第七場(鉄火場)
登場人物
与平 (40) 男 新之助の子分
新之助
権三
辰五郎
お京
〇鉄火場
鉄火場には客はいない。
新之助、権三、与平、辰五郎、お京がたむろしている。
権三「やつは魔左衛門にちげえねえ。あの顔は瓜二つですぜ」
新之助「なに?、魔左衛門だと」
権三「へえ、おととい玉村宿の高札場を通ったとき、人相書きの前に人が集まってたんです。
なにかと思って近づいてみると、庄兵衛や佐助を斬った男そっくりの顔がありやした。
男の名は魔左衛門。
周囲にいた野次馬の噂話では、なんでも魔左衛門は渡世人で、博打や刺客、用心棒などをやって食いつないでいるということです。
武者修行者に自分から決闘を申し込むことはないが、挑まれれば断らない。決闘で殺した相手の懐にあったものを徴収して、飢えをしのぐこともある。
しかも並みの人間とは違い、魔左衛門は一年くらい飲まず食わずでも生きながらえるので、そうした仕事もあまりしなくてもいいらしいんです」
与平「それじゃ化け物じぇねえか」
権三「へえ、魔左衛門は人間ではなく、死人憑だとも言われているようです」
辰五郎「死人憑? そいつは半分生きて半分死んでいるっていう、あの化け物か」
権三「そんな感じでしょう。魔左衛門の居場所もつきとめました。やつは一週間も前から上州屋の二階に寝泊まりしてます」
新之助「で、その魔左衛門とやらはどうやったら殺せるん? 人間じゃろうが化け物じゃろうが、こちとら知ったこっちゃない。ただ殺せればそれでええ」
与平「首ごと切り落とすしかないだんべ。トカゲだって、しっぽを切ったら生えてきよるが、首切ったら死ぬだんべ」
辰五郎「燃やすのはどうだんべ? 燃やしちまえば、生きてるわけないだんべ」
新之助「その二つとも。やってみるのはどうじゃ?
すでに百両で用心棒を雇ってある。昔、田舎の藩の兵法指南役をやっていたという浪人で、刀の構えを見せてもらったが、かなりの手練れじゃ。
用心棒だけでも十分かもしれんが、用心棒に自分たちが助太刀すれば、魔左衛門の首を切り落とすのも造作あるまい。
だがその前に上州屋を放火する。放火して魔左衛門が焼け死ねばそれでよし。万一、死なないで上州屋から出てくれば、用心棒が首をはねる。こういう塩梅だ。
あわよくば、魔左衛門の首を役人に持っていき、賞金を稼ぐもよし。死んだ魔左衛門の懐から小判を取り戻すもよし」
お京「でも上州屋を放火すれば魔左衛門以外にもたくさんの人間が死ぬことになるわ」
新之助「甘いな。一人の人間を殺すために、関係ない多くの人間を巻き添えにする。これができないようじゃ本物の極道じゃねえ」
与平「で、上州屋の放火はいつやるんだんべ?」
新之助「明日の明け方はどうだ?」
権三「ちょっと早すぎやしませんか?」
新之助「じゃあ賭けるか。わしが賭けに勝ったら、明日の明け方決行じゃ。負けたら明日、もう一度、決行日をいつにするか話し合う。(新之助、周囲の面々を見る)お京、頼むぞ」
お京、「入ります」と言いながら、賽を壺に入れ、盆茣蓙に伏せる。
新之助、「丁」と言いながら、”丁”の文字がある床に扇子を置く。
辰五郎「勝負」
お京、壺を開ける。ニロクの丁。
辰五郎「ニロクの丁」
(つづく)