィは、特に温泉には興味がなかった。
そう、今まだ夏だし…
でも、男子生徒たちが言う、その温泉のある町…
「フルマーシュ」という町の名前に反応した。
フルマーシュの町は、リルフィたちが住んでいる帝都ルミナリスの真南にある。
ので、この海に来る途中に、魔導列車で通っている。
でも、その時リルフィは、海で遊ぶことばっかり考えていて、特に意識していなかった。
今になってフルマーシュの町の名前に反応したのは…
海で遊ぶその目的を達した後だから、だろう。
そういうものである。
フルマーシュという地名は、言うまでもなく、リルフィの夢に出てくる。
それも頻繁に出てくる。
クレージュの店のある、花月兵団発祥の地、として。
いつか一人ででも訪れよう、と思っていた場所ではある。
もちろん、温泉が目的ではない…
それを急遽、今日訪れる事になった。
そして…これによって、リルフィの中の何かが、動き始める…
人生の転機とは、時に…何が引き金になるか、わからないものである…。
二泊三日、海を満喫したリルフィたちは、朝の早い時間にラト・ショコールを後にした。魔導列車を海岸沿いに西へ、首都方面へと戻る。
その列車の中で…
男の子たちが、小型魔導書である学園生徒手帳の描写記録機能で撮ったショコール兵の女の子たちの画像を見せ合いっこしている。
このダメ男どもときたら…
リルフィたち五人の水着を撮る機会がなかったので、その代わりにというか、駅や大通りで女兵士さんを撮りまくった…
同じ歳くらいの女兵士さんたちの、白い軽鎧の大きく開けた胸元や、紺色ボディスーツの食込んだ下半身を、前から後ろから…男の子たちの興味がいくのは、こういうトコだ…。
リルフィたち女子五人は知らない事だけれど…
男子生徒たちは、初日の夜は半数ぐらい、二日目の夜は男子全員で、夜遊びに出かけている…
つまり…夜にお出かけして、勤務後や非番の女兵士の子たちとお楽しみをしに行った訳だ…。。。
ラト・ショコールは、男子のほうが少なめな地域なので…、こんな奴らでもモテモテな訳だ…。。。
で、中には…。。。
そのお楽しみ直後の描写記録を撮ってた不埒なヤツまでいて…。。。
「それ、さすがにマズいだろ!」とか「オレも撮っておいたら良かった!」とか叫んでる…
ちょっとした騒ぎになってる…訳だ…。。。
しまいには「この娘の兵役終わったらケッコンする約束したから!」とかいい出す男子もいて…。。。
どこまで本気なのか…。。。
そんな感じであちらで男子たちが勝手に騒いでいるけれど…
リルフィたち女子には全く関係のない話題だ。
リルフィは二人席にひとり座って、窓の外を眺めながら、ラト・ショコールの海の風景を描写記録っていた。
有名なショコールの大灯台が、そこに写っている。
古代ヴェルサリア時代から存在するという、海に突き出した巨大な塔である。
あの大灯台は、以前…一年ほど前に、リルフィの夢に出てきたことがある。
夢の世界のお姫様が、この巨大な塔の中で…
あの時は敵だったショコールの女兵士たち相手に、派手に暴れまわっていたのを思い出していた。
(そう、お姫様が、囚われていたイセリナを助け出して…
アルテミシアと一緒に、群がる何十人もの女兵士たちを倒しながら…
その女兵士の装備に変装して、そこにフローレンとファリスが助けに来て…
みんなでショコールを脱出したのよね…
…
あれ…? なんかおかしい…?)
なんで“過去の夢”に“現在の夢”の登場人物…イセリナやアルテミシアが出てくるのか…?
さらに、フローレンやファリスだけじゃあなく、リルフィのぼんやりした夢思い出の中には、ユーミやレイリアもいたような気がしている…
その全員でショコール女兵士に変装したりして…
その上、逃げる時の船の艦長は、アルジェーンだったりする…
いや…そこは、森にいる銀色のアルジェーンじゃなくって、今年の最初の“夢”に出てきたショコールの女将軍…メルクリウさんのほうが似てる気がするのだけれど…
…なんだか…記憶が綯い交ぜになっている気がする…
既視感と違和感が同時にそこにある…
一年前の夢の記憶は、やや朧げな感じになってしまっているのだ…
(って事は…?)
今年になって夢に現れる、フローレンやアルテミシアの事も…
やがて時と共に、曖昧になっていくのだろうか…
(嫌…忘れたくない…!)
不意に不定期的に見る…あの、わくわくするような夢…
フローレン、アルテミシア、ファリス、クレージュ…夢に出てくるみんなの事を好きになっている…
リルフィはそんな自分に気が付いている。
窓の外、延々と広がる海…
その合間に、ちょっとした島が浮かんでいたりする…
(島…ひょっとしたら、あの島が舞台だったりして…?)
今、リルフィの頭にあるのは、フローレンとアルテミシアの海賊討伐の風景だった。
夢の始まりだった、あの戦いだ。
今度は味方だったショコールの女兵士たちと一緒に、海賊を追い散らしていく、あの戦いの景色は、まだはっきりと思い出せた。
リルフィは、自分の中の記憶を確かめるように…
夢の始まりから、今までの夢を全部、追うように順番に思い出そうとしていた…
リルフィはかなり記憶力がいい。
能動的に覚えようとしたことは、そうそう忘れる事はない。
それに、あの夢のことは、何故か明晰に思い出すことができる…
ここ四ヶ月くらいの夢の記憶なら、全部思い出せそうな気がしている…。
一昨日…海岸で会った二人の女兵士の姿が、アルテミシアが治療していた子の姿に重なっている…
次に会った男性に話しかけられて喜んでいた二人も、その前にアルテミシアが直していた女兵士の姿と重なって思い出された…
ちらっと見えた、男子たちが記念撮影していた中にも、その四人の女兵士が映っていた…事もその要因かもしれないけれど…
(あれ…でも…記憶、混じっちゃってるかも…)
何ヶ月も前の夢にちょっと出てきた子の髪の色まで覚えている事のほうが、かなり異常なのだけど…
それでもリルフィは「もうちょっと頑張って思い出そう」と思った。
そんな想いの中にいるリルフィは…
ただひとり…ずっと、窓の景色を眺めているように見える…
物思いにふける綺麗すぎる乙女の横顔は、実に絵になる…
この絵の美しさに気付いた男子が、こっそり描写記録ったりしてる…
本人に断りもなく映像を撮るのが…相手に失礼に当たるとか考えもしないダメ連中である…
そんなリルフィをよそに…
反対側の四人席では、ミリエールとメアリアンが、中心的な男子生徒の二人と向かい合って話をしている。
帝都に帰る予定だったのが、フルマーシュに寄ることになったので、その段取りの話し合い…なのだけど…
旅館は学生無料の宿泊所に泊まるとして…
男子たちは「どこそこの温泉にみんなで行こう!」とか、そんなことを熱心に話している…
こいつらは、昨日のリルフィの神をも恐れぬ発言を聞き…実に邪悪な事を企んでいる…まあある意味必死だ。
でもミリエールとメアリアンは「これが食べたい」とか、「どの店ががおいしい」とか…食べることしか話してない…
その手には、ルーメリア各地の旨味どころを紹介するガイドブックが広げられている。
ミリエールとメアリアンに話合いをさせれば、こうなる事はわかりきっている。
もちろん、男子の意見などガン無視だ。
中心的男子ふたりもけっこう必死なのだけれど、食欲で生きているようなミリーとメアリーの迫力には抗えず、男子代表二人はどんどん意見を呑まされている…。
リルフィの後ろの四人掛け席では…
キュリエがインドア系男子二人とパズルゲームで対戦してる…
ファーナは隣から覗き込むようにしてキュリエの応援だ。
「あ゙ぎゃー!」とか「ぅ゙わっ!」とか、その男子生徒の叫びが聞こえてくる…
それも定期的に聞こえてくる…
どうやら、キュリエには一戦も勝てないようだ…
キュリエは涼しい顔をして水晶板をいじっているので…おそらく圧勝…実力差はかなりのもののようだ…。
「…フィ! リルフィ!」
「…あ、はい!」
ほっそりの割によく通るメアリアンの呼ぶ声で、はっ、と我に返るリルフィ…
「もう、ムスの駅に着くわよ~! 降りる準備しなきゃ~」
その隣りからは、ふくよかなミリエールが、おっとりした声口調でリルフィを諭した。
ムス駅は、フルマーシュのすぐ南に駅だから…
ラト・ショコールからは、かなりの距離を移動している…
かなり長い時間、列車に揺られながら、物思いに耽っていたようだ…
みんな荷物をまとめて、席を立つ準備をしていた。
そう、この駅で首都方面の南北線に乗り換えなければいけないのだ。
「あ、ああ…ムス村ね?
あそこのサンドイッチね! あれ、美味しそうよね!」
リルフィの記憶の追従は、この二人ミリエールとメアリアン、そしてキュリエにそっくりな三人を星降る洞窟で救出し…その後、ちょうど南街道の交易のシーンまで進んでいた。
南街道のムス村を出て、みんなでお弁当にサンドイッチを食べてた、ちょうどその風景が思い出されたところだ。
夢の中では、この娘たちにそっくりな、女兵士のミミアやメメリ、キューチェも、みんなでそのサンドイッチを食べていた。
ミリエールもメアリアンも、まあ通常なら…寝言を言っているようなリルフィに対し、呆れた反応を見せるべきところなのだけれど…
「ムス村の~…?」「サンドイッチ…!?」
そのリルフィの口から出た話が、食べ物の話題だったことで…
この食い気で生きてるような二人は、当~然、その話に興味を持った!
どうやら、そのグルメ系ガイドブックには載っていなかったらしい。
ここムス駅は、魔導列車の大きな乗換駅である
東西を走るこの列車はこのまま西に向かうと、西の大都市タムト、そして「合流点」という駅を経由し、ベルセリ遺跡南を経由して遥か西のオノア小国家群へと向かう。
ここで北行きの列車に乗り換えると、温泉リゾートの町フルマーシュ、工業都市アングローシャを経由し、帝都ルミナリスへと至る。
つまり、フルマーシュへ行くためには、ここで東西線を下りて、帝都行きの南北線に乗り換える必要がある訳だ。
そして、ここムス地方は、古くから酪農が盛んな地域である。
ムス地方特産サンドイッチは、ご当地グルメとして有名であるらしく、駅構内の飲食店でも販売していた。
酪農盛んなムス地方特産の厚切りチーズと、ミンチした牛肉のハンバーグと、トマトとレタスを、二枚の柔らかなパンで挟んで、チーズが一旦溶けるくらいまで押し焼きした、伝統のサンドイッチだ。
リルフィの記憶にあるものとは、ちょっと中身は変わっている気もするけれど、まあだいたいは同じもののように見える…
お芋の短冊や玉ねぎを輪っかのまま、油で揚げた付け合せがついていた。
「リルフィ~! いいモノ知ってるじゃな~い! これ、すごく美味しいよ~!」
「いやー…こんな隠れたグルメがあるなんて…いえ、これだから旅はやめられませんねえ!」
ほんとは列車の中で食べる予定だったのだけど…
ミリエールとメアリアンは、できたてサンドイッチのその香りに我慢できず…
食べた。
そして、食い意地こそが人生であるようなこの二人は…その味に感激を隠せない。
列車出発までの待ち時間にひとっ走り、もう一つ買って来ていた…
「これは~列車で食べるやつ~!」
「ですね! みんなと一緒に食べる分です」
本当にこの二人はよく食べる…。
夢の中のそっくりなミミアとメメリもそれは変わらない…
リルフィは、どっちの二人も大好きだ。
だけれど…
実はこの事がリルフィにとって、かなり謎を深める要素になっていた。
この二人だけじゃない。
夢の中の、他の女兵士たちも含めて、そうなのだ。
リルフィが見ている夢の舞台は、おそらく…過去のこの国の姿だ。
古めかしい街並みや、ルーメリア帝国の前身であるルルメラルア王国の名前、共通する地名…
ただそれは、実際に過去に起こったことを夢で見ているのか…それとも、何人かの登場人物が、自分の周囲の人に置き換わってしまっている、いわゆる創作的、物語的な夢なのか…
そこが定かではない。
リルフィの四軒隣りの幼年学校に通っている少女、アイシャちゃんはよくコケる。
夢の中の女兵士アーシャちゃんもよくコケるけれど、少女じゃなくてもう少し年上…乙女だ。
そのお母さんのウェンディさんと、双子のお姉さんレーゼルさんフィアナさんも、夢の中では歳の近い同じ村の娘さんだ。
ルーメリア女兵士のユウナさんとフィリーちゃんは、母と娘だ。
だけど夢の中のユナさんとフィリアちゃんは、姉と妹だ。
夢の中のではキャビアンさんがお母さんで、トリュールちゃんとフォアちゃんは、その娘だ。でもリルフィの住む第26区でのこの三人は、飲食のお店を開いている美人三姉妹だ。
このあたりの変化は…何なのだろう…?
(わからないことは、考えない!)
というのがいつものリルフィなのだけれど…
この事はいつも気になっている…。
フルマーシュに着いたのは、時計の時刻が1500の表示の頃だ。
この四桁の時間表示は、古代の時間概念によるものであるという。
その数字の意味する時間は、昼と夕のちょうど中間、といった頃である。
帝都ルミナリスの南に位置するフルマーシュの町は、一大リゾート地だ。
温泉が豊富で、最高級の旅館や料理店が軒を連ねている。
「週末をフルマーシュで過ごす」というのが、帝都民のちょっとした贅沢なのだ。
このフルマーシュの西、エヴェリエ公爵領との間には、貴族の別荘地として有名な帝領クレフがある。
クレフはフルマーシュよりも古くから温泉街で知られた土地だ。
現在は帝国の直轄地となっていて、貴族や富豪の別荘地としても有名。
公営の高級温泉宿もあるが、庶民にはやや敷居が高い感じだ。
旧時代の東外壁に当たる位置に、フルマーシュ駅がある。
今のフルマーシュは、リルフィが何度も夢で見ている、あの町の規模より遥かに大きく、そして賑やかである。
東西の大通りにも、その両側に温泉宿や高級店舗が立ち並んでいる。
綺麗に舗装された広々とした大通りには、多数の観光客の姿があり、作りの立派な送迎用の馬車が行き交っている。
リルフィの知る、あの素朴な田舎町の姿はどこにもない…
さて、フルマーシュの温泉。
フルマーシュのように活気のある町は、駅周辺のみならず、宿場街は全般的にルーメリア帝国の魔奈ネットワークに入るから、生徒手帳で描写記録撮れるのだけど…
それでもダメ男子どもの企みは見事に外れる事になる…
それは当然…
他の女子四人が、混浴を拒否したからだ。
あたりまえだ。
まあそこで…リルフィが「どっちでもいいよ!」って感じだったのが、また話をややこしく…
でも他の四人はこの件に関して、実に常識的感覚を持つ女子たちであった…
「温泉…いいよね~」
「いいですよねー」
「…きもちいい…」
「です~」
「そういえば~、こうやって、みんなで温泉来るのって~…」
「初めて、ですよねー」
「去年の夏休みは、海で色々あったですからね!」
「…あれ…こわかった…」
去年は、見知らぬ男から声を掛けられまくって、キュリエが怖がって…
そんな事件があったから、早々に帝都に帰ったのだった…。
「リルフィ~? どうしたの~?」
「さっきから元気ないですねぇ?」
「あー…そう…?
ううん、元気よ! ほら! ほら!」
意味もなく手を振り回して、お湯をばしゃばしゃさせたりしてる…
リルフィは別に元気がないわけじゃあなくって…
そう。また夢の世界の記憶に浸っていただけだ…。
花月兵団の女子はみんな温泉、というか大樹村の露天風呂が大好きで、訓練の後にこうやってみんなで楽しく一緒にお湯に入っている…
その光景を思い出していただけだ。
フルマーシュのクレージュのお店でも、仕事の後に一緒にお風呂に入っていた。
多分…この四人と被る、あの四人も、一緒に入ったりした事もあるのだろう。
そう。
この町なのだ。
どのくらいかはわからないけれど、はるか昔の…
この町、なのだ…。
今のリルフィに、物思いに耽るな、というほうが、無理な話だ。
温泉をあがって、浴衣に着替えて…
さあ、これからみんなで夕食までゆっくり過ごしましょう…
という時に…
「あ、わたし、晩ごはんいいから!」
リルフィは、着てきた服も脱衣場に置きっぱなしで、お財布や生徒手帳が入った肩掛けポーチだけ手に、湯上がりの浴衣姿のまま、また走っていってしまった…。
「あ~! また!」
「ちょっとー! どこ行くんですかー!?」
その姿はもう見えなくなってしまった…
まあ、一度気になりだしたら脇目も振らずに突っ走る、いつものリルフィーユだ…
「リルフィ! もう~ 何考えてるのよ~」
リルフィが置いていった脱いだ服を抱えながら、ミリエールが呆れている。
「リルフィーって、何か気になったら、突っ走っちゃいますからねー…」
その服を順番にたたみながら、メアリアンも呆れている。
服飾店でアルバイトしてるから、たたむのが手慣れている。
その服の間から布切れが床に落ちた。
「リルリル~…相当なあわてんぼさんですよ…」
それを拾い上げつつ、ファーナが呆れている。
それは、布切れというか…リルフィの下着だった…
「…リルフィーユ…きけん…」
キュリエはちょっと顔を赤らめている…
その“布切れ”は、上下揃っているのだった…。
四人の女子たちは、みんな色柄の違う浴衣姿で、非常に華やかである。
ミリエールは向日葵柄の丈の長い浴衣、締められた帯の上に大きすぎるお胸が形くっきり乗っかっている。
メアリアンは菖蒲柄の丈の長い浴衣、締められた帯の下に形の良いお尻が丸っこい形を描いている。
ファーナは百合柄の丈の短い浴衣、活発な彼女らしく動きやすいミニ浴衣だ。
で、相方のキュリエも、同じような大きさのをお揃いで着ている、はず…なのだけれど…
「あれ? キュリエ~浴衣、だぶだぶじゃないです?」
親友のファーナが言うように…小柄で可愛いキュリエは、朝顔柄の妙に丈の長い浴衣を着ていた…
「うん…リルフィーユ…ゎたしの浴衣…着て行っちゃったから…」
そういえば…
走り去っていくリルフィの後ろ姿は…桜柄の、妙に丈の短い浴衣であった…。
もう太陽がかなり西の空に下りてきている。
宿場街である町の大通りは、時間にかかわらず人通りが多い。
両側の旅館やお店に人々の姿は吸い込まれ、そして入れ替わるように出てきて、それを繰り返している。
そんな人混みの中を、リルフィは駆けてゆく。
暑い季節なので、浴衣姿でも、別に違和感はない。
宿場街なので、浴衣姿の観光客も多いのだ。
そういう意味では、目立たない…はずなのだけれど…
今のリルフィは浴衣姿なのだけど、違和感ありありで…
そう。リルフィは、サイズの小柄な子の浴衣を間違えて着てきてしまっている…
つまり浴衣のサイズが合ってない!
でも、その事に気がついていない…
ただでさえ、桜色の髪を結い上げた、湯上がりの妙に色っぽい雰囲気が目を引くのに…
あきらかにサイズの小さい浴衣で、上も下もぱつんぱつんに大きさがよく目立つ…
小走りなので、よく揺れる、揺れる…
そして、あまりに丈が短い…短すぎる…
しかも、中! ちゃんと穿いてきたのかどうかすら怪しい…
そんな限界ミニ浴衣姿のまま、大通りの人波の中を小走りに駆けてゆくリルフィ…
先日の海岸での、限界ギリギリヒモ水着の注目度の再現のように…
道行く男の目を余すことなく惹き付けている…
もちろん、本人に自覚らしきものは…ない!
賑やかな宿場街である中央大通りを離れると、人の通りは一気に少なくなる。
華やかな町の風景は一変し、通りにはやや古風な建築物が並んでいる。
リルフィの目指したのは、石材も古めかしい年代物のニ階建ての大きな建造物…
ここは、この町の歴史資料を取り扱う場所…つまり図書館だ。
浴衣姿…それも、かなりピチピチミニミニ浴衣でこんな場所に来る事に…
受付の職員さんには、かなり驚いた顔をされた…
それでも、帝国学園の生徒手帳を提示すると、それだけで入館は許可される。
そう、彼女は学生であり、この町の歴史を調べるため…勉学のためにここを訪れているのだ…
その服装は、ひとまず置いておいて。
リルフィの激ミニぴっちりな浴衣姿は、館内でも目を引いたけれど…
本人はそんな些細な事は気にもせず、大きな本を何冊も抱えてきて、並べて広げて調べ物を始めた。
ルルメラルア時代の末頃…
フルマーシュは一度、人口が激減し、村の規模まで落ちこむ時期があった。
北の内乱の地に人員や物資が移動した為、と町の資料にも記載されていた。
リルフィが頻繁に見る、あの夢の…その情景に他ならない。
(やっぱり…夢で見る世界は…この国の過去の姿…)
今まではそうじゃないかな、という仮説にすぎなかった思いが、一歩確信に近づいた気がする。
そして、リルフィが興味を抱いたのは、次の項目に書かれていた文言だった。
「一度寂れかけたこの町を再生させたのは、一人の女商人である」
(女商人って…まさか…クレージュの事…?)
クレージュと花月兵団は、ラクロア大樹の村で自給自足の生活を成し遂げ、
その上、お酒や希少な作物の生産によって莫大な利益を上げている。
その利益でもって、フルマーシュの町を再生させた…という考えが浮かぶ。
…戦乱が終わったら、フルマーシュの空いている店舗を買い取って、
花月兵団の女の子たちに、それぞれお店を持たせてあげたい…
たしかに、クレージュはそんな事を語っていた。
だとしたら…
あの夢に出てきた寂れたフルマーシュの町を立て直したのは、彼女たちであるかもしれない…
リルフィはその項目を、熱心に読み進めた…
だけど…
残念ながら、そこに書かれていた名前は、クレージュのそれではなかった。
(残念…違ったかしら…
あ、でも、クレージュが何らかの理由で、名前を変えた…とか?)
あくまでリルフィはその女商人があのクレージュである可能性を諦めない。
例えば、男性の有力者と結婚して名字が付けば、そちらを名乗る可能性もある訳だ、とか思ってる…。
そんなリルフィの期待を遠ざけるように…
続いて、また気になることが記載されていた。
「その女商人は、王族の血を引いていた」と。
ルーメリア皇家、その祖先であるルルメラルア王家は、さらにその前の時代の、オーシェ王家を興した一人の英雄王の末裔に当たる。
英雄王とオーシェ建国記は幼年学校でも教えられ、演義の題材にも用いられる程、広くルーメリア国民に知られた物語だ。
その英雄王は、特別な力を有していた。
その力は、リルフィのいるこの時代の皇帝やその一族にまで受け継がれているらしい。
代々、王家の血を引く者には、その身に聖なる証が現れるとも、特有の技能を有するとも…
真相は一般には秘密にされているが、王家の血を表す何かが存在すると言われている。
通常は直系の血を引く者ほど現れやすいその“証”が、時折、他の貴族の家の子に現れる事もあるという。
ルーメリアの貴族の家は、遡れば大抵どの時代かの皇家の血が入っているので、特に不思議なことはない。
…というような事をリルフィも知っている。
皇家の、ルルメラルア時代で言えば王家の、その血脈は見分け方がある、らしいのだ。
(う~ん…クレージュはどう見ても…王女様って感じじゃあないし…
ええと…例えば…彼女が実は、王様の隠し子、とかは…ないかなー…)
リルフィは、その女商人とクレージュを結びつけようと考えを巡らせている…
…無理な仮説をこじつけている感がある事には、自分でも気付いている…
でもクレージュであるにしても、ないにしても…
町を蘇らせたその女商人について、リルフィは非常に興味を持った。
また本棚のところまで駆けていって、また大きな本を何冊も重ねて持ってくる。
続けて調べ始めたのは、その女商人と、彼女の商会についての記録だ。
(これは…!?)
リルフィが驚きを隠せなかったのは、その商会のロゴマークだ。
そのロゴの形状は、六角形だった。
その六角形の内側に、一段階小さく、星が六角形に並んでいる…
そして、その中央に輝く、もうひとつの星…
つまり、七つ星が描かれていたのだ。
クレージュは「七」を引き寄せる女性、と言われていた。
山賊との戦闘で、七つ星の剣技を使っていた。
その剣は、虹色に、つまり七色に輝きを返す流星鋼の剣だ。
その衣服も、ルミナリスの女兵士さんたちのように、一週間周期で…つまり七つの色を順番に、服の色を変えて着ているのも、夢の中で見て何となく知っている。
そして、リルフィが驚いたのは、そのロゴの七つ星だけじゃなかった。
その六角形の中、中央の星の左右に刻まれた絵柄だ。
左側には花が、
右側には三日月が、描かれていたのだ。
(七つ星と…花と…月…って…
これ、ゼッタイ関係あるでしょ!)
これ程わかりやすいものを見せられたら…
クレージュ本人かどうかはともかく、やっぱりその女商人は、花月兵団と無関係じゃないはずだ。
リルフィはまた本を抱えてきて、さらに調べ進める…
女商人の興したその商会は、長い月日を経て…現在ではルーメリア帝国でも有数の大企業になっている。
その企業の名前は、帝都民なら誰でも、もちろんリルフィも知っている。
ただ、七つ星と花と月のロゴマークを使っているかどうかまではわからない。
で、また本を重ねて席まで運んできた。
今度はこの町の旅館やお店についてだ。
こんな調子で、閉館の時間まで、リルフィは調べれる限りのことを調べまくっていた…
リルフィの席には、所狭しと書物が開き重ねられ、隙間も見えないくらいだ…。




