99.伝統と神聖の公国
ファリスとフローレンの立合いは、引き分けに終わった。
「楽しかった~!」
「ええ、こんな清々しい立合いは、始めてかも…」
執務室に戻って、よく冷えた果実水を口にしながら、二人は肩から掛けた柔らかな布で汗を拭う。
アルテミシアもクレージュも「お疲れ様」と、ただ声をかけただけ。
アルテミシアは、この立合いで使った結界魔法に興味が湧いて、その使い道について考えを巡らせている。
…もちろん、新たに出されたスィーツを消化する手を緩める事はないけれど。
クレージュは優しく微笑んでいるけれど…
内心、引き分けで良かった、と安心している。
勝ち負けがつけば、負けた方は絶対に「もうひと勝負!」と言うに決まっている…この二人の性格なら…。
で、ファリスとフローレンは、延々とさっきの立合いについて語らっている。
そこからお互いの剣の事とか、技の話に飛んだりしている…
お互い剣に生きる者同士の、忌憚ない会話…
立合いを経て、ファリスとフローレンの親近感は、さらに強くなった感じだ。
昨日逢ったばかりなのに、もう十年来の親友のようになっている…
昨日のダンジョン探索を含め、この二日間の関わりが密すぎるので、そういう感じになるのも無理はないかもしれない。
アルテミシアも、フローレンとは別の方向から、ファリスに対する親近感を感じている。ファリスと接するのは、フローレンと接する感覚に似ているものがあるのだ。
立ち回り方、戦い方は二人とも全く違う。
それでも、ダンジョンの冒険に生き生きしていた“イヴ”の姿は、フローレンに重なるものだった。
今の立合いの後の、二人揃って清々しい感じを見ても、そうだ。
縛るものは何も無い自由奔放な冒険者女子と、
生まれながらに立場に縛られた名門の令嬢と…
フローレンとファリスは、生まれや育ちに関しては、実に対照的だと言える。
対照的なのは、何も着てる鎧の面積の話だけじゃあない…。
(二人並んで、露出度の高いフローレンと、露出度の低いフローレンがいる…って感じ♪)
とアルテミシアは考えていたりする…
二人の剣闘談話がやっと止まったときに、アルテミシアがちょっと呆れ気味に口走った。
「貴女達ふたりって…
何ていうのか…よく似てるわよね♪」
そう言われたフローレンはファリスと顔を見合わせた。
「そうね、わたしたちって…」
「確かに、似ているかも…」
二人共、そう言われて否定もしない。
「あー、でもそれは…」「貴女も、でしょ?」
二人一緒に、揃ってアルテミシアに向き直って言った。
…それも、息が合ったように同時だったりする。
「…そうかも♪」
自分は魔法使いだから、新しくもらった魔法のことばかり頭にあるけれど…
同じように剣を取って戦う戦士だったら…と考えると…
多分、同じように、立合いする事を望んでいた…と思う。
そう。自分もこの二人と似てる、とアルテミシアは認めざるをえない。
ちょっと離れてその三人のやり取りを見て、おかしそうに笑っているクレージュ…
(そういえば…こういう景色、以前はよく見たものね)
フルマーシュの店にみんなで住んでいた頃の事を思い出している。
女の子が増えた事もあって、最近は冒険者組だけで集まることもない…久しく忘れていた景色だ。
フローレンとアルテミシア、そこにレイリアがいてユーミがいて、レメンティとラシュナスも…
もしそこにファリスが加わっても、きっとしっくり来るだろう…
ファリスがもしエヴェリエ公女という立場でなければ…
このまま仲間に加わって、ラクロア大樹の村で行動を共にしているだろうな…
と思っていたりする…。
こんこんこん…
部屋の戸を叩く音が聞こえた。
「し、失礼します…」と部屋に入ってきたのは…
「あ! お、おひ、お久しぶり、です!」
セレナだった。
一日しか経っていないんだけど、なぜか久しぶり…という言葉がよく合う…。
フローレンもアルテミシアも、彼女が言うように、懐かしい気がしたのだ。
ここに来るまでに何度かすれ違った神官たちより、衣装飾りが立派で、光り輝く装飾品の数も多い。
その衣装に、この娘の神官としての格の高さが表れている。
昨日は軽装でやや短いスカート姿…本人は裾の短さを気にしていた…
だったけれど、今日は床にまで届きそうなスカートの、真っ白な神官衣装だ。
「ひ、光の神官、イセリナーエです…
き、昨日は、セレナって名乗っていましたけれど…」
「セレナ」というのは、彼女の前任者である光の高位神官の名であるらしい。
エヴェリエでは、上級の神官は、前任者の名を重ねて名乗る習慣がある。
一種のミドルネームだから、こちらも別に偽名ではない。
「イセリナーエは、子供の頃から神官としてエヴェリエに仕えているの…
並外れて素質が高くて、この歳でもう上級の神官なのよ」
その紹介を受けて、イセリナーエは「あわわゎ…」と恥ずかしそうに、そして慌てたようにいきなりお辞儀を作った。
神官としての素養はかなりのもの、らしいけれど…
その慌てやすそうな性格は、昨日のセレナのままだ…。
「あれ? ってことは…?」
「妹じゃあない、って事?♭」
ファリスは、昨日は妹だと紹介していたセレナを、エヴェリエの上級神官イセリナーエと紹介した。
神官だと紹介している、という事は…ファリスの血のつながった妹…つまりエヴェリエの公女…ではないという事だろう。
「この子の才能は他の子と違う分、子供の頃から私の側にいる事が多かったの。
それに、イセリナと私は、遠縁に当たるのよ。
だから妹みたいなものよ…ええ、気持ち的には、まちがいなく妹ね」
確かに…先日の関わりを見ていても、姉妹と言ってもしっくりくる感じだった。
長い年月をほとんど一緒に過ごしているのだから、血の繋がりは薄くても、実質的には姉妹なのだろう。
名前の呼びも、イセリナーエから、イセリナと略している。
ファリスの話では、ここにいる二人の侍女、小柄なレーナと長身なルドラも、エヴェリエ名家の出自だという。
エヴェリエでは名家の令嬢と言っても、神官になる者もいれば、彼女たちのように侍女になる者もいるようだ。
特に小柄なレーナはファリスの従姉妹に当たり、実はイセリナよりも血縁が近いらしい。
公国内の風の名家の出自だけれど、本人は水妖精の血が強いらしい…母方の血が強く出ているそうだ。
もう一人の対称的に長身のルドラは雷竜族という、この辺りでは珍しい妖精族の血を引くという。同じくエヴェリエの名家の娘らしい。
この二人は侍女として仕えている為か、ファリスと主従の絆の強さは感じるけれど、妹という感じはない。
やはりイセリナだけが“妹”のような、特別な存在という感じがする。
小柄の方の侍女レーナが紅茶を給仕してくれる中、フローレンとアルテミシアは、イセリナと三人、ソファで話をしながらくつろいだ。
ファリスとクレージュは向こうで、何か難しい話をしている。
ファリスは剣士としても超一流で、兵を率いる司令官としての評価もルルメラルア王国内でも高いものだ。
けれど、領土の経営や交渉事といった、政治的な事にも目を向けることができる。
今クレージュと話をしているのは、まちがいなく商売の事だろう。
雷竜族の侍女ルドラが、その二人に同席していた。
ただの侍女ではなく、ファリスの内務面の補佐も担当している様子だ。
魔法文官的な業務も行えるようで、二人の間で何かの書類を手に魔法処理を行っている。
クレージュは、ラクロア産の葡萄酒と砂糖酒、そして砂糖の入った麻袋と、香辛料の袋を手渡している。どれもエルフ村の主力商品…
アルテミシアが亜空間バッグに入れて持ってきたものだ。
「急な訪問だったから、有り合わせで申し訳ないのだけど…」
要するに、ファリスへのお土産だけど、予定外の訪問だったので、特別に用意したものじゃあなく、アングローシャの商会に卸す商品の中から分けて持参している。
だけどファリスは、わりと恭しい感じに持参品を受け取っている様子だった。
アングローシャで高く売れている事なども、調べて知っているのかもしれない。
「いいえ! これ…どれもいい品でしょう…?
頂きます…有り難く…」
長身メイドのルドラが、品々を預かっていった。
代わりにクレージュは、ファリスが記名した書簡を受け取っていた。
助爵授与のときに、メディウス公から頂いた通行書に似ている。
どうやら今後は、ここエヴェリエにも荷を卸す事になりそうな感じだ。
それも仲介商人ではなく、公女であるファリスと直接取引を行う様子だ。
貴族との接近を警戒していたクレージュが、直接取引を進める判断をした…
という事は、ファリスやエヴェリエ公国はよほど信用が置ける、という事に他ならない。
クレージュもまた、フローレンやアルテミシアが感じたように、ファリスに対して他にはない親近感を感じている、という事なのだろう。
フローレンもアルテミシアも、クレージュの商談に関しては口を挟まない。
クレージュが判断したことは、花月兵団の誰も、異論を述べることはないのだ。
それに、ファリスなら信用できる、とフローレンもアルテミシアも疑ってもいない。
あちらで商談が続く間…
フローレンとアルテミシアは、イセリナと、先日の冒険話を中心に盛り上がっていた。
まずは先日の村やダンジョンでの話になって…
防御術とか、回復術とか、魔法封じ込める四葉のブローチの事とか、
アルテミシアがあげたLV1アクセサリと換装武器の話になって…
そして、換装装備のビキニアーマーを着ることには…
イセリナはやっぱり、どうしようもないくらいメチャクチャ拒否的で、
「ぜぇーーーーったい!! イヤです!!」
と…向こうで話しているファリスやクレージュがびっくりするくらい、大きな声での拒否であった…。
なので、話題を変えて…
エルフ村の話をすると、イセリナはとても興味を示した。
二人が話す、村での生活のこと、そして仲間たちのこと…ずっとこのエヴェリエで暮らしてきたイセリナには、そういう世界があるという事を知るのが楽しいようだ。
「あ…でも…実は…わ、わたくしも…」
と、イセリナが何か言おうとした矢先…
こんこんこん…
「失礼致します…」
ファリスの許可を得て入室してきたのは三人…
濃い青の神官着姿の年嵩の女性と、
薄い青の神官着姿の、ややお腹を膨らませた女性、
そして同じ薄青の鎧姿の、剣士風の若い男性だ。
「紹介しておくわ。私に仕えてくれるエヴェリエの者たちよ」
ファッリスがわざわざ自分の側近たちを紹介しようというのは…
どこかで花月兵団と共闘する事があるかもしれない…というような事を考えているのかもしれない。
フローレンもアルテミシアも、彼らと顔合わせしておいたほうが良い、と思った。
ファリスと同じような考えがあったからだ。
エヴェリエにおいて、濃い青は“水”を示すそうだ。
濃青のローブ姿の年嵩の女性は、水の上級神官のアクアーリ。
深い水のような美しい青の宝珠を首から掛けているのが目立っている。
歳はクレージュと同じくらい…その外見から母親的な優しさの感じられる女性だ。
そして薄い青は“風”を示す。
薄青ローブの、お腹の膨んだ若い女性は、風の神官エアリアーナ。
歳はファリスやアルテミシアと同じくらい。
妊娠しているけれど、あと数日は神官としての努めを果たすらしい。
同じく薄青の鎧姿の若い男性は、ユーロス。
エヴェリエ軍の武官であり、ファリスの副官を務める人物のようだ。
この風の二人は兄妹である。
それに、白いローブ姿の光の神官イセリナーエを含めた四人が、麗将軍ファリスの側近、という事になる。
「イセリナ、ファリス様のお客様なのですから、もっと丁重に接しなければいけませんよ」
濃青ローブの女神官アクアーリが、イセリナに注意を施した。
主人であるファリスの客人であるフローレンたちと、同じ様に座って会話している事を気にしているのだ。
それも、叱りつけるような感じではなく、優しくそして諭すような口調だ。
「は、はい…すいません…! おかあさ…アクアーリ様…」
指摘を受けたイセリナも、素直にそれを聞いている。
…まあその後、例によって…弾かれたように立ち上がると、「ごめんなさい!ごめんなさい!」と気の毒なくらい頭を振って二人に謝るのだけれど…。
「あ、気にしないで下さい…ファリスと同じ様に、イセリナもお友達だから…」
「ええ♪ イセリナの守りの術には助けてもらったわ…すごく頼りにしてます♪」
そういう受け取り方をしてくれるフローレンとアルテミシアに対し、アクアーリは「有難うございます」と深々と頭を下げた。
席を立ったイセリナも、“母”の隣で、今度は落ち着いた感じで綺麗なお辞儀をした。
母親を早くに亡くしたイセリナにとって、その代わりになっているのがこの女性なのだという。
イセリナに対する姿を見ているとその親しさがよくわかる…
二人が顔を合わせて笑顔を向けあうのを見ると、本当に母娘のような印象を受ける…。
まあ、外見年齢的には姉といった感じに見えるのだけど…二人並ぶと雰囲気が母と娘なのだ。
ファリスの説明では…
エヴェリエ公国には光・風・水の上級神官がそれぞれ三人ずついて、そのうち一人ずつがファリスの側近であるという。
ファリスが戦いに赴くときは、側近である彼女たちも従軍する。
その下にもそれぞれ下級神官が二名ずつ従うという事だ。
現在、公国の当主である、エヴェリエ公爵その人は、老齢で病床にある。
エヴェリエの長子、つまりファリスの兄は、王宮を守護する殿上将軍として、金護兵団の指揮官を務めている。だから王都オーシェにいるので公国には不在だ。
ファリスの姉は既に他家に嫁いでいるし、あとは幼い弟と妹がいるだけだ。
そんな訳で令嬢であるファリスが将軍位に就いて、軍を率い「麗将軍」と呼ばれている。
エヴェリエには他にも四人の准将軍的な指揮官がそれぞれの軍を率いていて、
そのうち二つの軍は北の地の反乱鎮圧へ赴いている。
直属軍の規模は百人程度だが精強な部隊であり、そこに付属する各村の領主とその兵も含めると、何倍もの軍の規模になる。
麗将軍ファリスもエヴェリエ全軍の指揮を取れば、軽く千を超える兵を指揮する事になるが、その直属軍は百名程度だ。
だからファリスの副官である、この青年将校ユーロスは、精鋭の百人隊長という立場にある。
フローレンの見たところ、自分には及ばないけれど、かなりの使い手である。
この美男な青年将校ユーロスと、水の女神官アクアーリの距離が近い。
この二人の関わり方や、その時の表情なんかを見ていると…
女性の方が歳上だけど、この二人は男女の関係にありそうだ。
それを隠している様子もないので、周囲も公認の仲なのだろう。
イセリナの前では母親のような印象なアクアーリが、女の表情を見せたりする。
実のところ水の神官アクアーリは小さな娘のいる母親だけれど出戻りの未亡人だし、まだ再婚を考える歳でもあるはずだ。
ユーロスも、西の神聖王国ラナの地方領主の娘を娶る予定であったのだが、戦争の影響でその話は流れた形になっている。
だからこの二人はいつ結ばれても良いはずなのだけど…
彼の妹である風の神官エアリアーナが妊娠していて、引退しないにしても、しばらくはファリスの補佐ができなくなる。
風の神官は、次の上級神官候補の目処が立っていないのだ。
ファリス付きの上級神官は、行軍に付き合う必要性から候補者が限られるのだ。
エアリアーナも、出産後もファリス付きの上級神官を務めるのは難しいかもしれない。
そんな訳で、ユーロスもアクアーリを娶る事を、今は見合わせているようだ。
ファリスの副官として、上級神官が三人とも不在になる状態だけは避けようとしている。
そう…三人とも、だ。
「ファリス様…そろそろ…」
一番年長の水の神官アクアーリが、ちょっと申し訳無さそうに言った。
「あら? もうそんな時刻なのね…」
楽しかったので、時間の過ぎるのを忘れていた。
ファリスの反応はあきらかにそんな感じだった。
「御免なさいね…夕方から儀式の打ち合わせがあるの…
そろそろ御開きにしなきゃいけないわ…」
ファリスは名残惜しそうに、フローレン、アルテミシア、クレージュを代わる代わる見つめながらそう言った。
そういえば昨晩も「年に一度の儀式を控えているから」と夜間にもかかわらず村を後にしたのだ。
「ごめんね…こちらこそ…いそがしいのに呼んでもらって」
「その儀式の準備のジャマしちゃったんじゃない?♭」
「いいえ。滅相もございません…
せっかくご友人の方々がご来訪下さったのに…申し訳ない限りです…」
アクアーリが代表して謝りを入れた。
その横では母の姿を倣う娘のように、イセリナが合わせて頭を下げている。
ユーロスもアクアーリもフローレンたちに友好的で、ファリスの友人として礼を以て遇してくれている。
会話には入ってこないけれど、風の神官エアリアーナも、その柔らかな表情を見れば気持ちは同じだろう。
二人の侍女も含め側近の全員が、ファリスが信用する人間なら、無条件で受け入れることができる、という感じだ。
その打ち合わせの「邪魔にならないようにお暇しよう」と、クレージュが席を立ち、アルテミシア、フローレンとそれに続く…
その三人を、ファリスが呼び止めた。
「その儀式の事なんだけど…」
そこでファリスは一呼吸入れて…
思い切ったように告げた。
「実は、貴女達を招待したいと思っているの」
「「「ええっ!?」」#」
三人三様に驚いた。
クレージュやアルテミシアの知る限り、その儀式は…
エヴェリエ公国の伝統的行事であるのみならず、
神王ロエルを祀る神事とされている。
ロエルは権力者の守護神であるから、貴族にも信望者が多い。
なので、この神事には、エヴェリエの領内の行事に留まらず、
王都オーシェを中心に、ルルメラルア各地の有力者も、多数招待されるという…。
戦争以前は北のブロスナム王国や西の神聖王国ラナからも訪れる有力者もいたということだ。
「い、いいの? 貴族の方も多く来られるんでしょう…?
そんな儀式に、私たちのような者を招待するだなんて…」
クレージュはかなり驚いている感じだ。
「今回は…国内貴族の参加者は、それほどでもないわ…北の旧ブロスナム領で内戦状態だから、せいぜい代理の人が来るくらいよ」
有力な貴族は、兵を率いて北の地に駐留している者も多い。
なのでその婦人や家人が代わりに来るらしい。
「それに、貴女方は、私の友人ということで招待するつもりよ。
当主代理である私の招待枠で、三人まで参加できるから」
それなら問題ない……わけがない!
「あのね…!# 友人、って言っても…私達って、昨日出会ったばかりよ?#」
そうなのだ。
一緒にダンジョンの死線を越えた仲だから、親密感は高まってしかるべき…なのだけど…
「大事な国の祭事なんでしょ?# そんな軽いノリでいいわけ?#」
アルテミシアはさすがに懐疑的だ…
というより…なんだか、ファリスのノリがかなり軽いのに戸惑っている…
「ええ。全く問題ないわ!」
とファリスは言って、ちなみに去年は、幼少の頃から妹のように可愛がっているメディウス家の令嬢を誘ったし、一昨年は幼馴染で、現王太子妃のアラネア嬢を招待した、という事を話した。
「…どっちも、超大物なんだけど…♭」
「大丈夫よ。彼女たちも、貴女たちも、友人という事では変わりはないから」
ファリスは、さらっと言うけれど…
フローレンは「ずいぶん違う気がするけど…」と小声で囁き、
アルテミシアも「よね…♭」と同意する。
二人共、そういう高貴な女子と並べられる事には、あからさまに難色を示していた…
その様子を見て、ファリスはさすがに彼女たちの気持ちに気付いたのか、
「まあ…友人枠って言うよりは…民間名士枠っていうか…私の選択で…
実際に、地元の活動で貢献した人を呼んだりする事もあるのよ」
と、そういう説明に切り替えた。
民間の名士や、民間の英雄…つまりエヴェリエ領内で活躍した冒険者も招待したりするという…
つまり昨日、領内の村を救ってくれた花月兵団はその英雄に値する、という事だ。
友人枠…だったら、そんな貴族の令嬢たちと比較される事に難色を示しているから、今度は地元英雄枠で誘おうとしている…
ファリスとしては、何としてもフローレンたちを招待したい…
その気持が全面に出まくっている。
…フローレンには、ファリスの気持ちが痛いほどわかっていた。
フローレンには、アルテミシアが、レイリアやユーミが、…仲間と呼べる村のみんながいる。
でも…
ファリスは孤独なのだ。
エヴェリエの公女であり、将軍という地位にもあり、病床の当主に変わって政務の責も負っている。
二人の侍女、副官に、三人の神官…いい部下には恵まれている。
でも、一人でそういったものを抱え、気を許して話せる相手がいない…
そんなファリスが…
そういう存在に出会ったのだ。
昨日、あの村で。
タメ口で話す、剣で立合いもする、そしてビキニアーマーも着る…
この厳格冷徹品行方正を絵に書いたような、お硬そうな公女将軍が、これだけ羽目を外す、という事は、
つまり、嬉しくてたまらないのだ。
ファリスは…自分と同格でいられる存在に出会えた事が、とても嬉しいのだ…。
「形式張った事は一切なし。自由に見学してもらう感じでいいから」
お願いだから、参加して! という感じだ。
「参加、させてもらおうよ! ここまで誘われて断ったら、失礼よ」
「うん、そうね…昨日の小鬼退治のお手柄で招待してもらう、って事なら…♭」
本音をいうと、二人共参加したい。
フローレンは単純に、友人になったファリスが貴重な祭事に誘ってくれるのが嬉しいし、アルテミシアは、こういった儀式に参加する見学するだけでも、魔法使いとしても歌姫としても、得られるインスピレーションがあるものだ。
二人とも、貴族社会のような、礼儀とか形式ばった事は大苦手だ。
助爵位の授与のときも、かなり固くなっていたように…
そういった事を気にせず、自由に振る舞える立場なら、参加することは全く問題ないだろう。
「ええと…その、儀式の日程は?」
ここでクレージュが口を開いた。
クレージュの懸念は、貴族対応ではなく、日程なのだ。
「ちょうど五日後になるわ。朝方から、日が一番高く登る時間までね」
ここエヴェリエでの儀式だから、日の“光”が最も高くなる時刻が大事なのだろう。
同様に“風”や"水”も、儀式に何らかの形で関わりがある、と考えられる。
「うーん…やっぱりね…五日後か…
ごめんなさい。オーシェでの商談の日程と被るわね…」
クレージュはフルマーシュよりさらに東、首都オーシェ方面での行商の約束がある。
さっきから全く口を挟んでいないのは、その商談との日数的な折り合いを頭で計算していたからだ。
クレージュの計算では、儀式が明日か明後日なら、ギリギリで商談に間に合う、というところだったのだけど…。
「残念ながら…私は参加できないけれど…あなた達は寄せてもらったらいいわよ」
その一言は、フローレンとアルテミシアと、そしてファリスを安心させた。
この二人も、オーシェ方面の行商に同行する予定だったからだ。
今フルマーシュの店には、チアノたち海歌族が四人揃っていて、更に西の海方面、ローレライの町での買付けもあるので同行する予定だし、護衛としてはレメンティがいるし、店でヒマしてるラシュナスも同行させる。
だから予定を変更して、別にこの二人が来なくても、行商自体は問題ない、という判断をクレージュは下したのだ。
「わかった! ありがとう、クレージュ!」
「エヴェリエ公国の儀式、堪能させてもらうわ♪」
「ええ、こちらこそ…みんな、有難う…」
「よろしくね、ファリス!」
そう言ったフローレンに、クレージュが一つだけ、釘を差した。
「えと…フローレン…わかっているとは思うけれど…
もちろん、公式の場では、彼女を呼び捨てしないようにね」
フローレンは、「あ、そっか!」という感じだった。
言っておいて良かった…という感じの空気がこの場に漂う…。
西の空の彼方、太陽が沈もうとしていた。
黄昏に照らされるエヴェリエの町並みは、白と青から、オレンジと黒に染まり、また違う情緒を感じさせる…。
ファリス自ら、側近を従えてのお見送りだ。
「じゃあまた、五日後に!」
「朝早く、だったわね?♪」
「ええ、宿まで迎えを出すわ」
ファリスは、侍女の背の高い方、雷竜族のルドラに宿までの送迎につけた。
侍女に送迎まで担当させる徹底ぶりだ。
「かなり遅くなっちゃったわね…」
「ええ…もう、18:30…」
クレージュは手首に着けた時計を見るクセがついてきていた。
古代時間にも慣れてきた感じだ。
「もうみんな、先にご飯食べてるかもね♪」
「そうね。でも、あの子たち…大人しく待っていてくれるかしら…」
「町に出て、迷子になってなきゃいいけど…」
そこがちょっと心配なところだ。
まあ、レメンティが付いてるから、大丈夫だろうけど。
夕焼けに照らされた古き都の町並みを、ただ馬車は駆けてゆく…。




