第六場(太鼓橋)
登場人物
お菊
喜平
梅小路昌幸
魔左衛門
〇太鼓橋
太鼓橋の中央に佇むお菊。
お菊、意を決すると欄干に近づき、草履を脱ぐ。
お菊が欄干に上り、飛び込もうとすると、誰かに手を握られる。
喜平だ。
喜平「お姉ちゃん、死んじゃ嫌だよ」
お菊「喜平、どうしてここに」
喜平「お姉ちゃんがいないんで、探してたんだ」
お菊、 欄干から降り、草履を履く。
喜平「どうして死のうとしたの」
お菊「実は、女将さんの話では、梅小路が私を身請けしたらしいの」
喜平「身請けってなに?」
お菊「旅籠に大金を払って、飯盛り女を買い取ることよ。遊郭が器量のいい飯盛り女を買い取ることを身請けって呼ぶんだけど、お金持ちが自分の妾にするために、飯盛り女を身請けすることもあるわ。
わたし、梅小路が大嫌いなの。あんな品のない男の妾になるぐらいなら、川に飛び込んで自害する方がましだわ」
喜平「死んじゃだめだよ」
(梅小路の声)「死ぬぐらいなら、麿と契らせてたも」
お菊と喜平、梅小路が側にいることに気づく。
梅小路、強引にお菊の手を引いて、歩き出す。
お菊、梅小路に連れられて歩く。
梅小路「麿はおまえを身請けしたでごじゃる。契らせてたも」
お菊「いやです」
梅小路「一回だけじゃ、契らせてたも」
お菊「絶対、いやです」
梅小路「一回だけでごじゃる」
お菊、梅小路を突き飛ばし、足早に上州屋に戻ろうとする。
梅小路、走って先回りし、大の字を作って通せんぼする。
お菊「誰か助けて。お願い。助けて」
太鼓橋を通りがかりの魔左衛門、お菊と梅小路の間に立ちはだかる。
梅小路「何者じゃ。そこをどかぬか」
魔左衛門「(梅小路を睨みつけながら)どかぬ」
梅小路「邪魔するやつは斬るでごじゃる」
梅小路、刀を抜いて魔左衛門に斬りつける。
魔左衛門、刀を手で掴み、刀を粘土細工のようにグニャリと捩じり曲げる。
手から青緑色の血が流れる。
魔左衛門、刀を川に投げ捨てる。
梅小路、腰を抜かして後ずさる。
梅小路「助けてくれ。金ならいくらでもやる」
梅小路、懐から小判を数枚、投げる。
梅小路、起き上がると、太鼓橋を走り去る。
お菊「ありがとうございました。お怪我は大丈夫ですか?」
魔左衛門、刀を握った手のひらをお菊に見せるように突き出す。
CGで手のひらの傷口がすぐに消えていく。
お菊「是非、あなたさまのお名前を教えてくださいまし」
魔左衛門「・・・・」
お菊「どうか、お名前だけでも」
魔左衛門「......魔左衛門」
喜平「えっ? あの魔左衛門?」
お菊「知ってるの?」
喜平「有名だよ。斬っても斬っても死なない無敵の剣豪、魔左衛門。上州界隈を放浪している無宿人だけど、剣の腕はめっぽう強い。普通の人間と違って体には青い血が流れてる。
高札場に人相書きがあるんで、嫌う人もいるけど、本当は弱きを助ける義侠ってうわさもあるんだ」
お菊「無宿人さんなんですか? 今日、泊るところは見つかりまして」
魔左衛門「......」
お菊「わたし、旅籠の飯盛り女なんです。よろしかったらうちに来ませんか」
お菊、梅小路が置いていた小判を拾う。
お菊「うちの女将に話してみます。小判を払えば、しばらくうちで暮らせると思います」
魔左衛門「かたじけない」
お菊「お生まれはどちらですの。これからどちらへ旅をされるおつもり?」
魔左衛門「おれには過去の記憶がない。自分について知っていることは、名前が魔左衛門だってことぐらいだ。
自分がどこで生まれ、これまで何をしてきたか。はっきり思い出せない。
ただいつの頃からか、おれはこうして旅をしている。どこへ行こうという当てがあるわけではない。ただ気の向くまま、今日の自分が今日向かう先を決め、明日になれば明日の自分が別の向かう先を決める。そういう旅だ」
(つづく)