101.花と月と雪の誓い
フローレンとアルテミシアの背後から声を掛けたのは…
「ファリス?♪」
「え? こんなところにいて、いいの?」
ファリスは、先に下に戻る賓客の見送りをしていたはずだ。
「ええ。外からの賓客の見送りは終わったわ。転移門の時間待ちの間は、自由時間よ」
ルルメラルア貴族の見送りだけで、エヴェリエ国内の名士たちは、他の重臣が接する事になっているらしい。
だけどその後、下に戻ってからは、また忙しくなる。
ファリスは領主代行として、祭典に参加した彼らをを招いた晩餐会を主催しなければならない。
フローレンとアルテミシアはその晩餐会には出席せず、下に戻ればすぐにエヴェリエを立つ予定だった。
貴族や名士たちの集いの場に出るような、礼儀作法も、それ用の衣装も、そんな気持ちも持ち合わせていない。
先程の式典でも…フローレンの花びらビキニ鎧姿と、アルテミシアの月影ボディスーツ姿は…居並ぶ貴族や名士たちの中でも場違い感がありすぎだった…
ただ、下賤の者を見るような態度を取られる事はなかった。
それどころか、ルルメラルア貴族の中には、どこか敬意をもった目を向けてくる者もいた。
国内の敵国拠点を潰し、治安の維持に貢献した女冒険者だという事を、何人かは知っている感じだ。
政争に暇無い貴族たちは、あらゆる情報収集を怠らないものなのだ。
祭事の行われた湖岸に面したテラスでは、下級の神官たちが、儀式の場のお清めと後の片付けを行っていた。この神官たちと衛兵たちが下に戻るのは、まだしばらく後、夕刻くらいになるという事だ。
その場を離れ、ファリスの案内でこの聖域の中を歩いてゆく。
先程の神殿から、転移装置の建物のあるのとは逆側に向かって歩いている。
いつも一緒のファリスの侍女たちもいない、ただこの三人だけだ。
こちら側には他に神官も兵士もいないので、ファリスはあの式典用の厳正な衣装から、青のビキニアーマーに換装して二人の前を歩いていた。
湖の沿岸に広がっているのは、わりと深い森のようだ。
その森の奥には、建物の屋根らしきものが見えた。
「あれは?♪」
「この聖地の事は、私にもよくわからないの…ああいう建物が奥にもまだあるみたいね」
ファリスによると、湖岸の神殿以外にもいくつかの古代建築がある、という事だ。
神秘的な謎は深まり、冒険者としての好奇心は掻き立てられるけれど…
言わば他人の庭のような場所なので、勝手な探索は慎まなければならない。
ここは、エヴェリエの上空にある聖域…なのだけど、巨大な岩壁は延々と東西に続いている。
だから、奥に進めば、こういった古代の建物が沢山存在する可能性もある訳だ。
そこは必ずしも、エヴェリエの管理地域であるとは限らない。
(あれがダンジョンとかだったら…また、一緒にできたらいいのにな…)
何となく、触れてはいけない場所…のような感じがしたので、フローレンはそれを言うのは控えた。
森に入らない方向、外周側に向かって小道は続く…
そこは、群生する香草の園と、その手前に真っ白と真っ赤な花畑が広がっていた。
ファリスは先に立って、そちら側に続く石畳を歩いてゆく。
「月読草ね」
フローレンは屈み込んで、その赤い花を、そっと指先で愛でた。
花妖精のフローレンは、当然ながら花に詳しい。
月読草はエヴェリエで栽培される花で、赤色をつける着色料として、食用にもされる花だ。
「赤いお花なのに…月なの?♪」
“月”という言葉に反応したように、アルテミシアが尋ねた。
「そうよ。赤くて可愛い花なんだけど…夜になるとね、月の光を浴びて銀色に輝くの。まあそれも、お月様が満月に近い数日間だけなんだけどね」
「そうなんだ…見てみたいわね♪」
もちろんアルテミシアは、”月“という文言に興味を抱いている様子だ。
残念ながらここでその夜景を見ることはできないけれど…
エヴェリエのどこかに、満円の月明かりの下に輝く花畑があることだろう。
白い花畑に咲いていたのは、雪の結晶の形に似た、ほぼ真っ白な葉の植物だ。
「これは…白雪草かな…? でも、ちょっと違う感じ…」
花に詳しいフローレンも少し戸惑っている。
「ええ。私も名前は知らないけれど、ここにしか咲かない花、って聞いたわ。
ちょっと独特な甘みがあるの」
この聖域にしか咲かない花…
神秘に満ちたこの空間ならではの希少種、というものなのだろう。
その隣りには、鮮やかな黄緑色の香草が生い茂っていた。
「これは…蓬よね…? あれ、でもこれも…ちょっと違うかも…」
「ええ、蓬の一種らしいんだけど、暁草、って呼ばれているわ。
何でも小さな花が、朝焼けのような仄かな光を放つらしいの。
だから群生しているところを夜中に見かけると、朝焼けと見間違う…
っていうのが名前の由来らしいんだけど」
ファリスももちろん、見たことはない。
この聖地を管理する神官から聞いた話だった。
「わたしでも知らないお花が二つも…さすがは聖地、ってところね…」
「いいえ、もともと月読草もここにしかなかった、という事よ。
白雪の花と暁草は移植に失敗したけど、月読草だけは下でも育ったらしいわ」
さすがにここから種を持ち出す事はできないけれど…
フローレンは一度見て触れてよく知った花は、お花の技に取り入れる事ができる。
フローレンは花園の剣を手元に現す。
その剣身を花壇にするように、赤い月読草、真っ白な白雪の花、若い緑の暁草、それぞれの幻花が三段に別れ咲き誇った。
「綺麗ね…」
「いいわねぇ~♪」
ファリスは剣に咲く幻花の美しさを讃えているのだけど…アルテミシアはエヴェリエ銘菓の三色団子の事を考えていそうだ。
そんな話をしながら、三色の花畑を越えていく。
その花畑の脇には細い小川が流れ、心地よいせせらぎの音を響かせている。
天の湖から小川となり流れ出すこの水は、この岩壁から流れ落ちるも、空中で霧散してしまい地上には注がない。
三人が進むその道の先に、東屋が見えた。
崖に近い場所…つまり見晴らしの良い場所にあるようだ。
どうやら、そちらに招待されているようだった。
東屋ではファリスの二人の侍女が待っていた。
設えられたテーブルを囲み、三人は席につく。
フローレンとアルテミシアの席からは、遠く下の景色が見渡せる。
「いい眺めね…」
「ほんと♪ 他ではお目にかかれない、絶景よ♪」
フローレンとアルテミシアは、この儀式が終わり次第、エヴェリエを離れフルマーシュへの帰路につく事になる。
ファリスはこの後、下に戻ってからは、接待のために忙しくなる。
そんな訳で、ゆっくり話せる時間が、転移門の時間待ちの今しかないのだ。
二人の侍女、レーナとルドラがお茶菓子を運んできた。
その皿に山と積まれているのは…
「うわぁ~♪♪」
桃色、白色、若草色の三色の色鮮やかなダンゴ。
アルテミシアお待ちかねの、エヴェリエの銘菓だ。
「このおダンゴは、エヴェリエ公国よりも歴史が古いとか言われているからね♪」
さすがにアルテミシアはスィーツには詳しい。
「ええ。しかもこのお団子は、ここの天の湖の水を用い、その湖岸で光を受け、風に育まれた米を用いているの。色付けの花と香草も、先程見かけたお花畑の物よ」
この聖域では、何人かの神官たちが交代で管理をしているという。
だから今の話だと、ダンゴの材料のコメも、この聖域のどこかで栽培されているのだろう。
「じゃあ…エヴェリエ銘菓の…それも原点由来の本物、って訳ね!♪♪♪」
スィーツをこよなく愛するアルテミシアは、中でもこのコメを蒸したダンゴに目がない。
それも、通常ではお目にかかれない、その伝統的な最高級品が目の前にあるのだから、感激しないワケがない。
瞳を輝かせ、両手を合わせて左右に揺れまくっ、て完全に乙女化している…
二人の侍女がお茶を運んできた、
紅茶ではなく、ちゃんと無発酵の緑色のお茶が出てきた。
このお茶の葉も、この聖域で育てられた特別なものらしい。
お茶菓子を頂きながらの女子トーク…
この三人の場合、そんな話題になるはずもなく…
「そうね…ルルメラルアで女性の武人として腕が立つのは…
一番はマローネ伯爵夫人かしら…? 彼女の娘もかなりの使い手だけど…」
王国内の女性腕自慢…みたいな話題になっていた…
フローレンとファリスの会話だと、どうしてもこういう話題になるのは致し方ない…
「次点で、城下将軍のフェルエーテリア様、アラネア第一王子妃、あとは後宮守衛長のアレクサンドラ…といったところね」
ファリスを含めたその五名が、ルルメラルアの貴族社会における女性武人の五指、といった噂が立っている。
フローレンは腕のたつ冒険者女子は何人が知っているけれど、貴族社会に対する知識はなく、初耳の人物もいる。
そういった王国の女性武人に対する話を、フローレンが尋ね、ファリスが答える…
そんな会話が延々続くことになる…
アルテミシアは話を聞きながらも、口を挟むことはない…
彼女は今、伝説の三色団子を満喫する作業に忙しいのだ。
満面の笑顔を浮かべるこの乙女が、ほとんど一人で食べているようにさえ感じられる…
「男性の将軍の実力は、どのくらい?」
女性武人の話題が一段落したところで、フローレンが今度は王国将軍の事を聞きたがった。
ルルメラルア王国には精鋭部隊を率いる四人の将軍がいる事は、一般庶民にも知られている。
「雑号の一般将軍はいざ知らず…流石に精鋭の四将軍は、私達女の力じゃ敵わないくらい強いわよ」
いかにファリスやフローレンが優れた女剣士であっても、やはり男性の最高級の将軍には及ばない、という事だ。
男性は魔奈循環に劣る分、鍛え上げれば身体能力は格段に強くなるのだ。
「でもおそらく…それより強いのが、二人の王子」
「え?」「そうなの?♪」
フローレンにもアルテミシアにも、これはちょっと意外な感じだった。
信じられない事に、二人の王子の武勇は、四将軍の上を行くらしい。
「まあ、ルルメラルア王族特有の血によるものね…
それと、王家伝統の武装込みでの話にはなるのだけど…」
ルルメラルアは古くは、オーシェ王国という、英雄王建国の国である。
武の要とも言える家柄であり、その前の時代、ヴェルサリア王国でも、重要な諸侯として東の要を任されていた。
「まず、黒の王子エドワード様は、完璧な武人よ…剣技もそうだけど、用兵に関しては三国でも右に出る者無し、って感じ…」
先の戦いで、ブロスナムの軍神ランウェー将軍の軍を破ったのが、ルルメラルアの大将軍、黒の王子エドワードなのだ。彼はそういった戦場での用兵戦術だけでなく、もっと大局から情勢を見極める軍略家としてもまた天性の才を持ち合わせている。
「もう一人の…白の王子リチャード様は…とても素敵…いえ、立派な方よ…
武人としても、指導者としても、あれ以上の人はいないわ…」
その白の王子について語るファリスは、どこか嬉しそうだ。
「白の…リチャード王子って、病床の国王に変わって国の政務を行っているのよね?
あ、今は北の地で統治をしてるんだっけ…?」
「そうよ。軍を率いながらの統治だから、軍政ということになるわね。
リチャード殿下は、軍事に関しても政務に関しても、超一流だから…
ほんとに…ああいう人が上に立っているのは、この国の幸福と言えるわ…」
ファリスの物言いには、その王子に対する、尊敬の念が感じられる。
しまいには、
「貴女達も一度会ってみない? 紹介するわよ!」
とか、軽い感じにそんな事まで言いだした…。
「いや、それって!」
「何が何でも、ムチャでしょ!#」
この王国の、次期国王である。
庶民の冒険者風情が、軽々しく御前に見えるものではない!
「問題ないわよ! 彼の正妻のアラネアが、私の親友だからね。
まあ、私も含めて、幼馴染みたいなものだから」
「いえいえ、問題ありすぎでしょ!」
「友達の友達も友達、って感じにはならないから!#」
遡ること二年前…第一王子であるリチャードの結婚式が盛大に行なわれたのだった。
ブロスナム王国との戦争が終わった頃で、勝利したとは言え苦しい戦いで犠牲も多く出した、戦後のまだ重い空気が蔓延していたルルメラルア王国を明るくする事件だった。
フローレンは…ちょうど両親を失った後だったので悲しみの中にあり、お祝いを楽しんだ記憶はない…お妃様の名前にも、聞き覚えがなかった。
「もともとリチャード王子の婚約者は、ブロスナムのグレイス王女だったんだけど…戦争になっちゃったからね。ご破談、って事みたいね」
「あら? そのウワサ、本当だったのね♪」
アルテミシアは、噂程度に聞いたことはあった。
第一王子リチャードの婚約者は、ブロスナムのグェン・グレイス王女。
第二王子エドワードの婚約者は、ラナのファラナ王女。
まことしやかに囁かれた噂だったけれど、先の戦争のお陰でどちらも破談になった、という訳だ。
「それで、リチャード殿下は、私の親友のアラネアと結ばれた、って訳。
まあ…あの二人は…子供の頃からお互い好き会っていたから…
二人共幸せになって良かった、って事なのよ…」
「貴族社会では珍しい、恋愛結婚をした、って事ね♪」
本来なら、王族の婚姻といえば、他国との関係や国内貴族の力関係などから、政略結婚になるのが普通だ。決して自由になるものではない。
それが、戦争になったお陰で、結果的に好きな女性と結ばれた。
ファリスはこの二人の事を心から祝福している。
それでいて…どこか甘酸っぱい想いを胸に残しているような…そんな感じが見受けられた。
「ファリス…」
ファリスも、リチャード王子の事を、想っていたのだろう。
自分の恋愛沙汰には超疎いフローレンだけど…
不思議と、他人の気持ちは察したりできるのだ…
「あ、それより…聞いてよ! フローレン!」
ファリスはそんな空気を察したのか…
逃れるように話題を変えた。
「私にも縁談を持ってこようとする、超ヒドい人がいるのよ!
…まあ、私の兄、なんだけど…」
ファリスの兄、即ち現エヴェリエ公子に当たる人物は、殿上将軍として金護兵団を率いているという。
殿上将軍は上将軍とも呼ばれ、王宮の警護を担当する将軍である。
宮中全体の衛士の長であり、国王の親衛隊であり、後宮を守護する女兵士たちも形式上はその下につく事になる。
その兄から婚姻の話が、嫌と言うほど舞い込むらしい。
どうやらエヴェリエ家と、高位文官との繋がりを強くしようという政略的意図があるようだ。
最近は、リチャード王子の二番手の補佐役である、司書のアマンズという若い伯爵との婚姻を、会うたびにしつこく勧められているという…
「ありえないでしょ? 私が結婚とか、考えられる?
…でもまあ、国内がこんな情勢だからね。
ここでの軍務を理由にずーーっと断っているんだけどね!」
「え~? いいお相手じゃあないの?
リチャード王子の側近で、若手で有能な人なんでしょ?」
と、応援してはいるけれど…言いつつフローレン自身、感情が湧いてこない。
フローレンは、色恋沙汰には経験がないのだ。
でもフローレンは、とても魅力的な女性である…
まあ、家事が壊滅的だという欠点はあるけれども…
可憐で、胸が大きくて、お尻も魅力的、おまけにお花の香りまで漂わせる美少女…
性格的にも、清純で、明るくて、努力家で、配慮があって、正義感が強い…
のに…
男性関係はからっきしだ。
まあ、剣士として強すぎる…という事も、男性が近寄り難い要素なのかもしれないが…
フローレンは、年頃の女の子が経験するような、男性との身体の関わりも全く知らない。
貴族女性であるファリスも当然、男性との関わりには無縁だ。
アルテミシアは、この二人と比べると、少しは…という程度…
何年も前、まだ魔法修行の身だった頃は、毎日のように違う男性との関わりを行っていた。
異性との性的接触は魔法女子にとって、自らの魔奈回路の活性化を促すのだ。
今は、高まってきたらひとりで手早く済ませる事で満たすようにしている…。
身分が高すぎて諸事政略絡みで、色恋沙汰は一生縁のない予定の、ファリス
おそらく…自分より強い男にしかそういった感情を抱けないであろう、フローレン
今のところ、歌と魔法とスィーツにしか興味がないであろう、アルテミシア
三人とも普通の女性だったら…周りの男共が放って置けない美女なのだけど…
三者三様に、周りの男共が手の届かない美女たちなのである…
この三人にしては珍しいことに、なかなか女子らしい話題になってきた。
そして、女子トークといえば、やっぱり食い気がつきものだ。
途中からはフローレンも、ファリスも、アルテミシアに負けじと、お団子がすすんでいる。
「でも…いいの? あなたみたいな公女様が、わたしたちみたいな冒険者と親しくしてて…」
「そうよね♪ 他の貴族の人たちもいたけれど…何か言われたりしない?」
「気にしなくたっていいわよ。エヴェリエ公爵家は割とそういう家系だから。
ヴェルサリア時代、私の祖先に当たる人物に、冒険者の友人がいたらしいわ。
フローレンみたいな女剣士も、アルテミシアみたいな魔法使いもね。
そういう記録が公式な国の資料に残っているくらいだから。
…尤もその女性たちは、聖王女様の友人でもあったみたいだけどね」
令嬢が、冒険者の友人を持つのはどうやら、エヴェリエ家の伝統、みたいなものであるらしい…
高レベルの冒険者は、戦友としても申し分ない存在、と考えれば、それほど意外なことでもないと言える。
冒険者が貴族に仕える事も少なくない。
なぜなら彼らは、それだけの実力があるからだ。
魔物討伐の功績や軍功が認められ、冒険者から貴族の列に加わる者が出る事もある。
もっとも、他の有力な貴族の後ろ盾がないと、その後、家を存続していくのは難しく、三代も保つ家は稀ではあるが…
そして、女冒険者が貴族男性に嫁ぐ事もあるのだ。
ルルメラルア三公爵家のうちの一つメディウス家は、時の第二王子と恋仲になった女英雄の家系である。
一緒に冒険する機会があった。
そして、こうして仲良くなれた。
そう、身分を越えて…。
「また、一緒に冒険したいよね」
「したいよね♪」
「そうね…また、いつか…」
でも…その機会は、ほぼ見込めないだろう事は、三人ともわかっていた…
ああいうダンジョンは都合よく現れるものでもない…
「そういえば、イセリナ、しっかりお勤め果たしていたじゃない!」
あのダンジョンに挑んだもう一人の仲間の話題になった。
イセリナーエは、儀式の席でも、しっかりと光の高位神官としての作法をこなしていた。
フローレンやアルテミシアが見慣れた、「あわわゎ…」とテンパるような様子もなかった。
「イセリナ、優秀よね!」
「ああいう子がいたら、エヴェリエの未来も明るいんじゃあない?♪」
慌てやすいけれど、二人のイセリナに対する評価はとても高いものだ。
アルテミシアは、防御術に関して自分より遥かに高い技術を持っている事を大きく評価しているし、
フローレンの場合、自分に苦手な数学問題を片付けてくれた事が大きいかもだけど…
「でもね…
あの子とはもうすぐお別れになるからね」
ファリスは意外な事を告げた。
「えーーー!?」「ど、どうして~?##」
二人の驚きようも半端ない…
「えっ…? あの子…先日貴女達に言わなかったのかしら…?」
ファリスは「あの子、何で言ってないんだ…」という感じに、ちょっと呆れた様子だ…
「実はあの子ね、もうすぐ私の元を離れることになっているの」
「え? どうして…? あ、もしかして…」
フローレンは、あのお腹が大きくなっている風の神官の事が頭をよぎった。
「ち、違うわ! あの子、まだそんな歳じゃないし…」
「それはそうよね…♪」
この女子三人も、色恋事とは縁がない…年下の子の心配をしている場合でもないだろうに。
「従者になる予定なのよ。別の貴族の令嬢なんだけど、あの子と仲が良くって、ね」
そう告げるファリスも、別に別れを悲しがっているとか、そういう感じではなかった。
「いいの? あんな才能のある子、出しちゃって…」
「あの子の才能を、ここでお祈りの儀式をさせるだけに使うのは勿体ない、前からそう思っていたのよ。まあ、あの子が仕える相手も、私にとっても妹みたいなものだしね。それに、いずれここに戻ってくるとしても、外の世界を見るのはいい修行になるでしょ?」
「修行に出す、って感じ、なのかな…」
たしかにあの子、イセリナは世間慣れしていない感じではある。
そういった意味での修行は、人間を高める為にも必要だろう。
同じ貴族社会だと、守りの技を活かせるかどうかは疑問があるけれど…。
「儀式の後は、神官の業務は忙しいから…あの時ちゃんとお別れを告げておきなさい…って言ったんだけどね…あの子、貴女達の事、すごく慕っているみたいだから…できれば、一声かけてあげて」
イセリナは今頃、同じエヴェリエの神官たちと共に忙しく動き回っているはずだ。
~~結局…この後、転送門で送ってもらう時に、お別れを言う事になる…
関われたのは、その少しの時間だけ…
それでも…彼女とは、きっとまた、どこかで出会える…
フローレンもアルテミシアも、何となくそんな気がしていた…。
三色のお団子が、最後の一つになっていた。
「最後のは、みんなで分けない?」
スィーツ好きな、特にお団子が、それも三色団子に目がないアルテミシアがそんな提案をした。
好きなものだから、分け合いたい…アルテミシアらしい発想ではある。
「ええ、いいわね…
ちょうどこの辺りに昔から伝わる風習があってね…そう、女の子たちのね…
仲良しな女子三人で何か約束事をする時にね、このお団子を分け合って頂くの」
ファリスはそういう、エヴェリエの民間で年頃の女子たちが行う習慣を紹介した。
いかにも“3”という数字が意味を持つ、エヴェリエらしい民間風習だ。
「フローレン、わけてくれる?」
フローレンは換装した食器を使って、串の先のピンクの部分を取…
ろうとして、そこをアルテミシアに譲った。
「? 私がそっち、でいいの?♪」
「ええ、だって…このピンクは、月読草の色よ?」
さっきそこの花園で見た、夜には月の光に輝くという花だ。
月に関係するからアルテミシアに、とフローレンは考えた。
「ヨモギも、ある古代の伝説じゃあ、月の女神に捧げられる聖なる薬草なんだけどね♪」
そもそも、これは偶然かも知れないけれど…
古き言葉でヨモギの事を“アルテミシア”と呼ぶのだ。
「今回はそれで頂きましょう。
次の機会があれば、アルテミシアが緑色のほうで」
フローレンに仕分けをお願いしたのはファリスだ。
一度任せた以上は、その決定を尊重する。
いかにも人の上に立つファリスらしい考え方だ。
「いいわよ♪」
アルテミシアは色にかかわらず全部好きなので、そういう意味では問題はない。
「ファリス、当然、真ん中は貴女でしょ?」
と、フローレンは、ファリスのお皿に白いお団子を乗せる。
これも通常のダンゴとは違って、先程見た白雪草に似たあの花が練り込まれている。
「私は、緑のね」
フローレンは、最後に残った若草の緑色のを頂いた。
自分は花の妖精だから、草色の緑でもいい、と考えていたのだ。
「じゃあ、一緒に…」
「あ、待って、いい事思いついた!
どうせだったら、この色も合わせてみない?」
フローレンが鎧を換装させた。
深い草色緑のお団子よりちょっと鮮やかな、黄緑色のビキニ姿に
薄紅金色の髪に鮮やかな黄緑色の鎧姿…
普段の花びら鎧の赤色ビキニに見慣れているからか、見慣れない緑色は新鮮な雰囲気だ。
「あーいいわね♪」
アルテミシアがダークピンクのビキニアーマーに換装させた。
長い髪の銀色と、濃桃色の組み合わせが妙に映える…
魔法使いのくせにこういう姿も妙に似合うから困る…
ファリスも、二人がそうしたのだから、付き合わざるをえない。
鎧の形状は低露出ビキニアーマーのそのままに、色だけを白銀に変化させた。
空海のような鮮やかな青色の髪がよく際立つ。
「でも…この着替えには、何か意味があるの?」
着替えにつき合わされたファリスが、そう問うのは無理もない…。
「別に何も。ただ、思い出に残る、ってやつね!」
つまりは…フローレンの、単なる思いつきだった。
「あ…そう…」
ファリスの反応が呆れまじりになるのは、まあ無理もない…
だけれど…元の赤・青・黒のままより、お団子の色に合わせたことで、妙な統一感がでていた。
その演出的な雰囲気の良さは、ファリスにも納得できる。
こういう事に天然で気付く、思いつくのがフローレンの才能だという事だ。
「あ~でも、ちょっと思ったんだけど…♪
これって、魔王に立ち向かったっていう勇者と、その仲間の花と月と雪のお姫様たちの物語…思い出さない?♪」
アルテミシアが言いだした、その物語、とは…
それは、ルルメラルアに伝わる英雄譚のひとつ…
それは、古の時代の物語。
それは、人々を苦しめる魔王を封じるために、立ち上がった勇者の物語。
それに付き従った、花の国、月の国、雪の国の、三人のお姫様の物語。
三人のお姫様はとても仲が良く、三人一緒に勇者を支えつつ、
同じように勇者を愛し、同じように勇者に愛された。
激しい戦いの末…
魔王を封ずるために、勇者は命を燃やし尽くしてしまう…
平和になった世界…涙にくれる姫たちは、勇者を悼み、その偉業を風化させぬために…毎年必ず、勇者の偉業を讃えた祭事を催し、毎年必ず、三者が三色の宝物を捧げる…
姫たちが勇者との間に授かった、そのまた姫たちによって、この儀式は英雄譚と共に継承される…
だけど、やがて…
時代とともに消えていった王国と共に、この勇者を祀る儀式も姿を消し、勇者と姫たちの伝説だけが残った…
「例えば…民間でも勇者を讃え悼んで、三色のお供え物をする風習があって…
それがこういう形で現在に伝わっている…っていうのは、どう?♪」
アルテミシアが言いたいのは、民間の風習などを過去に向かって読み解いていくと、英雄譚に行き着く事が多い、という事実だ。
それは、凶敵に立ち向かった勇者であり、災厄を退けた聖者であり、難局を乗り越えた賢者であったりする。
「そっかー…そのお供え物が転じて、このお団子になった、って事?」
「そういう可能性もあるのかなーって思ったのよ♪
まあでも、エヴェリエの三位一体は光と風と水だから…
ちょっと、こじつけっぽいかしら…?♪」
「成程ね…でも確かに…白と青じゃあないこの三色のお団子は、
その伝説の影響を受けた可能性は、あるかも知れないわね」
過去の伝承などは、時代とともに姿を変える物だ。
別の逸話が取り入れられ、姿形を変えて、それが新しい文化になっていく…
そういう事はよくある話だ。
「ま、いいじゃない! 約束のお団子、頂きましょう!」
ちょっと沈黙気味になった場の空気を、フローレンが断ち切った。
「そうよね♪ 私達も伝説のお姫様に倣って…♪」
「じゃあ、その古の伝説に則って、新しい誓いを…」
流れる雲のその切れ間に、遠く下界の景色が映る…
いつもより近い天の、優しい光が注ぎ、柔らかな風が撫で、水音がせせらぐ、
この天空の聖域で…
いつまでも、戦友であり続ける事を…
そして、いつか、また一緒に戦うことを…
三人は誓いあった。
 




