第三場(上州屋、廊下、客間)
登場人物
お菊(18)女 上州屋の飯盛女。桃色の小袖を着ている
喜平(10)男 お菊の弟。茶絣の着物を着ている
上州屋の女将(38)女
梅小路昌幸(28)男 衣冠束帯を着ている
〇上州屋
旅籠の全景をパン。「上州屋」のテロップ。
〇廊下
お菊、廊下を歩いている。
背後から喜平が小走りで近づく。
喜平はたんこぶがある。
喜平「姉ちゃん」
お菊、振り向いて喜平に気づく。
喜平「こんなとこ、もうたくさんだいね。おいら、今日で上州屋を出てく」
お菊「喜平っ。(喜平の額に手を当てながら)どうしたん?」
喜平「番頭に箒で叩かれたんだいね」
お菊「番頭さん、どうしてそんなにひどいことするん?」
喜平「薪の割り方をいつまでたっても覚えないからって、叩かれたんだい」
お菊「薪の割り方? 番頭さん、それだけで叩くん?」
喜平「それと......夕べ厨房で刺身を盗み食いしたことがばれたんだいね」
お菊「だったら、喜平も半分悪いやいね」
喜平「悪いもんか。番頭だって、ときどき盗み食いしてるん......」
お菊「でも喜平、よう考えて。ここ追い出されたら、あたしたち行くとこないんよ」
声(上州屋の女将)「あんたたち、何油売ってるん?」
上州屋の女将、お菊と喜平の前に対峙している。
上州屋の女将「お菊、早くお客さんの膳下げな」
お菊「申しわけありません。ただいま、まいります」
上州屋の女将「あのお客さん、お公家さまなんだ。粗相のないようにやっておくれ」
お菊「はい」
〇客間
衣冠束帯を着た梅小路昌幸が寝そべっている。
お菊、「失礼します」と言いながら襖を開けて客間に入る。
お菊が膳を下げていると、寝ころんだままの梅小路が突然、お菊の腕を握る。
お菊、手を振り払う。
梅小路「おまえ、飯盛女でごじゃろう?。いくらで買えるかの?」
お菊「うちの飯盛女は遊女はやりません」
梅小路「今時の旅籠はどこも最初はそんなふうに断るものでごじゃる。どれ、金ならいくらでも出す。いくらでごじゃる?」
お菊「やめてくださいまし」
梅小路、中腰になり、執拗にお菊の体を触ってくる。
お菊、思わず梅小路の頬を張る。下げていた膳が床に落ちる。
梅小路、女のように声を出してヒイヒイ泣きじゃくる。
お菊、床に落ちた膳を拾う。
お菊「失礼します」
お菊、襖を開け、客間を後にする。
(つづく)